流行歌による’70年代社会意識分析(No23)
流行歌の歌詞の単語分析の第5弾で、単語分析の最終です。
単語の経年変化を様々な角度から見ていくと、単語の意味の希薄化、多様化が見えてきます。
このことは人々の意識の変化とどう相関関係を持っているのでしょう。
今回の記述は、あと数回でこの論文が最終となるその助走部分です。
しかし、あらためて今このときの分析と論述を見ると、自分のことではあるものの、大学生なりに社会を鋭く見ていたんだな、と思ってしまいます。
あのオイルショックなどの原因で、混沌としていた70年代から80年代にかけての意識は、まさに現代の意識と類似するところが多く、凶悪な犯罪が次のさらに凶悪なもので簡単に忘れ去られていく現在が、残念ながらこの論文を通して理解してしまう。
私が大学生であった70年代当時の秋葉原は、世界の電気街、特にオーディオ全盛のときで、オーディオ店が連なっていた。そこで起こった今回の通り魔事件。
この中で私の心から離れない加害者の言葉、「私を誰か止めてほしい」。
この言葉の意味、状況が、まさに私の30年前の論文で、人々の意識が危ない、大丈夫か、と訴えたものであるように思う。
「何から何まで調度品が整い、あとは自分の心が入るスペースが残っているだけという部屋に押し込んでもらわなければならない「意識」。意味の多義化を伴った言葉によって作られた、殻の内部に閉じ込もって現実との間を遮断し、その殻の内側に映る自分だけの幻想を見て自己満足している「意識」とはいったいどんなものであろう。しかも、体の一部を社会に触れていなくては不安になるのである。
私はここに「胎児」を想像せずにはいられない。有史以来、数千年という時間を費やし時代の精鋭が努力し築き上げてきた意識において、その成熟度がまだ「胎児」だなんて、それはペシミズムのなにものでもありません。
私はここで、この「胎児」は、たとえば、膨張、収縮を繰り返し行う宇宙が、ちょうど収縮したときと考える。そして、それはこれから膨れ上がる起爆点なんだと。」
「私」を止める誰かは、実は「私」以外にはないのだが・・・。
今回の私の記述は、このあとこの「私」を作った環境、要因は、映像文化などのテクノロジーである、と展開していく。
ではどうぞご覧ください。↓
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