05/06/30 歌舞伎を漫画にした『花の名の姫君』

harukiさんのブログでご紹介のあった漫画『花の名の姫君』を今日BOOK OFFで秋田書店の文庫を見つけて早速GET。先ほど読み終わった。
作者: 木原敏江
出版社: 秋田書店 発売日: 1997/07
定価:660円(税込み) ISBN4-253-17242-3
収録作品は4つ。
①花の名の姫君=四世鶴屋南北作「桜姫東文章」より
②わたしが嫌いなお姐様=容楊黛作 「加賀見山旧錦絵」より
③流星=福森喜宇助作「其小唄夢廓」より
④轟く滝の下で=「雷神不動北山桜」より

①が、先日観た『桜姫』なので、その関係でとびついたわけだ。桜姫も権助もスリムなキャラでさすが漫画。赤ん坊はいつのまにか土間から落ちて死んでいたというお話にしていて、さすがに少女漫画用アレンジ。でも桜姫は泣きながらでも吉田の姫として立ち直らせていた。
④の鳴神はあらすじを知っていたが、最後は大アレンジがあり、ハッピーエンドになっていて、それも楽しかった。木原敏江は、新撰組を描いた『天まであがれ!』を昔読んでいた。土方さんがステキだった。このキャラで鳴神上人だったのでぐっときた。
②③はよくわかっていなかった話だったので勉強になってしまった。特に③は白井権八と小紫の話で、思わず昨年12月歌舞伎座の七之助をだぶらせて読んでしまった。

久しぶりのドジ様ワールドを堪能した。是非、これからもいろいろと漫画にしていただくと嬉しい。
写真は、秋田文庫の表紙。

訂正:当初、新撰組を描いた作品を『あーら、わが殿』と書きましたが、『天まであがれ!』のマチガイでした。お茶屋娘さん、ご指摘ありがとうございます。『あーら、わが殿』は明治か大正時代の話でしたね。私も実家にあればあると思うのですが、どこにあるやら...。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )


05/06/29 藤田まこと『はぐれ刑事純情派』シリーズファイナルの最終回


スペシャルで2時間、せっかくなので録画しながら、食事の用意をしながらチラチラ見た。ところがビデオテープが足りずに最後の10分弱くらいがとれてなかった。うーん、しまったあ。2時間ドラマ2本だけだと思ったら、福助の『中村歌留多』の前に『anego』の1回分が上書きされずに残っていて足りなくなったのだ。ちょっと残念。
ファイナルの最終回だけあって、これまで途中で殉職させてきた、若手の追想シーンなんかもあってなかなか懐かしかったのであとでじっくり観ようと思っていたのに~。最終回だけあって、犯人の手先の母親役で山本陽子、妻の田舎の知り合い役で有馬稲子など、ベテランキャストも揃った。黒幕役の神田正輝ももうおじさんだあ。
昔の追想シーンに出てきた藤田まこと、若~い。昼の再放送でやっている『必殺シリーズ』も若い。昔の映像と比べてしまうと、今はかなり年をとってしまったんだなあと思う。みんな、年とってる~。私もおばさんになるわけだ、納得。
このところ、家を片付けていて、彼が主役をはったミュージカル『その男・ゾルバ』を昔、新宿コマ劇場で観た時のパンフレットがみつかった。そのゾルバの写真も若~い。
これからは2時間ドラマのスペシャルものとかで活躍されるのかしら。18年続いたシリーズが終わるのは寂しいけれど、体力、気力を維持してできるだけ長く頑張ってほしい。

先日、歌舞伎座の近くの古書店「奥村書店」で『演劇界臨時増刊・現代の舞台俳優』平成2年12月刊を買ってきた。歌舞伎・東宝演劇からミュージカル・新劇まで、東西主要劇場にくりひろげられる舞台のスター、花形、ベテラン俳優たち97人が舞台写真とともに紹介されている。その藤田まことのページには『ゾルバ』への意気込みが語られていた。他にも森繁久弥や山田五十鈴など、舞台での活躍が見られなくなった方の姿も載っている。今、舞台でベテランで活躍されている方の若い頃の姿も見ることができる。こういう資料にも目を通しながら、できるだけ、名優たちの舞台を観ていきたいと思っている。

写真は『その男ゾルバ』のパンフレットから。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 1 )


05/06/24 『桜姫』でコクーン歌舞伎の初体験

ついにコクーン歌舞伎を初体験、それも平土間席でデビューしてしまった。座布団があるだけと聞いていて、それだけでは自信がないので「正座イス」(法事などのために買ってあった)を探し出して持っていった。それに座っていてもしばらくすると足先がしびれてくるので、胡坐にしたり様々な座り方に変えながら、15分の休憩をはさんで3時間半近く。それでも『桜姫』を堪能してきた。
お茶屋娘さんが6/12に観劇した感想を先にご紹介している。
http://blog.goo.ne.jp/pika1214/d/20050614
私も昨年7月歌舞伎座の玉三郎と段治郎の『桜姫東文章』を観ているが、まあ、別物だろうと思って観て正解。同じシェイクスピアの作品を別の演出の舞台で観るような感じで、あれはあれ、これはこれという感じで、私は両方とも良かったと思った。昨年は青年座が『桜姫』を歌舞伎的手法を使わずに、一時間半で立派なドラマにしたと渡辺保氏の評論で読んだが、歌舞伎座で昼と夜に分けて上演した長い長い物語をどのようにまとめたのだろう。多分、桜姫の生き様を中心に話をまとめたのだろうが、そちらも観てみたかったな...。

舞台は一幕、二幕とも今回のポスターの絵も書いている絵師・宇野亜喜良の書いた桜姫・清玄・権助の薄い布絵が吊り下げられていてそれが上がって始まる。狂言回しの口上役(あさひ7オユキ=あさひななおゆきと読む)が語りで説明を入れながら、長い物語をはしょっていく。登場人物紹介などは一人用の屋台が出てきて、桜姫などは人形ぶりで生まれつき左の掌が握ったままという障害を持っていることなどが説明される。冒頭からなかなか型破りでよい。
17年前の清玄と稚児の白菊丸が江ノ島の稚児が淵での心中事件は宇野絵と語りで説明される。清玄だけが生き残り、今は鎌倉の新清水寺の高僧となっている。その清玄(橋之助)のところへ、京の吉田家の息女桜姫(福助)が尼になるためにやってきた。清玄の十念で桜姫の左の掌が開き、中から清玄の名前が描かれた香箱の蓋が出てきて白菊丸の生まれ変わりと清玄にはわかる。桜姫の奇形が治ると許婚入間悪五郎(勘太郎)は再び艶書をもってくどこうとする。艶書の取次ぎを頼んだ局の長浦(扇雀)はとりつくしまもない。長浦はこの寺の僧残月(弥十郎)と密会する仲である。
桜姫は父と弟梅若を何者かに殺害され、お家の重宝「都鳥の一巻」も盗まれている。もうひとりの弟松若(芝のぶ)や家臣の粟津七郎(七之助)たちがお家断絶を免れるために必死の探索を続けている。ところが「都鳥の一巻」を盗ませたのも悪五郎で吉田家をのっとる企てをすすめていたのだ。悪五郎の艶書を届ける役をかって出たのが中間姿の権助。姫の前で話をして肌脱ぎになると腕には釣鐘に桜の彫り物。それを見て桜姫は周りのものを下がらせる。
二人になると姫は揃いの彫り物を見せ、権助も思い出す。姫は1年前に吉田の屋敷に盗賊として忍び入った男に顔も名前もわからないまま操を奪われたが、その男が忘れられず、朝の光に見えた腕の彫り物を自分にも彫り、さらにその一夜でできた赤ん坊も産み里子に出していたのだ。出家前の草庵で釣鐘権助に抱いてもらう桜姫。ところがそれを暴かれ大騒ぎになり権助は逃げる。相手の男は香箱にある名前から清玄とされ、二人はともに神聖な寺を穢したとして百杖叩きの上で非人に落とされる。赤ん坊も里子から戻されたところを悪五郎にさらわれたり、桜姫のために破戒をしたからはと清玄が言い寄るが桜姫は逃げる。姫の片袖を掴んでいたが袖がとれて稲瀬川に落ちる清玄。川から這い上がってきたところで清玄は赤ん坊を拾い、姫と別れ別れになって本雨の中で一幕終了。
非人たちを冒頭から屋台を動かす黒衣的に使い、ここでも姫や清玄のことをよろしく頼む家来や弟子たちと対照させることで身分の差が大きい社会をあらわす串田演出が生きる。

二幕目は女犯の罪をあばかれて同じく寺を追われた残月・長浦が暮らす岩淵の庵室から。病みついた師匠の清玄もここに世話になっている。そこに葛飾のお十という女が地蔵堂に来て疱瘡で無くした子どもの供養を残月に頼み、赤ん坊の泣声に世話をさせてほしいと預かっていく。残月は清玄の隠し金をねらって首をしめて殺し、病死したことにして墓掘り人を長浦に呼びにいかせる。そこに流浪の末に女郎屋へ身を売られることになった桜姫が庵室に預けられ、残月は我が物にしようとするところに穴掘り権助と長浦が到着。「間男め」「間女め」の騒ぎの末に桜姫と権助が夫婦だということが明らかになり、権助は残月たちから庵室から何から取り上げてたたき出す。
権助は姫をやはり小塚原の宿場女郎づとめに出す話をすすめに出かける。その後の落雷で清玄は息を吹き返し、ここにいる姫に白菊丸の生まれ変わりなのだからと言い寄るが姫に邪険にされ、ついには心中しようと鉈をふるう。もみあううちに自らの刃にかかり死ぬ清玄。
庵室を売り飛ばした権助は家主の権利を買い、山谷の家主になっている。長屋うちに捨て子があり、里子に出す金欲しさに赤ん坊をまともに引取るがまともに育てる気はない。女房になっても女郎屋づとめの桜姫は、風鈴お姫と評判をとるが、枕元に幽霊がたつというので戻されてくる。替わりに女郎屋づとめに出るのはお十だ。実は夫は七郎で町人に身をやつしている。表向きは借金のカタにということだが、お主のために喜んで身代りになるということだ。
久しぶりに権助の元に戻った姫は、お姫様言葉も交じるが伝法言葉もたどたどしいが使えるようになっていた。せっかく二人でいたかったところを、家主仲間の会合に呼ばれて権助は行ってしまい、一人寝の桜姫の枕元には、いつものように清玄の亡霊がたつ。「こわかねえよう」「エエ、消えてしまいねえよ」という姫に、清玄の亡霊は権助は自分の実の弟で、「都鳥の一巻」を盗んで姫の父と弟を殺したのも権助であり、ここにいる赤ん坊も姫の産んだ子だと教える。
酔っ払って帰ってきた権助が落とした「都鳥の一巻」を2000両と引き換えにするという書付を見つけ、さらに酔いつぶすまで酒をすすめて素性をききだし、権助が首から下げた守り袋に入れているのが「都鳥の一巻」であることも確かめる。亡霊の言ったことは本当だったのだ。
そこからが姫の葛藤の始まりで、串田演出はそこをたっぷりと見せる。姫は権助への愛と吉田家の姫君としてなすべきこととの間で揺れる。泣きながら「権助どん」「権助どん」と何度も呼びかけ、それにこたえて起き上がった権助を父と弟を殺した刀で思い切って一刺しすると、あとはメッタ刺しにする。そのあたりから髪はざんばらになり、狂気の舞に入っていく。吉田家の姫君としての至上命題を実現するためには権助もその子どもも全て抹殺しなければならない。姫は赤ん坊を殺すかどうかを逡巡する。そのへんが舞の中で曖昧になっているのだが、私が観た24日夜の部では、あ、今赤ん坊を刺し殺しちゃったなという刀の使い方をはっきり見たように思う。権助を殺した時点でもう赤ん坊を殺すことも決めていたんだろうけど、やはり少し逡巡があり、赤ん坊も刺し殺した時点で完全に狂気の世界に行ったように見えた。その後の赤ん坊の持ち方も、狂人がただモノを持っているだけというような持ち方だった。初日近くは殺していないという見え方でブログに書かれている方が多いのだが、もしかして途中で演出変わってるのかもしれないと思ってしまった。
赤ん坊も殺さないとやっぱり南北じゃない。歌舞伎座の小万の赤ん坊もぐっさり源五兵衛にやられていた。南北はそのへんドライだ。「お家再興」という吉田家の姫君としての至上命題のためには愛する者であっても全て抹殺する。それを実行した後、立ち直りが早いのが正統の歌舞伎版、正気の世界にはいられなくなるとするのが串田版の桜姫だった。
名家の再興のために、一人の女がその幸せを犠牲にしたのだという解釈で串田氏はしめくくりたかったのかなと思っている。どちらもアリだが、あっけらかんの方が見るほうはラクだなあ。

キャストにひとことずつ。
福助は頑張っている。タイトルロールとして十分だったと思う。この人で正統の歌舞伎版を見てみたいと思った。橋之助もいいが、非人に落とされた清玄が数珠を切って姫に迫るところの表情が下品になってしまった。ただの嫌らしいオヤジっぽい。白菊丸と重ね合わせた思いをぶつけるのならもっと思いつめた切なさそうな顔にしてほしかった。権助は◎。
残月・長浦の弥十郎・扇雀コンビが中年の腐れ縁の男女の仲をなんともコッテリと演じてくれて、大満足。勘太郎は赤っ面の悪五郎と白塗りのお十という両極端の二役がそれぞれ見応えがあり、「兼ねる役者」としての成長を感じさせた。
七之助の粟津七郎は一生懸命探索するが全く役に立たないカラ回りの人間のおかしみを出していた。松若役の芝のぶと七之助が並ぶととってもキレイで今回の二人並んでの宙乗りは目の保養シーンとなった。
悪五郎と通じている悪い家臣の源吾役の源左衛門など中村屋のいつもの面々がしっかりと舞台を固めていて、コクーン歌舞伎の新しい挑戦が上滑りしないように支えているのだと思った。
勘三郎がいなくても、コクーン歌舞伎成功のようで、次回が楽しみだ。
写真は、今公演のウェブサイトより。
コメント ( 9 ) | Trackback ( 16 )


05/06/27 ハガキ大の写真の整理に困る(>_<)

今日は暑い中を浦和まで片道20分、自転車で往復したら、さすがにバテた。

昼間はエアコンを使わずに換気と扇風機だけで頑張っているのだが、夜、TVで今夜は熱帯夜という天気情報にがっくりきて、除湿運転だけ入れることにした。まあ、寝る前には全部消すことを基本にしているが、今年は電気代どのくらいになるかしら...。

今日も少しずつ片づけに取り組んだが、ポストカードサイズというプリントサイズで同時プリントをしてもらっていた時期が過去にあり、その写真はその時つけてもらった1回分ずつのミニアルバムに入れておいたのだが、中の金具も錆びてきたし、再整理しようと思っていた。
ハガキ用の立派なファイル(1ページに4枚並べられる大きなもの)が1冊あって、中に古い年賀状が入ったままなのを取り出し、それに写真を入れてみた。微妙に写真のサイズが大きくて無理に入れると写真が波うってしまった。
あてがはずれて、さあ、困った。で、家に届くお芝居のDMハガキを整理している100円ショップのハガキファイルに入れてみた。収まった。また同じファイルを買ってきて、やれやれキレイに再整理できた。

大体、欧米では写真のポストカードサイズでのプリントが多いようで、アメリカに住む友人からのエアメールにそのサイズで入ってきて、ひと工夫してようやく通常のアルバムに納めることができたのだった。日本でも一時期それを売りにしたところもあり、それで私もそういう写真を持っていたのだが、整理が大変なので元のように通常のLサイズでプリントするようにした。やはり、日本では収納問題が大きいからだろう。
ところで歌舞伎座で観劇すると、ついつい舞台写真を買ってしまう私だが、このキャビネ版の写真も最初どこにしまおうかと悩んだ。文房具店でキャビネ版用のファイルを見つけて買ってきて、それに集積している。もしこれが廃番になってしまったら...舞台写真買うのやめるかな?...考えたくありません。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


05/06/26 歌舞伎座6月千秋楽昼の部、靴の修理

先週の夜の部に引き続き、昼の部に行ってきた。
予想以上に『恋飛脚大和往来』が良かった。今回は仁左衛門が教えて松嶋屋型での上演とのこと。忠兵衛の染五郎は、声、姿、表情、全身の動きともすごくよかった。関西弁がちょっと板についていないような気がするが、それはまあ、いたしかたないところ。八右衛門、孫右衛門=仁左衛門、梅川=孝太郎、おえん=秀太郎と、松嶋屋に囲まれてもう、なんという贅沢な中で忠兵衛をやらせてもらっているのだ、染五郎は!新口村冒頭の梅川・忠兵衛が揃いの黒小袖でござで顔を隠していたのを開いたところの舞台写真を買ってきてしまった。ご両人、絵になってマス。
さらに忠兵衛を愛之助に替えたキャストでも見たいと思うのは、私のわがままです、ハイ。
詳細はまた、後日書くとする。
観たあとは、またクレムリへ行ってコーヒーとソフトクリーム。

いったん、帰宅してから娘と待ち合わせのために出かけたが、ついでに革靴を修理に出した。アシックスのペダラというブランドのコンフォートシューズなのだが、ゴム底のかかとが磨り減ったので張替えてもらうのだ。それができるというから買っていたわけなのだが、底全部張替えになると6000円くらいはかかってしまう。底のデザインによっては後ろの部分パーツだけの張替えですむのだが、これは該当しないデザインの靴。なんとかならないかという要望も出しておいたが、だめなら仕方がない。
同じシリーズの革のオープントゥシューズも安くなっていたので買ってしまった。こちらは部分パーツタイプ。仕事の復帰がそろそろなので、景気づけだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


05/06/25 子ども時代のピアノに別れを告げに...

今日、子ども時代のピアノに別れを告げに実家に行ってきた。
私には1歳半ずつの間隔で妹が二人いて、三人姉妹として育った。まず、真ん中の妹が家の近くのピアノ教室で習い始めた。しばらくして母の友人の娘さんが音大に通っているので、その人に姉妹全員がピアノを習うことになった。そのためにピアノを買うことにして、両親が買いにいったのだが、父が気に入ったのは、中古だが舶来のピアノであった。何と言う会社のものかはわからないのだが、写真のようなロゴが象牙の鍵盤の上に金色で描かれていた。
父は若い頃、独学でピアノを弾いて、お店でバイトで弾いたりもしたことがあったと聞いたことがあった。気が向いた時に弾いてくれたのを聞いた記憶があるが、確かに独学にしては上手いなあと思ったものだった。娘たち3人に習わせたかったのは父の意向らしい。
そのピアノは中古だったが、わが家の経済力からすれば高かった。母は私たちに聞いた。「ピアノを買うと七五三の着物を買ってやれないが、どっちがいい?」娘たちは「ピアノ」と答え、七五三の着物は誰も着ることはなかった。
先生は、毎週土曜日の午後、我が家の客間にやってきて、教えてくれた。私たち3人だけでは勿体ないので、友人やその親戚たちもと増えて6~7人が続けてレッスンを受けた。土曜日の午後の我が家はピアノ教室のようだった。
私は中学生になって勉強優先にしたので一番先に辞めた。先生が音大を卒業した後も続いていたはずだが、最後まで続けたのは誰だったのだろうか。自分に関係なくなって記憶からすっぽり抜け落ちている。ピアノをやめても姉妹はフォークギターやらベースギターやら三味線やら、それぞれが何かの楽器に親しんだりしていた。やはり子どもの頃に楽器を何か習うという経験はそれなりに人生を豊かにしてくれたと、両親に感謝をしている。

娘にも習わせたかったが、娘の父親は「ピアノなんて金持ちの嫌な性格の女の子が習うものだったから習わせたくない」と反対した。確かに彼の育った田舎ではそうだったのかもしれない。しかし、今になって「子どもの頃、何か楽器を習っておきたかった」と娘に言われてしまい、可哀想なことをしたとそれについてはもっと主張して習わせてやればよかったかなと少し後悔している。

実家には老いた両親の他は誰もいない。ピアノは誰も弾かないので調律もせず、象牙の鍵盤も何枚も剥がれたままだ。家を建て直した時に処分したらという娘たちの意見に抵抗したのは父だった。「お金のない時代に一生懸命買ったピアノだ。処分するなら俺が死んだ後にしろ」と。
ピアノ教室の頃から30年以上が過ぎた。父も80歳に近づき、母親の説得にようやく折れた。「自分たちが死んだ後に娘たちに処分させるとお金もかかるし、恨まれるよ」という説得。業者さんに来てもらって今度の月曜日に引取られていくのだと先日実家に行った時に母にきいた。37000円ほど処分代がかかるという。
いかにも名残が惜しいので、今日、カメラを持ってピアノの記念撮影をして別れを告げてくることにしたのだった。先日は父のカメラで父と一緒に何枚か写真を撮ったが、今日は私のカメラで撮った。母も一緒に一枚撮った。
最後に「ありがとね」とピアノをさすって別れを告げてきた。二度とあの頃には戻れないのだ。

写真は、思い出のピアノの鍵盤とその上にある金文字のロゴ。鍵盤が剥がれているのも写っている。

コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )


05/06/24 「Musical Baton」にお答えします

「Musical Baton」というものが3人の方から私にも回ってきた。ここ数週間で結構な勢いで回ってるようで、いろいろな方のブログで回答されているのをお見受けしている。
「Musical Baton」とは、海外ブログに端を発した、音楽に関する簡単な質問をトラックバックで回していくという趣旨のもののようだ。自分のブログ上で下記の4つの質問に答え、 次の5人を選びその人にバトンを渡すというルールらしい。

1.コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量について
2.今聞いている曲
3.最後に買ったCD
4.よく聞く、または特別な思い入れのある5曲

まあ、私も観念して回答することにした。ただし、チェーンメールのようなのでお返しするのみとすることにします。

1.コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量について
パソコンに音楽を入れていないので自分では把握していない。

2.今聞いている曲
隣の集合住宅で工事が入っていて、電気のこぎりがうるさくて仕方がない。イライラしているので久しぶりに『SARAH BRIGHTMAN CLASSICS』をかけることにした。ずいぶん前になるが、毎晩きいていたことがあった。とても癒されるソプラノだ。その中でも「私を泣かせてください」というヘンデルのオペラ『リナルド』のアリア。
サラ・ブライトマンは、久米宏の「ニュース・ステーション」のオープニングにも曲が使われて話題になっていた時に町の小さな古本屋で新しいのに特価がついていたCD。価値のわからない人が値段をつけたのだろう。掘り出し物だ。

3.最後に買ったCD
ちゃんと定価で買ったのはQUEENの『JEWELS Ⅱ』。やはり古本屋で買った『JEWELS』がよかったので、我慢できずにⅡは発売してすぐに買ってしまった。その後、BOOK OFFで『QUEEN LIVE KILLERS』も買ってしまった。最後に宝塚アンで中古で買ったミュージカルのライブCDもあるのだが、何かをすぐに思い出せない。

4.よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
「特別な思い入れのある5曲」ということで回答してみる。
①越路吹雪の「ろくでなし」
中学時代にロングリサイタルのライブのLPレコードを同級生のお母さんに借りてきて聴きこんだ。ロッキード事件でコーチャンコーチャンと騒がしいとかトーク部分で言ってるからその頃のライブでしょう。私の母親は高等女学校時代に演劇部の先輩に連れられて宝塚劇場の彼女の楽屋に行ったことがあるので、私が歌うとダメ出しがきつかった。ハイ、カラオケOKですよ。
②沢田研二の「勝手にしやがれ」
女子高校時代の先生がジュリーのバックバンドの井上尭之さんのおっかけだったので、その影響でジュリーのLPも買って聴き込んだ。卒業生を送る会では飛び入りで帽子も飛ばして歌ったし。保育所保護者会の忘年会では山本リンダの「ねらいうち」とともに勝手にリクエストされて歌わされる定番。
③QUEENの「ボヘミアン・ラプソディ」
中学時代にカーペンターズから洋楽をきくようになったが、高校時代に同級生に借りたQUEENのフレディの七色の声の魅力にはとりつかれた。QUEENとKISSだけは、武道館のライブにも行った。必修クラブの音楽鑑賞ではQUEENレッド・ツェッペリンとかの企画を組んだりして楽しかったな。
④中島みゆきの「悪女」
中学時代はかぐや姫とかチューリップとかもギターもコードでジャンジャンくらいは弾いてました。ノートに歌詞とコードを書いたりしたのが今でもどこかにありそう。中島みゆきは大学に入ってから友人にカセットテープに録音してもらったのを聴いていた。落ち込みたい時にはぴったりの曲が多かったなあ。就職活動に入ると聴くのを禁止にした。
⑤ミュージカル『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」
初演の大阪公演ではまって以来、長~いおつきあい。その後、私をミュージカルオタクへの道をひた走らせた運命の曲。

とっても変な回答ですが、こんなところですかね。
写真は、アマゾンのサイトより『SARAH BRIGHTMAN CLASSICS』の写真。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 4 )


05/06/19 6月歌舞伎座夜の部、落ち着いた味わいの南北物?!

勘三郎襲名披露公演が終わり、話題の7月『NINAGAWA十二夜』に挟まれた歌舞伎座の「6月大歌舞伎」。ポスターはその両方に負けずに派手な写真でようござんした。『盟三五大切』の吉右衛門、仁左衛門、時蔵の大きな顔写真の組み合わせがなかなか堂々としていてよい。地味と言えば地味と言えるが、これもまた落ち着くし、年間を通したバランス的にもよいと思う。

『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ) 』
並木五瓶の『五大力恋緘』をモチーフに、四世鶴屋南北が『東海道四谷怪談』に続けて作った作品で、その後の話のようにつくってある。4月の『籠釣瓶花街酔醒』と同様、縁切り物だが、もっと殺し場が凄惨で南北らしさに溢れている。今、人気狂言になっているのは昭和51年に国立劇場で復活上演したことによるのだという。そういう意味では国立劇場の復活上演の取り組みというのも大事なんだなあと思う。今年は四世鶴屋南北の生誕二百五十年となるとのことで、コクーン歌舞伎でも『桜姫』だし、南北物をしっかり味わいたい。
歌舞伎を演じる当代吉右衛門は、雀右衛門との『吃又』しか観たことがなかった。凄味をきかせた役を演じる吉右衛門を観てみたかったので、この作品を今月の演目の中で一番楽しみにしていた。あらすじは以下の通り。

船頭の三五郎(仁左衛門)は、父親から旧主塩冶家に必要な百両の金策を頼まれ、妻のお六(時蔵)を小万と名乗らせて芸者づとめに出している。冒頭その二人が密談のために佃沖に舟で漕ぎ出していちゃついているが、雲が切れると向こうからくる舟には小万に惚れ込んでいる薩摩源五兵衛(吉右衛門)が乗っているという出だし。
元々、源五兵衛は不破数右衛門という塩冶家の侍だったのだが、御用金紛失のために今は浪人の身になっている。伯父の富森助右衛門(東蔵)が甥が義士たちの仲間に加われるように百両を用立てて持ってきてくれる。そこを三五郎たちに目を付けられてしまうのだ。
三五郎は小万の身請け話を仲間とぐるになって演じたてる。小万は源五兵衛に惚れているから身請けされるくらいなら死ぬと言い立てる。惚れている証が腕の「五大力」の入れ黒子だという。源五兵衛は小万を見殺しにできずに伯父からの百両を身請け金として手放してしまう。小万を連れ帰ろうとする源五兵衛だが、三五郎は小万には夫のある身だから連れ帰ることはできないという。騙されたと知った源五兵衛は、その場は大人しく引き揚げて行くが、三五郎と小万が危険を察知して友人宅に泊り込んだところに夜中になって忍び込む。ところが人違いで仲間の五人を斬殺=有名な五人切!
逃げ延びた三五郎と小万が引っ越した借家は、お岩が死んだ民谷伊右衛門の浪宅だったという話になっている。三五郎は父に百両を渡して勘当をといてもらえた。その借家の家主は別れ別れになっていた小万の兄で偶然の再会。三五郎と小万が引っ越した先をたずねあててきた源五兵衛。五人切犯人の人相書きを見た長屋の住人に密告されて捕り方が来るが、家来の六右衛門(染五郎)が主に仇討ちを果たさせるために身代りになってひったてられていく。
騙した二人への恨みに燃える源五兵衛。その後、家主が旧主の御用金強奪の犯人と知った三五郎は家主を殺害。父は三五郎をかくまうために棺桶に入れて愛染院に運び込む。源五兵衛は小万がひとりになった隙になぶり殺しにし、その首を身を隠している愛染院に持ち帰る。源五兵衛のもとに元の家来だった三五郎の父が経緯を報告にきて、棺桶の中できいていた三五郎は旧主が源五兵衛であったことがわかって、腹に包丁をつきたてて自害を図る。「お主のためにお主を偽り~」と運命に弄ばれた不幸が明らかになる。源五兵衛も恥じて自害しようとするが、そこに仲間として迎えにきた義士たち。元の不破数右衛門に戻って討ち入りをすることになるというところで、幕。

とにかく吉右衛門と仁左衛門、時蔵の組合せが、ベテランの豪華さを味あわせてくれた。吉右衛門と時蔵=地味なのだが、二枚目の仁左衛門が加わることで、三角関係的な魅力が強くなる。年の関係のバランスもいいので、それはそれで見ていて無理がなく、すっと入り込んでいけた。勘三郎・玉三郎のような華のある組合せとは言えないが、落ち着いた味わいのある舞台だった。
仁左衛門・時蔵の夫婦役、なかなかアツアツぶりが漂ってきてよい。冒頭の舟の中でのいちゃつきシーン、入れ黒子を「三五大切」と彫りなおすシーンなど、色っぽい話をそれっぽく演じてくれて大人の芝居という感じだった。
六右衛門の染五郎も主のために身を捨てるなかなか美味しい役を頑張っていた。それにこういうベテランたちとからむ役を演ることで勉強になっているはずだ。昼の忠兵衛が楽しみになってきた。
吉右衛門の源五兵衛は、最初はただ小万に振り回される情けない浪人の風情、特に小万の命と義理ある百両とどうしようと悩む様も良かった。それが騙されていたのだと気づいてからジワジワと復讐の鬼になっていくその変化が味わい深い。小万の赤ん坊を殺し「鬼」と罵られた後、「身どもを鬼には、おのれら二人がいたしたぞよ」と振り絞ったような声で言う。このへんに吉右衛門の芝居の真髄を観たような気がした。
最近読んだ文庫本の『勘三郎ぶらり旅』の中で、この芝居について勘三郎は「源五兵衛はきらいで、やるなら三五郎」というようなことを言っている。確かにそんな感じがする。吉右衛門と勘三郎の持ち味の違いがよくわかるような気がした。
お詫びと訂正
申し訳ありません。勘三郎についてニュアンスが正しくなかったので上記の本からの引用で訂正する。「僕は、本当はどうも汚らしい浪人の源五兵衛よりも、江戸っ子で粋な感じの三五郎が好きなんだけど、今回、源五兵衛も演ってみて悪くなかったな」=1998年のコクーン歌舞伎で上演した時の回想より

『良寛と子守(りょうかんとこもり)』
イヤホンガイドによると、この作品はもともと子役の初お目見えや初舞台として上演されることが多いのだという。今回は富十郎の長女・愛子ちゃん2歳が里の子のひとりとして初お目見え。良寛さんを迎えに行ったり、年長の子役の動きを真似したり、長唄の演台の後ろと舞台を行ったり来たりして客席の「可愛い」というどよめきを誘っていた。長男の大くんも里の男大吉として良寛がなくしてしまっていた托鉢の鉢を届けにきてくれていた。富十郎さんと二人のお子さんとの共演の舞台ということでまあいいんじゃないでしょうか。それと子守およし役で尾上右近くんが頑張っていたのでこれからが楽しみだ。
追記:筋書きを入手して読んだら、坪内逍遥没後七十年も記念しているとのこと。そうか、シェイクスピアの翻訳だけやってらしたわけではないのかと、改めて偉大さを認識した次第。

『教草吉原雀(おしえぐさよしわらすずめ)』
吉原に鳥を売りに来た夫婦(梅玉、魁春)の踊り。吉原での客と遊女のやりとりなども振りに入れて踊る。途中から鳥刺し(歌昇)が出てきて、二人を人間ではないと見破り、ぶっかえりでつがいの雀の精である正体が明らかになり、鳥刺しも鷹匠であることを明かす。雀が空に舞い上がっていく見得で幕。
『良寛と子守』で終わるのはいくらなんでもひどいので、この吉原仲町の華やかな場所での華やかな踊りでしめてもらってよかった。梅玉、魁春、歌昇のバランスもよく、いい気分で劇場を後にできた。

写真は、今月のポスター。3階のロビーに貼ってあるものを携帯のカメラで撮影。
コメント ( 10 ) | Trackback ( 6 )


05/06/22 『anego』最終回、モンゴルの空は青かった!

4/20に始まった篠原涼子主演のTVドラマ『anego』がついに最終回。
不倫してしまった沢木の妻絵里子(ともさかりえ)が、株主総会の当日、東済商事本社ビルの屋上から飛び降り自殺しそうなところを救うところから始まる。東済商事はもともと別にも大きな問題を抱えていた上に、奈央子の不倫→自殺未遂騒動も加わって株主総会で大もめになり、責任をとって退職願を書くが、とりあえず自宅待機となる。
奈央子が実家に帰ると、そこにもワイドショーの取材が押し寄せているが、母(由紀さおり)が気丈に追い返す。父(ベンガル)は、事情がききたくて黒沢(赤西仁)を家まで呼び出し、そこで4人で食事をしながら黒沢がプロポーズの話を両親に報告。父は無理だろうと言うが、母は50年経ったら11歳の年の差なんて気にならないと言う。父もすぐに宗旨替えして同意。なんという夫婦。由紀さおりのとぼけた味が生きる。
絵里子は夫に自分から離婚を切り出す。最初から現実逃避のための結婚だったので、夫を幸せにできなかったのだという。自立を図るための離婚。福祉の仕事を始めるようだ。
奈央子は会社を辞めただけでなく、黒沢からのプロポーズを断る。彼が嫌なのではなく、自分が嫌なのだという。確かにここですぐ結婚してモンゴルについて行く気にはならないのだろう。黒沢はあきらめないという。
今日はスペシャルで時間が10分ほど長い。今日はいつもは冒頭で流れる「We Will Rock You」が途中で流れる。黒沢は、モンゴルからメールを毎日送ってくる。モンゴルでロケをしたらしく、カシミア工場のシーンや草原のシーンなどで黒沢が頑張っている様子がなかなか楽しい。彼のメールに励まされながら、奈央子は派遣職員として働き出す。
後輩の加藤(戸田菜穂)は3年間不倫の関係だった部長(升毅)と別れ、総合職に転向。部内でつきあっていた立花(山口馬木也)と派遣の加奈(山口紗弥加)も結婚。と月日は流れていく。その結婚式で奈央子は黒沢と再会。ここで毎度お馴染みの字幕シーン。立呑み屋「金太郎」でふたりはお互いに憎からず思っていることを確かめあう。奈央子は黒沢にメールを送ってと頼む。励まされるからと自分の気持ちを正直に言いながら。毎日送ると約束する黒沢。
モンゴルの草原の青い空の下でメールを送ろうとするが、バッテリー切れ。おいおい、アンテナもないからメール飛ばせないだろうと、つっこみたくもなるが。
勤め帰りにモンゴル語の教室に通う奈央子。ふたりが結ばれることを暗示して終わる。

よかった~。女が男より11歳年上だからって何だあ。女の方が寿命が長いという由紀さおりの台詞の通りだ。また逆に男がそうとう年上だってアリだ。男と女は、当面よければそれでいいのだ。死に別れても生き別れても、♪「別れたら次の人~」♪(某歌の替え歌)なのだ。
ジェンダー観点ではいろいろと、ひっかかるところも散見されたが、総じてラブコメディとしてはよくできていた。母娘でハラハラどきどきして盛り上がって楽しい2ヶ月間を過ごすことができた。ありがとう『anego』!
コメント ( 4 ) | Trackback ( 2 )


05/06/21 お気に入りの目覚まし時計の修理ができた!

7~8年以上前に買った目覚まし時計が壊れてから1年くらい。その前から秒針がはずれて中に落ちていたが、動いていればいいと思ってほっておいた。いよいよ動かなくなって電池を入れ替えてもだめになったが、お気に入りなので捨てられない。
デザインも好きだし、厚すぎずに持ち上げやすいのがいいのだった。一応、CITIZENだし、量販店の時計売り場に持っていき、修理を依頼。ところが、型が古いのでメーカーに出しても直してもらえる保障期間を過ぎているだろうからということで、修理の受付をしてくれなかった。

町の時計屋さんで親身になってくれるところを探すことにしてずっと、ほうっておいたのだが、先日、駅前通りの時計屋さんの看板に「時計修理」とあるのを見つけて、さっそく持っていった。以前の経過も話してら、直せるかどうか預かってくれるという。
預けて1週間ちょっとで引取りにいくと、修理できていた。目覚ましのセットのスイッチがちょっと固いが、食卓の上に置くつもりなので特にそちらの機能は使わないのでかまわないかなということにした。
修理代は2500円。高いといえば高いが、ここまで気に入るデザインのものはなかなか見つからないし、もともと物は大事にしたい方なので、大満足。

写真は、修理できた時計。
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ