10/07/24 Bunkamura近くでトマトラーメン初体験!


Bunkamura近くで気になるトマトラーメンの店「あかなす屋」。昨年開店の前にもらったチラシを捨てないでとってあったのだが、ひとりのランチで食べるにはちょっと勿体ない価格ラインなので、いつかはと機会をねらっていた。
7/24にシアターコクーンで「ファウストの悲劇」の昼の部を観劇する前のランチで、玲小姐さんにおつきあいいただいてトマトラーメン初体験をすべく、ついに扉を開けた!
道玄坂「あかなす屋」のサイトはこちら
入り口の自動販売機で食券を購入。トマト味だしイタリアンテイストということで二人ともチーズラーメンを注文。玲小姐さんはチェダーチーズ、私はモッツァレラチーズ入りを頼んだ。
写真は私のモッツァレラチーズ入りトマトラーメン。奥に置いて一緒に写っているのが昨年の開店予告チラシ。オイオイ(笑)

トッピングされたチキンはバジル風味。モッツァレラチーズは大好きでたまに買ってスライスしてトマトと一緒に食べるが、温かいスープに入れて食べるのは初めて。柔らかくはなるのだが、最後まで融けてしまわないで食感が残るのが好ましい。実に美味しかった!これならば、シアターコクーン観劇の際に何度かリピートしていろいろ食べてみるのもよさそう。

お芝居も面白くて満足!!
観劇後は、不二家でスイーツを。コーヒーがお替り自由ということで、そうなればやっぱり定番のイチゴショートケーキでしょう。満足満足。

久しぶりの記事アップになりましたが、ちょっと余裕がない状態です。出かける前に新しいTVとデッキで録画予約しようとすると、TVの番組表から録画予約ができなくて、取扱説明書で調べると連動がうまくいっていない様子。買ったお店に見に来てもらう予約を入れたり、休みの日もバタバタ・・・・・・。
ペースが戻せるように調整したいです。

感想はまた後日。
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10/07/26 歌舞伎座前を通って新橋演舞場へ


にわか雨が降ってきそうな中をフレックス勤務で早く切り上げ、歌舞伎座前を通って新橋演舞場へ。本日は七月大歌舞伎の千穐楽で夜の部を観に行く途中、振り返って携帯で撮影。
歌舞伎座の正面は青い工事用のシートですっぽりと隠されているが、まだ左右の大屋根の形が透けて見えた。その下手側の屋根の上に職人さんたちが上がって何やら作業をしているようだった。
アレ?瓦をはずして記念時計に加工して販売するというのがあったっけかな?でも、それは「ほうおう」のマークの入った瓦じゃなかったっけ??まぁ、丁寧に瓦をはずして解体しているだけなのかな?などと勝手にいろいろ想像する。
仕事を切り上げる時間が予定より遅くなってしまい、夜の部の最初の「暫」の開幕には遅れそうというのに、写真を撮ったりしていていいのか!

まぁ、歌舞伎座解体の定点チェックも自分にとっては大事なのでいいということにした。

7/10にNODA・MAPの「ザ・キャラクター」を観た時に買ったプログラムに、新しい歌舞伎座も手がける建築家・隈研吾氏と野田秀樹の対談が掲載されていた。野田秀樹が芸術監督を引き受けた東京芸術劇場も大改造を計画中で、2011年に改修が予定されている。世界の劇場に関わるお二人の話は面白く、劇場空間とはその土地や時代、何を上演するかということによってずいぶん違ってくるものなのだということにも興味関心をかき立てられた。隈研吾氏なら新しい歌舞伎座も安心していいかもと思ってホッとしている。

TVとブルーレイのデッキの件のその後のご報告。
昨日の午後、が届くのを待ちながら家の片づけをしていたが、いくら待っていても何の連絡もなし。督促の電話を入れたところ、立て込んでいる上にトラブルもあったということで遅くなるとのこと。夜にももっと遅くなるという連絡がきたので、さらに急いで欲しいと頼んではみたが、設置が終った時間には新しいTVで観ようと楽しみにしていた大河ドラマは終ってしまった(T-T)待ちくたびれたけれど、32型でもいきなりのバージョンアップに娘とテンションもアップしてさらにくたびれた(笑)

さて、観劇の感想アップが例によって滞っていて恐縮ですm(_ _)m
もう少し落ち着いたら少しずつ書いていくつもりでいますので、よろしくお願いします。
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10/07/20 我が家にもようやく21世紀が来た(笑)


すごいタイトルだが、要は昨日から持ち越しのTVとデッキの話である。
我が家のTVは娘が不登校気味になった中学校の側に引っ越したアパート暮らしの時に買った小さいものを10年間使い続けていた。リモコンは使わずにTVの操作ボタンを直接押して使ってきたが、ここ数年間で音量のプラスマイナスボタンを押しているのにチャンネルが変わってしまったり電源が切れてしまったりする不具合が発生。騙しだまし使っていたが、先日一日だけのことだが、画面の隅が紫がかった色がつき、人の顔色が緑がかったりして、娘が気持ち悪がる状態も発生。
「TV買い換えようよ」コールが一段と高まっていて、昨日のような次第となったわけである。

今朝、ごみ出しの際に管理人さんにマンションの地デジの共同アンテナが設置済みであることを確認。ここ2年くらいの管理人組合の理事会の議事録をひっくりかえして議題をチェックしたのだが、当然すぎたようだ。
午前中に電器やさんに電話を入れ、「昨日の大きさでは設置するところにどうしても入らないので機種変更をお願いしたい」と電話でお願いし、店長不在ということで折り返しという伝言をして、午後に携帯に電話が入る。謝って夕方に機種変更の相談にいくことにして、娘と駅で待ち合わせをした。

TVについては画面の好みが一番大きい。昨日はシャープ、東芝が気に入ってさらにビクターにしてしまったのだが、その42型の現品処分はやはり大きすぎ。スペース問題もあるが、観る場所との距離があまりにも近くて疲れてしまいそう。40型、37型もいいが、娘がデッキの機能もある程度欲しいということで予算の関係も含めて32型で合意。

TVとデッキは同じ会社のものの方が相性がいいという妹1からの強い勧めもあり、画面の好みは娘も私と同じだったので、東芝でセット購入することに決定。

冒頭のカタログの表紙を並べて撮影した写真にあるようにCMキャラは福山雅治。大河ドラマ「龍馬伝」の主役でもあり、だんだん気を入れて観るようになっているので、これもご縁でしょうか(笑)

二人で一緒に帰宅して、あらためて家のブラウン管の14型のTVを見たら、これがまた東芝製だった。これを買った頃からもう10年も経ってしまったんだねぇとか、我が家にもようやく21世紀が来たねぇとか盛り上がってしまった。
東芝製品には良いイメージがある。このブログでもコーヒーメーカーの部品が20年たっても取り寄せられたという記事を書いている。
まぁ、これも縁なので今度うちに来るTVとデッキにも、是非これから我が家で長持ちしてもらいたいと思う。
それと、昨日の買い物よりは1万円ほど安くすんだことと、エコポイント対象商品だったことで少々出費を抑えられたのもよかった。
エコポイントというのも、私は初体験!手続きも教わってきたが、それを使うことになるのは冷蔵庫かも?!実はたまに変な音がするようになっている・・・・・・。これはさらにTVより古い「野菜中心蔵」なのだ。もう少しは持って欲しいと念じるばかり。

さらに夜には妹1、妹2に電話で顛末を報告したが、そこでもう一つ盛り上がったことは、「この年になってくると家電を買うことにかなり疲れを感じるようになったねぇ」ということ。アルファベットやカタカナの最新技術用語が乱れ飛び、概要を理解するだけでもかなり大変。
私も今回初めてブルーレイのデッキでDVDを見ることができるということがわかったのが収穫だった。ハードディスクからブルーレイにもDVDにも焼けるというのが娘にとっては大きな魅力のようだった。私はそこまでは多分やらないと思うけれど(^^ゞ
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10/07/19 三連休、多忙


梅雨明けして猛暑が続くが、7/17~19の三連休、多忙であった。
土曜日は、さいたま新都心に一日いてしまった。玲小姐さん幹事による女子高の同窓生浦和大宮地区有志メンバー入れ替わり立ち替わりによるデニーズランチ会&お茶会(笑)早く帰るメンバーの後で、娘(やっぱり同窓生でもある)が合流、ランチをしてからショッピングへ。

私一人になっていたところへ実家の母親も合流、予定時間よりもかなり遅れてきた同窓会メンバーと私と短時間でお茶会になる。その彼女はこの間、懸案となっていたことを相談してからこちらに回ってきたのだが、それをおすすめしていた私にしっかり報告をしてくれた。解決の方向性が少し見えてきたようで、勧め甲斐があったということでこちらも嬉しかった。このあと、彼女は美術館に行ってから渋谷に回り、シアターコクーンの「ファウストの悲劇」夜の部観劇予定とのことで、そちらへダッシュ。私も来週、玲小姐さんと一緒に観るからね~。

再度娘と待ち合わせして、実家の母と三世代でMOVIXさいたまで本日封切り日の「仮りぐらしのアリエッティ」を観た。ランチ会の前にチケット確保しておいて正解!
「仮りぐらしのアリエッティ」は予想以上によかったので、みんな機嫌がいい。3人でサイゼリヤで夜ご飯を食べて帰る。

18日の日曜日は新橋演舞場七月大歌舞伎。久しぶりに真あささんとご一緒できたので、終演後にお茶。なぜかこちらもデニーズで(笑)
帰りに有楽町のビックカメラで液晶テレビに買い換えるためのちょいと下見。
娘は今日は父親と伯母さんと遊んでもらっているので一人残り物で食事。
19日の海の日は家の片付けの後、一人で近くの電器やさんにやはりテレビの下見にいって、社長さんと遭遇してしまい、おすすめの大型テレビとデッキのセットを思い切って勉強価格で買ってしまった。
しか~し、妹たちや友人たちに電話して報告すると、その大きさで大丈夫かという指摘が続いてしまった。家にいた娘に確認すると、そんなに大きいとは聞いてないよと、意思疎通のまずさが露呈。テレビの側にチューナーがなくてデッキ経由でテレビを見るのも面倒かもという指摘もあり。
明日、別の機種に変えてもらうように頼みにいくことになった。
さらに、その前に、今のマンションは地上デジタル放送の共同受信アンテナをどうすることになっているのかを管理人さんに確認する方も急いでやらなくてはということになった。
やはり娘と一緒に観て買えばよかったと思うが、2日家を出ていたので3日連続は無理と言うことで携帯でのやりとりになってしまったのだが、細かいニュアンスは伝え切れなかった。
明日はいろいろ積み残し課題をやる日になってしまった。
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10/07/10 NODA・MAP「ザ・キャラクター」 幼稚さの暴走をとめるのは「理性」


NODA・MAP第15回公演「ザ・キャラクター」を観に行く。東京芸術劇場での公演というのは、野田秀樹が初代芸術監督に就任しているためで、初めてなのでちょっといつもとは違う雰囲気も感じつつ、2階席の後ろから2列目に着席。
Wikipediaの「野田秀樹」の項はこちら
観劇ブログ仲間のスキップさんの記事を読んで、「ザ・キャラクター」とは「性格」とかの意味ではなく、「文字」という意味の方だとやっと気がつく。漢字はチャイニーズキャラクターというのだと娘が教えてくれた。舞台は書道教室で「書道の甲子園もののドラマ」が流行っているし、しっかり時流に乗っている。漢字による言葉遊びの世界は視覚的にもしっかり見せないとわかりづらいだろうに、どうするのだろうと興味しんしん!

開演前の舞台の上には「俤」と「儚」の2つの文字がパネルで置かれている。「儚」はいいけれど、「俤」の方は読めない人もけっこういるだろうに、と野田秀樹の頭の良さをちょっと心配する。
【NODA・MAP第15回公演「ザ・キャラクター」】作・演出=野田秀樹
以下、公式サイトのご本人によるイントロダクションをそのまま引用。
それは町の何でもない小さな書道教室からはじまった・・・
町の小さな書道教室、そこに立ち現れるギリシア神話の世界、それが、我々の知っている一つの物語として紡がれていく。 物語り全てが、ギリシア神話さながらの、変容(=メタモルフォーゼ)をモチーフとしたお話になっています。
信じていたものが、姿を変え、変化を遂げていく物語。
その最後に立ち現れる、我々が知っている物語とは・・・。
物語り尽くしの物語です。乞う、ご期待! 野田秀樹
<物語の導入部と今回の出演者>
とある町の書道教室に、行方不明の息子を探す母(銀粉蝶)、「幻の弟」が見えるという女マドロミ(宮沢りえ)が現れる。マドロミだけが潜入できるが、その書道教室の家元(古田新太)不在の中、胡散臭い古株(橋爪 功)が家元の言葉を若者たちに写経させる。全ての財産を教室に寄付するという内容の書面で最後に本人の署名をさせるという稽古なのだが、洗脳の効果のせいか、みんな疑問も持たずにさらさらと書き付ける。舞台装置の床の材質がまた優れもの!水筆で書くと字が濃い灰色に浮かび上がるというずいぶん前に出たアイデア書道練習グッズと同じものだろうと推測。会計係(藤井 隆)、教室のホープ(田中哲司)やそのライバルたちで競いながら弟子集団はどんどんテンションアップさせていく。そこに夫人(野田秀樹)や子どもたちと一緒にギリシア旅行から帰国した家元が戻ってくる。ギリシア神話の世界を撒き散らす家元は、弟子の忠誠度に応じて神々の名前を与えて…。
美波(ダプネー)、チョウソンハ(アポロン)、池内博之(全身に目をもつアルゴス)は、いきなりギリシア神話のキャラクターとして出てきて、ダプネーを追いかけ回すアポロンをアルゴスも追いかけてというドタバタを展開。彼らはやがて物語の中で重要な役割を果たす。

マドロミが見る幻、すがった片袖がもぎれて一緒に落ちて姿を消した弟の話から、家元は「袖」の左を示す編に置き換えられた字を箒のような大筆で床に大書。その間違いの指摘の二転三転から「神」に書替えられる。すがるものが「袖」から「神」に変わったのか?!
その大きな文字も強い照明が当たり続けると徐々に消えていく。もうひとつ舞台装置で面白く使われたのは「紙」。これも「神」に通じている。
マドロミはその美しさで家元に気に入られ、「アプロディーテ」の名を与えられて妻よりも上位の側近にとりたてられる。古田新太の家元が麻原彰晃に見えてくる。
「教室」は「教団」であり、その実態を暴こうと潜入した弟はどこにいる?ジャーナリストという素性がばれて殺されているのではないか?行方不明の息子もどこにいる?弟と息子を探す女二人は中と外で連絡をとりあい、マスコミにも訴えて包囲網をつくるのだが、それが刺激となって、教団の大暴走が始まる。

家元は忠誠を死をもって試す。その対象になったものを他のメンバーはかばわないで追い詰める。「信じる」ことは「妄信」や「狂信」に通じてしまうことがあることを見せつける。
息子を探す母も行方不明となり、やがて変死体でみつかる。弟はみつかったが、ミイラ取りがミイラになってしまっていた。弟は殺されたのではなく、殺した方でその犠牲者は誰?教団から逃げようとしたダプネーは家元の指示で何かを飲まされると死んでしまった?!

さらに、家元は世界を変える為の戦士を3人選ぶ、ビニール傘の先を使って書くのだ、いや突くのだとビニール袋に入れた液体を持たせる。
手前に傾斜した舞台の奥で3人は傘の先で袋を突き、あふれる液体が床を流れて3本の灰色の帯を描く。地下鉄サリン事件の惨事を忘れてはならない。

社会不安が嵩じると、人はそれから逃れたくて救いを求める。その先は、ある存在だったり教義だったりするが、それを「妄信」「狂信」して、人の道を逸脱して暴走することがある。
それは「幻」ではなく、そこに引っ掻き瑕のように「ノ」の一画を加えた「幼」が引き起こすのだという野田秀樹のメッセージ。
「理性」が育っていない人間の「幼稚さ」が暴走した時に起こる惨事。昔、新左翼と呼ばれる集団が起こしたリンチ殺人事件や無差別テロも想起する。
レーニンは「左翼小児病」といって、原則を逸脱した行動をとる集団を戒めたということも知っている。「理性」が育っていない人間の「幼稚さ」を暴走させてはいけないのだ。

最後の場面で、空き地に捨てられて放置された冷蔵庫に入って遊んで死んでしまうという子どものエピソードが繰り返される。中からうずくまった家元=古田新太が大人なのに子どものような表情を見せつける。「リチャード三世」でも見せたあの表情である。このキャスティングが最大の効果を見せつけるラストシーン。
宮沢りえが最後の長台詞を実に聞かせる。「ロープ」のタマシイの長台詞を思い出す。細身の華奢な体の奥底から舞台の声を低く響かせる。出産後の舞台復帰第一作だが、実に素晴らしい女優になってくれたと感慨深い。
銀粉蝶が公演途中で体調を崩して休演していたということだが、復帰してくれていて嬉しかった。橋爪 功も絶好調の怪演。美波も池内博之も他のキャストも好演。

e+のプレオーダーでとれたS席だが手数料もとられてちょっと高いよ~と思ったが、今回の舞台装置の果たした大きな役割を感じ取るためには悪くない席だったとも言える。
今後のために、NODA・MAPのWEB先行予約会員になってしまったことも書いておこう(笑)
写真は今回公演のチラシ画像。
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10/07/10 追悼つかこうへいさん、初観劇まにあわず+『娘に語る祖国』


今年1月に肺がんで闘病中であることを公表した、つかこうへいさんが10日に亡くなっていた。彼の作品は映画になった「蒲田行進曲」をTVで観ただけで、舞台はどの作品も未見。「蒲田行進曲」は面白かったのだが、どうもああいうノリの芝居はあまり好みではないのでブームの頃に観ようという気が起きなかった。小劇場系にあまり興味がなかったということもある。
それでも最近の北区つかこうへい劇団の活動は地域密着型で面白そうだったし、TVや映画で売れている若い女優を主演に起用しては鍛えて本格女優に成長させているという印象は持っていた。(→ここを加筆)そして何より劇団☆新感線の主宰者たちが当初はつかこうへい作品のコピー上演を繰り返してからオリジナル作品に取り組んだということで、彼らのスピード感あふれる舞台の基礎にあるというのが気になっていたのだ。
最近、小劇場のお芝居にも興味が出てきて、気になる名作は再演があれば観ようかという気になってきた。中川右介著『坂東玉三郎 歌舞伎座立女形への道』の中にあった日本演劇史の概略部分の引用紹介もさせていただいたが、串田和美の「上海バンスキング」もこの3月に観た。つかこうへい作品も一度ちゃんと観ておこうと、8月のシアターコクーンの「広島に原爆を落とす日」のチケットをとったばかりだった。

つかこうへい氏で一番印象に残っているのは、1990年に出版された彼の著書『娘に語る祖国』である。光文社のカッパ新書が出ていたのを買って読んだ(冒頭の写真はこの表紙だったと思う)。在日韓国人2世であることをカミングアウトした内容で、在日の方々の悩み多き人生にしっかり向き合ったそれが最初だった。学生時代に戦中戦後史を学んだとはいえ、一人の人間の人生という視点でしっかり考える機会はなかったのだ。

日本人である元つか劇団の女優さんと再婚して生まれた一人娘に思いを語る形で書かれていて、私にも1987年に娘が生まれていたので、とても心情的に理解できる内容だった。
紀伊国屋書店のサイトの『娘に語る祖国』の項はこちら
Wikipediaの「つかこうへい」の項を読むと、その一人娘さんは宝塚歌劇団雪組トップ娘役の愛原実花さんだとのこと。愛称のひとつは「みなこ」ということなので、やはりその娘さんに語るという感じで書かれたのだろう。上記の本の情報の詳細のところから一部を引用してご紹介しておきたい。
「人間の残酷さと生命力を描くのがパパの役目です
人の心の暖かさは変わりません」

私にとっての初めてのつかこうへい作品の観劇は来月の19日。追悼の思いをかみしめながら見ることになりそうだ。
「広島に原爆を落とす日」の特設サイトはこちら
つかこうへいさんのご冥福を祈ります。
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10/07/11 『文藝春秋』掲載の井上ひさしの「絶筆ノート」に遺された言葉から


井上ひさしさんが4/9に亡くなって、井上ひさし「絶筆ノート」の全文掲載が妻のユリさんの「ひさしさんが遺したことば」独占手記とともに月刊『文藝春秋』の7月号に載っていた。
気がつくのが遅くなり、8月号発行直前にスーパーの雑誌売り場のPOPで気がついてあわてて購入。
4~6月の新国立劇場での「東京裁判三部作」上演も3ヶ月通って3作とも観たが、残念ながら感想は未アップ状態。本当に素晴らしい連作でしっかりと感想を書きたいのだが、どう書こうかと考えて時間が過ぎてしまう。井上作品とがっぷり組んで書くための気力体力が足りなさ過ぎて、情けないなぁと思う。情けないとは思いつつ、駄目な自分にも付き合っていくしかない。そうして日々は過ぎてしまうが、後からの思い出しアップもあるのが拙ブログである。最近では映画「インビクタス」についての記事がいい例だ。書けるようになったら書くのでよろしくお願いしたいm(_ _)m

さて、今日の本題。昨年12月に井上ひさしが肺がんで闘病中であることを公表した後、『文藝春秋』編集部から「闘病記」の執筆依頼があり、はじめは逡巡していたが「3人に1人ががんで亡くなる時代に、自分の体験をことばにして伝えることこそ作家の仕事だ」と引き受けられたとのこと。それがかなわなくなって、昨年10月からご本人が病気についてノートに記録を始め、絶筆となったものを夫人が手記で補って公表されたのである。
そのノートの最後のページには、「東京裁判三部作」のチラシに掲載するコピーとして年末まで考えていたものが書かれていた。そこから最終的には「いつまでも過去を軽んじていると、やがて私たちは未来から軽んじられることになるだろう。」と決められたという。
その部分の全文を引用してご紹介したい。

過去は泣きつづけている-
たいていの日本人がきちんと振り返ってくれないので。

過去ときちんと向き合うと、未来にかかる夢が見えてくる

いつまでも過去を軽んじていると、やがて私たちは未来から軽んじられる

過去は訴えつづけている

東京裁判は、不都合なものはすべて被告人に押しつけて、お上と国民が一緒になって無罪地帯へ逃走するための儀式だった。

先行きがわからないときは過去をうんと勉強すれば未来は見えてくる

瑕こそ多いが、血と涙から生まれた歴史の宝石

私も日本史で大学受験をしたのだが、出題範囲が戦前くらいまでなのをいいことに戦中戦後史を学んだのは大学で歴史教育研究のサークルに入ってからだった。
娘と今の社会を論じ合うときに、やはりそこをどう認識するかの違いで論争になる。娘は日本はアメリカに負けたのだから、いいようにされても仕方がないという。今の日米安保体制の評価がそこからまるで違ってしまう。

アメリカの占領政策だって、国際情勢の変化とそれによる本国の中枢の勢力変化で一変してしまったのだ。だから今の日本国憲法はアメリカの民主勢力と日本の民主勢力の接点がほんの一時期生まれて実った貴重な貴重なものなのだ。決して一方的に押し付けられたものではない。
映画「日本の青空」の感想の記事はこちら
私の仕事に関わる法律は、その時期から遅れてGHQの対日政策が変更された後にできたものだから、最初から欠陥だらけで長い間先輩たちが苦労したという歴史がある。
そういう歴史を仕事の上でも確認していっているので、井上ひさしの言葉が実に沁みてくる。

今日の参議院選挙の結果もそれなりであり、ねじれという状態も二院制で牽制がかかるということでとりたてて悪いことだとは思わない。しかしながら日本でもアメリカ型の二大政党制をめざして衆議院の選挙制度を変更し、それで政界が再編されたことがやはり元凶だったように思える。昔から参議院の一人区というのが嫌なしくみだと思っていたら、衆議院が中選挙区から小選挙区になり、マスコミなどによるムードづくりで極端に議席数のバランスが変わってしまう。そういう制度は、長い年月で庶民の代表の政党をつくってきた歴史のない国では危険極まりないと思う。

話をもとに戻す。同じ『文藝春秋』の7月号には、今の日本国憲法が戦後アメリカから押し付けられたという一学究の救国論が掲載されていた。井上ひさしの「絶筆ノート」と同じ号掲載というのは、編集部のバランス感覚によるものなのだろうか?思わず笑ってしまった。

映画「インビクタス」についての記事にも書いたが、社会というものはまっすぐによくなっていかないものだと認識できるようになった。だから、毎回の選挙で一喜一憂せずに、しっかりと見守りながら、やれることをやっていくしかないだろうと思えるようになった。
今日の昼間、たまたま妹2と一緒になって実家に行くことができ、選挙に行く母を車で連れていくことができたが、車中でそういう話になった。
「最近アンタがそういう悟ったようなことばかり言うようになったので心配だ」と母が言う。「死期が近づいた人が悟ったようなことを言うというけど、まだまだ私はそうじゃないから大丈夫だよ」と笑って答えておいた。
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10/06/19 「佐倉義民傳」、わが最高のコクーン歌舞伎に!


佐倉散策後、京成電車で日暮里乗換えJRで渋谷へ。けっこう開幕ぎりぎりに着席。
佐倉散策(2)宗吾霊堂の「宗吾御一代記館」でもう感涙(T-T)
2階席の後方だがS席という設定にちょっと異議アリではあったが、3人並んで休日でとれただけでも有難い。

Yahoo!百科事典の「佐倉義民伝」の項はこちら
プログラムの保坂智氏の解説に寄ると、惣五郎の物語は早くから一揆文学としてあらわれ、佐倉藩の苛政、門訴、老中駕籠訴、将軍直訴、処刑と怨霊による堀田家への祟りという筋をもち・・・・・・とある。そして歌舞伎化されて中村座によって「東山桜荘子」が初演された際に「甚兵衛渡し場」「子別れ」の場が挿入されたという。当時は宗吾が怨霊になって堀田の殿様に祟るという場面があってこそ人気が出たらしい。さもありなんだ。
さて今回のコクーン歌舞伎版でもその祟りの場面まで盛り込まれているというのが耳に入っていて楽しみにしていた。ただしラップが苦手の私はそこだけ心配(^^ゞ

【コクーン歌舞伎第11弾「佐倉義民傳」】演出・美術:串田和美
脚本:鈴木哲也 ラップ歌詞:いとうせいこう
音楽:伊藤ヨタロウ 作調:田中傳左衛門
<主な出演者>
中村勘三郎、中村扇雀、中村橋之助、坂東彌十郎、中村七之助、片岡亀蔵、笹野高史
劇中劇の形をとり、笹野高史が座長役。のっけから、病鉢巻の堀田正信(扇雀)が怨霊に苦しめられている。ラップがかぶさってきて、木内宗吾が行動を起こすところまで遡る。あれ、あれ、ラップの巧い人が二人が先導して大部屋さんの百姓たちのラップもそんなに捨てたもんじゃないぞと引き込まれる。ちゃんと韻を踏んでよく練られた歌詞になっているじゃないか!こういうのは大丈夫だと安心し、物語の世界に引き込まれていった。

将門山に結集した百姓たちが一揆を起こそうとするところへ駆けつけた宗吾(勘三郎)は、九州の島原の乱(ウィキペディアの項はこちら)を引き合いに出して皆で行動を起こしても皆殺されてしまうだけだと説得する。島原の乱なんて聞くと劇団☆新感線の「SHIROH」が彷彿としてしまう。それでさらにテンションアップ!

印旛沼の渡し場では甚兵衛(笹野高史)が借金のかたに姪のおぶん(七之助)を長吉(亀蔵)たちにさらわれようとしているところを、浪人の弥五右衛門(橋之助)が割って入り長吉たちに斬りかかる。その長吉たちの命乞いをしたのが宗吾。「暮らしに困って流れてきた元はお百姓とお見受けするから見捨てられない」という宗吾の言葉に長吉たちは乱暴をやめる。
宗吾が去った後、宗吾に反発するように弥五右衛門は「我こそは死んだと思われていた由比正雪」であると名乗り、百姓たちを決起させようと扇動し始める。
宗吾と甚兵衛を除く人物が今回オリジナルで登場している。弥五衛門は天邪鬼的な存在として宗吾に対置されていて、その行動が物語を波乱の方向へ急展開させる。

宗吾が妻おさん(扇雀)や子どもたちと暮らす家まできて弥五衛門は挑発するが、代官所への訴えがと取り上げられて年貢の引き下げが決まったという知らせに姿を消し、影に回って役人に年貢米を測る枡の細工を教える。実際に公定の枡の大きさをごまかして年貢を増やしていたというエピソードのパロディだ。
弥五衛門のキャラ設定といい、この手のパロディといい、要所要所のラップといい、正統な歌舞伎に対する「アングラ」的な挑発手法がたっぷり盛り込まれている。それが私には実に面白いと思えた。

弥五衛門は枡のからくりを暴いて百姓たちに再び一揆をと煽るが、またも宗吾が自分に任せて欲しいと説得。その懇願に百姓たちは我慢をするが、それも宗吾に人望があるせいだ。弥五衛門は面白くない。
甚兵衛の妹が娘のおぶんを捨てて江戸に出て行方知れずになっているという設定。母のいる江戸に出てみたいというおぶんは弥五右衛門に連れ出してもらって出奔。貧しい田舎を捨てる人間を代表させるキャラ設定なのだろうが、まぁ七之助の出番をつくるための当て書きの要素が多分にあるだろうと推測。

佐倉藩江戸屋敷への門訴はお取り上げになり、名君になりたい藩主の正信に感謝され、杯を賜る。宗吾が感激して辞去すると、国家老の池浦主計に財政危機により上に立つ物も木綿の服しか着られないような倹約が必要と進言される。そんなみっともないことはできないと訴えを取り下げてしまう正信。自分の体面が保たれなくなるレベルまでの変化を受け入れることはできない人間の器量の小さい殿様ぶり。これなら祟りで狂ってしまっても自業自得というものだ。

弥五右衛門はさらに宗吾をためそうと、将軍直訴の噂を流し、宗吾を追い詰める。そこまでは考えていなかった宗吾が、その勢いで決断して直訴に及ぶというところは創作の極みだろう。弥五右衛門という架空のキャラクターをあえてつくって宗吾に対置させ、宗吾の行く手を阻んだり、宗吾自身が考えてもいなかった究極の選択に考える余裕もなく追い込み、民を救うために命をも犠牲にする道から逃げるかどうかを試すという、ダークサイトの狂言回しを配した作劇。これには賛否両論あるかもしれないが、私はかなり面白いと思った。

おぶんの母親は夜鷹に身を落し、母と気づいたおぶんに問われるとあえて捨てた子どものことは覚えていないと悪態をつく。それに自暴自棄になったおぶんを弥五右衛門が殺してしまう展開は少々苦しい。この男の屈折をここまで見なくてもいい。
歌舞伎の名場面「甚兵衛渡し」は比較的あっさりしていたが、さすがに勘三郎と笹野高史の芝居で見せ、船で渡しす場面でおぶんの魂が蝶となって戻ってきて雪と共に舞う。死んだ人間の魂が蝶になって舞うというのは歌舞伎の常套手段なので、雪と蝶で絵にしたかったのかと推測するが、視覚的にはあまり効果が上がっていない。イメージだけでもいいのかもしれないが。
宗吾と妻子の別れでやっぱり泣かされた後、詮議の手先の男がやってくる。それは長吉で宗吾の顔を見て命の恩人であると気づき、落ち延びさせるという芝居が追加になっている。ヤクザになってはいても恩義のある人には誠意をつくすという「鬼平」に出てくるようなキャラ設定だが、人間ってこういうもんだよねとホロリとする。
七之助の二役の家綱への直訴状がお取り上げになる場面は、ストップモーション風。なだれをうって公津ケ原刑場の場面へ。舞台中央の十字架のような磔台に宗吾、妻と3人の子ども(史実より一人減だがOK)が女の子まで全員引き出されると、宗吾は聖人君子然とした態度を豹変させる。民のためといってはいたがわが子の未来のためにここまでしたのにと嘆く。そして目の前で殺されていく子どもに「怨め怨め」と叫ぶ宗吾。

ここも賛否両論あるだろうが、実に人間くさくていい。リュック・ベンソン監督の映画「ジャンヌ・ダルク」のミラ・ジョボビッチの火刑までの心理描写も彷彿とした。
そしてさらに宗吾は突き抜けていく。「魂魄この地に留まりて」(ちょっと勘平がかぶるのだが)からの台詞で滂沱の涙。堀田のお家に祟り、その上で百姓たちの神となってこの佐倉の地を守っていくと宣言し、左右の槍で突かれて絶命。

怨みを持って死んだ人物が荒ぶる神になって敵に祟るというのは、日本の御霊信仰そのものである。菅原道真が天神になって藤原の家に祟ったというようのと同じだ。
Wikipediaの「御霊信仰」の項はこちら
しかしながら「佐倉義民傳」のように義民信仰がそれまでの御霊信仰と違うのは、百姓たちが自分たちの代表として敬い心を寄せているところだ。その信仰がその後の為政者に悪政の不満を示して立ち上がる力になっているというのを見せたドラマがコクーン歌舞伎「佐倉義民傳」なのだろう。
民衆の為政者も善悪を含めた多面性をもち、そんな人間たちが集まって捨て身になって主張する力のエネルギーが世の中を変える力をもつというメッセージを強烈に放つ「アングラ」劇の魅力が直球でこめられた作品になっていると思う。まさに串田和美の舞台の魅力が炸裂していて、私にとってのコクーン歌舞伎の最高作品になった。
「アングラ」についての引用をした記事はこちら

主要な複数の役を二役で見せたところも、人間の多様性多面性のイメージと重なってひねりの効いていると思う。正信の正室とおぶんの母二役の歌女之丞、百姓の後家の京蔵、百姓女の澤村國久の起用も歌舞伎味を増してよかった。
宗吾霊堂のご本尊を勧請してきた宗吾像がロビーにあり、終演後にしっかりお参りしてきた。格差が拡大し社会不安が増す現代と宗吾の時代が重なる。希望がもてる社会にしていくため、一人ひとりが考えて行動できる力が湧きますように。他力だけではなく自力でもやれることはやっていきたいと決意をあらたにした。

写真は、今回の公演のチラシ画像。プログラムには勘三郎が先代もつとめ勘太郎が宗吾をやってくれれば三代でつとめられるとあった。さらに宗吾は初代吉右衛門の当たり役ということなので、若い頃の初代によく似た勘太郎の宗吾もきっといいと思う。けれどその前に勘三郎の再演でまた観たいと思う。「まつもと大歌舞伎」がよかったらしいので、ちょっと足を伸ばしてみてもいいかなぁという気持ちにもなってしまった(^^ゞ
あと、観たいのは前進座での舞台である。数年前の公演は見送ってしまったので今のうちに嵐圭二の宗吾で観ておきたいと思っている。
(追記)
松井今朝子さんのホームページの劇評が実に的確なのでご紹介。ブレヒト劇のようだという指摘も興味深く、ブレヒト劇に付き物のクルトワイルの音楽の果たす役割をラップが処理しているというのも納得である。
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10/06/19 佐倉散策(2)宗吾霊堂の「宗吾御一代記館」でもう感涙(T-T)


「佐倉散策(1)武家屋敷、佐倉高校、宗吾霊堂前甚兵衛そば」はこちら
「宗吾霊堂」と大書された門をくぐってお土産屋さんもチラ見しながら参道をすすむ。右手に宗吾さまと一緒に処刑された4人のお子さんのお墓がある。しっかり拝んでからさらに奥にすすむと掲示板に宗吾霊堂の勘三郎参拝とコクーン歌舞伎の告知が貼ってあった。
「鳴鐘山東勝寺宗吾霊堂」が正式名称で、その本堂がなかなか立派だ。歌舞伎で「佐倉義民伝」を上演する度に宗吾を演じる役者が参拝するらしく、本堂の前のお庭には上演の度に記念植樹された樹木のところに立て札がある。勘九郎時代の立て札も幸四郎の立て札もあった。今回の植樹は串田和美・勘三郎の連名!今晩、ちゃんと観るからね~と盛り上がる。

宗吾霊堂の公式サイトはこちら
奥に「宗吾御一代記館」というのがあり、宗吾さまの生涯を13場面66体の立体パノラマで見学するものだという。入場料700円はちょっと高いと文句をいいつつも。一代記を頭に入れておけば、今晩の芝居の予習になるからと決断して入場。団体さんにつくガイドさんのお話をご一緒にどうぞと言われて、急いでついていくが、私たちはガイドさんの近くでちゃんとしっかり聞く。
佐倉藩国家老の悪政による窮状により百姓たちは将門山に結集して一揆を起こそうとするが、それをとどめて名主たちを束ね、上訴に及ぶ木内惣五郎。地元の代官所への訴えが退けられると江戸にいる領主の上屋敷に「門訴」、幕閣の中の人物といわれた老中への「駕籠訴」は罪は赦されるものの、お取り上げにならない。ついに将軍への「直訴」を決意し、家族を離縁するために雪の中を帰郷。藩の手配が回っていて印旛沼の渡し守に頼み込み、自らも死の覚悟を決めた甚兵衛が戒めの鎖を鉈で断ち切って渡す場面もあり。これが、さっき食べたお蕎麦屋さんの「甚兵衛」さんかと納得!
家族との別れを惜しみながら雪道を踏みしめて江戸に向かう惣五郎。

思い出した!私が小学校6年生で読書感想文で「主人公が雪を踏みしめていく音が聞こえてきそう」というような表現まで入れて気合を入れて書いたのは、この物語だった!!
ガイドさんの感情移入たっぷりの語りに思わず感涙。ここでもう泣くというのでは、今晩の芝居はどれだけ泣かされるのだろうか?!

将軍家綱への「直訴」は補佐役・保科正之(Wikipediaの項はこちら)の助言により取り上げられたが、惣五郎への仕置きは佐倉藩に任された。
恥をかかされた藩の仕置きは本人の磔刑だけでなく、水戸藩の地へ嫁いでいた娘のほかの子ども4人を打ち首にするというもの。当時、女子どもは減刑されるのが普通だったのに、15歳未満の男児は年齢をごまかし、女児は男ということにして見せしめの処刑を行ったのだ。
その遺骸は鳴鐘山の住職が埋葬、その後も圧政に苦しむ百姓たちは、惣五郎を追悼し続けた。その百回忌には佐倉藩がその失政を悔いて「宗吾道閑居士」の法号を諡号し、それ以来惣五郎は「宗吾さま」と呼ばれるようになったという。

予想以上の見ごたえにテンションアップの3人は、「宗吾参道」駅まで本当に田舎~という街並みの中にある参道を下っていく。京成線のホームから緑の田圃が広がる風景が見える。
宗吾参道駅の下りホームとその後景
冒頭の写真は、宗吾参道駅の上りホームの表示板。 隣駅が公津の杜だが、宗吾さまが処刑されたのが公津ケ原刑場。電車に乗って、車窓からは遠く印旛沼が見えた。
いよいよ渋谷でのコクーン歌舞伎「佐倉義民伝」観劇へ。
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10/06/19 佐倉散策(1)武家屋敷、佐倉高校、宗吾霊堂前甚兵衛そば


コクーン歌舞伎「佐倉義民伝」の観劇前に主人公である佐倉宗吾の霊堂にお参りし、周囲を散策しようという実に中身の濃い企画を玲小姐さんが企画!大阪からのかずりんさんと私の3人の珍道中。
佐倉には、玲小姐さんのご子息の職場があり、かずりんさんのご贔屓バンドメンバーの出身地。私の場合は、何かの市民運動が活発な土地柄という印象をもっていて一度行ってみたいところだった。
伊丹→羽田→京成本線佐倉駅にいらっしゃるかずりんさんと埼玉2人組は駅の改札で正午に集合。渋谷のシアターコクーン午後5時開演に間に合わせるため、効率優先でタクシーであちこちを回った。

Wikipediaの「佐倉市」の項はこちら
まずは、江戸時代の武家屋敷街だった鏑木小路へ。元からある屋敷の隣に別のエリアにあったのを移築したお屋敷も並んで3軒が固まって公開されている。さんがお二人交代で待機されていたガイドボランティアさんのお一人が案内してくれたのだが、タクシーを待たせているので短時間でお願いしますと頼み、テンポのよい説明が面白かった。ついつい歴女のはしくれである私たちの反応がよかったのかお話にますます興が乗ってある程度の時間がかかったら、タクシーの運転手さんがあきれていた(笑)
玲小姐さんのレポをご紹介。
かずりんさんのご贔屓バンドメンバーの出身校である佐倉高校に行き、門内に入って明治時代の洋風建築校舎の正面を見学。実は玲小姐さんと私の出身の女子高も同じような校舎があり、私は一年間だけそこの教室で過ごした。ところが取り壊されてしまっているのが改めて残念に思えてしまった。この違いは何か?民間が建てたものを寄贈されたという歴史があるとお役所が勝手に取り壊せなかったのだろうと推測。我が母校は最初からお役所がつくった建物だったので、お役所の判断で簡単に壊すことができたのだと思う。うーん、やっぱり残念だ。

その後、そのバンドが故郷に錦を飾る公演をしたという市立体育館へ。運転手さんから床が抜けて直したらしいよという情報が。確かに、さいたまスーパーアリーナで公演するようなバンドがこんなところで集客したら想定以上の過重で床も抜けるだろうなぁと納得。
そのタクシーの運転手さんとの車中の会話が実に楽しい。く、また得るものがたくさんあった。このあたりは、かずりんさんの記事から雰囲気をくみとっていただきたい(^^ゞ

宗吾霊堂は少し離れているのでそちらに向かう車中での運転手さんとの会話で、今度の選挙で消費税上げるとか言っている問題についても盛り上がり、さらに「もうすぐ宗吾霊堂だよ、宗吾さまのお墓がある・・・・・・」という一言からのやりとりにまた感動。
「こちらの方は、皆さん『宗吾さま』ってお呼びになられるんですか?」
「そうだよ~、みんな言うよ~」とのお返事に、佐倉義民伝が郷土の歴史としてしっかり共有化されている土地柄を思う。なんかこれでは市民運動が盛んになるのも無理がない地域なのかもとか、私の中ではイメージが盛り上がる。

運転手のおじさまにさようならをして、お参りの前に腹ごしらえをすることに決定。入り口の前にある喫茶にしようかとも思ったが、やっぱり「甚兵衛そば」という店にした。
入るとすぐに面白い入れ物に入ったざるそばを皆が食べているのに注目。奥に通されて、その壁にかかった油絵にも注目。船に佐倉宗吾と思われる人物と船頭さんが乗っているところが描かれている。
私「この絵はなんですか?」
店員のおばさん「甚兵衛さんの絵です」
そうか、宗吾を船に乗せた甚兵衛さんの物語が重要らしい。だからおそばの容器も船形をしているのかと納得(→冒頭の写真がそれ)。味もまぁまぁでここにして正解!
つけ汁はしっかりとした濃い味だったが、蕎麦湯を入れて飲んだら美味しかったし、そのあと蕎麦湯だけお替りして飲んでひと心地ついた。

さらに宗吾霊堂の入り口のお土産店で餡入りのよもぎ餅を買って2個くらいづつ食べてから、お参りにすすんでいく。
→(2)へ続く
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