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気軽に発信します。

高齢者はパスポートの写真に気をつけよう!

2015-12-02 16:48:47 | 旅行

 秋田県の佐竹敬久知事が「ブラジル・サンパウロ空港でパスポートの写真と違うと言われ、別室で二次審査を受けた」という記事があった。

 知事は平成23年に脳出血で入院するなど体重が減少して人相が変わったという。パスポートの写真とかなり違うなあと感じたら、切り替え申請で最近のものに変えるという方法もある。

 理由として「紛失」や「損傷」があるが、紛失は警察の証明が必要なので損傷が手っ取り早いかも。パスポートを入れた上着やズボンを洗濯機で洗うのもいいかもしれない。

 高齢になってパスポート取得の時には、10年でなく5年間有効がいいかもね。不快な気分を味わいたくなければ、事前の準備は完璧に。これが知事の受けた教訓だろうね。その記事はこちらをどうぞ!
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空港で一晩過ごす一つの方法 人気の動画

2014-06-23 10:24:09 | 旅行

 空港で一晩過ごした経験はないが、さぞ退屈だろうとは想像がつく。そこでこんな記事をみつけた。
 この動画うまく出来ている。選んだ曲もいいが動画の編集技術もいいようだ。選んだ曲というのは、セリーヌ・ディオンの「All by myselfひとりぼっち」。どうぞ記事と動画を楽しんで……
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日本の意外な観光地……ラジオ聴き書き

2014-03-31 22:05:49 | 旅行

 今朝のラジオ。去年日本に来た外国人観光客が1千万人に達したという。内容は中国人や韓国人に加え東南アジアからの観光客が増えたためのようだ。

 大手旅行会社は、定番の東京や大阪、京都の寺社めぐりなどを企画するが、中小では工夫を凝らしているようで例えばJR新幹線の姫路駅のプラットホームがある。

 「えっ!」と思わず頭の中で疑問が渦巻く。「何があるの?」と続く。それは「のぞみ」が時速300キロで通過するからなんだ。数メートル先を瞬時に駆け抜ける新幹線車両。

これはYouTubeで公開されていて、主に欧米人が来るらしい。長野県の温泉に入るお猿さんや北海道で雪合戦も人気だそうだ。アジアと欧米とでは、旅の仕方が随分と違うようだ。

 実際のところ神社仏閣などは、歴史をしっかり勉強していないとぜんぜん面白くない。姫路駅なら歴史とあまり関係がない。世界に誇る新幹線の轟音を楽しめればいい。東京オリンピックが開かれる2020年には2千万人の観光客を呼び込もうという政府の計画ものんびりとしてはおれない。
新幹線姫路駅、のぞみ通過をどうぞ! すごい轟音でもない。
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シンガポール航空、「A380」にダブルベッド・ルーム ロイターの記事

2013-04-12 11:48:00 | 旅行

                
 『世界で初めてエアバスの超大型旅客機「A380」の商業運航を開始したシンガポール航空(SIA)は、12の個室からなるスイートクラスの利用客に対し、飛行中に愛の行為を行わないよう呼び掛ける意向を示した。
 ファーストクラスよりも豪華なスイートクラスは、世界で初めてダブルベッドを搭載。しかし、部屋は防音加工されておらず、完全に閉め切ることもできないという。
 
 SIAはロイターに対し文書で、同航空の利用客に対しては、どの座席にいても、ほかの乗客や乗務員の気分を害することを行わないとの規範を順守するよう求めると説明。スイートクラスの利用者も例外ではないとした』というロイターの記事。

 確かに、シンガポール航空のホームページには、スィート紹介の動画が観られるが、一言で言えばパネルで仕切ったようなもので、アメリカ映画でよく見るオフィスの仕切りを上等にしたものと思えばいい。大声で叫べば、はた迷惑は間違いない。

とは言っても次のような意見もあるようだ。
 『夫人とともに同クラスを利用したトニー・エルウッド氏は英タイムズ紙に対し「(SIAは)ダブルベッド(の席)を販売し、プライバシーと飲み放題のシャンパンを提供しながら、その後必然的に生じることをしてはいけないと言っている」とコメント。
 夫人のジュリー氏もSIAがロマンチックな環境を作るためにあらゆることをしているように思えるとして、「(SIAが)文句を言うべきことではないのではないか」と述べた』とある。
 
 こういう意見もあるが、私が思うに、愛の行為はひっそりとしたものだし、また、エルウッド氏が言うようにプライバシーの不完全な状態で「必然的に」生じるものなのかなあ。この人は相当飛行機の旅に慣れているんだね。

 そういう使い方をしないでも、飛行機にベッドというのは怖い気がする。寝転がってテレビを観ているときエアポケットに入れば、天井まで飛ばされて首の骨を折らないとも限らない。

 私は飛行機が嫌いで、乗ったときはシートベルトを締めっぱなしだ。命が惜しければ、行為を自重するのがいいと思うんだけどなあ。
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旅「11日間のスリランカNo 11」

2012-10-05 17:06:16 | 旅行

 成田国際空港の駐車場への通路を歩きながら、スリランカの空港ではビールが飲めなかったのを思い出した。成田はどうだろうか。心配は要らなかった。レストランの入り口にある料理見本の中にジョッキに入ったビールが置いてあった。

 ではなぜスリランカの空港ではビールが飲めないのか。ゴールへの道すがら地元の食堂では、アルコール類は売っていなかった。飲酒の習慣が一般的でないかもしれない。それに、Mrチャンナの話では、スリランカ人はアルコールを飲むといざこざを起こすと言っていた。
 Mrチャンナの店もアルコールを出そうと思っているが、会員制にして選別しようと思うとも言っていた。ハッキリした理由は分からない。

 駐車場から新空港自動車道に乗り入れたとき、私の車がまるで高級車のように静かで滑らかな動きを見せた気がした。それほど、道路がいいと言うわけだった。あのがたがた道の揺れが体に沁み込んでいたせいかもしれない。
 改めて、日本再発見を実感した。日本の嫌なところもあるが、食べ物や道路や交通事情などは幸せを感じていた。

 ところが、このブログを書き進めているうちに、果たして日本は何でも良くていい国なのだろうか。と言う疑問が浮かんできた。
 日本国民は、多種多様な食文化の恩恵にあずかり、交通法規はきっちりと守るし、電車は1分でも遅れると乗客にお詫びのアナウンスを流すし、住宅地の角にも信号がついている。路線バスは、エアコンが入り扉はきちっと閉められている。すべてが管理された国だ。

 反対にスリランカは、無秩序で我がままで決して豊かとはいえない生活環境に生きている。交通事情だけに絞ってみても、歩道なんて見なかったし、交差点に信号機の無いところが多いし、割り込みはしょっちゅうでバイクは中央分離帯を逆走してくる、自転車も中央分離帯に沿って走っているし、クラクションの音が途切れることもない。
 横断歩道があるがそこには信号がなく、道路を横断するには適当なところで渡っていく。そして割り込んだからと言ってドライバー同士が大喧嘩していることもない。大きな事故も見なかった。

 おそらくスリランカ人は言うだろう。「おれたちは、信号や標識が無くても結構うまくやってるよ。本来道は人間のものなんだから、どこを歩いたって構わないだろう? 車のほうが避けりゃあいいんだ。電車が少々遅れたって死ぬわけじゃないしね。食文化は先祖からの伝統だし、慣れてもらうしかないね。えっ、住宅地の中に信号? そりゃ費用の無駄遣いってもんだなあ。この国にもいろいろ問題があるけど、おれたち気楽にやってるよ」

 Mrチャンナは言う。「スリランカはあくせく働かなくても生きていける国だ。もし、人生で成功したければ日本人のように働き、日本人のようなサービスを提供すればいい。日本でやっていることを普通にやればいいだけだ」他国の人間がとやかく言うこともないが、公平に見て日本はなにかにつけて管理され過ぎと言ってもいいかもしれない。そして、スリランカは人間らしく生きていけるような気もする。

 Mrチャンナのターゲットは、外国人観光客とスリランカの富裕層だという。それも一つの選択だろう。
 さて、ついでながら「CHANNA」の店のアドレスを書いておこう。もし、スリランカへ行く機会があれば、ぜひ立ち寄っていただきたい。

 =B7. Kandy Road Meepitiya. Kegalle. Sri Lanka 電話番号は、海外からは94(国番号)-35-222-1009スリランカ国内では035-222-1009=

 もう一つ気がついたことは、車にしろテレビにしろ、今や韓国製に日本製が押されているのが現状だろう。ただ、スリランカのホテルで見たテレビの韓国製と日本製の性能に明らかに日本製が勝っていると言うことだ。日本製のテレビは、パナソニックとサンヨーだった。韓国製は、LG製だった。

 あるホテルでは、大型テレビがLG製、中型がパナソニック製だった。その画面を見比べたときパナソニックが鮮明だった。スリランカの電波は、まだアナログだと言っていたから、画面の鮮明度はテレビの性能によるところが大きい。このように技術的には日本が勝っているが、安閑とはしておれないのは確かだ。

 私たちの留守中、飼っているオスとメスの二匹の猫を動物病院ヘ預けてあった。ゲージに11日間放り込まれていたせいなのか、オスの猫はしばらく私たちを恐怖の目で眺めていた。今はいつもの甘えん坊になっている。
 それから、Mrチャンナの店を手伝っている息子は、私たちが持っていったハーブ類の種を空き地で育てるらしく種をまいたらしい。コリアンダ、イタリアンパセリ、パセリ、ルッコラ、クレソン、タイム、レモンバームそれに三つ葉、赤じそ、青じそで、いずれ料理の飾りにお目見えするはず。ただしうまく育てば……。(おわり)

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旅「11日間のスリランカNo 10」

2012-10-03 15:45:30 | 旅行

 8月31日(金)いよいよ帰国の日。今夜11:50発のUL454便に乗るだけになった。私の体調も二・三日前から復調していた。
 問題は、搭乗時間の3時間前午後9時ごろまでどのように過ごすかという点だった。私たちが話し合ったときには、コロンボのホテルに泊まって、この日は博物館や公園を見て回る予定になっていたが、Mrランガに「タマリンド・ツリー・ガーデン・リゾート」を紹介されたためにコロンボへの渋滞に嫌気が差し博物館や公園を諦めた。
 そうなると時間が有り余る。バードウォッチングの場所もあってそこへも行ってみたが、早朝か夕方がいいということで諦める。お昼になった。なにを食べる? もう、カリー味はいらない。というわけで幹線道路で見かけたケンタッキー・フライド・チキンでチキンとバーガーを買った。さて、どこで食べる? というわけで海岸べりをうろうろ。海軍の監視小屋のある横から浜辺に出た。
            
 昼の日差しが暑い。丁度椰子の葉を葺いた屋根があって日陰になっていた。周囲には流れ着いたごみが重なっていた。座るところがないので立ったままコーラ、バーガー、チキンを食べた。 スリランカに来てまでこんな食べ方をするとは思わなかった。フライド・ポテトもあって、それを近寄ってきた野良犬に投げ与えた。カラスも横から盗んでいった。野良犬も痩せているしカラスも日本よりも小さい。カラスがどんどん増えてきた。ヒッチコックの映画「鳥」のようになる前に退散した。
            
 さて、あとはどうする。それが問題だった。Mrランガの提案は、Mrランガの親戚の家で時間待ちをするというものだった。賛成しかねないが、とりあえず行ってみることにした。
 そこは門構えの家で二階建てだった。今まで二階建てをあまり見なかったから珍しいと思った。この家の旦那は、イタリアで商売しているらしい。奥さんがスカイプで話している最中だった。
 Mrランガの案内でキッチンや二階へ上がり、スリラカ航空に乗務している若い女性を紹介してくれたが名前は忘れた。コーヒーをご馳走になりながら思いついたことを話した。早いが空港へ行って待っていると言った。Mrランガは、8時までここに居てもいいと言うが、とても退屈でしかも夕飯時になるし迷惑だと思い私の意志を通した。
 空港へは午後5時前に着いた。送ってくれたMrランガとスリランカに残る息子と別れ、あとは長い時間待ちだろうと思っていた。ところが意外と人の行き来があって退屈はしなかった。
            
 あの若い二人は新婚旅行だろうか。アラブの顔を隠した女性の顔が見たいなあとか。この若者の集団はどこへ行くのだろうとか。いと間もなく勝手にいろんな想像で時間は瞬く間に過ぎていった。
 ゲートの最終チェックは、靴を脱ぎベルトをはずしてやっとOKとなる。そして、ECONOMY ZONE F 62Cのボーディング・パスを見せて待合所の椅子にたどり着ける。ここはガラスで覆われていてもうどこへもいけない。スリランカ航空UL454便は、1時間遅れで離陸した。8月21日から11日振りの9月1日(土)、成田へも1時間遅れで午後1時に着陸した。(つづく)
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旅「11日間のスリランカNo 9」

2012-10-01 11:27:22 | 旅行

 「CHANNA」の店で朝食にツナサンドを食べた。全部食べきれず残りを持ち帰り用のパックに詰めてもらった。
 Mrチャンナに「象の孤児院」へ同行してもらった。チケット売り場で、スリランカ人と外国人の入場料が違うのが分かった。外国人は、2,000ルピーでスリランカ人は100ルピー。なんという格差か。私の娘は、長期滞在ヴィザを持っているから100ルピーだった。
             
             
             
 それにしても日本では入場料に差別はしていない。観光も大きな収入源になっているスリランカでは信じられないことではある。ただ、国立病院では外国人でも無料で治療が受けられる。勿論、スリランカ人も無料だ。私の娘も一度お世話になったと言う。
 外国からの中古車の輸入には、かなり高額な関税が課されているようだ。スリランカへの入国にもヴィザが必要になって、日本国内で取得する場合は20ドル支払う。

 世界遺産が八つもあるこの国に観光客が途絶えることは無いだろうが、主な産業がゴム、紅茶、ココナッツその他の農産物。衣類、セメント、製油生産、繊維製品、タバコなどで国庫への収入が十分ではないのだろう。勢い観光収入に頼ることになっているのかもしれない。しかし、何時までもこういうことをやっていると、リピーターの減少を招き観光事業も衰退する可能性も考えておかねばならないだろう。

 しかもいつの間にか案内人がついていた。頼みもしないのに……。300メートルほど歩く通路を案内しただけだった。それで1,000ルピー。スリランカ人は親切だよ。そうだね。金目当てで親切なんだ。と思い始めた。

 象は川辺に小象も交えて集まっていた。それを見るために大勢の人も集まっていた。なかなか動こうとしない。じっと見ている。サファリでもそんな感じだった。日本人はせっかちなのだろうか。私たちは入って30分もしないうちに見飽きて車に戻った。Mrチャンナは、もう戻ったの? と驚いている。象は突っ立っているだけで何もしないからね。

 店に戻ってぶらぶらしていると早くもMrランガがやって来た。早めの昼食を食べてもらって娘と別れを惜しみながら今夜のホテルへ向かった。Mrランガによると、空港近くがいいと思ってその辺のホテルを当たってみるということだった。連れて行かれたのは門扉とガードマンに守られた「タマリンド・ツリー・ガーデン・リゾート」というバンガローが並ぶホテルだった。
 洒落た平屋のバンガローが、椰子の木と芝生に囲まれていた。ここで二泊するわけだが、洒落た外観に比べ室内のお粗末さには驚いた。エアコンは主寝室だけだし、バス・ルームもなんとなく清潔感にかける。ドアもちゃちだし錆びの浮いたチェーンがぶら下がっていた。Mrランガは、いいホテルだと言っていたが細部は知らないのかもしれない。「地球の歩き方」最新号にも載っていないホテルだ。欧米人も多く見かけた。ただ、食べるものはスリランカ中のホテル同様、めぼしいものはない。従って、8月30日朝は、前日から冷蔵庫に入れたあったチャンナの店で包んでもらったサンドイッチを食べた。
             
             
                
                
                

 Mrランガは、午前11時に迎えに来るのが11時半頃やってきた。洗車を頼んだけど時間に仕上げてなかったという。親戚がやってる車の店らしい。なんというか、スリランカ・タイムかな。
 あるいは身内の気安さで、のんびり仕事だったのかも。今日は、コロンボにある日本料理店「日本橋」へ行く予定。スリランカに来てまで日本料理を食べることもない。という意見もあったが、スリランカの日本料理がどういうものか確かめるのも無駄ではないということで決まった。それに、チャンナの店で日本料理を出すときの参考にもなるだろうというわけ。

 コロンボへの幹線道路はいつも大混雑している。信号もほとんど無い。車とバイクとスリーウィラーに自転車が我が物顔で走り回る。特に驚いたのは路線バスの凶暴さだ。そこのけそこのけバスが通るといわんばかりに絶叫するクラクションを浴びせながら追い抜いて行く。
 この路線バス、市の運営かと思っていたが、Mrスランガによれば個人営業だという。勿論エアコンなしで乗降口は開けっ放しという状況。停留所も一応あるらしいが、手を上げればどこでも停まってくれるらしい。その点は便利だけどね。
 道路標識も無いに等しい。駐車禁止や速度制限標識は全く無い。そんな状況なのに大事故を目にしたことがない。それと不思議に思うのは、のんびり屋のスリランカ人が車に乗ると俄然スピード・マニアに変身することだ。女性のドライバーをほとんど見なかったから、世界に共通する男の幼児性の表れかもしれない。自転車を目一杯こいで走るような……。
            
 約2時間の間、そういう混沌と喧騒に取り巻かれながらたどり着いたヒルトン・ホテル。この中に「日本橋」がある。お昼の時間帯を過ぎた午後2時過ぎだった。

 メニューを見ると値段は日本とあまり変わらない気がした。1,700ルピーから1,900ルピーのランチ・メニューだった。天ぷら定食や刺身定食などを注文して、地元のビール「ライオン」とともにお腹に納まった。スタッフやコックはすべてスリランカ人だった。
 ただ、天ぷら、中でもエビの天ぷらの揚げ方が少し違うような気がした。日本では、まるで花が咲いたような衣の出来映えになるが、ここではごくシンプルな衣の状態だった。それは、私が揚げる海老天のようだった。いずれにしても久しぶりの日本料理に満足したのは確かだ。
            
            
            

 帰路、最近出来たというスーパーマーケット「ARPICO」に寄ってみた。広い駐車場に停まっている車は少ない。平屋建てのこじんまりとした感じのスーパーだった。コンビニを四店舗ぐらいくっつけたような広さで、日用品や野菜、果物、魚、肉が売られていた。魚は、新鮮とはいえないし肉も鶏肉以外豚肉が少々あったようだ。ここからスリランカの食生活が見える気がする。野菜や果物、米が中心の食事。スリランカ人のお腹がぼこっと飛び出しているのも、米の食べ過ぎだと妻が言う。(つづく)
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旅「11日間のスリランカNo 8」

2012-09-29 14:46:52 | 旅行

 ここダンブッラのホテルは、自然と共生をうたい文句にしている(Mrスランガの説明)ヘリタンス・カンダラマ・ホテルだった。街から上がる道路は未舗装で狭い道だった。アスファルトにしないのが自然保護なのだろか。山の上にホテルを建てるというのも自然破壊じゃないのだろうか。どうも論理の矛盾を感じながら車に揺られていた。ツアー会社は、私たちのためにスィートを選んでいた。最後の二泊を快適に! という配慮だろう。
            
 観光最後の一日は、妻と息子が行って私はホテルで休養することになった。観光は、岩山に傑作を残した狂気の王カーシャパ伝説のあるシーギリア・ロックへ登るには、2時間以上かかるとあってそれを断念。その岩山を見渡せるところへ案内してもらい少しは満足したかもしれない。
 ゴールデン・テンプルや博物館にも足を運んだという。すべての観光日程を終えた。必ずしも予定の場所へ行っていないが、ツアーの後半になると疲れも出て精力的に動けなくなる。車での移動に時間がかかることも原因となっている。
 8月28日(火)は、いよいよ娘のいる店に行く日になった。ケゴールのその店に着いたのは、お昼前になった。昼食として大きなコッペバンのクラブ・サンドイッチを出してくれた。久しぶりに美味しいと感じる食べ物だった。
            
            
            

 息子は旅の間、MrスランガやMrランガとしょちゅう冗談を言って楽しそうだった。長い時間、家に引きこもっていたのが嘘のようだった。ホテルのチップの支払いとか、ホテルで両替するのも息子が積極的に行った。
 いろんな人とも片言ながら話している姿も見せた。これが社会復帰のきっかけになってくれればと願っている。

 三人は意気投合しているように見えた。Mrランガに至っては、自身ホームページを開いて旅行社を立ち上げようとしていた。彼の友人のイギリス人が製作したという。アドレスは
">http://www.sunislandtravels.com/で息子に日本語版を手助けしてくれという。さあ、どうだろう。もう少し様子を見る必要があるかもしれない。この日、28日はMrチャンナが手配してくれたのは「INTERNATIONAL HOUSE SANASA CAMPUS」といって研修施設のようなところだった。

 ホテルではないからアメニティ・グッズは何もない。バスタオルが一枚だけだった。エアコンはあったがテレビはない。しかも街からかなり登る丘の上にある。気軽に街歩きは出来ない。車が必要だが、私にはない。Mrチャンナに送り迎えを頼むのも店のこともあって無理だろう。現に夕食のためには、スリーウィラーという三輪のタクシーが迎えに来た。
            
              
            
            

 夕食は、娘の手作りのパスタやエビ料理で食欲が出て満足感に満たされた。やっぱり私の舌は、日本の味に慣らされてしまっているのかスリランカの味には馴染めそうもない。仕方がないか。
 宿舎に帰って妻と息子と三人で相談したのが、チャンナの店が忙しそうだしこの宿舎で過ごすのも暇をもてあますということで、明日から別のホテルに移動するというものだった。幸いきのうプリペイドの携帯電話を手に入れてあったから、再度Mrランガの世話になることにした。(つづく)
            
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旅「11日間のスリランカNo 7」

2012-09-27 15:51:42 | 旅行

 ウィルパットゥ国立公園のサファリ・ツアーの日。実はここでのスケジュール変更で夜11時前のホテル到着となってしまった。
 前夜の夕食時にMrスランガから私の体調を案じて早朝出発を正午ぐらいの出発を提案してきた。連日の車での移動で疲れていたのと体調がやや不良ということもあってその案を呑んだ。
 私の体調不良というのは、お腹がなんとなく重い感じがあって食欲もあまりない。あの下痢症状を引きずっているようだった。かと言ってトイレに駆け込むこともない。正露丸効果なのかもしれない。

 サファリ・パーク入り口の食堂で昼食を摂った。注文してから1時間以上待たされた。日本なら客は逃げてしまうだろう。料理を運んできた人は、無言でテーブルに置くだけ。これがスリランカ流。
 何もスリランカ流が悪いと言っているのではない。日本のように客を必要以上に持ち上げるような態度もいいのかどうか疑問だ。食べる人と作る人という関係だけがあって上下の差は無いはず。スリランカ流と日本流の中間あたりが中庸に思える。

 さて、腹具合を心配しながらジープの荷台によじ登った。午後3時を過ぎていた。ゲートに入る手前に大きな建物があってそこでMrスランガが話し込んでいるのが見える。
 やがて一人の男と一緒にジープに乗った。その男はガイドということらしい。後で聞くと、英語を理解しない人たちだからガイドをしても意味がないと言っても、暇だから行くと言ったらしい。
 要するにチップ目当ては明らかだ。その男は、孔雀や鷲を見つけて指を指すだけだった。それだけならMrスランガやMrランガでも出来るようだった。
 ゲートをくぐりジャングルの奥深くに分け入った。対向する帰りのジープには、スリランカ人かインド人かあるいはアラブ人か、私にはみんな一緒に見える人々を満載した車から情報を取りながら進む。象を見たという話もあった。

 私たちは、孔雀や鷲や猿、鹿、池の近くにいる鳥たちを見て、ゲートから2時間経過してることあって引き返すことにした。途中、ある観測点に立ち寄ると数台のジープが停まっていて豹がいるという。
 なるほど、逆光に手をかざしてみれば豹が寝そべって素知らぬ顔をしていた。ワイルドな原野で猛獣を見るのも悪くはないかもしれないが、あんな遠くの猛獣じゃあ迫力不足は否めない。
 動物園で十分だと思われてきた。サファリというネーミングで客寄せしているように感じたのは私一人だろうか。帰路に遠くでワニが大口を開けてあくびをしているのが見えた。年中心地よい気温ではあくびも出るわな。そう言っているみたいだった。
            
            
            
            

 サファリを終えてホテルに向かったのは、午後7時になっていた。Mrスランガは、2時間ぐらいでダンブッラのホテルに着くといっていたが、なんのなんのその倍かかって午後11時前になった。
 私は途中で腹が立ってきた。午後9時ごろになってようやく到着予定時間が大幅に遅れることを私たちに話した。そんな時間に着いても食事にありつけないのは確かだ。ルームサービスを頼むとも言わないから、こちらから指示する始末。
 わたしのMrスランガに対する信頼は崩れ落ちた。ただ、遅れたお陰だったのかルームサービスのサンドイッチは美味しかった。しかも、サービス料なしの交渉をMrスランガがしていたのも罪滅ぼしの気持ちがあったのかもしれない。それでも信頼回復には至らない。(つづく)
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旅「11日間のスリランカNo 6」

2012-09-25 11:15:43 | 旅行

 キャンディの街は、物売りや物乞いがうるさく、またダンスはライト・ハウス・ホテルのショーと変わらなかったという。私は休養してよかった。
 スリランカの古都といわれるキャンディには、仏陀の歯を安置する仏歯寺がある。一日3回プージャ(仏への礼拝)のときだけ仏歯の部屋が開扉される。信心深い人たちは、それに合わせて参拝する。
           
           
 Mrスランガは、私たちをそういう時間帯に案内した。表門から入るには長い列に並ばなければならない。一時、Mrスランガの姿が消えた。戻ってきたときには、一人の男を連れてきた。
 Mrスランガは裏口があるという。男についていくと裏口というのは、出口のことだった。警察官がいて、男がなにやら言ったけど警官は首を振っている。しばらくすると、男がそ知らぬ顔で入っていった。私たちもそれにならった。警官は何も言わない。おかしな国だ。
 入り口、いや出口かな。靴を脱いで土間に足を踏み入れる。ものすごい人の波。強引に階段を昇る。蒸し暑さと人いきれでめまいがする。まさかスリランカに来てラッシュ・アワーの体験をするとは思わなかった。祭壇の前まで行ったが、堪らず脱出する。外で1時間ほど待った頃、妻や息子が戻ってきた。妻は平然とした顔だった。案内した男は、千ルピーのチップをせしめた。

 仏歯寺のあとは、ブッタラマの先に突き出ている半島にあるカルピティヤのアランクーダ・リゾート・バー・リーフ・ヴィラへ向かった。そこが8月25日(土)の宿泊地である。キャンディからはかなりの距離がある。
           
 夕方薄暗いなか赤土の見える未舗装の道を風力発電の風車の横をのろのろと進み、椰子の木に囲まれた広場に出た。そこがこのヴィラの駐車場だった。一台の車も見当たらない。
 どこからともなく男が現れて案内してくれた。そこは椰子の葉で葺いた大きな建物の中に二部屋がありポーチにはだだっ広いベンチがあった。エアコンがなく部屋は開放的でベッドには白い蚊帳が吊ってある。トイレに扉がない。シャワーは庭の真ん中に石を積んだところだった。囲いもない。したがって、ドア・キーもない。雰囲気は原始の世界だろうか。
 シャワーを浴びた。無数に開いた穴から優しく流れるホテルのシャワーとは段違いだった。太い水道ホースから飛び出す水の奔流といったところ。肩に当てると丁度いい按摩になった。ワイルドなシャワーだ。
           
           
           
           
              
           
           
           
           
 夕食にロブスターを注文した。ロブスターは、ここにはなく町に買いに行くという。そういうことで、6,000ルピーを前払いした。塩茹でにしてもらったが、味のほうは期待したほどでもなかった。大味といったところか。久しぶりにエビやピザも食べた。
           
 二部屋を妻と私が別々に使い、ベンチにはクッションが載せてあるので息子とMrスランガ、Mrランガが寝た。私は天井の扇風機を回して寝たが蒸し暑くてたびたび目が覚めた。息子に聞くと夜は寒いくらいだったらしい。
           
 翌朝、プール・サイドのダイニングで食事しているとイギリス人女性二人が入ってきた。Mrスランガが聞くと、この女性たちは4日間滞在しているらしい。それにはびっくりした。私は一日で十分だと思っていたから。

 ここで日本人に対する信頼度が高いことが分かった。Mrスランガがフロントに最終チェックを頼みに行ったときのことだ。やってきた人は、「日本人だから大丈夫だ。チェックしない」という。どこの国の人間なら備品のチェックをするのだろうか。中国人? 韓国人? アラブ人? ドイツ人? イギリス人? そこが聞きたいところだが……。
 MrスランガとMrランガと同宿したのはここだけだった。そんなことで、Mrスランガは後味の悪さを避けるために備品のチェックを申し込んだのだろう。あとで、何かがなくなっていると聞きたくないのは誰しものことだから。(つづく)
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