07/08/19 納涼歌舞伎一部②「越前一乗谷」


納涼歌舞伎一部2つめの演目は長い舞踊劇なので居眠り防止にイヤホンガイド!眠気にも襲われることなく、けっこう楽しんで観ることができて大正解!!
【越前一乗谷(えちぜんいちじょうがたに)】
本興行では初めての上演で、水上勉が台本を書き上げ、尾上菊之丞が流麗な舞踊劇に仕立てた作品とのこと。あらすじは公式サイトよりほぼ引用。
「越前領主の朝倉義景は、織田信長方に寝返った従兄弟の式部大輔景鏡らに追いつめられ、妻の小少将と一子愛王丸を残して自刃。非業の最期を遂げた義景も壮絶なら、生き残りながらもわが子を奪われ、景鏡や羽柴藤吉郎に引き渡される小少将も地獄。」
今回の配役は以下の通り。
小少将(こじょうしょうと読む)=福助 
朝倉義景=橋之助 愛王丸=鶴松
式部大輔=亀蔵 羽柴藤吉郎=勘太郎
郎党=勘三郎、三津五郎、七之助、松也、新悟、市蔵、高麗蔵、彌十郎

朝倉義景は浅井父子とともに織田信長に討たれ、頭蓋骨の頭頂部を黄金に塗った杯にされてしまった人物というくらいの認識だった。小少将とのエピソードは今回初めて知った。
開幕は尼の姿の小少将が幸せだった頃を回想するところから。米がよくとれて小京都と呼ばれるくらいの栄華を誇った越前一乗谷での朝倉義景の公家のような暮らし。それも優雅な舞で表現される。
それも織田方の軍勢が攻め入ってきて破られるのだが、戦を舞踊で表すというのがけっこう面白かった。朝倉方、織田方のそれぞれの武者たちが馬に乗って駆けていく様子を足でステップを踏む群舞で表現。太棹三味線に乗った舞踊というのも迫力。ご贔屓の葵太夫の語りもいい。双方の郎党の一騎打ちを勘三郎と三津五郎が踊りで見せてくれたのはなかなかの見ものだった。

あえなく敗れた義景は「必ず生きよ小少将」と一族の菩提を弔うためにも生き残るように申し付ける。立腹を切った義景が襖に血文字で辞世をそれも漢文で書き付けるところが凄かった。相当に教養高い人物だったわけだ。しかしながら武将としての才能はあまりなかった感じがする。

小少将は愛王丸の命は助けるという言葉を信じてまずは景鏡の側女になり、次には藤吉郎の側女にされてしまう。北国一の美人だけに勝利者は当然のように自分のものにするのだ。その愛王丸も信長の命令で殺されていたことを知って自害しようとしてできず、その刃で髪をバッサリ切って出家。
最後は小少将が冒頭と同じ尼の姿で出てきて一族を弔う思い入れで幕。アレ、これも「夢幻能」のスタイルをとっているんじゃないかな?!

福助の小少将は美しく抑制もきいていて嘆き悲しむ場面も情感たっぷりで◎!橋之助の義景と並ぶと本当に見栄えがする。兄弟で立女方と立役というのも息が合っていて良い。橋之助は9月演舞場の「憑神」に備えて一部だけの出演。一部は勘太郎も橋之助も立腹を切るという共通性のある演目というのもあらためてスゴイと思ってしまった。成駒屋も中村屋も兄弟でいい役者になっているのがこれからも楽しみ。

勘太郎の藤吉郎はまだまだ雰囲気が出ていない感じだったが熱演。郎党は若手から中堅までずらっと揃って元気に踊っていたのが観ていて気持ちよかった。
台詞もあってきちんとした芝居仕立ての舞踊劇だったので、睡魔が襲ってこなかったのかもしれない。けっこう満足して一部を打ち出されてきた。

写真は歌舞伎座正面の「納涼歌舞伎」の垂れ幕。
一部と二部の間はけっこう時間があったので、小諸そばで冷たい蕎麦を食べ、クレムリに回ってソフトクリームも食べた。ハシゴの備え十分?(笑)
8/19一部①「磯異人館」の感想はこちら
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07/08/19 納涼歌舞伎一部①「磯異人館」


納涼歌舞伎を3部とも全部観るのは今年が初めてかもしれない。一部二部を続けて3階B席で観た。明日の千穐楽で三部を観る前にせめて1本だけでもアップしておこう。
【磯異人館(いそいじんかん)】
後半の「越前一乗谷」が長い舞踊なので居眠り防止にイヤホンガイドを借りたら大正解。幕末の薩摩についてここまで富国策をとっているとは知らなくていろいろなことをなぁるほどと聞きながらドラマを楽しんだ。「明治百年」記念の懸賞演劇脚本の当選作で二十年ぶりの再演。初演では勘九郎が主演で父子で演じることになった。
配役は以下の通り。
岡野精之介=勘太郎 琉璃=七之助
五代才助=猿弥  岡野周三郎=松也
折田要蔵=家橘 折田要蔵の息子・金吾=橘太郎
松岡十太夫=橋之助 松岡十太夫の娘・加代=芝のぶ
ハリソン=亀蔵     
あらすじは公式サイトから前半をほぼ引用。 
「薩摩藩士がイギリス人を殺傷し、薩英戦争にまで発展した生麦事件から四年。責任を負って切腹した岡野新助の息子精之介は、イギリス人技師を招いた産業科学工場の集成館で薩摩切子づくりに励む温厚な職人。弟の周三郎は集成館の警護役をつとめる血気盛んな武士。精之介は藩で外務を担当する五代才助からヨーロッパへの留学を勧められ夢を膨らませている。そして琉球国の王女で集成館総裁の松岡十太夫の養女となっている琉璃と互いに魅かれ合っている。琉璃は薩摩藩の人質同然の身で、イギリス人技師のハリソンからの求婚を拒否することができない」
弟周三郎は作事奉行の折田要蔵父子に不当に警護役を免職され脱藩。精之介は瑠璃への思いもあきらめ、パリの万博に出品する薩摩切子の作品づくりに没頭。桜島噴火の燃える火の色をガラスの色に出すことをとうとう成功させるが、留学は辞退しようとする。瑠璃はロンドンで求める薩摩切子に精之介を想うことで耐える決意を示し、ガラスの本場ベネチア・ボヘミアを観にいく夢をかなえてほしいと説得。瑠璃の思いにこたえて精之介もパリ行きの船に乗り込む決意を固める。
そこへ周三郎が戻ってきて才助が匿うことを約束してくれるのだが、周三郎をかぎつけた折田要蔵父子に見つかってしまう。弟を斬り捨てようとする要蔵を精之介が斬るが、自らも深手を負ってしまう。周三郎も息子の方を斬るが、その責めを自分が負う咄嗟の判断をくだす精之介。駆けつけた才助と瑠璃に弟を船に乗せて逃がすことを頼んで送り出す。
場面が変わって集成館の表に出てきた精之介。錦江湾を汽笛を鳴らして出て行く船を見送り、皆への思いを祈り上げながら桜島を背に見事に立腹を切るのだった。

納涼歌舞伎第一の演目は、若手の魅力全開の舞台だった。勘太郎がとにかくイイ。素朴で誠実で実直な青年の役柄に勘太郎の人柄が重なって、そのひたむきさが胸を打つ。七之助の琉璃の琉球紅型の王女の姿も硬質な美しさが際立っている。この兄弟の恋人どうしという配役は「三人吉三」の薄幸の兄妹といい、独特のせつなさがあるのがいい。最後の立腹を切る場面がまた見せ場になっている。勘三郎の弁天小僧が立腹を切る場面も一度見たが、勘太郎の今回の方がよかった。気合の入れ方とか刀の捌き方とかとにかく見入ってしまった。自殺の場面なのに所作として見せてしまうというのがまた歌舞伎なのかなぁと思ったのだが。
松也の周三郎も若く血気盛んな美しい若者で魅力的で、勘太郎との兄弟の気持ちの通い合う感じがまた嬉しい。周三郎に思いを寄せる加代の芝のぶが寄り添うと本当に綺麗で可愛い似合いのカップルになる。
猿弥の五代才助がまた情けに厚く、これからの時代を背負っていく若手リーダーの器の大きさを感じさせる。
家橘と橘太郎の敵役父子も憎憎しい感じがよく出ていて、悲劇を引き起こす説得力あり。また赤毛物的鬘とメイクでイギリス人の変な日本語っぽい台詞回しで好演していた亀蔵と山左衛門もすごい存在感だった。
若手役者のパワーを引き出すには、こういう明治維新前後の時代が激動しているドラマというのはまさにもってこいの作品なのだとあらためて思う。しっかりと目頭を熱くさせられた。

写真は『目で観る歌舞伎』の表紙の「磯異人館」を撮影したもの。「磯異人館」とは集成館のイギリス人技師のための住居が磯地区にあったことによる。
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07/08/26 映画「怪談」のちオフ会


三遊亭円朝原作の「真景累ヶ淵」が菊之助主演で映画化された。私はホラー映画が苦手。「リング」などで有名な中田秀夫監督の作品ということにさらに怖気づき、菊之助贔屓どうしということでさちぎくさんにおつきあいいただいて丸の内ピカデリーで観た。
あらかじめさちぎくさんの「すずめ二人会」の怪談「真景累ヶ淵」の‘豊志賀の死’の上演をご覧になったというレポを読んで心の準備もOKに。
講談師の一龍斉貞水が新吉の父が豊志賀の父を斬り殺したという因縁話を語った上で物語の世界へ。

配役は以下の通り。
尾上菊之助=新吉(煙草売り)
黒木瞳=豊志賀(三味線の師匠)
井上真央=お久(豊志賀の弟子)
麻生久美子=お累(羽生で新吉の妻となる)
木村多江=お園(豊志賀の妹)
津川雅彦=お累の父でお久の伯父
瀬戸朝香=お賤(芸者あがりでお累の父の妾)
榎木孝明=(新吉の父)、六平直政=(豊志賀の父)、他
あらすじは省略。
菊之助の新吉は登場から美男子オーラ全開。ところが黒木瞳の豊志賀は登場から粋な三味線の師匠というにはかなり無理がある。ここで二人が運命的な一目惚れをするというところから納得がいかない。ということで作品からの距離がぐっと開いてしまった。黒木瞳の切れ長でない目がこの役には合わないのではないか?アップで何回も大写しになるのだが「魔性の女」度が薄い。だから幽霊になってからもあまり怖くない。一番怖かったのはこの写真の場面くらい。

ただし菊之助の美男子さは可愛いという感じで、何人も女が惚れて放っておけなくなるというフェロモンは感じない。伏し目にしている時はいいのだが、目を開いて微笑むと女顔的なのだ。睫毛も長くディズニーのバンビちゃんのお目目みたいに見えてしまった。とにかく可愛い。映画評論家?のおすぎは好みのタイプなのであんなに「綺麗、綺麗」と騒いでいたのだろうなぁと思った。私の脳裏に残る菊五郎の若い頃の大河ドラマの義経のお顔の方が女が放っておけなくなる美男ぶりだった(あらためて菊パパの若い頃を回想)。

豊志賀が顔にできた傷が悪化して身体も弱り、新吉に見とられることなく「この後女房を持てば必ずや取り殺すからそう思え」という遺書を残して死ぬ。継母のいじめに耐えかねて羽生の伯父を頼っていくお久とともに駆け落ちを決意しようと新吉が決意した矢先のことだ。その怨みの言葉通り、新吉に関わった女たちは次々と新吉に殺されてしまう。いずれも豊志賀の亡霊が新吉を恐怖に追い込んで錯乱させた上でのことだ。
お久は師匠の豊志賀の亡霊の気配を感じながら羽生に向かっている。羽生の一歩手前で豪雨に足止めされたのは累ヶ淵。恐怖の中で「新さんはどうしてそんなに綺麗な顔なの」と問うのだが、私としてはここが今ひとつ盛り上がれなかった。井上真央のお久があまり好みでないせいでもある。あまりにもギャルっぽいのがダメ。
お累の麻生久美子は影が薄い感じが○。お園の木村多江も○。木村多江にもう少し花があったら豊志賀がいいかもしれないと思えた。お賤の瀬戸朝香は顔はいいのだが、しゃべり方やしぐさや芸者上がりにみえないので△。
お累の父の津川雅彦はいい味を出していて◎。「有頂天ホテル」でもそうだったが、年をとってもお盛んなおじさん役にぴったりハマる役者だ。因縁のふたりの父親の榎木孝明と六平直政も○。
新吉はお累の父まで殺し、犯人として追い詰められて抵抗。大量殺人の末に自分も瀕死の重傷。お園に助けられて舟に乗せられたものの累ヶ淵で水の中に引きずり込まれる。最後にお園の前に姉の亡霊が新吉の首を抱いて現れる。まるでサロメとヨカナーン。新吉も豊志賀もお互いに微笑んで満足したように消えていく。ここでようやく因縁は断ち切られたのか?!

主要な女優陣3人に満足が得られなくて残念。菊之助のアップを楽しめたから1000円で1回観るならまぁいいかなという作品だった(歌舞伎会カードで割引!)。1800円で観たくないと言った友人は正解?!

その後、映画を観た2人にお茶会から合流の3人でデニーズでオフ会。一人はNYに勉強に行って帰国の直後だった。ブロードウェイで「オペラ座の怪人」「レ・ミゼラブル」と勘三郎のNY公演も観てきているのでその熱いレポもしてくれた。
歌舞伎座建替え中の歌舞伎の海外公演をNYでもロンドンでもパリでも入れ替わり立ち代わりやってもらいたいという話も盛り上がった。その他、夏バテ対策の話からワールドワイドにアートから社会全体の話にまで広がって充実の時間となってしまった。オフ会参加の皆様、お疲れ様でした。またの機会を楽しみにしていま~す(^O^)/

写真はMOVIXのウェブサイトの作品紹介の宣伝画像。
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07/08/24 ヨガのクラス、2回目!


金曜日の夜にあるヨガのクラスにお盆あけに一度行き、2回目は娘も連れていった。本来のコーチは夏休みと思われ、2週連続で代講ということだった。
いろいろなポーズをとっていく中の解説で身体をよじるポーズが腎臓を刺激するということだった。それを聞いてハタを思い当たった。先週のヨガの翌日に腎臓の石が動いて熱が出た感じだったが、やはりかなり刺激されていて、その上で枝豆がおいしそうだったのでサワーで杏酒なんて飲んだからよけいに脱水症状になったのだろう。今回はヨガの後は禁酒して水分をもっと多くとることにした。

バランスのポーズが苦しい。何年か前の目をつぶっての片足立ちテストも一本足になったと思ったらもうグラグラという人なので、このクラスでもけっこう大変。目をあいてやる一本足バランスも何度もふらついて両足になっている。それでも頑張って飛行機のポーズとかまでやっている。
相当な頑張りを持ってやっているので、今回は頭がボーっとしてきた。呼吸を大事にと言われるが、頭に酸素が足りないのか、過呼吸なのかわからない状態。喘息になって以来、呼吸が浅いので深い呼吸をするのが苦手なのだ。
ヨガは腹式呼吸なのか胸式呼吸なのか?以前、「丹田法」の呼吸を教えてもらおうとプリントをもらったのだがよくわからなかった。今回も「丹田」という言葉が出てくるし、けっこう混乱中。

翌日の腰の張りは先週ほどではないにせよ、左の方が痛い。私は「ボディヒーリング」の方がいいかもしれない。
娘は「ヨガの方が筋肉痛でつらくないからいいけど、痩せないよね」とか生意気を言う。「脂肪を燃やすレベルより前の身体を動かすトレーニングだと思ってちゃんとヨガにひとりでも行けるようになりなよ」と私。バイトをやめてから1ヶ月半、しっかりと引きこもり生活に入っている。退勤する時に電話を入れているのに出かける用意が終っていないのでイライラするのを我慢の末、ようやっとヨガのクラスに引っ張り出してきたのだ。最近の私のストレスの最大要因となっているのが娘だ。来月、20歳になるんですけど(T-T)

写真は朝、フレンチトーストに使おうと割った卵の黄身が双子だったというのを撮影したもの。そんなことしているから、焼くヒマがなくなってただのトーストになり、歯医者にダッシュの私だった(それにしても疎ましくても半身のように離れてくれない存在の暗示のような気がして溜息~)。
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07/08/22 リボンシティで「西遊記」!


映画のレディスデイなので「西遊記」を観ようとほぼ5時に退勤。上映時間の関係で川口のリボンシティのシネコンに向かう。ところが新宿駅の様子がおかしい。アナウンスで「落雷による停電のため埼京線が運転を見合わせています」って。駅員に聞くと京浜東北線に急ぐなら山手線の田端で乗換えをと言われて向かったが、湘南新宿ラインの列車が到着するというのでとって返す。ラッキーなことに座れたのだが発車しない。「発車までの最終確認中」と何度もアナウンスが入り、向かい席のおじさんはじれて降りてしまった。イライラしながらも赤羽へ到着。京浜東北線のホームがあふれていてなかなか来そうにないので高崎線へ。そちらも遅れていたが浦和まで行った。もう1つ用事をこなそうとしたがあきらめて、京浜東北線の上りで川口へ。
駅から少し離れたリボンシティに走ったが、6時半から予告編なのに本編にも間に合わず。シンジラレナ~イ(T-T)「西遊記」というタイトルが出てくる前に着いたのでまぁよしとしよう。
サッポロビール埼玉工場の跡地が都市開発されたのが「リボンシティ」。リクルートのマンション群とイトーヨーカ堂を核テナントとするショッピングセンター「アリオ」の中にシネコンMOVIX川口もあるのだ。確かに新しくて綺麗だが9室しかないのでいつものMOVIXさいたま新都心が12室あるのと比べると上映作品の広がりがない。しかし今回のように上映時間で2館を比べられるというのはレディスデイでの利用に便利というのがわかった!

「西遊記」は昨年のフジTVのドラマでけっこう楽しんで観ていた(その時の記事はこちら)。だから今回も鹿賀丈史の金角大王も出るし1000円なら観てもいいなぁとねらっていたわけだ。
MOVIXの作品紹介はこちら
ウィキペディアの項もご紹介
虎の民の国の王女玲美役の多部未華子は、私が可愛いと思えるタイプでないことであまり感情移入しにくかったのがちょっと残念。先王役の小林稔侍もちょっと似合わない感じ。大臣格の文徳役の谷原章介が贔屓なので機嫌を直す。
「三蔵法師募集」の貼紙で現れた偽三蔵法師の御一行というのがなんともねぇ。偽沙悟浄の草剛は「ホテル・ビーナス」で観て以来のご贔屓なので○。

敵役の牛の妖怪のふたりは◎。弟の銀角の岸谷五朗がアクションと三枚目を引き受ける。孫悟空の香取慎吾と「むぎょく?」という玉を争って延々と立ち回るのがちょっとしつこかった。岸谷五朗が剣をハンドルのように持って発進すると黒い雲がもくもく出てきて空を飛ぶ。これって岸谷五朗がスクーターに乗って活躍?していた先生役のパロディ?だってスクーターっぽい形だったもの。あれはバイクという感じじゃなかった(笑)それをいつものスノボの金斗雲で白い雲を引きながら追いかける。黒と白の雲を飛行機雲にしながらのカーチェイス(?って言わないか)!地上での戦いもふたりとも頑張っていた。身軽に動けるようにすることが優先だから銀角の角は貧弱だったのかぁと納得。

かたや金角の鹿賀丈史の角はものすごい。特殊メイクも含めるとすごく時間もかかって本物の耳もふさぐのでつけてしまうと大変だと鹿賀さんのサイトに書いてあった。これではアクションはほとんどできそうにない。眼で睨むだけで姫をふっとばし、羽根扇をふるうと短剣が何本も飛ぶという技で悟空たちを傷めつける。銀角が悟空にやられて瀕死のところを非情にとどめを刺す兄・金角。
悟空の決め台詞「天国に行きてえのか、地獄に行きてえのか」に答えて「地獄に行くのは貴様の方だ~」。最後には悟空を「俺の弟にならないか」と抱き込みにかかり、たっぷり人間の弱さを批判し、そんな人間より自分たちが世界を支配する方がよいのだと長台詞を決める。それに悟空が「人間は弱っちいが、人間だけが持つ特技がある。それは“なまか”をつくれるということだ」と“なまか”節を聞かせる。
それからの対決はあっけなく、金角は倒される。
最後に金角が封印を解いて空に黒雲をみなぎらせている竜をなんとかしなければならないからだ。そこに「魔法の瓢箪」が活かされる。なぁるほど!

しかし、鹿賀丈史は本当に声がいい。人を馬鹿にする時の鼻に抜けるあの笑い方がいい。あんなに魅力的な声で馬鹿にされるならされてみたい~。ただのバカです(^^ゞ

市村正親が声で出演したアニメ映画「ポケモン」も観にいった。ミュウツウという敵役のポケモンの役だったが、やはり人間を批判する長台詞を聞かせた。それに主人公のサトシが反論するというパターン。鹿賀丈史も市村正親も主人公に決め台詞を言わせるための敵役としては台詞回しの重厚さといい存在感といい貴重な役者なのだとあらためて思った。

これで2時間は冗長という感想をあちこちで読んだ。確かにちょっとねぇ。まぁTVドラマを楽しんだ人はこれくらいは許容範囲に入るかな。エンディングの音楽が懐かしい昔のドラマの時のゴダイゴが歌っていた曲を若手が歌っていた。これは芸がないというよりも、子どもを連れて観に来た親の世代がには懐かしいなぁと思ってもらえていいかもしれない。親子2世代に楽しんでもらえる「西遊記」なのだ。

写真はMOVIX川口を出てショッピングセンターの柱にくくりつけられていた宣伝パネルを撮影したもの。くくっている紐が邪魔だけど仕方がないね。
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07/08/22 12万アクセスの御礼m(_ _)m


日付の変わるちょっと前に12万アクセスを突破しました。皆様のご訪問に厚く御礼申し上げますm(_ _)m
この猛暑に風邪をうつされたり、熱を出したりもして、テンションが下がっておりましたが、ボチボチ気力体力が戻りつつあります。
月曜日には久しぶりにランチに職場からちょっと歩く美味しい鮨屋で1000円のチラシ鮨もペロッと食べることができました(→写真)
これからもよろしくおつきあいくださいますようにお願い申し上げます。

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07/08/15 「妻をめとらば-晶子と鉄幹-」観てよかった!


小学校6年生で「百人一首」が大好きになり、偉人伝で石川啄木の話も読んで短歌もいいと思った。中学だったか高校に入ってすぐくらいの頃、文庫本で与謝野晶子の『みだれ髪』も読んだ。晶子の情熱的な歌は私の恋愛至上主義の根幹を形成したようなものだ。その勢いで買った晶子訳の『源氏物語』は初めの方で挫折したのだが(^^ゞとにかく私は自由詩は苦手で定型詩が身体に合う。漢詩も大好き。
その『みだれ髪』の巻末についていた晶子の評伝がまたよかった。晶子が妻子のある鉄幹との激しい恋愛の末に結婚。子どもをたくさん産み育てながら、文化学院の校長をつとめたり、いろいろな分野の仕事をしたこともそれで知っていた。ロダンとの親交のあった夫が命名したオウギュストという息子の名も覚えている。晶子と鉄幹のもとにいた門下生との関係もある程度頭に入っていた。
この作品は青年座の宮田慶子が「与謝野晶子は実は12人の子供を生み育てたスーパーお母ちゃんだった」と知り、そこに焦点をあてて描き出す脚本をマキノノゾミに依頼したことが原点だったという。13年前に「MOTHER-君わらひたまふことなかれ」として上演された作品を藤山直美主演で大劇場で上演するために手を入れたのがこの作品。
大阪の新歌舞伎座、名古屋の御園座、そしてこの夏、東京の明治座での上演となった。予算内のチケットが早々と完売になってしまったこの公演。あきらめかけていたところを譲渡サイトで譲っていただくことができてなんとか観ることができた。ここまで頑張ったのは、藤山直美が大好きだというのもあるし、さらに今回は香川照之を一度舞台で観たかったのだ。ホントに有難かった!

今回の配役は以下の通り。
藤山直美=与謝野晶子 香川照之=与謝野鉄幹
匠ひびき=菅野須賀子 山本未來=平塚雷鳥
太川陽介=北原白秋 山田純大=平野萬里
岡本健一=石川啄木 松金よね子=啄木の母・石川かつ
木下政治=佐藤春夫 岩崎ひろみ=与謝野家お手伝い千代   
曾我廼家玉太呂=八百源 横堀悦夫=蕪木喜一郎(特高警察)       
小宮孝泰=安土兵助(特高警察)
舞台は明治42年から大正2年までの5年間を描く。あらすじは香川照之さんの応援サイト「DONふぁんメモα」さんの記事がわかりやすかったのでご紹介。
冒頭の引越しで一同に会した門下生たち。その中で「邪宗門」を出して自信たっぷりの北原白秋が鉄幹先生は時代遅れと言ったことに激怒した平野萬里から喧嘩が始まり、とめに入った門下生はみな投げ飛ばされる。小柄な岡本健一が大柄の山田純大の腕でくるりと鉄棒のように回ったので感心してしまった。この大喧嘩の場面はこのカンパニーが息もぴったりだということを見せつけた。
菅野須賀子や平塚雷鳥まで訪問してきていたところへ与謝野夫妻が登場。満を持して大きな腹を突き出してのっしのっしと歩く晶子と負けじとのっしのっしと歩く鉄幹が花道から登場。鉄幹が出産用に隠しておいた晶子のへそくりを使い込んだことで大喧嘩。口も聞かない状態になっているので弟子に伝言してしゃべらせることまでする。結局その金は「邪宗門」出版に援助で出したのだと明らかになったのだが、なぜ本当のことを言ってくれないとなじる晶子にしゃっちょこばって「男がすたる」とうそぶく鉄幹。特高の安土も姿を見せ、ここまでで見事に全体の関係性がみえてくる。あっぱれ!

菅野須賀子は早くに大逆事件で死刑になってしまったというのに、スッポンから幽霊姿で登場した時にはまたまた感心。昔『橋のない川』を読んで大逆事件には馴染みがある。ところが夫の覇気がなくなったことを憂う晶子の前に現れて、自分も覇気がなくなった夫の幸徳秋水の革命の志に再び火をつけるために急進派が爆裂弾騒ぎを起こしたのだと言って共感しあう場面にはなぁるほどと思ってしまった。うまい、ウマイゾこの脚本!匠ひびきもカッコいいし芝居も巧いのでよい!!

平塚雷鳥が『青踏』発刊の折に晶子の巻頭言を求めてやってきて、ふたりの考え方の違いも浮き彫りになる(山本未來は芝居はまだまだだがカッコイイからいいことにする)。特高の親玉・蕪木が青踏グループにも監視の目を光らせてやってきて、妻に食べさせてもらっている鉄幹を侮る言葉を吐くと晶子は激怒。頬をはり「主人に謝れ」と繰り返す。「主人」と夫を呼ぶのはおかしいと思う私は何やら変な気分だが、まぁ時代物ということで心を落ち着ける。

赤ん坊が生まれ、頼りない子守の千代の手も借りて、家族を食べさせるために来る仕事は拒まずで原稿を書き続ける晶子。与謝野家の近くには大家族を当てにした行商隊も店を並べている。千代が財布の紐固く買い物する場面、岩崎ひろみと曾我廼家玉太呂たちのやりとりでなかなか生活感あふれていてよい。
また子役たちがたくさん出るのがいい。特高の安土の小宮孝泰がいつも家にくるおじさんとして子どもたちになつかれて困る場面も心がなごむ。

生活に追われながらも活気にあふれた与謝野家と対照的な石川啄木家。門下生の中でも一番貧しく、病に伏せる啄木の家に見舞いに行くと、文学への夢を捨てて家長としてまともに働かせたい母が嫁をいびっている。あまりの極貧さにせつなくなる場面。岡本健一は愛妻家で才能にあふれながらも病と肉親の桎梏に苦しんでいる啄木を見事な存在感で演じてくれた。
啄木が元気になって遊びに来てくれて帰っていったと思ったら電報で訃報が届く。ここでも幽霊の手法が活きる。匠ひびきも松金よね子でも幽霊用の着物姿が可愛かったのだが、岡本健一だけ幽霊用の衣裳じゃないのに、訃報の後でああやっぱりと思わせるようなはかなさがあった。

太川陽介の白秋は師匠にも認められるほどの才能を持ちながらも人妻との不倫で舞い上がるくらいの軽い明るさ、山田純大の平野萬里は才能は今ひとつだが師匠夫妻に実直に使える地味な役回り。一触即発のふたりの好対照もきいている。

鉄幹に活を入れるために欧州遊学に行かせたものの、離れて暮らすことで夫の存在の大きさを思い知り、原稿料を前借して夫を追ってパリに行った晶子。夫は夫で妻を恋しく思っていた。妻への思いを決して素直に口にしなかった鉄幹が最後に長台詞できちんと思いを伝える。それまで卑屈な態度でずっときていてここでスカッと見せてくれた香川照之、やっぱりいいぞ~。観に来た甲斐があったぞ~。

さて座長の藤山直美は今回もよかった。というか、女だとどうしても引いた役柄が回ってくることが多いが、この晶子は堂々とした女主人公。与謝野晶子の高い文学性のイメージからはちょっと遠いかもしれないが、12人のおっかさんであり、その家族を食べさせるために働きづめに働いた女ということであれば、直美こそこの晶子はふさわしい。
昨年からのメンバーの多いカンパニーは臨機応変。直美が啄木家の障子に激突するアクシデントもかるがるとしのぎ、飛び出すアドリブに笑いを必死に耐えるその信頼関係が好ましかった。「貴女ちょっと笑いすぎよ~」

人間の一生懸命生きる姿に泣かされ、笑わされる人情喜劇、やっぱり私は大好きだ。この作品が繰り返し再演を重ねていくといいなぁと思っている。

明治座の公式サイトはこちら
写真は明治座前に立っていた役者名の幟の中で藤山直美と香川照之の幟が並んでいるところ。こういう幟が立つのって他では浅草歌舞伎とコクーン歌舞伎で見ただけかな。
以下、これまで観た藤山直美の舞台の感想。
「桂春団治」
「殿のちょんまげを切る女」
「ヨイショ!の神様」
「狸御殿」
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07/08/19 「出口のない海」TVオンエア


熱も下がって歌舞伎座で納涼歌舞伎一部二部を観て帰り、そうしたら終戦の日記念ということでTV朝日で「出口のない海」がオンエアということだった。
映画での上映は観ていない。山田洋二監督の脚本というところでちょっと心が動いたのだが、やはり観なかった。今の私は戦争物の映画をお金を払って観たくないという状態にある。
今日はもう決意して観ることにした。CMが入って適当に緊張感をほぐせるからなんとかなるだろうかということで。
「出口のない海」のウィキペディアの項はこちら

やっぱりつらかった、つらかった。我慢して見続けた。
甲子園の優勝投手で明治大学でも野球をやっている主人公に、海老蔵の体育会系のキャラがぴったり。学生仲間もどうせ出征するなら志願をとハヤル仲間もいて、周りの状況にけっこう流されて海軍に志願。海軍での訓練を受ける中で「回天」搭乗員にも志願してしまうというのがいかにも馬鹿~という感じで哀れ。
上野樹里の恋人の美奈子ちゃんも「学徒出陣壮行会」の後に会って、海軍に志願したと言ったら制服が似合いそうとか、一緒に海軍の歌?を歌ったりして、情けない思いでいっぱいになってしまう。時代の中でそういう風潮だからって、あまりにも聡明さがない。そうしておいて列車の出発に間に合った時に「神風特攻隊みたいに危険なことしてない?心配なの」って、あまりにも情けない。
家族も志願をとどめる言葉を発したのは母親だけ。

あまりにも哀れな状況の中で、悲劇へと突き進む。そして最後の最後で彼の得心した死を選ぶわけ。「回天という人間魚雷があったことを歴史に残すために死ぬ」のだという。
潜水艦に搭載された「回天」4機のうち、出撃できたのは1機だけ。主人公の乗った3号機も故障で攻撃中止。基地に戻って「回天」搭乗訓練の事故で海底から浮かび上がれなくなって死を迎える。

観ているだけで気持ちが悪くなってきたが、我慢して最後まで観た。観たくないものも観ていろいろ考えなければいけないと思ったからだ。
戦争先進国のUSAではベトナム戦争で反戦運動が盛り上がったために徴兵制はなくなった。兵器を進化させたので陸上戦を長引かせない戦争ができるようになったという要因もある。その代わりにいろいろなエサをチラつかせて低所得者層で職業軍人による軍隊を組織して、イラク戦争も起こしているわけだ。こうなると仕事で戦争に行くのだから反戦運動が起こりにくい。
USAの軍事戦略の中に組み込まれた日本も徴兵制が敷かれることはあまり現実的でないだろう。しかしながら防衛庁も防衛省に格上げされたようにしっかりと強化されている自衛隊が米軍を補完しようと、反対する世論が大きくなっていかないという時代になってきてしまっている。
これは映画の中の人々と今の日本人と共通しているような気がする。それは為政者がすることへの無関心だ。自民党と民主党の2大政党制ではUSAの共和党と民主党の2大政党制と同様に国民の選択=意思表示の幅が狭すぎる。ドイツも2大政党制だが、まだ社会民主党は資本家側でない政策をもっているし、みどりの党なんていうのも大政党に対しての刺激となっている。日本でもそういう勢力ができないかなぁなんて、そういう思いを抱きつつ、この映画を観た後味の悪さをぬぐうことにしよう。
写真は「出口のない海」のDVD。
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07/08/18 アオSHIROH、アカSHIROHの幻想?!


昨晩は仕事から帰ってきて調子がいいのでヨガのクラスに行ってしまったほどだったのに、今日は一日寝込んでしまった。
娘は「夏コミ」(コミック・マーケット夏版)に出かけた(一昨年の記事はこちら)が、昨晩は分厚いカタログチェックと、グラデーションをつけたマニュキュアと同系色のペディキュアを芸術的に仕上げていたりしたので寝坊して出かけていった。
送り出してから軽く食べて風邪薬を飲み、大河ドラマの再放送まで二度寝。ドラマを観て片付け物でもしようかと思ったが、どうにも身体が動かない。体温を測ったら軽い発熱状態だった。風邪もあるが、気になるのは腎臓結石。父親も腎臓の石がよくない位置に動くとよく発熱していた。今日の私は昨日のヨガで腎臓のツボと教えられた辺りがバリバリに張って痛んだ。石が腎臓の中の尿の濾過を妨げると痛いのだ。水やスポーツドリンクを飲んで寝ていたら夕方からスーッと痛みが遠のいた。石の位置がずれてくれたのではないかと思う。

そういうことで、午後はずっと内田康夫の浅見光彦シリーズ『透明な遺書』を読みながらゴロゴロしていた。榎孝明主演のTVドラマもまともに見ていないし、本も初めてだが105円コーナーで買ってきてあったのだ。ただの殺人事件かと思ったら疑獄事件につながった事件だったという話で読みごたえがあった。榎孝明は今では主人公の兄で警察庁刑事局長の陽一郎役に回っているということだが、そういうイメージで読めたのもよかった。主人公自体は政治経済関係は弱いらしいのに巻き込まれていくというあたりが多くの読者をひきつけるのかもしれないとかも思った。

夜はTVをつけたらたまたま土曜ワイド劇場で鹿賀丈史主演の「北多摩署・蟹沢刑事の特捜事件ファイル」に遭遇。ご贔屓鹿賀さまのチェックも怠ってるなぁ。団地に妻子とともに住んでいるという役でマイホームを買いたい妻を避けて非番の日は渓流釣りに行ってしまうという役どころ。三枚目ぶりも発揮し、ニッと笑う笑顔も観ることができたので気楽に観ることができてよかった。微熱がある日に重たいドラマはしんどい。今晩にはピッタリのドラマだった。

さて、長々書いてきたが、表題にたどりつこう。
そもそもはかずりんさんのブログの「いのうえひでのりさんのワークショップ」のレポを読んだこと。そして、あの「SHIROH」が再演するとなると別キャストでいくと明言されていたとことだった。中川・上川の二人のSHIROHがもう観られないのは寂しいことだ。しかし再演は同じような舞台にしないのが常だといういのうえさんのことだ。初演の舞台は「アオSHIROH」、再演は「アカSHIROH」なんてね、後でそれぞれ名前がついたりするくらいの別バージョンに仕上げてくれるのだろう。
主役二人はまだ思いつかないのだが、松平伊豆守は鹿賀丈史御大にやっていただきたいと、ずいぶん前から思いついて悦っていたのをまた思い出したわけである。江守徹もよかったが、鹿賀丈史の方が歌はうまいし、帝劇で歌声を響かせるなら今度は鹿賀さまでしょう。悪の魅力が堪らない~って、どうかなぁ、このキャスト案??
熱でボーっとしながら、そんなミーハーな思いで満たされていたりして・・・・・・。

早めに寝て、明日の納涼歌舞伎一部二部通し観劇にそなえるとしよう。
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07/07/19 国立劇場(社会人のための歌舞伎鑑賞教室)「野崎村」


今年も7月の国立劇場「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」には19日に行ってきた。夜7時開演で上演台本つきの小冊子を配ってくれるのが魅力だ。
前半の「歌舞伎のみかた」についてすでにアップ
後半についてまだ書いていなかったのだが、8月納涼歌舞伎観劇の前になんとか書いておこう。

「新版歌祭文-野崎村-」は初見。そこで5月文楽公演の時に住大夫の「野崎村」の素浄瑠璃CDを買って聞き込んで予習することにした。そうしておいてチケットGET!(その時の記事はこちら)観劇前にCDをMDにダビングして電車の移動中に何回か聞いてけっこう真面目に準備。さて、初見の歌舞伎の舞台はどうだろうか?
【新版歌祭文 -野崎村-】一幕
野崎村百姓久作住家の場~野崎村土手の場
近松半二=作 中村芝翫=監修 国立劇場美術係=美術
「新版歌祭文」については大阪日日新聞の「上方歌舞伎名作散歩」の項が参考になった。

今回の配役は以下の通り。
お光=中村福助 油屋お染=芝のぶ
久松=中村松江 久作=中村東蔵
油屋後家お常=芝喜松 ほか

福助のお光は登場からおおっとなる。年頃の田舎娘の可愛さ満開。子どもの頃から一緒に育った久松が奉公先から戻ると今晩祝言と父親に言われ、話が急すぎると文句を言いながらも心浮き立つ化粧の場面は、観ているこちらも浮き浮きしてくる。この公演では頭を傾けたところでさしていた櫛が落ちるというハプニングもあって大丈夫かと思ったが自然に段取りに戻っているのでホッとする。この化粧の場面をたっぷり見せるのは歌舞伎の入れ事だが、眉を化粧紙で隠して剃り落とした顔を想像して一人でテレる姿など、実に見ていて微笑ましい(これが後の悲劇との大きなギャップを生み出す効果が大きい)。
祝言用に膾をつくるところも本当の料理にはあんなに厚く切らないだろうと思いつつ、細く切るところは包丁捌きが鮮やか。大根に続いて人参も切る。そのトントントンという音が劇場に3階席までちゃんと響き渡る。あらためてこの‘音’も大事なのだと気づかされた。

芝のぶのお染。大店のお嬢様ということで下女とともに野崎参りと称して久松を追ってくるのだが、実に可愛い(芝のぶ贔屓だからよけいそう見える?)。お染が声をかけたお光がすぐにお染と気づいて意地悪したくなるのも無理がない。福助が木戸をバターンと閉めるのにはちょっと驚いたが、まぁギリギリ許容範囲内。土産の芥子人形を一個一個つまんでばらまくのはお染が拾う段取りとの連携なんだなぁと思いながら見ていた。

ところが、久作と一緒にあらわれた松江の久松が「シンジラレナ~イ」出来だった。台詞回しも身体の動きも硬い、硬すぎる。柔らかい台詞回しができないので力を抜いてしゃべっている(これは海老蔵の与三郎も同じだった)。こんな男をどうして二人の女が心底惚れるかなぁと納得がいかない!あり得ない!!上方歌舞伎の二枚目ってやっぱり難しいのだなぁと思い知らされるような不出来だ。
だからお染と久松のふたりの場面もとってもアンバランスだった。初日近くに出た渡辺保氏の劇評でも二人が心中する決意をする場面がハッキリしないという指摘があったが、さすがにそこは二人で相談したのかハッキリクッキリわかるようになっていた。しかしそれ以外の場面、芝のぶのお染のクドキも空回りの感じがしてしまう。松江はもっと頑張って欲しい。

東蔵の久作は泥臭さがあまりないように思ったが、お光と久松の喧嘩をおさめるあたりはとってもいい感じだった。
心中しようとするお染と久松に強意見し、思いとどまらせた後にお光を引き出すとああら、びっくりの出家姿。綿帽子がうまく使われるものだ。無理に自分が久松と添おうとすれば二人は死ぬと見抜き、それをなんとか思いとどまらせるための捨て身の姿だ。それを見てお染が申し訳なさに死のうとして騒ぎになると出てくるはずと思っていたお光の母親が登場しない。浄瑠璃では出てくるのに歌舞伎では割愛のようだ。確かに狭い座敷にもう一人登場させるのはうるさいかもしれないなぁとこれまた納得。

「嬉しかったはたった半刻・・・・・・」お光のここの真情吐露の場面に泣かされた。台詞もいいし、抑えた動きに抑えても抑えても思いがあふれてしまうせめぎあう表情に双眼鏡のこちらで涙腺決壊。住大夫の浄瑠璃でも泣かなかったのに、福助いいよ、よすぎるよ~(T-T)見直したよ~。

油屋後家お常がお染を引き取りにくる。土産と渡した箱には久作が用立てた分のお金が入っていたというのも、その返礼に久作が白梅を渡すのも歌舞伎の入れ事のようだ。芝喜松がいい芝居を見せてくれた。
舞台が回って土手の場になるが、駕籠かきと船頭の喧嘩を村人が仲裁する場面がちょっと冗長。ここはダラダラという芝居がない方が悲劇の気分が保たれると思う。

両花道を使わない演出なので上手揚幕に船で去るお染と花道を駕籠で去る久松。見送るお光。気丈に兄さんを見送るが、姿が見えなくなると呆然とする。手から落ちた数珠を拾って渡した久作の手で我にかえり、すがりついて「ととさん、ととさん」と号泣。そのせつない声が響く中での幕切れ。

福助の実力を見せつけられた「野崎村」。歌舞伎座でちゃんとした二枚目も得てお光を演じる日もそんなに遠くないのではないか(建替えの前は無理かな)。
今度の日曜日に観る納涼歌舞伎の「ゆうれい貸屋」の幽霊芸者も楽しみだけどね。
写真は公式サイトより社会人のための歌舞伎鑑賞教室用のチラシ画像。6・7月の分が表裏になっていたが、それってけっこういいと思った。
追記
住大夫の素浄瑠璃CDを聴きこんで観劇してよかったのは、義太夫がだいぶ聞き取れたことだ。葵太夫の義太夫、今回もよかった。国立劇場のこの月の賞を三味線さんとともに受賞されたのも納得である。
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