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読書「真珠湾の冬FIVE DECEMBERS」ジェイムズ・ケストレル著ハヤカワ・ミステリ2022年刊

2023-05-29 08:46:41 | 読書
 ハワイ ホノルル警察の刑事ジョー・マグレディが辿る過酷な運命から、将来の伴侶と決めた日本人女性サチと厳寒の野沢温泉で再会するまでの長大なドラマなのである。1941年11月26日から1945年12月31日までの5年の歳月は、日本人、アメリカ人を問わず劇的な変化の時代だった。その最たるものは、太平洋戦争だった。

 マグレディ刑事は勤務が終わって、ホノルルのバーでスコッチウイスキーを舐めていた時、上司のビーマー警部の呼び出しを受ける。時間外勤務になり翌日感謝祭も仕事だろうと思いながら、モリーを失望させることになることにも気をもむが、時間外手当を考えるとそれで何とかなりそうな気もする。事件現場を見るとそんなものは、一遍に吹っ飛んでしまった。梁から逆さにつるされて死んでいる男。毛布にくるまれて死んだ女。二人とも全裸だった。二人の関係は不明。

 この事件をきっかけにマグレディの捜査は、香港、東京へと及ぶ。身に覚えのない加重強制わいせつ罪に問われ香港の刑務所に収監されているとき、日本軍の進駐によって日本の統治下におかれる。そしてある日現れたのが、高橋寛成外務省第一書記官だった。高橋書記官の言によれば、ホノルルで殺された女性は、私の姪なのだ。ぜひ犯人を捕えてほしいというものだった。そして安全は保証すると。

 1944年11月から1945年8月までの東京大空襲下において、マグレディは高橋宅で起居していた。その時の様子が克明に描かれるが、著者の取材は全く正しく、私の記憶と寸分違わない。当時私は中学1年生で、大阪市郊外に住んでいた。

 米軍は時々夜間攻撃を仕掛けてきた。主に大火災を発生させる焼夷爆弾攻撃だった。夜空を赤々と染める大空襲を眺めながら、米軍とわが軍の力の差が歴然とするのを唖然として眺める。米軍のB29爆撃機は悠々と飛行し、迎え撃つわが戦闘機の機銃の赤く光る銃弾がB29機に届かず、まるでインポテンツのようにわなわなと落ちていく様子は我が国の末路を暗示しているかのようだった。

 戦争末期には迎撃もなし、地上からのサーチライトもなし、米軍は鍵のかかっていない住宅に押し入る強盗のように傍若無人だった。昼間にやってくる艦載機のお遊びは、歩行者を追い詰め銃弾で威嚇したりする。

 空襲の翌日、電車で大阪市内に行ってみた。電車が動いていること自体が不思議なんだが、そういえば停電がなかった気がする。戦後の検証によれば、皇居、京都・奈良、歴史的建造物などは学者の進言により。戦後日本統治を考慮して破壊しなかったといわれている。それらの一環として市民生活の基幹産業も避けたのかもしれない。

 電車の終点から外へ出ると何もない広々とした焼け野原が見渡せた。道路わきに男の焼死体が転がっていた。まるでガラガラ蛇がかま首をもたげるように、蛇口から水がポタポタと落ちていた。人の姿も見かけない。

 やがて終戦でマグレディはホノルルに帰った。5年も音信不通だったため、恋人モリーはかつてマグレディの相棒だったフィレッド・ボールと結婚していて1児を儲けていた。担当する事件そのものも未解決事件扱いになっていた。それでもマグレディは真相究明に注力する。そして意外な人物が浮上する。一級のミステリーであり恋愛小説でもある。

 ただ一つ気に入らないのは、表紙のデザインだ。日本語版では真珠湾攻撃時の写真だし、原語のキンドル版は男女二人がベッド脇にたたずむという絵柄なのだ。ここから見えるのは、日本では戦争を主題にアメリカではロマンスが主題と見て間違いないだろう。もっとセンスのいい表紙にできないのかと思ったりする。

 著者のジェイムズ・ケストレルは、本作で2022年にアメリカ探偵作家クラブのエドガー賞受賞。現在弁護士。ハワイ在住。
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読書「あなたを愛してからSince we fell」デニス・ルヘイン著ハヤカワ・ミステリ2018年刊

2023-05-24 08:39:49 | お酒
 デニス・ルヘインの "あなたを愛してからSince We Fell "は、最初から最後まで読者をハラハラドキドキさせる雰囲気のあるスリラーです。サスペンスの名手であり、複雑なキャラクターで知られるルヘインは、この心理的陰謀の説得力のある物語でまたもや成功を収めました。

 元ジャーナリストのレイチェル・チャイルズは、公私ともに破綻し、不安と孤独に苦しんでいる。自分探しの旅に出た彼女は、欺瞞と危険の網に絡め取られ、自分の最も深い恐怖に直面することになる。

 ルヘインの文章は素晴らしく、鮮やかな描写と細部へのこだわりで読者をレイチェルの世界に引き込みます。ストーリーはひねりに満ちており、あらゆる場面で読者に推測と二の足を踏ませる。ペース配分は容赦なく、読者は本に潜む謎を解き明かそうと必死になり、本を手放すことができなくなるのです。

 この『あなたを愛してからSince We Fell』を際立たせているのは、登場人物の複雑な心理を掘り下げるルヘインの能力である。レイチェルは欠点が多く、説得力のある主人公であり、ルヘインは彼女の弱点と内なる悪魔を深みと繊細さをもって描き出している。脇役も同様によく描かれており、物語全体に複雑さと陰謀の層を加えている。

 アイデンティティ、信頼、そして自分の選択の結果というテーマは、物語全体に巧みに織り込まれ、スリリングなプロットに深みと実質を与えている。ルヘインはこれらのテーマに知性とニュアンスをもって取り組み、"あなたを愛してからSince We Fell "を脈打つようなエンターテインメントに加え、示唆に富んだ読物にしている。

 全体として、"あなたを愛してからSince We Fell "はデニス・ルヘインの卓越したストーリーテリング能力を示す、見事な心理スリラーである。サスペンスと感情のジェットコースターのような展開で、息をのみ、自分が知っていると思っていたことをすべて疑いたくなるような作品です。これまでの作品のファンであれ、初めて彼の作品を読む人であれ、この小説は人を魅了し、印象に残ること間違いなしです。
www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。
以上は今話題の「chatGPT」に依頼した読書感想文である。瞬時にこれが出てきたので驚いた。 がすべてを網羅しているが、個性がないという印象だ。AIだから仕方がないか。

 主人公は二人。レイチェル・チャイルズと二人目の夫ブライアン・ドラクロワ。ジャーナリスト レイチェルはハイチ地震取材で、現地の悲惨な状況、強奪、窃盗、暴力、レイプ、住むところと食料がない。子供や女の弱者が悲惨な目にあう状況からパニック発作を患う。帰国後、引きこもりがちになる。前夫のプロデューサーもレイチェルと距離を置き始め、結局離婚となる。

 その後に現れたのがブライアン・ドラクロワなのだ。この男、レイチェルがパニック発作を患っているのを知っていて求婚する。結婚してからもレイチェルの病気からの克服に力を貸して、徐々に快方に向かう。幸せな時間は瞬く間に過ぎ去り、ブライアンが出張した日、路地でブライアンによく似た男を見かける。腑に落ちないままブライアンの車を追いかけて行動を監視する。やがて不倫を疑い問い詰めると、なんと「俺は詐欺師だ」と言うではないか。7千万ドル(100億円近い金額)を持ち逃げしようとして、殺し屋に狙われているとも。こうしてこの二人は殺し屋と対峙する。ラヴロマンスとバイオレンスの小説とでも言えばいいかも。私も大いに楽しめた。

 著者のデニス・ルヘインは1965年ボストン生まれ。1994年「スコッチに涙を託して」で作家デビュー。本作はアメリカ私立探偵作家クラブの新人賞を受賞している。シリーズ物以外で映画化もされている。2003年クリント・イーストウッド監督で「ミスティック・リバー」。2010年マーティン・スコセッシ監督で「シャッター・アイランド」がある。
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読書「ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密The Crime of Julian Wells」トマス・H・クック著ハヤカワ・ポケットミステリー・ブック2014年刊

2023-05-15 10:55:17 | 読書
 ロレッタは手を伸ばして、私の指に触れた。彼女の手は柔らかくて暖かかった。もう何年も味わっていない感触だった。この文脈から、俄然ロレッタとフィリップとの間に起こる微妙なさざ波を感知した。

 ロレッタはジュリアン・ウェルズの妹で、50代に入ったばかりだが若いころの美しさを脱ぎ捨てたのと引き換えに、洗練された美しさを手に入れ、息をのむほど優雅のしぐさでそれを纏っている。 と著者が言うが、洗練された美しさ? 息をのむほど優雅なしぐさ? となると誰を思い浮かべばいいのか。ハリウッドの女優でもすぐには思い浮かばない。やっとイメージしたのは、今は亡きダイアナ妃なのだ。

 「こんな素敵な人を放っておくのか、トマス」と思いながら読み進む。もともとジュリアンの自殺に伴うどうして自殺したのかという「何故」がテーマのミステリーで、ロレッタとフィリップのロマンスは、サイド・ストーリーの扱いではある。トマス・H・クックの上品な筆致で、さりげなく情熱が内に秘めたような表現が心に残る。

 ジュリアンは殺人事件の現場に赴き殺人者を分析するという異色の作家で、目を覆うような殺戮の現場を文章で再現したりする。なぜ自殺したのか、どうして助けられなかったのかという思いを抱き続ける友人の文芸評論家フィリップ・アンダーズとロレッタが謎を解き進めると、なんとフィリップの元国務省に勤めていた父が最後の扉を開けることになる。

 ミステリーの中でロマンスを強調するのも僭越に思うけれど、後半の大事な取り合わせということで以下文中の引用をしてみたい。
 ロレッタとともに謎を追いかけるのだが、フィリップの内面に変化が起こりつつあった。晴れ渡ったブエノスアイレス。目的地に向かうタクシーの中、フィリップの胸の奥から沸き起こったのは、過ぎ去った時間への懐かしさではなく、今も現在進行形で私の人生に難しい試練と目的を与えている謎めいた出来事への新たな決意だった。もちろん、それらの試練と目的はすでに私だけではなく、隣に座って窓から街路を見つめているロレッタをも巻き込んで、別の局面を迎えているのだった。
「きみはいまも初めて会ったときと変わらないね」私は彼女に言った。
彼女は私を見た「そんなことないわよ」
「いや。本心からそう思っているんだ」私は言った。「前になにかの本で読んだんだが、恐怖というのは人間にとって最後まで断ち切れない反応だそうだ。だが君に限っては違うね。好奇心のほうが勝ちそうな気がするよ」ロレッタは私の顔をまじまじと見た。
「まあ、フィリップ、そんな素敵な言葉をもらったのは生れてはじめてよ。これまで言われた中で一番うれしい言葉だわ」

こんなことがあった後、終盤では
 「今夜は一人でいたくないんだ、ロレッタ」
「もう一人きりじゃないわ。これからは」彼女は言った。
「もう一人きりじゃないね、これからは」私は同じ言葉を繰り返した。ロレッタは微笑んだ。この二人は、人生で最良の時を迎えたのである。

 さて、このような場面での音楽は? やはりクラシック音楽から選んだほうが小説の背景にマッチするだろう。 ということでマスネーの「タイスの瞑想曲」を選んだ。指揮 カラヤン ヴァイオリン ミシェル・シュヴァルベ 演奏 ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラで聴きましょう。

 著者トマス・H・クック1947年9月19日 生まれは、アラバマ州デカルブ郡フォート・ペイン出身。1980年コロンビア大学大学院生のとき「鹿の死んだ夜」でデビュー。1997年『緋色の記憶』でエドガー賞 長編賞を受賞。現在75歳ケープコッド在住。著者は文中哲学的な蘊蓄(うんちく)を披露する。
「老いることとはたんに歳を取ることではなく、衰えて不快感が増すこと。今日の夜明けよりも明るい夜明けは来ない」そうだろうとは思うが、明るい夜明けも来ると思う。その人の生き方次第では。

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読書「森から来た少年THE BOY FROM THE WOOD」ハーラン・コーベン著2022年小学館文庫刊

2023-05-07 16:11:34 | 読書
 いじめられっ子の女子高生ナオミ・パインが行方不明になった。ニュージャージー州刑事弁護士ヘスタ・クリムスティーンが知ったのは、ナオミと同級生の孫のマシュウから相談を受けたからだ。

 このヘスタ・クリムスティーンは、70歳を超えた寡婦のやり手の弁護士。70歳を超えてからは自分の年齢を勘定しないという。それでもお色気がなくなったわけでもない。目下独身の警察署長のオーレン・カーマイケルについて、ハンサムで優しくて素敵だと思っている。ディナーに誘われると、まるで青春時代に戻った気分になる。

 そんなおばあちゃんが頼りにしているのがワイルド。ワイルドは34年前の1986年4月18日付ノース・ジャージー・ガゼット紙に「置き去りにされた“野生児“森で発見される」と報じられた、その本人なのだ。そんな過去もあって森を歩き回るのを日課としている。

 時計がなくてもぴったりと時間を当てるという野性的な面と気配りをするという繊細さも持つ。ナオミが通う高校の非常勤美術教師エイヴァ・オブライエンと男女の微妙な関係にもなる。ナオミの失踪からやがてマシュウのクラスメイト、ダッシュ・メイナードも行方が分からなくなる。ダッシュの父親は、成功した大物プロデューサーのダッシュ・メイナードなのだ。

 一人の女子高生の失踪から、やがて政治家のスキャンダル問題へと広がっていく。私はどうして政治家を登場させたのだろうと思ったが、勝手な推測をするとアメリカの国民の分断が背景にあって著者がどうしても言及したかったと。そして著者は政治学の蹄鉄理論を持ち出し、世の風潮を批判しているように見える。

  本作の政治家ラスティ・エガーズが言う「今の社会の仕組みは不公正で、アメリカ国民を裏切っている。それを正すには、まずその仕組みを根本から覆さなければならない」これには右派も左派も同調するだろう。まあ、そんなおまけもあるが、最後の最後に驚きの展開が待っている。最初は読み進むのが遅かったが、中盤以降は怒涛の勢いになった。

 ラスティ・エガーズはニュージャージー州出身のため当地出身の「ブルース・スプリングスティーン」「フランカ・シナトラ」、それにニュージャージーが舞台のテレビドラマ「ソプラノス/哀愁のマフィア」を3Sと呼んで愛着を持っているようなのだ。ここではブルース・スプリングスティーンの「Tougher than the rest」を聴きましょう。
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