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映画「カジノ」アマゾン・プライムで観るギャングが支配していた1970年代のカジノ。1995年制作

2018-08-19 18:32:42 | 映画

           
 実話に基づいた映画でマーティン・スコセッシ監督が1990年の「グッドフェロー」に続くギャングもの第2弾というところ。

 マーティン・スコセッシは、1942年生まれだから制作時は53歳。1980年「レイジング・ブル」、1988年「最後の誘惑」、1990年「グッドフェローズ」、2002年「ギャング・オブ・ニューヨーク」、2004年「アビエイター」、2006年「ディパーテッド」、2011年「ヒューゴの不思議な発明」、2013年「ウルフ・オブ・ウォールストリート」がアカデミー賞監督賞にノミネートされ、そのうち2006年「ディパーテッド」が受賞している。

 題材に取り上げたのはモデルの人物フランク・“レフティ“・ローゼンタールという男でシカゴでは有名なノミ屋だった。映画ではサム・“エース”・ロススティーン(ロバート・デ・ニーロ)で1970年代全米で唯一賭博が合法のラスベガスで「タンジール」を任されて膨大な現金収入をもたらしていた。出演時ロバート・デ・ニーロは40歳代に見えカッコいい52歳。

 カジノの奥まった立ち入り禁止の部屋では、おびただしい現金が計算され係員は適当にちょろまかし、ギャングのボスたちに現金を届ける男も警備員、駐車場係にも現金をはずむ。すべてが現金によってスムーズに回転していた。

 エースはフロアに立っていかさまを鋭く嗅ぎ分ける。自身もシカゴでの不法賭博の経歴の持ち主。悪は悪でないと発見できないと言いたげ。シカゴの旧友ニッキー・サントロ(ジョー・ペシ)もべガスにやって来た。そしてエースの用心棒となった。この男、身長が低いがやたらと気が短い。エースの身辺に災いをもたらすことになる。

 ある日フロアーで見つけた賭博師の美女ジンジャー・マッケンナ(シャロン・ストーン)に一目惚れしたエースもとんでもない女を抱え込むことになる。

 シャロン・ストーンこのとき妖艶な37歳。この役の熱演でシャロン・ストーンはアカデミー主演女優賞にノミネートされている。ロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシ、シャロン・ストーンと脂の乗り切った時代の俳優で、178分という長尺も退屈する暇もなかった。

 この映画の中で一つのエピソードが語られる。それは一人の日本人のギャンブラーのこと。K・K・イチカワでモデルは、山梨県の不動産業兼貸金業『柏木商事』社長・柏木昭男。やくざ顔負けの荒っぽい手法による地上げで財を成し、カジノでの賭けの積極さから「戦士」と呼ばれたが、1992年1月3日に自宅兼事務所で何者かに約20カ所をメッタ刺しにされて殺害された。犯人は見つからず2007年に時効。アメリカで有名となった料理人「ノブ・マツヒサ」こと松久信幸がイチカワを演じている。

 さて、ここでまた気になるのがこの松久信幸。1949年3月埼玉県生まれ。もともと料理人で1987年にビバリーヒルズ、ラシエネガ通り(La Cienega Blvd.)にレストラン「MATSUHISA」を開店した。同店は開業3年目にはザガット・サーベイに掲載・高評価を得た。同店の常客であった俳優ロバート・デ・ニーロの誘いにより、1993年8月ニューヨーク市トライベッカに「NOBU(NOBU New York City)」をデ・ニーロとの共同経営により開店した。現在東京港区虎ノ門「NOBU TOKYO」ほか世界に展開している。

 さて、カジノといえば先ほどわが国でもIR(統合型リゾート)法案として成立した。この映画でも今ではディズニーランド化しているとして、最早ギャングが横行する場所ではなくなったという。ぜひそうあって欲しい。
     
  
  
       
監督
マーティン・スコセッシ1942年11月ニューヨーク市クイーンズ、フランシング生まれ。

キャスト
ロバート・デ・ニーロ1943年8月ニューヨーク市生まれ。1974年「ゴッドファーザー、パートⅡ」でアカデミー助演男優賞受賞。1980年「レイジング・ブル」でアカデミー主演男優賞受賞。
シャロン・ストーン1958年3月ペンシルヴェニア州生まれ。
ジョー・ペシ1943年2月ニュージャージー州ニューアーク生まれ。1990年「グッドフェローズ」でアカデミー助演男優賞受賞。
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映画「ロング、ロングバケーション」キャンピング・カーのロード・ムービー

2018-08-13 16:18:42 | 映画

           
 小学生や中学生の子供を連れた若い世代のキャンピングでなく、老夫婦の人生最後の旅というロード・ムービー。

 夫ジョン(ドナルド・サザーランド)妻エラ(ヘレン・ミレン)の二人はマサチューセッツ州ボストン近郊のウェルズリーの町から、フロリダ州キーウェストにある「ヘミングウェイの家」へのロング・ドライブ。しかも息子や娘に無断でのドライブ。息子や娘にこのドライブの事を話せば猛烈な反対に見舞われるのは確実。反対するのは当然で、エラはがんで入院の予定だしジョンは認知症の進行中という状態。
 しかもメンテナンスも不十分なキャンピング・カー「レジャー・シーカー」なのだ。しかし、家族にとっては思い出のキャンピング・カーでもある。

 ボストンからインターステイト・ハイウェイ95号線を南下、フロリダ州USハイウェイ1号線から41号線に乗りキーウェストを目指す。無謀ともいえるこの旅は、過去を振り返り残り少ない未来とどのように対応すればいいのか、それを探す旅でもあった。
 
 ジョンは英文学の教授でアーネスト・ヘミングウェイに傾倒していて、人生最後にヘミングウェイの家をこの目でみたいと言ったのが発端。時々、昔のエラの恋人の話を持ち出してエラを困らせたり、キャンプ場でかっての家族写真をスライド上映して過去を慈しむ。子供連れの女性の教え子に遭ったり、若い男二人の路上強盗をライフルで追っ払ったり、エラを置き忘れたりして着いたヘミングウェイの家。(どうやら実際のヘミングウェイの家でロケをしたようだ)

 静かに観賞できると思っていたがなんと結婚式で騒々しい。エラは辟易するが急に容体に変化が起きる。こんなときジョンがいない。ジョンは結婚式で踊っていた。周囲の人の機転で病院へ。

 ようやく病院に着いたジョンに医師たちは言う「生きているのが不思議なくらいがんが進行している」そんな医師の言葉も意に介さない二人は病院を脱出する。懐かしのわが「レジャー・シーカー」。

 いつものようにスライド上映。エラはエンジンをかけ排気ガスを車内に取り入れる準備をしてキャンピング・カーのベッドに横たわり、ジョンの胸に手を重ねて若き日のポーズを思い描きながら文字通りロング、ロングバケーションへと旅立った。エラは俗に言う心中と思っていない。永遠の愛の帰結と思っている。
  
  
  
  
 並んだ二人の棺に重なるようにカントリー・ミュージックの「Me and Bobby McGee」が流れる。アメリカ映画のこういうロード・ムービーのBGMは定番のようにカントリーだ。

 歌っているのはジャニス・ジョンブリン。ジョンブリンは、1943年1月19日テキサス州ポートアーサーで生まれる。1960年代後半ロックシンガーとして活躍。麻薬常習の悪癖があって1970年1月4日ロサンゼルス、ハリウッドのランドマーク・モーター・ホテル、105号室、ベッド横の床に倒れ死亡しているのが発見された。27歳だった。

 ジョプリンの死後制作された1971年1月発表のアルバム『パール』は、彼女の短いキャリアにおける最高の売り上げを記録した。このアルバムからは、クリス・クリストファーソンのカバー曲「ミー・アンド・ボビー・マギー(Me and Bobby McGee)」がビルボードのチャート1位を記録とある。というわけで、その曲をどうぞ!カントリーがお好きでなくても、なぜか味があるのではないでしょうか。2017年制作 劇場公開2018年1月
Janis Joplin- Me and Bobby McGee

監督
パオロ・ヴィルズイ1964年3月イタリア、トスカーナ生まれ。

キャスト
ヘレン・ミレン1945年7月イギリス、ロンドン生まれ。2006年「クイーン」でアカデミー主演女優賞受賞。
ドナルド・サザーランド1935年7月カナダ、ニューブランズウィック州セントジョン生まれ。
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映画「ハッピーエンド」イザベル:ユペールが出ているので観たが群像劇だった。13歳の少女が主役かな!

2018-08-09 16:16:27 | 映画

           
 オープニングは非常に風変わりな映像から始まる。スマホで遠くから撮った映像で、一人の女性が浴室で就寝前の歯磨きなどを行っている。その映像にキャプションが入る。

 「うがいをする」その音「吐く」「髪をとかす」「ブラッシング」「クリームを塗る」「肌のチェック」「おしっこ」おしっこの音 「水を流す」大きな音 「浴室を出る」「消灯」。

 次が自分の飼っているハムスターの映像。ゲージ入れたハムスターは元気に動き回っている。「これ私のハムスター。飼って1年半。さっき餌に薬を入れた。ママのうつ病の薬。どうなるかな。ママはマジでウザい。泣き言ばかり。みんなもうんざり。パパは何年も前に出てった。24時間愚痴ってばかり、だから今は私にブチまける。(ハムスターが動かなくなった。小さなスコップでつつくが死んでいるようだ)一丁上がり、これが効くかも」

 別の部屋の映像。「人を静かにさせるって簡単。これから救急車を呼ぶ。これでデカい口は叩けなくなった」この映像を撮っていたのはエヴ(ファンティーヌ・アルデュアン)で、まず母親を撮り、ハムスターで薬の効き具合を確かめ、実際に母親に大量の抗うつ薬を飲ませた。病院の処置室に横たわる母親の足をガラス越しに眺めるエヴ。母親の薬のことを尋ねられても知らないという。この可愛い顔のエヴの心の闇は誰も知らない。

 エヴの実の父親はトマ・ロラン(マチュー・カソヴィッツ)で、外科医。ロラン家の広大な屋敷に三家族が同居している。ロラン家は建築業で財をなし創業者のジョルジュ・ロラン(ジャン=ルイ・トランティニャン)と会社を切り盛りしている娘のアンヌ・ロラン(イザベル・ユペール)とその息子のピエール・ロラン(フランツ・ロゴフスキ)それに息子のトマ・ロランと妻のアナイス(ローラ・ファーリンデン)と赤ん坊のポール。

 この家族には独特の雰囲気がある。笑顔のない家族でアンヌに至っては、夕食の席で息子ピエールがワインの注いでいるとき、アルコールを控えるように小言を言う。一人前の大人のピエールが口答えをする。

 それを見ていたジョルジュが「親子げんかは食後にやってもらうとありがたい」とすげない。ダイニング・ルームには美術品の大きな絵画が飾ってあり、骨董品もところどころに見える。

 そんな家族のもとにエヴがやってくる。トマに「パパ」とエヴが言うが、暖かいハグはない。やっとトマの妻アナイスが抱きしめる。

 よく見られる三代目の不甲斐なさ。ジョルジュ、アンヌ、ピエールと引き継ぐはずがピエールにやる気がない。ジョルジュの車いす生活を目の当たりにしながら甘えるにもほどがある。そんな訳でアンヌがピエールの専務の役を解任する手続きを進める。

 エヴは父親トマのパソコンから卑猥な言葉のチャットで秘密を知った。ジョルジュおじいちゃんの85歳の誕生パーティでコントラバスを演奏した彼女じゃないだろうか。エヴは、その様子からアナイスと別れてその女と結婚して私は施設に入れられのかもしれない。それが嫌で持っていたママの薬を飲んで自殺未遂を起こした。

 そんなある日、「I Love Japan」と胸に書いた黒いTシャツでジョルジュおじいちゃんの部屋に行った。おじいちゃんは秘密を打ち明けてくれた。会ったことがない祖母の話だ。
 「ベッドに寝たきりで、口もきけない。私が介護した。会社をお前の伯母に譲り世話をした。そして不快でバカげた苦悩に3年間苦しんだのち、結局私は妻の首を絞めた。正しい選択だった。後悔したことはない。一度もない。これを話したかった」

 ちょっとホットした気分になったエヴは話し出した。「クラスの友達を毒殺しようとした。毒殺とはいえないけど、パパが出てった後、ママは私を臨海学校へ行かせた。精神安定剤をくれた。日に半錠飲むこと。イヤだった。嫌いな子がいた。毎日、彼女の食事に薬を……どんどんおとなしくなるの。ある日卒倒したので、医者が調べて原因がバレた。そこを追い出されただけだった。でも、後悔してる」

 秘密を共有した二人は、アンヌの婚約発表パーティでも並んで座った。海浜に面した壁も柱もドアもテーブルも椅子も真っ白な会場には、小ざっぱりとした人たちで一杯だった。突然、解任されたピエールが現れた。しかもみすぼらしい服装の数人のナイジェリア人を伴って。真っ白なシーツに黒いしみが浮かんだような違和感の世界。

 そのドサクサにまぎれてジョルジュはエヴに車いすを押させて外に出た。コンクリートの道は波打ち際へと続いている。傾斜を下り波打ち際に着いた。「もっと前へ」とジョルジュ。エヴは逡巡する。気配を察知したジョルジュは、「戻りなさい」。

 エヴはゆっくりと戻り始める。ジョルジュは車いすを海に突っ込んだ。波は胸まで届く。死を覚悟したジョルジュ。最愛の妻をなくし車いすのさびしい人生。もともと自殺願望を持っていた。今がチャンス。

 戻って行くエヴが振り返った。おじいちゃんが波に揺られている。スマホを取り出していつもする動画を撮る。どんなキャプションにしようかなと考えているんだろうか。「パパ」という大きな声。トマとアンヌが必死で波打ち際に走って行く。ここで映画は終わる。

 「ハッピーエンド」? 実に皮肉なタイトルだ。ヨーロッパは今移民問題で揺れていて、映画でもアンヌの婚約発表パーティにナイジェリア人を登場させたのも皮肉と言える。汚れのない真っ白な部屋で豪華な食事をたのしむ白い肌のフランス人、黒い肌に粗末な衣類をまとったナイジェリア人。

 「あなたはこれを見てどう思いますか」と問われているようだ。あなたはたまたま白い肌のフランス人に生まれただけ、彼もたまたま黒い肌のアルジェリア人に生まれただけ、どこに違いがある? 

 も一つ、エヴがスマホで動画を撮るがそのSNSについてミヒャエル・ハネケ監督の言葉がある。「そうですね。たとえばカフェに行って周りの家族やカップルを観察してご覧なさい。彼らは大抵、みんながそれぞれスマートフォンを見ていて、たいして会話もしていないでしょう(笑)。ソーシャルネットワークの発展は、ここ十数年でわたしたちのあり方を大きく変えたと思います。このわたしにしても、スマートフォンなしではもう生きていけない。それは便利で素晴らしい一方、大いなる危険がある。人とのダイレクトなコンタクトを失い、完璧に自閉症的になる。そういう自閉症的な社会を描くことに興味があったのです。もうひとつ言えることは、いまやどこにいてもみんなインターネットで何でも世の中のことを知ることができる。情報の洪水です。でもそれらは表面的なものだけで、実際に体験したことではない。それはリアリティとはまったく関係がない。結局我々は何も知らない、見ていないのと同じです。でもそれが現代に生きる我々の運命でもあると思います」そういうことでエヴの存在も納得というわけ。2017年制作 劇場公開2018年3月
  
  
  
  
  
監督
ミヒャエル・ハネケ1942年3月ドイツ、ミュンヘン生まれ。2001年「ピアニスト」でカンヌ国際映画祭グランプリ受賞。2009年「白いリボン」、2012年「愛、アムール」でカンヌ国際映画祭パルム・ドール賞受賞。

キャスト
イザベル・ユペール1953年3月フランス、パリ生まれ。
ジャン=ルイ・トランティニャン1930年12月フランス、ヴォクリューズ生まれ。
マチュー・カソヴィッツ1967年フランス、パリ生まれ。
ファンティーヌ・アルデュアン2005年1月ベルギー、ムスクロン生まれ。
フランツ・ロゴフスキ1986年2月ドイツ生まれ。
ローラ・ファーリンデン出自未詳。
トビー・ジョーンズ1967年9月イギリス、ロンドン生まれ。
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映画「マーシャル 法廷を変えた男」黒人のために立ち上がった弁護士のお話

2018-07-21 16:19:48 | 映画

      
 連邦最高裁判事にまで上りつめた実在の黒人サーグッド・マーシャルの若き日のエピソード。1940年、ニューヨークにある全米黒人地位向上協会(NAACP)に出張から帰って来たサーグッド・マーシャル(チャドウィック・ボーズマン)は、早速次の案件を与えられる。

 白人女性が黒人運転手に暴行された「グリニッジの悪夢」として新聞は大々的に報じている事件だった。紙面には「社交界の淑女エリー・ストルービングは、寝室で残忍にも襲われた。容疑者は“アメリカの息子”の主人公のような男。前歴持ちの無学な黒人使用人」

 我々もこの訴訟に勝てばまた寄付金が入る。1300万人の黒人のために頑張れとコネチカット州ブリッジポートへと送り出される。アメリカは州毎に弁護士資格を与えるのでコネチカット州の弁護士資格者が必要、そのためにサム・フリードマン(ジョシュ・ギャッド)を説き伏せた。

 担当判事はマーシャルに「助手としてならいいが発言は禁じる」保険訴訟が専門であるサムにレイプと殺人未遂事件は荷が重い。経験豊富なマーシャルはサムを助け、サムも徐々に法廷弁護士らしくなっていく。

 容疑者のジョセフ・スペル(スターリング・K・スティーヴンス)と拘置所で面会したマーシャルは念を押す。「絶対に新聞に書かれているようなことはしていないんだな。無実なのに嫌疑をかけられた人を弁護するのがNAACPの趣旨なんだ。犯罪者を弁護しない。もう一度聞く。無実なんだな?」スペルは「絶対指一本触れていない」

 裁判に必要な陪審員選びから始まる。法のもと公正な判断が出来るかという点を、検察側弁護側双方が判断する。サムとマーシャルが対立した一人の女性。リッチモンド夫人(アナ・オーライリー)が、被害者のエリー・ストルービング(ケイト・ハドソン)と同じクラブに所属している点だった。

 サムはエリーに好意的な判断をするのではないかと言うが、マーシャルは、君を信頼しているようだし何かが出てくるのではないか。リッチモンド夫人忌避を避け法廷闘争に移る。

 証人喚問はスペルに不利をもたらす。しかし、ある夜、マーシャルは酒場で一人酒を楽しむ。横に立った女性の一言「男は男 女は女」に雷に打たれたように真実が走る。もし、エリー・ストルービングとスペルが合意の行為だったらすべてが納得できる。

 サムとマーシャルは、エリー・ストルービングの証言をことごとく崩していく。そして陪審員の評決を陪審員長のリッチモンド夫人が「無罪」を告げる。聡明なリッチモンド夫人が陪審員をリードし、全員一致の評決だった。経験豊富なマーシャルが、リッチモンド夫人の挙措を見て信じたのが功を奏した。
  
  
  
  
 映画では陪審員の討議の模様がなかったので残念な気がする。黒人が白人女性をレイプしたとされる事件だから多様な意見がある筈。2017年制作この映画、劇場未公開が腑に落ちない。挿入歌「Stand Up for Something」が2017年アカデミー賞歌曲賞にノミネートされている。その曲をどうぞ!

監督
レジナルド・ハドリンアフリカ系アメリカ人で1961年12月イリノイ州センターヴィル生まれ。

キャスト
チャドウィック・ボーズマン1977年11月サウスカロライナ州生まれ。
ジョシュ・ギャッド1981年2月フロリダ州生まれ。
ケイト・ハドソン1979年4月カリフォルニア州ロサンジェルス生まれ。
スターリング・K・ブラウンミズーリ州セントルイス生まれ。
ダン・スティーブンス1982年10月イギリス、イングランド、サリー州生まれ。
アナ・オーライリー1984年9月カリフォルニア州生まれ。
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映画「デトロイト」無許可の深夜酒場摘発に端を発した暴動と警察官の殺人を描く

2018-07-18 13:35:28 | 映画

     
 「エコノミー・プリンティング」という無許可の深夜酒場に、デトロイト警察は内部の手引きもあり夜間の検挙に踏み切った。そこにいた客も含めて裏口から護送車に乗せる手筈が、裏口の頑丈な鍵が壊れない。やむなく表に出さざるを得なくなった。衆目にさらされ黒人たちが警官たちに迫る。何とか黒人の妨害から逃れ、警官たちは去って行った。

 ところが取り残された群衆の一人が商店の窓を石で叩き破り商品を略奪し始めた。堰を切ったようになだれ込む黒人たち。火炎瓶をそこら中に投げ込む群衆。

 1967年7月23日、日曜日現在掠奪者200人以上とラジオは伝える。警察、消防に加え州兵まで動員される。非常事態。1964年7月2日成立の公民権法で法的には人種差別がなくなったが、逆恨みの白人警官の暴力化を助長したのかもしれない。

 暴動のさ中にあっても街の劇場では、歌のオーディションが行われていた。出番を待つラリー(アルジー・スミス)のグループ「ザ・ドラマティックス」は、地元デトロイト発祥のレコードレーベル「モータウン」を目指し意欲的だ。女性三人組の歌唱が終わりいよいよという時になって耳打ちされた司会者の無情な言葉がアナウンスされる。「皆さん、暴動が起こっていますから速やかにお帰りください」

 仕方なくラリーたちはアルジェ・モーテルに部屋を確保した。ここで起こった「アルジェ・モーテル事件」が再現される。

 「アルジェ・モーテルは、暴動の場所から約1.6km東に位置し、そこで暴動鎮静のため構成されたデトロイト市警察、ミシガン州警察、ミシガン陸軍州兵による民間人への暴行及び殺人が行われ3人の黒人男性が死亡した。
 この事件はアルジェ・モーテルの近くのホテルに狙撃手、銃を持った犯罪者またそのグループがいるとの報告が受けた後に始まり、死亡した一人は容疑者とされ、残る二人は警察による正当防衛によって死亡したとされた。
 暴行、第一級殺人、共謀、職権乱用の罪で3人のデトロイト市警察の警察官と暴行、共謀の罪で民間の警備員が起訴されたが、全員無罪判決が下された」とウィキペディアにある。

 映画では白人の女の子二人と黒人の男数人が部屋でたむろし、その中の一人がおもちゃのピストルを遠くの警官たちに向かって発砲した。弾は出ないが音がする。パンパンという音は、警官たちに狙撃者がいることを窺わせ緊張が走る。これは全く不用意なことだった。

 そしてアルジェ・モーテルに踏み込んできたのが典型的な差別主義者のクラウス(ウィル・ポールター)をチーフに三人の警官だった。突入した時、逃げ出した男(実はおもちゃの銃を撃った男)を射殺、死体の横にクラウスが持っているナイフを置いた。発砲禁止の命令ががあったため正当防衛を主張したいらしい。

 このクラウスは、暴動地区を巡回中にも商品を盗んだ男を射殺している。上司から調書に「殺人」と書きこまれる。クラウスは、うなずいただけ。

 壁に両手をあげて全員が並ばされた。ラリーも白人の女の子も含まれている。「銃はどこだ?」この尋問が長時間続く。拷問に近い尋問には、俳優たちのリアルな演技が緊張感を伴う。クラウス役のウィル・ポールターも夏の暑い熱気をはらむような演技が光った。本人が語るが、共演の俳優たちの素晴らしい演技に触発されたという。

 人種差別をテーマにした本作ではあるが、白人専用のトイレや列車、バスがなくなっただけで、今でも差別意識が熾き火のようにチラチラと燃えているように思える。商店を襲撃したり不用意な発砲も描かれるが、現実に起こる暴動も商店や車への放火が後を絶たない。

 つい先日もサッカー・ワールドカップ・ロシア大会で優勝したフランスで、祝賀パレードのあと警察に解散をうながされ、一部のサポーターが怒り商店を襲撃したニュースがあったが、怒りの発散を別のものに変えないと社会が受け入れてくれないだろう。「貧しくても心は豊か」とならないものか。

 女性監督のキャスリン・ビグローについてウィル・ポールターは、冷静で動じないから安心できるという。男勝りの監督と言っていいのかもしれない。上映時間142分、眠くならずに観終わった。2017年制作 劇場公開2018年1月
  
  
  
監督
キャスリン・ビグロー1951年11月カリフォルニア州サンカルロス生まれ。2009年「ハート・ロッカー」でアカデミー賞監督賞受賞。

キャスト
ウィル・ポールター1993年1月イギリス、イングランド生まれ。
ジョン・ボイエガ1992年3月イギリス、ロンドン生まれ。
アルジー・スミス出自未詳
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映画「永遠のジャンゴ」ナチスに迫害されたジプシー出身の天才ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトを描く

2018-07-15 15:53:38 | 映画

           
 この映画を観るまでジャンゴ・ラインハルトを知らなかった。ウィキペディアから一部を引用してみよう「ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt, 1910年1月23日 - 1953年5月16日)は、ベルギー生まれのジャズ・ミュージシャン、ギタリスト。ジャンゴ・レナルトとも表記される。
 
 ロマ音楽とスウィング・ジャズを融合させたジプシー・スウィング(マヌーシュ・スウィング)の創始者として知られる。また、しばしば「ヨーロッパ初の偉大なジャズ・ミュージシャン」とも評される短い生涯の中で後世のミュージシャンに多大な影響を与える多くの傑作を発表した」とある。

 1943年第二次大戦中、ナチスの占領下にあったフランス。ジャンゴ(レダ・カテブ)は、満員の聴衆の前でギターを搔き鳴らし、そのリズムで観客を魅了ついには踊りはじめる人々もあった。聴衆の中にはナチスの軍人も多く見られた。

 やがてナチスは、ジプシーを迫害し始めた。そのくせドイツ人のパーティで演奏しろという。嫌々ながら演奏をして、その隙にスイスへの亡命を画策する。ドイツ兵に追われながらも生きのびたジャンゴ。

 1945年・パリ、荘厳な「レクイエム」が流れる。ジャンゴやジャンゴの母、親類縁者も生きている喜びをかみしめる。

 「迫害を受けたジプシーに捧げたレクイエムは、パリ解放後に国立盲学校で一度だけ演奏されている。現在は譜面の一部しか残されていない」という字幕が出る。
  
  
  
  
 ジャンゴは、ヴァイオリニスト、ステファン・グラッペリと「フランス・ホット・クラブ五重奏団」を結成して演奏活動もした。YouTubeには、「After You've Gone」「Stardust」や大ヒットしたと言われる「Nuages」などたくさんアップ・ロードしてある。その中から「Jattendrai Swing」をどうぞ!2017年制作 劇場公開2017年11月
  Django Reinhardt & Stéphane Grappelli - Jattendrai Swing 1939 - LIVE!

監督
エチェンヌ・コマール出自未詳 2010年「神々の男たち」や2012年「大統領の料理人」などで脚本を担当、本作が初監督作品。

キャスト
レダ・カテブ1977年7月フランス、パリ生まれ。
セシル・ドゥ・フランス1975年ベルギー生まれ。
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映画「15時17分、パリ行き」アメリカ海兵隊員が遭遇したテロ事件の実話

2018-07-12 16:16:12 | 映画

            
 2015年8月21日乗客554名を乗せたアムステルダム発パリ行きの列車タリス車内で起こった「タリス銃乱射事件」を、クリント・イーストウッドが事件に遭遇した本人たちに自身を演じさせて話題となった作品。

 ヨーロッパ旅行中に事件に遭遇したのは、アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンの幼馴染で海兵隊員たち。この三人の幼少期から描かれ、クライマックスのテロリストとの格闘へと盛り上げていく。だが残念ながら緊迫感に欠けるせいか平板な印象で終わる。

 「これは実話です」とか「実話を元にした物語です」というキャプションがあるが、実話に特化すると、テロリストを取り押さえただけでは料理でいう「コク」が薄められて満足感が得られない。

 実話を元にするとラヴ・ストーリーやテロリストの詳細も加える潤色も出来る。当初は俳優による作品を考えていたが、最終的にクリント・イーストウッドの裁量で本人出演となったいきさつがある。

 イーストウッドが「演技なんて誰でもできる」と言うが、この映画の程度、心に悩みを持っているとか、苦渋の選択、悲しみなどの表現が必要ないレベルならいいかもしれない。この映画はそういう意味では成功している。それにしてもイーストウッド映画は赤字を出さない。
  

  

  

  

  
監督
クリント・イーストウッド1930年5月カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。2004年「ミリオンダラー・ベイビー」でアカデミー賞監督賞受賞。

キャスト
アンソニー・サドラー出自未詳 
アレク・スカラトス出自未詳 
スペンサー・ストーン出自未詳
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映画「彼女が目覚めるその日まで」抗NMDA受容体脳炎と分かるまで

2018-07-09 20:41:15 | 映画

              
 ニューヨーク・ポスト紙の新人スザンナ・キャラハン(クロエ・グレース・モレッツ)は、憧れの職場で一面トップの記事をものにするべく張り切っていた。しかし、突然おかしな症状に気づいた。咳が出て、蛇口から水がポタポタと落ちる空耳の症状。仕事の原稿書きにも影響を与え始めた。

 そんな時、上司のリチャード(タイラー・ペリー)から「下半身事件を起こした上院議員の謝罪インタビュー記事を任せる。いいな?」思わぬ幸運と言ってもいいが、体調は気分を憂鬱にさせる。受診をしても検査では異常がない。

 のたうち回る激しい痙攣に襲われるという症状にどんどん悪化していく。病気の影響で上院議員とのインタビューも失敗に終わり、記者生活にも霧がかかり始める。医師は統合失調症や双曲性障害の疑いを口にし、最終的には精神病とまで言う。これに強く反発した両親。

 医師団の中の女医が引退して教える立場のドクター・ナジャー(ナヴィト・ネガーバン)に診断を依頼する。決め手になったのは、スザンナに時計の図柄を書かせたことだった。ペンで丸く書いて12を頂点に周囲に1から11までを配置するのが普通の書き方。

 スザンナは右側片方だけに数字が配置された。この結果を受けてドクター・ナジャーは「脳の右半球が損傷し炎症を起こしています。脳が壊れて一つの半球が機能しないと視界が偏ります。精神疾患の患者はこうは描きません。統合失調症や双曲性障害ではありません。炎症の原因を見つけねばなりません。頭を開いて脳生検をします」

 晴れて復帰したスザンナは、上司のリチャードから「プライバシーの問題もあるが、君の闘病生活を記事にしてくれないか。精神病と判断されて苦しんでいる人のためにも」スザンナは快諾した。

 これは実話の映画化で、スザンナ本人も映画の日本公開時に来日している。すっきりとした美人だ。そして本人の率直な感想「東京に来るなんて思ってもみなかった」2016年制作 劇場公開2017年12月
  

  

  
監督
ジェラルド・バレット1987年7月アイルランド生まれ。

キャスト
クロエ・グレース・モレッツ1997年2月ジョージア州アトランタ生まれ。
トーマス・マン1991年9月オレゴン州ポートランド生まれ。
リチャード・アーミティッジ1971年8月イギリス、イングランド生まれ。
ジェニー・スレイト1983年3月マサチューセッツ州ミルトン生まれ。
キャリー・アン・モス1967年8月カナダ、バンクーバ生まれ。
ナヴィト・ネガーバン1968年6月イラン生まれ。
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映画「ブルーム・オブ・イェスタデイ」ホローコストという過去が二人に影を落とす

2018-07-06 16:34:13 | 映画

          
 題材も登場人物も風変わりではあるが、アマゾンが運営するIMDb(インターネット・ムービー・データーベース)には「非常にロマンティックなコメディ」とある。

 トト(ラース・ アイディンガー)とザジ(アデル・エネル)、それにバルタザール(ヤン・ヨーゼフ・リーファース)が主な登場人物。三人に共通しているのがホローコスト研究。

 トトは、激しやすい性格の持ち主でアウシュヴィッツ会議の主宰を巡ってバルタザールと大喧嘩をする。さらに妻ハンナ(ハンナー・ヘルシュプルンク)との関係も実に奇妙。外出するハンナに「時間通り帰って来てくれ。愛しているよ」と言って送り出す。これが何を意味するのか徐々に分かってくる。

 ザジは、ユダヤ系のフランス人。研究所には研修生として参加している。

 亡くなったノルクス教授が命じた主宰者バルタザールとトトは犬猿の仲。トトの祖父はナチスの戦犯で多くのユダヤ人を冥土へ送り込んだ。亡きノルクス教授の屋敷にある一枚の写真には、トトの祖父とザジの祖母が写っているのがある。かつては同じ学校の同級生だったが、戦争は二人を引き離し加害者と被害者という立場に追いやった。その末裔のトトとザジ。

 ザジも猪突猛進型の特異な性格、しかも精神を病んでいると公言する。とはいっても明るさもあってときおりユーモアも見せる。ユーモアのかけらもないトトに言わせれば「茶化すな」になる。こんな二人でも喧嘩をしながら親密になって行く。

 その過程でトトの悩みが明らかになる。ナチスの家系がうとましいし、そのせいかインポテンツでもある。妻が外出するのも、トトが性的に妻を満足させられないために一緒に男を見繕っていた。

 レストランでトトに「夢であなたの裸の姿を見ることがある」と言うザジ。それに応えて「君の裸を夢で見ることがある」とトト。もうこうなったらベッド・インしかない。結果は、なんとインポテンツが治ったではないか。トトは妻にだけインポテンツだったのかな。

 もう身も心もザジに向かうトトは、ハンナを捨てる決心をする。ところがバルタザールもザジと肉体関係にあり、こちらも妻と別れると言う。ザジはトトに気持ちが行っていて、バルタザールを突き飛ばして拒否する。

 バルタザールは、トトとザジの仲を裂こうとザジをトトの兄と刑務所で会わせる。その兄は驚くべきことを告げる。まだ子供だったとはいえ、トトがザジの祖母を密告したというもの。

 ザジは怒り心頭、男どもを振り払いフランスに帰る。5年後のニューヨーク。クリスマスの買い物客で賑わうストアで、ばったりとトトとザジが出会う。ひときわキレイになったザジ。可愛いい子供を連れている。「今はナイスバディのインド人女性と住んでいるの」ザジは両刀使いか。何事も驚かされるザジではあるが、失った恋はとてつもなく大きかったとトトの目が語っている。

 「僕はずっと人生を探してきた。やっと見つけたのに何かが足りない。だがそれは何だ? 欲望、切望、渇望こうした気持ちがある限り鼓動は続く。何かを求める者は自我を超えていく、不合理な世界へも」というキャプションがつく。2016年制作 劇場公開2017年9月
  

  

  

  

  


監督
クリス・クラウス1963年ドイツ生まれ。

キャスト
ラース・アイディンガー1976年1月ドイツ生まれ。
アデル・エネル1989年1月フランス、パリ生まれ。
ヤン・ヨーゼフ・リーファース1964年8月ドイツ生まれ。
ハンナー・ヘルッシュプルンク1981年9月ドイツ生まれ。
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映画「ピープル・ライク・アス」嫌いな親父が死んだ。分かったのは腹ちがいの姉がいることだった。

2018-07-02 20:49:00 | 映画

          
 俺はアライド・トレードという会社の敏腕営業マンだ。名前をサム・ハーパー(クルス・パイン)と言う。この会社の業務内容は、物々交換を引き受けている“企業のお助け人”なのだ。型落ち家電、カレンダー、クリスマスの売れ残り、使用期限のあるもの、訳あり商品すべてに需要がある。(廃品回収業を連想するけどな)

 ところが猿も木から落ちるの類で、俺も大きなチョンボをしでかした。エクアドルにトマト・スープ10ケース送るのに列車を使ったのがいけなかった。気温45度にもなるメキシコを通るが、缶詰だから大丈夫と思ったのが間違いだった。

 上司いわく「熱のせいで膨張して破裂した。お陰で車両は血だらけだ。従って食品輸送衛生法を9つも違反した。FTC(連邦取引委員会)にバレたら調べ上げられる。副社長に相談と思ったが、そいつが先手を打ってFTCに連絡すると言って脅してきた。さらに増築費を要求してきた。理由がバカバカしいが、後妻の新しい寝室が欲しいそうだ。なんでも今の 所は前妻の匂いがするとか。香水でもふりかければいいと言いたいが、希望に沿うのが賢明なんだ。な、サム。増築の材料を3日以内に揃えるんだ。でなきゃお前はクビだ」

 なんたる暗転だ。俺の手数料8万4000ドルがパーだ。その上、家に帰ったらハンナ(オリヴィア・ワイルド)が、俺の母リリアン(ミッシェル・ファイファー)からサムが携帯に出ないからこちらに電話をしてきて親父が死んだと言う。一瞬、悲しみも憐れみも感じなかった。アンナに「夕食は何?」と聞いていた。

 エアラインのチェックイン・カウンターで本人確認の提示を求められ家に忘れてきたとウソを言った。とにかく葬式に行きたくないんだよ。父親なのにと思うかもしれないが、俺には楽しい記憶がない。公園に連れて行ってくれるんだが、親父は車の中でテープを聴いているだけ。俺は公園でも一人ぼっちだった。

 そうそう親父なんだけど、名前はジェリー・ハーパー、LAでは名の知れた音楽プロデューサーで1980年代半ばまで活躍、最近は裏方に徹し音楽界に尽くした。享年63歳。これは新聞に載った追悼記事なんだが、外面のいい親父が現れている。葬式に行きたくないと思っていると、どういう訳か運命は行く方向へと流れるんだ。今回も運転席に落ちていた運転免許証をアンナが目ざとく見つけてデンバー経由で行くことになった。やれやれ気が重い。

 葬儀もそのあとの故人を偲ぶ会にも間に合わなかった。母の表情は硬い。爆発寸前か。案の定一発、びんたを食らった。親父の長年の友人で弁護士の男とレストランで会った。旅行用の古びた髭剃りや洗面用具を入れるポーチを差し出しながら「君に渡してくれと親父さんから預かったものなんだ。中身は見ていないから分からない。家はリリアンに、君には膨大なレコードのコレクションだ。なに、売れば相当な金額になる。私が最後の生き残りになったよ。君の親父さんは、いい奴だったよ」それだけ言うと彼は去って行った。

 俺はしばらく汚いポーチを眺めていた。俺にはレコードのコレクションだけか。そしてジッパーを引き開けてみると、メモとともに現金15万ドルが入っていた。メモには「この金額をジョシュ・ディヴィスへ リーガル・アームズ・アパート731号室 彼らの面倒を頼む Jより」とあった。

 俺の頭の中では、この金を渡さないのも選択肢だと考えていた。手数料もパーになったし、その穴埋めに丁度いい。その前にこのジョシュ・ディヴィスと言うやつを確かめてみるのも悪くない。

 早速、親父の真っ赤な大型コンバーティブルで出かけたんだ。そしたら部屋から女性が飛び出してきた。歳の頃30代後半、かなりの美人。親父の愛人かなと思ったよ。彼女の車を追っていくと、なんと断酒会に入って行くではないか。俺も中に入ったよ。フランキーと名乗って、彼女が話しだした。俺の親父ジェリー・ハーパーの新聞記事を読んで最後に「彼は妻と息子を残して先に逝った。つまり 私は存在しない」親父は別腹に子を産ませたらしい。このフランキー(エリザベス・バンクス)が姉になる。

 そいう事情が分かった上でも15万ドルは渡さないと言うと、アンナは俺に愛想を尽かして帰ってしまった。さて、困った。ここからの話は15万ドルをどうするかと言うだけ。

 いろいろと枝葉をつけてあるが、単調で話を引きのばしているだけの印象が強い。劇場未公開の理由かもしれない。私はテレビドラマ「ドクター・ハウス」に出ていたオリヴィア・ワイルドのファンで、この映画を観たのはそれもある。しかし、残念ながら精彩がなかった。出番も中盤以降はほとんどなかったから。「People Like Us」2012年制作 劇場未公開
  

  

  

  
監督
アレックス・カーツマン1973年9月カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。

キャスト
クリス・パイン1980年8月カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。
エリザベス・バンクス1974年2月マサチューセッツ州ピッツフィード生まれ。
オリヴィア・ワイルド1984年3月ニューヨーク州ニューヨーク市生まれ。
ミッシェル・ファイファー1958年4月カリフォルニア州サンタ・アナ生まれ。
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