3/11の東日本大震災、続く福島の原発事故は衝撃的だった。人間、真面目に生きていくことは大事なことだけれど、それだけではダメなのだと思い知らされた。過去の戦争も不況であえいでいる庶民の目を海外で権益を得ることに向けていく延長線上にあったのだ。権力をもった人間は不都合なことは隠し、自分たちに都合がよいことをさも国民全体のためだと思わせることに長けている。騙す方が悪いが、騙された方もその不利益には巻き込まれてしまうのだ。騙されないようにする努力が必要だ。そして今回の惨事からの復興も、本当に庶民の生活を立て直す内需拡大の方向ですすめて欲しい。私もやれることをやっていきたい。
さて、2011年に観た舞台でよかったものを上げて今年を締めくくりたい。
分野を限定せずに考えたベスト1は、Bunkamuraシアターコクーン5月に観た「たいこどんどん」。蜷川幸雄が鎮魂の舞台として位置付けたように、今の日本に生きる人々に大きなエールが送られたように思う。昨年亡くなった井上ひさしが作品にこめた、時代の変化とその荒波の中で生き延びていく人間のたくましさ、したたかさを信じているというメッセージを、蜷川がさらにバージョンアップさせる演出で現出させてくれていた。蜷川が勘三郎と初めて組むはずだったのに橋之助が代役で若旦那をつとめた。幇間役の古田新太との芝居が互角で絶妙の名主演コンビになっていたのが予想外の収穫でもあった。
歌舞伎については印象に残っている舞台を3つ上げたい。
1つめは、秀山祭九月大歌舞伎の「寺子屋」。新又五郎と新歌昇の襲名披露演目でもあった。(感想の詳細はリンクを参照してください)
2つめは、平成中村座十一月歌舞伎の「義経千本桜」(碇知盛)。(感想の詳細はリンクを参照してください)
3つめは、国立劇場開場45周年記念公演の「通し上演 開幕驚奇復讐譚(かいまくきょうきあだうちものがたり)」。未アップだったので、ここで書いておこう。
「菊五郎・菊之助両宙乗りにて術譲り相勤め申し候」と銘打ち、国立劇場初の宙乗りとのこと。曲亭馬琴の「開巻驚奇俠客伝」(長編読本)を基本に新作歌舞伎として上演されたが、開場45周年記念企画の「開幕」で「驚奇」=びっくりさせるというネーミングの妙で選ばれたのではないかと思ってしまった(笑)
上でリンクした国立劇場の特設サイトより、以下、概要をほぼ引用、加筆。
室町初期、三代将軍足利義満(田之助)は、対立していた《南北朝》を合体させたが、政治的野望の実現のため、南朝方の新田義貞や楠正成の一族を滅亡に追い込む。両家の子孫、新田小六(松緑)と楠姑摩姫(菊之助)は、南朝再興と足利将軍家への復讐を果たすべく行動している。小六が父の敵藤白安同(権十郎)を討った直後、藤白の妻長総(時蔵)は家来の褄笠小夜二郎(菊之助)と出奔。その旅先で盗賊の木綿張荷二郎(菊五郎)の餌食となり、小夜二郎は荷二郎に殺害されるが、長総は自ら進んで荷二郎の女房になる。この出来事が小六や楠家の人物を巻き込んで、思いも寄らない展開を引き起こす。一方、姑摩姫は吉野山の仙女九六媛(菊五郎)のもとで修行を積んで仙術の術譲りを受け、小六との出会いを予言される。ついに二人は出会い、義満を金閣寺にて討ち果たす。
歌舞伎的でない照明を使った演出なども斬新、エンタメ性の高い新作歌舞伎に仕上がっていた。菊五郎の仙女九六媛はレディ・ガガの衣装からインスパイアされた稲妻デザインの被り物と白いドレスのような扮装で楽しませてくれる。両宙乗りは上手が菊五郎で下手が菊之助で、3階のセンター席から両花道がバランスよく見えた。九六媛は白い衣装で白狼にまたがって宙乗り、姑摩姫は赤い衣装で横バーつきの装置で飛び、バーを使ってくるくると回転しながら三階の鳥屋へ向かう。術譲りの場となっているのが、父子の芸の継承のイメージとも重なり、思わず目頭が熱くなってしまった。
時蔵の長総は、夫に愛想がつきていてその死をきっかけに貞女ぶりを投げ捨て、小夜二郎から荷二郎へと乗り換えて身を落としながらも逞しく生きる女を好演。再演される時はもう少しこってりと悪女ぶりが楽しめる場面も作って欲しいくらいだった。
この月の収穫は松緑。復讐譚を担うコンビの白塗りの立役の小六がよく似合った。海老蔵が自粛している間に、松緑が菊之助と組んで立役をするのにふさわしい役者になってきた。これからが楽しみになり、見送るはずだった日生劇場十二月花形歌舞伎の「茨木」はしっかり観てしまった。新春の玉三郎公演でお三輪を殺す鱶七役に抜擢されるのも納得だ。その舞台は1/6に観るのも楽しみだ。