だらだら日記goo編

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相田みつを、という書家

2016-10-29 22:13:54 | 日記
久しぶりに相田みつを美術館に行った。
要は、三菱一号館美術館の 拝啓 ルノアール先生、を観て、あと近くの美術館行きたいが、出光も東京ステーションギャラリーも金取られるなぁ、と思っていたら、うまいことに、国際フォーラムには、相田みつを美術館があり、障害者手帳で無料だ。
美術館が出来て、20年になるという。はじめから、ここにあったのではなく、銀座から移ったのだ。
3時になると、長男の館長のトークがあるという。
はじめは、このトークショーは予定されてなかったそうだ。
なんか、女性セブンに、みつをの特集が載ったとかで、どうも、世間に誤解があるということで説明したいと。
要は、みつを、は、書家を名乗るが、上手いのか、下手なのか、妙な字を書く。そこを説明したいと。
元々、みつをは、17の時、栃木で有名な書家について、23で、全国コンクール一位となり、将来を有望視される書家だったという。
しかし、30くらいで、自分の言葉を紡ぐ世界に入ったという。
当然、それは、伝統との決別を意味する。更に、みつをは、私塾を開かずに、筆一本で生きていく決意をしたという。
筆一本とは、要は、作品が売れなければ終わりだ。
しかし、上手いか下手か、妙な字体で、自分の言葉を綴る作品など、誰も買うものはいない。
しかし、みつをは、材料費は惜しまなかったという。
言葉は出来ても、いやしくも、書家を名乗るなら、推敲に推敲を重ねる。
そのうち、部屋は、失敗作で埋まってしまう。
失敗作が天井高く積み上げられて、その処分は、息子の館長に任されたという。
で、館長はどうしたかというと、紙の山で、風呂焚きをしたという。
要は、それまでして、活字や、伝統体に捉われない文字を追及したから、みつをの書は、味わいがある。と言いたいようだ。
で、売れない長い時代を経て、にんげんだもの、刊行。これで、ちょっと、人様に知られるようになった。という。
女性セブンが、何故急に、相田みつを、の特集をしたのか分からないが、急な館長トークで、終わりには、来年のカレンダーのサイン会を開催。
明日も、館長トークはあるそうです。

横浜周辺散策

2016-10-26 22:07:52 | 日記
今日の毎日新聞に、常習累犯窃盗の30代女性に、高次脳機能障害の疑いで万引きを開始した可能性がある、として、東京地裁が精神鑑定を決定した、という記事があったが、常習累犯窃盗、だと、二回は刑務所に入ったことになる。
もっとはやく、障害に気づけば、刑務所など行かなくて済んだ可能性がある。願うべくは、良い結果が出ることを。
で、まぁ、こっちは、横浜のクリニックに通いだして、ただの窃盗で、精神鑑定が通る。という妙な裁判になった訳だが、横浜周辺も面白い。
まず、横浜美術館。
10/28,は特別に20時半まで開館するという。
つまり、医者に行って、その帰りに行けば良い訳だ。
まだ、展覧会図録が出来ていないというので、行っていないが、特別開館するくらいだから、出来たのだろうか?
次に、横浜美術館から、一駅、関内に行くと、ここは、横浜地裁とか、県庁とか、いろいろあるが、海に行くことも出来て、小さな美術館が揃っている。
日本新聞博物館というのもある。今は、昭和8年に焦点を合わせた展覧会をやっている。
あと、横浜開港資料館とか、シルク博物館とか、あれこれある。
で、今度は、市営地下鉄で、また一駅行くと、馬の博物館というのがある。
根岸競馬場があったとこらしいが、別に、馬の展覧会ばかりだけではなく、山口晃さんの展覧会もやった。
みなとみらい線で、終点、中華街から歩いて、近代文学館に出られる。
去年、朝日新聞社主催で、夏目漱石展をやって、賑わったようだが、で、近代文学館のすぐ近くには、大佛次郎記念館もある。入ったことはないがー。
まぁ、横浜も便利だ。
主治医も美術好きなようで、待合室には、展覧会図録が置かれているが、例えば、上野に行ったとして、根岸線を使って、関内に出れば、市営地下鉄に乗り換えられ、そこから、駅二つ目がクリニックがある。
市営地下鉄は、あざみ野まで行くから、あざみ野から、東急線に乗れば、三軒茶屋ー渋谷、と出られる。
神奈川の美術巡りも楽しい。

美術の見方

2016-10-23 20:56:14 | 日記
美術館というのは、当たり前だが、最初の方が混雑している。
しかしこれも当たり前だが、最初の方に良い作品がある訳でもないので、最初の方で時間をかけるのは無駄で、最後の方になると、疲れてしまうということになる。
今日は、ゴッホとゴーギャン展、東京都美術館 の特別展だ。
3時過ぎに入ったので、閉館の5時半までかかるのはわかっている。
わかっているので、どうすればいいかというと、最初の混雑しているところはすっ飛ばすのだ。
東京都美術館は、地下一階から始まって、一階、二階、とエスカレーターで上がっていく仕組みになっているが、この、ゴッホとゴーギャン展の目玉は、一階に展示してある、ゴッホの自画像3点と、ゴッホがアルルで、ゴーギャンと共同生活を2カ月ばかり送った訳だが、その時に描いた、ゴーギャンの椅子。更には、ゴッホは自殺する訳だが、ゴーギャンが、タヒチに渡って、ゴッホを追悼して描いた絵、肘掛け椅子のひまわり、だろうか。
この、肘掛け椅子のひまわり、は、展示の一番最後にあるから、ここで、時間が切れると惜しいし、そもそも、展覧会というのは、今回のように、展示の中ほどに映像があったりして、どのくらい時間がかかるか、よめない。
言ってみて、初めて分かるものだ。
であるからして、繰り返すが、展示の最初に時間をかけるのは馬鹿げている。
展示の最初は、画家の初期の作品と相場が決まっている。
であるから、東京都美術館の場合、最後まで観て、ミュージアムショップで買い物を済ませて、出口まで下りてくると、また、ご覧になりたい方はこちらから、とあるので、最初の方は、最後に観れば良い。
もう、5時過ぎているから、誰もいないから、ゆっくり観られる。
しかし、ゴッホはゴーギャンの姿は描かずに、椅子だけ描いた、何故だろうと思う。
主なき椅子。椅子の上には書物が置かれて、ゴーギャンの椅子であることを示唆する訳だが、敢えて、主を描かなかったのは、二人の共同生活が破綻することを暗に示しているとも思える。
しかし、椅子には、ゴーギャンが座って、描いていた訳で、ゴーギャンの痕跡も認められる訳で、在と不在の間を行き来する不思議な椅子ー。
ミュージアムショップでは、何故か、風邪予防に、龍角散のど飴が付いた、ポーチも売っていたので、買ってみる。
入館料が無料だから、図録とのど飴代金を払えばいい。
展覧会は東京新聞主催だが、なかなかに興味深いが、ゴッホ美術館は、作品にあてる照明に、75ルクスと制限を加えているそうで、要は、暗い明かりの元で観ないといけない。

一言欲しい

2016-10-19 22:54:09 | 日記
年賀状の季節だ。
障害者手帳が通って、何をやろうと、まず、パソコンのマスターだと世田谷区の施設に申し込んだら、早速、パソコンで年賀状を作ろう、という講座を受講させて貰った。
無料。手帳があると、かくも便利なのだ。
受講生は僅か6人.お年寄りが多い。
しかも、受講生の一人一人にボランティアが付く。という念の入れよう。
まず、初回は、Windows10の説明で、何が変わったのか、とか。
あとは、ワードとエクセルを使って、自分オリジナルの年賀状を作りましょうという講座。
もう、Windows10,のワードには、年賀状の雛形が用意されていると知って驚く。
要は、それを使えば、年賀状の印刷、なんて、馬鹿でも出来るということになる。
何も考えなくても、年賀状は作れる。
便利といえば便利だが、心が篭っていない。
それなら、コンビニとかで、印刷済みの年賀状を買って、宛名だけ書くのと同じだ。
やはり、手書きの一言が欲しい。
機械じゃないんだから、幾ら年中行事と言っても、ただ、パソコンに任せるのでは情けない。
さて、控訴審の判決は、年末年始になるだろうか。
医者に、控訴趣意書を出した後に、裁判所宛ての上申書を出すものだ、と言ったら、知らなかったようだ。
要は、検察側が、こっちの出す証拠ーこれを、弁号証というーを不同意にしても、本人の書いたものが、裁判所に伝わっていれば、それなら、本人に聞きましょう、ということになるからだ。
しかし、裁判を傍聴すると、執行猶予中にまた万引きしても、情状によっては、また、執行猶予が取れる。のだが、その執行猶予中に、つまり、二度の執行猶予中にまた、万引きをする、という事例もある。
本当、難しいと思う。その裁判、次回は、主治医の証人尋問をやると言っていたなぁ。
しかし、繰り返すけど、今の制度では、刑期が終わったら、万引き癖が治ろうが、治るまいが釈放しなければならず、釈放後にまたやったらもっと重い刑が課される。
つまり、今の制度では、釈放後のことはほとんど考えていない。
これではいけないと思うけど、上申書は、控訴趣意書に関することを書くものだそうで、余計な事は書いてはいけないそうだ。
因みに、検察側が出す証拠が、甲号証と乙号証、こっちの出すのが、弁号証、裁判所が職権で取った証拠ー精神鑑定書とかーは、職号証、こんなこと書いても、あまり意味ないけど、参考まで。

おめでとう、日本ハム

2016-10-18 22:32:48 | 日記
日本ハムがパリーグを制した。
開幕前は、誰が予測しても、ソフトバンク1強状態だった。
日本ハムは、3位か4位に予想した人が多かった。
日本ハムというと、大谷しか知らない。という人もいるかもしれない。
しかし、今年は見違えるほど、若手が活躍した。
若手を育成するのが上手いのは、日本ハムの大きな特徴だ。
日本ハムは、コーチの人事とか、フロント主導で決める。
良いことか、悪いことか分からないけど、ヒルマン監督が辞任した時、ダルビッシュを育てた、佐藤投手コーチを退任させたのも、佐藤投手コーチがフロントと合わないからだった。
栗山監督になった時も、コーチ陣は、前の、梨田昌孝監督の時と変えずに一年目は臨んだ。
ある意味、自分を信用できないのかと、栗山監督は屈辱的だったろう。
実際、吉井投手コーチとは、考えが合わずに、ベンチで対立もしたという。
しかし、思い通りにならないコーチを操って、見事、一年目の栗山監督は、パリーグを制した。
で、フロントもまあ、任せた方が良かろうと感じたのだろう、徐々に栗山色が出てきた。
何より、白井さんを、作戦コーチ兼、内野守備コーチにしたことは大きい。
白井さんといえば、日ハム生え抜きで、日ハムの良さも悪さも知り尽くした人だ。
そして、今年、そりが合わずに退団させた、吉井さんを投手コーチにもってきた。
これも大きな決断だったろう。
吉井さんは、去年はソフトバンクで投手コーチを務めていた。
要は、ライバルのこと知り尽くしたコーチを持ってきたわけで、ソフトバンクとしては嫌だったろう。
ソフトバンクには替わりの選手が沢山いる。
主力選手が2、3人故障しても、それを補って余りある控え選手がいるから普通なら優勝は揺るがない筈だった。
実際、松坂が戻ってきたが、2年間戦力に一つもなっていない。
去年、日本ハムが、パリーグ2位になった時も、良くやった。との声が多かったが、今年は優勝となると、もう、良くやった。では済まない。
他チームは、日本ハムから学ぶことがあるはずだ。
もっとも、栗山監督は、どうも、ハンカチ王子斎藤佑樹が好きで、去年まで、多用しすぎるきらいはあった。
しかし、今年はほとんど使わなかった、というのは、やはり、考えたのだろう。
今年のパリーグ制覇は、フロントと現場が上手く機能した結果というべきだろう。
フロントだけでも、現場だけでも、今年の優勝はありえなかった。というべきだ。
日本ハムの監督は、長くやっても、5年、というのが今までの例だったけど、まさか、来年6年目になる栗山監督を辞めさせられないだろう。
ともかく、栗山監督をもってきて、日本ハムは変わった。
来年はどうなることかー。