05/02/24『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』+ぼたん雪!

平将門は平安時代に藤原政権に関東の地で反乱を起こした人物。清水・蜷川コンビが解消した後の清水邦夫作品を蜷川幸雄が今演出したという話題作だが、「権力への反乱」というテーマに弱い私。しっかりヤフオクで落札(12月に3回も観た『SHIROH』も徳川政権への反乱で同じキーワード)。
気管支喘息を咳止め薬でおさえこんだつもりが夕方また咳き込み始め、気管支拡張剤を飲みなおしていたら、冒頭遅刻でプロローグ部分を入場制限で観ることができず、入場制限がある場合、なぜ他の劇場のようにモニター画面で見せてくれないのかと係員にしっかり文句をつけてしまった。

6分後にやっと入れたら舞台一面真っ赤な照明、真っ赤な着物の歩き巫女ゆき女の中嶋朋子が寝っころがっていた。その照明が『SHIROH』に似ていると思ったら、あとでパンフを見たら同じ原田保の照明だった。そこに『グリークス』に出てきた時空の大きな振り子。
その照明が落ちるとコの字に大階段。宝塚も目じゃないくらいすごいと噂にきいていたが、奥だけではなく、左右にも階段、さらに梯子もアクセントのように8箇所ついている。舞台美術は中越司。観ているこっちはいいが、あんなに急な階段や梯子を上り下りする役者たちは大変そうだ。

歩き巫女の女たち、坊主の男2人が将門は死んだとか語り始める。関東の地では将門は英雄、慕うものが多かったのが形勢不利になると裏切りが相次ぐと嘆く。ギリシャ劇のコロスのミニ版のよう。しかし、死んだのは影武者のひとりだということがわかる。将門の部下たちが次々登場(影武者その1その2その3も出てくる)。将門は頭の怪我がもとで狂ってしまい、自分のことを将門を殺そうとつけねらう者だと思い込んでいるという。
将門の幼馴染であり第一の参謀でもある豊田郷ノ三郎=段田安則、その妹ゆき女、弟が五郎=高橋洋、幼馴染であり妻でもある桔梗=木村佳乃と主要メンバーが敗走の中での将門の狂気にとまどうやりとりをする。その中で三郎が将門の部下の中で最も信頼を勝ち得るために妹を将門に差し出し、その仕打ちに傷ついたゆき女が歩き巫女に身を落としてしまっていることもわかる。弟の五郎も兄を慕っているが兄は将門しかみていない。
狂気の中にいる将門=堤真一が最後に登場。時折、頭の周りを蝉が飛び回ると追い払うしぐさが幻視・幻聴の症状を思わせるが、真剣に将門を追い求めている様子をみせる。桔梗はかつてあんなに凛々しかった将門が狂気の中にいるのが耐えられない。五郎を将門の代わりにして戴こうとたらしこむ。五郎も兄三郎をしのいで将門になるべく桔梗を抱く。しかしながらその誘惑は将門の影武者として五郎を敵の的にするための策だったという皮肉。それがわかっても将門だと名乗って敵の藤原秀郷勢の中にとびこんで死んでゆく五郎。五郎をとかげのしっぽにして皆は落ち延びていく。
そこでまた舞台を真っ赤な照明で染めて一幕終了。

第二幕目は真っ青な照明で始まる。狂った将門はゆき女を昔抱いたことも忘れていて興味をしめすが、それも悲しい。追っ手の藤原軍が近づく中、桔梗は次に昔からの幼馴染の三郎を誘惑し始めるが、三郎はなかなかなびかない。終盤、将門があるきっかけで正気を取り戻し、妻の桔梗に強い愛情をしめすが、そのことが桔梗を錯乱させる。狂った将門を見限り、五郎や三郎を誘惑してまで生き延びようとした自分が、正気に戻った将門を前にすると情けなく、もはやその気位は保てなくなるのだ。そうして我が手で我が胸を刺し貫いてしまう。その前にゆき女もその刃で両の目を切られてしまう。
将門の一瞬の正気の時間は過ぎ去り、またもや狂気の中で将門を捜し求めて行ってしまう。もはや将門軍には勝機はなく逃げのびることもできないことを悟った三郎は、自分たちが時の権力と闘ったことを将門伝説として長く人々の中に残すために、狂った将門が生き残ることが役立つと思いつく。そうして全てを知るものが先に死んでいくことこそ必要と、狂った将門を長く生き残らせるために、生き残った影武者たちが敵を引きつけながら殺されるように仕向け、そのことに気づき、共感したゆき女に刺されて刺してふたりで死んでゆくのだ。
そうして真っ青な照明の中で雪が舞い、冒頭と同様に石つぶてが降り、情念たっぷりの女性の歌声の中で『リチャード三世』で登場した白馬も出てきて幕。死んでいった人々の魂の象徴か。蜷川演出の『近松心中物語』は演歌の中で雪嵐の中で幕となったが、パンフを読んだら今回は韓国の音楽を利用したようだ。日本の音楽を超えてアジアの音楽に広がった。

キャストについて少しコメントする。
三郎の段田が将門への複雑な思いを重厚に演じて舞台をしめている。高橋は12月の『ロミジュリ』のマキューシオがやや過剰な演技で観ていて若干疲れたが、五郎はマキューシオと同じように上半身裸で若い肉体を見せてくれるシーンがあったが、若さの中に野心や脆さもうまく表現していて今まで観た舞台の中で一番魅力的。桔梗の木村もTVなどの可愛い女の子路線ではなく気位の高い女が脆くくずれる様を力強く演じていて○。ゆき女の中嶋も情念たっぷりのこういう役をドロドロと演じていて◎。堤の将門の狂気の中の演技は飄々と軽く、周りの人間が重く絶望の中にいるのと対照的。一瞬の正気を演じる時とのメリハリがきいていて◎。(堤、中嶋、木村の舞台は初見だった)

シアターコクーンは12~1月は野田秀樹の『走れメルス』、今月はこの作品と1970年代の作品を続けて上演。ベトナム戦争最中の時代の作品をイラクに米軍ともども自衛隊が居座っている現在に上演する意味は大きい。「反権力闘争」などという台詞がちりばめられた清水邦雄の脚本に全共闘時代の象徴のような東大安田講堂占拠事件で包囲した機動隊が学生に呼びかける声などを効果音にかぶせ、投石に使われたような石つぶてを降らせるなど、あの時代の空気を今に漂わせていたのも効果的だった。たとえ権力に敗れはしても、立ち向かった人々がいたことは伝説としてでも歴史に刻まれていくのだというメッセージを受け取ったように感じた。

観劇を終えて帰宅したら途中で雨が大きなぼたん雪(直径2cm超)に変わり、家につく頃は一面雪化粧。舞台の終幕と重なった。

最後にパンフの内容にひとこと。いつも、観劇の際はパンフを買ってしまう私。今回は2000円はちと痛かったが、最後の蜷川が評論家の扇田昭彦と対談しているところが読みごたえ十分で満足した。

写真は、今回公演のウェブサイトより。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 1 )


05/02/22火曜サスペンス劇場『容疑者』藤田まことVS左とん平!

咳風邪がこじれてついに気管支喘息になってしまった。おととしの夏風邪をこじらせた時と同じだ。咳の感じが変わるのでわかる。前回の残りの気管支拡張剤の残りを飲んだらラクになった。ということはやはり喘息だ。もう一度医者に行ってその薬をもらうことにする。

さて、標記のTVドラマだが、私は「必殺仕事人シリーズ」で藤田まことが大好きだった。フレックス勤務で重役並み出勤の私は埼玉TVで最近まで朝、必殺シリーズをやっていたので朝ごはんを食べながら見て出勤ということもたまにはあった。「はぐれ刑事シリーズ」もまたラクに見ることができるシリーズで夜ごはんを見ながら食べることも多かった。ワンパターンシリーズって仕事に疲れていても気軽に見ることができるので好き。もちろん、主人公の好感度が高いことが必須。

風邪だし早く帰れたので新聞のTV欄に紹介文が載っていたので、楽しみに帰ってきて見た見た。いつもは刑事役の藤田まことが容疑者になっていて、追う刑事の方が左とん平。ふたりのやりとりを見ているとそれぞれの持ち味が楽しめて気持ちがよかった。
過去を隠した藤田まこと演じる容疑者は実は伝説の県警の刑事だったということが明かされて、自分が追っていた事件の容疑者の妻だか愛人だかを愛してしまい、その女がその容疑者を殺してしまったのを隠蔽する工作の末に姿を消し、時効のころになって今度はその娘が同じような事件を起こしたのを再びかばって容疑者になっているという変な話だった。ストーリーはかなり無理があるが、藤田まことVS左とん平でみせてしまうというお話。過去の女との恋愛シーンも藤田まことならなんとなくあるかもと思わせてしまうから、おかしい。

最近のTVでは『剣客商売』の先生役もいい。爺さんなのに立ち回りはさすがの風格だし、おしんのあの小林綾子のお春というかなり年下の女を娶っていてまだまだ現役というところを嫌な感じもなく、魅力的に演じられるところが藤田まことだ。こういう男は本当にイイね。
彼が主役をはった『その男ゾルバ』を15年くらい前に新宿コマ劇場で母親と観た。市原悦子と小鹿番と共演していた記憶があるが、なんとも魅力的な舞台だった。森繁久弥の『屋根の上のヴァイオリン弾き』とともに日本人の個性豊かな俳優の魅力で海外物を立派に成り立たせることができるんだなあと感心した。

と、こんなことを思いながら見てしまったドラマだった。
さて、そろそろ風邪から復活して、『将門(長いのでタイトル省略)』も観たので近々書くことにしたい。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )


05/02/16 咳風邪でダウン、地震も気づかず(>_<)

2/13(日)、12月のブログ学習会+忘年会に引き続き、職場の女性たち6人が新年会を兼ねて我が家に集まってくれた。不肖私が持てる知識をふりしぼって?ブログの補習、また新メンバーにはブログを新しくつくってもらった。皆さん、ノリノリだった。今回は娘と『オペラ座の怪人』を歌った。娘がクリスチーヌで私が怪人。美味しいケーキもいただいた。

そこで頑張りすぎたせいでもないが、先週あたりから気管支のあたりが痒いような変な感じがしていたが、その最中についにコホンコホンが始まってしまった(´д`)=З
そして月曜日には本格化、以前医者にもらっていた気管支喘息の薬を飲んだが効かない。改源の咳止液でやっと止まる。でもヤクが切れるとまたゴホンゴホン。咳で明け方に起きてしまう(>_<)

火曜日はさらに悪化し、引越し前のかかりつけの医者の夜の診察のある曜日なので電車でそちらに行き、今飲んでいる薬も持参して説明。改源が効くなら同じコデイン系統の薬を出しましょうと処方してもらう。
やっと薬も効いて、爆睡。朝8時過ぎまで寝ることができてうれしかった。朝窓の外は雨だったが少し雪が降ったらしい。車の屋根などが白くなっていた。

仕事も休んでまた寝る。昼前まで寝る。おでんの具を買ったまま放置してあったので、大根や人参も入れて煮る。弱火でコトコト煮ながら、娘に頼まれたCD→MDへのダビングもする。やり方を忘れて1曲目しか録音できていなかったのだ。取扱説明書を読んだら間違ったところがわかり、やり直す。今度は成功。
夜、友人からの電話で、明け方の震度4の地震を知った。昼間のニュースではもうやってなかったのでそれまで全く知らなかった。娘にきいたら彼女は気づいて目覚めたが、また寝てしまったという。こんな母娘では生き残れないかも??

地震の備えは少しずつしている。非常持ち出し袋と寝袋も玄関脇の収納庫に入れてある。ライフラインがとまった時用に、ふだんは使わないけれどカセットコンロとボンベを玄関の靴の収納スペースに置いてあるし、電気が先に復旧した時用に電気鍋も確保。冬の寒さが耐えられない私は湯たんぽも確保。お湯が調達できれば使えるから。
もう少しまじめに体系だてて備えをしなくてはと思っている。

追伸?!2/13に来てくださった皆さん、気にしないでくださいね。また花見の季節にでも遊びにきてください。桜の見所を探しておきますからね。
コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )


05/02/13 『デモクラシー』TV特番に映った私を観て声をかけてくれた方ありがとうm(_ _)m

2月11日の『デモクラシー』初日の際にTV東京のインタビューを受けたが、13日の『ソロモンの王宮』市村正親特集で一瞬だがしっかり映っていました。番組終了後、実家の母と大学時代の友人と職場の女性の先輩の3人から見たよと電話がありました。
今日3連休明けで出勤したら職場でも何人かから声がかかり、「びっくりした」「さすが市村ファンもう観てたのね」とか言われました。お恥ずかしい。

『ミス・サイゴン』初演で惚れて以来、市村さんはかなり追っかけて観ております。役者バカぶりに惚れこんでおります。私も血が熱過ぎると言われる人種なので共感の極みなのです。不倫しようが離婚しようがそんなのは関係ないのです。昨年は『市村座』で客席降りて来た時にしっかり握手してもらいました。

その対極にある冷め冷めの魅力の鹿賀丈史さん。『レ・ミゼラブル』初演大阪公演(就職して最初の配属先は関西の事業所だったので)で惚れて以来、ずっと鹿賀さんの出演する『レ・ミゼ』は毎回見続けました。以来、レミゼは50回近く観るハメに。もちろん、作品にも惚れこんでますが。
昨年は『レ・ミゼラブルコンサート』で観ることができなかった幻のジャベールを観てうっとりし、出待ちでしっかり握手してもらったという昨年の幸せ続き。
おふたりの共演するはずだった『You Are The Top~今宵の君』はチケットがとれず、当日券で観にいこうと思ったら、鹿賀さんが出ないことになったので、がっかりして行くのをやめたのでした。三谷幸喜作品があまり好きではないことも原因だったけど。
今回は夢の共演であり、初日と千秋楽チケ(ともに後ろの方だが)をとって楽しみにしていたのでした。それが、こういう特番でおふたりと一緒に収録されてもう幸せいっぱいなのでした。

こういうこともあるのですね。
しっかりとこれからもいろいろ観て感じて考えたことを書いていきます。皆様、よろしくお願いします。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


05/02/11『デモクラシー』初日、TVインタビュー受ける!!

市村正親と鹿賀丈史が26年ぶりに共演する『デモクラシー』初日をシアター1010で観てきた。北千住駅前の再開発でできた新しくてきれいな劇場だった。
時間がないので、感想はまたあとからにするが、終演後にロビーでTV東京のカメラインタビューを受けてしまった。あせったが、とにかく西独ブラント首相の鹿賀丈史と秘書でスパイの市村正親がまさに光と影のようにお互いを引き立てあってすごくよかった。満足できた。千秋楽もまた観ますとかしゃべった。

2/13(日)22:00~テレビ東京『ソロモンの王宮』市村正親特集で使われるかもしれないとのこと。でも他に若いお嬢さんもインタビューしてたから理屈っぽい私なんかカットされるんじゃないかなあ。えっ、ビジュアルでカットされるって??ほっといてください。

よろしければ、これを読んだ方、せっかくの特別番組だし、見てみてください。

画像は、シアター1010のキャラクター。当初の『デモクラシー』のポスターから差し替えましたm(_ _)m。
コメント ( 10 ) | Trackback ( 0 )


05/02/06ミュージカル映画『オペラ座の怪人』星みっつです!

劇団四季で観たアンドリュー・ロイドウェバー版の『オペラ座の怪人』にしばらくハマってしまった私は何回も繰り返し観た。娘の小学校の開校記念日にリハーサル見学会があったのでディズニーランドには行かずに母娘で『オペラ座の怪人』と見学会に行ったほどハマっていた。やはりアンドリュー・ロイドウェバーの音楽が魔力を持っていた。その映画化である。前評判では歌が今ひとつという話をきいていたが、まあそれならそれでいいだろうと思って観に行った。

冒頭は1919年。火事で廃墟になったオペラ座で華やかだった頃のオペラ座ゆかりの品々がオークションにかけられているところが白黒画面でスタート。マダムジリーとラウルが競りに参加しているが、ラウルの老けメイクが見事。ラウルはペルシャ服の猿の人形がついた手回しオルガンを競り落とし、クリスチーヌとの思い出にふける。
次に競りにかかった落下事件で有名なシャンデリアが点灯し、そこから一気に1870年に49年間のフラッシュバック。
有名なオーバーチュアの音楽の中でシャンデリアが天井に上がっていき、舞台のガス灯が次々とつけられ、白黒だったスクリーンは一気に色づく。埃がとび、黄金色の裸婦たちが輝きだす。灰色の劇場が赤いベルベットの椅子席が鮮やかに浮かび上がり、そこで舞台稽古が始まる前の踊り子や裏方がざわざわとそれぞれの役目のために忙しく立ち働く様子が生き生きといっぱいに広がる。なんと見事な転換だろう。身体中がゾクゾクした。このシーンを見るためだけにもう一度観にきたいと思ったほどだ。

踊り子の中のクリスチーヌは新しい支配人たちとともに現れた新しいオペラ座のパトロンが幼馴染のラウルだとすぐに気づく。ここは舞台とまず違う。歌姫カルロッタは舞台稽古をファントムが妨害したことで降板。代役にマダムジリーが推すクリスチーヌが試される。その可憐な歌声の中で本番へとシーンはすすんでいくが、本番の衣装が友人が教えてくれた通りにまるで「エリザベート」なのに笑いそうになった。完璧にミュージカルオタクの受けをねらっている。クリスチーヌのエミリー・ロッサムはわざとオペラ風に歌っていないのだろうか。素人っぽい歌い方だ。確かに声はきれいだが、本格的にオペラを歌うというにはちょっと程遠いと思ってしまった。
しかしながら、彼女の目は十分魅力的だ。あの大きな憂いを秘めた目は映画のアップにふさわしい。当初決まりかけていた女優を変更させて役を得た彼女は16歳だったということをあとからパンフで読んで驚いた。ロイドウェバーは若さにこだわったのだろう。

その姿にやっとラウルは幼馴染のクリスチーヌと気づいて、楽屋での再開。ラウルのパトリック・ウィルソンは長いブロンドを結んだりなびかせたり、また舞台のラウルより行動的でカッコいい。ファントムに心酔していた彼女がぐらっと傾くのがとても納得できるくらい魅力的。

そこを嫉妬したファントムが彼女を地下に連れて行ってしまう。私は天使の声と評判になっていても子どものソプラノは満足できない方なのでロッサムの声ではやはり満足はできないが、このふたりの歌声は、合格。大人の男性の声で情感も十分のっていてきかせてくれる。
ファントムのジェラルド・バトラーもマスクに隠れない方の半分の顔でも十分魅力的。舞台では描かれなかったファントムが何故オペラ座の地下に住み着くようになったかが映画では描かれた。原作ではサーカス一座のようなものが来てそこから見世物にされていた子どもが逃げ出したまでは書かれていたような記憶がある。マダム・ジリーが若い頃にそれを手助けしたというくだりは初見。まあ、それで初めてマダムがファントムに協力的だし、彼を天才だと誉めるのが納得できるのだけど。

舞台ではファントムとクリスチーヌの関係があまりはっきりしていなくて、イライラしていた。ファザコンのクリスチーヌが亡き父が今際の際に約束した「音楽の天使」が本当にきてくれて憧れているという感じだった。しかしながら、今回やっとすっきりした。最後の劇中のオペラ『勝利のドンファン』でテノールを殺してマスクをつけて代役をつとめるファントムとヒロインのクリスチーヌのデュエット「ポイント・オブ・ノー・リターン」に色濃く漂う官能!!ラウルが観ていて嫉妬するほどの場面。映画ではファントムの方により強く魅かれているクリスチーヌの姿がくっきり。

最後にラウルを捕らえたファントムが彼を救いたいなら私と結婚しろと迫るシーン。舞台の歌詞ではなんか、納得がいかなかった場面だ。もちろん、日本語の制約があって本来の内容の半分以下になってはいると思うがそれにしてもすっきりしていなかった。今回はクリスチーヌがはっきりと「あなたに惹かれていた」と言いながら激しい口付けをするのである。そこでファントムは初めて自分の想いが通じていたことを知り、それなのにクリスチーヌに憎まれるような行為を続けたことを悔いる。だからその後はすんなりと地下の秘密をしゃべらないことを条件に、二人を地上に帰すのである。そして鏡を割って秘密の通路を開いて姿を消すのだ。

そして、舞台にはなかった最後の1919年のシーン。冒頭で競り落としたオルゴールを良き妻良き母と刻んだクリスチーヌの墓に備えるラウル。そこにはいつもファントムがクリスチーヌに渡していた黒いリボンつきの紅薔薇の花1本。そしてそこには結婚を強要した時にクリスチーヌの指にはめ、返されてしまった指輪が添えられていたのだった。彼女の死後もふたりの男は愛し続けるのだ。このラストのモノクロシーンに赤い薔薇、黒いリボン、輝く指輪は色がくっきり。

何回も効果的にモノクロシーンの現在シーンとカラーの49年前へのフラッシュバックが繰り返されるこの演出は、ひとりの女をめぐるふたりの男の愛の物語にぐいぐいと引き込む力がある。
また、しばらくしたらもう一度観にいくことを決意してしまっていた。

写真は映画『オペラ座の怪人』のウェブサイトから。
コメント ( 14 ) | Trackback ( 5 )


05/02/06『オペラ座の怪人』をめぐる私の10年

アンドリュー・ロイドウェバーが自らプロデュースしてつくった映画『オペラ座の怪人』を2月6日(日)に観てきたが、その感想を書く前に、『オペラ座の怪人』にかかわった10年をまず回想し、アンドリュー・ロイドウェバー版ではない2つ=ケン・ヒル版、コピット&イェストン版についての感想を書いておきたい。

今から10年ほど前、教育TVで2夜連続で『オペラ座の怪人』が放映されていて、たまたま2日目を見たのが最初の『オペラ座の怪人』体験だった。翌日、職場の女性上司が2日連続で見ていて二人で盛り上がってしまい、ミュージカル『オペラ座の怪人』を一緒に観ようということになった。
その直後にケン・ヒル版の『オペラ座の怪人』の来日公演があり、二人でチケットをとり、いそいそ出かけて行った。しかしながら同じタイトルなのに話が全く違っていて、二人とも??状態だった。その後、何回も来日公演があって、同じ黒人の俳優さんが怪人をやっているようで、「真珠とり」を歌う彼の艶やかな歌声は今も記憶に残るくらい素敵だった。本場の人の来日公演は初体験だったので、全キャストとも、やはり日本人とは声の出方が違うと感心したが、ストーリーがかなりコミカルで、あのTVのロマンチックストーリーを期待した私たちは裏切られたのだった。すぐに劇団四季の赤坂ミュージカル劇場での『オペラ座の怪人』=アンドリュー・ロイドウェバー版の公演を観にいこうということになった。

気に入るとかなりしつこくいろいろと関連書籍を読む私は、分厚いガストン・ルルーの原作を創元者推理文庫で読み、原作はあまりロマンチックストーリーではないことを知る。ケン・ヒル版に出てきた怪人の兄=謎のペルシア人も原作由来だったこともわかった。

次に劇団四季の『オペラ座の怪人』の公演を観にいく前に、山口祐一郎怪人の四季のCDを入手し、二人ともききこんでから出かけていった。アンドリュー・ロイドウェバー版もストーリーはTVで観たものとは違い、あれは何だったのかという疑問を10年来抱き続けることになったのだが、それは昨年やっと明らかになった。

コピット&イェストン版のミュージカル作品を宝塚が上演権を手に入れて宙組で上演した『ファントム』である。それを観るための準備として『月刊ミュージカル』の特集号を読んでコピット&イェストン版の説明のところで、TV用番組として作られたことがあると書いてあり、10年来の疑問は氷解したのであった。

その3つを比較すると・・・。
1.アンドリュー・ロイドウェバー版
音楽的にもストーリーのまとめ方もダントツである。
2.コピット&イェストン版
原作になかった怪人とオペラ座支配人の親子関係などの設定を上乗せし、怪人の年齢設定は若い青年で、マスクに隠された部分以外はかなり美男子で、クリスチーヌに母を投影しており、最後は警察につかまらないように父に拳銃で撃ってもらい、クリスチーヌの腕に抱かれて死んでいくというかなり甘めのロマンチックストーリーに仕上げていて、宝塚での上演にふさわしい作品だった。気に入って2回観たがこれは主役の和央ようかの魅力によるところも大きい。がっしりとした身体と芝居も歌もうまいという理想的なファントムだった。
3.ケン・ヒル版
オリジナルの曲が少なく、登場人物も少なく、ミュージカル作品としてはこじんまりとしている。怪人のソロなど歌い手によってはききごたえのあるものとなるとは思うが、『オペラ座の怪人』ミュージカルの一つのバージョンという程度のもので、2回目以降観たいとは思わなかった。

写真は映画『オペラ座の怪人』のウェブサイトから。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )


05/01/30秩父事件120周年記念作品『草の乱』

埼玉県に住んでいる私としては、明治時代に薩長藩閥政府の圧制に反乱を起こした秩父事件に興味をもっていた。ところが、きちんと調べることもなく、今まできていたが、こういう映画ができたことを知り、見たい見たいと思っていた。家で個人宅配を利用している生協のお知らせの紙に我が家から遠くない川口リリアで上映会があると載っていたので、日曜日の午後、当日券で観て来た。

監督は神山征二郎。パンフレットのプロフィールを見ると1983年作品の『ふるさと』(確か寺尾聡などが出演していたと思う)からこちら彼の作品を見ていない。最近では『遠き落日』などが有名。その監督が30年来実現しようと思い、映画人生の集大成と位置づけたということだった。

自由民権運動の成果で議会開設は決まっているが、まだされていない1884年に起こった秩父事件。
秩父は山の国で農作物を作る代わりに幕末から外国に輸出商品の中心であった生糸を養蚕をしてつくる農家が多かった。世界的な不況から生糸買取価格が暴落し、法定利息を超える高利貸しからの借金に苦しむ百姓たち。水戸黄門のうっかり八兵衛でおなじみの高橋元太郎扮する平吉さんなんて首をくくって死んでしまう。
主人公は自由党に心酔していた井上伝蔵(緒方直人)で、商用で東京に出向いた時に知り合った自由党贔屓の芸者だったおこまを妻にして生糸商家を営んでいた。養蚕農家の困窮に心を痛めている。
百姓衆の中でも高岸善吉(田中実)など行動力のあるメンバーが不当な高利貸しの取締りを役所に請願しても門前払い。折しも秩父で開催された自由党の演説会で困窮や不平等の原因は政府の悪政ということに賛同し、大宮郷の顔役の田代栄助(林隆三)なども次々と入党する。しかしながら東京の自由党の幹部はこの問題で跳ねた動きをすることで政府が自分たちへの弾圧をすることをおそれて、真正面からはとりあってくれない。
善吉らが高利貸し取締り、借金年賦返済の請願運動を始め、伝蔵らも賛同し、次々と賛同者が増えて「困民党」を結成。役所への請願や高利貸しへ交渉を続けるが、高利貸しは裁判官に賄賂を渡して差し押さえの証書を発行させて対抗し、そのことが明るみに出て、穏やかなやり方では何も解決しないと武装蜂起を決意する。
田代を総理、侠客の加藤織平(杉本哲太)を副総理、伝蔵を会計長とする困民党が1884年11月1日に椋神社で3000人が結集して挙兵。手に手に猟銃や刀、竹槍を手にした民衆たち。
当初は高利貸しを焼き討ちし、借金の証書を燃やし、警察を追い出しと破竹の勢いだったが、上州からの援軍も来ず、孤立し、政府の憲兵隊との戦いの中で早い時期に撤収・解散していく。
その首謀者たちは裁判の末、死刑になっていくが、伝蔵だけは田代に生き抜けと言われ、秩父で知り合いの土蔵で2年間匿われた後に北海道に逃げ延び、偽名で家族をもち、生を全うする。
そして死に際に家族に本当の名と秩父事件を語ってその死に様を元の妻に語ってもらうように今の妻ミキ(田中好子)に託して死ぬのである。

今も法定利息を超える高利で貸す悪徳消費者金融がいっぱいあり、弱みを握られていると訴えることもできないようだが、映画のチラシのキャッチコピーに「120年前の日本に凄いやつらがいた!」とあるように彼らは政府に命がけの戦いを挑んだのである。本気で勝てると思っていたのかどうかはわからないが、とにかく政府に一泡でも吹かせてやりたいという思いで立ち上がったのだ。
感心したのは引き際の良さだ。長引けば犠牲が増えることをしっかり予想し、早い時期に解散を決断したのだ。その描き方も潔い感じを際立たせていた。
首謀者たちは自分たちは命を捨てることを早くから覚悟して挙兵した。当初は巻き込まれてくれるなと言っていた妻たちも「思う存分やってきない!」と送り出す=加藤織平の妻タツの台詞。
伝蔵のふたりの妻おこまもミキも夫の生き様を肯定・尊敬して子どもたちに伝えたようだ。ミキは伝蔵の死の床で写真屋を呼んで家族との写真を撮らせている。実話であり、その写真が残っている。この3000人の蜂起のシーンは全国からのべ8000人のボランティアが参加して撮影されたという。本当にすごい迫力だ。

憲法9条を改悪する動きがかなりすすんでいる今日このごろ、この作品の自主上映運動がすすめられていることの意味は大きい。120年前の彼らの生き様に学ぶことがあると強く思った。やり方は21世紀の私たちが工夫して考えてすすめなければならないが!

写真は、映画のポスター。
コメント ( 8 ) | Trackback ( 2 )


05/01/28職場で映画上映会『ビキニの海は忘れない』

冒頭で、私のスタンスを明らかにしておく。
まず、ミーハーである。そして社会派である。後者の私としては、この記事と続く『草の乱』をきちんと取り上げておきたい。

一昨年、私の職場で夜間中学のドキュメンタリー映画『こんばんは』の上映会が開かれた。
私たちの職場には、都内の夜間中学の見城慶和先生に惚れこんで10年以上も写真撮影に通っている女性職員Kさんがいる。その年月の間に山田洋二監督もその夜間中学に何度も訪れて構想をあたため、『学校』という映画に結実した。Kさんも彼女の写真と見城先生の文章とで大月書店から『夜間中学校の青春』という本を出版した。
さらにドキュメンタリーの映画監督の森康行さんがやはり何年かを費やしてドキュメンタリー映画を撮影し、『こんばんは』として完成し、現在も全国各地で自主上映運動が続いている。その一環としてわが職場での上映会と見城先生のお話をきく会が開催された。『こんばんは』は昨年の第77回キネマ旬報ベストテンの文化映画第1位をはじめ、第1回文化庁映画賞の文化記録映画大賞まで5つの賞を受賞した。

その同じ森監督が撮影し、核実験被災船を追う高校生たちのドキュメンタリー映画『ビキニの海は忘れない』の上映会を、やはりKさんが中心となって職場で開催することになった。今年は1954年にビキニ環礁の水爆実験で第五福竜丸が被災してから50年にあたり、うちの労働組合としても平和の取り組みを強めることになっているので、その第一弾としてふさわしい取り組みだった。
当日は労組員だけでなく、元労組員のベテラン職員まで60人を超える参加があった。見城先生や夜間中学の卒業生の方たちまで参加していただき、終了後の交流会でも感想を述べ合い、いい雰囲気で盛会となった。
以下、感想としてKさんに送ったメールからの抜粋(感想を寄せた人全部の分を後でまとめる)

『ビキニの海は忘れない』というタイトルでビキニ事件のことを調べている高知県の高校生の話だというくらいの予備知識で上映会を迎えてしまいました。
映画が始まってすぐにマグロの遠洋漁業の港は焼津だけではなかったとハタと気づきました。漁業大国だった日本で水爆実験に巻き込まれたのが第五福竜丸だけのはずがないのに、なぜ今まで考えが及ばなかったのでしょう。(調査をすすめた現在では1000隻を超える船が被災していたことがわかっている)
高校生たちの調査活動を指導している先生方の熱心さ、それに応える高校生たちの生き生きした姿、若い熱意にほだされて重たい口を開く水爆実験被災のマグロ船にのっていたおじさんたち。その姿を2年も追いかけた森監督たち。高校生たちの活動する姿に2年間も寄り添う中であのカメラを意識しない自然な姿がおさめられたのですね。
高校生たちの姿を追ったこの映画、夜間中学生たちの姿を追った『こんばんは』と2作観て、森監督のまなざしのやさしさがいいなと思いました。『渡り河』も是非観てみたくなりました。

平和の取り組みというと硬いイメージがあるが、監督が高知県の先生たちが「足もとから平和と青春を見つめよう」という視点で子どもたちと一緒に調査活動をしているということをきき、青春ものを撮たかったというだけあって、本当にさわやか!学校の枠を超えて、沖縄に調査で行けるからと言う軽いノリで参加してきた子も多く、四万十川で遊ぶ日もあり、それまでの調査でわかったことを勉強したり、港でおじさんたちの話をきいたりする中で、主体的に考えることができる人間に成長している姿が生き生きと描き出されていた。
おじさんたち=被爆した漁業従事者は口が重く、大人がききたいと言ってもなかなか話をしてくれないらしい。それが高校生たちが一生懸命ききたいという姿に口を開いていくという。そのききとり調査の中で、被爆した漁業従事者は健康診断すら保障もされず、追跡すると多くの人が癌など、ヒロシマ・ナガサキの被爆者と同じような病気で亡くなっていることがわかってきた。せめて健康診断だけでも国が保障してあげてほしいという運動につながっている。
この映画がつくられたのは1990年で、写っている高校生たちも子どもを持つようになっている。高知県の漁村では今でもなかなか子どもたちを大学に進学させるのは経済的に大変なことだという。そこでこの運動の中で地元に大学のように学べるところをつくろうという取り組みにつながっているそうだ。
こういうあったかい地域の人と人のつながりをつくり出す取り組みは素晴らしい。私も定年後に地域に根ざした活動の中にいられるようになるといいと考えている。

写真は平和文化社から出されている『もうひとつのビキニ事件~1000隻をこえる被災船を追う』の表紙。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )


05/02/04節分は年越し?

昨日は節分だったので、職場の女性の先輩が豆菓子の小袋を皆にわけてくれた。
そこから最近豆まきをやらなくなったねという話題になった。なぜ豆まきをしなくなったのかというところで、私は後の片づけが面倒なのでやらなくなったのに違いないと言った。小さな子どもがいる家ではそれでも教育的効果をねらって(一応、日本の文化を教えたいという気持ちを持たれている人はかなりいるから)やるが、そういう時期が過ぎるとやらなくなってしまう。
その代わりに手軽に節分気分を味わえるのが、巻き寿司の丸かぶりというやつ。
もともとは関西(それも明石あたり?)の風習だが、今は東京近辺でもスーパー・コンビニで今年の恵方はどっち向きとかいって大宣伝で巻き寿司を売り出している。
20年ほど前に就職して配属された事業所が神戸だったのでそのように売っていて、感心したのを思い出す。
特に豆もまかず、巻き寿司も丸かぶりせずに、用事があったので、実家に寄って夜ごはんを食べさせてもらってきた。
そこで、母曰く「今日は年越しだから鰯を食べな」
えっ?節分は年越しなの?初めて聞いてびっくり!!

昔は立春がお正月だから節分は年越しだときいて、納得した。
そうして鰯(小魚状態だけど)の佃煮を食べて帰ってきた。ひとつ、日本文化を勉強した。

さて、あさっては映画『オペラ座の怪人』を見るので、それまでに2つブログを書く予定。明日がんばる予定。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )