13/09/14 SSS「ヴェニスの商人」蜷川が思い入れるシャイロックを猿之助が怪演


「ヴェニスの商人」という作品の観劇は、2007年9/30に市村正親シャイロックの舞台の東京公演千穐楽以来だ。
SSS=彩の国シェイクスピアシリーズでの全作品上演企画の中でもこれまで上演がなかったわけで、蜷川幸雄が惚れ込んでいる猿之助をシャイロックにすえてきて満を持しての舞台。メンバーズ先行で入手できる4枚枠をフルに使って4人でミニオフ会も合わせた観劇とした。亀治郎時代に老け役は昨年の新春歌舞伎の「南総里見八犬伝」で因業な庄屋爺を観ている。それがよかったので、今回もいいに違いないと確信はもっていた。
さらに、松井今朝子さんのHPでも9/5の初日に観て猿之助のシャイロックを褒めていらしたので、わくわくしながら猿之助の出を待った。
【彩の国シェイクスピアシリーズ第28弾「ヴェニスの商人」】
≪埼玉公演≫2013/9/5(木)~9/22(日)
彩の国さいたま芸術劇場大ホール(埼玉)
オールメールシリーズでの上演で、今回の主な配役は以下の通り。
シャイロック=市川猿之助 アントーニオ=高橋克実
バサーニオ=横田栄司 ポーシャ=中村倫也
ネリッサ(ポーシャの女中)=岡田正
ジェシカ=大野拓朗 ロレンゾー=鈴木豊
グラシアーノ=間宮啓行 石井愃一ほか

ヴェニスの社会の中の多数派はキリスト教徒で、ユダヤ人はごくごく少数派。キリストを殺したのがユダヤ人ということでキリスト教のルーツから反ユダヤ感情はつきものになっている。
また、表題の商人という生業は労働して物を生み出さないことから賤しいものとされていて、得た利益を貧しい人や教会に差し出すことで神の救いを求めていた。商人の中でも一番賤しいのが金貸し業とされていて、その職業を担ったのがユダヤ人。
こうした背景の中で登場人物のほとんどがユダヤ人を悪魔呼ばわりして憎み軽蔑する。こうしたことが日本ではあまり理解されていないので、この作品の人間関係の根底がわかりづらいのだと思う。

劇団四季で観た日下武史シャイロックはキリスト教徒のユダヤ人への差別に対する怒りと悲しみを深刻に訴えてきた。今回の猿之助シャイロックはキリスト教徒への憎悪に満ち満ちている。差別への怒りを通り越した憎しみ。

それを生み出すのがキリスト教徒側の蔑みと憎しみなのだが、よく聞くと台詞のはしばしにもそれが盛り込まれている。シャイロックの側の台詞にもそのことへの積年の恨みつらみが嫌味や皮肉としててんこもりになっている。
それを猿之助シャイロックは最大限に誇張してしゃべるので、実に嫌味で憎ったらしい。顔も徹底的にジジイにしている。地肌がみえるような長くて薄い白髪の頭、つけまつげも白く、ここまで高齢の拵えにしたシャイロックは初めて見た。好々爺の正反対のキリスト教徒を徹底して憎み嫌う因業爺だ。
それに屈してお金を借りるバッサーニオと保証人になったアントーニオ。自分の商売の邪魔をするアントーニオへの意趣返しをする機会をねらっていたシャイロックだから、返済できなかった時の条件に「身体の肉を1ポンド切り取る」と入れたわけだ。

そのシャイロックの娘のジェシカが父親の金や宝石を持ってキリスト教徒のロレンゾーと駆け落ちしてしまった。財産と娘をキリスト教徒に盗まれたことへの復讐を、破産したアントーニオから証文通りに肉を切り取って殺すことで果たそうとしている。
いわゆる「人肉裁判」の本質がここにあるということを、今回の舞台はまざまざと見せつけた。
猿之助の歌舞伎の型を自在に使った演技は、シャイロックのヴェニスの社会の中のユダヤ人の異端者ぶりを際立たせる。中でも「忠臣蔵」の師直や「夏祭」の義平治などなど歌舞伎の敵役の型が憎憎しい人物造形を滑稽にもみせ、重苦しい人物像になっていないのが日本におけるシェイクスピア劇として貴重な成功例となったと思う。

猿之助の存在感が圧倒的なので、もう一方のキリスト教徒側の登場人物たちはどうしても軽くなってしまったようにも思うが、それは今回の蜷川幸雄の演出のねらいなのかもしれないとも思う。
2007年のグレゴリー・ドーランの演出では、アントーニオの方がバッサーニオを深く愛している同性愛関係として描き出し、それに見合ったキャスティングにしていた。ドーラン自身も同性愛者ということを明らかにしている方なので、そこに力点がおかれた舞台にしていたのだろう。
今回の蜷川演出ではそういう解釈にせずに、アントーニオは裕福で名声も備えた商人で気に入ったバッサーニオのパトロンになっているという関係のようだった。そこらへんはアントーニオの方が命をかけてもいいくらいバッサーニオには惚れ込んでいるということが伝われば、物語としては成立するだろうという感じで今回のような描き方もありと思った。

ちくま文庫の松岡和子訳『ヴェニスの商人』を読み直している。松岡さんの解説で、当時の英語にあった二人称のyouとthouの使い分けにこだわって人物の関係性を読み解いたというのが興味深い。
戯曲を読んでもやっぱりアントーニオはバッサーニオがポーシャのところに求婚に行くのを複雑な態度で見送っているのが明らかで、そこらへんは面白くはある。妙齢なのに奥さんがいるように描かれていないというのもやっぱりそうなんだろうとは思うが(笑)

ベルモントの巨額の遺産相続人ポーシャと侍女のネリッサもオールメールシリーズならでのお遊び感覚が生きた。戯曲によると惚れ込んだグラシアーノが美しいと誉めるネリッサを岡田正にしたことが、コメディ要素を倍にした。侍女を3人並べて「金、銀、鉛」として鉛のネリッサを選んだというグラシアーノの台詞は戯曲にはないので、戯曲への変更を加えない蜷川公認のアドリブか?!
ポーシャの父が遺言で娘の婿には「見栄えで判断しない男を」という願いを託したことが、結果的には実ったわけで、それをポーシャが信頼する侍女を選んだ男にも同じような人物だったということで、祝祭感も倍増されている。

若手による女形ぶりはオールメールの楽しみのメインだが、今回のポーシャの中村倫也、ジェシカの大野拓朗の二人はいずれも声も姿も申し分がない。特に中村倫也のポーシャは惚れ込んだバッサーニオが父の遺言に従った「箱選び」で失敗したらどうしようというところでの逡巡の場面で、あまりにも可愛らしさが炸裂していて驚いた。オールメールの綺麗どころ月川悠貴が今回は不在だったのであれ?と思ったが、彼の持ち味は硬質な美しさなので今回は使わなかったのだろうと納得した。

それにしてもポーシャが出かけた留守を守るジェシカとロレンゾーの会話の中で「トロイラスとクレシダ」への言及があった。なんとうまく連動させているのだろうとSSSシリーズの企画の妙にも舌を巻いた。シェイクスピアー全37作品上演まであと9作品だという。これはしっかりと伴走して観続けなくてはと決意する。

ポーシャとネリッサが若き法学博士と書記に男装しての法廷場面は、法廷内で他の人物に近寄られて女であることがばれないかとヒヤヒヤしながらの論戦も実に面白かった。これはシェイクスピアの時代の男性だけの上演と同様な感覚なんだろうと嬉しくなる。
契約の履行という正義を振りかざすシャイロックと慈悲を求めるキリスト教徒。そこに若き法学博士が乗り込み、ついにシャイロックの「正義」を逆手にとってたたきつぶす。
「あくまで正義をと迫ったのはお前だ、だからお前が望む以上の正義をかなえてやるのだ」

「正義」という言葉に思わず反応!
「正義なき平和」と「平和なき正義」のいずれが大事なのか??今の政権は後者が大事というだろう。国民の多くもそれになんとなく引きずられがちだ。しかしながら、「正義」というものは相対的なもので絶対のものではないということを考えると、絶対ではない正義のために平和がおびやかされ、そこでつらい思いをするのは一握りの為政者ではなく、少なくない民衆なのだ。そう、「正義」というものは絶対ではないことを肝に銘じよう。

アントーニオの命をねらうような契約を迫った罪で、シャイロックは全財産を没収されることとなる。シャイロックはうちのめされ、キリスト教徒の慈悲はいらない、命をとれと言う。それをアントーニオの申し出た2つの条件、キリスト教徒に改宗すること、駆け落ちして改宗した娘の婿に遺産相続をさせる譲渡証書を書くことを約束させることで放免となった。キリスト教徒たちによる冷笑、嘲笑がシャイロックの惨めさを際立たせる。
上手の舞台から、客席通路を通ってのシャイロックの引っ込みは、さながら歌舞伎の座頭役者の花道の引っ込みのようで、右の脇席に陣取っていた私はその姿をずっと追ってしまった。(偶然にも右列がとれたことに感謝!)

男装した2人組は恋人たちを懲らしめるために約束の指輪を御礼と無理矢理にもらっておいて、後から勝手に人にやってしまったという痴話喧嘩を引き起こし、法廷での活躍もすべて明かしての大団円。
ところが、ここでは終わらないのが今回の蜷川演出マジックである。
左右に開くオペラの時のような幕の間からシャイロックが登場する。首には法廷で侮蔑的に投げかけられたロザリオ(同じものではないのは双眼鏡ですぐにわかったが)。右手でその十字架をひきちぎり、右掌を客席に向けて掲げて握りしめる。キリスト教徒の今回の仕打ちへの怨み憎しみを全身でにじませる。その十字架を握りしめた掌から鮮血があふれ、舞台にしたたり落ちた。シャイロックの魂は傷つき、その傷からは血がしたたった。
これは十字架にかかったキリストと同じではないか?
こうして、宗教対立、異なった価値観の人々の不寛容によって、お互いに傷つき、復讐をえんえん連鎖していっているのが、いまの人間の姿だということの象徴なのだろうか??

今回のプログラムも充実している。小田内隆氏の「『高利貸し』ユダヤ人のイメージの歴史的背景」、水落潔氏の「シェイクスピアと歌舞伎」もよかった。
特に蜷川・猿之助対談が面白い。二人が芸術家として相思相愛の中で今回の舞台が生まれたことがよくわかる。さらにシェイクスピア作品を離れても一緒に何かやろうという話のところでは、そんな舞台は絶対に観てやろうという気持ちでわくわくしてしまった。
そういう舞台も力にしながら、人生の後半戦をなんとか生きていきたいものだと祈るような気持でもある。

さぁ、これから歌舞伎座の花形歌舞伎で新作「陰陽師」を観に出かける。出かける前にアップをするという課題は頑張って達成した。行ってきます(^_^)/
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13/09/19 満月の仲秋の名月の日に遅ればせながら娘の誕生祝い


娘の支援センターでの面談が入った関係で今日の仕事は休み。
自宅から2人で自転車を飛ばして行き、なんとか予約の11時にセンター到着。これまでの社会福祉法人の女性の相談員さんと市の方の男性の臨床心理士さんと2人になったが、いい感じの方で安堵した。
とりあえずは、大学の後期の授業に通えるかどうかの様子をみること、娘の主治医の先生の判断も仰いで今後の方向性を検討していく。

9/17が娘の誕生日だったが、友達がお祝いの飲み会に誘ってくれて、翌日もその子とショッピングに出かけてしまったので、母親の私は2日続けて一人寂しく夜ご飯を食べる。まぁ仕方がないか・・・・・・。
センターからの帰りに与野本町駅近くのサイゼリヤで500円ランチというのが始まっていて、さっそくそこでパスタランチにした(^^ゞ

その裏手にあるシャトレーゼで冒頭のケーキを買わされた。うーん、2人で食べるには大きすぎるが、3回に分けて食べるということになった。娘は気にいったら同じものを食べ続ける癖があるが、それは父親に似たかなぁ。私はちと苦痛だが仕方なくつきあうことにする。

帰宅後は2人とも昼寝(笑)
私の睡眠障害もひどいが、娘はもっとひどい。睡眠導入剤を飲んでもなかなか寝つけず、それも2~3時間しか眠れないという。睡眠を維持する薬をもらったら今度は起きられないという。私からすると、そういう時はその前にテンションを無駄に上げ過ぎているからだと言いたいが、そういうコントロールができないのが病気というわけだ。そうなるとその日は学校には行けない。
実家の母親も父親が亡くなった後、睡眠障害がひどく、眠剤を飲んでもふらふらと夢遊病状態になってあちこちぶつけて青痣をつくっている。母娘三代の睡眠障害ということか(苦笑)

生協のクリスマスのローストチキンの在庫処分企画で買っておいたのを解凍して酒で蒸し焼きにしてお祝いのメインメニューにする。そう、娘の一番好きなものがローストチキンなので、買っておいて大正解。野菜スープとオクラともやしの茹でたのを用意して野菜たっぷりメニューでケーキの高カロリーとバランスをとったつもり(笑)

26歳ということでロウソクを6本つけてもらったのに、食べる前にお定まりの儀式をやらなかったということに食べた後で気がついてがっかりしていたが、明日でもやるのかな??

夜、Facebookで今日は珍しく満月の仲秋の名月だという情報に驚いた。仲秋の名月=満月だと思っていたらそういうわけではないらしい。
「満月の中秋の名月 次は8年後」の記事はこちら
そこでベランダに出てみたら、正面に建っている集合住宅の上に煌々とした名月があった。下の写真は携帯でアップで撮影したものだが、やっぱり性能が低いねぇ。

ガラケーでまだしばらく頑張るつもりだが、夕方の買い物に出たついでにソフトバンクショップに立ち寄り、先日交換品を送ってもらって出た古い充電池パックや古い携帯をリサイクルに出してきた。ソフトバンク以外の人ではない番号への通話が多かったのでダブルナンバー契約にしているが、長く使っている方の番号だけにしようかと相談したら、あとからの番号が2年更新契約ということで違約金がかかるという。古い方の番号の方が周知されているので次の更新時期にまた検討することにした。うーん、2年で自動更新という話は記憶になかったなぁ。



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13/09/18 男女の愛についての釈迦の言葉に思わず納得(^^ゞ


私のよく訪問させていただいているブログに「リベラル21」がある。
「2007.03.15 発刊にあたって」に以下のようにあるように、趣旨に賛同した方々が共同で運用しているブログ。
「私たちが求める社会は護憲・軍縮・共生をキーワードとするリベラルな社会です。そうした社会の実現を目指して、幅広い人たちによるさまざまな意見や主張、情報を発信してゆきたいと考えています。」

9/11付けのもと高校教師という阿部治平さんの記事で、実に納得したことがあるので書いておきたい。
阿部さんが中国青海省で日本語を教えていたときに、多くのチベット人がゲンドゥン・チュンペルを尊敬しているのを目の当たりにして、いろいろ調べられたという。
その伝記からすると想像できないような業績としてジェフリー・ホプキンス解説の『チベット愛の書』があり、いわゆる性愛の書であった。

その中で釈迦の言葉として紹介されている以下の言葉に、いたく感心してしまった。
「世尊(すなわちシャカ)も男は女を美しいと思い女は男の声を快く聞く、とおっしゃっているではないか」

やっぱり、私が声フェチであり、女性の友人から贔屓になる男性は声にまず惹きつけられるという話がよく聞くのは無理もないのだとやたらと納得した次第。

歌舞伎役者は「一声、二顔、三姿」というが、江戸の昔から女性の観客は多かっただろうし、やっぱり女は男の「声」に魅力を感じるということを「お釈迦様でもご存じあるまい」ではなく、もとい「お釈迦様はご存じだった」ようだ。


ジェフリー・ホプキンス解説の『チベット愛の書』(春秋社 1998)
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13/09/14 台風の前にさいたま市内の旧坂東家住宅を見学


台風18号が関東地方に近づくという前日、彩の国芸術劇場で「ヴェニスの商人」を観劇する前にさいたま市内の古民家を見学する企画も決行となった。
待ち合わせは昼の12時にJR大宮駅の「まめの木」で、玲小姐さん、happydragon21さん、かずりんさんと私の4人が集合。
地元の甘味処「田むら」がルミネ2の中にあり、腹ごしらえ。

大宮駅東口の7番のバス乗り場で浦和学院高校行きのバスに乗って終点にほど近い「三崎台」で下車。歩くとほんの近くに「旧坂東家住宅 見沼くらしっく館」があった。

さいたま市のHPより「旧坂東家住宅」のページ
さいたま市教育委員会の職員さんのご説明が受けられて、歴史散策を重ねてきたメンバーはこれまで見てきたところと共通するところ、違うところをワイワイと確認しあいながら予想以上の充実度に大満足。

八代将軍吉宗の時代の見沼田んぼの新田開発を請け負った紀州出身の商人で屋号が「加田屋」だった坂東家が名主となり、その10代目が幕末に建てた家を復元したものということだった。坂東家が開発したから屋号をとって「加田屋新田」というらしい。
うーん、江戸時代の昔から町人の富裕層を使って開発事業をやらせるなんて「民間活力」を利用していたというわけだ。江戸の治世のレベルはけっこう高かったと感心してしまう。

屋敷のための防風林「屋敷林」もしっかり残っていて、冒頭の写真のように立派な眺めとなる。天領の名主の家として幕府の役人を迎える正式な玄関の「式台」があるが、ふだんは閉じられていたとのこと。
「三和土」は、粘土質の土と石灰とにがりの3種を和えたことからきているという説明に一同、感心至極。小石のように見えるのは湿気ている時に人の足で撚れるからということにもなるほど~となる。

上の写真はいろりだが、三和土のところに開口しているのが珍しい。作業から戻って腰掛けるだけですぐに身体を温めたり、長い薪でも切らずにくべられたりする利点があるという。
以前は公開日はいろりで火を焚いていたということだが、3.11の後で燃やす薪などの放射能汚染についての問い合わせがきてしまい、火を焚かなくなってしまったとお聞きし、ここにも原発事故の余波がきていたかとびっくりした。茅葺屋根や天井部分を燻すことで保護できていたのに、できなくなったとのこと。早く元のようにできるようになって欲しい。

日本の家屋の独特の空間が「縁側」(この家では廊下というとのこと)で、雨戸を閉めれば内部、開けておけば外側という曖昧な領域が外国人には一番不思議がられるとのこと。
また、普段使いの部屋と客間で欄間や障子の桟の作り方のレベルを変えていたり、畳の敷き方についても薀蓄をお聞きできたのも勉強になった。畳みをすり減らすことを極力減らすような工夫がすごかった。普段は板敷の部屋にしておいて、しまってあった畳を敷きやすくはずしやすくするような敷き方。畳の境目で十字をつくると切腹を連想させるので、十字ができないようにする「祝儀敷」、それも入室したり床の間の前などは畳の目をこすらないですむ方向に畳を入れるとか、感心しまくりだった。

1992年にさいたま市が坂東家から譲り受けて、公開に向けて行われた解体補修作業の際、主人の部屋の押し入れの床下から発見された「一分銀」も展示されていた。もしも何かがあって家の修理などが発生した時に対応できるようにするために主人が家人にも内密に隠しおいたものではないかと推測されているらしい。

季節的に蚊が最後の繁殖のために必死になっている時期らしく、開け放した部屋の中にぶんぶんと飛び回り、なぜか私が集中攻撃を受け、4~5個所刺されて腫れてかゆくて困った。今回こそ虫よけアロマスプレーを忘れずに持ってくるべきだった。後悔先に立たず・・・・・・。蚊の被害をのぞけば大大満足の見学だった。

バスで戻って、JRで与野本町に移動し、午後6時半の開演までまたまたおしゃべりに花が咲くミニオフ会となった。
下の写真は、ランチでいただいた温野菜セット。甘味処はファミレスのなかった時代、軽食もお茶もできるところとして機能していたんだなぁと再認識。きしめんは梅にしてミニスイーツはあんみつにした。こうして選べるところもよかったなぁ。
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13/08/27 映画版「科学忍者隊ガッチャマン」は報復の連鎖批判を評価


1972年から1974年まで毎週日曜日の午後6時から30分はテレビの前に釘づけだった。「科学忍者隊ガッチャマン」を観るためだ。地球征服をたくらむギャラクターは最終的に地球を滅ぼす最終作戦に及び、それを科学忍者隊のサブリーダーのジョーの放った羽根手裏剣が止めるという最終回には滂沱の涙となり、翌日の中学の生徒会本部室でもその話題で大盛り上がりだった。私ともう一人の男子の副会長くんとで熱い会話をしたのを覚えている。
Wikipediaの「科学忍者隊ガッチャマン」の項はこちら
冒頭の写真は、ネット検索でみつけたDVDの「科学忍者隊ガッチャマン BOX」

シネコンのMOVIXでポイントカードが廃止になってしまうということで、8月末までしか付与されない最終ポイントをつけるべく、レイトショーで映画版「科学忍者隊ガッチャマン」を観た。

ケン役の松坂桃李やジョー役の綾野剛はかなりのお気に入りなので絶対に観ると決めていて、作品自体についてよく調べないで行ったので、オリジナルストーリーであることも観ているうちにわかってきた。
あきらかに日本人ではない人物まで日本の俳優でキャスティングしていて興ざめなことも多く、一番最悪だったのはストーリーでテレビアニメ版の格調高さはどこに行っちゃったの??状態になってしまった。
松坂クンや綾野剛の可愛い姿を見ることができたので、金を返せとは言わない。そのためにプログラムも買ってしまったくらいだからそのミーハー度は推して知るべし(笑)

しかしながら一箇所だけ「おおっ」と感心したところがあった。変身中のベルクカッツェが立てた作戦を陥れたナントカ博士に語る場面で、「人間は報復の連鎖という愚かなことをする」というようなことを言っていた。その通り!!

「報復の連鎖を断つ」というテーマで井上ひさしが9.11後の報復のための戦争に走ったアメリカへの痛烈なメッセージとして「ムサシ」を書き、蜷川幸雄の演出の舞台はニューヨーク公演まで果たしたのだった。

アメリカはイラク戦争から何も学んでいないとみえて、今度はシリアの内戦を「世界の警察」のつもりで武力介入すると言い出している。イギリスの議会は首相の武力行使参加を否決し、ロシアのプーチンにもG20でうまく仕切られて、武力行使に慎重にならざるをえなくなっているのが溜飲を下げる。
日本の対米追随の姿勢が恥ずかしい。憲法解釈の変更で「集団的自衛権の行使がゆるされる」ということになってしまったら、アメリカのこういう理不尽な武力行使にもこれまで以上に本格的に巻き込まれることになってしまう。

娘が今はやりの萌えキャラの軍艦娘のスマホゲームにうつつをぬかしているのをみると、愕然としてしまうが、そのゲームは70万人が夢中になっているという。
まずいぞ、まずい・・・・・・。
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13/09/12 みどりの山手線復刻車両、渋谷駅前の布地屋さん閉店


1963年に緑色の山手線が走り始めてから今年で50年ということで、それを記念した緑色の復刻車両が走っている。復刻といっても現在の車両にラッピングを施した復刻カラー電車ということだが、2回ほど遭遇したが撮影がいずれも間に合わなかった。
昔懐かしいという気分にはなれる。
ネット検索してみつけたまとめ記事はこちら

今日は四ツ谷から乗り換えの代々木駅で飛び乗った山手線がみどりの復刻車両で、渋谷駅で下車して携帯を構えてドアが閉じるのを待って万全かと思っていたら、目の前をおじさんが横切って静止画像撮影は失敗。冒頭は走り出してすぐに撮影したもの。

渋谷駅前の布地屋さんを通りかかると9/16に完全閉店ということで、閉店セール最終盤というところで、店の中もガラガラで、店頭で売り尽くしをやっていた。そういえば先月も通りかかって撮影したのだが、記事アップしていなかったっけ。
フェイスブックのお仲間が閉店を惜しむ記事をアップされていたが、このあたりも古いビルを壊して新しくしてしまうようだ。
毎月通りかかるたびに渋谷にレトロな店が残っているのもいいなぁと思っていたので、けっこう寂しいものだ。下の写真は、閉店セールの店頭。売り尽くしセールということで目の前でロールごと買っていくお客さんが何人もいた。


東京にオリンピックがくることが決まったので、築地の中央市場の移転問題も移転先用地からかなりの有害物質が出てきてしまったことも押し切るようにすすみそうだ。
消費税の5%から8%へのアップも安倍首相が決断したと報道され、その要因のひとつに東京五輪が上がっていた。やっぱりそうくるだろうと思った。消費税アップを押し切るのに格好の印籠だ。それを出されると国民の大多数は仕方がないかぁと思ってしまう。
国際会議で嘘をついて招致に成功しても、国内外でそれをちゃらにできる勢力は今のところないということを見越したやり方だ。

歴史の中であとからどのように評価されるかということはあるのだが、同じ世代の少数派は生きにくくて仕方がない。それでも日々のくらしをしのぎながら、時代の中に埋没することはしたくない。後世の評価をあおげるようにしておきたい。
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13/09/09 東京五輪2020決定に思う+9・10月の観劇などの予定


9/6に宮崎駿監督の引退の記者会見で涙
翌9/7は2020年オリンピック開催地決定のIOC総会。夜、テレビをつけたらたまたま安倍首相の最終プレゼンのスピーチ。英語で頑張ってるのかぁと聞いていたら、原発の汚染水は湾内で完全にブロックしているとか、全てコントロール下にあるとか言いきっていて唖然とした。一国の首相がこういう大嘘を国際会議の場で堂々と言うのかと気持ちが悪くなって早々に見るのをやめてしまった。
翌朝、東京に決定したことを知ったが、安倍のプレゼンくらいで原発事故についての懸念を払拭して支持したIOC委員の方々の見識が疑われた。委員の一覧をネット検索してみた。各国の王族やメダリストが委員になっていて、そういった方々の判断力の限界がはっきりみえてしまったように思われる。

それでも決まってしまったことであり、万が一、東日本大震災クラスの天変地異、首都圏直下型地震などが起きれば開催できなくなると思うが、7年後には開催となる。
オリンピックが優先となって、震災復興が後回しになることは本末転倒だし、世界にしっかりやると約束した原発事故対策も本腰を入れなければ、日本は恥ずかしい国になってしまうだろう。「嘘から出たまこと」ということになるのを願うばかりだ。

冒頭の写真は、9/9付けの朝日新聞の夕刊の特別紙面。見開きの右ページには1964年の東京五輪の報道紙面が小さく載っていた。さすがに東日本大震災からの復興が果たされたとはまだいえないとあるが、「五輪は間違いなく人々の体に勇気を吹き込む」とあった。「間違いなく」というのは持ち上げすぎだろう。多数派の世論に迎合しすぎだと思う。このところ日本のマスコミの報道自主規制ぶりは惨憺たるものだ。テレビ報道もオリンピック招致決定でそれ一色になってしまった。

オリンピックは国内の様々な問題から多くの国民の目をそらし、国威発揚のために大きな効果がある。ナチスドイツがベルリンオリンピックをそのように活用し、記録映画までつくっている。戦前1940年の東京オリンピックはその前に日本が国際連盟を脱退し、幻に終わった。昨年10月に観た野田秀樹の「エッグ」という舞台は、そういうことを痛烈に皮肉る内容だった。「過去に背を向けよう」という台詞が胸につきささっている。今回がそうならないように、しっかりと見守っていかなくてはならないと思っている。

以下は今月の観劇などの今のところの予定。
9/1(土)明治大学リバティタワー:『ビッグイシュー』10周年記念イベント→記事アップしました!
9/14(土)彩の国さいたま芸術劇場:蜷川シェイクスピアオールメールシリーズ「ヴェニスの商人」=猿之助のシャイロック、評判がいいので楽しみ!
9/21(土)歌舞伎座こけら落とし九月花形歌舞伎夜の部
9/23(月)歌舞伎座こけら落とし九月花形歌舞伎昼の部
9/28(土)明治大学リバティタワー:仕事の関係の研究集会=おすすめがあり参加を決意しました(^^ゞ

10月の予定も決まっている分は書いておこう。
10/5(土)玲小姐さんの歴史散策:愛宕山神社など幕末の史跡めぐり
10/14(月)歌舞伎座こけら落とし十月大歌舞伎昼の部
10/20(土)歌舞伎座こけら落とし十月大歌舞伎夜の部

ご一緒する皆様、よろしくお願いしま~すm(_ _)m
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13/09/06 宮崎駿監督引退「この世は生きるに値するんだ」と子どもたちに伝えたい


スタジオジブリの「風立ちぬ」封切り前の6月末にNHKの「仕事ハッケン伝」という番組を偶然に見た。漫才コンビ「オリエンタルラジオ」の中田敦彦がジブリに1週間入社して鈴木敏夫プロデューサーのもとで「風立ちぬ」の新聞広告のキャッチコピーづくりにチャレンジするものだった。番組の内容自体にもひきつけられたが、最後に採用された「人間・宮崎駿、72歳の覚悟」というコピーにハッとさせられた。そうか、もうそんなお年なんだ!と。

「風立ちぬ」を観て、宮崎駿の渾身の作品だと痛切に感じ、思い出しながら反芻していたところ、ベネチア国際映画祭のコンペティション部門出品の公式会見で星野社長から宮崎監督の引退発表があった。予感的中・・・・・・。

9/6の宮崎駿ご本人による引退会見は13ヵ国から600人を超す報道陣が集まったという。私もこの日の会見は大注目していた。
「何度もやめるといって騒ぎを起こしてきた人間なので、またって思われているんですが、今回は本気です」と言っての笑顔に、人生にひと区切りをつけた清々しさが伝わってきた。
各国の記者からの質問にどんどん答えていかれたが、心に残ったのは以下のようなことだった。ネット検索の一問一答情報等から、かなり引用(それにしても一問一答といってアップされている文章が情報元によってけっこう違うことがわかった)。
宮崎駿監督、引退会見の一問一答まとめ
東京新聞:宮崎駿監督引退会見 「生きるに値する」伝えた

「『風立ちぬ』は『ポニョ』から5年かかった。その間、シナリオを書いたり漫画を書いたり、いろんなことをやっていましたが、やはり5年かかる。今、次の作品を考え始めると、5年じゃすまないでしょう。この年齢ですから。次は6、7年かかるかもしれない。僕はあと3カ月で73歳。(作品完成までに)80を過ぎてしまう。この前、83歳の半藤一利さんとお話をして、本当にいい先輩がいると思った。僕も83歳になってこうなれたらいいなと。だから(創作を)続けられたらいいと思いますが、今までの仕事の延長線上にはない。僕の長編アニメーションの時代ははっきり終わった。今後、やろうと思っても、それは年寄りの世迷言だと」

僕は児童文学の多くの作品に影響を受けてこの世界に入った人間ですので、基本的に子どもたちに「この世は生きるに値するんだ」ということを伝えるのが自分たちの仕事の根幹になければならないと思ってきました。それは今も変わっていません。
→ここで、どっと目頭が熱くなってしまった。「生きることへの肯定感」がもてない今の時代に、だから宮崎作品は貴重だったのだと痛感する。

アニメ監督にもいろいろな方がいるが、アニメーター出身の僕は自分で描かないと表現できない。どんなに体調を整えて節制しても、集中できる時間が年々減っていく。「ポニョ」に比べると、机から離れるのが30分早くなった。加齢によって発生する問題は仕方がない。僕は僕のやり方を貫くしかない。長編アニメーションは無理だという判断をした。

東映の労働組合で(←ここがカットされてしまう)高畑勲と出会って、いろんな話をしました。それで『ハイジ』をやったとき、まったく打ち合わせの必要がなかったんです。考えていることが分かる。監督はスケジュールが遅れると怒られる。高畑勲は始末書をいくらでも書いていましたけれども、そういうのを見るにつけ、監督はやりたくないと思っていました。しかし、ある時期がきて、監督をやれといわれたときは途方に暮れたんです。僕は、監督や演出をやろうという人間じゃなかった。僕は監督をやっている間も、アニメーターとしてやってきた。それについてはずいぶんプロデューサーが補佐してくれました。そういうチーム、腐れ縁があったおかげでやれてこられたんです。

ジブリをつくったころ(1985年)は、日本が浮かれ騒いでいる時代だったと思います。経済的にもジャパン・アズ・ナンバーワンなんてやっていた。そういうことに、僕は頭にきていました。経済はいいけれど心はどうなんだ。頭にきていないとナウシカなんかつくりません。その後、バブルは崩壊。ソ連も崩壊してもう二度と戦争は起きないと思っていたのにユーゴスラビアでは内戦が起きてしまうというようなことになってしまった。今までの作品の延長上に作れなくなって、僕や高畑監督は豚や狸を主人公にして切り抜けた。そこから長い下降期に入った。バブル崩壊とジブリのイメージは重なっているんです。

「僕は文化人になりたくないんです。僕は町工場のおやじ。それを貫きたいと思っています。」
ジブリの冊子『熱風』で「憲法を変えるのはもってのほか」と発信したことも、「自分の思っていることを率直に話した。ただ、それを発信し続けるかというと、僕は文化人じゃない。その範囲でとどめたい」とのこと。
→なるほど、町工場のおやじさんなんだ、勝手に文化人扱いしてはいけないんだと納得。

半藤一利さんと話をされたことへの言及で書店で対談本が出ていたことを思い出した。手に取ってみたのだが、その時はあまりぴんとこなかった。さっそく紀伊国屋書店に立ち寄って買ってきて読み始めたが、実に面白い。冒頭はその表紙の写真。
半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義 (文春ジブリ文庫)

お二人とも漱石ファンだということでたちまち意気投合し、半藤さんの軍艦野郎ぶり、宮崎さんの飛行機野郎ぶりなど、70~80歳代の当時は普通に小国民だった男の子の感覚などもわかっての昭和史をたどる談義に引き込まれた。「持たざる国・日本の行く末を思料する7時間余にわたる対談」をこれから読んでいくことになる。
歴史を学んでこれからのことは考えていかなければならない。また、実践だ。
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13/09/05 竜巻、集中豪雨、落雷、妹2の緊急入院・・・日々「いざ生きめやも」


9/2に起きた竜巻で実家のある越谷市で特に大きな被害が出たということで、何人かの方からご心配のメールや電話をいただいて有難かった。竜巻の進路が北部エリアだったことから、草加市に接する南部エリアにある実家には停電なども含めて全く影響がなかった。母親に電話をして確認したところ、雷がひどくて雹も降ったということだった。昨年のつくば市の竜巻に次ぐ強さのものだという。異常気象が続く状況を人間の力で制御しようもなく、またその原因を作り出しているのが人間でもあるのが情けない。

9/3の夜、その話をしようと名古屋の妹1に電話をしたら、北本の妹2の緊急入院のことを聞かされて驚いた。6月に一緒に韓国旅行に行った妹だ。人工透析を週3回受けているが、シャントが急に塞がってしまって透析できなくなり、緊急手術になってしまったという。今度は首の下の深いところにシャントをつくったらしいが、それが落ち着かずに発熱して再入院しているという。私への連絡がなかったのはそういう余裕が全くなかったからで、すぐに動けやしない私の立場は十分わかっているので特に文句をいう筋合いではない。

81歳になった母よりも妹2の方の余命の方が先が見えてきてしまっていることに2人して話をしながら涙声になってしまう。それでも本人の前で泣くわけにはいかない。退院した頃に見計らって世話をしにくるとのことだったので、その時は連絡をくれるように頼んでおいた。お気楽に友人と名古屋に遊びにいくのでおばちゃんの家に泊りたいと言っていた娘にも状況を伝え、そういう事態になっているのでもう少ししっかりしてくれるように申し渡す。

昨日の9/4には台風くずれの低気圧や秋雨前線の複合で、西日本からの豪雨で新幹線も止まってしまうくらいになった。妹1の住む名古屋市でかなりの大雨となって道路が冠水している映像がニュースで流れた。姪っ子2の職場の学校の校庭はみるみる池となり、駅までの道を膝下までつかりながら歩いて帰ったらしい。

その雲が東京にきて、強い雨が降ったりやんだりの中で、職場の置き傘を持って帰って、埼京線の車内の手すりにかけておいたのを忘れて車内移動し、降りる時に思い出して探したら、なんともうなかった!!
赤羽で途中下車して構内で傘を買おうと思ったが気に入ったものがなくて「ままよ」とそのまま帰ったがなんとか濡れずにすんだ。
帰宅してしばらくすると雷が激しくなってきた。PCでフェイスブックなどをのぞいていたので、ここで停電などになるとPCが壊れてしまうなぁと嫌な予感がして、そろそろ閉じようかなどと未練がましく見ていたら遅かった。
いきなり部屋中まっくらになって、呆然・・・・・・。近く?もしくはマンションの避雷針にでも落雷したのか??テレビもついていたのにPCともども大丈夫か???

大丈夫だった!有難い~。
もう一回停電になったりしたので、こういう日は早く寝ることに限ると決めた。2日間、全力対応した仕事も終わって翌日は休みをとってもいたのでゆっくりするつもりだった。
携帯を充電器におこうとみたら電源が切れていたのでスイッチを入れたら、妹1からのメールがきていて、再入院中の妹2が精神的にまいっているという。心配なので病院に行くつもりだったが新幹線が動かないので明日行くつもりという内容だった!気がついた時間は夜中だったが、電話をして休みをとっているので一緒に行くと伝えた。たたき起こしてしまってごめんm(_ _)m

そこで今日9/5に待ち合わせをして川越から埼玉医科大学に行ってきた。いきなり二人で行ったのだがあまり驚きもしなかった。これまでの入院でも知らせずにかけつけることがあったらしいのでそういう感覚かなぁ。私はまぁおまけであったが・・・・・・。妹1の相手もできたのでよいだろう。
昨日まで食べたくないと食べずに低血糖低血圧がひどかったが、妹1がとにかく食べろと叱った効果があったのか血圧が少しは上がってきたらしい。血圧が下がり過ぎてトイレに行く途中で転んでしまい、勝手に歩き回ることが禁止になっていた。

夕食も二人でもっと食べろと監視していたのでなんとか嫌いな鯖の煮つけも食べたが、口直しに妹1が病院に内緒で持ってきたざらめのついたバームクーヘンを食べて美味しいと言ってくれていた。食べられないものが多すぎるので韓国旅行でも大変だったっけと思い出す。

明日の透析時間が終わった頃に顔を見に行って名古屋に帰るという妹1は川越のホテルに一泊するのでチェックイン。一緒に食事をして私は帰宅してきた。
その途中で実家の母から携帯に電話が入る。今回は隠密行動なのだがもしや気づかれたかと思ったら、さにあらず。先日一緒につくらせたシニアnanacoカードがなくなってしまったけれど、クレジットカードとかと違うよねと確認したいという。大丈夫と答えて事なきを得た。母に妹2の病状を聞かせても泣くばかりでみんなの負担になるので知らせないのだ。

来年の秋には姪っ子2の結婚式の日取りが決まったので、そういう実家の母も含めてこちらからみんなで顔を揃えて参列できるようにしなくてはならない。
娘にもそこに向けてダイエットを頑張って可愛いのを着られるようにと発破をかけているが、さてそちらもどうなることか。
異常気象、異常事態、なんでもありの様相の日本や世界の中で、自分や家族もどういうことになるかわからない中を、やれるだけのことはやりながら、それでもまずはなんとか生きていかなければならない。
映画「風立ちぬ」で知った言葉が私の中に刻まれている。

「風立ちぬ いざ 生きめやも」
掘辰雄の小説「風立ちぬ」に出てくるフランスの詩人ポール・バレリーの詩の一説という。
Wikipediaの「風立ちぬ(小説)」の項の中に詳しい。
「過去から吹いてきた風が今ここに到達し起きたという時間的・空間的広がりを表し、生きようとする覚悟と不安がうまれた瞬間をとらえている」とある。
まさに今回の作品で長編映画からの引退を発表した宮崎駿監督の今の時代の中での決意が感じ取れる。
私も不安がいっぱいの中で「生きることを試みなければならない」くらいの、やや前のめりにならなければならない感覚の中で生きている。涙しない日はほとんどない。それでも明日はくるだろう。そこからは逃げないでいようと思う。
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13/08/28 毬谷友子の一人芝居「弥々」を朗読CDで聴く


毬谷友子の一人芝居「弥々」が今年も再演された。毬谷友子の女優としての素晴らしさは蜷川幸雄の舞台等でもわかっている。「弥々」は1992年初演以来、数々の賞に輝いてロングラン公演を重ねていて、ずっと気になっていた。今年も得チケなども出た段階でかなり心が動いた。
お盆に娘が父親の田舎に一緒に帰省をするのに手土産を持たせるため、浦和で途中下車してPARCOの地下の大丸で菓子折りを買った。その際に9階のさいたま市図書館中央図書館にふらっと立ち寄り、何か音楽CDでも借りてみようかと初めてCDコーナーに行ってみた。

うーん、音楽コーナーはクラシックはいいかなぁ。落語などの伝統芸能関係もけっこう充実しているのがわかった。老後はいいかもしれない。
などと思っていたらある朗読CDに目がとまった。「CD 弥々~朗読 毬谷友子」。これを聞いてみて、よかったら一度観に行ってみようと思いついて借りてきた。

NHKサービスセンターの「CD 弥々~朗読 毬谷友子」
以下、CDや上記サイトにあった情報を引用。
劇作家の矢代静一が娘・毬谷友子に書き贈った戯曲、ひとり芝居「弥々」。
2003年文化庁芸術祭優秀賞を受賞し、海外公演も行う等、ライフワークともいえる彼女の作品をCDにしました。
弥々は僧・良寛の初恋の女性。出家前の良寛との淡い恋、別の男との駆け落ちと女郎生活、良寛との運命の再会、決して幸せとはいえない生涯を弥々は生きていく。弥々の数奇な人生を、毬谷友子が熱演する。
「お初におめにかかります、良寛様。私は弥々の娘でございます。」女は、見えない良寛に向かって、彼の初恋の女性だという、弥々の人生を語り始めます。

Wikipediaの「良寛」の項もリンク

全くの一人芝居で毬谷友子がさまざまな声色を使い分けて全ての登場人物を演じ分ける。その変幻自在に変わる声をヨーヨー・マが「your voice is music」と絶賛したとのことだが、さもありなんと納得した。

矢代静一はマグダラのマリアのイメージで「弥々」を描き出したという。
私のマグダラのマリアのイメージはイエス・キリストの足にくちづけをしようとして人々に非難されたあたりからだから、冒頭からしばらくはピンとこなかった。

弥々は漂着したと思われる「おろしあ」の男が日本の女に産ませた娘で、母親がいつかは「おろしあ」にという思いを語る中で育った。ロシア人の血の入った美しい娘は多くの男を惹きつけて、越後の名主の跡取り息子栄蔵ぼっちゃん(のちの良寛)もその一人だった。
栄蔵は江戸の従兄弟が遊びにきた勢いで祭りに弥々を誘い出し、嫁になって欲しいと告白する。その気になった弥々は情熱的にことをすすめようとするが、ぼっちゃんは祝言まで清い関係でいようという。
その後、はずみで従兄弟の方と江戸に駆け落ちするはめになった弥々は、まともに働かないその男の娘を産み、借金で苦労して女郎にまで身を落とす。弥々から捨てられた栄蔵は出家して、詩歌でも高名な良寛という僧侶になったという消息は入ってきている。
弥々は男との痴話喧嘩の末に片目もつぶされてしまうが、それでも場末で身を売りながら逞しく生き抜いていく。

かなりの婆さんになった頃にその男が死ぬ前に、良寛の歌に詠まれた想い人は弥々だと告げられ、堪らなくなって越後まで会いに行く。しかしながら良寛の傍には弟子の貞心尼がいて、弥々は近くで姿を見守るだけだった。
そのうちに良寛が歌で詠んだ想い人は貞心尼だと気づいても見守り続ける。最期を看取ったのも貞心尼だった。
弥々の最後の言葉は「ダスビダーニャ、愛しいお方!」。

やっぱり私のマグダラのマリアのイメージとは違った。娼婦だった女が最後に聖人を敬愛して仕えるというところが下敷きにはなっていると思えるが、関係性がどうにも重ならなかった。実は一箇所ひどい音飛びがして、そこからしばらくを飛ばさざるを得なかったのだが、なんとかそこを聞こうというところまで執着できなかった。弥々の物語を舞台で観ようというところまで残念ながら至らず。

返却期限ぎりぎりの8/28に返してきた際に、音飛びの件はお伝えしてきた。その際に書架で良寛に関する本も見つけてささっと斜め読みしてきた。貞心尼との関係を確かめたかったからだ。
その時の本の記述では、貞心尼との関係も彼女の方の思い入れの方が圧倒的に強い関係で、良寛と貞心尼が恋愛関係にあったかどうかは疑わしいというものだった。

良寛と貞心尼を描いたテレビドラマで記憶に残っているのは「乳の虎・良寛ひとり遊び」というもの。桂枝雀が良寛を、樋口可南子が貞心尼を演じている。樋口可南子が本当に剃髪して撮影して話題になった。桂枝雀さんの良寛が実によかったという記憶が蘇る。
ネット検索して読みごたえのあった「花ごころ」さんの記事をリンクしてご紹介したい。

冒頭の写真はCDのカバー写真。舞台写真は稲越功一とあった。稲越さんは市村正親や当代の吉右衛門の写真も撮っている写真家さんだったと思う。陰影がはっきりしてこういう写真は好みだ。
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