10/08/22 花形歌舞伎(4)海老蔵の訪欧凱旋公演「義経千本桜」


海老蔵の「義経千本桜」の狐忠信の半通し上演は2008年7月に歌舞伎座で観ていて、春猿・玉三郎の静御前とのコンビを堪能した。今回は6月のロンドン・ローマ公演の凱旋公演ということで、鳥居前から川連法眼館の場を一回の幕間で見せる特別編集バージョン。
【訪欧凱旋公演 義経千本桜】
市川海老蔵宙乗り狐六法相勤め申し候
鳥居前~道行初音旅~川連法眼館
今回の配役は以下の通り。
佐藤忠信実は源九郎狐=海老蔵
静御前=七之助 源義経=勘太郎
川連法眼=家橘 飛鳥=右之助
駿河次郎=市蔵 亀井六郎=亀蔵
早見藤太=猿弥

夏風邪のために出足が鈍くなり、「鳥居前」は終盤、猿弥の早見藤太が海老蔵の隈取をした忠信に踏み殺されるあたりで着席。目ん玉が飛び出る仕掛けをつけたところからなので元の顔は拝めず(^^ゞ勘太郎の義経が立派。法皇から賜ったが自らは打てない初音の鼓を静に預け、忠信に着せ長と源九郎義経と名を与え(この意味を考えてしまったが影武者として名乗って死んでもいいという許しを得る=名誉なことと推測!)、静を京まで送っていくようにと申し付けて絵面に極まって幕。その後、忠信の狐六法の引込み。狐手にしたり人間に戻ったりしながら二人の花四天とのからみで荒事味たっぷり。やっぱり海老蔵は荒事が魅力だ。

「鳥居前」から静と忠信の二人連れが行く道を風景を入れ換えながら見せていき、桜が咲く山中になり、満開の桜の枝の吊り物も降りてきて「道行初音旅」の場面へ。この場面転換はなかなか面白かった。
幕間を入れないで忠信が隈取の荒事の拵えから白塗りの拵えに早替りをしている間、七之助の静が一人で舞う。「♪中村屋~♪」という歌詞も入った特別な新しい振り付けなのだろう。
スッポンから海老蔵の忠信が登場し、二人の連れ舞い。途中で七之助の金銀の扇子についた赤い房が片方取れてしまった。踊りながらうまく扇子に乗せて拾い、後見のところに下がったところで渡し、次に使うところで代わりの扇子が渡されてという珍しい場面もあった。後見さん、ナイスである!

詞章は通常バージョンとずいぶんと違うらしいが、私にはその違いもよくわからないのだが、立ち雛の男雛女雛のポーズを極める名場面はあり。すぐに戦物語になって海老蔵の気迫十分、七之助の静もきりりとして美しい。
「鳥居前」で早見藤太が踏み殺される演出をすると、静御前を追いかけてくるのは別の人物名にしてという立ち回りが入るのが歌舞伎では常であるが、その部分を大胆にカットして絵面に極まっての幕切れとなる。舞踊を観るのが得意でない私にはとてもラクなバージョンだった。海外公演では三場面で全部に立ち回りを入れると尚更飽きられるだろうし、夏の三部構成の短い半通しにはうまいアレンジだと感心。

さて、いわゆる「四の切」、川連法眼の館。
家橘の川連法眼と右之助の妻飛鳥と役者が揃っているが、二人のやりとりは最低限にはしょったバージョンですぐに忠信来訪が告げられて二人が退場。勿体ないが、時間短縮上演の際には仕方がない。
本物の佐藤忠信が義経のもとへ参上。海老蔵の生締めの裃姿が押し出しもよくて立派。勘太郎の義経が貴公子然としてよい。七之助の静御前と3人のやりとりは台詞も通ってよくわかるし、いかにも花形が揃った感があって好ましい。忠信詮議で呼び出される駿河・亀井で市蔵・亀蔵兄弟が揃うのもいい。
静が同道してきた忠信の詮議のため、初音の鼓を打つと階から姿をあらわす狐忠信。美しいのだが、狐言葉を話し出すと客席から笑いが起こる。前回の時よりも格段によくなっていると私は思ったのだが、客席のこの反応はナンだろう?とまた考える。

ひらめいた!海老蔵という役者に持たれているイメージとのギャップが大きすぎるのだ。また、観客層が歌舞伎のコアな贔屓層ばかりでないこともあるだろう。そういう観客がメディアなどで接して抱いている海老蔵へのイメージとのギャップで笑ってしまっているのではないかと推測。
立派な身体を動かして狐の動きをつくっているが、やはり身体が立派過ぎて大狐に見えてしまう。
まぁ、親への情愛が溢れている気持ちは海老蔵というキャラとも重なってなかなか微笑ましいものがある。
その情愛に心を打たれて初音の鼓を与える義経が身の対照を嘆く勘太郎の芝居もよくて、実にドラマとして盛り上がる。

ばかされの荒法師たちとの立ち回りも面白く、いよいよ宙乗り。吊られているのに鼓を得た喜びを爆発させて顔をくしゃくしゃにして過激に動きながら、3階の鳥屋へ桜吹雪の中を消えていった。
やっぱり海老蔵は荒削りなのだが、「花形」の頂点に立つような花があるなぁと感心。

鳥屋から通路を通って上手の関係者扉へ抜けていくのだが、その間はスタッフが客席の扉を開けてくれない。3階の最も上手側の席で見て、扉が開くと同時に出て行くと、通路には海老蔵の狐の衣裳についていたピンクの花びらがたくさん廊下に落ちている。10枚くらい拾ってチケットと一緒に持ち帰る。見ているとスタッフさんが床掃除のコロコロの道具を使っているのを発見。こうしてとるのね(笑)
写真は、今回の公演の「義経千本桜」の海老蔵の特別ポスターを携帯で撮影したもの。
8/11花形歌舞伎(1)「東海道四谷怪談」で勘太郎のお岩に感心至極
8/22花形歌舞伎(2)東西の成駒屋の共演で「暗闇の丑松」
8/22花形歌舞伎(3)福助×海老蔵の「京鹿子娘道成寺」
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10/08/22 花形歌舞伎(3)福助×海老蔵の「京鹿子娘道成寺」


福助の「道成寺」の花子は2006年5月に演舞場で観ているが、その時は正直ガッカリした。今回は期待しすぎないようにして観る。・・・・・・合格!
【京鹿子娘道成寺】
今回の配役は以下の通り。
白拍子花子=福助 大館左馬五郎照剛=海老蔵
所化=松江、宗之助、新悟、巳之助、松也

道行はなし。聞いたか坊主の場面のあと、板付きで鐘供養の紅白の幕が上がると金冠をつけた赤い衣裳の花子がいて舞い始める。
謡いが入る。♪~「道成の卿承り 始めて伽藍橘の 道成興行の寺なればとて 道成寺とは名付けたり~」との声がしっかりと響いてこれはいいかも!と観ている方もグッと身が入る。
後見は芝喜松が付いているが、かなり緊張感の張り詰めた面持ち。烏帽子を釣鐘の紅白の綱に後見が手伝って掛けるという型は初めて観たが、成功不成功でペースが狂うのを防ぐためだろうかと勝手に推測。
福助はきちんきちんと踊っているという印象を持った。道成寺に「気のいい白拍子」が来て坊さんたちのリクエストに応えて踊ってくれているという感じがした。
今回の公演の特別ポスター(冒頭の携帯で撮影した写真)の福助の表情はあまりいいと思わなかったのだが、舞台は前回の印象を覆すほどよかった。どこかで崩れてしまわないかと、応援モード全開で観ている方も緊張しながら観ていたが、一つひとつの場面で「やったクリア!」とホッとして次にすすむという感じかな?!

所化も御曹司や若手のグループとベテラン脇役グループが場面場面を受け持って盛り上げる。
前回の青地に桜の衣裳はなし。今回の新調の衣裳は花笠の場面で、白地に桜の刺繍が綺麗。ところどころに絞りのような模様を白く抜いた紫の部分がアクセントになっていた。
鈴太鼓の場面も赤字の桜模様の衣裳なので、次に後シテの白地に金の鱗模様になるので対比を効かせているのだろうと推測。
        
席は3階右列一桁だったのに、道行がなかったのが残念に思っていたが、今回はあまりちゃんと見ることができない「トウづくし」の鱗四天の面々熱演をしっかり観ることができたのがよかった。

鐘を引き上げて出てきた福助の後シテはなかなか立派。
花道に海老蔵の大館左馬五郎照剛が登場し、花道七三で二人が対峙する場面もけっこうな迫力。この座組みならやはり「押戻し」に海老蔵が出るというキャスティングになると思うので、時間の関係で道行はカットだったのだろうと推測。
5月の海老蔵の「助六」で福助が揚巻で出たので、そのお返しの海老蔵の「押戻し」出演というバランスになるんだろうなとも納得。歌舞伎というのはこういうバランスをとるのが大事らしいというのも最近はわかってきた。

押し戻された後シテが鐘に上がって鱗四天が並んで蛇体をつくり、絵面に極まっての幕切れ。一部二部通し観劇を充実感をもって締め括ってもらえたようで、満足して打ち出されてきた。

Wikipediaの「安珍・清姫伝説」を参考にリンク

8/11花形歌舞伎(1)「東海道四谷怪談」で勘太郎のお岩に感心至極
8/22花形歌舞伎(2)東西の成駒屋の共演で「暗闇の丑松」
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10/08/22 花形歌舞伎(2)東西の成駒屋の共演で「暗闇の丑松」


8/22に第一部と第二部を続けて観たが、先に第二部を書く。
【暗闇の丑松】
2006年6月に幸四郎×福助の「暗闇の丑松」を観ていて実に暗い話なのだが、芝居としてはなかなか面白かった。4年も経っているのでまた観てもいいかなぁくらいの間隔の開け方だ。初演で五世福助が丑松女房お米をする予定が病気で早世してかなわず、芝翫が当たり役とし、前回は当代の福助が初役でつとめたという成駒屋に縁の深い作品。橋之助が熱望して丑松を初役でつとめ、お米は扇雀でという、東西の成駒屋の共演というのも面白そう。
今回の配役は以下の通り。
暗闇の丑松=橋之助 丑松女房お米=扇雀
お熊=歌女之丞 潮止当四郎=市蔵
杉屋の遺り手=芝喜松 妓夫三吉=橘太郎 
料理人祐次=獅童 熊吉=亀蔵 八五郎=猿弥
四郎兵衛=彌十郎 四郎兵衛女房お今=福助
板橋の使い=橘三郎 湯屋番甚太郎=橋吾
岡っ引常松=松江
あらすじは前回の記事のリンクを参照してください。
          
序幕鳥越の二階の場面の舞台装置は、本当に面白い。江戸の二階建ての長屋だろうか。切り穴の下が階下で、二階の部屋での芝居が続く。近所の家の話し声が筒抜けに聞こえてしまうという江戸の長屋の暮らしもイメージできる。最後に丑松とお米が屋根伝いに逃げていくところはまさに名場面。

当時の「親には孝」という価値観の中で強欲な養母お熊に抵抗できないと養女お米の関係性が哀れ。ただ扇雀は頑張って大人しい女を演じている感じがしてしまう。親に不義で一緒になった丑松も遠慮をしているが、お熊は無理やりに仲を裂いて妾奉公をさせる計略を押し切るのために用心棒の当四郎まで家に置いている。締め出されていた丑松が無理やりに家に入り、二人は階下で殺される。手を血に染めた丑松の橋之助が二階に上がってきての愁嘆場。
橋之助熱演、扇雀も熱演。でもこんなに派手に盛り上がってたら、ご近所に筒抜けなんじゃないかとハラハラさせられてしまった(^^ゞ前回の幸四郎と福助の方が抑えが効いていたような気がして、先の二人を見直す。

二幕目は1年後の板橋宿の女郎宿杉屋。兄貴分の四郎兵衛にお米を預けて上州に身を隠していた丑松が、お米に会いたい一心で江戸に向かう途中で、泊まった宿の敵娼としてお米と再会。女房のいうことよりも義兄弟になった兄貴分を信じる丑松。それで自ら命を絶つお米。
別れの杯の場面では、お米の「有難う」よりも丑松が返杯を拒んで杯を膳に叩き付けたところが今回は印象に残る。この拒絶こそお米に死の覚悟をさせたのだと。
お米に真実があることを裏付けた橘太郎の三吉が実に女郎屋の妓夫らしくていい。信じていた兄貴分に騙されて女房まで死に追いやってしまった丑松が爆発する。

板橋からのお米の死を親代わりのについて四郎兵衛に知らせる使いが四郎兵衛宅にやってくる。四郎兵衛夫婦の性悪さを彌十郎と福助が雰囲気たっぷりに見せる。彌十郎であればこんなに色っぽい女房がいながら、人の女房にも手を出すだろうという感じがする。橘三郎の板橋の使いが実直そうなので二人のワルぶりが際立つ。
四郎兵衛が朝湯に出た留守に女房お今が丑松に殺される。殺意を色仕掛けで逃れようとするお今を福助が嬉しそうに演っているが、ここまで発散しておけば後の「道成寺」の花子が立派につとまりそうな予感がする。

湯屋の場面は、まず身体の動きのいい若手が起用される甚太郎の活躍が見どころ。先日、何かのチラシが入っていた橋吾がいい身体といい動きを見せてくれる。湯加減を注文にくる両肩をはだけた女は芝のぶという成駒屋のお弟子二人の大サービス場面だった。

この明るい場面の後に、真っ暗な浴槽の中での四郎兵衛殺し発覚、丑松の逃亡という緊迫の場面での幕切れとなるのだから、この芝居、やはりよくできている。

3階右列一桁の席からは花道を足元定まらずの状態でジグザグとしか進んでいけない橋之助の忘我の引っ込みをたっぷり観ることができた。この席、けっこう良かったかも!
写真は公式サイトより今公演のチラシ画像。
8/11花形歌舞伎(1)「東海道四谷怪談」で勘太郎のお岩に感心至極
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10/08/24 朝から泣いてしまった(T-T)

空き巣に入られたことから安心できるオートロックの今のマンション(旧財閥系の不動産会社)に引っ越して6年。世帯数の多いファミリータイプにしては駐輪場の台数が少ないという問題を除いて、かなり満足度が高い。
安心感を持って暮らしてきた要素の中に、ずっと同じ管理員のYさんがいてくれてとてもいい方だという要素もある。我が家は娘の救急車騒ぎなどいろいろと特殊な状況があるが、そういうこともきちんと把握した上で配慮のある対応をしてくださっていて、有難いことだと思ってきた。

今年の猛暑で娘の部屋のエアコンの室外機の排水が、ドレーン(排水管)から側溝につながる廊下の下の管につながる穴に入っているにもかかわらず、廊下にあふれて小川をつくっている状態が続いている。出勤前にその相談をしようと管理員室に立ち寄った。先日、ドレーンを入れる穴の部分を手で探ったら、管へつながる部分が塞がっていると思えたので、それを確認していただくことと、高圧洗浄が入る時に洗浄をしていただけないかとお願いしたのだ(そんなに塞がりやすい構造って「欠陥」かもしれないという疑念もあり)(→9/5に高圧洗浄が入ったようで、このように泥が大量に出ていた。上にあるのが排出口)
Yさんは、「他の部屋でも同様の現象が起きている。ただし、来週になれば二人体制になるのでそれまで対応を待って欲しい」という返事をされ、その際に9/4までなんですとお聞きしてビックリ!
体調を崩されて休んでいて復帰されたこともあったのでそのせいですかと尋ねたら、会社から契約更新をしないと言われてしまい、その理由の説明がないという。さらに管理員交替の際は後任の人との丁寧な引継ぎのために1ヶ月の引継ぎ期間をもつという決まりがあるのに、年休消化をしたら実質の引継ぎ期間は1週間しかないとのこと!!

シニアの方の雇用もちゃんとやっている会社だと評価してきただけに、働く人に対してそんな非人間的な対応をしていることを知って失望と怒りが湧いてきてしまった。入居者の状況も含めた引継ぎをきちんとするために1ヶ月の期間が設定されているはずなのに、後任の決定も遅れて1週間しかないというこんな前例をつくらせるのも許せない。
管理会社に対する信頼を崩された悔しさ、本当によくしてくださったYさんへの感謝と突然の別れの悲しさに襲われて管理員室の窓の前で涙が出てきてしまう。

帰宅したら、マンションの管理組合の8月理事会の議事録がポストに届いていた。「管理員Yさんの退職および後任配属の件」の項では、ただ退職するということと1ヶ月の引継ぎを実施する予定と書かれていた。議事録への感想・意見の用紙もついているので、管理会社の反社会的行動の問題としてちゃんと指摘しようと決意した。管理員さんにきちんとした対応をすることと、入居者が安心して暮らしていくために悪い前例をつくらせないことを管理組合の役員会がきちんと主張していくよう、要望を出しておこう。
すでに個人のブログにはこの告発を会社名匿名にしてはいるが書いてあるし、対応に誠意が見えないと実名に差し替えるよと付け加えておこうかな。

(9月に追記)
管理組合の役員からは丁寧な返書をいただいた。それには感謝しているm(_ _)m
しかしながら、会社側の対応にはやはり誠意が見えないので社名を明らかにしておく。三井不動産住宅サービス(株)である。
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10/08/22 三十五万アクセスの御礼+夏風邪↓+「四の切」対決↑

8/21になってから35万アクセスを超したようです。皆様のご訪問に感謝申し上げる次第です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
実は先週末に妹2宅に泊り込みをした際に喉の痛みを自覚。手持ちの風邪薬でだましだましできていた。8/20(金)の午後から風邪気を押さえ込めなくなり、仕事帰りにかかりつけの耳鼻科で風邪と診断され、鼻の吸入治療をして薬を処方してもらい、土曜日にかけてガッツリ寝た。
朝、軽く食べてから薬を飲み、再度目覚ましをかけて寝たら・・・・・・。

AMとPMの設定を間違えて寝過ごして「亀治郎の会」夜の部に遅刻決定。たどりついたら「道行初音旅」は終っていた。まぁ、「四の切」が一番観たかったのでよいとしよう。「上州土産百両首」も2時間ドラマとしてなかなか面白く、満足して帰宅。

翌日は朝からオーブントースターをダメにする騒動(!)を経て、新橋演舞場へ。
今月の東京の「義経千本櫻」対決を土日連続で観る設定だが、こちらも「鳥居前」は終盤で猿弥の早見藤太が海老蔵の隈取をした忠信に踏み殺されていた(^^ゞ
「鳥居前」から「道行初音旅」をずいぶんとアレンジして続けて上演する欧州公演版は、立ち回り部分を大胆にカットした観るのにラクなバージョンだった。
「四の切」対決は、まぁ亀治郎に軍配を上げよう。さすがに澤潟屋の芸の継承者である。

とりあえず、御礼と近況報告をさせていただいたm(_ _)m
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10/08/11 花形歌舞伎(1)第三部「東海道四谷怪談」で勘太郎のお岩に感心至極


11日の仕事帰りに歌舞伎座前を通って新橋演舞場八月花形歌舞伎第三部へ。歌舞伎座は解体工事のブルーのシートから屋根が透けて見えたが灰色に見える。瓦や装飾物がすっかり取り除かれたようだ。冒頭の写真は演舞場の正面入り口を撮影。櫓は5月だけかと思っていたらずっとあるのでなんとなく嬉しい。歌舞伎座での「納涼歌舞伎」の顔ぶれから勘三郎・三津五郎が抜けてぐっと若手に世代交代している。
「四谷怪談」は、2008年5月新橋演舞場の「通し狂言 東海道四谷怪談」を観て以来。その時は吉右衛門初役の伊右衛門と段四郎の直助権兵衛というベテランキャストによる舞台だった。今回は勘三郎から継承された勘太郎のお岩が一番の楽しみ。

【通し狂言 東海道四谷怪談】(とうかいどうよつやかいだん)
序幕 浅草観世音額堂の場より大詰 仇討の場まで
今回の主な配役は以下の通り。
お岩/小仏小平/佐藤与茂七=勘太郎
民谷伊右衛門=海老蔵 お岩妹お袖=七之助
直助権兵衛=獅童 宅悦=市蔵
茶屋女房おまつ=歌江 おいろ=小山三 
伊藤喜兵衛=家橘 お梅=新悟
お弓=歌女之丞 乳母=國久 お熊=徳松
秋山長兵衛=山左衛門 四谷左門=勘之丞 
舞台番=猿弥

先月の歌江の舞台をきちんと観なかったので、今月は茶屋女房おまつで序幕にちょっと出るのをしっかり観る。小山三の地獄宿の女おいろとともにベテランの女方によってぐっと歌舞伎味が出るのが貴重だし、嬉しい。
お岩の妹お袖の七之助は声も姿も本当に綺麗で、獅童の直助権兵衛が執心しているのも無理がない。勘太郎の与茂七との夫婦役もよくて、中村屋兄弟二人の共演は安心して観ていられる。
獅童は歌舞伎らしい身体の動かし方などがまだまだに思うが、歌舞伎役者の顔になってきているのが好ましい。
海老蔵の伊右衛門は、実に「色悪」そのもののビジュアル。女房もちなのに隣家のお梅が横恋慕して患うというのも無理がない。ただし、「色悪」の高音域の台詞回しがやはり巧くできないようで、変に節をつけてなんとか高い声でしゃべっているのだと推測。ただし、あまりに台詞がひどい場面では容姿の良さとのギャップに観ているこちらが思わずずっこける(^^ゞ荒事はいいのだけれど、こういうお役の台詞もできるようになって欲しいとつくづく思う。

勘太郎のお岩が若妻らしくていい。美男の伊右衛門が舅に離縁させられているのを取り戻そうと執着するのもわかるなぁと思わせるお岩だった。妹お袖の七之助とともに父や夫の惨殺を嘆くところは不幸な美人姉妹という感じ。伊右衛門、直助に敵討ちを頼んで幕切れとなる浅草田圃の場から若手花形の「四谷怪談」への期待が高まる。
伊右衛門浪宅の場で小仏小平で出て戸棚に押し込められ、お岩に替って産後の肥立ちが悪くてやつれ果てた姿で登場すると息を飲んだ。海老蔵の伊右衛門が容赦なく邪険にする様子もあまりにも酷く、それに耐えるお岩が哀れ。子どものために早くよくなりたいと血の道の薬と信じて伊藤家に感謝しながら少しも無駄にしまいと丁寧に飲む場面を食い入るようにみてしまう。よどみなく嫌味なく真っ直ぐなお岩の気持ちが現れるような勘太郎に感心至極。この場面は勘太郎が一番いい。

毒が効いてきて苦しみ出し、顔の腫れる痛みが落ち着いた頃には面相が崩れ果て、その後の市蔵の宅悦とのやりとりの二人の芝居の間のよさに引きつけられた。勘太郎は変な笑いの入る隙もない抑えの効いたお岩。宅悦を拒絶するところなどは武家の妻の矜持の高さが実に似合う。ついに宅悦から真相を聞き、伊藤家に乗り込む身支度の鉄漿つけにも女の意地が漂い、髪漉きで櫛から抜け毛をとる白くて長い指がコワイ。顔を上げた時の凄味はまだまだのような気もするが、初役では十分すぎると思った。

伊右衛門に殺された小仏小平は死んだお岩と戸板に括り付けられて捨てられる。
ここで昔から抱いていた疑問がこの間に解決していた。なんで見つかりにくいように埋めてしまわないのか。江戸歴史検定准一級保持の友人からすすめられて読んだ氏家幹人著『大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代』(平凡社新書1999年)によると、「水死体は岸に寄ってきても突っついて流れてしまうようならばお構いなし」というのが江戸時代の決まりだったからだ。

砂村隠亡堀の場で流れてきた戸板を引き上げるとまずはお岩、裏面の小平の早替りではちょっとタイミングがずれて小平の姿でこちらを向くところが見え見えになってしまったのはご愛嬌。

直助とお袖の最後となる三角屋敷の場は省かれるが、ここを猿弥の舞台番に語らせて話を分かりやすくしている工夫はいいと思う。わかりやすい通し上演にこだわる海老蔵あたりの主張があったのではないかと推測。

大詰・蛇山庵室の場のお岩の亡霊とそれに苦しめられる伊右衛門も良かったが、勘太郎と海老蔵の真骨頂は舅と義姉の敵討ちにきた与茂七になって勘太郎が来て、海老蔵の伊右衛門と大立ち回りになる場面。気合の入ったスピーディーな丁々発止の激しい立ち回りはさすがにこの二人と思わせる。
「本日はこれぎり~」と手をついて舞台に挨拶をする二人の表情は、力が漲り輝いている。二人とも結婚してさらに役者としてはずみがついているところだなぁと実感。

先日の海老蔵の結婚披露宴で祖父の芝翫がポロッともらし、今日(18日)は父の勘三郎が勘太郎に子どもが生まれるということを明らかにした。やっぱりそういうことが励みになるのだろうと思う。
歌舞伎界は若手がちゃんと育っていっているし、世代交代しても安心だと確信している。
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10/08/16 エアコンの助っ人に「除湿機」を買ってしまった!


今晩、昨日買って一番遅い時間帯の配送指定をしておいた「除湿機」が届いた。
今まではエアコンの除湿機能があるので必要を感じなかったのだが、今年の猛暑で異常事態発生!!

居間のエアコンから運転中に室内ユニットから水滴がボトボトと滴ってきたのだ。冷房から除湿運転に切替えてもしたたりがやまない。
あわてて「取扱説明書」でトラブルの原因を探すと・・・・・・。
「知っておいてください」というコーナーの「運転条件」のところで以下の記述あり。
「冷房運転」の中に「部屋の湿度80%以下」とあり、「80%をこえた状態で長時間運転すると室内ユニットの表面に露がつき、水滴が落ちることがあります。」

確かにエアコンのリモコンも居間にある湿度計も湿度80%になっていた!!
この夏の猛暑は湿度も異常に高い。我が家はキッチンがフロアの真ん中にある間取りなので湿気がこもりやすい。娘に御飯を炊いておいてもらう時に換気を忘れられると、帰宅して家に入っても外と同じくらいの湿気にむっとする。

そこでエアコンの助っ人に除湿機を買ったわけだ。同じくフロアの真ん中の納戸になってしまっている和室の湿気退治にも役に立ちそうだという期待も大いにある。
早速、箱から出して運転開始!面白いように水が貯まるたまる。
猛暑による打撃を受けた我が家の近況報告でした。
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10/08/15 父の墓参りと家電店めぐり・・・疲れた(T-T)


8/14(土)は実家の母を妹2夫婦が北本から車で迎えにいき、私が合流して父の墓参りへ。さいたま市営霊園「思い出の里」に行ってお参りしたが、父が亡くなってもう2年4ヶ月も経ってしまったのだなぁと感慨深かった。
近くの「夢庵」で昼食をとった後で、母と妹の家は一戸建てなので地デジアンテナ設置とTVの買い換えのために電気屋へ。
上尾のケーズデンキは広い広い。妹1も2もシャープのアクオスが贔屓だったが、私が先日買った東芝もいいよと見比べてもらう。妹2の家ではTV番組の録画はしたいが、DVDやブルーレイに焼いておくつもりはないので、HDD内蔵のタイプにしようということになり、そうなると日立と東芝の2社しかない。比較したら東芝に軍配。アンテナもまずは無料見積もりを頼む。
母は居間と寝室用の2台とも買い換えようかどうかということだったが、結局はぐずぐずと決められない。自宅近くで自分で行けるところには大きな家電店がないので、一緒に買ってくれる方が娘たちとしては都合がいいのだが・・・・・・。
遅くなるので切り上げ、スーパー銭湯へ。最近は妹2の家に泊まる時にはスーパー銭湯にいくのが恒例になってきた。いつも同じところに行くのではなく、今回は事前に二人で下見をしてくれていた「極楽湯」上尾店へ。フランチャイズ方式で店舗数が日本で一番多いのだという。開店1周年記念キャンペーンもやっていたが、確かに施設も綺麗で露天風呂も3種類もあるし、中のお風呂も何種類もあった。食べるコーナーは畳もテーブルもかなりの広さでメニューも充実してなかなかよかった。

妹2の家に戻って後は寝るだけという感じだったが、機嫌のよかった母がめまいに襲われて大変になってしまった。湯当たりと冷たいものの食べ過ぎということもあるが、要は嬉しくて興奮しすぎのようだった。ちゃんと姉妹で看病の夜となった(T-T)

翌15日は終日曇って比較的しのぎやすかった昨日から一転して猛暑の日となり、墓参りは昨日でよかったと一同が口にする。
私が買うつもりでTVばかりでぶっとんでしまった除湿機を買いに、姉妹だけでヤマダ電機へ行くつもりだったが、結局は母もついてきた。ヤマダ電機では他店より高くしないために使っているというスタッフの端末も初めて見てしまい感心至極。送料が別途かかるとのことだったが、現金で買うからと交渉し送料見合い分よりも値引いてもらえたのでラッキーだった。ここでも母にTVを見てもらうが、ダメ。
昼食はツレアイくんもご一緒にがってん寿司へ。基本は回転寿司の店だが、私はジョッキのビールとともにオオトロ以下8種類を食べられるお盆の特別メニュー「極」のセットを注文。回転しているのは一皿に2貫のっているので、私は同じネタを2つ食べるより1つずつ多くの種類を食べたいのでセットにした。
がってん寿司は、妹2によると回転寿司チェーンの中では安くはないが美味しいということだったが、その言葉に違わずけっこう満足できてよかった。実は娘たちはあまり鮨が好きではないのだが、母の好物だし、その他のメニューが食べられる店は貴重。

その帰りにコジマ電機にも立ち寄り。母は自宅近くでのダイエーでまとめ買いすればいいと思っているようで、ここでも全く決める様子なし。

また妹2に実家まで母親を送っていかせるのも大変なので、私が電車で一緒に南越谷まで送って行く。
ダイエーの家電売り場も一緒にチェックすべく該当フロアに行ってみると・・・・・・。TVなど全くない。家電売り場には扇風機や空気清浄機くらいしかなくなってしまっている。調理家電は鍋などのフロアになっていて、ダイエーが家電部門を縮小するという話を実感した。
結局は、娘たちに車で連れていってもらわないと家電も買えなくなったことが母もようやくわかったらしい。
結局は、また世話をしないといけない。まぁ一緒に立ち会う方がムチャな高額商品買いを阻止できるということもあるのだが・・・・・。
電機店めぐりの2日間、実にお疲れであった(T-T)

写真は、「極楽湯」上尾店。
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10/08/07 TVオンエアで「劔岳 点の記」鑑賞でなぜか玉三郎を連想・・・


昨年の映画「劔岳(つるぎだけ) 点の記」は、封切前にチラシや北日本新聞の特別版を手に入れて気にしていたのだが、ついに見送ってしまっていた。そこで今回のTVオンエアを楽しみにしていて、ついに観ることができた。この夏のTVの買い換えで横長の大型画面で観ることになった(14→32型)のだが、実に雄大な景色が迫ってきた。こういう作品はTVで観るにしてもやはり大きな画面で観ると印象が違うものだと感心しながらじっくり鑑賞。

ただそれと裏腹だがBSの「ザ・スター」の玉三郎の回を見逃した。BSが観られるようのなったのにまだそういう感覚が身についていなくてチェックがもれてしまった次第。まだまだ新しいTVを使いこなせていない。

【劔岳 点の記】
原作:新田次郎 監督:木村大作
以下、あらすじを「cinemacafe.net」より引用、加筆。
明治40年。地図の測量手として、実績を上げていた柴崎(浅野忠信)は、突然陸軍参謀本部から呼び出される。「日本地図最後の空白地点、劔岳の頂点を目指せ」。当時は、陸軍参謀本部に所属している陸地測量部が日本国内の測量を行い、数多の山頂に三角点を設置、地図を作ってきていた。宗教登山の目的以外では、ほとんどの山は陸地測量部によって初登頂されてきたが、未だに登頂されていないのは劔岳だけ。また、創立間もない日本山岳会の会員も剱岳の登頂を計画しており、軍としては、山岳会に先を越されることを許すわけにはいかなかった。 柴崎は、その命を受け、剱岳付近に詳しく、人柄も優れた案内人・宇治長次郎(香川照之)らとともに、未踏峰の劔岳の登頂に挑む――。
その他の出演者:松田龍平、仲村トオル、宮崎あおい、役所広司、ほか

「点の記」というのは、三角点を設置した記録ということで、変なタイトルにようやく納得。測量部では以前、古田(役所広司)たちが挑んでいたが、あまりの険しさに断念していて、その任務を後輩である柴崎たちが引き継いだのだ。ところが創立間もない日本山岳会の小島烏(仲村トオル)たちが同じ時期に前人未踏破の劔岳に挑むことになって、マスコミがどちらが先に踏破するのかと煽りたてる。軍の上層部は威信をかけて一番乗りを迫る。
古田に紹介された案内人の宇治と下見に出かけた柴崎は、宇治の人柄に惚れ込んで測量部の部下たちと共に劔岳に挑むのだが、地元の複雑な状況という壁にぶちあたる。
剱岳というのは立山連峰の中でも一番険しい山で、その山岳信仰の中で「死の山」として登山を戒められていた。麓の御山信仰の篤い地域からは荷物を運ぶ人夫の手配が困難だった。さらに宇治は禁忌にこだわる息子とのあつれきを抱えていた。
ようやく人夫の数も揃い、雪解けを待って周囲の山から三角点の設置と測量をすすめる。その任務を果たしながらの劔岳踏破の挑戦になるので、山岳会の方が有利な状況にもみえる。そうなると若手の生田(松田龍平)があせり、民間人への差別意識をむき出しに宇治や人夫たちを頭ごなしに責めて団結を乱す。宇治と柴崎と生田の3人で行動した時に突然の嵐に見舞われたのを救ったのはベテランの測量士と人夫たち。ようやく謙虚になり対等な仲間意識をもつようになる。

また、天候の急変を察して山を降りる際に行者(夏八木勲)の祈祷の声に気がついて一緒に山を降りるというエピソードがあった。行者は感謝するどころか「なぜ助けた」と柴崎たちを責める。ここで命をかけた忘我の修行をしていたのだと思ったが、そこで柴崎のヒントになる言葉をくれる。劔岳に登れるとすれば「雪に向かって雪を背負って登れ」という言い伝えがあるというようなこと。
それが結局、劔岳の登頂のルートをどこにするかという決め手になり、雪渓を登っているルートをたどることにする柴崎。宇治も息子が自分の生き方を認めてくれてついにクライマックスへ。
難所を登るシーンは割愛。というか難所過ぎて撮影できなかったのではないかと推測。ついに成功するのだが、そこで見つけた先人の足跡。昔の行者の錫杖の金具の部分が置かれていた。成功の打電にも軍のトップは初登頂でなければ意味がないと言い捨てる(笹野高史が淡々と憎い態度!)。
劔岳の頂上に設置した三角点を向かいの峰で測量をしていると続いて登頂に成功した山岳会メンバーから手旗信号でエールを受け取る。2つのグループは劔岳を踏破した仲間として垣根を越えて気持ちを通わせる。柴崎たちも軍人民間人の垣根を越えて心がひとつになる。
CG・空撮なしで「行者」のように劔岳を踏破したキャストの表情は本物としかいいようがない。そこで広がる景色の素晴らしさ!!

私自身は山登りに特に興味があるわけではない。体力もないし、ちょっとの勾配で息が切れるので高尾山の散策くらいでも難行苦行の思いだ。そこで今回は何故こんなに険しい山に登ろうとする人がいるのかという疑問ももっての鑑賞。
柴崎が劔岳踏破に挑む中でしみじみと「厳しさの中にしか美しさはない」と言う台詞があり、まさにその「美しさ」に引きつけられて命もかけて登るのではないかと思い当たる。測量部のメンバーは任務なのだが、山岳会のメンバーはいかにもお金持ち集団。生田あたりから「お遊び」だと揶揄されていたのを、途中でそれを「そうかもしれない」と認めてしまったりしているのだが、それにしても「命をかけてなぜ遊ぶのか?」という疑問を持ってしまっていた。

今回は大画面で観ることができた北アルプスの山々の連なる映像に、この美しさを観たいがために命をかける人もいるだろうなぁとハタと納得してしまった。

さらに、信仰の力である。普通の信者には「死の山」だから登ってはいけないという禁忌をつくっているのに、命をかけた行をする者には最初に踏破した行者から口伝でヒントが伝わっていたのだ。それも命がけで観る山の「美しさ」の中に超然とした存在を体感できるという荒行のひとつとして伝わっているのだろう。

さらに私は、この台詞を聞きながら私は玉三郎を連想していた。BSのことは全く知らなかったにも関わらずだ。まさに「全ては舞台の美のために」という玉三郎丈の厳しいまでの芸へのストイックさがあの「美しさ」を生み出しているのだろうという思いに至っていた。山の美しさからそこまでいくのは「神々しいまでの美」という私の玉三郎へのイメージの重なりからだろう。
明日の夜のハイビジョンのオンエアで「ザ・スター」の玉三郎をしっかりと見ようと思っている。

冒頭の写真は、「劔岳 点の記」のDVD。
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10/07/24 マーロウの「ファウストの悲劇」の猥雑さ、救いのなさに考える


最近は観劇前に下調べをするような余裕もなく、昔々に少年少女版世界文学全集にあったゲーテの作品を読んだ記憶からは、悲劇では終っていなかったはずの「ファウスト」。
蜷川幸雄演出で野村萬斎主演とくれば迷うことなく観劇を決定し、同じく萬斎贔屓の玲小姐さんとご一緒した。観劇前後の行動はこちら
【ファウストの悲劇】演出:蜷川幸雄
作:クリストファー・マーロウ 翻訳:河合祥一郎
出演:野村萬斎、勝村政信、長塚圭史、木場勝己、白井晃、たかお鷹、横田栄司、斎藤洋介、大門伍朗、マメ山田、日野利彦、大川ヒロキ、二反田雅澄、清家栄一、星智也、澤魁士、市川夏江、大林素子、時田光洋、中野富吉、大橋一輝、手打隆盛、鈴木彰紀、川崎誠司、浦野真介、堀源起
Bunkamuraの公式サイトはこちら

上記の公式サイトのあらすじにちょっと疑問があるので、自分で書いてみる。
ファウスト博士は知識欲が旺盛で次から次へと修めていったが、どの学問にも最後には無意味さを感じ、ついに黒魔術の世界に手を染める。なるようにしかならない人生であれば悪魔に魂を売ってでも全能の力を手にして思うがままに生きる道を選ぶ。
魔方陣を描いての呼び出しに現れたのはルシファーの召使いであるメフィストフェレス。血の契約書をもって、メフィストフェレスを自分の召使にして好き放題に24年間を生き、その後は魂を渡すことにする。
ファウストは実に傲慢な人間なのだが、神をも畏れぬ一歩を踏み出したことで葛藤に襲われる。良心が「善天使」の欲望が「悪天使」の姿となってファウストの前に現れて囁くが、いつも欲望が勝ってしまい、メフィストとともに世界を旅しながらやりたい放題をする日々を送る。度々「二人の天使」の姿をもっての葛藤はするものの、ファウストの放埓は続く。
ところが約束の24年はやはり着実に過ぎていく。時が迫り、地獄にゆく恐ろしさが増してくるファウスト。神による救いがないことへの絶望に襲われるファウスト。
悪魔に魂を売ったことを心から後悔し、神に救いを求める死の直前の長い長い独白がすごい。
「千年、十萬年、地獄に住まわせようとも、最後には救ひ給へ!」
そうしてとうとうメフィストが勝ち誇ったようにファウストの魂を奪う幕切れ。
やはり悲劇だった!

しかしながら、その途中は滅茶苦茶なコメディタッチな舞台であり、初期の井上ひさし作品のような猥雑さに満ち満ちている。まるでファウストが「表裏源内蛙合戦」の平賀源内に重なってみえた。若手スタッフの企画に蜷川幸雄が乗ったということだが、いただく蜷川大将の性格をよくわかっていて乗せてしまうスタッフたちを讃えたい。その上で巨匠は稽古直前まで考え抜いて歌舞伎小屋での「ファウスト芝居」上演という入れ子構造の演出を思いついたらしい。
客席の提灯や定式幕はコクーン歌舞伎の時のようだし、狂言回しの木場勝己はちょんまげ頭のピエロの拵えで登場。中越司の舞台装置は奥に歌舞伎小屋の楽屋が透けてみえる。正統な衣裳の天使たちや漫画チックな悪魔たちが、宙吊りでかなり安っぽく登場するのもご愛嬌。舞台の下の部分はわざと見えるようにしてあって、場違いな衣裳で現れたメフィストフェレスが地下に姿を消して着替えるところも見せて客席を湧かす。

長塚圭史は前半は奥で飲んだくれている役者の一人でいて、第2幕で初めて飲んだくれの騎士ベンヴォーリオとして登場し、ファウストに散々にやられるという仕掛けもあり。遠いヨーロッパの昔の傲慢なファウストの話ではなく、コクーン歌舞伎を楽しんでいる現代の日本人の生き方にもこんな傲慢さがありはしないかという蜷川幸雄の挑発だろうか?!

野村萬斎は、「オイディプス王」同様に実に傲慢な人間が似合う。傲慢な人間でありながら、実にカッコいい!首を切られたはずがまた首が生えるという場面など足捌きの美しさに惚れ惚れする。
さらにその傲慢さゆえに滅びていくことへの悲嘆のスケールの大きさは、古典芸能の芸の力でこそ表現できるのだと今回のファウストでも痛感する。松本幸四郎もオイディプス王を演じているのを高校時代に観ているが、萬斎の方が身を滅ぼした後の惨めさとの落差が出る。萬斎の華奢な身体が活きるのだろうと思う。

「表裏源内蛙合戦」で“裏”の源内役だった勝村政信のメフィストフェレスが実に魅力的だった。美味しい役ではあるが、勝村のとぼけた味が可愛いすぎる。そしてファウストの召使でありながら、実はファウストを支配していっているというのがよくわかる。
野村ファウストと踊るタンゴは勝村メフィストがリードする。「ラ・クンパルシータ」と思われるポピュラーな曲に乗って踊られる男どうしの官能度の高いタンゴにわしづかみにされ、これだけでも満足してしまいそうな程だった。しかし、冷静にその意味を考えると、やはりファウストが欲望=メフィストの虜になっているということの表現だろう。

ゲーテの「ファウスト」との違いは、最後に救いがあるかないかと、女性の存在感にあると思う。ゲーテの作品ではファウストがひどい目にあわせた乙女の魂によって、最後には神の赦しを得られるという結末で締め括られる。ところがマーロウの作品は徹底的に救いがなく、登場する女性もあまり大きな役割がない。
それは、マーロウという作者の人間性が投影しているからということのようだ。マーロウは無神論者で男色家だったという。さらに暗殺ともいわれる不審な事件によって若くして殺されている。政府のスパイをしていたという説もあり、死の予感をもってこの作品を書いたとも言われているようだ。無神論者で男色家という当時では異端な生き方をしていたマーロウが、死を予感しながら傲慢な生き方をしてきたことを悔やんで嘆き、最後には救いをもとめた気持ちがファウストの最後の嘆きに投影していたのではないだろうか。

それにしてもファウストが魔力で呼び出した美女が大林素子だったり、女装の鈴木彰紀(つくりもののおっぱいもよくできていたし、美しいニューハーフさんのようだった!)だったりしたことで、小柄な萬斎とのギャップを強調して本当の愛の相手ではないという演出だったように思う。マーロウのファウストは女を本当には愛せないという設定なのだろう。

脇役はみんな何役も兼ねて好演しているが、ベルゼバブ大王ほかをこなしたマメ山田の存在感と「善天使」の清家栄一と「悪天使」の二反田雅澄が特に記憶に残った。蜷川組初参加の白井晃も淡々としていてよかった。
 
ファウスト伝説を主題にした文學作品はいろいろあるらしい。実在したファウスト博士についての情報はこちらをご紹介(Wikipediaの「ゲオルク・ファウスト」の項)
Wikipediaの「クリストファ・マーロウ」の項はこちら
以下のサイトも参考にさせていただいた。
岡田俊之輔氏の「ファウスト的自我の運命——マーロウ、ゲーテ、バイロン」はこちら
しのぶの演劇レビュー: Bunkamura『ファウストの悲劇』
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