09/03/31 追悼、金田龍之介さん


3/31に金田龍之介さんが亡くなった。私の小学校時代の同級生のお父さんだったので親しみを持っていた役者さんだった。

2002年のスーパー歌舞伎「新・三国志Ⅱ」で新橋演舞場公演猿之助演じる孔明が死後に走らせた仲達で久しぶりに活躍を見せていただいた。
その後も2005年3・4月の「ヤマトタケル」新橋演舞場公演で父帝を演じた時にはその存在感の大きさにタケルの父を慕う気持ちが通じない悲劇が際立っていた。
同年10月の「サラ~追想で綴る女優サラ・ベルナールの一生」で麻実れい演じるサラにかしづく秘書のピトゥ役のふわっとした存在感も見事で役の幅の広さに唸った。この二人芝居を見逃さなくてよかったと今になってつくづく思う。

私の両親が元気だった頃、会員だったスポーツクラブのプールで水中ウォーキングをされている金田さんをよくお見かけしたと聞いていた。糖尿病治療の減量のために運動していたらしいが、その肥満もある芝居でラスプーチンを演じた時に役づくりのために肥るようにしたためと何かで読んだことがある。糖尿病から腎臓を悪くされて亡くなったようだ。
父の長兄とその娘=私の従姉妹も同じようにして亡くなっているので、糖尿病というのは本当に大変な病気だと痛感。
金田さんのご冥福を祈りたい。

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09/03/22 映画「さらば、わが愛~覇王別姫~」をDVDで観た


昨年3月にシアター・コクーンで蜷川幸雄演出の舞台「さらば、わが愛 覇王別姫(はおうべっき)」を観た。続けて翌月に映画版をル・シネマで観ようとしていた直前に父の急の知らせが入って観ないままになっていた。
一年たって3連休の出かけない日に、玲小姐さんにお借りしたDVDをようやく観てみた。その直後に「Beauty うつくしいもの」をどこで観ようかと検討していた時にシネマート六本木で同時期に「さらば、わが愛~覇王別姫~」も上映しているのがわかったが、ここでなぜ4月に上映企画が多いのか疑問が湧く。DVD鑑賞の報告がてら質問してみたら玲小姐さん曰く「レスリー・チャン」が4月に亡くなったのでそれを追悼するためでしょ」。うーん、納得だ!

2008年3月のシアター・コクーン「さらば、わが愛 覇王別姫」の記事はこちら

【さらば、わが愛~覇王別姫~】(1993年/香港/172分)
監督・脚本 チェン・カイコー
主なキャストは以下の通り。    
小豆子→程蝶衣:レスリー・チャン
小石頭→段小樓:チャン・フォンイー
菊仙:コン・リー

まず映画でこそと思ったのは、少年時代をじっくり描いていることだ。子役も途中で代替わりさせて45分かけて蝶衣と小樓の育った環境と二人の関係をしっかり描いている。京劇の役者育成をしながら街頭で日本でいう角兵衛獅子のような見世物をしてお金を稼がせている集団。どの子もガリガリに痩せていてアクロバティックな動きが身についている。きっと雑技団とか体操とかの才能を育てられている子どもたちからキャスティングされているのだろう。
特に2人目の小豆子の子役が実に巧い。遊郭の女郎が育てられなくなって捨てるように預けていった小豆子は母親に似たのか美しい顔立ちで髪を剃りあげられた小さい頭と細く華奢な身体つき。頭で石を割るような頑丈で逞しい小石頭に心を寄せていく様子がせつない。小豆子が宦官だった金持ちの翁に弄ばれる犠牲と引き換えに小石頭とのコンビが世に出たのだ。京劇の女形の運命らしい。

レスリー・チャン=蝶衣とチャン・フォンイー=小樓に切り替わると実に美しい女形と頑健な立役で見惚れる。チャン・フォンイーがどうもどこかで見た顔だと「レッドクリフ」のプログラムで探したら曹操役の人だった!こうしてみると東山紀之はなかなか頑張っていたじゃないかと思えた。小樓の遠藤憲一は姿はいいのだが声が通らなかったのでやっぱり駄目だったと(^^ゞ
圧倒的にレスリー・チャンの蝶衣は美しく圧倒的な存在感。コン・リーの菊仙は負けている。
しかし、映画では小樓と菊仙の二人の男女の恋愛模様も実にたっぷり描かれている。遊郭の3階から飛び降りて受け止めるという場面は舞台では無理だ。それが文化大革命の時代に不幸な最後を予感する場面のキーワードとして有効に使われるというのがすごい。
そしてこの濃厚な夫婦関係に打ちのめされて蝶衣がパトロン袁世卿とのアヘンを含めた関係に耽溺してしまう対照が激しく悲しい。

袁世卿の役者の細くて耽美の世界にしか棲めなくなってしまったような妖しい目がまたよい。彼が運命の剣を蝶衣に与えてしまったんだなぁ。袁世卿のような存在は文化大革命では生き延びることはできない。その運命すら予感させるような半分この世にない目つきが印象的だった。

シネマート六本木の映画の説明に「京劇の古典『覇王別姫』を演じる2人の役者の愛憎を、国民党政権下の1925年から60年代の文化大革命時代をはさんだ70年代の末まで、50年にも渡る中国の動乱の歴史と共に描く一大叙事詩」とあった。
清王朝から国民党政権へ、日本の占領→敗戦くらいまでは京劇もなんとかなった。日本軍に媚びた漢奸だという疑いも晴らした。蝶衣のアヘン中毒を必死に直したのも小樓と菊仙だったし、菊仙の流産の不幸もともに乗り越えた。
しかし小樓が保身のために共産党に飲み込まれていくことが蝶衣との絆を断ってしまう。さらに文化大革命の嵐は小樓に心ない言葉を次々と吐かせてしまう。この男の小ささが招く不幸。万人の前で遊女だった女は愛していないと宣言した夫に絶望した菊仙の自殺。

袂を分かっていた二人が「覇王別姫」で再共演することになり、その舞台の上で蝶衣は虞姫になった。映画の冒頭のタイトルロールが流れる絵はまさにその「覇王別姫」最後の悲劇の場面。虞姫の首を突き抜ける剣の絵。だから映画でその場面はなくて終る。実にイマジネーションを喚起される。
この死に方で虞姫は項羽への愛を全うし、蝶衣は小樓へ思いをたたきつける。この世でかなうことのなかった思い。蝶衣の愛、菊仙の愛を受けるにふさわしい人間だったのだろうかと、小樓はそれを一生自問し続けるのだろうか?

男二人女一人で古典芸能を生きた物語が「Beauty うつくしいもの」と共通はしているが、3人の愛憎のドラマに焦点がある「~覇王別姫~」の方は重たく苦しくせつない。
ふと映画「M.バタフライ」も思い出された。京劇の女形ソン・リリン(ジョン・ローン)を女と思って愛してしまったフランスの外交官ガリマール(ジェレミー・アイアンズ)。ソンは中国共産党のスパイとして行動することを強要されていて、外交機密をもらしたガリマールは裁判で全てを知らされて絶望する。収監された牢獄の余興で京劇の女形を演じ、隠し持ってきたカケラで頚動脈を掻き切って死ぬのだが、あれは「覇王別姫」の虞姫だったのか。愛した幻の女への愛を全うしての最後だった。
アジアへの幻想に生きて死んだフランス男の哀れな人生。中国とフランスって似ているかもと玲小姐さんと盛り上がったっけ。最近、洋の東西の文化比較に関心が向いている私である。

写真は映画「覇王別姫」の宣伝画像。
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09/03/25 映画「Beauty うつくしいもの」


松嶋屋の若手役者二人が主演する映画「Beauty」は全国一斉ロードショーではなく、製作・上映を成功させる会による全国上映企画が連続的に各地で取り組まれている。東京でも3/14からシネマート六本木銀座シネパトスで上映が始まったが、レディスデイの夜に観ることができるラストチャンスにかけつけた。

【Beauty うつくしいもの】
<主なスタッフ>
監督:後藤俊夫 / 製作総指揮:角川歴彦 /
   音楽:小六禮次郎 / 振付:藤間勘十郎
<主な出演者>
片岡孝太郎、片岡愛之助、麻生久美子、嘉島典俊、大西麻恵、二階堂智、赤塚真人、串田和美、井川比佐志、北村和夫
<あらまし>大鹿村サイトのエキストラ募集の記事が一番わかりやすい。

後藤俊夫監督は信州・伊那谷で生まれ育ち、13年前に東京から戻ってきて伊那を舞台に映画を撮影。「こむぎ色の天使・すがれ追い」から9年、長年温めてきた村歌舞伎を伝承する人々を描いた本作を撮ったのだという。映画づくりで地域を元気にしたいという思いで伊那市のふるさと大使にもなって、この作品も地元の企業や行政、村歌舞伎を伝承する人々の力が集められた。
その取材中に13代目仁左衛門が大鹿歌舞伎を二度も観に来たことを知って松嶋屋に強い思いを持っていた。プロデューサーを通じて脚本が当代に渡り、息子の孝太郎が脅威を示してくれて出演してくれることになったのだという。
このプログラムの監督の話には感動した。

昭和10年時の子ども時代の半次・雪夫・歌子を演じる子役3人がそれぞれよくて一気に物語に引き込まれる。赤塚真人が演じる村歌舞伎の義太夫の師匠の娘歌子がはしかで出演できなくなって「新口村」の梅川の代役を雪夫に乞われたことから半次は村歌舞伎の世界に入る。雪夫の立役と半次の女形のコンビで村の看板役者となってしまうのだが、歌子は二人を支える存在になっていく。二人の舞台の映像で大人の役者にタッチ交替。

昭和19年。そんな歌子と雪夫が相愛の中になっているのだが、彼ら若者たちのもとにも召集令状が届きお別れの舞台が出征を祝う会を兼ねる。その舞台は「太十」(太平記十段目)。孝太郎と愛之助と並んで武智光秀をつとめた政男役の嘉島典俊も立派だった。雪夫は歌子に気持ちを伝えないまま出征。
終戦後にシベリアの強制収容所に送られた半次たちは厳寒の地で過酷な労働の日々を送るが、政男が肺炎で死んでいく。雪夫も伝染病になって隔離され別れ別れのまま帰国の日を迎えた半次は雪夫から託された遺書を家族に届け、一緒に連れて帰れなかったことを詫びる。歌子にも詫びて雪夫の気持ちを伝えると、歌子はこれまでの気持ちをぶつけるが、二人は戦争で途絶えかけた村歌舞伎を再興することで寄り添っていく(ここで二人が結ばれるってことにはしない展開?!)。製材所で働きながら立役もつとめながら村歌舞伎の仲間をまとめていった。
しかし雪夫は生還していた。しかし目と心に深い傷を負っていたために家族のもとに戻らず、二人の前にも姿を見せない。失明して按摩で生計をたてていた雪夫は半次たちの舞台に駆けつけていたのだが、心の傷のうずきに耐えられずにまた身を潜めてしまっていた。
ある時、遠く離れた村で本来は伊那谷だけに伝わる芝居「六千両」を演じる役者がいることという新聞報道を見せられた半次はその男を訪ねていくと座長(串田和美)から幸夫の病状も聞かされる。雪夫の家に訪ねた半次は3日後の「新口村」で一緒の舞台に立って欲しいと説得。その日時間ぎりぎりに駆けつけた雪夫とともに舞台にたつ。しかしその幕切れに雪夫の命は尽きてしまった。

その後の長い年月を村歌舞伎のリーダー役をつとめた半次の引退の舞台は思い出の舞踊「天竜恋飛沫(てんりゅうこいしぶき)」。新調した衣裳は直前に止めて幸夫の衣裳で踊る半次。戦争の古傷がうずく足元はふらつき、古い衣裳の袴はひもが千切れて小袖姿になってしまう。それでもレンギョウの精と水底で添い遂げる最後まで踊りきる半次。幸夫の想いと添い遂げたということだろうか。
麻生久美子も本当に華奢な身体で歌子を健闘。半次とともに村歌舞伎を支えることが彼女の幸夫への想いを全うすることだったのかもしれない。
3人の関係はちょっともどかしいほどせつなかった。         

北村和夫が村長役で村の英霊を迎える場面だけ出演しているが、撮影半ばで亡くなって遺作になってしまって場面を減らしたらしい。本当に残念だが、一場面でも素晴らしい存在感を添えてくれたことに感謝したい。

幸夫の心の傷とは中国戦線で満蒙開拓団の引揚げで遅れた女子どもたちをソ連軍の捕虜にさせないために手榴弾で殺したことだった。爆発物のかけらが眼に入ったことがもとで失明したということだろうが、上官命令を実行したとはいえ人の命を奪ってしまったことの記憶が消えないという時代の悲劇もしっかり描いていた。
シベリアの抑留問題の歴史も実際に抑留されていた方のお話も聞いたことがあるし、劇団四季の「異国の丘」を観たり、その原作『夢顔さんによろしく』などを読んでいた。今回も病人が出るとうつされたくないと冷たい行動をとる人間もいるリアルな様子、その中で支えあう仲間の素晴らしさも描かれていた。肺炎の政男が弱っていき死んでしまう展開にまず泣けた。

井川比佐志演じる実直な木地師のじっちゃんの存在感も貴重。半次が帰ってきて迎えてくれたのは遺影で村の道普請で倒れて村のみんなに看取られて死んだというあたりでも泣ける。

戦死した者も銃後で死んでいったものも、戦時の暮らしに耐えた者も時代の過酷さに翻弄されている。そこから立ち直って生きていく、こだわった文化を再生させていくことのもつ重みも感じさせる。
とにかくこの作品は過剰な音楽も演出も感じさせず、淡々と描いているのが逆にしみてくる。何度も何度も涙がにじんだ。

松嶋屋の若手二人が頑張っていたのが嬉しい。孝太郎は地味ではあるがひとつのことを地道に積み上げていく人物の素晴らしさを実に誠実に体現していたと思う。愛之助は背負ってしまった苦悩に悩む姿も美しい。失明して按摩になっている長髪を束ねた姿は「大王四神紀」のペ・ヨンジュンみたいだと思ってしまった。このコンビが相乗効果をあげているのがいい。本物の歌舞伎役者が村芝居に見えるように苦心して演技したということだが、美しさは本物なのがこの作品のひとつの魅力でもある。

二人の父も特別出演しているのが嬉しい。秀太郎は蕎麦屋の客で本当に普通のおじさんみたいだった。仁左衛門は半次の引退公演を観に来た観客で半次がよろけると心配そうな表情が大写しになったし、エキストラたちと一緒に芝居を楽しんでいる表情もご馳走だ。映画の題字も仁左衛門とのこと。
松嶋屋贔屓にはそういうことも嬉しい映画であった。

やはり村歌舞伎をとりあげたドラマの「おシャシャのシャン!」も観ている。ひとつの地域の人々の中に根付いた伝統としての村歌舞伎の雰囲気が素晴らしい。
(追記)
シネマート六本木で同時期に上映されている「さらば、わが愛~覇王別姫~」と思わず比較してしまった。古典芸能の世界に関わる男二人と女一人が時代の波に翻弄されていく物語という共通点あり。「Beauty」では歌子に役をとられたというあたりに確執はあるものの、愛情の三角関係ではない。そのあたりで結末が大きく違ってくるという相違あり。蛇足で失礼m(_ _)m
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09/03/28 追悼、藤間紫さん

3/27に藤間紫さんが亡くなった。ちょうど木挽堂書店で買った『猿之助修羅舞台』を読んでいたところだったのでちょっと驚いた。

2004年9月の新橋演舞場公演「西太后」でタイトルロールを演じた時、チラシの立ち見得姿があまりにも立派で職場の先輩をお誘いして観に行ったことを思い出す。懐かしさに筋書を探し出し、挟んであったチケットで9/20昼の部を観ていたことを確認。市川猿之助が倒れた後、年上のパートナー藤間紫が座頭として澤潟屋一門を立派に率いた舞台だった。
このブログを始める前の観劇だったが、同じ演舞場の11月公演の『マリー・アントワネット』(大地真央主演)ともどもとても印象的だったので、女帝や女王の貫禄の女優ということでまとめて一本書いておこうと思ったのだが、忙しさにかまけて書いていなかった。

ネット検索したら「朝日マリオン・コム」の「セリフを読む」の記事に「西太后」が取り上げられていた。老年になった場面の西太后の藤間紫の写真が実に立派だ。この姿で腰に手を当てて立ち見得を切った。猿之助が「歌舞伎の女形芸ができるただ一人の女優」と評したのだったと思うが、まさにその通りと唸ったものだった。

彼女のドラマチックな実人生にも思いを馳せる。時代はさらに遡るが、林真理子著の『白蓮れんれん』で読んだ柳原白蓮の波乱万丈の人生にも重なるものを感じる。とにかく晩年は幸せでいらしたのではないだろうか。

ご冥福を祈りたい。
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09/03/20 歌舞伎座の元禄忠臣蔵③「御浜御殿綱豊卿」


今月昼の部の眼目はなんといっても仁左衛門の綱豊卿だ!前回はなんと2回も観てしまっている(^^ゞ玲小姐さんと並んで心をウキウキさせながら、しっかり観る!!

【元禄忠臣蔵「御浜御殿綱豊卿(おはまごてんつなとよきょう)」】(二幕)
あらすじは前回の記事に詳しいので省略。
2007年6月の「御浜御殿綱豊卿」の記事はこちら
今回の配役は以下の通り。
徳川綱豊卿=仁左衛門 中臈お喜世=芝雀
富森助右衛門=染五郎 上臈浦尾=萬次郎
御祐筆江島=秀太郎 中臈お古宇=芝のぶ
新井勘解由=富十郎

丸谷才一の『忠臣蔵とは何か』を読んで一番目鱗だったのは将軍綱吉という人物を理解しないとこの事件がよく理解できないということだった。学者顔負けに儒学の講義をする綱吉は中国の伝説の聖王を理想とし、聖王たちに自分を模して振舞ったというのだ。綱吉は「生類憐れみの令」の印象が一番強いが、その悪法や悪貨強制のもとで想像以上に人々が苦しみ、些細なことでおとりつぶしや改易になった藩が他の将軍の時代と比べものにならないくらい多いという、そんな苛斂誅求な悪政を30年も続けたのだという。
そんな綱吉が吉良上野介をお構いなしにしたことで赤穂浪士たちへの同情が集まって仇討ちを待望する気運が盛り上がったのは、そういう悪政への不支持・反抗の世論の突出だったのだ。さらに御霊信仰やら魂鎮めとしての仇討ちという話の展開も面白いのだが、それはまたの機会にあらためよう。

綱豊は中国の聖賢の教えよりもまず侍心を大事にしたいという気持ちを新井勘解由(白石)に語る。そこが綱吉への批判になっている。そして赤穂浪士たちに仇討ちをさせてやる方が禁裏に喜んでいただけるはずだし、さらに「世道人心のためにも討たせたい」と呟く。そしてそういう人物だからこそ、綱吉に本心を悟られないように振舞わなければ身の安全を保てないという寂しさがある。
ここが最後の場面で助右衛門に内蔵助の放埓の裏にある寂しさがわかるという言葉につながっているのだ。こうして綱豊卿を描きながら内蔵助を浮かび上がらせる真山青果の作品の奥行きの深さを味わうことができた。

今月の6作品による通し上演の中でこの演目だけに明るい場面があって、仁左衛門という華がある役者に綱豊卿というのがまた絶妙だ。光が強ければ影も濃くなる。単独での上演も多い作品だが、通しの中でも大きな役割を果たすことがよくわかった。

前回の新井勘解由は歌六だったが富十郎も実によかった。「江戸城の刃傷」で加藤越中守だった萬次郎はこちらでは上臈浦尾と幅の広さに嬉しくなる。宗之助が病気休演の代役で芝のぶが中臈お古宇を頑張っていた。芝雀の中臈お喜世は綱豊に「いつまでも町娘らしゅういてくれよ」と眦を下げて言われるにふさわしい可愛さいっぱい。

助右衛門の染五郎は前回の千穐楽でも気迫いっぱいで仁左衛門と渡り合う素晴らしい芝居を見せてくれたが、さらに成長していたのが嬉しい。
そして仁左衛門の綱豊卿はもう他の追随を許さない絶品の綱豊だ。銭(ぜぜ)を一度も持ったことがない高貴な育ちが台詞の音遣いからも身体の動きからも漂い、お喜世に甘えかかる酔態も可愛く、心情をほとばしらせる時の熱さ。華やかな能衣裳で助右衛門との立ち廻る時の動きの美しさ。その華やかな人物が内蔵助への共感の吐露に忍ばせる自らの寂しさ。
これを観てしまったら、しばらく「綱豊卿」は封印である。他の役者の皆さん、しばらくやらないでください(^^ゞ

今月は「元禄忠臣蔵」ということで定式幕が一切使われない。いくつかの緞帳が使われたが、写真の金色の雲海の中に富士山の日の出が浮かび上がる図案のものが一番使われていた。やはり義士たちの大願成就を客席からも一緒になって祈る気持ちで観る演目だし、「一富士」ということで縁起のよい図案がいいのだろう。
3/20歌舞伎座の元禄忠臣蔵①「江戸城の刃傷」
3/20歌舞伎座の元禄忠臣蔵②「最後の大評定」
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09/03/20 歌舞伎座の元禄忠臣蔵②「最後の大評定」


「最後の大評定」で大石内蔵助がようやく登場。さて幸四郎の内蔵助はどんな感じだろうか?
【元禄忠臣蔵「最後の大評定(さいごのだいひょうじょう)」】(二幕)
あらすじと配役は公式サイトより引用加筆。
「赤穂城明け渡しの期日が迫り、幕府に抵抗して篭城切腹するとか打って出て斬り死にするとか家臣たちの意見はまとまらず、家老の大石内蔵助(幸四郎)はその態度を明確にしていない。そんな内蔵助を妻おりく(魁春)や嫡男松之丞(巳之助)は心配している。
大石邸の玄関先で内蔵助に会わせろと浪人者が騒ぎを起こす。内蔵助の幼馴染であり赤穂藩士であった井関徳兵衛(歌六)は先君の勘気を蒙り浪人していたのが息子の紋左衛門(種太郎)とともに駆けつけてきたのだ。登城前の内蔵助を待ち構えていたが内蔵助は旧交を懐かしむが行動を共にすることは許さない。
登城した内蔵助は、浅野本家から開城諭告使として遣わされた戸田権左衛門(錦吾)と面会の上で最後の大評定を始める。300を超えた藩士も今や内蔵助の前には、奥野将監(東蔵)を始め諸士(家橘・右之助・高麗蔵・松江)ら50余名が集うばかり。配分金増額を内蔵助に掛け合いに来た大野九郎兵衛らは逐電。江戸から駆けつけた堀部安兵衛(市蔵)らは吉良の傷が癒えて健在との情報を言上、安兵衛らは既に仇討ちを計画中だと言う。
内蔵助は全ての行動を自らに一任するという誓紙血判を受け取った上でその真意を明かすと告げる。藩士56名の連判に、内蔵助は速やかに城を明け渡し幕府への批判をしないこと、一同の生死を自分に預けて欲しいと語った。その様子に安兵衛らも連判に加わり、評議は一決。この諸士の信頼のありがたさに内蔵助は涙を零す。
城の外に出た内蔵助は井関が息子を先立たせ自分も続こうとしているのを見つける。徳兵衛は内蔵助がある覚悟をしたのを察し腹に刀をつきたてる。その覚悟を聞いて死んでゆきたいという旧友に内蔵助は主君の仇を討ち、ご政道に反抗するという本心を明かす。二人の亡骸に道具櫃の中の旗指物や鎧を着せ掛けて供養の上、名残惜しげに城を後にする。

赤穂義士となったのは藩士の中の一部だし、大野九郎兵衛のように明らかに不義士となった者もいて、仮名手本では斧九大夫として象徴的に配置されているのだなぁと納得。

粗末できったない紙衣姿というのがわかる衣裳で登場する歌六の井関徳兵衛が実によかった。単純で世渡りがいかにも下手そうで零落しているが侍としての誇りだけは身体に染み付いている。百姓女に手をつけて生まれた息子に誇りにしている赤穂藩士時代を語り続けて育ててきたのだろう。息子も父とともに主君のために命を投げ出すことにも生きる甲斐があると思ってしまっている。種太郎の紋左衛門もそういう朴訥さ健気さが漂っていい。暴走気味の父の行動にとまどいながらも一生懸命に従っている。
歌六の徳兵衛の暴走やふるまい酒での酔態は不自然さがなく困ったヤツなのに憎めない感じがよくでている。若かりし頃の内蔵助の親友だったというのも無理がないと思える魅力が滲み出ている。その友が死にゆく今際の際には本心を見せて安らかに旅立たせてやりたいと思うだろう。この父子の悲劇を配置したことで内蔵助と息子の未来も重ねてしまい、運命を生きる武士たちのドラマが重層的に描かれていると思い当たる。

幸四郎の大石内蔵助が予想以上にいい。この真山青果の元禄忠臣蔵はツケもなく義太夫も入らない台詞劇なので現代劇の俳優としては実に素晴らしいと思っている幸四郎の芸が生きている。歌舞伎でもこういう役柄でこそ幸四郎の真骨頂を発揮するのだと痛感した。幸四郎の芸の特質にあらためて注目し、こういう役柄ならば歌舞伎でもどんどん観たいと思わされた。夜の部の「大石最後の一日」にも期待が高まった。

今回の「元禄忠臣蔵」の金文字のタイトルが上に大きく横たわるポスターやチラシは幸四郎・團十郎・仁左衛門3人の内蔵助が並んでいて好ましい。写真は幸四郎内蔵助を携帯でアップで撮影。
3/20歌舞伎座の元禄忠臣蔵①「江戸城の刃傷」
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09/03/22 お彼岸に母を初めてレイクタウンに連れて行く


お彼岸ではあるが父のお墓参りはとりやめ。名古屋の妹1が来られなくなったのと、母親が消化器系の検査を二つ受けて落ち着いてからということで仕切りなおしにしていた。
しかし全く何もしないのも寂しいだろうと、この3連休の最終日に妹2と私と娘が実家に行って母と食事に出かけることにしていた。
どこに行こうかと妹2と相談。名古屋の姪っ子たちがくる度に全国的に宣伝が行き届いている?!越谷のレイクタウンに行きたいとリクエストされて既に2回も出かけているのに、そのあまりの広さに母だけは毎回お留守番になっていた。そのショッピングモールのレイクタウンに買い物ではなく食事を中心に連れて行き、どんなところかを見せてあげようということにした。

娘と家を出てJR与野駅で武蔵野線は遅れているという情報に嫌な予感。春の嵐のような強風で徐行運転になっているのだろう。南浦和駅で京浜東北線から乗り換えようとしたら武蔵野線のホームで電車は運転見合わせになっていた。安全確認中とのことで乗り込んで待っていると運転再開。しかし2駅行ったらまた停止。それからやや待つと隣の南越谷駅まで運転すると動いてくれたのでようやく妹2の運転する車に駅前で拾ってもらえた!

そこからレイクタウンの奥側のmoriエリア(ジャスコの入っている方)に直行。妹1の障害者手帳(腎臓が悪い)で専用エリアに駐車。その近くの入り口には車椅子も常備されているので母に座ってもらってレストランエリアを押していく。候補に挙げていた和風バイキングの店に娘を並ばせておきながら他の店も見て歩き、
「鍋専門店 籠菜」に変更!私はしゃぶしゃぶの方がよかったが、他のメンバーはすき焼きがいいというので両方の鍋は4人卓では並べられないのですき焼きの食べ放題ランチに一本化。
母がお肉大好き人間なので喜んで一生懸命食べている。定番の白菜や葱、春菊だけでなく、もやしなどもある。しゃぶしゃぶと兼用の切り方なので大根や人参はお肉のスライサーでスライスしているであろう薄切りのものが野菜バイキングの籠に盛られている。野菜もたくさん入れて食べるのでダイエット中の娘も喜んで食べている。今回注目だったのはマロニーちゃんだ。みんな意外に美味しいねと褒めていた。これからは家で作るときも導入されるだろうか?
母は一人で中ジョッキビールも飲んでご満悦だ。近所の年寄りたちからは「あんなところは広すぎるし美味しい店もないし、二度と行かないよ」と悪口しか聞いていなかったけれど、この店は気に入ったからまた来たい、来月1年祭でお墓参りに行ったら帰りにここまで来て食べようと母から言い出した。精進料理じゃないけどいいの?と念押ししたが、家族だけだから構わないよとのこと。
もっと大人数で来れば鍋を2つ置けるテーブルに座れるのでしゃぶしゃぶとすき焼きの両方から食べたい方を各自が食べればいいので都合もいいねぇと盛り上がった。その線で一度調整しよう。

娘の太めサイズがある若い可愛いデザインのお洋服を買える店が3つもある!娘にとって嬉しいショッピングモールなので本人には貴重。メンバー登録しておいた店の1つから20%オフセールのお知らせが来ていて、その店だけは行くことにしてkazeエリアへ車で移動。また専用駐車場スペースを見つけて車を停める。車椅子ではなくショッピングカートを押して歩くことになった。
娘はいろいろ試着して半袖のデニムジャケットとTシャツ2枚をGET。私はちょっとだけカンパ(^^ゞ

そして私の来ていない前々回に美味しかったという2階のスウィーツカフェ「カフェ・プラネット」へ。娘はケーキを食べずに蜂蜜を入れて飲むグレープフルーツ・ハーブティー(ガラスポットがそれ)をチョイス。残りの3人がスコップケーキ3種をとって少しずつもらいながらいろいろ味わう。写真は私の注文した春限定イチゴのティラミスとプラネットティー。ポットサービスがお徳感あり。

実家に戻る時には雨になっていた。
仏壇の父にご挨拶。母親の受ける検査の理解同意書に家族として連名で署名押印もしてきた。胃カメラよりリスクの高い検査なのでもしものことが起きた場合、医者に重過失がない限り保険治療になることについての同意書だ。ちょっと疑問にも思うが、とりあえず仕方がないとサインした。

こう書くと、和気藹々とした家族団欒の一日のようではある。しかし、その前に精神不安定になっている母が泣いているのをなだめたりすかしたりしてここまでこぎつけているというのが実態。
約束しているのに前日に電話をくれないからとりやめになったのかとか、電話をくれないと泣いてしまう。妹二人は交代で電話しているから私がかけていないのが不満らしい。自分は電話を待つだけで泣き言を言うのはやめてほしいと前から頼んでいるのにだ。
どうして自分からかけないのかと聞くと、アンタは仕事をしているから昼間は我慢をしてるし、9時前に携帯で電話すれば無料だけど過ぎてから気がつくことが多いからかけられないと泣く。母親の電話は私が買って持たせているので遠慮しているらしい。9時前は無料だけど過ぎて電話しちゃいけないとは言ってないでしょうとなだめておく。
約束も忘れてしまったり、精神的にアップダウンが激しいところに症状があるので、そこで要介護1がとれているということなのだが・・・・・・。

娘は「いよいよアルバイト探さないとなぁ」と口には出している。ネットゲームにお金をつぎ込んでいるらしいし、従姉妹と一緒の旅行にも行くお金を貯めなくてはという決意はあるらしいのだが、どうにも腰が重い。ダイエットは少し成果が出ているので、その調子で身も軽く一歩を踏み出して欲しいと願っているが・・・・・。

与野駅から自転車に乗ると風が強くて傘が使えず濡れて帰る。天気も人生も風雨強かるべしか!
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09/03/20 歌舞伎座の元禄忠臣蔵①「江戸城の刃傷」


歌舞伎座さよなら公演三月大歌舞伎は「元禄忠臣蔵」の通し上演。2006年10~12月の国立劇湯での10作品上演は迷った末に全部見送り、前進座の映画を観たのみ。その後2007年6月に仁左衛門主演の「御浜御殿綱豊卿」を観たのみだったので、今月の6作品の通し上演を実は楽しみにしていた。
観劇前に丸谷才一の「忠臣蔵とは何か」を参考に読みながら、頭を忠臣蔵モードにしていった。
Yahoo!百科事典の「元禄忠臣蔵」の項はこちら

【元禄忠臣蔵「江戸城の刃傷(えどじょうのにんじょう)」】(二幕)
まずは昼の部の「江戸城の刃傷」から。あらすじと配役は公式サイトより引用加筆。
元禄十四年三月十四日、浅野内匠頭(梅玉)は江戸城松の廊下で吉良上野介に刃傷に及び、城内は騒然となる。この様子を窺おうとした戸沢下野守(進之介)は、平川録太郎(亀鶴)に止められてしまう。内匠頭が取り押さえられてようやく刀を離すところに目付の多門伝八郎(彌十郎)が現れて詮議する。内匠頭は宿意のためとは言うがその訳は語らない。
まもなく老中の加藤越中守(萬次郎)、大久保権右衛門(桂三)、稲垣対馬守(男女蔵)らは、内匠頭即日切腹の沙汰を下す。多門は喧嘩両成敗のご法に触れるし柳沢美濃守吉保のところでの判断と聞いて再考を願うが聞き届けられない。
内匠頭が預けられている田村右京太夫(我當)の屋敷に庄田下総守(由次郎)、多門、大久保たちが検死役として到着。多門は庭先での切腹にも抗議するが改められない。赤穂家家臣の片岡源五右衛門(松江)の対面の願いだけはかなえることを主張して庭の隅に控えさせる。
内匠頭は多門のはからいで片岡が忍ぶのに気づき、思いを聞かせるように遺言と辞世を残して切腹の場へ向かう。濡れ縁に死に装束で出て辞世の句「風さそう花よりもなほ我はまた 春の名残をいかにとやせむ」を詠い上げての幕切れとなる。

「仮名手本忠臣蔵」三段目・四段目とイメージの重複を避けているのか、内匠頭が吉良上野介に切りかかる場面や切腹の場面はない。
仮名手本の加古川本蔵のような役回りの梶川余惣兵衛を菊十郎。独特の渋い声で目付の多門に内匠頭を押さえ込んだ時の状況を一生懸命語るのが好ましい。多門は意趣ありと聞き刃傷ではなく喧嘩だと調書にしっかり書き取らせ、吉良が刀を抜いて応戦しようとしていなかったことも確認。
老中3人が幕命として内匠頭のみの切腹を伝えると殿中の法度に従った吉良をお構いなしとする判断に異議を唱え、「武士の脇差心なし」と非難。吉保の縁戚だった吉良へのえこひいきだと世上に言われるのもいかがかと主張するが押し切られる。
大柄な彌十郎があの迫力で正統な主張をするのを封殺する小柄な萬次郎が独特の古怪な存在感で拮抗。見応えがあって堪能。

内匠頭は切腹の沙汰を粛然と受け止めるが、吉良の生死を確認する。多門が吉良は存命だが高齢でもあり養生によっては死ぬ可能性もあると答えるやりとりは、一国一城を投げ打った意趣返しは相手の死によってしかかなわないのだと理解の上の武士の情けなのだと思い当たる。
真山青果の元禄忠臣蔵は冒頭から「武士の心」に重点を置いた台詞劇として展開されるのだなぁと納得した。
梅玉は内匠頭もいま最高のはまり役だろう。ただし浅野内匠頭長矩という実在の人物が本当にこんなに温厚そうな人物だったとは私には思えない。梅玉の内匠頭だと温厚な地方の藩主に領地領民を投げ打つまでに追い込んだ吉良上野介の方がよっぽど悪い人間だったのだろうというイメージが浮かんでしまう。まぁそれはそれでお芝居なのだからわかりやすくていいのではないかとも思う。

いろいろイメージが飛んで頭が疲れるようなそれが楽しいような・・・・・・(笑)こういう芝居を観るのもまぁいい経験だと思えた。
(3/22訂正)筋書を読み直して間違っていた箇所を訂正させていただいたm(_ _)m

(3/26写真追加)写真は歌舞伎座正面の垂れ幕だが、今月は「元禄忠臣蔵」通し上演ということでしっかり演目名がどどーんと書かれているのが嬉しい。
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09/03/18 「相棒」「その時歴史は動いた」最終回のハシゴ

昨日は水曜のレディスデイだったが、「相棒」「その時、歴史は動いた」の最終回放送が続くので映画はやめにして帰宅。いずれの番組も欠かさずに見ていたわけではないが、見ることができた時の満足度は高かった。
「相棒」は劇場版をわざわざ映画館で観てTVドラマもよけいに興味を持っていた。しかしながら9時台というのは私にはとても条件が悪い。家にいればまだ夜ご飯をつくっている最中(笑)。後半にようやく間に合うかなという感じ。予約録画を入れるほどの熱心さはない(^^ゞ
さてその最終回。チェックが甘くて2時間スペシャルだと気がつかずに9時にチャンネルを合わせた。まぁ今回登場の新しい相棒の及川光博を見てやろうというのが一番の関心事なのでその目的は達成。寺脇康文の亀山くんと全く違ういけすかない感じがまた面白い。カッコよくきめていたのに死体を見てクラクラッとして「苦手」というあたりのギャップがよい。ソフトバンクのTVCMで犬のお父さんの剣幕で逃げ出すドンファン的キャラと被って楽しい~。次回シリーズを楽しみにしよっと。

「その時歴史は動いた」は9年の長寿番組だったという。昔昔(20年くらいまえだからこれでいいかな?)、ニュースオタクのツレアイがNHK「ニュース9」→テレビ朝日「ニュースステーション」→TBS「ニュース23」とハシゴして見ていたのによくつき合ったものだ。「ニュース9」の松平キャスターは脂が乗りきっていて、グイグイと引き込むような迫力で語っていた。ちょっと事件も起こしてしまって降板。「その時、歴史は動いた」で週一回姿を見せてくれるようになったのが嬉しかったものだ。この番組はなかなか硬派なつくりで、歴史を動かす人間の魅力にスポットをあてるドラマチックなところが気に入っていた。松平キャスターの名調子で飽きさせずにグイグイとその時に迫っていくのが気持ちよかった。
三国志の回を見て「レッドクリフ part1」を観たくなったということもあった。
その最終回。9年間に取り上げた内容を俯瞰的に分析してみせるのが面白かった。時代で括ってスポットが当たる回数ベスト3は「戦国」「幕末明治維新」「昭和」だという。取り上げた女性は何人とか抽出してみせるのもキーワード検索画面のようで身近に感じてしまった。どのように作られたかを取材の現場や製作スタッフの現場もまじえて見せてくれた。特に大阪局作成のため、松平氏が新幹線の車中で語りの部分の原稿を最終的に仕上げていくところには驚いた。ストップウォッチも使って時間も正確に仕上げ、頭に叩き込んだ原稿は破り捨てていた!

最後の名調子も堪能させてもらった。
番組長寿は見ていただいた皆さん(視聴者)のおかげと感謝の言葉を述べる松平氏は髪も相当白くなり初老のおじさんになっていた。人間が好き、その人間が歴史を動かす感動を伝えたかったという想いが伝わってきてジーンとしてしまった。最後に映し出されたのは愛用のストップウォッチだったと思う。
この番組の9年間にも感謝しようm(_ _)m
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09/03/17 ハッピーリタイアされる方を囲む親睦会でカンツォーネを歌う


正式な集いの名前は少々長い。
「今春、ハッピーリタイアされる方 すでにセカンドライフ満喫中の方 そして職場の仲間たち親睦交流会」(カタカナ部分は本当は英語だけど不精させていただくm(_ _)m)
労働組合の女性部が婦人部といっていた時代、女性職員が定年まで勤めた方がいなかった。みんなで支えあって第一号が東京と関西の職場で同時に2人誕生した時は感慨深かったっけ。それから毎年少しずつ女性の先輩を送り出してきた。今年度末に定年退職される方は男女合わせて37人。まさに団塊の世代の大量定年退職のピークかな?
今回の親睦会は定年退職される3人の女性を囲んですでに退職された先輩たちにもお声をかけて現職メンバーも四ツ谷や浦安からも渋谷へ集まって25人で賑やかに開催された。
仕事柄、会議室の使用状況を毎日チェックしているが、定年退職で送られる側のWさんが会議室の予約も入れている。当事者がこれを機会に皆で集まりたいというノリで始まった企画ということで従来の定年退職者を送る会的な雰囲気とちょっと違う面白い親睦会だった。

冒頭のサプライズ企画では、大きな黒いポリ袋のリボンが解かれるとピエロ人形の姿でOさんが登場。人形的な動きで手話で「少年」という歌を歌うというパフォーマンス。いきなりド派手に決めていただいた。
続いて入職2年目の若手は職場や女性部に関わる歴史クイズレクで盛り上げてくれた。そして御馴染み本格的マジックを見せてくれるSさん、今日も新ネタもあり、リングもロープもきれいに極まった。
琉球民謡を習っているIさんは三線(蛇皮線)をつまびきながら歌ってくれた。徳島出身のOさんは阿波踊りの男踊りの扮装で団扇をもって踊る。太極拳サークルのメンバーは簡単な実演を見せてくれる。

サプライズ第2弾は、渋谷のビルの中の喫茶のママが本格的シャンソンを歌ってくれた。「ラヴィアンローズ」とか2曲とアンコールは「サーカス」。マイクも伴奏もなしなのに素晴らしかった。越路吹雪を聞き込んでいるので私もある程度歌えるが、最後の曲はテンポも速く難しい。さすがだ。写真はママの熱唱の姿。
それにつられて私も司会者に申し出て飛び入り参加のお許しをもらい、カンツォーネ「帰れソレントへ」を一番だけ歌った。高校時代の音楽の教科書を用意しておいたので楽譜を見ながら真面目に歌った。私が歌うのを知らなかった方もいて驚いていただいてよかった。

それから全員のフラッシュスピーチ。すでに退職された方、現職メンバー、今春退職される方がいろいろなエピソードや思いを語った。花束贈呈の後は全員の集合写真を喫茶のイケメンスタッフにシャッターを押してもらって撮影。

閉会挨拶はWさんの上司だった男性のTさんが極めてくれた。Tさんは私が関西の職場に新人として配属された時のOJTリーダーさん。テーブルも同じだったので、隣に座り久しぶりにいろいろと話せてよかった。

私は定年まであと12年あるが、そこまで元気で頑張れるかどうかという不安がある。しかし花粉症喘息も減感作療法の効果が上がっているようで今日も一定の声量で歌うことができたくらいで、明らかに昨年より喘息がつらくない。こうして体調を管理しながら先輩たちに続いていけるように頑張れればいいなぁと思っている。

渋谷で企画や案内や当日の設営準備等をしてくださった皆さんに感謝しつつ、後片付けだけはしっかり参加してやってきた。
女性たちのこの機動力はいつ見ても素晴らしい。私もやれる範囲でついていこう。
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