ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

08/07/12 赤坂ACTシアター「かもめ」千穐楽

2008-07-14 23:59:57 | 観劇

昔々NHKで劇団四季の「かもめ」の最後の最後の場面を見た。「私はかもめ」といううわごとのまじるニーナの長台詞くらいからだ。ニーナは誰か覚えていない。トレープレフは若き日の市村正親。暗い結末の芝居だなぁと避けて通ってきた。
舞台観劇は「桜の園」と「三人姉妹」。それ以降、チェーホフは苦手かなと敬遠。戯曲はちゃんと読んだことなし。
昨年、井上ひさしの「ロマンス」を観て、「かもめ」あたりからリベンジしてみようと決意。いいタイミングの上演だった。

神西清訳の新潮文庫で予習。ロシア人の名前にひっかかりながら1回目を読んだが面白さまで到達せず。意地で2回目を読み始めると格段に面白くなって、帰宅時に電車を乗り過ごした。戯曲に「かもめ-喜劇 四幕-」とあるが、なんとなく喜劇だとわかってきたぞ。
ウィキペディアの「かもめ (チェーホフ)」の項はこちら(あらすじはこちらを参照)

作:アントン・チェーホフ 翻訳:沼野充義
演出:栗山民也 美術:島次郎
主な配役は以下の通り。
藤原竜也=トレープレフ(コンスタンチン)作家志望の青年
麻実れい=アルカージナ:大女優、トレープレフの母
鹿賀丈史=トリゴーリン:アルカージナの愛人、売れっ子作家
美波=ニーナ:トレープレフの恋人、女優志望
勝部演之=ソーリン:アルカージナの兄
藤木孝=シャムラーエフ:ソーリン家の支配人、退役中尉
藤田弓子=ポリーナ:シャムラーエフの妻
中嶋しゅう=ドールン:医師
たかお鷹=メドヴェジェンコ:教師
小島聖=マーシャ:シャムラーエフの娘、

マーシャはウォッカとかぎタバコに依存している設定なのだが、「かぎタバコ」とは何かが戯曲を読んだ段階で気になってネット検索。しかし何通りもあるので舞台ではいきなりその場面に注目!粉タバコを鼻から吸い込んでいる!これでは医者のドールンが取り上げてケースを投げ捨てるのも無理はない。マーシャはトレープレフに片思いして思いつめ、薬物依存状態じゃないの!!喪服姿で愛する男を見つめ続ける姿が痛い。小島聖は蜷川演出の「ひばり」でも素晴らしかったし、今回もいい。
たかお鷹の風采の上がらない教師メドヴェジェンコが情けない男度120%。彼女にゾッコンで6kmを往復して通い詰めているのをけんもほろろ。安心して侮蔑した態度をとれるという関係性も哀れ。
ニーナがくる足音を聞き取るトレープレフの喜びの表現はロミジュリの舞台を彷彿とした。ふたりは周囲も公認の恋仲。ところがふたりの志向は最初から違うようだ。ニーナは有名な流行作家トリゴーリンの作品が大好きだが、トレープレフは否定的。母の愛人であることからの反発だ。
母アルカージナは年下の男トリゴーリンを片時も離さない。自分の領地に戻る時も同道している。麻実れい・鹿賀丈史が愛人関係で共演するというのはなんとも贅沢だが、麻実れいが登場から光輝いているのに鹿賀丈史は光を消している。これは凄い。そうそうトリゴーリンの役はこれくらいでいい。
母と息子が「ハムレット」からの台詞の引用でやりとりする場面などは麻実れい・藤原竜也の芝居としてもゾクゾクする。この母子関係の愛憎はすごい。ハムレットとガートルードを下敷にしたイメージが生きる。チェーホフの戯曲はすごいぞ。

美波のニーナは、大きな目が生きるナイスなキャスティングだ。「エレンディラ」が素晴らしかったが、今回も期待を上回っている。このニーナに気持ちをぶつけられたら、トリゴーリンも二股に走るのも無理がない。トリゴーリンの浮気心に素早く気づいて釘を刺すアルカージナがつばめちゃんを組み敷いて自分に気持ちを向けさせるところなど、麻実・鹿賀の大人の芝居が実に滑稽でいい。
チェーホフのいう喜劇の質がだんだんわかってくる。冷たい目で人間の愚かな生き様を観察してそのまま見せてくれる、それが滑稽なのだ。さらに今回は沼野充義の新訳。細かいところでも笑えるような翻訳になっている。特に笑えたのが、アルカージナとトレープレフのくんずほぐれつの母子喧嘩。「ケチ!」→「ボロすけ!」・・・・・・「パラサイト!」まで飛び出した!神西清訳よりも今の時代にフィットしている。
アルカージナって本当にお馬鹿で可愛い女だ。息子を愛しながらも女優である自分がきちんと着飾れることにしかお金を使おうとしない。息子が嫌がるのに色恋も我慢しない。あらゆる言葉を尽くして男をキープする。トレープレフにとっては不幸だが、こういう母子もあっても仕方がないと思える。
だからこそ、エンディングの銃声で息子の自殺を予感したアルカージナとドールンに言われてサポートに入ったトリゴーリンが微妙な表情で見つめあうストップモーション、そこへのスポットライトが生きた。アルカージナとトリゴーリンのカップルの自業自得。悲劇であり喜劇である。

ニーナとトレープレフの関係も悲劇であり喜劇。ニーナはトリゴーリンを追って田舎を飛び出し、子どもまで出来たのにその子は死に、女優業もドサ回りまで落ちている。精神も不安定なままだが、あと戻りはしようとしない。自分を捨てたトリゴーリンへの愛を口にするのを聞いたトレープレフ。彼にはこの世で生きる力が残っていなかった。
チェーホフはイプセンの影響を受けたらしいが、ニーナはノラにつながっているような気がする。

主な登場人物10人のうち8人までが色恋でつながっているというすごい設定。
ニーナ→←トリゴーリン←→アルカージナ←ドールン←ポリーナ
↓↑
トレープレフ←マーシャ←メドヴェージェンコ
こうして見るとやっぱり一番のキーの人物はニーナだ。だから「かもめ」なんだろうな。
愚かしくも可愛い恋情の鎖からひとり羽ばたいていくニーナ。彼女がこの2年間で学んだのは「大事なものは・・・・・・耐える力」だということ。
これって、井上ひさしの「ロマンス」でも感じたテーマだ。「人生は忍耐」だ。そうか、喜劇を通じてチェーホフも井上ひさしもそういうメッセージを伝えてくれたんだなぁ。

舞台装置はシンプルだったが、その分芝居に集中できた。栗山演出も戯曲に忠実に演出したという。カンパニーの息もあって、チェーホフの難しい作品をきっちり見せてくれたのが嬉しい。今回は一万円のチケット代を奮発したせいもあり、一階Q列で藤原君のかすれ声もぎりぎり意味はわかった。元がとれないと嫌だから予習をした効果もあるかもしれない(^^ゞさらに千穐楽だけあったのかもしれないが、今日の舞台なら満足できた。

それと事前に一番嫌だった藤原竜也のひげが本番ではなかったのが嬉しかった。主演した映画「カメレオン」の役の関係でスチール撮りした時の髪型と髭がああだったんだろうなぁ。髭ありの藤原竜也は「オレステス」で懲り懲り。第4幕のオールバックヘアはなかなかよかったぞ。ただ戯曲ではトレープレフは綺麗な声という設定なので、あのハスキーボイスはちょっとイメージに合わない。喫煙している写真か何かを見たことがあるが、喉の弱い役者はいかがなものか。
写真は今回の公演の宣伝サイトの画像。

今回はsakuramaruさん・北西のキティさん・あいらぶけろちゃんさんとうちの娘で終演後に赤坂Bizタワーで食事をした。楽しい時間を有難うございますm(_ _)m
それと花梨さんの記事で劇場の行き方のアドバイスがあったのが有難かったm(_ _)m
それにしても赤坂ACTシアターは評判どおりのロビーの狭さ!ロビー全体が歌舞伎座のお土産店コーナーあたりの混雑レベル。チケット代の安い席の設定がないし、今後はよほどの作品でない限りは行かないぞと決意した次第。


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18 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
早速のTBありがとうございます (ハナ♪~)
2008-07-15 22:23:00
いろいろとお取り込みのところ変わらぬTBありがとうございます

この年齢になって(<謎笑)、
チェーホフの面白さが少しだけわかった気がします。

赤坂も変貌を遂げましたが、私がかつて短いOL時代に生息していたエリア近いものですから、その変化には拍手を送りたいと思います。
あの近辺はマスメディアの方が多いけれど(TBSがあるから)通りは暗かった。
今は人通りも多くなって、ちょっと大人な雰囲気が嬉しいですね。
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わざわざありがとうございます (花梨)
2008-07-16 01:00:44
ぴかちゅうさん、こんばんは。

赤坂ACTシアターへの行き方情報、お役に立ったようで何よりです!
そしてわざわざウチのブログまで紹介頂き、ありがとうございます。

私もオールバックヘアの藤原くんは、ちょっと好きでした。
ただチェーホフの戯曲はまだまだ私には敷居が高いです
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観たかったなあ・・・ (恭穂)
2008-07-16 23:52:06
ぴかちゅうさん、こんばんは!
力作のレポ、興味深く読ませていただきました。
実は私、この舞台観にいくことが出来なかったのです。
なので、私の方こそぴかちゅうさんの記事で、
「かもめ」をイメージできたような気がします。
ありがとうございましたv
結果、私自身はまだ「かもめ」を喜劇として認識するには、
人間として未熟かもしれないなあ、と思いました。
でも、光を消した鹿賀さんやはまり役だった美波ちゃんを生で観てみたかったな、というのも正直なところです。
またお会いした時に、お話を聞かせてくださいねv
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皆様、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2008-07-17 00:45:33
★ハナ♪~さま
チェーホフの面白さがわかっていなかったのですが、井上ひさしのチェーホフの評伝劇「ロマンス」を観て一念発起しました。
それにしても日本にはあまりこういう喜劇がないので、なかなか馴染みにくいんじゃないかなぁといろいろと考えてます。同じ戯曲集に「ワーニャおじさん」もあるのでそちらも読まなくちゃ。それと確かもう一冊「桜の園」が入っている本がどこかに眠っているはずだと思っているのですが見つからず。チェーホフを冷遇しすぎてました、反省!!
★花梨さま
行き方情報、大いに助かりましたm(_ _)mそのことでこちらの記事を私の方でご紹介したのでのでTBさせていただいた次第です。
>私もオールバックヘアの藤原くんは、ちょっと好きでした......かなり新鮮でした。3幕から4幕への2年の経過もわかりやすくなったように思います。チラシを整理していたら映画「カメレオン」のもあって、やっぱり髪型と髭はそちらの役になっている時のものだと確認。悪いけれど、映画の方は松田優作主演の企画だったのだし、藤原くんには合っていないと思います。「花より男子」の時に見た予告編でも全く食指が動きませんでした(^^ゞ
★恭穂さま
どうしても都合がつかなくて見送ってしまっていた亀治郎×亀鶴の全国巡業公演のレポを読ませていただき有難かったです。感謝!!
「かもめ」は難しい作品だと思います。一緒に観た娘も難しかったと言ってました。
昔は新劇とかでよく上演されていたようですが、玄人好みの演目かもしれないと思ってしまいました。それを大きな劇場でやったんですから、挑戦的な企画だったんじゃないでしょうか。
私もせっかく乗っているので、戯曲を続けて読んでみようと思っています。
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難しい4幕目 (北西のキティ)
2008-07-18 00:36:05
(打ち落とされた)カモメと自分のことを何回も言っていたニーナだが、それでも、たくましく生きていく。順調にいっていたトレープレフの方が自殺してしまう。これは、ちょっとした驚きでした。チェーホフの戯曲に興味がわきました。今回の公演はS席取って観に行った価値がありました。


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素晴らしい! ()
2008-07-22 00:57:55
ぴかちゅうさんの感想を読んで、
改めて色々な事が理解できました。(笑)

>冷たい目で人間の愚かな生き様を観察してそのまま見せてくれる、それが滑稽なのだ。
チェーホフが言うところの「喜劇」の解釈が理解できなかったのですが、
この一文を読んで納得しました!
そういう意味では、この舞台に登場してくる人は、
皆それぞれが滑稽で不器用な生き方をしてますね。

私はマーシャ演じた小島聖嬢に感情移入しまくってました。(笑)
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なるほど~~! (かずりん)
2008-07-22 19:47:44
お芝居を観ただけでは、私も???でした。
脚本購入し、帰宅後読むと
あら~~?!結構面白いよくできたお話なのでは
ないか・・・と思いました。
これって、古典の域に入るんですかねえ?
だとしたら、こちらもこういう作品には
ちょっとした下準備して臨まなきゃいけないかな~
なんて、思ったりしました。
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続・皆様TB、コメント有難うm(_ _)m (ぴかちゅう)
2008-07-22 23:33:37
★北西のキティ様
ニーナがかもめって言う時は、飛んでいるかもめのイメージなんじゃないかなぁ。トレープレフの方は撃ち落としたかもめのように自分も死ぬって予告していたと思います。4幕でシャムラーエフがトリゴーリンにご依頼のかもめの剥製ができてますってしつこく言って、トリゴーリンが2回ともとぼけるでしょ?あの場面、ニーナを短編小説の題材にしてしまったことをトリゴーリンが確信犯的に自覚しているのを表しているのかなぁと思って観ていました。
それにしても鹿賀丈史贔屓どうし、ご一緒できてよかったです(^O^)/
★「ARAIA -クローゼットより愛をこめて-」の麗さま
井上ひさしの「ロマンス」で苦手だったチェーホフにリベンジする気になり、その最初が今回の「かもめ」になりました。戯曲を2回読んで行ったせいか、このややこしい人間関係の芝居を今回のキャストが演じてくれるのかという視点で観る事ができ、また千穐楽だったということもあってか、重苦しい内容なのにキャストの息もぴったりで微妙な滑稽さも感じ取れて堪能しました。
戯曲を読んでよくわからなかったマーシャのかぎタバコに注目して観たのですが、あの異常さにまいりました。小島聖のストーカー的片思いが成就しないストレスをメドヴェージェンコにあたり散らすことで発散、彼もそれに気づきつつマーシャに相手にしてもらえればそれも構わないという関係性の凄さに唸ります。
藤原くんが蜷川さんに「かもめ」のトレープレフの役がよくわからないともらしたら「読み込みが足りないんだ」と怒られたとプログラムにありました。やっぱりチェーホフは簡単にわかろうとするのが甘いようですね。噛まないと美味しさがわからないスルメって感じかもしれないです。せっかく戯曲が手元にあってツンドクだったのを少しずつ読もうかと思い始めました
★かずりん様
>これって、古典の域に入るんですかねえ?......1895年に執筆されてますから、現代劇ではないでしょう。近代の作品ですね。
難しそうな作品は一回観てチケット代の元をとれるようになるべく戯曲を読んでから観るようにしています。金も暇も気力体力もないので何回も観て理解を深めていくという観方ができないです(^^ゞ
チェーホフは読み込むほど深く味わえるということがわかったのが大収穫でした!
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悲劇であり喜劇 (スキップ)
2008-07-26 00:50:02
ぴかちゅうさま
「喜劇」というには重いお芝居だなぁ、と思っていたのですが、ぴかちゅうさんのこのレポを読ませていただいて、“チェーホフの喜劇”のニュアンスが少しわかったような気がします。
やっぱり戯曲は読み込まないといけませんね。
いつもぴかちゅうさんには教えられてばかり。
ありがとうございます。

ところで、市村正親さんのトレープレフ、観てみたかったなぁ~(スミマセン、くいつくのがこんなところで)。
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ウシみたいに一生反芻して楽しみます。 (とみ(風知草))
2008-07-30 23:29:51
>ぴかちゅうさま
ご無沙汰しています。
万全の予習で臨まれ期待どおりの結果が得られたことをお喜び申し上げます。
風知草(フウチソウ)ならぬ放置草(ホウチソウ)状態で拙宅は草茫々でございます。
こういう凡人俗物ばかり登場する舞台だからこそ,綺羅星の如くスターを投入しないといけないと思いました。
そのかみ,チェーホフはプロレタリアの台頭という曲解した演出の時代があったと記憶しています。幼心なりにヘンでした。栗山演出さいこーです。
あ,栗山演出森光子さん主演の桜の園と蜷川演出麻実れいさん主演の桜の園は,ワタクシ的には断然前者に一票です。
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