よく知らないがどうもこの人はたぶんに神経質だったのではないだろうか。
フォーヴィズムの洗礼を受け里見勝蔵に師事したというが画風はゴッホ的だ。
何しろ細かい線で何度も書き直した跡がよく伺えるのである、一気呵成に描く人とは違う。
大野五郎、18で世に出て96にいたるまでせっせと絵を描いた人だ、といっても知る人も少なかろうが第二次世界大戦でほとんどの作品を失ったというから致し方ない。
その回顧展を八王子夢美術館に観に行く、今日が会期最後である。
度肝を抜かれるのが赤や緑の原色の多用だ、「木立」1958などどこかの熱帯林のようだし、「市場」1967もインドかどこか南国的な感じがする。
「三人」1969は男がどこかの居酒屋でビールを飲んでいる場面だが、冒頭の神経質そうな線がムンク的ではある。
この人は海を好んだようだ、1970代には藤沢、外房、伊豆とあちこちにアトリエを移して海の絵を描く、足摺岬、襟裳、いろんなところに旅したようである。
旅といえばこの人が洋行したのは還暦を過ぎてからとは驚かされる。
1971にトレドへ、1980にウイグルウルムチへ、1997には南イタリアへという具合だ。
そんなこんなでこの人も自在の境地に入ったと見える。
2002「あれまヒコーキ」なる意味不明の題で裸婦を描いた作品、2004「静か、しづかなりや山の里」は緑が美しく、2005「夕陽落ちて雪の景」は淡い赤が心象風景にも思える、そして展覧会直前に亡くなった画家だ。
しかし展示作品からは「海の」1961を第一に推したい。
雄大な空と海が広がり、ぽつんと人間が描かれた作品だ、画家は何を想っていたのだろう。
この展覧会では裸婦の作品はまとまって展示されるが静物画はまったく展示されないなどこれから研究が進むのであろうか。
なお介護ヘルパー実習が明日より八月はじめまでありますので、このブログの更新頻度は極めて少なくなることが予想されますがご了承ください。