07/03/30 「恋の骨折り損」前楽で笑って泣いて


シェイクスピアが活躍した時代、女性が舞台に上がることは禁じられていた。映画「恋に落ちたシェイクスピア」でも女役が少年俳優によって演じられていた様子がよくわかった。日本の歌舞伎も阿国歌舞伎で発祥→女郎歌舞伎→若衆歌舞伎→野郎歌舞伎とお上の規制で同様に男優ばかりになったのと似ている。蜷川シェイクスピア・シリーズの中で全員男性による上演が“オール・メール・シリーズ”で今回はその3作目。彩の国シェイクスピア・シリーズ第17弾となる。
1作目の「お気に召すまま」「間違いの喜劇」と観てきて今回も期待していたので「コリオレイナス」と2作品先行予約で早々とチケットGET。
「間違いの喜劇」の感想はこちら
あらすじは以下の通り。
ナヴァールの若き国王ファーディナンド(北村一輝)は、国中にある法令を発布。臣下であり親友でもあるビローン(高橋洋)、デュメイン(窪塚俊介)、ロンガヴィル(須賀貴匡)の3人にも「その法令を守って3年の間、あらゆる欲望を捨てて学業に専念する」誓約書に署名しろという。一番の理論家だが皮肉屋のビローンも最後にはサインする。その法令には①1週間に1度断食をすること、②睡眠は1日3時間とすること、③女性には近づかず、恋もしないという条項もあった。
 そんなところへフランスの王女(姜暢雄)が3人の侍女、ロザライン(内田滋)、マライア(月川悠貴)、キャサリン(中村友也)を連れてやってくる。病床の父王の代理として両国間の借金完済に伴う土地返還の交渉のためだ。ところが上記の法令があるために国賓の皇女を宮廷に迎え入れずに、野外に張った天幕の中で接見。なんと4人対4人で会った彼らはそれぞれに一目ぼれをしてしまう。
 ある日、その法令にひっかかったとして田舎者のコスタード(大石継太)がしょっぴかれてきた。田舎娘のジャケネッタ(沢田冬樹)に言い寄った罪だ。そして宮廷には国王に気に入られて出入りしている風変わりなスペイン人の旅行家アーマードー(藤井びん)がいいたが、やはりジャケネッタに恋してしまい、彼女あての恋文をコスタードに託す。さらにコスタードにはビローンもロザラインに宛てた手紙を預け、取り間違いが起こる。そこで人目をしのんだ恋が全て露見。
4バカ大将となっていたことを全員がわかるまでのドタバタを経て、ビローンが無理がある誓約を守ることで自分を失うことを愚かさを解き、王も皆で恋心を打ち明けようと王女たちのために宴を開く。
ところが王女たちは愚かな男たちの気持ちをすぐに受け入れるのではなく、懲らしめるために一芝居うち、男たちをさんざんに笑いものにする。
喜劇が最高潮に達した時に、フランス王の死を伝える使者がやってくる。そこで雰囲気が一変。せっかく素直に心を打ち明けた王は王女を引き止めるが、すぐに帰国するという。そして一年間の服喪期間の間に心変わりがしなければ訪ねてきてほしいと答える。侍女たちも愛する人に一年の間につとめるべき宿題を課す。あまりの浮ついた男たちの恋はすぐには実らない。1年間の試練を与える女たちの冷静な賢さが際立つ。
最後はアーマードーが浮ついた虚飾の生活を捨てて身ごもったジャケネッタのために田畑を耕す生活に入ることを宣言。司教たちが歓迎の宴のために用意した余興も祝祭劇風になって格調高く幕になる。

今回の中越司の舞台美術は柳の木が横に大きく枝を広げて緑の枝葉を垂らしている装置が効果的だった(「お気に召すまま」は灰色の森だった)。野外の場面というだけでなく、その枝葉の蔭に何人もがお互いを気づかずに姿を隠したりするのにぴったりだった。
また、台詞回しにラップが取り入れられていたことが面白かった。下々の者だけでなく貴族までラップというのが可笑しい。確かにシェイクスピアの翻訳の長台詞はかなり飽きてしまうことが多いのだが、ラップ風にしゃべることで笑いにつられて緊張感が続く。聞き取りやすいというわけでもないのだが、役者の一生懸命さに引き込まれてしまった。BGMのクラシックも一部ラップ風アレンジあり。若い人が志村けん風の動きを入れているのも彼らなりの工夫だと思った。

この物語の中心になる2組。王と王女、ビローンとロザラインだ。特に後者の台詞に含蓄が深い。配役も高橋洋と内田滋という蜷川オールメールシリーズの試され済みの実力コンビが物語の進行の軸となっている。最後のロザラインによるビローンの皮肉屋を治すための宿題を話す場面は愛情があふれていて泣けてきた。深い、深いぞシェイクスピア喜劇。

もう1組は蜷川演出作品に初参加の北村一輝と姜暢雄のコンビだが合格点をあげたい。北村一輝は濃いあのお顔で思いっきりオーバーにコメディしてくれて○。映像の方での活躍で私も贔屓にしているが舞台もこれから期待したい。姜暢雄は劇団Studio Lifeの人だったのねと納得。オールメールの舞台に慣れているわけだ。成宮寛貴が「お気に召すまま」で悲惨な女声になってしまっていたのと比べ物にならない。北村一輝より背が高いのはご愛嬌で笑のネタにされていた(偽者になった内田滋は高下駄を履いていた)。
須賀貴匡はさすがに仮面ライダーだけにカッコいいし、窪塚俊介も許容範囲に入った。
女方では「美しすぎてごめんなさい」的存在の月川悠貴のマライア。この作品は女方に爆笑シーンが多いのでしっかりと笑ってくれていていつもの冷たい美しさに加えて魅力増大。もちろん爆笑シーンの女王はガングロレディの内田滋(原作に色が黒いとあるので日焼けサロンにも通ったらしい)。偽者になった王女は大爆笑で彼女のふりをするくらいだった。TVドラマ「紙はサイコロをふらない」に出ていたことを覚えていた中村友也のキャサリンも可愛いし、ロザラインとのガチンコの女の喧嘩場面も若さが活きた。

王女付きの侍従ボイエットに青井陽治。舞台に立つのは久しぶりとのこと。オフブロードウェイミュージカルの翻訳・訳詩でおなじみだが、劇団四季出身だけあってうまい。このフランスのウィットに満ち満ちた男を嫌味にならないぎりぎりのところで仕上げていた。アーマードーの藤井びんもよかった。
「お気に召すまま」での独白が印象に残っている大石継太のコスタードもいい。下々の者のたくましさがにじんだ気のいい役だ。
道化役のズボンのベルト代わりの紐をきちんと結ばずに、ずり落ちて下が見えて笑わせるというのはシェイクスピアの常套手段のようだ。今回はアーマードの小姓役のモスがそうで、白い葉っぱの形をつけたTバック状のものをつけていた。西村篤のお尻が可愛かったから許す。

このシリーズは奮発することにしていたので今回はなんとサイドブロックではあるが最前列。いつものように客席通路から楽隊の案内で登場した人物が目の前で活躍。いきなり高橋洋にまん前で寝そべられてドキドキした。余興の場面では女方も木の椅子をまん前に置いて見物。中村友也と次には月川悠貴の首筋が目の前に!パニエの入ったドレスの裾は私の膝にこすれているし、香水は薫ってくるし、これは極楽体験だ。拍手で退場する北村一輝と一瞬目が合ったし!

前楽での観劇だったのでこれまであちこちのブロガーさんの感想を読ませていただいて、ちょっと心配していたが、今日の舞台の仕上がりは上々だったと思う。この「恋の骨折り損」ってかなり難しい作品だと思う。だから上演頻度が低いのだと思うので、若手中心でここまでできれば褒めてあげたい感じがした。

カーテンコールは前楽だけあって繰り返され、スタンディングになったが、私は涙がにじみそうになりながら汗だくのキャスト皆に拍手を送った。
蜷川さん、若いキャストを使ってこれだけの舞台をつくってくれたのがスゴイ。次のこのシリーズも奮発して楽しませてもらうことに決定。

写真は公式サイトより今回公演の宣伝画像。
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07/03/29 今年も急遽、千鳥ヶ淵の夜桜見物へ


出勤途中で携帯に友人から着信メールあり。
「お花見の季節だね。今週あいてない?」
→「明日はお芝居だから×。今晩はあいてる」
ということで今年も急遽、千鳥ヶ淵の夜桜見物となった。
昨年の千鳥ヶ淵の夜桜見物の記事を検索すると4/1だった。
仕事帰りに地下鉄のホームで待ち合わせして九段下へ。まだまだ蕾が多く満開とはいえないが、今年も幻想的な夜桜のドームの天井の連なりを仰ぎ見ながら歩いていく。今年はおにぎりとホッとのペットボトルのお茶を持ってきたのでライトアップの明るい桜のドームの下で石造りのベンチに腰掛けてほおばったら美味しかった。あとから何か食べるからとおにぎりを1個ずつにしたのを後悔。来年は2個ずつにしよう。

急遽決まった話なので二人ともちゃんとしたカメラを持っていない。せっかくだからと携帯で撮影。私は横長に撮った写真も回転させることができるようになったので、横のアングルでも撮影。お濠に映りこむ夜桜を横長に撮ったらけっこう綺麗にとれて嬉しかった。

終点にあるライトアップは何色かのライトを交替でつける仕掛けがしてあった。ピンク色や赤紫がかった桃色と通常の色と3色。邪道だと思いつつ、その下までいくと何やら不思議な感じがした。携帯ではその辺はうまく写らない。

今年は靖国神社の境内の夜店ではなく、中華料理店に入ってそれぞれ焼きそばと温かい汁麺を食べた。値段が高いのに貧弱な料理にかなりげんなり。まぁ立地の良さで強気の価格なんだろうけど、他の客も文句をつけているし、相当レベルの低い店。香具師の店とどっちがいいんだろうか。何年か前のプロントあたりが一番よかったかも。コーヒーでも飲んで口直ししたかったが、集合時間がそもそも遅いので時間切れ。
昨年の花見から1年がたったことをあらためて思った今日の花見。人生後半はかくも早く過ぎていくのか。
さて、職場の花見も明日に急遽決まったようだが、元々さいたま芸術劇場の「恋は骨折り損」を観る予定が入っていた。残念だが夜桜宴会はまた来年ということに。


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07/03/25 「蓮絲恋慕曼荼羅」千穐楽で滂沱の涙


チケットをとった時の記事はこちら
【初瀬/豊寿丸 蓮絲恋慕曼荼羅(はちすのいとこいのまんだら)】
主な配役は以下の通り。
初瀬=坂東玉三郎  豊寿丸=市川段治郎
藤原豊成=市川門之助  照夜の前=市川右近
月絹=市川笑三郎  嘉藤太=市川猿弥
老女=市川寿猿
紫の前=市川春猿
あらすじは以下の通り。
右大臣藤原豊成と妻の紫の前は、子どもができるように泊瀬(はつせ)寺に参籠。観音のお告げ通りに娘を授かる。その由来で初瀬と名づけられた娘が7歳になる前に、両親のうちのどちらかが命を失うというお告げの通りに母が身罷る。父は妻の生前より橘家の照夜の前の元に通い、豊寿丸を得ていた。母の死後に同居した異母弟は姉の初瀬を慕う。
美しく聡明に育った初瀬は琴の名手でもあり、父とともに参内してその音を愛でた帝に三位中将の内侍の称号を賜った。継母の照夜の前はそれが面白くない。さらに息子の豊寿丸が自分のすすめる姫に会おうともせずに初瀬に執着していることが気になっていた。初瀬もこのところ豊寿丸を避けるようにしているので、豊寿丸の思いは募るばかり。屋敷の裏口で姉の帰りを待ち伏せする豊寿丸。物乞いが寄ってきても身分が違うと追い散らす。帰宅前に近づいてきた物乞いに施しをしてしまう初瀬に侍女の月絹は苦言を呈する。姫の評判をききつけて物乞いが増えるばかりになるという。世は政が乱れ、天変地異が相次いでおり、物乞いが街中にはあふれていた。
豊寿丸は待ち伏せに成功。月絹を夫の将監が呼んでいると偽って引き離し、初瀬に言い寄ってついには押し倒す。そこを照夜の前とお付の老女田束が見咎めると、とっさに豊寿丸は自分が襲われたのだと嘘をつく。継母に打ち据えられ髪を引きずりまわされる折檻を受ける初瀬。さらに父豊成が帰宅し、手討ちにされるところを月絹や将監のとりなしで、宇陀の里雲雀山山中にある庵に蟄居することになる。
照夜の前は真相を見抜いており、息子の執着を断ち切るために初瀬を殺すことを警護の嘉藤太に申し付ける。
庵につく前に嘉藤太は他の供の者を帰して姫を斬ろうとする。気絶させられている月絹の命を助けることだけを条件に従容と念仏を唱える姫をどうしても斬れない。
主の照夜の前を偽ることを約束しているところへ豊寿丸が身替り首を持ってくる。行き倒れの娘の首と言っていたが、娘を探す身内の話から豊寿丸が殺したことがわかり、姉のためには常軌を逸してしまう異常性が浮き彫りになる。豊寿丸は嘉藤太と目撃者の修験者をも殺してしまう。
その修験者の情報で初瀬が生きていることを知った照夜の前は自ら殺しにやってくる。母の動きを察知した豊寿丸は姉を逃がしにやってくるが、すでに遅い。照夜の前は緋袴を身につけ小袖を被った者を刺し、憎しみをこめてえぐるが、それは初瀬ではなかった。豊寿丸が身替りになったのだ。苦しい息で「生まれ変わっても姉上の弟に」という豊寿丸は姉の腕に抱かれて死んでいく。
事態を聞いてかけつけてきた豊成。照夜の前は地獄谷に投身自殺してしまう。家に連れ帰ろうとした初瀬は出家を願い、当麻寺に入ることを父に許しを請う。豊成は自分の罪業の報いを家族が受けたことを悔い、初瀬の出家を許して自らは弟の謀反の鎮圧に出陣していく。
その夜、初瀬の夢枕に母の紫の前が立つ。蓮の茎を集めて一丈五尺四方の曼荼羅を織り上げるように告げて消えていく。月絹の声に目を覚ました初瀬の前に母が手にしていた蓮の花があった。
下山を助けるために山守の息子がやってきた。蓮介というその若者は豊寿丸に似ていて「こんなに美しい姫様が世を捨てるのか」ときく。初瀬は「いいえ、世を拾いにいくのです」と晴れやかに微笑んだ。

こうして思い出して書きながら場面場面を思い出すだけで、思いが満ち満ちてくる。この作者の方の人生経験の豊かさがにじんだ作品という玉三郎丈の指摘に全くその通りだと思う。
三位中将の内侍の称号から「中将姫」と言われてたくさんの伝説があるということだが、今回の観劇まで詳しいことはほとんど知らなかった(バスクリンのツムラの昔のマークが中将姫だったような気がするが)。
子どもの頃に「おしゃかさま」という絵本を読んで以来、仏教には関心がある方で特に仏像が好きだった。就職して関西に8年住んだ時にもう少しお寺めぐりをすればよかったと思うが、その頃は仕事に労働組合活動に忙殺され、さらに妊娠出産育児でままならなかった。

私は長じて無神論者になったが、宗教にはずっと関心をもって三大宗教の原理的なことは一応認識したつもりでいる。もちろんそれもごく浅いものだし、さらに詳しい宗派についての理解までは及んでいない。

しかしながら、この物語に流れる思想についてはいろいろと考えさせられる。初瀬は、そもそもこの世に苦しむ人々を救うために働くよう、観音によって遣わされたのではないかという気がした。しかしながら人間として生まれた以上、生まれてすぐにその使命を自覚できない(聖徳太子は例外的)。それを自覚させるために罪業を背負わせたのではないか。そのために弟に懸想されて苦しみ、さらに自分のために死んでしまうという、地獄に落ちてもいいとまで思える苦しみを与えられたのだと思えた。その究極の苦しみの中で「人が生きてこの世で救われる方法」を真剣に求めたことにより、出家と仏の世界をこの世に伝える曼荼羅を作り上げるということを発心できたのではないかと。

以上の書き方だと、まるで全ては仏の掌の上の出来事のようにも思える。しかしながら初瀬が苦しみながらも発心できるかどうかということは、その主体性にかかっていることだとも思える。だからこそ、全ての運命の中で主体的に生きる女主人公の姿は清清しい。

玉三郎丈はこの作品を澤潟屋一門で上演することが決定した上で演出を依頼された。作品を読み込んでいくうちに「これは若い人でやれる役なのか」と思うようになり、自らが初瀬として主演することを決意されたのだという。確かにこのお役は精神性の高い難しい役だし、この役の出来いかんでせっかくの作品自体が薄っぺらなものになってしまうだろう。時分の花のレベルで演じられるものではない。大輪の芸の花を咲かせている立女形にしか演じきれる役ではないだろう。そもそも作者が玉三郎丈を想定して書いた作品なのではないだろうか。

何色もの壁が動き、照明が変化するだけのシンプルな舞台装置。衣装だけは本格的に身につけた登場人物。音楽も琵琶の音や宗教的な意味合いが強い場面で使われた声明。柝は最初と最後だけ。中世の貴族の愛憎と貧しさに苦しむ庶民とを対照させ、自らの苦しみからの解脱だけでなく、世の人々全てに仏による救いをもたらそうとする女主人公。それを必要最低限の演出で描き出していた。
こんな舞台を創り出した玉三郎丈そのものが「世拾い人」のように思えて仕方がなかった。21世紀のこの日本にも必要な文化面での「世拾い人」のおひとりだ。そして、このような美意識あふれるお仕事が中将姫の曼荼羅にあたるのではないかと!

千穐楽のカーテンコールで国立劇場開場40周年記念公演の最後の舞台でのご挨拶があった。国立劇場開場の頃からのご自身とのかかわりをふりかえられ、40周年とはいえ400年続く歌舞伎の歴史の中のほんの一部分であり、これからも精進される決意を語られた。このご挨拶を詳しくレポされている六条亭さんの記事をご紹介させていただきたい(→こちら)。
その中で30周年記念公演で「阿古屋」を演じられたというお話もあった。ということは本当に国立劇場の節目節目では玉三郎丈に寿いでいただくような関わりがお互いにあったということなんだと納得。50周年にも何かの形できっと関わってくださるに違いないと思えた。

さらに国立劇場の研修生出身者が今回の公演で何人も舞台に上がっていることにもふれられたことあらためてハッとさせられた。この育成事業の成果が目にみえてきたということだ。こうしたことで若い力はより励まされていくに違いない。
このご挨拶をきいているうちに滂沱の涙が伝い、ぬぐう余裕もなく一番端の席なのを最大限活用して立って手を伸ばして拍手させていただいたのだった。

写真は公式サイトより今回の公演のチラシの画像。
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07/03/26 NEWS23でパリオペラ座歌舞伎初日が!


朝から通勤のメインの路線の電車が止まっていて、どうせ歌舞伎座千穐楽夜の部で早く上がらなくちゃいけないし、娘も連れて行ってしまう方がラクなので仕事を休んでしまった。喘息の薬の副作用か、だるくて仕方がないので横になるが寝られず。「蓮絲恋慕曼荼羅」のプログラムも読んだりしてから、久しぶりに掃除機かけなどして身体をスタンバイさせていく。
娘を起こして食べさせて追い込み追い込み、なんとか開演時間に間に合うように歌舞伎座へ。案の定、ふたりとも仁左衛門権太に大泣き。娘も四の切も寝ないで楽しめたようで「あ~、面白かった」と言う。こう言われるとまた誘いたくなる(連れてくるのは大変なんだけど)。

帰宅後、出かける前に途中まで観ていた仁左衛門知盛のDVDの渡海屋の最後をもう一度観て悦に入る。それからTVにしてNEWS23を見ていたら・・・・・・。
パリオペラ座の歌舞伎公演初日の特集が始まった。そうだ、筑紫哲也はパリに飛んでいたんだった。オペラ座のバレエの稽古場で團十郎丈にインタビューしている。これもあったのか!

ロイドウェーバーの「オペラ座の怪人」の開幕の時の音楽をバックに流しながらオペラ座内部を紹介しているのがおかしい。パリ・ローマで短期間の旅行しか行ったことがないのでオペラ座は外から見ただけ。天井のシャガールの絵が素敵という話も今回の内部の映像で納得。映画もキンキラ金のオペラ座のセットが見事だったが、本物はもっと重厚感があるなぁと思った。余裕ができたら行ってみたいものだ。
今回の演目の中で「勧進帳」を團十郎・海老蔵親子がダブルキャストで演じるという情報をあちこちで読ませていただいて、俄然注目度アップ。
早くもBShiで放送があったようだが、我が家は見ることができない。それに弁慶=團十郎、富樫=海老蔵のおなじみの配役のようだった。そちらをレポしてくださったかしまし娘さんの記事をご紹介させていただきたい(→こちら)。

その反対の組合せの映像をNEWS23で見ることができた~。ほんの短い映像だったが、富樫をつとめる團十郎の表情の豊かさに思わず涙が出てきてしまった(最近、涙腺がゆるみっぱなし)。また、オペラ座は乾燥していて弁慶で5公演つとめるのはきつそうだとのこと。「息子からダブルキャストにしようと言ってくれた。これは親孝行してくれたのかなと思う」というお話もされていてそれも嬉しかった。
関容子さんの「海老蔵そして團十郎」を読んでから成田屋応援熱も上がってきたところなのでツボに入ってしまうのだ。この公演の成功を祝福したい。

GWの5/4にはNHK教育の「劇場への招待」でこの公演のオンエアがあるようなのでしっかりと観たいと思った。
写真は、文春文庫の「海老蔵そして團十郎」の表紙の画像。
追記
NHK教育のオンエアではBShi放送と逆の配役だといいと思っている。海老蔵=弁慶、團十郎=富樫という配役は日本では観ることがこれからもないと思うからだ。DVDつくってもきっと売れると思うが、どうだろうか。
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07/03/25 千穐楽レンチャン


3/25は国立劇場小劇場の「蓮絲恋慕曼荼羅」千穐楽。お天気さえよければ国立劇場さくらまつりも堪能してと思っていたのにあいにくの雨模様。労組の花見散策会に顔を出してから国立劇場へ行くつもりだったが、朝の天気を見て早く家を出るをやめて二度寝。また起きたら午前10時前に能登の方で大きな地震があって亡くなった方も出たということでTV各局の報道はそれ一色。そのニュースに心を痛めながらも「蓮絲恋慕曼荼羅」の千穐楽へ。玲小姐さんとは会場で待ち合わせ。

昨年七月の泉鏡花ワールドでもご一緒した日に涙でぐしょぐしょになった私は笑われたが、今回も同様に涙涙。カーテンコールでは正座しての千穐楽のご挨拶が玉三郎丈よりあって、その挨拶に心打たれて滂沱の涙。

それから玲小姐さんから出待ちを誘っていただいたので久しぶりに出待ちなどしてみた。サインペンもなかったが若い方にお借りして澤潟屋の面々にプログラムにサインと握手をしていただいてしまった。ひとりひとりなんとお声かけしようかと考えてお願いした。今日お願いできたのは笑三郎丈→猿弥丈→段治郎丈→春猿丈→右近丈。この間観た舞台でよかったお役を褒めさせていただくことにしている。だって皆さん頑張っているんだから「頑張ってください」は言いたくないし、お手数をとらせるのだからしていただく方にも気分よくしていただきたいというのが私の現在のポリシー。皆さん快くいい笑顔で応じてくださった。本当に有難いことだと感謝。

そして、玉三郎丈は→建物の中の二階にあがる階段にいらしたところをおみかけした皆さんの声でかけつけると最後の数段を上がる足だけが見えた。楽屋口からは出てこられないのを中の係の方に確認。足だけ見えただけでも嬉しかった私である。

感想は書きかけだが、明日は歌舞伎座の千穐楽。
なるべく早く寝ることにして、今日はおやすみなさい(^O^)/
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07/03/18 歌舞伎座「義経千本桜」③道行初音旅

3.三幕目 道行初音旅 竹本連中 清元連中
この場の主な配役は以下の通り。
佐藤忠信実は源九郎狐=菊五郎  静御前=芝翫
逸見藤太=仁左衛門           
この舞踊劇は単独で「吉野山」としてこれまで2回観た(昨年3月の感想はこちら)。実は途中でいつもどこかで寝てしまう。だから今回は逸見藤太に仁左衛門が出ることを楽しみにして頑張ってみた。
花道からの芝翫の静御前の出。今日は花道度が高いので3階右列にして正解。やはりこれまでの菊之助や福助とは違った風格がある。お供の忠信の姿が見えないのでもしやと思って「初音の鼓」を打つと菊五郎の忠信がスッポンから登場。この二人の道行きはとてもバランスがいいと思った。今回はちゃんと主従による道行に見えるのだ。2004年6月の菊之助とのコンビはやっぱり菊之助が若すぎて釣り合っていなかった。昨年3月の幸四郎は臣下にみえにくかった。さすがに芝翫×菊五郎だと思う。
ただ気になったのは、どうしても芝翫の踊りの動きに何箇所かメリハリがありすぎて優美さに欠けるところがあるように思えたこと。昨年3月の福助はけっこう優美だったと思うのでやはり親子でずいぶんと踊りの雰囲気も違うものだなぁと思った。と思いつつ睡魔が襲う頃.......

仁左衛門の逸見藤太が花道から花四天を引き連れて賑やかに登場。いっぺんで目が覚める!顔の隈どりや衣装はいつもの藤太だが、やっぱり胸を張って登場すると背が高くてカッコよすぎだ~。「待て、待て、待て待て待て」と用心深さ十分だけど、一見まぁまぁの武将の感じ。そういうことを繰り返す中で家来たちに「もうし、もうし旦那様」と意見され、だんだん情けない人物だということが露呈されてくるようなつくり。胸を張るところと背を丸めて小さくなるところのメリハリがきく可笑しさ!
ちょうど静御前ひとりになったところを物見に行かせた家来の報告「おりましたおりました」の報告だけでヘナヘナの逃げ腰。情けない表情もキュート~。

「女武者がおりました」で一気に気を取り直してかけつけて捉えようとしたところに、忠信が待ったをかけての立ち回り。それまでの表情から一転、燃える目となった狐忠信の菊五郎!菊五郎は仁左衛門を相手に得るといつもより燃えてくれる気がする。

花四天もやっつけて静御前も先に逃がすが、そこで藤太が「静、待て」と止めると花道にいる菊五郎が舞台中央にいる仁左衛門に道中の笠を投げる。フリスビーのように円盤型になったものだが実にコントロールがよく、パシッと受けとめる。忠信がそこで「待てというのか」というようなことを言って脅すと「ない」と答えて狐に化かされた格好に。客席はやんやの拍手だ。
藤太の早口も本当に心地よくききとれるし、途中の役者の名前づくしも意味が通ってちゃんと名前がわかる。こんな半道敵を大看板の役者がやることを「ご馳走」というそうだが、こんな大ご馳走メッタにあるもんじゃないと思った。

芝翫×菊五郎の主従にご馳走の仁左衛門がからんだ舞台。ベテランの芸の確かさ、濃厚さ。これだけ幕見したくなってしまうくらいだ。
そしてこの日は昼の部だけ観にいったのに、仁左衛門丈の藤太を観て気分良く帰ろうと思ったのに、そのまま幕見に直行するハメに!駄目だ、仁左衛門が夜の部のすぐに出るのに帰れない~(^^ゞ
あの仁左・玉の現在最高峰の美男美女役者がこんな三枚目を徹底的に魅力的にやってくれるのだから、歌舞伎役者おそるべしだ。

夜の部は仁左衛門ファンの娘と一緒に千穐楽!
写真は「耳で観る歌舞伎」の表紙の芝翫の静御前のアップ画像。
以下、この公演の別の段の感想
「序幕 鳥居前」
「二幕目 渡海屋・大物浦」
追記
後見は菊市郎、芝のぶ、松之助。袴姿で真剣に芝翫の後見をつとめる芝のぶはやっぱり可愛かった(贔屓なのでm(_ _)m)。
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07/03/18 歌舞伎座「義経千本桜」②渡海屋・大物浦


ちょっと心配しながら「渡海屋・大物浦」にさしかかる。
昨年観た文楽の「義経千本桜」の感想はこちら
2.二幕目 渡海屋・大物浦
前段の「序幕 鳥居前」の記事はこちら
この場の主な配役は以下の通り。
渡海屋銀平実は新中納言知盛=幸四郎
女房お柳実は典侍の局=藤十郎
相模五郎=歌六  入江丹蔵=高麗蔵
義経、弁慶、四天王は「鳥居前」と同じ  

主人銀平の不在時に店を切り回す女房のお柳。藤十郎の声がききとれない。女房役の低い声がダメみたいだ。義経一行を追うために先客から船を譲らせろと無理を通そうとする相模五郎と入江丹蔵。そこに銀平が登場してふたりにきっぱり物申して腕づくで追い払う。ここはチャリ場になっていて、去り際には歌六と高麗蔵の魚づくしで「サヨリなら~」。これも歌舞伎の入れ事のようだがなかなか楽しい。

幸四郎の銀平が思っていたよりもよかった。雰囲気もあるし、台詞回しもききとれる(一番の問題はここなのでクリア)。渡辺保氏の劇評で指摘されていた台詞の間違いも修正されていた(武士の武の字は戈を止むると書きますというあたり)。劇評を読んでいるのか誰かが指摘したのか、ちゃんと直っていたのもよかった。
この仕組んだ芝居で義経一行の信用を得る作戦。銀平がすすめるままに義経一行は船にのりこんでいく。銀平も支度を整えての登場は、白を基調に銀色が散る幽霊装束(だから銀平なのかも?)。壇ノ浦の合戦で死んだと思われていた平知盛の幽霊が義経一行を襲ったと見せかけると高らかにうたう。奮戦むなしく敗れた時の目印をお柳に話し、「その時はお覚悟を」と言い残して一行を追っていく。文楽の時もそう思ったが、ここの幽霊装束というのは本当にカッコいい!衣装負けしないように役者も頑張るのだろうな。

お柳と娘のお安も衣装をあらため、典侍の局と安徳帝として公家の正装になる。ここからの藤十郎は立派だった。お柳の時よりも高い声で品格のあるたたずまい。子役は原口智照くんだと思う(先代萩で千松やった子)。さすがに藤十郎が腕に抱きかかえるのではなく、後ろで黒衣さんが支えていたり、高合引に立たせたりしていた。なぁるほど。
白と銀色の衣装で髑髏の飾りをつけた鉢巻幕姿の歌六の相模五郎がカッコよく苦戦の様子を伝えにきて戻る。次の使いの高麗蔵の入江丹蔵の時はさらに戦況悪化。敵がここまでやってきて羽交い絞めにされると刀で自らの身体ごと貫いて「冥途の先駆け仕つらん~」チャリ場のふたりとはうって変わっての見せ場~。よくできた芝居だ~。

典侍の局は安徳帝に入水の覚悟をさせるくだりがまたまた見せ場。
「この波の下にこそ極楽浄土という都がございます」→「そなたさえ往きやるならば、何処へなりと往くわいの」というやりとり。ここは子役の出来次第で盛り上がり方が違うが、うっ泣かされそうになった。
渡海屋の奉公人たちも実は帝に仕えている女房たちで正装の姿のまま、先にどんどん入水していく。局がいよいよという時に帝を抱き取られてしまう。
義経たちは知盛たちの謀を見破って準備万端応戦していたのだった。そこに血まみれにになった知盛がかけつけてきてさらに挑みかかる。弁慶がその首に数珠をかけて出家を促すが、知盛はきっぱりと拒否。「ええ、穢らわしい」の台詞に先月の勘平の切腹の場面を思い出す。恨みを晴らすことへのこだわりを見せるところが同じだ。それを説得して終局へ向かうという作劇のたくみさ。
帝に「義経を仇に思うな」と言われ、局も帝が生きていくために義経に託すという言葉を残して自害。それですっかり最後の抵抗もあきらめる知盛。ここのイヤホンガイドの「帝に裏切られ」という解説にちょっと違和感。
幸四郎の知盛は父清盛が姫宮を男宮と偽って即位させたことにはふれずに、悪逆がつもりつもったことが一門に報いたと嘆く。姫宮を男宮と偽ってというあたりはいろいろ演じ方があるようだ。

最後の知盛の覚悟の入水の場面。あくまでも義経に仇をなしたのは知盛の亡霊だと伝えること、安徳帝の供奉を頼んで碇を身体に巻きつけて海に投じる。碇は途中の相模五郎たちをこらしめる場面でも登場させているので無理がない。
とぐろ状の縄がするすると海に落ちていき、最後に気合とともに知盛が後ろに飛んで落ちていく。3階席右列からは後ろでお弟子さんたちが布団状のもを広げて待ち受けているところも見える。こうして名場面は多くの人によってつくられていることもわかって感動。

写真は公式サイトよりチラシの画像。
追記
今月末に仁左衛門の知盛で「義経千本桜渡海屋・大物浦」のDVDが発売になる(→松竹のサイトの詳細はこちら)。アマゾンだと25%オフになるのでしっかりと注文してしまった。初仁左衛門DVDだ!!
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07/03/18 歌舞伎座「義経千本桜」①序幕 鳥居前


3月の歌舞伎座も通し狂言で今度は「義経千本桜」。歌舞伎座建替え前に「菅原伝授手習鑑」もやって三大名作を全部上演するというのもいいのではないかと思った。
「義経千本桜」の作品概要はウィキペディア情報をご紹介
昨年観た文楽の「義経千本桜」の感想はこちら。文楽では初段の中の「堀川御所の段」からだったが、今回の歌舞伎は作品の二段目からの上演。それで尚更「仮名手本忠臣蔵」の大序のようなものがないのかと納得。 
1.序幕 鳥居前
この場の主な配役は以下の通り。
佐藤忠信実は源九郎狐=菊五郎  源義経=梅玉
静御前=福助  武蔵坊弁慶=左團次
亀井六郎=松江  伊勢三郎=亀三郎  駿河次郎=亀寿
片岡八郎=男女蔵  笹目忠太=亀蔵

梅玉の義経が左團次の弁慶の先走った暴挙を叱って打ち据え、手討ちにまでしようと本気で怒る場面が実によかった。歌舞伎に出てくる義経はいつも沈んでいるイメージがあったのだが、こうやって怒るところになんとなく人間らしさを感じてしまう。一生懸命やったのにわかってもらえないと泣く弁慶の可愛らしさ。左團次にこの場面の愛嬌のある隈どりが似合う。義太夫は「坊主頭をなでさすり」と語るがかなりの密度のツンツン髪のまん丸頭とともにそういう可愛らしさを強調している気がした。
福助は一月の切られお富があまりいいと思えなかったのだが、今回の静御前は文句なしにいい。義経の愛妾という色気もにじんだ立派な赤姫だった。
静は義経の勘気を解くとりなしをしたのだから一緒に連れていってくれるようにとりなしてと弁慶に頼むのだが、それはあっさり断られてしまう。それなら死ぬ死ぬとダダをこねるのも可愛らしい。困り果てた四天王が「初音の鼓」の調で木にくくってしまうという流れも自然な感じがした。「金閣寺」の雪姫といい、姫を後ろ手に縛るというのは歌舞伎の常套手段らしい。

文楽ではそこを見つけるのは土佐坊の配下の逸見藤太だが、今回は笹目忠太という設定。もしかして昼の部の最後の道行で仁左衛門が逸見藤太で出るからかなと思った。こういう場合にはこの場面を笹目忠太にしてしまうのかもしれない。とにかく亀蔵の半道敵は実に楽しい。
静の危機を救ったのは一行と道を共にしていなかった佐藤忠信。本当は夫婦狐の皮でつくった「初音の鼓」を追ってきた狐の子どもの化身。菊五郎が隈取りに仁王襷、菱皮の鬘という豪壮ないでたちで登場。私はこういうお姿は初見だと思う。声も立派、姿も立派。本性が出て狐手をしたり変な仕草をしたりするところに心をくすぐられるわけだ。劇団得意の立ち回りで捕り方もやっつけて、笹目忠太は踏みつぶしてしまう。目玉が飛び出る仕掛けをつけて笑わせてから亀蔵退場。たのしいねぇ。

文楽のこの場面でも豪壮な狐忠信だったが、歌舞伎の荒事での忠信はさらにいろいろな演出あり。最後の“狐六方”での花道の引っ込みはなかなかの迫力。菊五郎の荒事も初体験で新鮮な感じがして嬉しかった。
写真は「通し狂言 義経千本桜」と書かれた歌舞伎座正面の垂れ幕。
以下、この公演の別の段の感想
「二幕目 渡海屋・大物浦」
「三幕目 道行初音旅」
千穐楽の仁左衛門の権太!
追記
笹目忠太と逸見藤太についてふれられていた方のサイトを発見したのでご紹介させていただきたい(→こちら)。
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07/03/23 サブウェイの日!


サブウェイには1~2週に一度は500円のランチパックを買いにいき、スタンプカードも持っているという私。
そういえばお店に「3/23はサブウェイの日」というポスターが貼ってあった。その日のお昼はそんなことは忘れ果ててどこへ行こうかと彷徨っていたが、遠目にも映える黄色いポスターが効を奏し、引きつけられて行ってしまった。
日本にサブウェイが進出してから15年たったということでの感謝デーのようで、サンドイッチのMサイズ全品が290円。こういう時はふだん食べない高いのを食べるに限る。
ローストビーフにしようかどうしようか迷った末に写真にもあるサブウェイクラブにした。パンはハニーオーツを選択、野菜の中ではオニオンスライスを抜いてもらってピーマンを増量、レッドワインビネガーで締める。それに季節のスープをつけてもらう。店内で食べる。う、うまい!

日本上陸の前に半額自己負担の研修で行ったアメリカ西海岸(サンフランシスコだったかロスだったかは忘れた)で店舗見学の合間にフードコートで食べたのがサブウェイ初体験。アメリカは何を食べても大味だから期待するなという先輩がサブウェイだけはまぁまぁだと教えてくれていた。彼女のおすすめのターキーブレストの注文の際の発音もしっかり覚えていって店頭でオーダー。野菜とかドレッシングも一応きちんと要望が通じて美味しくたべられた懐かしい思い出がある。

東京に異動してきて本部勤務になって近くにサブウェイができたので通うようになったのはいうまでもない。今の四ツ谷にも圏内にあるので上述のような利用状況だったのだ。

その話を娘にしていたら「私食べたことない。なんで食べさせてくれないの」とのたまう。彼女が最初に通った高校の修学旅行でに行ったハワイでは未体験だったという。メインの島でない島に行って学校でつくった施設に分宿するコンドミニアムから通うという短期間研修だったのでサブウェイがあるような街中には行ってなかったのだ。今の行動範囲にもサブウェイがないので一度買っていく約束をさせられていた。
そして本日の特売~。さすがに昼に買っておくのはなんなので、午後から渋谷にいってそこで見つかればお土産にしようと思っていた。
あった、ありました。昼の私のチョイスと全く同じにしてお持ち帰り~。
いつものように夜11時近い夜ご飯で食べさせる。
「何?まるでアメリカって感じの包装だねぇ」
続けて「これはいける!また買ってきてね」
私「これはいつもは490円だからね。食べたかったら自分でどうぞ」
という幕切れを迎えたのだった。

写真はお店でもらったチラシ。縦に撮影して横に加工するのに初めてトライ!やったらできる!!
(さらに近況報告)
抗アレルギー剤を飲んでいるにもかかわらず花粉の飛散量が増えるに伴い、喘息症状がひどくなっている。力をこめての咳払いをしないと息が吐けなくなってきて喉がつぶれて声がかすれた。アレルギー反応で肺が腫れ上がっているらしく、肺が痛くて仕方がない。今日も渋谷の坂を上るのに息が切れてしまって急いでは歩けなかった。明日の土曜日はとにかく身体を休めよう。
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07/03/21 「TOMMY」はロックライブのノリで!


「SHIROH」にハマった私は中川晃教×いのうえひでのりの今回の舞台に行かないわけにいかなかった。公式ブログも見つけてしっかりチェック。右近健一も学生時代に何度も何度も見たという「TOMMY」。「SHIROH」で右近健一の声に惚れこみ、QUEENのコピーバンドをやっているということで更に注目。いのうえひでのりと右近健一のふたりがこんなに入れ込んでいるロックオペラなら尚更だ。
ロック★オペラ THE WHO’S『TOMMY』の公式ブログはこちら
1970年代にこの作品が話題になっていた頃、気にはなったがあまりにも奇抜な写真にひいてしまっていた。ロック好きといってもQUEEN、KISS、レッドツェッペリンといったところで、The Whoは聞いたことがない。
しかしロックオペラだったら「ジーザス・クライスト・スーパースター」が大丈夫だったんだからこれもなんとかなるだろうと思っていた。

ところが初日があいてからあちこちのブログで「好みが分かれる作品」という評判があったので、観劇日を前に心配が増してきた。もう一度、いのうえひでのりのインタビュー記事などを読んで「ミュージカルというよりロックのライブ感覚で観て」というようなことがあったので、頭を切り替えて観劇に臨んだ。

主な配役は以下の通り(間違っていたらごめんなさい)。
TOMMY=中川晃教、TOMMYの母=高岡早紀、
TOMMYの父=パク・トンハ、
TOMMYのおじ=右近健一(劇団☆新感線)、
TOMMYの従兄弟=ROLLY、
アシッドクイーン(売春婦?)=ソムン・タク、山崎ちか、  
斉藤レイ、村木よし子(劇団☆新感線)、他
 
初日あいてすぐの評判では、歌詞がききとれないという指摘もあちこちにあった。今日は東京公演も中日くらいになっているので歌詞もまずまず聞き取れてストーリー展開も大体わかった。
「メタルマクベス」でも大活躍だったLEDという電光板がさらに巧く使われているのが気に入った。メッシュの向こうに岡崎司たちのバンドが見えるのもよい。まさにロックライブのノリ!音と光のシャワーという指摘もあったがまさにその通り。原田保の照明が見事。
TOMMYの父のパク・トンハは「エリザベート」のルドルフの時からけっこう好み。シャープな顔が軍人役にぴったり。母役の高岡早紀は「キレイ」の時より歌がうまくなっていた。とにかく冷たい感じの美人さん風の顔がこの役にあっている。
中川晃教の声に惚れ込んでいるいのうえひでのりが彼に日本初演のTOMMYをやらせたかったというのはよくわかった。アッキーの歌声はとにかく快感!両親のある事件がトラウマになって心を閉ざして三重苦になってしまった少年の何にも反応しないポカンとした表情と、頭の中では自由に遊んでいる様を交互に見せるところも、とても自在に行ったりきたりしているように見える。小柄な彼はおじさんや従兄弟に虐待されているところもハマっている。
変態のおじさんの右近健一は徹底的に変で可笑しく、高音がよく伸びる歌も最高!ローライズの黒い短パンをずっと履いているのがツボ。後から変な柄のスーツを着ている時も黒の短パンが見えるような衣装なのがおかしくて仕方ない。従兄弟のROLLYは青いカラーコンタクトつけている。思ったよりも歌は巧くなかったのはもしかしてギタリストなのかな?それくらいしか知らないので失礼。しかし、彼がいるだけでロックンロールの雰囲気になるところが味噌。

三重苦のままでどうしてピンボールキングになれるのかよくわからないが、とにかくピンボールの魔術師と呼ばれるようになり、大会を連戦連勝。父は荒療治としてアシッドクイーンのお姉さまたちのところへもTOMMYを連れて行ったりする。
TOMMYは鏡を友にしているので、ずっと母親として愛し世話をしている母はついに切れてしまい、鏡を叩き割る。その衝撃でTOMMYはついに心を開き三重苦は克服され、それが人々の支持を得る。そしてついに新興宗教の教祖のように祭り上げられるが、それも人々はTOMMYが自分たちの望むものを与えてくれないと知ると足蹴にして去っていく。
最後はとにかく、ロックンロールだと歌い上げて大団円?!で終わる。
カーテンコールで場内アナウンスがかかっても拍手が続くので何度も出てきてくれる。アッキーが「どうも有難うございました」と言ってくれたり、「ROLLYさん一言」とふるとROLLYが「ロックンロール」と返し、右近健一もノッて「ロックンロール」と呼応。やっぱりロックライブの気分なんだよなと納得。

「心の病気」と癒しを求める気持ち、そこからの解放などは30年以上たった今に通じるテーマだったし、宗教集団のようになっていくというあたりもありそうだと思わせる。また、宗教集団の瓦解というあたりは同時期の「ジーザス・クライスト・スーパースター」や「ゴッド・スペル」などにも共通している気がする。
そういうテーマ性はあるにせよ、最初からロックライブに来た気分の私は足が動くし身体も動いてしまった。前から3列目で真聖さんと並んで観たのだが、後ろが少々通路になっているのでいいかなぁと決めてかかっていた。これくらい楽しければS席奮発しても惜しくなかった。ご一緒していただいた真聖さんに感謝m(_ _)m

終演後はお茶をしながらしゃべるしゃべる。チケット代の設定がこんなに高いから客席が埋まらないのではとかも話題になった。帰宅してあらためて調べると、今回の公演はキョードー東京主催とあった。よくライブとかの興行をやっているところではないか。だったらまさにロックライブだったんだと納得し、強気の価格設定もさもありなんと思ってしまった。
ミュージカルとして観ると期待はずれになると思う。とにかくロックライブという感覚で楽しむ分には一見の価値のある舞台だと思った。
帰宅後の夜ご飯は劇団☆新感線の「レッツゴー!忍法貼」のDVDの後半を観ながら。こちらでも右近健一が~、楽しかった。
写真は日生劇場のサイトより今回の公演チラシの表裏の画像。
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