知っている人は知っていることだろうが知らない僕にはなかなか面白い。
まずはル・コルビュジエという名前が雑誌に投稿するためのペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジヤンヌレといったということ、さらにはパリのアトリエで32年間制作を続けたが、午前中は必ず絵を描き、「キュビズム以後」を発表して自分たちを「ピュリスト」と名乗っていたことなどなどー今回その絵もかなり展示されるが、「ピエタ、十字架降下」なる絵もありなかなか面白い、最も多くはレジェ的で後期になるとピュリスムに関心を示さなくなったそうだがー。
国立西洋美術館やサヴォワ邸で日本にもなじみのル・コルビュジエ、その回顧展をJuneさんにもらったチケットで森美術館に観に行く、乃木坂駅の新国立美術館から歩いたが案内も丁寧で迷わずに到着する。
この人の基本的な姿勢は都市は住宅によって構成されるというもので、ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平に連続する窓、自由なファサードの五原則が実現したのが前述のサヴォワ邸だ、フランスはポワシーにあるという。
そして彼の残した最も重要な業績のひとつが集合住宅「マルセイユのユニテ・ダビタシオン」だ、大型客船をモデルにつくり、17階、337戸、1600人が住んだという。
今回の展示ではこのユニテの一戸分の実物大模型が作られ自由に出入りできるようになっている、面白い。
その一方彼は「輝ける都市」を著し大規模な都市計画にも着手する。
1927に国際連盟の競技施設案がコンペで一等賞をとりながら却下されるというスキャンダルが起こり、彼はアカデミーとの対立を表明する。
その結果というかなんと言うか彼はパリ計画では「デカルト的摩天楼」を作って地上に空き地を確保しようと考えたりもする、この荒唐無稽な案は当然実現しない。
彼の都市計画で唯一実現したのはインド最北部のチャンディガールというところの都市設計で、それすらも高層都市計画は現地に適さないと彼の意のままとなったわけでもない。
「開いた手」のモニュメントがそこにはある、彼は手を人間の悠久の営為の象徴とみなしたというがとても重要な考えだと思う。
手の営みから外れたデカルト的摩天楼など抽象作為以外のなにものでもない。
その意味で彼が奥さんの誕生日にプレゼントするために作った丸太を張っただけの小さな休暇小屋が彼の最後の作品となったのは象徴的だ。
そこにはまさに愛情をこめた手の営みが表現されていると思う。
いろいろまだ書きたいが長くなりすぎた。
この展覧会を見物するにはかなりの時間が必要だとだけ書き添えて筆をおきたい。