光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

サンショウ(山椒)の緑と、ヤエヤマブキのオレンジ。

2016-04-22 14:12:22 | 植物・花(春)
  今日はなかなかややこしいお天気で、朝ももう晴れ間、青空が出ているのに、非常に細かい雨が降っていて

  というときがあった。この雨はいまは止んでいるが、毎度空を見て、また雨が降っているか、見てはいない。

  春らしい天気ではある。

  いまは、もう午後1時を少し過ぎているが、空に晴れ間はなく、白い雲だけがある。

  風は止んでいる。ウグイスの鳴き声も、朝に続いて、聞こえていたが、鳥にも都合はある。


  いえの周りか、わずかに離れたところで、いまは春の植物、花の写真を撮っている。

  これはいらない、という考えはなかなか出て来ないので、いいと思えは、これは撮っておいた方がいいと思えば

  それは残るが、さてこのブログに出す画像としてどうするかは、いつも悩む。同じことを書いている、ということ。

  これはわかっている。これも今の自分、あるいは私。


  サンショウ(山椒)の木は、ここのいえにも実はあった。「サンショ」ともいっていたと思う。国語の辞書を見て

  いてサンショウの後に、サンショウウオがあって、あーそう言えばそうゆう生き物いる。久しぶりに、この

  生き物のことを思い出した。田んぼに水が入ると、もうすぐに、カエルの鳴き声がするようになる。ただ、

  周りにある田んぼで、イネが植えられないと、そうゆうことは起こらないが。


  サンショウは、思い出としては、一つは、昔むかし食べていた佃煮のそれがある。白いご飯があったときである。

  だから時代的には、昭和も40年に近かったか、それ以降。特有の味がある。多いのは昆布であって、それに入って

  いたようだ。

  どうも、子供の口には合わなかった気がしている。いいようのない、辛いとか苦いとか渋いとかいうもの以外。

  これが長く残った。ただ、そうゆう時代にこそ、このサンショウの実は活躍して、その時期を過ぎると、食べることも

  なくなったようだが、サンショウも貴重品になったのか、あるいはサンショウそのものもなくなっているのか。

  虫もあの味は嫌がる。そうゆう気がする。

  
  サンショウの木は少し離れてあるが、今朝その花の画面を見ていて、あれ、ピンボケというか、はっきりとしない

  画像ばかりで、しばらく理由を考えていたが、これはわかりやすい。単純に、カメラがピントを出せない。

  それしか考えられない。コントラストもないし。特に、咲き初めの花は。この経験はある。そうゆうことも

  思い出した。葉の色も、花の色も、ほとんど同じである。ただ葉の形からは、サンショウらしさはあると思う。


  草とか木々の新芽とか、ゴチャゴチャに撮っている。で次にわかりやすいものはあって、これはヤエヤマブキである。

  4月20日、水曜の、お昼前で、お日様はほぼ真上にある。ヤエヤマブキの花は、一部はラナンキュラスのように花

  びらがくっ付いたままだが、一部は、毬の様に広がって、また一部は、水分不足のようである。

  色は、この日は日が強かったので、暗めにしているので、あまり目で見ている色に見えないものが多い。

  明るさ調整で、なるべくそれに近付くようにはしている。ミカンとか、ハッサクの実の色が、オレンジ色で

  これが一番近い。


  ヤマブキの花の色とはどう違うか、これも花によってわずかに違いがありそうだが、花びらは、ヤエヤマブキのほうが

  薄い。繊細な花だが、枝が伸びて花がたくさん出来る。これ、ヤエヤマブキのはずで間違いないと思うが。

  少し心配になってきた。でも、それ以外考えられない。蕾もまだ多く、でも花びらは色があせるのも早い。

  撮るのなら曇りの日がいい。でもうまいこといかないことも多い。


  サンショウから。



  その一。大きくなっている葉は、よくある木の葉。花も咲いているが、ぼんやり感はある。




  その二。




  その三。




  その四。




  その五。



  ヤエヤマブキ。



  その六。




  その七。




  その八。水分不足。あるいは、花びらが薄い。




  その九。たくさん咲きそう。なんでここのいえにはないのか。一本欲しい。




  その十。この色見ていると、時期が違うが、ハッサクが食べたくなる。



  非常食、というと、缶詰がまずは思い出される。

  でも持ち出す余裕があれば、ということがある。どうゆう缶詰ということも考えないといけない。


  水は、ペットボトルに。考えるのは簡単だが、これも余裕がないと持つのも大変である。

  地震でいえの中は、まずは足の踏み場もない。ガラスなどが飛び散ってもいる。置いてある場所まで

  行けない。

  頭で考えていたことが、すべて実行不可能に思えるのが、いつものことである。

  お金だって同じだし。


  水はすぐになくなる。しかし水分の多いものは、腐りやすいが、もちろん喉は通る。ほとんど、日常での

  ある程度重症のときに食べられるものを考えるといい。

  ただ、食べることと、排泄することは、セットで、これが出来ないというのが一番大変。


  普通に生活していて、私はこれで、後者で口に出さないがいまは、大変な思いをしている。

  板の間で眠ったことは若いころはあるが。少なくとも畳が。

  役に立たないことを書いた。



雨降って、空気入れ替わった。木の緑一段と鮮やか

2016-04-22 07:08:09 | 植物・花(春)
  きのうの夕方、窓ガラスに雨粒で、ようやく雨になったかと思う。


  ただ、気象台のアメダスを見ていると、けっこう降っている気がするが、

  しかしこの辺り、少なくとも私の感じでは、雨が降り続いているというものもなく

  雨の音も気になることはなかった。


  きのうも今日も、寝起きしている部屋の温度は、朝起きた時点で、16℃だが、

  今朝は窓から顔を出すと、ゆるい南風だが、湿度もあるからか、冷たく感じられる。

  が、この冷たいという感じのほうが、いまはいい。

  朝、顔を洗うときも、もう水道水である。ただ気象台のアメダスの気温を見ると、午前6時で、15.2℃もある。

  私の頭に思い浮かんだ数字は、10℃くらいであった。湿度は90%あるが。


  きのうくらいから、ウグイスが鳴いている。

  その前にもあったようだが、きのうの声は、しっかりしていた。通常の鳴き方以外のそれもあって

  適度な音量である。

  今朝も鳴いている。ただ、心地いい鳴き声なので、目覚ましにはならないか。


  空は明るくなっている。


  シャクヤクの葉、青空に柿の木。









  まだ咲かないと思うが、どうなるか。




  透明感のある、この青空はいい。