写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

投網名人

2008年10月27日 | 季節・自然・植物
 昼下がり、錦帯橋の写真を撮りに出かけてみた。河原に下り、橋の下でカメラを構えていると、じゃぶじゃぶと川の中に入っていく男の姿が目に入った。

 胸まである黒いゴム衣を身につけ、右肩に何か白っぽいものを担いでいる。近づいてみると投網であった。

 橋の上流側は腰上までの深さがある。男はゆっくりと第3橋のあたりまで進んでいった。川面を見ると時々魚が跳ねる。

 その時、両手を大きく宙に投げた。透明な投網がきれいなだ円を描いて水面に落ちた。

 すかさず網をひとまとめにし、引きずりながら浅瀬に戻ってくる。一部始終を見ていた私に向って「とれた、とれた」と嬉しそうに笑っている。

 岸辺に引き揚げたのを見ると、鉛が連なった投網の端に見たこともないような大きな鮎が数十匹、きらきらと光りながら跳ねている。

 1匹ずつ外して生簀に入れながら私の質問に答えてくれた。「多い日には250匹も獲れる。入漁料は年間1万2千円。獲物はキロ4千円で料亭が引き取ってくれる。ひと夏で投網は3つくらい消耗する。一網が4万円なので元を取るのは大変だ」と。

 そんなことを聞いていると、いつの間にやら観光客にとり囲まれていた。「少し分けてもらえませんか?」と聞くと、「あぁ、ええよ」。ジュースでも買おうと思って持っていた千円札1枚を出すと、巨大な鮎を5匹ポリ袋に入れてくれた。

 また欲しくなった時には分けてもらえるよう電話番号を教えてもらい、急いで家に持ち帰る。秤にかけると5匹で640g、体長は24~27cmもあった。

 その夜はもちろん白ワインで、鮎の塩焼きのご馳走となった。この日の錦帯橋は、投網を掲げた川漁師の笑顔にすっかり主役の座を奪われた。橋の下にはアユ・あゆ・鮎と鮎がこんなにたくさん泳いでいることを初めて知った。
(写真は、1投で50匹も獲った「投網名人」)