ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

2017/02/28 台北2泊3日旅行で台湾の今の状況がよくわかった

2017-02-28 23:59:05 | おでかけ、旅行


 2/24(金)からの台北2泊3日旅行から無事に帰ってきた。韓流ファンの妹2と4回の韓国旅行をしてきたが、朴大統領の弾劾を求めるデモが続いていて、ソウル市内観光の渋滞を避けたいので一度、台湾にしてみようということにしたのだった。
 昨年11月には早割で予約を入れ、私は『地球の歩き方 台北 2017~2018』が11/26付けで出たのを買ってきて予習。妹は『るるぶ』派で、さらにネット検索でブロガーさんの記事なども読み込んで行動計画を立てる担当。私は帰ってきてからフォトブックを作成する方を担当しているので「復習担当」ということになっている(苦笑)
台湾では3日続けて雨。気温も少し前まで20℃台だったのに私たちが行く直前から10℃台というあまり嬉しくない天候だった。それでも妹が一番やりたかった願い事を書いた天燈上げというメインイベントもできたのでよかったし、私としては2日目の台北市内のオプショナルツアーで故宮博物院見学ができたので満足できた。他にもやりたいと思っていたことはほぼやってきたので満足できた。

 『地球の歩き方 台北 2017~2018』の編集後記の冒頭に以下のような一文があった。
「新しいリーダーを迎えた台湾、奇しくも同じタイミングでこの本もリニューアル改定を迎えました。これからも台湾と日本の相互交流がさかんでありつづけることを願ってやみません。」
 巻末のコラムの「台湾の歴史」では、「オランダによる統治」、「鄭氏、清朝による統治」、「日本による統治」、「中華民国の時代」という流れで通史が理解できた。歌舞伎の「国姓爺合戦」の和藤内=鄭成功が出てきた!
 日清戦争に負けた清国から台湾を割譲された日本の統治政策が成功したことが親日感情のもとになっている。日本撤退後、中国の内戦の末に負けた国民党の蒋介石が台湾に遷都する形で統治し、国府軍が不当な弾圧を加えたことに抗議したデモ隊に発砲、大きな反乱となった。それを蒋介石が武力鎮圧し、台湾人エリート層の数万人が殺された。それを「2.28事件」といい、それを悼む日がまさに2/28の記念日だとわかった。
 もう一つのコラムの「台湾を理解するための8つのトピック」で、「本省人と外省人」、「台湾の人は日本が好きなのか」、「国民党と民進党」、「複雑な中台関係」、「ひまわり学生運動」、「新しいリーダー、蔡英文総統」などの項があり、今までよく理解していなかった台湾の状況がよくわかった。
 その上で今回旅行をしたので、ガイドさんの話のはしばしに出てくるような複雑な国民感情なども含めて今の台湾の状況が実によくわかった。

 2日目の2/25のオプショナルツアーのガイドさんが「今日から台湾は4連休です」と切り出されて、「2.28記念日までの4連休ですね」と即、切り返すことができたのだが、奇しくもそんな時期の旅行になってしまったのは偶然だったのだろうか・・・。
 あちこちが現地の人々でいっぱいだった。地下鉄(MRT)の台北駅近くのコスモスホテルに宿泊し、フードコートで食べようと思って地下鉄で出かけた話題の台北101も人が多すぎてすぐあきらめ、台北駅に取って返して駅ビルのフードコートで食事をとった。その機転が効いたのも妹2の万全な予習の賜物だった(苦笑)。そういうことも含めてよい思い出になるだろう。


2017/02/20 「歌舞伎の日」に勘太郎・長三郎兄弟の初舞台「二人桃太郎」の話題

2017-02-20 23:57:33 | 観劇


 『週刊女性自身』で2/20が「歌舞伎の日」ということにちなんだ記事があったので、ネット検索してみると、1603(慶長8)年に京都四条河原で歌舞伎踊りを始めた出雲の阿国が1607(慶長12)年2/20に江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で初めて歌舞伎踊りを披露したことからのようだ。前者は何月何日という記録がないのだろうが後者は確実に記録があるだろう。他に1889(明治22)年の11/21に東京木挽町に歌舞伎座がオープンしたことを記念して11/21を歌舞伎の日とする情報もあったが、さすがに歌舞伎座開場だけでいうのは難がある。
 今月の歌舞伎座は出雲の阿国一座が江戸に出てきて小屋掛けすることを許されるのを芝居にした演目あり。しかしなんといっても十八代目中村勘三郎の孫兄弟の初舞台・襲名披露が話題。十八代目の初舞台が桃太郎、子の勘太郎・七之助の初舞台が二人桃太郎、そして孫の勘太郎・長三郎も二人桃太郎で初舞台ということになった。チケットの先行予約日にうかうかしていたら休日の夜の部の3階席は売り切れてしまい、2/15(水)にフレックスで早上がりして観るはめになった(^^ゞ

 上の写真2枚は襲名披露の祝い幕とそれをおさめた箱のロビー展示。野田秀樹演出作品の衣裳デザインでおなじみのひびのこづえさんのデザインでその画も箱の前にあり。二人桃太郎のスチール写真で「猿若祭二月大歌舞伎」の特別ポスターも作られている(下の写真)。
 芝居半ばで菊五郎の引き合わせによる襲名披露口上あり。おともの犬猿雉の姿で染五郎、松緑、菊之助も口上を述べたのが珍妙。兄弟の二人桃太郎は5歳の兄はしっかりし、3歳の弟はお兄ちゃんについてようやくという感じではあったがまぁ合格(笑)
 こうして伝統工芸の継承と同じように家の場で伝統芸能も継承されていく。その家に生まれたからと言って親の七光りでは通らない厳しい世界だ。才能のないものは役者としては廃業ということにもなる。「継承」ということについて考えさせられる。

歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人」の「江戸歌舞伎三百九十年 猿若祭二月大歌舞伎」の情報ページはこちら