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読書「ヨーク公階段の謎The duke of York's steps」ヘンリー・ウェイド著 論創海外ミステリ2022年刊

2024-03-23 11:25:01 | 読書
 古典的な警察小説。オックスフォード大学卒のスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の警部ジョン・プールが地道な捜査で事件を解決する。ロンドンの金融街シティで一目置かれるガース・フラットン郷と友人の銀行家レオポルド・ヘッセルが連れ立って自宅に帰る道すがら、セント・ジェイムズ公園の軍人王子ヨーク=オルバニー公爵フレデリック王子の記念柱の下にある階段の中ほどで、急いで駆け下りてきた男がガース郷にぶつかった。惨事にもならず男は礼儀正しく去って行った。

 ところが公園を出て交差点を渡った直後、ガース郷が苦悶の表情とともに転倒した。急いで自宅に搬送して、主治医ホレス・スパヴェージ郷により、動脈瘤の破裂で死亡と診断される。葬儀の三日後、ガース・フラットン郷の娘イネズ・フラットンが次のような新聞広告を出す。「去る10月24日、木曜日の午後6時過ぎ、ヨーク公階段のにおける事故で、父、ガース・フラットン郷に接触した紳士からの連絡をお待ちします。サウスウェスト・クイーン・アンズ・ゲイト16番地、イネズ・フラットン」

 この広告を目にしたスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の犯罪捜査部総監補レワード・マラダイン郷は、真意を探りにイネズ・フラットン宅を訪問する。レワードはこれを口実にしてるだけなのだ。イネズはとびっきりの美人なのだ。一度パーティで会って、これをチャンスにという思いなのだ。イネズの容姿を著者の文章を借りると「すらりとした背丈に髪の色は金色がかった独特な茶色で、鳶色より明るいが赤くはない。形の良い眉はそれよりわずかに濃い色で、瞳はこの上なく冷たく澄んだグレーだった。その目でひたと見つめられると、たいていの者は嘘をついても無駄だという気分になる。古風な可憐さを好む向きからすれば、イネズのあごは心持ちしっかりし過ぎているかもしれない。唇はそうふっくらはしていない。しかし微笑むと、その口元はうっとりするほどほころび、固い印象が一気に吹き飛んだ。まさに相手の視線だけでなく心までとらえ、見るたびにときめきを与える顔立ちだった」

 レナード卿と会ったイネズはどう思っていたのか。また本の文章から「イネズはこの訪問客をどう扱うべきか迷っていた。どこかのディナーで会ったのは思い出した。確か重要な官職についているということだった。ディナーのあと、自分に不器用な好意を示したことも覚えている。しかし形式ばった態度のレイワード郷が若い年寄りなのか、それとも老いた若者なのか、“善良で愛すべき人物“か“思い上がったばか者“なのか、彼女にはわからず、そもそも決めることに価値があるのかどうかすらわからなかった」これではレナード卿、脈がないよね。しかし、イネズは広告に対する返事として、父にぶつかってきた人が、死の原因になったに違いないその人が、なんの印も――例えば手紙をよこすとか――示さないことが、奇妙に思えるのですという。

 そして下命を受けたのがジョン・プール。彼は身長178センチ、引き締まった腰と広い肩幅という好男子。そのプールもイネズに会ったとたん心を乱される。時代背景が1920年代となれば、あらゆる点で古風にならざるを得ない。「シミ一つない夜会服を身に着け、軽やかな黒いコートをはおり、仕立ての良いシルクハットをかぶった」という風に。

 ところでイネズと兄のライランドとの関係が、レナード卿の弁護士によるとレナード卿は二回結婚している。最初の妻の連れ子がライランド、二人目の妻との間に生まれたのがイネズ。異母兄妹と思っていたが全くの他人だった。イネズがライランドに寄せる眼差しに敏感に察知するプールだった。イネズはライランドを愛している。

 事件の詳細をイネズとライランドに説明して「これから犯人逮捕に向かいます。もうお暇しなければなりません。ごきげんようミス・フラットン――お茶をごちそうさまでした――そして、この任務を耐えられるものにしてくださったご協力のすべてに感謝します。ごきげんよう、ミスター・フラットン――ご幸福を祈りますと言わせてください」

 プールが玄関ドアに手をかけたとき「お待ちになって、プールさん。犯人逮捕にくれぐれもお気をつけて!」プールは上気したイネズの顔と輝く瞳を見つめた。その瞳には思いやりと気遣いの色が浮かんでいた。彼の心は強い切なさに襲われた。「もし、あなたが……」プールはあとの言葉を飲み込んだ。この場で言うべきではないと思ったからだ。しかし、永遠に言わない言葉でもある。男と女の微妙な感情のゆらぎの結末も、強い印象を残すものなのだ。

 私はこういう結末の時、ふさわしい音楽はないかと探ってみる。今回の場合は、フランク・シナトラの持ち歌「All the way」がいいのではないかと思う。この曲をバリー・マニロウで聴いていただきましょう。
ALL THE WAY
誰かに愛されるとき
ずっと愛してくれなければ意味がない
そばにいるだけで幸せ
ずっと応援してくれる人が必要なとき

高い木よりも高く
そう感じなければならない
紺碧の海よりも深く
それが本物なら、それはどれほど深いことか

誰かがあなたを必要とするとき
その人がずっとあなたを必要としてくれなければ意味がない
いい時も悪い時も
その中間の年もずっと

道がどこへ続くかなんて、誰にもわからない
愚か者だけが言うだろう
でも、愛させてくれるなら
ずっとずっと君を愛し続けるよ

愛させてくれるなら
ずっとずっと 君を愛し続けるよ
 著者ヘンリー・ウェイドは、本名をヘンリー・ランスロット・オープリー・フレッチャーという。英国サリー州生まれ。オックスフォード大学を卒業後、1908年から20年にかけて近衛歩兵第一連隊に所属し、従軍した第一次世界大戦では殊勲章と軍功章を贈られた。除隊後はバッキンガムシャー州に移住し、治安判事や参事会員を歴任。37年に父親の跡を継いで六代目準男爵となる。名誉の誉れ高い「英国近衛歩兵連帯史」(1927)を本名で著したほか、ウェイド名義で長篇20冊、短篇集2冊、合作長篇1冊のミステリを発表した。1969年没。

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読書「作家の秘められた人生La vie secrète des ècrivains」ギョーム・ミュッソ著 集英社文庫2020年刊

2024-03-15 12:39:23 | 読書
 1995年「アメリカの小さな町」という作品でピューリッツァー賞を受賞した作家ネイサン・フォウルズは、35歳だが20年間もボーモン島の隠遁者として人々の好奇心の的になっている。世の中には、作家志望の人々が雲霞のごとく存在する。24歳のラファエル・バタイユもその一人。出版社からは鄭重にことわられ続けている。最後の手段として自作「梢たちの弱気」の評価を求めて、ネイサン・フォルズの住居に押しかけようと画策する。

 繊細でありながら力強い、太陽のような何かしらに一瞬魅惑され、ジャカード編みの丈の短いワンピースにライダース・ジャケット、細いベルトを足首の横のバックルでとめたヒール付きのサンダルという装いだった。このブロンドの女性の美しさに魅了されたのが、ネイサン・フォウルズなのだ。女性の名前は、マティルド・モネーと言い新聞記者だった。ほとんどの男性作家は、女性を事細かく描写をする、しかも詩的に。作家の好みの反映かもしれない。多分そうだろう。

 この複雑なストーリー展開に疲れを覚えながらも、ネイサン・フォウルズの隠された人生が明らかになり、それぞれの人生がハッピーになるというお話でした。ストーリーを追いながらワインやウィスキー、音楽にも触れられていて楽しめた。
 
 ネイサン・フォウルズが飲むワインは、白のワイン「テッラ・ディ・ビー二」、赤「サン・ジュリアン」。ウィスキーは日本製。聴く音楽は、クラシック。グレン・グールドのピアノ曲。ネイサン・フォウルズがマティルド・モネーと会ったときの心境は、「ネイサン・フォウルズは晴れやかな気分で目を覚ましたが、それは久しくなかったことだ。グレン・グールドのレコード5曲目が始まったところでこの晴れやかな気分の原因を考えてみた。それはマティルド・モネーとの出会いだった。彼女の雰囲気がまだあたりに漂っていた。輝く光の詩、ほのかな香り。それはすぐに消えてしまう。捉えどころのないはかない何かであるとフォルズにはわかっていたが、それでも心ゆくまで味わっていたいと思った」本作は、2019年に発表されたギョーム・ミュッソの17作目になる。
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読書「キュレーターの殺人The Curater」M・W・クレイヴン著ハヤカワ・ミステリ文庫2022年刊

2024-03-09 13:14:38 | 読書
 ネットの世界は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界なのだ。狡猾に人を出し抜く化け物のような人間が存在する。詐欺師もそうだが、巧妙に人を操り殺人まで犯させる。広範囲に影響力を及ぼすという意味で「キュレーター」と名乗る人物がいるという話しを、FBI捜査官メロディ・リーから聞くのはイギリス国家犯罪対策庁の重大犯罪分析課部長刑事ワイントン・ポー。本人はポーと呼ばれたがる。

 ポーの上司ステファニー・フリン警部ともども天才的能力を発揮するちょっと風変わりなティリー・ブラッドショー分析官の三人組が、オンライン・チャレンジ型殺人の繊細で複雑な事件を解決する。想像もしない人物が犯人だったのに驚く。想像もしないと言ったが、何か気にかかる言動はあった。ポーに向かって「犯人が見つかったら、そいつを殺して!」と女が言った。普通は「犯人を早く見つけて!」と言うだろう。警察官だからといって、やすやすと人を殺せるわけがない。その違和感を抱えながら最終章へ。

 ネットを介しての犯罪に特殊詐欺がある。警視庁のホームページには、
オレオレ詐欺
親族等を名乗り、「鞄を置き忘れた。小切手が入っていた。お金が必要だ」などと言って、現金をだまし取る(脅し取る)手口です。
預貯金詐欺
警察官、銀行協会職員等を名乗り、「あなたの口座が犯罪に利用されています。キャッシュカードの交換手続きが必要です」と言ったり、役所の職員等を名乗り、「医療費などの過払い金があります。こちらで手続きをするのでカードを取りに行きます」などと言って、暗証番号を聞き出しキャッシュカード等をだまし取る(脅し取る)手口です。
架空料金請求詐欺
有料サイトや消費料金等について、「未払いの料金があります。今日中に払わなければ裁判になります」などとメールやSNSで通知したり、パソコンなどでインターネットサイトを閲覧中に「ウイルスに感染しました」と表示させて、ウイルス対策のサポート費用を口実として、金銭等をだまし取る(脅し取る)手口です。
還付金詐欺
医療費、税金、保険料等について、「還付金があるので手続きしてください」などと言って、被害者にATMを操作させ、被害者の口座から犯人の口座に送金させる手口です。
融資保証金詐欺
実際には融資しないのに、簡単に融資が受けられると信じ込ませ、融資を申し込んできた人に対し、「保証金が必要です」などと言って金銭等をだまし取る(脅し取る)手口です。
金融商品詐欺
価値が全くない未公開株や高価な物品等について嘘の情報を教えて、購入すればもうかると信じ込ませ、その購入代金として金銭等をだまし取る(脅し取る)手口です。
ギャンブル詐欺
「パチンコ打ち子募集」等と雑誌に掲載したり、メールを送りつけ、会員登録等を申し込んできた人に、登録料や情報料として支払わせて金銭等をだまし取る(脅し取る)手口です。
交際あっせん詐欺
「女性紹介」等と雑誌に掲載したり、メールを送りつけ、女性の紹介を申し込んできた人に、会員登録料金や保証金として金銭等をだまし取る(脅し取る)手口です。
その他の特殊詐欺
上記の類型に該当しない特殊詐欺のことをいいます。
キャッシュカード詐欺盗(窃盗)
警察官や銀行協会、大手百貨店等の職員を名乗り、「キャッシュカードが不正に利用されているので使えないようにする」などと言ってキャッシュカードを準備させ、隙を見てポイントカード等とすり替えて盗み取る手口です。とある。

 著者あとがきで「ブルー・ウェール・自殺チャレンジは存在する。起源はおそらくロシアっだが、多くの国でそれが広がっていることを示す事例証拠が報告されている」とある。

著者のM・W・クレイヴンは、イギリス・カンブリア州出身で軍人、保護観察官から作家となり2018年「ストーンサークルの殺人」で英国推理作家協会賞最優秀長編賞ゴールド・ダガーを受賞。以後ワシントン・ポー・シリーズが好評。

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