06/06/30 鹿賀丈史みたさに『戦国自衛隊1549』をTVで観た

『戦国自衛隊』は、半村良の小説を原作として1979年に角川映画が制作したものが最初だが、自衛隊の嫌いな私はもちろん観ていない。
しか~し、2005年に平成ゴジラシリーズの手塚昌明監督がリメイクした際に鹿賀丈史が出演するというので映画館に観にいこうかどうしようかとかなり悩んだ。結局行かなかったのだが、そんな私を知る友人が自分が観に行った時に買って読んだプログラムをもういらないからあげるとくれたのをしっかり抱えていたのだった。
今年の1~2月に2週間連続の2時間×2回のドラマもあった。反町隆史、渡部篤郎、藤原竜也らが出演。なんのかんのとしっかり観てしまっていた。結局、自衛隊がタイムスリップする先は戦国時代というだけで設定はどれも違うという変化がつけられているのだった。藤原竜也はその若さが生きる小早川秀秋役で、他のお二人のおじさんはその引き立て役に回っていたような印象。
今日のリメイク映画版は、主演の江口洋介よりも鹿賀丈史が圧倒的にカッコよすぎる。鈴木京香も鹿賀丈史の的場一査に結局は惚れてたんじゃないか、彼女に撃たれ後輩の江口の役に斬られて死ぬ鹿賀丈史がやっぱり一番カッコイイ!

いつものポリシーをはずして全くミーハー的に鹿賀丈史に「カッコイイ!」を連発しながら観て満足したエンタメ作品だった。
しか~し、自衛隊もカッコよすぎるように描いているところは相変わらず気に入らない。喜んで制作協力してそのカッコいいイメージで若者を惑わさないようにしてほしい。結局は米軍の下部にある軍隊にすぎないんだから~。

写真は絶対に買わない「戦国自衛隊1549」DVD。
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06/06/25 歌舞伎座6月昼の部①「藤戸」「松竹梅」

地味な印象の歌舞伎座六月大歌舞伎の昼の部。七月散財の前のため、3階B席という思いっきり倹約席での観劇。しかしながら国立劇場に引き続き、予想以上の収穫あり。順不同になるが、まずは舞踊2本について書く。
1.「君が代松竹梅」
公家の衣装で松竹梅とめでたい物の3代表にちなんでの三人の短い舞踊。三人とも立役だったり姫の名前がどれになるかが違ったりとキャスティングによって変化があるらしい。今回は翫雀が松の君、愛之助が梅の君、孝太郎が竹の姫という組合せ。上方若手で揃えてきてまとまりがよい。ひたすら雅な感じを楽しむ。遅刻してしまい幕開きに間に合わなかったが、私はとにかくご贔屓の愛之助の美しさに惚れ惚れして大満足。それと翫雀、少しダイエットしたのかな?

2.「昇竜哀別瀬戸内 藤戸(のぼるりゅうわかれのせとうち ふじと)」
平家物語を原典とする謡曲「藤戸」をもとに吉右衛門自らが構成した新作舞踊。1998年の宮島での奉納歌舞伎で初演、今回が歌舞伎座での初上演。話の内容は以下の通り。
鎌倉方の佐々木盛綱(梅玉)が任地に赴き訴訟を受け付けると盛綱に息子を殺されたという老女藤波(吉右衛門)が名乗り出る。盛綱は島に立て籠もった平家方を急襲するために馬で渡れる浅瀬を漁夫を口封じのために殺したことを潔く認める。藤波は自分の悲しみを盛綱に全身で訴え、息子を返せと迫る。盛綱は許しを乞いながらもこれも戦の習いと十分回向をすること、老母のくらしがたちゆくようにするからと得心させ立ち去らせる。ここまでが前半。
間狂言の浜の男女による回向の念仏踊りでつないだ後の後半。盛綱に殺された漁夫の霊が悪龍となって盛綱に復讐に現れる。藍隈の拵えで鬘に大きな龍の造作をつけて現れる悪龍は吉右衛門の二役。能のように前シテと後ろシテを一人が演じ分ける。盛綱と家臣たちは刀で立ち向かっても効果がないとわかると手に持った数珠をもみながら経文を唱え祈り伏せる。悪龍はついに成仏して花道を引っ込んでいく。

吉右衛門の女方を初めて観たが、女方の身体つき・動きがちゃんとできていることにあらためて感心。演じ方がとても丁寧だと思った。それと息子を思う母の心情表現に気持ちがこもっていて胸を打たれた。小さかった息子が成長していく記憶が蘇り幸福な思いにしばしひたるところのうっとりとした表情、次第に現実に戻ってその息子がもういないという悲しみが押し寄せてきて形見の蓑を抱きしめながら目に涙を光らせてすすり泣き嗚咽するその気持ちの入れ方に、予想外の涙が出てもうどうしようもない状態に.....。吉右衛門は戦を憎む気持ちをしっかりこめて作品を選び構成し演じられたようで、その真面目で誠実な人柄が藤波にしっかりとにじみ出ているのを感じてしまった。ダメだ、贔屓度が数段階アップしてしまった。

間狂言の浜の男女の念仏踊りは歌昇・福助コンビだったが、泣いた後で緊張が緩んでしまい意識が飛んでしまったm(_ _)m
後半の悪龍(あくりょうと読むらしく悪霊に通じるのかな)の吉右衛門はそれは立派。全く文句のつけようもなし。前半と後半の振幅の広さを堪能できる作品だと思った。
また、それを受ける盛綱の梅玉がとてもよかった。私が観た中でこれが一番だった。戦の習いと言い切る武将としての威厳もあり、老母の嘆きをきちんと受けとめる人間的な度量も感じた。これなら藤波も納得して帰っていくだろうと納得できた。郎党を束ねる統率力もきちんと出ていたし、悪龍との戦いの場面でも堂々と対峙し祈り伏せていた。
六月歌舞伎の予想以上の収穫のひとつがこの「藤戸」だった。次は「角力場」を書く予定。
写真は今月のチラシ画像(松竹の公式サイトより)。
追記
染五郎は叔父の「藤戸」をちゃんと袖から見ていたことだろう。将来この演目も継承して欲しいと思う。
昼の部②「双蝶々曲輪日記・角力場」の感想はこちら
昼の部③「荒川の佐吉」の感想はこちら
夜の部幕見「暗闇の丑松」の感想はこちら
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06/06/26 天海祐希が男前だった『トップキャスター』

観劇から離れていた頃に宝塚のトップスターだった天海祐希を映画やTVドラマではしっかりマークしてしまう。『源氏物語』などは彼女の光源氏観たさにわざわざ映画館まで行って観てしまったものだ。映画自体は作り方があまくて大したことはなかったのだが、天海祐希はちゃんと光源氏に見えたから大したものだ。
今日フジTVの『トップキャスター』が最終回。ご飯をつくりながらの時間だからまともにちゃんとは観ていないのだが、後半はけっこう観ていて、彼女のコミカルな味と男前な魅力で毎回楽しませてもらった。
8年前に破局した元カレの結城雅人(谷原章介)はスタート時には私にはずいぶんと地味に見えたのだが、回を重ねるごとに魅力がわかってきた。先日映画を観に行った時に観た予告編で何やらコミカルな役を演じている映像にコロっとまいったのだ。彼は硬い表情よりもコミカルな表情がいい。
CNBテレビのニュース番組のトップキャスター椿木春香(天海祐希)は自社の会長の贈賄をスクープする。そのことでが番組終了が決定。贈賄事件の責任を社長になっていた雅人がかぶろうとするのを「私が貴方を守る」宣言をする春香が「男前~」にカッコよかった。

雅人の父親である会長と息子の間の気持ちの齟齬を修復し、会長自ら自白する決意をさせ、最後の番組での大スクープとして雅人を救うのだった。
番組の打ち上げから逃げ出そうとする彼女を引き止めたスタッフたちが用意していたのは抜打ちの結婚式!誓いのチューのシーンはわざと省くなど、天海祐希のイメージを壊さないようにしているのがおかしい。
2年後のUSAからのレポーターで登場した春香。オンエアからはずれたところでは背後に雅人もいてひょうきんなことをしている。これですね、彼の魅力は。さらに天海祐希よりも一回りも背が高い。舞台での評判もいいということで、これからは天海祐希とともに谷原章介もマークすることを決定。

今週は『弁護士のくず』も最終回を迎える。豊川悦史の九頭先生、とってもおかしい。下ネタ炸裂なのもけっこう好きなんだな(猥雑路線が大好きですm(_ _)m)。

昨日は歌舞伎座で吉右衛門の「藤戸」の老女藤浪と仁左衛門の「荒川の佐吉」で泣いてきて、その後大宮でミニミニオフ会という充実した一日。友人が泊まりにきたりしてちょっと寝不足だが頑張って仕事してきて、今日はTVで笑った。
こうして毎日が過ぎていく。今日は早く寝ます。
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06/06/23 歌舞伎座9月は初代中村吉右衛門生誕百二十年記念公演

9月の歌舞伎座は初代中村吉右衛門生誕百二十年記念公演。演目・配役が発表されてあちこちのブログが盛り上がっている。
当代吉右衛門と幸四郎は実の兄弟だというのにずっとまともな共演がなかった。その辺の事情はよくわからない。PHP文庫になっている当代吉右衛門の著書『半ズボンをはいた播磨屋』を読んでなんとなく想像しているのみである。
しかしながらさすがは初代吉右衛門の縁の公演だけに孫としてちゃんと共演してくれたのが嬉しい。さらに曾孫にあたる染五郎は若いだけに昼夜2演目ずつ4演目に出る奮闘公演になる。その1演目ずつが舞踊で夜は戸隠山の鬼女ということで楽しみ。
昼の部を『菅原伝授手習鑑』「車引」であけて切りに「寺子屋」。松王丸は息子から父へとリレー。「寺子屋」は初見なのでかなり嬉しい。
吉右衛門が甥の染五郎へ播磨屋芸の継承をきちんとしていってくれる気になっていることを強く感じる舞台が続く。染五郎もしっかり応えていくことだろう。染五郎は父幸四郎とはかなり違った個性があるので、播磨屋からも松嶋屋からもいろいろな芸を教えてもらっているのが身についたらそうとう大きな役者になってくれるような気がする。大いに期待したい。
最近かかった作品が多いことも私は大歓迎。最近歌舞伎を見始めたばかりだし、まだまだ飽きるというレベルにない。また播磨屋が自分の持ち役になっているような舞台を他の方の舞台に対して自分はこうやるのだというところを見せたいのではないかなという感じも持っている。
五月演舞場で演じた「夏祭浪花鑑」は、七月には西の藤十郎が上方方式で上演する。遠征する余裕がないので西の舞台は観ることができないが、歌舞伎界の切磋琢磨がなかなかに面白い状況になっているのが嬉しい。
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06/06/22 来年の歌舞伎会「特別会員」確定!

昨年の途中まで歌舞伎会会員の友人に頼んでチケットをとっていただいていたが、勘三郎襲名公演が終る頃から自分で入会。今年は一般会員で頑張っている?(笑)
歌舞伎会の会員制度は、利用が多いほど優遇されるということがシステム化されており、1年間で14公演以上購入で「特別会員」、28公演以上購入で「ゴールド会員」に昇格でき、先行予約がどんどん前倒しで利用できるようになっている。利用が多ければ多いほど優遇されるという、なかなか文句のつけにくいしくみになっていることはあっぱれというべきか。

今日とったチケットで14回を達成し、来年の歌舞伎会「特別会員」は確定。ほとんど3階席の予定ではあるが一般会員の時よりは良い席がとれるようになることを期待!
ゴールド会員になれればなりたいけれど、年間28公演というのは厳しい。松竹さんの公演ばかり観てるわけじゃないからね。カウント期間の締め切りは11月いっぱいなので、あと14公演って微妙。あまり観る気もしない公演もゴールド会員になるために買ったという話もきいたことがある。私にはその余裕ないからなあ。

そうそう、今の「特別」と「ゴールド」の間に21公演以上とかでもう一段階「シルバー会員」とか設けてくれないかしら。あ、65歳以上の会員みたいなイメージになっちゃうか。欲をかけばきりがないのだ。

さて、何を買ったかというと、7/28一回きりの公演「風間杜夫ひとり芝居三部作」。風間杜夫のひとり芝居はけっこう面白いという話はきいていたので、演舞場でこの黄色いチラシを入手した時から観たいぞ~と思っていたのだ。ところが、このところの精神不安定で発売日にはすっかり忘れ果てていた。本当は3階席でよかったのだが、今頃になっちゃ売切れに決まっている。どうせ一等席でも6300円だ、行ってしまえ~、1階3列目!
風間杜夫といったらなんといっても映画『蒲田行進曲』の銀ちゃんだ。気障カッコよかった(今風でいうと)。ナマの舞台で観たことがあるのは2年ほど前の明治座の『燃えよ剣』の近藤勇のみ(上川隆也が土方歳三でカッコよかった!)。あの銀ちゃんがこんなおじさんになっちゃったのね~としみじみ年月の流れを思ったものだ。今度はしっかりおじさんの芸を楽しみたいと思っている。
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06/06/16 国立劇場「国性爺合戦」予想以上の満足!

国立劇場の歌舞伎鑑賞教室には高校時代に行ったきり。この2ヶ月間は平日の午後の部も2時半からと早い。団体の学生さんなどが多いためだろう。「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」(毎月2日間)だけが夜6時30分開演。
6月の「国性爺合戦」で「社会人のための観賞教室」を初体験。入口で配布された小冊子は新書版サイズ。昼間用の変型判の薄いプログラムとは違って上演台本も掲載されている。これが話にきくお宝小冊子だと合点する。
解説が始まってすぐに5月に来た時になかった字幕装置が舞台の左右にあって使われていることに気づいて驚く。そのことについては以下の記事に書いた。
歌舞伎公演にも字幕導入が一部でされていた
1.「歌舞伎のみかた」
開演時間ぎりぎりに飛び込んで真っ暗な中を着席。花道外に陣取ったら、目の前のスッポンから袴姿の坂東亀三郎が現れる。例年の解説者はひとりだが、昨年は澤潟屋が笑三郎・春猿の二人を出して話題になっていた。さあ、亀三郎はどうだろう。明るい茶髪で今風の美眉にしたスッキリ顔の青年。立ち役と女方の歩き方の演じ分けなどもわかりやすくこなし、語り口もさわやかだった。これから本公演でも注目しようっと。

2.「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」
近松門左衛門作が鄭成功という実在の人物をモデルにして作った全五段の人形浄瑠璃。後に歌舞伎としても上演を重ねてきた。今回の二幕四場は三段目にあたり、若干省略しての上演とのこと。話は以下の通り。
主人公のは明から亡命した鄭芝龍(老一官)と日本女性・渚との間に生まれた。和人でも唐人でもないからわとうない→和藤内という名前の由来とか。韃靼国によって明国が滅ぼされたことを知り、明国再興のために親子三人で中国に乗り込んできている。父が明にいた時に先妻との間にもうけた娘・錦祥女が五常軍甘輝の妻となっていて、力を借りようと獅子ヶ城に訪ねてくる。
城内には入れてもらえず、楼門の上の娘へ下から父と名乗ることになる。託してあった絵姿から父娘の確認はできたが、城の中には入れない。年老いた継母ひとりを縛ってであれば入れても韃靼王への言い訳ができるからと渚はひとりで城内へ。
そこに甘輝が帰城してきて、渚が息子の明国再興に力を貸して欲しいと頼む。快諾するやいなや妻を斬りつける。女のために主の命に背くと思われないためだという。渚は身体を張って守るので二人の命を助けるためには和藤内の敵になると宣言する。
そこで和藤内にあらかじめ伝えておいた合図の紅を溶いて壕の水に流す錦祥女。
ところがその紅は、自害のための生き血であった!自らの命をもって夫に弟への加勢を頼んだのだった。またそれを見て継子にだけ死なせはしないと老母・渚も錦祥女の刀で自害し、二人の敵と思って韃靼を倒すように遺言。
それを受けて甘輝は和藤内を中国風の将軍のような衣装に着替えさせ、二人で正装して韃靼討伐を誓うところで幕。

今回公演は錦祥女(芝雀)、甘輝(信二郎)、和藤内(松緑)の三人が初役。芝雀は父に習い、あとの二人は中村富十郎の指導を受けたらしいが、三人ともなかなかよかった。和藤内父の秀調、母の右之助もよく、こんなにいいキャストで観賞教室を観ることができるなんて予想以上の満足。
私の中でこのところ芝雀丈の株が急上昇中。今回も立女形の役を立派にこなされているのを見て感心した。信二郎の髭面の甘輝がまたカッコいい。先月の演舞場の「ひと夜」の変なカップルのコンビなのだが、今月はカッコいい美男美女で決めてくれて私はとても嬉しかったのだった。
和藤内の松緑は一人だけ江戸荒事の衣装と台詞回しの役どころ。それがまたけっこうよかった。ずんぐりむっくりの体型もこういう役ならカバーされる。他のキャストの台詞が当時の普通の身分の高い役の台詞まわしなのだろうが、和藤内だけ「味方もせぬ甘輝めに母人預けちゃおかんねぇ。いでぼっ返してくれべいか」という調子。この違和感に何故か可愛さを感じてしまった。

しかしながら、この作品は錦祥女とともに和藤内母・渚の見せ場がすごいことにびっくり。三婆と言われる大役に負けないような大役だと思った。「慈悲専らの日本に生まれ、娘殺すを見物し、そも生きていらりょうぞ。屍は異国に晒すとも魂は日本に(導き給え)」という台詞もすごいし、継娘をかばっての海老反りなんてすごすぎる!
「児雷也」といい、女が血を流すことで男が力を与えられて闘いに立ち上がるという話はとても今の感覚では受けとめきれないことだが、ま、片目をつぶることにする。
また鎖国の世の中に中国を舞台にし、渚の台詞にあるように「小国なれども日本は、男も女も義は捨てず」の日本の誇りを鼓舞するような話を書いた近松門左衛門。このスケールの大きさ、観客の心をつかむ作家の力量には驚かされる。まさに日本のシェイクスピアと言われるにふさわしい作家だと思う。

愛国心くすぐられるのが弱いというのは昔も今も日本人に共通しているのだろうか。今ワールドカップでこれだけ湧いているしなあ(すみません、私は1回も観てません)。教育での押し付けだけは絶対に御免蒙りたいものだ。

写真は今年の社会人のための歌舞伎鑑賞教室」のチラシより「国性爺合戦」の部分。
追記
今回の舞台についての渡辺保氏の劇評がとても参考になった。近松は渚を「日本の母」として死なせたのだ。やはりすごい大役だ。
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06/06/16 歌舞伎公演にも字幕導入が一部でされていた!

前の記事で『メタルマクベス』の舞台装置の中で一番感心した電光掲示板について書いた。字幕として登場したら画像も出てくるようになって、とこれまでの観劇経験からいろいろ思ったことを書いた。
その中で文楽には字幕があることから、お能や歌舞伎などの日本の伝統芸能全般に字幕を入れて欲しいと思っていることも書いた。文楽は昨年初めて観たのだが、国立劇場小劇場では電光掲示板の字幕があり、義太夫の床本の内容が逐次表示される。大夫さんによって聞き取りやすい方とそうでない方はやはりいるのでこれは有難かった。

そんなことを書いていた矢先の今日。初めて国立劇場の「社会人のための歌舞伎観賞教室」に行ってきたら、大劇場にも字幕があったので驚いた。5月の前進座公演の時にはなかったのに!
亀三郎による解説が終った後の休憩で係員さんにお聞きしたところ、歌舞伎の本公演では入れていないが歌舞伎観賞教室の2ヶ月間だけは入れているのだという。確か昨年からだったと思うとか答えてくれた。「本公演でも入れていただくと私のような初心者は助かる」と要望を申し上げたら、「いろいろなご意見があるので実験しながらやっていくと思う」とのことだった。
「国性爺合戦」を観たのだが、義太夫部分に字幕が入り、役者の台詞部分はなし。イヤホンガイドも借りていたが、これなら借りなくてもよかったと思ってしまった。時代物が苦手な私だが、これはなかなかよかった。今回はほとんど予習なしだったが、話はよ~くわかった。
今回の「国性爺合戦」の感想はこちら

日本の伝統芸能なのだから一度は観てみたいということで、事前にある程度の予備知識もなしに劇場に行き、全くわけがわからずに懲りてしまう人がいる。とても勿体ないことだと思う。
そういう人にはイヤホンガイド利用というのもおすすめしているが、やはり片耳がふさがることのマイナス面もある。私などはつけたりはずしたり忙しい。音がもれないようにはずすと穴を片手の指で押さえ、もう一方の手は双眼鏡状態なのでホント忙しい。

日本の伝統芸能観賞の敷居を低くするために、字幕はつけていただいた方がいいというのが私の持論。古文なんて外国語と同じと娘にも言われている。中学の時、芸術鑑賞日にやはり国立劇場の観賞教室に行ったが、ほとんどの子が寝ていたという。これからの世代ではますますそういう感じになると思う。
来日公演オペラや文楽公演に字幕があるのが前提で観始めた私は全く違和感がないのだが、導入当初は批判の声もけっこう出たようだ。とにかく観客の裾野を広げる工夫を日本の伝統芸能全体でもっとしていくべきだと思う。
導入されてしまえば、観賞時に字幕を読むかどうかは観客ひとりひとりの自由。読みたい人は読めばいいし、読まずに舞台に集中したい人はそうすればいい。

まず字幕を全く入れていない分野では、字幕つき上演の日とそうでない日をつくるなど、初心者向けの日をつくるといいと思う。まず、そういう機会をつくって観客の反応を見て今後の方向性をさぐってもらいたい。
そうだ、歌舞伎座でも新築の際に字幕装置だけはとにかくつけておいてもらいたいな。後からつける工事を入れる方が大変だから。意見のハガキを出そうっと。

写真は国立劇場の全体写真(日本芸術文化振興会のサイトより)。
追記
身体の機能に衰えや障害がある方にもそうでない方にも同じものが使えるにように工夫をしてものづくりをすることをユニバーサルデザインとかいうが、文楽の字幕もまさにそうだと思っていた。そうしたらかしまし娘さんの記事で確信を持つことができた。
かしまし娘さんの記事はこちら
三重苦のヘレン・ケラーもピアノに触ってその振動で音楽を体感していたというエピソードがある。振動で体感しつつ、字幕も見ることができたら難聴や聴覚に障害がある方でも文楽を楽しむことができると思う。伝統芸能にもそういう工夫がすすんでいって欲しい。
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06/05/16 『メタルマクベス』の電光掲示板~字幕から画像までの進化を振り返る

『メタルマクベス』全体への感想はこちら
5/16に観た『メタルマクベス』の舞台装置の中で一番感心した電光掲示板について思ったことを書くのを忘れていたので、ここで独立して書いてみる。

私の観劇における電光掲示板の初体験は、オペラ『カルメン』の来日公演。オペラも初体験だったのだが、歌詞の日本語訳が字幕で出るから大丈夫という説明があったので安心して観にいった。舞台の両側に2つの電光掲示板で歌詞が出る。それ以来オペラは大丈夫だと思った。
次は『エリザベート』再演時。主人公の子ども時代の木からの落下事故の表現や背景画の書割の代わりに使われた電光掲示板。光源のキメが荒くて「これはナニ?」というひどい出来。下手な書割の方がよっぽどいいやと思えるようなレベルの代物だった。
その後、電光掲示板の画質がどんどんよくなるという技術進歩が見られた。

普通の舞台の中で電光掲示板で文字が出たのを観たのは昨年4月の蜷川演出の『KITCHEN』。舞台はロンドンなのにドイツ人同士で大きな声でドイツ語で内緒話をする時はドイツ語をしゃべらせながら上から吊った電光掲示板に日本語を出すという方法を使っていた。
続いて同じコクーンで7月の『キレイ~神様と待ち合わせした女~』。ミュージカルで、早いテンポの曲だけ字幕が出ていた。みんな頑張っていたが歌詞がほとんど聞き取れないレベルだったので全てに字幕が必要だったと思った。パンフには全曲の歌詞が載っていたが読んでから観る人はいないだろう。

9月の文楽デビューでも電光掲示板の字幕があって、耳と目から義太夫を楽しめることからハマル。勉強も目と耳の両方からインプットするとよく覚えられたという経験があるのでこれは私に向いている!(文楽は勉強か?ハイハイ私にとっては興味をもったことのインプットという意味で共通している)。以来、文楽はイヤホンガイドなしで観ている。能・狂言にも電光掲示板の字幕があったら私はすぐにハマれる自信がある。どこかで入れてみてほしい。

同じ9月のシアターコクーン『天保十二年のシェイクスピア』は全ての歌に電光掲示板で歌詞を出した。井上ひさしの歌詞があまりにも面白いので目と耳と両方から楽しめて蜷川演出に拍手!だった。

そして今回の劇団☆新感線RS『メタルマクベス』の電光掲示板。キメが細かくてのっけから映し出された画像もかなりハッキリときれいなので感心した。そして歌も全部歌詞が出た~。クドカンの歌詞も面白いのでこれは大正解~。昨年12月の『SHIROH』で舞台に大小たくさんのTVモニターを置いて画像や文字を出していたのがとても気に入ったのだったが、今回は電光掲示板の大画面とキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!(娘の使う顔文字(^^ゞ)
これはなかなかスグレモノだった。その大画面とその前のキャストたちの活き活きとした動きとの組合せも違和感がなく、大成功だったと思う。

こうして反芻しながら考えていたことをツラツラと書いてみた。こういう技術進歩を踏まえて21世紀の舞台作品というのが生まれてくるし、伝統的なオペラや文楽などの日常生活から距離のある舞台もこういう方法で楽しめるのだなとあらためて思ったのだった。

追記
私は観ていないのだが、友人から聞いた話から。シアターコクーンの蜷川演出の『白夜のワルキューレ』で野田秀樹の脚本のト書き部分を字幕で出したという。脚本のこの部分を演出家はこうやってみたぞ~と公の場で答えてみせたような感じだったという。それも面白い試みだと思った。蜷川幸雄は字幕の活用方法もいろいろ挑戦しているんだな~。次はどうくる?楽しみ、楽しみ。

これを書いた翌日の国立劇場でびっくり!下記に書きましたのでご参照をm(_ _)m
歌舞伎公演にも字幕導入が一部でされていた!
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06/06/13 七月歌舞伎座チケット確保!

今年の歌舞伎座の七月大歌舞伎は玉三郎監修の泉鏡花の作品ばかりの特別な公演となった。企画発表の時からチケットが確保できるかどうか心配する声が飛び交い、私もいつもよりも高い席で確保する覚悟を決めていた。

夜の部はお茶屋娘さんと一緒に一等席をとってもらって7/30に確保。
そして、昼の部は自力で歌舞伎会でとることにして一般会員の売り出し日である今日、確保した。フレックスぎりぎりに出勤するのでいつも電話をする余裕がなく、午後にようやくつながることが多いのだが、携帯からウェブアクセスしようとやってみたら、けっこうあっさりとつながったのだった。そうして7/23の二等席を確保。

いずれも希望通りの日曜日でとれてホッとした。さらに特別会員枠までで土日の三階席は全部売り切れると予想していたのだが、そうでもなくて意外だった。泉鏡花に関心がなかったり、通常の歌舞伎じゃないと食指が動かない方もやはりある程度いらっしゃるのかな~と思った。
しか~し、通常月の歌舞伎の昼夜にかける費用の3倍の支出となってしまった。こんなにサイフのひもを緩めたことはなかった。先日のヤフオクでの旺文社文庫『桜姫』といい、玉三郎のためにはついつい散財してしまう私であった。(ちなみに6月は歌舞伎座夜の部と国立劇場合わせて5000円以内.....なんというメリハリだろうか。)
ああ、人間ではない役を演じる玉三郎を観たいという誘惑には勝てない。また、こうやって観劇予定を入れていくことで、今のところなんとかフラフラと暮らしていくこともできそう。

歌舞伎座7月の公演情報はこちら
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06/06/13 授業料がドブに.....


今日も学校に行けなかった娘。不安定な状態が数週間続いている。
「絵が描けないから見張っていてほしい」ということも言ってあまりにもつらそうなので思い切って先週の火曜日は仕事を休んで家にいてやった。だからといってなかなかペンを持たなかった。水を向けてもなかなか...、学校の始まる数時間前からやっと描きだし、課題のほんの少ししかできなかった。結局「あああ、もう少し前から描きだせばよかったな」とか言って出かけ、「ペン入れの練習方法きいてきた~」とさっそくやってみせてくれたのだけど。

おかげで年休の少ない私はかなり久しぶりにいつも休みをとっている土曜日に仕事に出かけるハメになってしまった。そこでも待ち合わせでなんとかカウンセリングも行けてその前にカラオケも一緒に行ったのにな~。

でも雨が降っている日曜日に映画に連れ出すのに一苦労だった。学生だからということでこづかいをまとめて要求され、池袋のオタク系古書店につきあわされる。
本を買うと読み終わるまでは絵になんてとりかからない。こっちまで気分がウツウツしてしまう。
機嫌の悪いまま、今日を迎え、嫌な予感はした。
帰宅すると布団かぶってるし。

私「今日行ったの?」
娘「行ってない、ほっといてよ」
私「自分で授業料払うようにしてよね」
娘「それならやめる」

ムカムカしながら食事の用意。その間に言い渡すことを考える。
私「まず謝りなさい」
娘「自己嫌悪してるんだからうるさく言わないでよ」
私「それは可愛そうだと思うけれど、お金を出してもらうんだったらスポンサーに対する態度をもう少しきちんとしなさい。今日だってまずごめんなさいでしょ。」
娘「ごめんね」(ふてくされて)
私「名古屋のおばちゃんもおばあちゃんにタテついたからとうとう大学行かせてもらえなかったんだからね。おじいちゃんは行かせたかったみたいだけど」
娘「エッ、ホント?」
私「そうだよ。もう子どもじゃないんだから当然だよ。お金を出してもらうってそういう努力もいるんだよ」
娘「ふーん」
私「どうして行かなかったの?絵が描けなかったから?」
娘「そうじゃないんだけど、なんか行けなかった」
.....
娘が精神的に不安定なのは可愛そうだと思う。しかし経済的に余裕のない私は、こういう授業料をドブに捨てるようなことが許せないのだ。
思えばきょうだいの中で私が一番親に迎合していたなあ。最後は親をだまくらかして「勉強時間を確保したいから」って大学に近いところに部屋を借りてもらって、それ以降結局家を出たままだ。妹たちからは「お姉ちゃんはずるかった」と言われたっけ。そう、ずるいのかもしれないが、親だって誰だって気持ちよくお金を出してもらうためには、相手の機嫌を損ねないような工夫は必要だというのが私の持論。

娘よ、そのくらいやれるようになれ!私をうまくだますくらいになれ!!
とにかく、バイトだ。バイトで生活のリズムを作り出すのがポイントだ。ホントは日曜日に一緒に探しにいくはずだったのに、雨が降ると出かけられないからな~。
次の週末こそ動かなくちゃ!!!

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