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古い本 その63 HarlanからOwen

2021年07月07日 | 化石

 ではこれらの標本の発見からの経緯を調べてみよう。それについては、Kellogg, 1936 「A review of the Archaeoceti」にまとめられている。第一の標本(Harlan, 1834)は1932年にJadge H. Bryによって採集された。場所は、アメリカLouisiana州のCaldwell Parish の南西部にある、Monroe の約50マイル(80km)南、Ouachita 川から200ヤード(180m)離れた丘である。Louisiana州は、ミシシッピ川河口のある州で、産地は海岸から北に約150km、ニューオーリンズの180kmほど北西にあたる。発見者BryからHarlanに送られた手紙では、「発見された時に化石は400フィート(120m!)以上にわたる曲線に沿って、間をおいて並んでいた。」という。標本は土地の所有者John G. Creagh などを経て、Academy of Natural Science of Philadelphia に収蔵された。標本は全部ではなく1個の脊椎骨である。長さ14インチ(32.5cm)、幅7インチ(16.3cm)。
 2番目の標本(Harlan, 1835)は、S. B. Buckley によって発掘された。場所はJudge John G. Creagh が所有する農園で、歯を伴う上顎の破片がふくまれていた。後にOwenはこの化石をイギリスで見て、哺乳類のものであることを確信した。
 さらに、1842年にS. B. Buckleyは65フィート(約20m)にも及ぶ脊椎骨の列を発掘した。場所はやはりJudge John G. Creagh が所有する農園であった。標本は、脊椎骨列の他に、吻部の先端(切歯を伴う)、両方の下顎の後端、3個かそれ以上の臼歯、肩甲骨の一部、片方の完全な上腕骨ともう一方の骨頭、橈骨と尺骨、そしていくつかの肋骨の破片。標本は1906年にAmerican Musum of Natural History が購入した。
 3番目の標本は4本の破損した歯を(元の位置に)伴った上顎でで、2番目の標本と同じくBuckleyが発見した。アラバマ州Clark CountyのSuggsvilleから1マイルのところから発見されたという。
 Harlan は、二名法の学名を付けなかった。現在使われている学名Basilosaurus cetoides (Owen, 1839) に対してインターネットではシノニムとして次のようなものが挙げられている(年代順)。Zeuglodon cetoides Owen, 1839. Basilosaurus harlani De Kay, 1842. Zeuglodon harlani De Kay, 1842 Hydrargos sillimanii Koch, 1845. Hydrarchos sillimani Wyman, 1845. Zeuglodon ceti Wyman, 1845. Zeuglodon macrospondylus Müller, 1849.
 これらのうちHydrargosHydrarchos の種小名はYale 大学のBanjamin Silliman 教授に献名されているが、彼は標本をめぐる活動には関与してないらしい。命名者のうち、Koch は、数地点で発見されたここまでに述べた標本とは別の化石骨を集めて、巨大な骨格を作り上げ、長さ35メートルの巨大化石爬虫類」として、1845年にニューヨークで展示会を開催した。彼の日記には、これらの化石が”Zygodon”(Zeuglodonではなく)のものであると記されていて、彼がこれが哺乳類のものであって、すでに他の人(HarlanとOwen)によって研究されたものであることを承知していたことが暗示されるという(ロクストン・プロセロ 著 松浦俊輔 訳:未確認動物UMAを科学する 2016)。Kochが展示会で組み立てた標本の産地やどの部分がどれかということについては標本のほとんどが失われたこともあって明らかではない。いずれにしても、1842年から1849年ごろまでの短い期間にかなりたくさんの標本が別々のところから発見された。これはBasilosaurusが大きな動物であったから注目をひきやすいからだろうか。
 ここから次の論文に入る。その論文は「Observations on the Basilosaurus of Dr. Harlan (Zeuglodon cetoides, Owen)」(Harlan博士のBasilosaurus (Zeuglodon cetoides, Owen) の観察)というもので、Transactions of the Geological Society, London, Ser. 2, vol. 6: 69-79, pls. 7-9.に1839年に掲載された。Basilosaurusを公表したのちに、Harlanは標本の一部をはるばるイギリスに持ち込んだ。イギリスのOwenのところに標本を持参した。
 この論文で、Owenが見た標本がHarlanのどの部分に当たるのか照合してみよう。1ページ目に、「Harlan博士が持ち込んで、今テーブル上にある標本は、上顎の二つの部分であり、Plate 7 に示した3本の歯を含む大きい方と、二つの歯槽のある小さなもの」としている。Pl.7の標本は、確かにHarlan 1835のPl. 22の標本であるが、接続する前方の部分は、Owenの図では一部しか描かれていない。そこには二つの歯槽があるので、Owenの「小さい方」というのは、同じ上顎骨が割れているだけだから、標本としては1つなのだ。

170 Harlan, 1835(上)とOwen, 1839 (下)の標本比較

 Owen 1839には3枚の図版(pls.7-9)があって、pl. 7がこの上顎部の図である。

171 Owen, 1839 Pl. 7

 Pl. 8には歯根と肋骨の断面図(+比較のためのジュゴンの歯根)と脊椎骨の1個が示されている。歯根断面図は、臼歯が二根であることを示すための図で、Owenがこの動物を哺乳類と鑑定する大きな根拠としたのが、この二つに別れた歯根と、口蓋側から見た雁行型の臼歯のならびである。

 下の脊椎骨の大きさがよくわからないが、脊椎骨の図上の長さ15センチ3ミリだがやや斜めからみた図である。本文76ページに脊椎骨に関する記述があって、そこにHarlan 1834 に掲載されている発見者Judge Bree (Harlan 1834ではBry)の記述が書いてあるから、最初に発見された脊椎骨なのだろう。そうするとそのサイズは長さ14インチ(32.5cm)、幅7インチ(16.3cm)だから、この図はほぼ実物の二分の一で描かれていることになる。これが本当なら、これこそがBasilosaurus(Harlan)のホロタイプなのか?手元のコピーがPDFからとったもので、サイズがオリジナルと同じである保証がないから問題があるし、属のタイプ標本というものはない。

172 Owen, 1839 Pl. 8

 Pl. 9 は2方向から見たほぼ完全な上腕骨で、Harlan 1834のpl. 22 の下部に示してある標本(反対側の面である)だろう。折れてくっつけたところも合う。図の長さは約20cmで、「Half the Natural Size」となっている。Kellogg 1936 に幾つかのBasilosaurus上腕骨の計測値が掲載されていて、420mmから510mm (3点)となっているからそれらよりやや小さい。

173 Owen, 1839 Pl. 9

 前にも触れた種名の命名に関するところを記す。Harlan, 1834で、Basilosaurus という属名だけが提唱された。Harlan は1835年の論文でも二名法を使っていない。ところがHarlanは同じ雑誌の一つ前の論文では大型のナマケモノの寛骨を記載する際にMegalonyx laqueatus という二名の学名を使っているのだからそうすればよかったのに。(Harlan, R. 1835. Notice of the Illium of the Megalonyx laqueatus, from Big Bone Cave, White County, Tennessee. インターネットから取得済)Owenは観察したことからこれが鯨であると確信して新属・新種名Zeuglodon cetoides を記載した(1839)。…となっているのだが、Harlanはこの論文で二名法を適用していないので属の模式種は規定されていない。Owen 1939(彼は同じ年にProc. Geol. Soc., London に講演記録を同じような題材で掲載している。)では表題にZeuglodon cetoides が出てくるのに、どこにも新属・新種を提唱するという宣言はないし、本文にも二名法の記述がなさそう。ただし図版のキャプションには出てくる。結局1939のKellogg「A Review of the Archaeoceti」の扱い、つまりBasilosaurus cetoides (Owen) というのが、現在の取り扱いになっている。現在の命名規約では少しおかしいと思うのだが、何か勧告などがあるのかもしれない。
 古い論文だから、記載や命名の様式が異なるから読むのが面倒。読み間違いもあるかもしれないのでご指摘を。なお、このあたりを詳しく(正しく)知りたい方はKellogg「A Review of the Archaeoceti」1939 に大量の情報があるから読んでいただきたい。この本は古本で購入したから以前のこのブログで紹介した(2020年6月10日 古い本 その11)。Basilosaurusの復元骨格も掲載してある。