だらだら日記goo編

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人、死に出会う

2013-05-31 23:06:32 | インポート
情熱的なカウンセラーだった。
担当と学年主任をクリニックに呼んで話をしてくれた。中にはクリニックなどには行かない、という教師もいる。するとその学校に出向いて話をするのだという。
今では考えられないが、また年賀状書くために住所聞いたら、爆弾仕掛けるなよ、などと冗談言いながらちゃんと教えてくれた。
そのカウンセラーとの付き合いは、受験を理由にして、高校二年生の一年間で辞めてしまったが、高校三年生の正月には、頑張れ、と年賀状が来た。
ずっと墨岡クリニックで働いていたが、秋田大学から呼ばれて教授になり、学部長にまでなった。
成田先生と言う。
その先生が交通事故で二年前に亡くなった、と墨岡さんから聞いた。
まだまだの年だ。僕のカウンセリングしている時には、確か大学院で、こういうところでアルバイトしていると、指導教官がうるさいとか言っていた。
思うに、交通事故は最も悲しい死に方だ。
加害者も被害者も予期出来ない。
心の準備がないから、被害者の家族は驚き悲しむだけだし、加害者は人を殺したと言う想いを一生抱えて生きていかなければならない。
成田先生は、フロイト派で、自由連想法を取り入れていた。
こちらは、寝かされて、好きなこと喋れ、と言われて、どんな意味があるのか解らず一年間で辞めてしまったわけだが、先生を呼んで話をしてくれたことに本当に感謝している。
この場を借りて成田先生のご冥福をお祈りします。


ハンドルネームの由来

2013-05-28 22:38:16 | インポート
ハンドルネームは自分の名前の一部をとって付ける人が多いようだ。
僕のokiも間違われて、あなた、沖さんか、なんて言われたことがある。
そうではなくて、これは、高校の恩師のペンネームに由来する。
その人は秋元と言い、札付きの右寄りなのだが、隠岐というペンネームで、講演したり、予備校の講師をしたりしていたのだ。
本人は、予備校の講師なんてしていないと強調していたが、代ゼミ大船のパンフレットには、倫理、政経担当、隠岐という名前が出ていたのですが。
ともかく札付きの右寄りで、南京大虐殺はなかっただの、さすが産経新聞を愛読しているだけのことはある。
生徒に、家庭で、どの新聞をとっているか調査して、当時は産経などとっている家は少数だったから、それを嘆きつつ、ちゃっかり産経新聞からテスト問題を出したりした。
定年退職後も、21世紀教育開発研究所なるものを作ったりして、活動されていたようだが、今は何をしているかは知らない。
しかし、高校時代、また卒業後も御世話になったので、その隠岐をハンドルネームにしている次第なのだ。


しかし速いな

2013-05-23 19:18:54 | インポート
と言うわけで、下に書いたようになんかカードを使いすぎてカードショッピング枠が足りないので、新しくカードを作ることにした。
アコムとか、簡単そうで良いかな、と思ったけど、いろいろ考えて楽天さんでカード作ることにした。
楽天では、昔ブログ書いていたし、まあ縁があるから。
すると、18時2分に申し込みしたのに、10分にはもうカードが発行された!
審査と言うものをロクにしないのだろう、この人は楽天長く使っているから大丈夫だろうと言うことだろうか?
さて、今日は、日本で一番古い私立美術館の大倉集古館へ。
館蔵品の絵画だ。
これも面白く、25日までなのだが、新聞屋が勝手にチケットを置いていったのだ。
こちらが頼みもしないのに、勝手に郵便受けに入っていた。
おそらく、あのokiという人は毎月チケットないかとうるさいから、ちょうど期限が切れそうなチケットがあるから入れておこう、そうすれば、今月はおとなしいだろうということではないか。
楽天にも新聞屋にもどうも見透かされているな。楽天は楽天でのお支払いにはこのカードを登録します、ともうメールが来ているしね。


漱石という迷宮

2013-05-19 21:19:22 | インポート
我輩は猫である、名前はまだない。
しかし、この小説には冒頭から、アンドレア デル サントなるイタリアの画家が登場するそうだ。
そうだ。漱石は美術にも造詣が深かった。
イギリスに留学するわけだが、英文学と英国美術は切り離せないと、ステューデオという美術雑誌を定期購読していたという。
そんな漱石文学と美術との関わりを検証する面白い展覧会が、芸大美術館で、開かれている。
夏目漱石の美術世界展、東京新聞主催だが、悲しいほどお客さんが入ってない。
まず、第一章は、漱石と西洋美術。ターナーやら、ウォーターハウスがでる。
漱石の文章も載っているので、読んだり観たり時間かかる。
第二章は、古美術。漱石は仏教美術や王朝美術には目もくれないで、江戸美術にだけ関心があったそうな。応挙やら、若冲やら。
第三章が、草枕、三四郎、それから、門。
草枕、は、主人公が、詩人であり、画工とのことで、美術の名前もぽんぽん出てくる。
三四郎のところでまた、ウォーターハウス、人魚だ。マーメイド、マーメイド。
次に同時代美術を漱石が評したもの。
第六会文展を漱石が評した、ばっさばっさと切る。中村不折の絵等酷評する。
一方、朝倉文夫が弟をモデルにした彫刻は評価する、独特の鑑識眼だ。
次に、親交の画家、特に、津田青楓からは、漱石自身絵を学び、晩年の本の装丁は、津田を頼ったそうだ。
猫を始め、前半の装丁は橋口五葉で、猫は、読者が本をペーパーナイフで切りながら読み進める仕掛けだったそうだ。
読書の楽しみここにあり。
こんな斬新な切り口の展覧会が、なぜ空いてる?