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読書「ダーク・アワーズTHE DARK HOURS」マイクル・コナリー著2022年講談社文庫刊

2023-09-30 08:43:46 | 読書
 「ロサンジェルスを知りたければ、サンセット大通りを始まりからビーチまで車で通ればいいと言われている。それは旅行者がLAのすべてを知ることになるルートだった………その文化や栄光だけでなく、その数多くの亀裂と欠点を。30年前に、組合運動と市民権運動の指導者を記念して、いくつかのブロックがセザール・E・チャベス・アヴェニューという名に改められたダウンタウンから始まり、ルートは旅行者たちを、チャイナ・タウン、エコパーク、シルヴァーレイク、ロス・フェリズへ運び、そこから西に曲がって、ハリウッドとビヴァリー・ヒルズ、ブレントウッド、パリセーズを横切り、最終的に太平洋にぶつかる。その過程で四車線道路は、貧困地区と富裕な地区を通り抜ける。ホームレスのキャンプがあり、大邸宅があり、エンターテイメントと教育、カルト・フード、カルト宗教のイコン的な施設を通過する。百の都市でありながらも一つの都市である通りだ」

 マイクル・コナリーは、作品の中で架空の都市や町、レストランや場所などを挿入する作家ではない。現存するそれらを描く作家なのだ。従ってロサンジェルス案内もその通りに辿ってみても悪くない気がする。しかし、ホームレスのキャンプとなると逡巡する。東京の日比谷通りの歩道にテントを張って居住するホームレスを想像すると。とてもじゃないが歩く気にならない。

 YouTubeでLAのテント村を見ることができるが、市庁舎の前にテントを張ったりしていてアメリカ有数の大都会の風格も品格も見ることはできない。そんな大都会のコロナ禍の中、ダーク・アワーズつまりロス市警ハリウッド分署夜間勤務専門の刑事レネイ・バラードを中心とした警察ミステリーと言える。

 レネイ・バラードは女性、趣味はサーフィン、人種は???? 同僚の刑事に「インディアンの血が?」という軽い問いかけに違うと言っている。でも風貌がそれに近いのかもしれない。警察内部の人種的、性的な目に見えないバリアに悩まされながら、強い性格がダークアワー勤務へと押し出した。それはロス市警の数多くの害悪の一つ、セクハラに抵抗したことへの処罰としてもたらされた。バラードは強盗殺人課でボスとの内部抗争に敗れ、ハリウッドの夜勤に追放されたのだ。

 この部署の難点は、例えば殺人事件なら初動捜査のポイントを殺人課刑事に引き継がなければならないという点。刑事の勤務評価が事件解決能力とすれば、事件そのものを持てないバラードには内勤巡査の評価基準しかない。それに満足するバラードではない。ならばどのように法と秩序の隙間を縫って成果を出すのか。ロス市警の伝説の刑事と言わていて引退したハリー・ボッシュの助力を得ながら、無謀とも思える身代わり戦術で犯人射殺というバイオレンスを演じた。

 気分は最高で最近手に入れた愛犬ピントとともにサーフィンに出かける前にワイアレス・イヤフォンでマーヴィン・ゲイの「What's going on」を聴きながら散歩に出かけた。

 マーヴィン・ゲイの活動期間は、1958年から1984年で、この曲は1971年に発表された。本人は、1984年4月1日両親の喧嘩を仲裁していたとき、父親の逆鱗に触れ射殺された。父親から撃たれた銃は、かつて息子ゲイから贈られたものだったという皮肉がはらんでいる。享年44歳。
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読書「過ちの雨が止むThe Shadows We Hide(隠れる影)」アレン・エスケンス著 創元推理文庫2022年刊

2023-09-19 08:49:28 | 読書
 黒い大型バイクを操るヴィキー・パイクの背中に抱きつくようにして、後部座席にしがみついていたジョー・タルバートの目から涙が流れ落ちた。ミネソタ州はヘルメット無用だから、ヴィッキーはポニーテールの髪と革ジャンといういで立ち。時速110キロで走るバイクに襲う向かい風は、サングラスの隙間に入り込んで涙を誘発する。

 ミネソタ大学を卒業して今はAP通信社の記者をしているジョー・タルバートは、州上院議員トッド・ドビンズのスキャンダルを暴く記事を書いた。ところがドビンズから捏造記事だとして名誉棄損で訴えられている。そんな中で編集長のアリソン・クレスから一枚のプレスリリースが渡される。それにはジョー・タルバートという男が殺されたとある。アリソンは同名のため関連性があると思ったのだろう。確かにあるのだ。母親から聞かされているのは、父親の同じ名前を付けたと。

 そして今、ミネソタ州バックリーという町の「スナイプス・ネスト」というバーのバーテンダー、ヴィッキーのバイクにしがみついて犯行現場へ向かっているわけだ。このヴィッキーの笑顔がすばらしく、何度も見たいとジョーは思う。

 父親のジョー・タルバートはこの町の嫌われ者No1という男だった。それがこの周辺で一番の資産家の娘ジーニーと結婚していて、そのジーニーが自殺したため600万ドル(約8億4千万円)相当の農地を相続している。その父親が殺されたとなれば、息子のジョー・タルバートにそれが相続される。一時は捕らぬ狸の皮算用さながらに浮き足だったが、事件が解決しないとどうにもならないと冷静になった。

 ジョーの恋人ライラはヘネピン郡検察局から、司法試験合格を条件に採用が決まっていて目下猛勉強中。したがってこのバックリーという町には、ジョーが単独で来訪している。保安官事務所のジェブ・ルイス保安官補、町の弁護士ボブ・マレン、父親の兄チャーリーたちと困惑したり、怒りを募らせたり、信頼の絆を構築したり。詮索したりとジョー持ち前の探求心が躍動する。

 一方ライラとの関係が、一時冷たい風が吹いたことがある。ヴィッキーのバーで酔った男に肋骨を折られるという事態になったジョー。歩くのもやっとという状態で、ヴィッキーに支えられながらモーテルに届けられた。ヴィッキーがベッドメーキングを終えて、さらりとジョーにキスしてきた。痛みに耐えていたジョーは拒否することもできない。柔らかくて暖かい唇は、一刻痛さを忘れもっと求めたくなったときドアにノックの音。ヴィッキーがドアを開けた向こうにライラが立っていた。

 馬鹿正直にキスを否定しなかったのでライラの逆鱗に触れた。青春時代というものは多くの過ちを犯すものだ。ただ一つ曲げてはいけないもの、ジョーのように誠実であるべきなのだ。本作は青春ロマンス・ミステリーとでも言っておこうか。ジョーと母親との相互理解が進むという涙の場面もあって、ティッシュかハンカチを用意しておいた方がよさそうだ。
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読書「償いの雪が降るThe life we bury(埋葬される命)」アラン・エスケンス著 創元推理文庫2018年刊

2023-09-10 17:26:53 | 読書
 母子家庭のジョー・タルバートのミネソタ大学生活は、バーの用心棒で支えられていた。これで大学近くのアパートの家賃が払えていた。ミネソタ州オースチンに住む仲の悪い母親キャシーと袂を分かち、ただ一つ心残りなのは二歳下の自閉症の弟ジェレミーを置いてきたことだ。とてもじゃないがアルバイトと大学通学に加えジェレミーの面倒は見られない。

 ミネソタ州オースチンってあまり馴染みがないが、日本のスーパーに行けば「スパム」という缶詰がある。おいしいと思って時々食べているが、スパム(英語: SPAM)はアメリカ合衆国のホーメル・フーズが販売するランチョンミート(香辛料などを加えた挽肉を型に入れて熱して固めたもの、ソーセージミート)の缶詰だという。したがってオースティンは、スパムタウンとも言われる。アメリカ軍の糧食に指定され、駐留軍とともに日本に入ってきたらしい。

 大学の授業で身近な人の伝記を書くという課題を与えられたジョーには、祖父は亡くなっており父については見たこともない、さらにもめぼしい親戚もいないので老人ホームを訪ねることにした。老人ホームのジャネット、院長のメアリー・ローングレンがカール・アイヴァソンを選んでくれた。

 このカール・アイヴァソンという男は、クリスタル・ハーゲンという若い女性をレイプし殺し物置に放り込んで火をつけた罪で終身刑で刑務所に収監されていた。末期のすい臓がんと分かり釈放されこのホームにいる。なんと殺人犯の伝記を書くはめになった。しかし本人の話やヴェトナム戦争時の戦友の話から、真犯人が別にいると思われるようになる。

 そして隣に住む同じ大学の美人の女子学生ライラ・ナッシュに近づき何とか友達関係を築き、30年前のこの事件を担当した弁護士から関連資料を受け取りライラとともに事件を追うことになる。一つ障害となっていたのが、数字を羅列した暗号文の日記だった。それも弟のジェレミーがキーボード入力授業で使うTHE QUICK BROWN FOX JUMPS OVER THE LAZY DOG(すばしこい茶色の狐が怠け者の犬を飛び越える)アルファベットの文字が全部入っている文章で、キーボード入力練習の時に使う。それを暗号の日記に順番に同じ文字はパスして番号を振って当てはめていくと、なんと真犯人が浮かび上がった。

 ジェレミーとライラの関係が佳境に入った。作家によってはまるでポルノ小説並みの表現しか出来ない人もいるが、このアラン・エスケンスは違う。私も気に入った表現だった。「その夜、ぼくたちは愛し合った。それは汗にまみれぎこちなく、僕にどんどんぶつかりながら交わすような、アルコールとホルモンから生まれる愛ではなく、日曜の朝のゆっくりとろけていくようなタイプの愛だった。

 彼女は僕の上でそよ風みたいに動いた。腕の中のその筋肉質のしなやかな体には、重さなどないようだった。僕たちは寄り添い、触れ合い、揺れ動き、やがて彼女が僕にまたがって、ゆっくりと身をくねらせはじめた。月光が細く一筋、カーテンの隙間から流れ込み、その体を照らし出した。彼女は背中を反り返らせ、僕の膝に両手をつき、目を閉じて天を振り仰いでいた。僕は畏れに目をみはり、彼女を取り込み、記憶が永久保存される頭の一区画にその光景をしまい込んだ」

 アラン・エスケンスは、詩的でロマンティックな文章を書く人だ。なお、原題の埋葬される命は、末期のガンで苦しむカール・アイヴァソンのことで、雪が降るというのはカール・アイヴァソンがひたすら雪の降るのを待っていたからだ。小説はハッピーエンドで終わる。

 著者のアレン・エスケンスは、アメリカ、ミズーリ州出身。ミネソタ大学でジャーナリズムの学位を、ハムライン大学で法学の学位を取り、その後、ミネソタ州立大学マンケート校などで、創作を学ぶ。25年間、刑事専門の弁護士として働いてきたが、現在は引退している。デビュー作である『償いの雪が降る』は、バリー賞ペーパーバック部門最優秀賞など三冠を獲得し、エドガー賞、アンソニー賞、国際スリラー作家協会賞の各デビュー作部門でも最終候補となった。
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読書「円周率の日に先生は死んだTHE DISTANT DEAD」ヘザー・ヤング著ハヤカワ・ミステリ文庫2023年刊

2023-09-04 15:00:34 | 読書
 ある年の3月14日円周率小数点以下10桁が3.1415926535の最初の三桁をとって円周率の日とした。そして数学の日とも言われる。その日、ネバダ州ラブロックという人口2,000人の小さな町からさらに奥まったところにあるマルゼンという集落で数学教師アダム・マークルの焼死体が発見される。

 通報したのはアダムと親しくしていた教え子の12歳のサル・プレンティス。その通報を受けたのが消防ボランティアのジェイク・サンチェス。アダムの死を知り悲しみながら、事件の謎を追う社会科教師ノラ・ウィートン。登場する人物にはすべて暗い事情があったりそれを抱えている。

 死体となってしまったアダムには、ベンジャミンという息子がいた。アダムは薬物の過剰摂取で運転事故を起こし、ベンジャミンを亡くした過去を持つ。

 サルには母親がヘロインの注射で口から泡を吹き絶命という過去を持ち、母の兄弟ギディオンとエズラの世話になっている。

 かつてサルの母親に思いを寄せたことのあるジェイク。

 ノラの家も父親が起こした交通事故で息子を亡くしている。妻も他界した父親は、庭の一角においてある、かつて旅をしたキャンピング・カーで起居している。午前中に泥酔してしまうという悲惨な毎日。いずれ父親も死ぬだろうから、その時を機にこの町から出て行って新しい人生を構築しようと考えている。

 そんな中で徐々に真相が明らかになっていく。著者の独特の文体に魅了されながら、確かな人物描写とほのかに漂うユーモアに口元を緩めながら読み進むのは至福の時と言える。

 数学的な味わいの一つ、なぜ1時間が60分なのか。「それは古代文明まで遡る歴史的な慣習である。紀元前2000年頃、バビロニア人は60進数の数値体系を使用していた。 この数値体系には、2、3、4、5、6 などの因数による割り算が容易であるなど、いくつかの利点があり、天文学、数学、計時などのさまざまな分野での計算と測定がより管理しやすくなった。この時間の区分は、古代ギリシャ人やローマ人など、さまざまな文化や文明を通じて受け継がれ、時間管理にこの 60 進法を使い続け 時間が経つにつれて、この慣例は私たちの時間の理解に深く浸透し、他のほとんどの測定に 10 進数ベースのシステムが採用されているにもかかわらず、現代でも使用されている。したがって、1 時間が 60 分に分割される理由は、バビロニアの 60 進数法の歴史的影響によるもであり、バビロニアの 60 進数法には、計算と割り算に利点があり、それが時間管理の実際的な選択となった」とはいうものの原題(THE DISTANT DEAD遠くの死者)とは相いれない邦題になっている。3月14日数学の先生が数学の日に死んだというだけで、主題は別のところにある。最後まで読むとわかるでしょう。 が、私にはよくわからなかったのが難点か。
ヘザー・ヤング、2016年に「エヴァンズ家の娘」でデビュー。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補となり、ストランド・マガジン批評家賞最優秀新人賞を受賞した。サンフランシスコ在住。
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