Wind Socks

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映画 サラ・ジェシカ・パーカー、ダイアン・キートン「幸せのポートレート(‘05)」

2007-02-27 12:48:57 | 映画
 キャリアウーマンのメレディス(サラ・ジェシカ・パーカー)が、恋人エヴァレット・ストーン(ダーモット・マローニー)の実家へ、クリスマスシーズンに訪れる。
               
 雪に埋もれた瀟洒なストーン家に、次々と帰郷してくる兄弟姉妹とメレディスとはしっくりこない。居心地の悪さを感じるメレディスは、妹ジュリー(クレア・ディンズ)を呼び寄せる。ここからが恋の行方が揺れ動く。
               
 悲しいことにストーン家の母親シビル(ダイアン・キートン)が、ガンの再発で治癒の見込みはない。なんとかクリスマスをやり過ごそうとしていた。ストーン家の愛と感動の物語と言いたいが、今ひとつインパクトに欠けるのが私の印象。
               
 監督のトーマス・ベズーチャ最初の作品のようで仕方がないか。サラ・ジェシカ・パーカーは、40歳でふけた感じがする。老け顔か? ダイアン・キートンは、60歳のお年ながらキュート、最近は映画でめがねをかけるスタイルが続いている。

 キャスト サラ・ジェシカ・パーカー1965年3月オハイオ州ネルソンヴィル生れ。‘98「SEX AND THE CITY」のテレビ・シリーズが人気となり、若い女性を中心にカリスマ的な人気を得ている。
 ダイアン・キートン1946年1月ロスアンジェルス生れ。’77「アニー・ホール」でアカデミー主演女優賞受賞、‘03「恋愛適齢期」では主演女優賞にノミネートされる。
 クレア・ディンズ1979年4月ニューヨーク生れ。
 ダーモット・マローニー1963年10月ヴァージニア州アレキサンドリア生れ。’87年からテレビに出て映画に移る。キャリアはもうベテラン。
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読書 T・ジェファーソン・パーカー「レッド・ライト」

2007-02-25 13:25:13 | 読書

               
 オレンジ・カウンティ保安官事務所刑事部殺人課巡査部長マーシ・レイボーン。36歳シングルマザー、息子のティム1歳6ヶ月をこよなく愛し、凶弾に倒れたティムの父親ヘスの教えを忠実に守る。

 目を見張るほどの美人で19歳のコールガールが殺される。その捜査と平行して、年末恒例の未解決事件ファイルを分配されたのは、32年前の売春婦殺害事件だった。
 この二つの事件が現役の保安官や刑事、現場捜査官そしてマーシの父親も含めて複雑な展開を見せる。
 マーシの立場からの心理的な葛藤を軸に、どこにでもある組織の人間関係や政治的駆け引きといったものが浮かび上がる。女性であるマーシを、息子のティムとの描写以外はまったく女を感じさせない。女性警官をことさら強調していないところがいい。保安官事務所を指揮する野心家に描いてあるのも頷ける。

 犯行現場の検証、鑑識結果の記述の詳細なことは、プロ作家の面目躍如といったところ。なかでも銃器にうとい日本人には理解がむつかしい。
 “薬莢はコルト45のもので、当然、薬莢底に雷管を備えたセンターファイアだ。以上は刻印(ヘッドスタンプ)からも明らかである。放射状の製造痕はエクストラクターとエジェクターの形状を示しており、……”と言った具合。
とにかく後半の展開は意表を突くものだった。

 著者は1953年ロサンゼルス生れ。オレンジ・カウンティの公立高校、カリフォルニア大学アーヴァイン校を卒業。’78年からオレンジ・カウンティで新聞記者として働く。‘85年作家としてデビュー。’02年「サイレンと・ジョー」でMWA賞最優秀長編賞を受賞。
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小説 囚われた男(最終回)

2007-02-23 14:14:04 | 小説
23

 生実は考えていた。傷心のさやをどうしたものかと。一番いいのは、信頼できる人間が現れることだ。しかし、そうやすやすと現われることもない。ここは生実が一肌脱ぐ場面であるのは確かだ。さやは来週退院するという。そうなら、美千代に久美子を加えて退院を手伝うというのは、いいプランに思える。早速、美千代と久美子に電話で説明して、快諾を得た。
 退院の日の病室は、まるでピクニックを楽しむ男女という風情で、会計の精算が出るまで、花が咲き乱れる五階屋上庭園を散策した。
 さやと久美子は、生実の思惑通りの展開で、見つめあい手を握り合って、他人を寄せ付けない雰囲気になっていった。生実も知らず知らずの内に、美千代の腰に手を回していた。美千代はさりげなく身を預けてきた。

24

 生実は久美子を問いただし事情を聞いた。そして信治とも会って、クルーザーで釣りを楽しむ間、冗談めかしたり真剣味を帯びさせたり時に脅したりしながら、徐々にお互いの隙間を埋めていった。これには数回のクルージングが必要だったが。
 久美子の話では、信治は男らしい生実に畏敬の念を覚えているようだった。生実は姉夫婦が営む麻布のイタリア料理店で働かせようと思っている。本人がいいといえばの話しだが。ハンサムだし根は好青年なので、店で続いてくれればと願う。姉の店に女性客が今以上に増えるだろう。

 さやの弟はボランティア団体の世話で近々渡米して手術を受ける予定になっている。
 その手術の成功を祈って、生実のアパートにさや、久美子、信治、美千代、それに増美とテルマが集まってパーティを開いた。さやと久美子は、まるで双子のように配色がまったく同じ服装をしていた。白の男物のポロシャツ、カーキの短パンは さや、カーキのチノパンは久美子という具合。どちらもポロシャツのボタンをはめられないほどの胸の隆起がまぶしい。それを見た信治が
「姉も捨てたもんじゃないですね」と感嘆する。
「何言ってるんだい。姉さんは飛び切りの美人で、男どもをふらふらにしてるよ」と生実。

 増美とテルマ、手を握り合って親密な二人は、ともにロングヘアーで色白、違うのは髪の毛の色と瞳の色で、増美は黒の髪に茶色の目、テルマはブロンドの髪にブルーの目。こちらもプロポーションは文句のつけようがない。白のTシャツにブルージーンズという何の変哲もないあっさりしたもの。

 かいがいしく生実の手作りの料理――といってもピザにパスタ、豚肉の包み焼きなどだが――を手伝っている美千代は、胸が大きく開いた赤のワンピースに赤のハイヒールは、まるでバレリーナのようだ。
 生実はというと、紺の上下に、シルバーのネクタイを締め、おまけにボタンもきっちりと留めてある。宴は騒々しさの中にも、思いやりや信頼、助け合おうという気持ちが伝わってくる。生実は感じていた。家族とはこういうものなのだろう。生い立ちや血のつながりが別であっても。そもそも、他人同士が伴侶となるではないか。
 生実は窓辺に佇み大都会の夜に目を凝らしていた。かなりの回り道をしたけれど、家庭を再び持つ喜びに震えていた。美千代を心から愛していると自信を持って言える。それに知り合った女性たちは、今の女性に見られない優雅さを備えているのも好ましく思える。
 しばらくの後、アメリカ映画でよくやるように、グラスをちんちんと鳴らした。何事かと一斉に生実に視線が集まる。
「ええ、皆さんにお知らせします。わたしは美千代さんに求婚しました。快諾を受けましたので、結婚します」
 一瞬静かだったが、すぐわあーと歓声が上がり、おめでとうの連呼とともにみんなの祝福の拍手が部屋を満たした。久美子もやや複雑な心境ではあるが、これでいいのだろう。さやを紹介してくれたし、久美子自身、踏ん切りがつかない状況では。素直に喜んであげよう。これからずーっとお友達でいられるのだから。
 生実は、ようやく囚われた男から脱却したと思った。が、ある意味で、また囚われの身になったのかも。しかし、それは心地よい希望の光に満たされたものだった。               
                                                         了



 あとがき
 ある人が、「書き終わった作品を二・三ヶ月寝かせて置いて、作品のことは頭から離してあらためて読んでみると、まったく新しい視点が得られる」と書いていたのを思い出す。
 今あつかましくもブログに小説らしきものを載せて思うのは、恥さらしもいいところだということである。なんと薄っぺらな作品だろうか。
 生実(おゆみ)を始めとする登場人物の描き足りなさやプロットの構築に変化が乏しいところが気になる。例えば、生実の家族をもう少し濃密に描くとか、殺し屋の生実にもう少し仕事をさせるとか。今はそんな風に考えている。2007年(平成19年)2月
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読書 レイ・ゴールデン「5枚のカード」

2007-02-21 12:57:58 | 読書

              
 アメリカでは当たり前にあるジャンル「ウェスタン小説」を、初めて読んだ。ゴールドラッシュに沸くコロラド州グローリー・ガルシュという小さな町に戻ってきたギャンブラーのヴァン・ナイトヒート。
 ここは彼が育ち恋人だったノーラの住む町。ところが連続殺人事件が起こる。ナイトヒートも狙われるというサスペンスを盛り上げて、砂煙と硝煙の臭いがして、懐かしい西部劇を堪能する。

 「5枚のカード」は、ポーカーゲームのトランプの数だが、原題は町の名前グローリー・ガルシュ。
 この作品も映画化されていて、1968年ヘンリー・ハサウェイ監督、ディーン・マーティン、ロバート・ミッチャム、インガー・スティーヴンスなどが出演している。
 著者は、1914年テキサス生れ。多くの職を経験したあと、作家デビュー。18作の長編、200篇以上の短編ウェスタン小説を発表している。
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小説 囚われた男(34)

2007-02-19 11:37:27 | 小説
22

 爽やかな乾燥した涼しい風が、窓を開けた車の中で渦を巻いて、美千代の髪を、鳥の巣のようにしていた。サングラスをかけた魅力的で美しい顔から笑みが絶えなかった。何か質問してその答えに、肩を震わせて笑っていた。
少し真面目な話題になったのは、生実の何気ない一言だった。
「それにしても、潜入捜査官なんてよくやったね」
「そうね。最初は婦人警官として勤務したわ。逮捕した犯人は五人。空き巣、痴漢、銀行強盗。銀行強盗の三人は、太ももや手を撃ったけど。それが評価されたと思うけど、警視庁捜査一課特殊班に配属されて最初の仕事が潜入捜査官だった」
「なるほど、なかなかやるじゃないか」
「運が良かっただけね。私の性格に合うかもしれない。小さなことは気にしないし、かなり楽天家なの。それにいたずら好き」
「それにセックス好き」と生実。
「まあ、失礼しちゃうわ」と言いながらも目は笑っていた。

 さやの病室はもう何もないといってよかった。点滴もなし、腕を吊ってあった器具もなし。あるのは腕の包帯が目立つ程度だった。パジャマを着ていて、胸のボタンが外れ、さやの胸のふくらみに目が釘付けになった。
 その様子を見た美千代の手が伸びて、生実の腕をつねった。さやが目ざとく見つけて
「どうかした?」
「いや、なんでもない。ところで元気そうじゃないか」
「ええ、順調に回復しているそうよ」
「ごめんなさいね。怪我を負わせちゃって……」と美千代の小声の語尾が消えていった。
「ううん、わたしが悪いの。とんでもないことをしでかして、恥ずかしいわ」
「ところで、立ち入ったことだけど、そのとんでもないことの原因というのは、何なんだい? 聞いてもよければだけど」生実の言葉に、さやは一瞬窓の外に視線を泳がせたが、決然とした表情で
「そうね。他人から見れば馬鹿げているけど、わたしは真剣だった。弟が一人いるのだけど、その弟は、肝不全で臓器移植をしないと余命三ヶ月と言われていたわ。たとえ移植に成功しても一年生存が見込まれる程度なの。
 わたしの家族は弟ただ一人、少しでも長く生きて欲しいと思っていたわ。完全なかたちの肝臓は、死んだ人からしか供給できないのでいつになるか分からない。比較的チャンスが多いアメリカで移植するとすれば莫大なお金がかかるわ。わたしはそれでもアメリカで手術をしたいと、お金の工面のためブツの横取りを画策した。そして見事に失敗した。
 でも、落ち着いて考えると、これでよかったと思っているわ。汚れたお金で手術しても、弟は喜んでくれない。しかも、うまくお金に変えられるか、逃げ長らえることができるかも疑問だし。一生、日陰の生活者に成り果てる道しかない。むしろ目を覚ましてくれたお二人に、感謝してるわ。ありがとう」さやの頬は流れる涙が幾条にも縞を作り、さやはそれを拭おうともしなかった。美千代の肩は、大きく震え嗚咽に包まれ、すっくと立ってさやを抱きしめた。
「可哀想なさや!」あとは言葉にならなかった。

 生実は病院からの帰路、今夜久しぶりのクルージングに美千代を誘った。美千代は子供のようにはしゃぎ、うれしさで目がきらきらと輝いていた。生実が迎えに行こうかと言ったが、美千代は気を遣っているのか、自分の車で生実のアパートまで来るという。
 東を殺(あや)めた場所に招くのは好ましいことではないと配慮したのだろう。それにしても、その場所に住んでいるというのも気丈な一面なのだろう。

 美千代は午後五時に現れた。ジーンズにタータンチェックのシャツ、それに紺のハーフコートを着て、口紅を薄く引いているだけで、ほかの化粧気はまったくない。それでも大きくて澄んだ目と健康的な肌で十分魅力的だ。
 夢の島マリーナに停泊しているヤマハCR―三三クルージング・ボートに美千代を案内した。船内を見せて回り、キャビンでコーヒーをご馳走した。美千代は物珍しそうに何十という質問と何百という笑い声で、舷側に当たる波の音を消してみせた。生実はますます美千代が好きになった。美千代なしでは生きて行けないのではないかとさえ思っていた。

 クルージングは、東京ディズニーランド、三番瀬から幕張副都心、京葉工業地帯から海ほたるに沿って川崎へ、京浜地帯を通り都心のベイエリアを眺め、夢の島マリーナに帰港したのは午後九時ごろになった。
 ウィークデイということもあって、周囲は閑散としていて、倉庫の影や植物園の暗闇が不気味なくらいだった。赤ワインの栓を抜いて、テイクアウトしたピザを温める。ギャレーは狭いのでキャビンに持っていく。桟橋の外灯の明かりがキャビンまで届いているが、壁のライトと天井からのダウンライトで少しは雰囲気が出そうだ。
 赤ワインとビザで空腹をいやし、さやのことや久美子とその友人たちのことなど、取り留めのない話題で時が過ぎていった。
生実は決心をしていた。
「美千代さん。私はあなたを愛している。一生私から離れないで欲しい。私もあなたを離さない。結婚しよう。どうか首を横に振らないで……」美千代は言葉が出なかった。まさかこんなに早く求婚されるとは思ってもいなかった。
「うれしいわ。本当にうれしい。でもわたしのことをよくご存じないのでしょう?」
「美千代さん。それは過去のことを言っているんだったら、問題にならない。どうしてかというと、今のあなたをよく知っているから。それよりも、私のことはよく知っているよね」
「ええ、それはもう何から何まで、一つだけ知らなかったことがあるわ」
「ほう、それは……」
「キスの味よ。それも知ってしまったから」生実は笑うしかなかった。それから美千代は語りだした。
「潜入捜査官として東の妻ということになったけど、それは形だけのものだったわ。東にこわれて自然な形でそうなったの。何もかも話し合った末なの。東は世間体を気にしただけ。夫婦関係はなし、表向き装うだけ。もっとも性生活を営む能力がなかった状態だったけど。東には子供が二人いたわ。その面倒を主に見ていたわけ。その上で情報収集も。
 わたしは、三十代はじめに結婚したけどうまくいかなかった。相手は新聞記者だった。ところがその男は、言うこととすることが矛盾していて結局別れたわ」美千代は遠くを見るような焦点の定まらない眼差しから、一転、真剣な目で
「今、気がついたけど、生実さんは東との関係も聞かなかったわね。今のわたしを求めていらっしゃるのがよく分かったわ。わたしは首を横に振らないわ。ありがとう」
美千代の目は、みるみる涙が浮き上がりこぼれ落ちた。立ち上がって窓に向き涙を拭っていた。生実は近寄って振り向かせて抱きしめ、ふっくらとした唇に唇を重ねた。
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読書 リチャード・ノース・パタースン「最後の審判」

2007-02-17 13:03:50 | 読書

              
 読み始めると周囲の音や気温もないかのような錯覚に囚われて、気がついたらすべてを読み終わっていた。そんな力がこの本にはある。

 大統領が指名する合衆国控訴裁判所の判事の候補者45歳の美人で緑の瞳を持つ凄腕弁護士キャロライン・クラーク・マスターズは、22年ぶりに故郷ニューハンプシャー州リザルヴのマスターズ・ヒルに戻ってきた。
 それは姪のブレットに対する殺人容疑の弁護のためだった。そして明らかにされていくのは、キャロリンと父、母、異母姉、その夫、州検察局殺人部主席検事ジャクソン・ワッツとの関係そして1972年のひと夏の恋がもたらすものが鮮やかに読み手の心に沁みこんでくる。とりわけ終盤キャロリンの心情を思うと涙を抑えることが出来なかった。
 法廷場面も検事が立証する証拠を、その穴を探り当てていくスリリングな展開にはわれを忘れる。それだけではない。プロットや人物描写の的確なことや雰囲気を盛り上げる筆力を堪能した。

 1972年のひと夏の恋の相手は、“衝撃にも似た驚きと共に、キャロラインはその二十代半ばの若い男を見た。長いまつげ、くっきり通った鼻筋、カットグラスを思わせる彫りの深い顔立ち。瞳の色は、はっとするほど深い藍色”だった。この男スコット・ジョンソンは、キャロラインの生涯忘れ難い人となるはず。

 著者は、1947年、カリフォルニア州バークレー生れ。オハイオ州法務局、ワシントンDCの証券取引委員会を経て、アラバマ州で法律事務所に勤める。そのかたわらアラバマ大学の創作コースで学び、‘79年に『ラスコの死角』でデビュー。アメリカ探偵作家クラブ最優秀処女長編賞を受賞する。

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小説 囚われた男(33)

2007-02-15 13:43:20 | 小説
21

 二日後の日曜日、小雨の降る鬱陶しい天気だった。さやの行動にショックを受け、気分の晴れない時を過ごしていたが、いつまでも、うじうじしていても始まらない。ジムで徹底的に体をいじめ、集中した。終わるとかなり気分が転換しているのがわかった。
アパートに帰りぼんやりと窓の外を眺めていると電話が鳴った。
「塚田です」
「やあ、ジムから帰ったところなんだ」
「うふふ、よく鍛えていらっしゃるのは、このあいだ、十分わかったわ」美千代は、鼻にかかった艶かしい声で言った。生実はぞくっとして美千代の豊満な肉体を思い出していた。
「あなたも美しくて魅力的なことはよく分かったよ。それで?なにか」
「ええ、今からお邪魔してもいいかしら?」
「どうぞ。いつでもドアは開いております」
「それじゃ」と「待ってる」が同時だった。

 一度肌を合わせた男女にとって、儀礼的なものを一切剥ぎ取り、ただ、互いの欲情の溢れるまま、求め合うのは自然なことだった。別荘での事件がアドレナリンの湧出を引きずっているのかもしれない。美千代の圧倒的な性欲に驚かされながら、時間を置いてはいるが、三度のオーガズムは快楽の極致といってもいい。
 しばらくまどろんだあと、キッチンでコーヒーを淹れていると、尻を隠すほどの大きめのTシャツを着た美千代が入ってきた。四十一歳の美千代であるが、肌の張りや筋肉の弾性は、まるで出来たてのゴムのように弾んでいる。
 丸く飛び出している尻を見ても、今の生実には刺激的でない。精気を徹底的に搾り取られたとあっては、仕方のないことだった。

 夕食を馴染みのイタリアン料理店『ジロー』にして、六時半の予約を入れる。夕刻五時ともなれば、この季節薄明かりは残るものの黄昏が忍び寄り、窓の外はネオンや外灯、向かいのビルの明かりが、アパートの部屋にも射しこんでくる。
 オスカー・ピータソン・トリオの語りかけるようなピアノの旋律に、うっとりしながらコーヒーをちびちびと飲んでいた。二人は無言の陶酔境にさまよい、我を忘れたかのようだった。
 日曜日とあって、『ジロー』は家族連れで混んでいた。案内された席で、「帆立ときのこのサラダ」「ツナのスパゲッティ」「豚肉の包み焼き」これはしっとりしたパン生地で包まれた豚肉とワイン風味のソースが絶品の料理に、おすすめ白ワインをボトルで注文する。
 サラダとワインが運ばれてきて、まずは無事であり仕事を成し遂げたとして乾杯する。生実は一つ聞いておきたいことがあった。
「ひとつ聞いてもいいかい?」
「ええ、なにかしら」
「山梨の現場で、タイミングよく飛び込んできたけどあれは……」
「出来すぎていると言うわけね。事前に調査してあったの。あなた方が下見に行った日も尾行したわ」
「なるほど、葬儀の会葬者みたいな格好していたなあ」
「そのとおりよ」
「それにしても、小暮さやの裏切りまでは分からなかったんじゃ……」
「それは、はっきりとしていなかったけど、分析官の話ではマークせよだったの」
そのあと、あさって火曜日に、小暮さやを見舞うことを決めて、二人はそれぞれの自宅に戻った。
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読書 パトリシア・コーンウェル「神の手」

2007-02-13 16:09:50 | 読書

              
 今回の加害者は、解離性同一性障害であった。といわれてもどんな病気なのか見当もつかない。そこでウィキペディアから引用してみよう。
“人間は、それぞれ成長するに従ってその身体に対応した1つの確固とした人格とそれに対応した記憶が形成されてゆき、時間や場所が変わってもこれが変化することはない。自分の体は自分だけのものであり、自分の記憶は全て自分だけのものであり、いつどこにいようともそれが変化することはない。これを自我同一性と呼び、この疾患を持たない者にはごく当然のことである”

“解離とは、記憶や意識、知覚など、本来ならば一人の人間が連続して、かつ、統合して持っているべき精神機能がうまく統一されていない状態を指す。白昼夢に耽ってふと我を忘れるのは軽い解離の一例である”

“解離性同一性障害は、この解離が高度に、かつ繰り返し起こることによって自我の同一性が損なわれる(同一性が複数存在するとも解釈できる)精神疾患である。
解離が進み、「別の誰か」になっている間の記憶や意識の喪失が顕著になり、あたかも「別の誰か」が一つの独立した人格を持っているかのようになって自己の同一性が高度に損なわれた状態が解離性同一性障害である。
 事実、解離性同一性障害の患者は「別の誰か(以降、交代人格と呼ぶ)」になっている間のことを一切覚えていない事が多く、交代人格は交代人格で「普段の自分(主人格と呼ばれる)」とは独立した記憶を持っている事がほとんどである”

 まさにこのような状況を小説のテーマに選び作品にしたのは並大抵ではないと思われる。私の好みからいえば好きなテーマではない。
 捜査といっても、ミーティングを頻繁に行い、専門的な記述に戸惑うこともしばしば。面白いか? と問われればまあまあと答えるしかない。
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小説 囚われた男(32)

2007-02-11 11:44:14 | 小説
 もうすぐ五月になるが、甲斐駒ヶ岳の稜線には、残雪が陽光に輝いていた。こんな景色も楽しむ余裕がない、今この瞬間が恨めしく感じられる。さやの眼にもこの景色が入っていないようだ。
 何かに集中するのが一番いいかもしてない。車の外に出て、アームの先端に取り付けられている箱に乗り込み、ヘルメットから飛びだしている細いマイクロフォンと耳に装着しているイアホンのテストをする。さやもOKサインを送ってきたし、傍受している警官からも通信状態良好のサインが返ってきた。
あとは配線をしている振りをすることだけだった。さやに一言伝える。
「わたしが突入のサインを送ったら、すぐ裏のテラスの方へ移動してくれ。かなり急いで」
「……」さやは無言でうなずいた。
時はゆっくりと過ぎていき見張りの辛さが身にしみてきた。喉の渇きを癒すことも尿意の欲求にも応えられない。さやはどうしょうもない苛立ちを感じていた。むしろ腹立たしかった。それが意外に緊張感の緩和に役立ったのかもしれない。周囲が見える気がしてきた。

 そのとき、シルバーのセダンが坂道を登ってきて、別荘の敷地に入った。降りたのは千葉とその部下だった。大きなトランクをその部下が提げている。重そうな足取りで玄関を入った。
 その三十分後、軽トラックが独特のエンジン音を周囲に撒き散らしながら、別荘に入った。降りてきたのは、薄緑色の作業服を着てサングラスをかけ、黒の革靴を履いた二人の男だった。どちらも身長は低いががっしりとして歩き方はやくざそのものだった。あれでは作業服を着る意味がない。ただ、軽トラックに乗っている限り作業員らしく見える。二人は玄関のブザーを鳴らして待ち、なにやら書類を見せて中に入った。

 生実はマイクロフォンに向かって
「五分後に突入する」と言い、腕時計を見た。この五分間がとんでもない長い時間に感じられる。相手もすぐ取引に入らないだろうし、まず世間話とコーヒーの接待などの儀式を経て本題に入るはずだ。
生実はさやにうなずいてサインを送った。さやはすばやく裏のテラスに走り出した。

 千葉の目の隅で何かが掠めたようだ。千葉の動物的勘が異変を嗅ぎ取り、相手にも頭を低くするように手で扇ぐようなしぐさで伝えた。相手もすばやく反応した。
が、玄関ドアから飛び込み這いつくばった姿勢で、オートマティック拳銃を構えている男が見えた。その瞬間、銃口からくぐもった音がしたと思う間もなく、千葉の視界は暗黒に呑み込まれた。千葉が崩れ落ちるまでに、部下の男も眉間を射ち抜かれていた。
テラスから飛んできた銃弾は、暴力団員の足にあたった。倒れながら撃った弾丸は、一部閉じてある窓のガラスを粉々にしただけだった。
 それを見た生実は、すばやく二人に連射を浴びせ、瞬くあいだに動かない肉塊に変えた。両手で拳銃を構えながら、四人の死体を検分する。完璧に死んでいる。銃の安全装置をセットしてホルスターに戻す。

 そのときテラスで人の気配に目を上げると、さやが銃を構えて立っていた。生実は怪訝に思って
「もう終わったよ。銃をしまっていい」
「ええ、わかっているわ。そのブツをこちらによこして!」
「なんだって? どういうことなんだ」
「言ったでしょ。ブツをいただきたいの」
「なんてこった。まったく、予想もしなかったことだよ。これは。なあ、考え直した方がいいのでは……」そのとき
「銃を下ろして!」いつの間にかテラスの横から姿を見せた塚田美千代が、銃口をさやに向けていた。さやは素早かったが、美千代が上回った。さやの利き腕に命中して、拳銃が転がった。血が見る見る滴ったが、さやは唇をかんで大粒の涙を流していた。

 この事件はメディアに感ずかれることもなく隠密に処理された。四人の死体は、黒いビニールにくるまれて、暴力団員が乗ってきた軽トラックで運ばれていった。小暮さやは救急車で、甲府市富士見にある県立中央病院へ運ばれていった。
 作業用トラックを甲府警察に返却して、生実がさやのランドローバーを、塚田美千代がセダンで中央病院に向かった。警察権力が本気で隠し事をたくらめばメディアといえども蚊帳の外になる見本だった。通常は持ちつ持たれつの間柄ではあるが。
救急治療室の前で一時間ほど待って、病室に移されてからもなお待たされて、面会の許可が下りたのはほぼ二時間半後だった。個室に移されていて、点滴のチューブや腕をつる器具で実態以上に痛々しい。小暮さやは窓の方を見ていて、二人が入って行っても気づかない振りをしていた。
「どお、痛む?」と生実が快活な声で聞いて見る。さやは窓に目をすえたまま無言。かなり時間が経ったあと
「お願いだから、一人にして!」みるみる涙があふれ出て、肩を震わせながら嗚咽をこらえようともがいていた。生実は、ベッドに近寄り、彼女の手を握りながら
「別荘での件は、三人の秘密にするからね。忘れる方がいい」腕を二、三度軽くたたき励ました。美千代と目配せしてベッドから離れた。美千代は「何かお手伝いできることがあれば、言って頂戴ね。二、三日すればまた来ますから。お大事に」生実は「それから車の鍵」と言ってサイド・テーブルに置いた。さやは泣き続けていた。

 病室をあとにして、担当医に面会を求めた。
「弾丸の摘出と縫合、骨を外れていて彼女は若いからすぐ回復しますよ。で、銃創を負ったと言うことで、報告書はそのままを書いておきます。よろしいですね」二人は「それで結構です」と告げ病院を後にした。
この病院は眺望が良く、甲府盆地を囲む御坂山塊の向こうに富士山の端麗な姿を見ることが出来る。それに三階と五階に屋上庭園があって、フジ、ハナミズキ、ヤマモミジ、ラベンダー、ドクダンツツジなどが植えられて四月にはミツバツツジやクルメツツジ、ハーブの花が咲き乱れる。小暮さやがそれらで、癒されればいいのだが。
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読書 牛島信「社外取締役」

2007-02-10 10:55:19 | 読書
 
              
 余計なことを考えずにストーリーを追うだけなら面白いといえる本だ。週刊誌の事件ファイルなどに書かれているようなといえばいいのかもしれない。
 日本史専門の大学教授高屋が東証一部上場の港食品の社外取締役に要請される。ほぼ半月後、港食品が製造した缶詰が輸出先のアフリカ東海岸で、腐っていた缶詰を食べた人々が続出し、三人の死者まで出る。
 収拾策として現社長が退任し、高屋が代表取締役に就任する。ところが、高屋の大学時代のセクハラスキャンダルが暴かれる。そして失脚、おまけに妻からも離婚される。おおよそ、こんなプロットが展開される。

 全体として登場人物の印象が薄い。その人物の描写が名前だけというせいなのだろう。体形や髪型、衣服それに趣味、嗜好などが見られないため等身大にイメージできない。
 アメリカンミステリーを好んで読む者にとっては少し物足りない。それに美女も出てこない。サイドストーリーに登場させてもいいのでは……なんて思ったりする。
 いずれにしても、エンターテイメント性が少し欲しい。この本の前に、フィリップ・マーゴリンを読んでいたのでどうしても比較してしまう。国民性もあることだから仕方がないか。
 ただ、私の大嫌いなA市、K社などの用語はなく、架空ではあってもちゃんと固有名詞を配置してあるのは好感が持てるし、読者がこの程度の小説なら自分にも書けるという希望を与えてくれる点は収穫だった。

 著者は、1949年生れ。東大法学部卒、検事を経て国際弁護士になる。‘97「株主総会」で作家デビュー、各紙誌で絶賛されるとある。
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