古い本 その187 戸狩動物群 3
2 既存のデスモスチルスとの比較
徳永重康(1874−1940)は早稲田大学教授であるが、東京大学出身であるから、専門分野の異なる加藤武夫から受け取って研究したのではないか。瑞浪市戸狩のデスモスチルス頭骨の記載を行った人だから、デスモスチルスの標本を託されたのはごく自然である。その研究に16年も要したのは、その頃までに発見されていたデスモスチルス化石との違いを重視し、それについての検討をしていたということはまちがいない。
そんなわけで、佐渡の沢根標本は徳永の手元に移された。歯冠の咬頭が柱状でエナメル下が厚く、中央に象牙質が小さく凹んで露出しているから、デスモスチルスの形態を持っていることはすぐにわかる。この類の臼歯では、下顎の咬頭が左右に並んでいて、上顎ではその並びが前後(近心/遠心)方向の軸に対して斜めに配列する。主な咬頭の配列は揃っているが、そこに余分な咬頭が周りに追加されることが多く、そのため抜け落ちた臼歯の番号を決定するのは簡単ではない。
まず、標本Aは配列から見て下顎の臼歯であるから(徳永は、最終的な歯種の判定を避けている)、彼自身が記載した戸狩のDesmostylus japonicus(後で命名)の下顎臼歯と倍率を合わせて比べてみよう。
706 沢根標本と戸狩標本の下顎臼歯比較
上の図は、左が沢根標本の標本Aで、咬合面と側面(Tokunaga, 1939. Plate 19, figs. 1, 2、右が戸狩標本の下顎臼歯(Yoshiwara and Iwasaki, 1902. Plate 3, figs. 5a and 5b)である。主な違いは指摘されているように、沢根標本は歯冠高が低いこと、歯帯が目立つこと、歯根が長いこと、咬頭数が少ないこと、そして何と言っても小さいこと。これだけ違うと、同種でないことはもちろん、同属も疑われる。
不完全な標本Bも調べてみよう。今度は、歯のどの部分かを決めることも難しい。まず、指摘されているようにこの歯は磨耗していなくて萌出前のものなので、咬頭が特殊な形をしていること。これについては徳永が迷っている頃にはなかったがDesmostylusでも同じような臼歯が出ている。
707 Nagao, Takumi. 1937. “Desmostylella typica” 未萌出の下顎臼歯
この図は、後で種類の説明の時にも引用するが、このように、未萌出の臼歯の先端は、丸くなっているのではなくて小さな凹みがあり、さらにその中央に小さな突出がある。それをふまえて、Tokunagaのスケッチを現在の知見と合わせると、下の図のような位置の破片と考えることができるが、違っているかもしれない。

708 沢根標本B(右)を上顎臼歯の遠心端破片と考えた時の位置。
左はBeatty, 2023. Fig. 3. Cornwallius sookensis 右上顎臼歯 右はTokunaga, 1939. Plate 19, fig. 6. を回転したもの。咬頭の位置はかなり似ている。また外形の形も似ているし、割れたラインも咬柱の境界と近い。Desmostylusと比べたいが、Cornwallius sookensisの咬柱の数は平均的なDesmostylus と比べて一列少ないから、少し無理があるが、サイズ感を比べると次の図のようになる。
709 標本B(中)のサイズ
前の図に、Yoshiwara nad Iwasaki, 1902, plate 3, Fig. 5を左右反転して添えたもの。ただしこの図は無理に合わせたものであまりあてにならない。
以上のように、徳永氏にとっては沢根標本をDesmostylus属のものと考えることはできなかったのだろう。
徳永は論文発表6年ほど前の1933年6月の第40回地質学会において、「Some Mammalian Fossils found in Japan」と題して学会講演を行ったことが記録されている。その抄録がたぶん次のもの。
○ 徳永重康, 1933. 日本の或る哺乳類化石に就いて. 地質学雑誌. Vol. 40, no. 476: 353-354.
要旨はわずか6行の短いもので、日本産化石哺乳類を陸生と海生にわけてそれぞれの種数を目(もく)ごとに列記しただけのもの。表題の意味することとは全く合わない。束柱類にかかわるところは、海生哺乳類の種数の列記の最後にある次の1行にすぎない。
「Desmostylidae は日本には少なくとも3 sp. の存在せることを説述せり。」他の目については、種数だけを書いていて、講演の表題は「或る哺乳動物化石について」なのだから、主題は特定のグループに関することのはずで、これがその主題だったようにも見える。もっと長い抄録を記すつもりで表題から書き始めたのに、本文では主題に入る前に切れているように見えるが、私の気のせいか?
2 既存のデスモスチルスとの比較
徳永重康(1874−1940)は早稲田大学教授であるが、東京大学出身であるから、専門分野の異なる加藤武夫から受け取って研究したのではないか。瑞浪市戸狩のデスモスチルス頭骨の記載を行った人だから、デスモスチルスの標本を託されたのはごく自然である。その研究に16年も要したのは、その頃までに発見されていたデスモスチルス化石との違いを重視し、それについての検討をしていたということはまちがいない。
そんなわけで、佐渡の沢根標本は徳永の手元に移された。歯冠の咬頭が柱状でエナメル下が厚く、中央に象牙質が小さく凹んで露出しているから、デスモスチルスの形態を持っていることはすぐにわかる。この類の臼歯では、下顎の咬頭が左右に並んでいて、上顎ではその並びが前後(近心/遠心)方向の軸に対して斜めに配列する。主な咬頭の配列は揃っているが、そこに余分な咬頭が周りに追加されることが多く、そのため抜け落ちた臼歯の番号を決定するのは簡単ではない。
まず、標本Aは配列から見て下顎の臼歯であるから(徳永は、最終的な歯種の判定を避けている)、彼自身が記載した戸狩のDesmostylus japonicus(後で命名)の下顎臼歯と倍率を合わせて比べてみよう。

706 沢根標本と戸狩標本の下顎臼歯比較
上の図は、左が沢根標本の標本Aで、咬合面と側面(Tokunaga, 1939. Plate 19, figs. 1, 2、右が戸狩標本の下顎臼歯(Yoshiwara and Iwasaki, 1902. Plate 3, figs. 5a and 5b)である。主な違いは指摘されているように、沢根標本は歯冠高が低いこと、歯帯が目立つこと、歯根が長いこと、咬頭数が少ないこと、そして何と言っても小さいこと。これだけ違うと、同種でないことはもちろん、同属も疑われる。
不完全な標本Bも調べてみよう。今度は、歯のどの部分かを決めることも難しい。まず、指摘されているようにこの歯は磨耗していなくて萌出前のものなので、咬頭が特殊な形をしていること。これについては徳永が迷っている頃にはなかったがDesmostylusでも同じような臼歯が出ている。

707 Nagao, Takumi. 1937. “Desmostylella typica” 未萌出の下顎臼歯
この図は、後で種類の説明の時にも引用するが、このように、未萌出の臼歯の先端は、丸くなっているのではなくて小さな凹みがあり、さらにその中央に小さな突出がある。それをふまえて、Tokunagaのスケッチを現在の知見と合わせると、下の図のような位置の破片と考えることができるが、違っているかもしれない。

708 沢根標本B(右)を上顎臼歯の遠心端破片と考えた時の位置。
左はBeatty, 2023. Fig. 3. Cornwallius sookensis 右上顎臼歯 右はTokunaga, 1939. Plate 19, fig. 6. を回転したもの。咬頭の位置はかなり似ている。また外形の形も似ているし、割れたラインも咬柱の境界と近い。Desmostylusと比べたいが、Cornwallius sookensisの咬柱の数は平均的なDesmostylus と比べて一列少ないから、少し無理があるが、サイズ感を比べると次の図のようになる。

709 標本B(中)のサイズ
前の図に、Yoshiwara nad Iwasaki, 1902, plate 3, Fig. 5を左右反転して添えたもの。ただしこの図は無理に合わせたものであまりあてにならない。
以上のように、徳永氏にとっては沢根標本をDesmostylus属のものと考えることはできなかったのだろう。
徳永は論文発表6年ほど前の1933年6月の第40回地質学会において、「Some Mammalian Fossils found in Japan」と題して学会講演を行ったことが記録されている。その抄録がたぶん次のもの。
○ 徳永重康, 1933. 日本の或る哺乳類化石に就いて. 地質学雑誌. Vol. 40, no. 476: 353-354.
要旨はわずか6行の短いもので、日本産化石哺乳類を陸生と海生にわけてそれぞれの種数を目(もく)ごとに列記しただけのもの。表題の意味することとは全く合わない。束柱類にかかわるところは、海生哺乳類の種数の列記の最後にある次の1行にすぎない。
「Desmostylidae は日本には少なくとも3 sp. の存在せることを説述せり。」他の目については、種数だけを書いていて、講演の表題は「或る哺乳動物化石について」なのだから、主題は特定のグループに関することのはずで、これがその主題だったようにも見える。もっと長い抄録を記すつもりで表題から書き始めたのに、本文では主題に入る前に切れているように見えるが、私の気のせいか?