Wind Socks

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映画「ロープ/戦場の生命線」ロープひとつで戦争の悲惨と国連の無能力を描写する

2019-03-31 13:07:41 | 映画

          
 国際援助組織「国境なき水と衛生管理団」の責任者マンブルゥ(ベニチオ・デル・トロ)と通訳のダミール(フェジャ・ストゥカン)は、多目的車のフロント・バンパーにロープをくくりつけてゆっくりとバックさせる。残念なことにロープが切れる。くくられていた太った男の死体は井戸に逆戻り。

 早くこの死体を処理するためにロープを探さなくてはならない。とは言っても停戦直後のバルカン半島では容易ではない。カラカラに乾ききった大地を、「国境なき水と衛生管理団」のメンバー、マンブルゥ、ビー(ティム・ロビンス)、ソフィー(メラニー・ティエリー)、国連の審査官カティヤ(オルガ・キュリレンコ)、通訳のダミールそれに悪ガキにサッカー・ボールをとられた子供一人が2台に分乗する。

 子供の住んでいた家にサッカー・ボールがあるというし、ロープもあると言うから廃墟となった村に入って行く。ここが家だったと指さす庭には、ロープでつながれた獰猛な犬が吠えている。ソーセージに催眠剤を注入して、犬を眠らせてロープをほどこうとするが犬が眠らない。

 仕方がないからマンブルゥは、ソフィーとともに今にも崩れ落ちそうな子供に家に入って行った。飲みかけのコーヒー・カップや子供の描いた絵が壁に張ってあって、人の住んでいた痕跡が戦禍に追われる寂しさに包まれていた。ふと、ソフィーの立つ背後に人がぶら下がっているが見える。マンブルゥはソフィーに見せないように「俺の目を見ろ!」と言うがソフィーは振り向く。

 驚きのあまり部屋の隅に逃げる。初めて参加しているソフィーにとって貴重であり恐ろしい体験だった。子供の父親だろうか、自殺なのか殺されたのかは分からない。いずれにしても子供は、親を亡くした。子供には親の死を伝えず、そのロープを持って井戸の現場に引き返す。

 途中民兵の道路封鎖で迂回を余儀なくされながら、マンブルゥは井戸に入って死体の引き上げを開始した。ところが動きが急停止した。「どうしたんだ」と叫んでみても返事がない。井戸から出てみると国連軍の指揮官とメンバーたちが話している。

 国連軍の要点は、「ここは危険区域。管轄権が地元になった。死体の移動は違法。移動の許可は裁判官に求めて……。裁判官は地元の有力者から選出する。あなた方に権限はない。住民のために例外を認めろと言うが、それはムリ。和平合意は尊重しなければならない。明快です。死体には触れない」

 こんなやり取りを聞きながら、マンブルゥは車にもたれてあきらめ顔。こういうシーンを何度も見てきたのだろう。融通のきかない規則だけが重要な官僚的な軍隊。こんな軍隊に各国が金を出し、人員を提供している。ホントあほらしい。まるで道を渡るのに信号機のある場所でしか渡ってはいけないという論理に思える。

 この映画のスペインの監督、腹にすえかねるのかエンディング・ロールに世界で一番有名な反戦歌といわれる「花はどこへ行ったWhere have all the flowers gone」をマレーネ・ディートリヒの歌唱で流している。

 私が無声映画時代の有名女優クララ・ボウと聞いてもピンとこないのと同様、マレーネ・ディートリヒと聞いてもピンとこない人も多いことだろう。しかし、この曲は聴いたことがあると思う。思い出して下さい。この曲をどうぞ!
  
 ところで死体のほうは天の恵みというか住民にとっていい結果になった。皮肉な画面と原題の「A Perfect Day」もかなり皮肉ぼいもので溜飲を下げて下さい。
  
  
  
  

 さて、魅力的な女優オルガ・キュリレンコ。東洋的な風貌に少しのお色気もあってなかなかコケティッシュ。
  
2015年制作 劇場公開2018年2月

監督
フェルナンド・レオン・デ・アラノア1968年5月スペイン生まれ。

キャスト
ベニチオ・デル・トロ1967年2月プエルトリコ生まれ。2000年「トラフィック」でアカデミー賞助演男優賞受賞。
ティム・ロビンス1958年10月カリフォルニア生まれ。2003年「ミスティック・リバー」でアカデミー賞助演男優賞受賞。
オルガ・キュリレンコ1978年11月ウクライナ生まれ。
メラニー・ティエリー1981年7月フランス生まれ。
フェジャ・ストゥカン1974年ユーゴスラヴィア生まれ。
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映画「ベロニカとの記憶」歳を重ねるごとに“すまない/I'm sorry”が増えて行く

2019-03-27 16:32:36 | 映画

         
 初恋の人は忘れられないと言われる。再会するチャンスは殆どない。それが一通の法律事務所からの通知で、身の周りに起こるのがロンドン在住のトニー・ウェブスター(ジム・ブロードベント)だった。

 法律事務所が開示した書簡は「親愛なるトニー 添付品をあなたに遺します。エイドリアンの親友に…… 心が痛むかもしれませんが、遠い昔の思い出の品です。お金も少々遺します。奇妙に思うでしょうね。自分でも理由は分かりません。あなたの幸せを祈っています。セーラ・フォードより 
追伸 彼の最後の数ヶ月は幸せなものでした」とあった。

 トニーは、解せない思いだった。添付品を遺すといいながら入っていないし、もっとおかしなのはセーラ・フォードが手紙をくれたことだ。セーラ・フォードは、トニーが学生時代の初恋の人ベロニカの母親なのだ。それがエイドリアンに言及していることも不可解。

 法律事務所に出かけてみたが、添付品が「日記」ということが分かっただけ。しかもその日記は、ベロニカが持っていて渡す気がないらしい。法律事務所は、本人の承諾がいるということで、ベロニカの住所も教えてくれなかった。

 トニーは、王室顧問弁護士の元妻マーガレット(ハリエット・ウォルター)に相談がてら今まで話さなかったことを話すことになった。元夫の初恋の女の話を聞くなんていい気持はしない。「それでセーラーとベロニカのどっちと寝たの?」という嫌味もでる。トニーは、どっちとも寝てないよ。それに娘スージー(ミッシェル・ドッカリー)の出産も間近に控えていた。

 トニーは学生時代の友人コリンとアレックスに会った。話題はベロニカとエイドリアンに移った。ベロニカについては「イカれた女でミステリアス」
エイドリアン・フィンは「自殺した」

 学生時代、転校生のエイドリアン・フィンは、頭脳明晰でハンサムだった。トニーたちは、自分たちの仲間に入れた。エイドリアンにベロニカを紹介したのがトニーだった。

 コリンとアレックスに助けてもらって、ネットでベロニカにたどり着いた。送った手紙の返信が、留守電に入る。「9時にグラグラ橋で」カフェでベロニカは、当初日記といったものを明らかにしなかったが、用事があるからと言って手紙を置いて立ち去った。

 その手紙は、トニーがベロニカとエイドリアンに宛てたものだった。「エイドリアンとベロニカへ よう、ビッチ(この野郎と理解した方がいいかな)僕の手紙にようこそ お似合いの2人に大いなる喜びを 君らが泥沼にハマリ、永遠に傷つきますように。 君らに子供が出来ることを願っている。僕は時間の復讐を信じるよ。だが、君らの股ぐらの産物に、悪意をぶつけるのは間違いだろう。エイドリアン 彼女とヤリたいなら、一度別れてみろ。下着を濡らしてコンドーム持参で乗り込んでくるぜ。僕のときはそうだった。ベロニカは人を操る女だ。彼女の母親にも忠告された。一度母親と話してみろよ。“いい女だぜ” 君らが泥沼にハマリ、永遠に傷つきますように」トニーは冗談で言った部分もあるだろうが、おぞましい手紙に違いない。これが添付品だった。

 トニーがこの手紙を送ったのは、エイドリアンから「ベロニカとつき合い始めた」という断りの手紙に対してだった。

 歳をとった今のベロニカは、階段に座ってトニーから届いた手紙を読み始めた。「私はノスタルジーという病にとりつかれていたのか? 確かに感傷はある。それで思い出した。
学生時代の友人たち
一度だけ踊った女(ベロニカのこと)
藤の花の下で密かに振られた手(ベロニカの母親セーラのこと。セーラは、トニーに色目を使っていた)
エイドリアンの歴史の定義(教師と熱っぽく論戦していた)、私の人生に起きた出来事。

 その幅の狭さ。私は失うことも得ることもせず、傷つくのを避け、それを自己防衛と呼んだ。君と私の人生は、一時期歩みを共にした。今、振り返ると短い間ではあったが、驚くほど心を揺さぶられる。君のその後を知らずにすまなかった。教えてくれていたらと思うが…いや、教えてくれたね」

 初恋の人に再会すれば、間違いなく恋の炎が燃え上がるのは確かなようだ。終盤、映画は意外な事実を告げる。これがミステリーと言われるゆえんで、ベロニカの無表情が理解できる。

 トニーは、ベロニカに「すまない」、元妻に至らなかったことを「すまない」と言い、娘にも迎えが遅くなって「すまない」。人生長生きすると不義理や不都合も重なり、「すまない」が多くなる。 

 が、娘の出産にも立ち会い、娘から感謝され、元妻からは止まっていた時計の代わりに新しい時計を贈られた。そんなことでトニーの日ごろの頑固さや偏屈も改善の兆しも見え始めた。毎朝出会う外国人の郵便配達人にも、以前は無視に近かったがこの頃では「コーヒー飲むかい?」という変わりよう。

 この映画の批評家の評価は、トニーを演じた「ジム・ブロードベントの演技によるところが大きい」が代表的な意見らしい。2017年制作 劇場公開2018年1月
  
  
  

監督
リテーシュ・バトラ1979年6月インド、ムンバイ生まれ。

音楽
マックス・リヒター

原作
ジュリアン・バーンズ「終わりの感覚The Sense of an Ending」

キャスト
ジム・ブロードベント1949年5月イギリス生まれ。2001年「アイリス」でアカデミー賞助演男優賞受賞。
ハリエット・ウォルター1950年9月イギリス生まれ。
ミッシェル・ドッカリー1981年12月イギリス生まれ。
エミリー・モーティマー1971年12月イギリス、ロンドン生まれ。
シャーロット・ランブリング1946年2月イギリス生まれ。2015ねん「さざなみ」でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。
ジョー・アルウィン1991年2月イギリス、ロンドン生まれ。
若き日のトニー ビル・ハウル1989年11月イギリス、イングランド生まれ。
若きにのベロニカ フレイア・メイヴァー1993年8月イギリス、スコットランド、グラスゴー生まれ。
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読書「氷壁」井上靖 上高地が賑わうキッカケになった恋愛小説

2019-03-23 17:21:34 | 読書

          
 1956年(昭和31年)2月24日から1957年8月22日まで朝日新聞に連載され、1957年に新潮社が発刊した「氷壁」。63年も前の時代で当時が色濃く反映されている。地名や言葉遣い、衣類といったもの。

 テレビ放送が1953年2月1日NHKが開始したが、庶民には高根の花。街頭テレビが関の山。普及し始めるのは1959年の現天皇のご成婚からと言える。従ってこの小説にはテレビは一切登場しない。

 「合オーバー」「ハンチングベレー」「数寄屋橋」「アベック」「勘定場」「女給仕」などがあって「合オーバー」は、冬と春の間に着るコート。スプリング・コートとも言っていた。今は着る人はほとんどいない。「ハンチングベレー」はいわゆる「短いつばがついている狩猟用のベレー帽」のことで「鳥打帽」とも言った。「数寄屋橋」は、晴海通りの「数寄屋橋交差点」付近にあった橋。この数寄屋橋が有名になるのは、NHKラジオドラマ「君の名は」によってである。「アベック」→「カップル」「勘定場」→「レジとかキャッシャー」「女給仕」→「ウェイトレス」

 さて、「氷壁」は、1955年に実際に起きた「ナイロンザイル切断事件」に着想を得て、小西乙彦と親友の魚津恭太の二人の登山家に加え、魚津が勤める新東亜商事の東京支社長常盤大作という豪快さと細かい気配りの出来るプロデューサーのような役割を担う男、エンジニアの夫八代教之助とその妻美那子、それに小坂乙彦の妹かおると山小屋関係の数人が登場人物。

 それぞれの繊細な心の動きが見ごとに描出される。特に女性の心理が異彩を放つ。それになんと言っても堂々たる主役は、前穂高岳や奥穂高岳という北アルプスの山岳地帯だ。

 私が奥穂高岳に登ったのは、1985年の夏だった。この小説の評判は知っていて、河童橋から横尾山荘までの途中に徳沢園(小説では徳沢小屋となっている)があって、その前を通るときこの小説の舞台になったのを思い出していたのを記憶している。物語の後半には穂高山荘へ、私たちのたどったルートを小坂の妹かおるもたどることになる。

 正月登山を小坂と魚津は決行した。前穂高岳の東壁を攻めることだった。東壁にもいくつかのコースがあるが、二人が選んだのは北壁からAフェースを経て前穂高岳に登るというものだった。

 トップを魚津が務めて登攀は順調だった。夕刻になり登攀不可能。二人がやっと並んで座れるほどの小さなの割れ目で一夜を明かす。夜明けとともにトップを小坂で登攀開始。

 アクシデントは前穂頂上目前にやって来た。小坂の叫び声で滑落を知った魚津は、ピッケルを岩の割れ目に強く押し付けて落下するザイルの衝撃に備えた。その衝撃が来ることはなかった。ザイルが切れたのだ。

 小坂や魚津が給料をもらって暇を見つけては山に登るだけの山男ではない。色恋の感情も持っている。特に小坂には八代美那子と一度肌を合わせたことがあって、一途に美那子を求めている。しかし、美那子は一時的な感情でそれはすぐに消えたという。しかも山行きの直前、魚津も同席のときの告白だった。若い時はこの女の心理を理解できないだろうが、歳を重ねるごとに分かってくる。

 傷心を背負った小坂の滑落死は、関係する人々にさまざまな影響を与えて行く。これに強くかかわってくるのが常盤大作だった。八代美那子の夫教之助が常盤大作の提言でザイル強度実験を行う。結果はザイルは切れない。これが小坂か、魚津が切った可能性が指摘される。小坂が切ったなら自殺だし、魚津が切ったなら殺人だ。

 窮地に立たされた魚津だが、それらがはっきりするのは雪解けを待たなくてはならない。その間、八代教之助、美那子、小坂の妹かおる、勿論上司の常盤大作とザイル切断事件めぐって接触が多くなる。

 小坂乙彦の遺体は雪解けを待って十数人の山男や徳沢小屋の人たちの助力を得て、現地で警察官立ち合いのもとに荼毘に付された。遺体には切れたザイルがからまり、遺書の類はなかった。問題はザイルが切れたのか、切られたのかだった。八代教之助の会社で若手の研究者が分析したところ「切れた」のがはっきりする。

 そんな中で、微妙に心の変化が起こるのは、魚津であり、美那子であり、かおるだった。魚津が美那子に対してかなり厳しいと言える言葉を投げかけるが、美那子は逆に心の優しさと受け取る。美那子の夫婦生活は、高齢の夫との間に生まれる年齢差の溝を感じ始める。小坂との一夜の契りは、その前兆だったのかもしれない。

 小坂の妹かおるにとって魚津恭太の存在は、生涯を共に過ごしてもいい段階に達していた。当時の女性には珍しく、かおるが魚津に結婚を申し込む展開になる。

 魚津の心は美那子に傾いているが、人妻とは所詮どうすることも出来ない事柄だった。そんなとき、常盤大作の「八代家には近寄るな。今後一切連絡を絶て!」という厳命は魚津をかおるに向かわせることになる。

 魚津は律義な男であるが、男と女の間には顔を合わせて真意を伝えたい思いもある。かおるの意志を受け入れて、ともに山を登る計画を実行に移す前、魚津は美那子に「静謐で荘厳な氷の岸壁をあなたに見せてあげたいという思いは強いが、今後一切連絡はしません。お会いするのはこれが最後です」

 美那子はこれを愛の告白と理解した。魚津の登山計画は、穂高の上高地から登る涸沢(からさわ)の反対、飛騨側の北穂高岳と奥穂高岳の中間の稜線に突き上げる滝谷の岸壁を単独行で行い、涸沢を経て徳沢園で待っているかおると合流するというもの。

 「魚津はこの単独行を考えている間じゅう、きびしい表情をしていた。徳澤園へ降りて、かおるに顔を合わせるときの自分は、現在の自分とはまったく異なった人間になっている筈であった。なぜなら自分は、人間を変えるために、八代美那子への執着を払い落すために、それ以外の何のためでもない、ただそれだけのために、滝谷の大障壁を登るのである。それ以外、魚津は自分から美那子の幻影を払い落す方法を知らなかった」と著者は登山の意味を述べている。

 7月初旬、魚津は新穂高温泉を早朝に出発した。谷をさかのぼって行くに従い、濃い霧を通して落石の音が聞こえる。徐々にその音が近くなってきて、小石が耳をかすめるようになった。魚津は撤退を考えたが、徳沢園で待つかおると会うことが、美那子の幻影を払しょくする唯一の方法なのを確信し登行を続ける。

 徳沢園で待つかおるのもとに、約束の日に魚津は現れなかった。かおるは涸沢小屋に荷揚げをする歩荷(ぼっか)の人について涸沢まで行く決心をする。魚津は涸沢にも姿を見せていない。もう一つの立ち寄り先、穂高岳山荘(本では穂高小屋と書いてあるところだろう)にも姿がなかった。

 室内では男たちがヘッドランプをつけたり、ザイルを巻いたりして出かける準備の最中だった。かおるは不安に襲われた。夜明けの四時、学生が一人帰って来た。その学生がかおるに手帳を差し出した。

 魚津の字だった。「大落石にあって負傷」「大腿部の出血多量、下半身しびれて苦痛なし」最後に「苦痛全くなし、寒気を感ぜず、静かなり、限りなく静かなり」で終わっていた。魚津が死んだ。残された三人、美那子、かおる、常盤。

 著者は記述する。美那子にとって魚津の死は、「彼によって自分の女としての新しい人生が開けようとした。そのためには、何を犠牲にしてもいいとさえ思った。しかし、それもつかの間のことで、魚津の死が一切を変えてしまった。もう自分には何も残っていないのだ」という思いが去来する。

 かおるにとっては「今でも魚津恭太が自分の方へやってきつつあるという気持ちをどうしても消すことは出来なかった。かおるの心は充実していた。静かに、落ち着いて、自分の方へ来ようとしている魚津恭太を見守っているといったようなところがあった」

 常盤大作にとっては「ばかめが!」という言葉。愛情のこもった「ばかめが!」で折に触れて思い出すであろう。

 この本によって上高地が有名になり人々が訪れるようになったという。上高地は何度も行った私の最も好きな場所だ。今は東京方面から車で行った場合は、通年沢渡の駐車場でデポしてバスで上高地に入らなければならない。かつては夏の登山シーズン以外は上高地の駐車場まで行けた。釜トンネルというトンネル内で傾斜のきつい坂を上って行く。夜中に着いて仮眠、早朝の静かな時間を迎える。良き時代が思い出される。

 徳沢園のホームページには、「氷壁の宿 徳沢園」とある。新緑の頃、その徳澤園までの片道2時間を、歩きやすい靴でぶらぶらと歩いてみたい。

 この小説を読んで、ふさわしい音楽は? この曲ではないだろうか。「アンサー・ミー、マイ・ラヴ/Answer Me, My Love」私の大好きな曲の一つ。もともとはドイツで歌詞が書かれた。1954年2月ナット・キング・コールがベスト・セラーを記録。1990年初めにボブ・ディランもコンサートで取り上げたり、2000年にはジョニ・ミッチェルがアルバム「青春の光と影」に挿入のほか多くの歌手に歌われている。では、ナット・キング・コールでどうぞ!

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映画「男と女 モントーク岬で」2017年制作 劇場公開2018年5月

2019-03-20 16:45:56 | 映画

          
 ニューヨークでの出版記念朗読会を終えたドイツ人の作家マックス・ゾーン(ステラン・スカルスガルド)は、偶然にも恩師ウォルター(ニエル・アレストリュフ)と再会する。妻クララ(スザンネ・ウォルフ)を紹介するが、どことなく冷やかな空気が流れる。ウォルターと別れてからクララが「気味の悪い人ね」

 とは言ってもマックスにとっては無視できない人なのだ。アメリカで発売される新刊は、クララの勤めている出版社が担う。夫婦はドイツとニューヨークに別々に暮らしている。理由は定かでない。歩道を歩くマックスの腕に寄りかかりながら「ドイツに飛んでいきたい気持ちになるわ」

 滞在中の秘書のような仕事を受け持つリンジー(イシ・ラボルド)にマックスは言う。
「ウォルターにレベッカの携帯番号を聞いてくれ」
リンジーが「レベッカ?」
「共通の古い友人だ」

 このレベッカ(ニーナ・ホス)こそ過去に熱情を捧げ自分本位の別れ方をした相手だった。レベッカを訪ねたとき、大手法律事務所の企業担当弁護士であることが分かる。白いブラウス、黒いスカートにハイヒール、控えめの化粧に不信のまなざしと圧倒的な存在感は相手をたじろがすには十分だった。

 マックスは密かに畏敬に念を覚えると同時に「なぜ、俺はこんな素敵な女性を無視するかのように別れたんだ」と思ったことだろう。夜半に酔っぱらってレベッカのマンションに押しかけたが、レベッカの友人女性ともども退去を余儀なくされる。そんな週末にレベッカから電話が入る。「週末にモントークに行くから、一緒に行くなら時間に来て!」

 このモントークは、マンハッタンから200キロ離れ、ロングアイランドを車で3時間ほどかかる。レベッカはベンツの小型SUV車のハンドルを握る。ドイツ人だから当然ベンツだろう。間違っても日本車にはならない。モントークの友人所有の別荘に友人はいなかった。二人は海浜のホテルに泊まることになる。

 ドアは別々だが中で部屋の境にドアがあって行ききが出来る。多人数の宿泊に向いている部屋だった。(いきなりWベッドとしないところは、男女の心理を現わしている。そう、なんでも段階を踏まないとね)

 モントーク岬の渚をレベッカと一緒に歩くと、過去の思い出がよみがえる。クララという妻がありながら、心から愛していたのはレベッカだと気づくマックス。その夜、ベッドでガラス張りのシャワー室にいるレベッカを眺める。上気した顔のレベッカがするりとベッドに入ってくる。マックスは思いっきり抱きしめる。(ここで気づいた。マックスの左手首に腕時計が見える。これはないだろう。普通はマックスもシャワーを浴びている筈。これは監督のミスだろうか)

 男というのは情けないことに、レベッカを征服した気になっているようなのだ。こんなことを言う。「クララと別れるから、一緒になってくれ」(これはいくらなんでも子供っぽくないかな。自分の都合ばっかりの男)

 さすがにレベッカは、「同じ弁護士で死んだ恋人がいたの。彼の心の中に入ってしまったから……」断然拒否だ。マックスは淋しくドイツに帰るが、男は昔の恋人とよりを戻したがるが女はその点ハッキリしていて過去にこだわらない。 と私は思う。

 マックス役のステラン・スカルスガルドとレベッカ役のニーナ・ホスのバランスが悪い気がする。ステラン・スカルスガルドは、見た目あまり垢抜けしない。実年齢も66歳。せめて50代の雰囲気のある俳優はいないのかな。

 このDVDには監督の特別映像が入っている。それによると「これは監督の体験から作られていて、クララという妻がありながら昔の恋人に執着するというマックスは愚かな男だ。私も愚かだった。レベッカの方がしっかりと分かりやすい」という。

 それに邦題の「男と女」は不要だろう。「モントーク岬で」がすっきりする。原題も「Return to MONTAUK」だから。
  
  
  

 映画に挿入されているBGMはよかった。ドイツ生まれイギリス育ちに作曲家・ピアニストのマックス・リヒター(Max Richter)で、ポスト・クラシカルの二大巨頭の一人。映画音楽も手掛けている。
マックス・リヒターの「Lullaby From the Westcoast Sleepers」をどうぞ!

監督
フォルカー・シュレンドルフ1939年3月ドイツ、ヴィースバーデン生まれ。1979年カンヌ国際映画祭「ブリキの太鼓」でパルムドール賞受賞。2014年「パリよ、永遠に」でフランスのセザール賞脚本賞受賞。

キャスト
ステラン・スカルスガルド1951年6月スウェーデン生まれ。
ニーナ・ホス1975年7月ドイツ生まれ。
スザンネ・ウォルフ1973年5月ドイツ生まれ。
ニエル・アレストリュフ1949年2月フランス生まれ。
イシ・ラボルド出自未詳
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ドキュメンタリー映画「ロレーナ事件~世界が注目した裁判の行方」

2019-03-17 16:20:43 | 映画

          
 1993年6月23日、ワシントンDCに近いバージニア州マナサス、早朝に病院へ警官の派遣要請の無線が届く。病院には若い男が局部を無くして瀕死の重傷で横たわっていた。その局部の捜索に全力が注がれる。

 男の名前はジョン・ボビット。探し当てた妻のロレーナ・ボビットの「夫の暴力がひどいし、セックスも自分本位で怒りが溜まっていてペニスを切ったのははっきり覚えていない。捨てたのはセブン・イレブンの前あたり」

 探し当てたその一物で手術が成功して元通りに治まる。(実際にペニスをくっつけることが出来るのを知ったのは収穫だった)

 ジョン・ボビットは、妻に対する虐待とレイプで起訴される。ロレーナも傷害罪で起訴。事件の特異性と男の暴力的セックスが話題となり全米の関心の的となる。新聞やテレビのニュース番組に加えバラエティ番組の狂騒は目を覆いたくなるくらいバカバカしい。しかし、それが現代の現実なのだ。

 この種の特異な事件は、日本にもあった。1936年(昭和11年)5月18日に起こった阿部定(あべさだ)事件である。仲居であった阿部定が、愛人の石田吉蔵の首を絞め殺し、ペニスと睾丸を切り取った事件だ。

 逮捕されて語ったのは、「私は彼を非常に愛していたので、彼の全てが欲しかった。私たちは正式な夫婦ではなかったので、石田はほかの女性から抱きしめられることも出来た。彼を殺せばほかのどんな女性も二度と決して彼に触ることが出来ないと思い、彼を殺した。性器の切断は、私は彼の頭か体と一緒にいたかった。いつも彼の傍にいるためにそれを持って行きたかった。私を性的に喜ばせたいというテクニックと奉仕的な石田が好きだった」とウィキペディアにある。

 特徴的なのは、アメリカ版では男の暴力が背景にあり、日本版では幼稚ではあるが純粋な愛の形がある。アメリカ版の「ロレーナ」には事件当時の「配偶者や恋人など親密な関係にある、またはあった者から振るわれる暴力」と言われるDVについて、日常で多く見られるにも拘らずあまり問題にされていなかった点にも焦点を当てていた。

 共通するのは加害者が女性であること。その女性から見えるいわゆるメスの本質ついて分かることだ。セックスは男女の共同作業で、一方だけが満足するのは許されないと肝に銘じた方がいい。

 DV男のジョンだが、仕事は出来ないし、平気でウソをつくクソ野郎だ。そのクソ野郎が無罪、ロレーナも陪審員評決の心神喪失による無罪。ただし、精神病院に45日の入院で経過観察の義務を負わされた。阿部定は、懲役6年の判決だった。

 4話に分かれ4時間になんなんとするドキュメンタリーは、アメリカ男性のDVを告発するという側面もあって、ベネズエラ生まれのロレーナに好意的だった。2019年制作アマゾン・プライム・オリジナル
  
  
  

監督
ジョシュア・ロフェ
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海外テレビドラマ「私立探偵ストライク」2018年放送

2019-03-08 16:38:49 | 海外テレビ・ドラマ

       
 アフガニスタンに駐留する英軍軍用車で移動中、仕掛けられた爆弾によって左足を失ったコーモラン・ストライク(トム・バーク)が、婚約者と大喧嘩をする場面に遭遇したのはロビン・エラコット(ホリディ・グレインジャー)だった。派遣会社からの紹介で来訪したのだった。

 コーモラン・ストライクは、借金漬けの私立探偵だ。面接は簡単なもので、散乱した書類を片付けるのが最初の仕事になった。

 ストライクの弱みは、義足だった。犯人が全力で逃げるのをとらえ切れない。しかし、調査能力は、刑事の経験を生かしてしたたかで確実だった。軍隊で鍛えた頑丈は体に古びたオーバーコートに身を包み、ノーネクタイでラフ。取り立ててハンサムではないが、憎めない髭面の男だ。

 チャーミングなロビンもストライクを友人として好意を持っている。ロビンには、恋人のマット・カンリフ(カー・ローガン)がいる。

 ロビンは大学で心理学を専攻したが、うつ病になって中途退学の過去がある。心理学を専攻したのは、ひとえに事件を捜査するという仕事に就きたかったからだ。従って、たんに受付業務で満足するロビンではなかった。

 派遣の期限切れに直接の雇用をストライクに訴えて快諾を得る。それも「カッコウの呼び声 前篇・中編・後編」の複雑な事件の解決は顧客を呼び込むことになったし、まとまった調査費が入ったためでもある。徐々にロビンの調査能力の高さが見えてくる。

 ドラマは「カイコの紡ぐ嘘 前篇・後編」、「悪しき者たち 前篇・後編」と複雑に絡まった糸のような事件をロビンの活躍もあって解決する。

 ストライクのオーバーコート姿は、トレードマークのようなもので事務所以外では脱ぐことはない。ロビンのファッションは、彼女にマッチしていてコートとボトムの取り合わせやシャツ・スタイルも参考になる。

 しかし、輝いて見えるのは出版社の100周年記念パーティに出席したときの、ドレッシーな二人の装いだ。黒を基調にしたものだが、普段着からの変化に目を引く。

 それにロンドンの街角の風景と郊外の丘陵地帯に見るゆったりとした雰囲気が好ましい。原作は、「ハリー・ポッター・シリーズ」のJ・K・ローリングが男性名のロバート・ガルブレイスというペンネームで書いたものだという。上質なミステリーに仕上がっている。
     
  
  
  

 オープニングに重なるテーマ・ソングは、べス・ロウリーが歌う「I Walk Beside You」。その曲をどうぞ!

監督
マイケル・キーラー出自未詳「カッコウの呼び声」
キーロン・ホークス出自未詳「カイコの紡ぐ嘘」
チャールズ・スターリッジ1951年6月イギリス、ロンドン生まれ。「悪しき者たち」

原作
ロバート・バルブレイスこと、J・K・ローリング1905年7月イギリス生まれ。

キャスト
トム・バーク1981年6月イギリス生まれ。
ホリディ・グレインジャー1988年3月イギリス、マンチェスター生まれ。
カー・ローガン北アイルランド生まれ。
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読書 井上靖著「海峡」愛は与えるもの

2019-03-01 16:25:40 | 読書

         
 青森県下北半島の津軽海峡沿いに走る国道279号線にある風間浦村に下風呂温泉がある。この下風呂温泉のある旅館の一室で、井上靖は「海峡」の最終章を書きあげたと新聞記事にあった。

 その記事で思い出したのが、この半島の突端大間崎のある大間町でキャンプしたことだ。大間町は、正月の初競りで有名なマグロの漁獲地だ。飲食店や旅館の裏側に囲まれた駐車場とトイレのある芝生の園地で、東屋もあり使用料が無料というここでのキャンプだった。

 この東屋で、車で寝泊まりのご夫婦やバイクで旅する若い人たちとの楽しい交流が思い出された。井上靖はどんな描写をするんだろうということで「海峡」を読むことにした。一言で言うと、誰も成就しない片思いの恋愛小説といえる。時代背景は、1957年(昭和32年)から1958年(昭和33年)。

 図書館で借りたとき、黄色く変色した角川文庫を見て、係の人が「年代物ですな」と笑っていた。文体もやや古臭く感じるものの人間の感情には古臭さも新しさも関係なく、瑞々しい純粋な愛の遍歴は変わることはない。

 服飾雑誌「春と秋」の編集長は松村である。その下に男の新入社員杉原、女の新入社員梶原宏子がいる。社屋は有楽町にある戦災で焼け残ったKSビルの3階3部屋と応接室を借りている。3部屋は壁を取り払って広い一部屋に机を並べてある。

 松村編集長は独身で、過去に妻帯したかは不明。土曜日などは、ときおり「飲みに行かんかあ」とか「ナイターに行かんか」などと社員を誘う。そんな編集長になぜか惹かれているのが宏子だった。その宏子に首ったけなのが杉原。口では偉そうに宏子に言うが、杉原なりの愛情表現なのだろう。宏子は友人として受け取っている。

 松村編集長には親友の医師、庄司がいる。病院を経営しているが、庄司本人は渡り鳥の声の録音に夢中になっている。そのために留守がちになり、相談事を庄司の妻由加里が松村に持ちかけてくる。美人の由加里を想う心が切ない松村。所詮庄司の妻なのだ。 が、病院の経営をないがしろにし資金の調達も妻任せの庄司に由加里も呆れている。

 実質的に病院を切り盛りしているのは由加里と若い吉田医師だ。やがて転機が訪れる。松村は、一通の密告とも言える手紙を盾に吉田に退職を迫った。それは吉田が由加里夫人に特殊な感情を持っているというものだった。しかし、「松村さんも由加里夫人に特殊な感情を持っているでしょう?」と吉田に図星をさされ退職勧告が消えた。

 しばらくののち吉田が病院を退職することと由加里夫人に心情を伝えたあと交通事故で死んでしまった。それにショックを受けた由加里夫人は寝込んでしまった。人に愛された初めての経験だと松村に言う。聞いた松村はぷっつりと糸を切られたようで心が沈んだ。

 松村は酔い潰れたいとも思い杉原と宏子を誘い飲みに出かけた。いつもと違う松村の様子が失恋であることが分かり宏子も失意を感じる。想いを寄せた松村が別の女性に気持を移していたのかと。思わず宏子は「会社を辞める」と言い放つ。それにショックを受けたのが杉原。

 杉原はもう泥酔に近づいている。松村と別れてフラフラと歩き始めた杉原を追う宏子。「春と秋」の社屋に戻った杉原は、宏子が松村に思いを寄せていたのを知り涙を流す。この小説の中で唯一のラブシーンがここだ。そこの文章を要約してみよう。 

 杉原は、ふらついて床に膝をついてしまった。
「お立ちなさいよ」と宏子。
「いや、いいんだ。―――暫くこうして座ってる」
「ばかねえ」
「いや、構わないでくれ。遅くなるから早く帰った方がいい。おれは暫くここにこうしている。小学校の頃、先生から座らされた記憶がある。妙に張り合いがなくて悲しかったな」

 そんなことを言っている杉原を立ち上がらせようとした。空いている方の左手が宏子の肩にかかって来た。宏子はその杉原の腕に力が入るのを感じた。宏子は窮屈な姿勢から、体を自由にしようとした。すると杉原は宏子の体と一緒に立ちあがって来た。宏子は何となく次に来るものを予感して、杉原から体を離そうとした。しかし、その時宏子の上半身は杉原の両腕に羽交い絞めされていた。接吻が交わされた。(せっぷんと言われると年代を感じる)
「怒ってる?」宏子は耳元で、低い杉原の声を聞いた。
「いいえ」というように宏子は首を振った。お別れですものと言おうとしたが、それはやめた。宏子の心には恵みの気持ちがあった。たいして杉原は好きではなかったが、そうしてやらないと義理が悪い気がした。杉原の腕を一本、一本解くと「わたし、帰ります」と宏子は言った。
「帰れる? 階段が暗いよ。そこまで送って行こう」杉原はそこが自分の家ででもあるような言い方をした。

 翌日宏子は出社しなかった。その次の日も。杉原は松村編集長に探りを入れた。病欠の届けが出ているということだった。杉原は、あのキスが災いしたのかと思い悩む。(これはちょっと悩み過ぎな気がする)今度会ったらキスはもちろん手も握らないでおこうと思う杉原。(これも今の人間なら理解できないだろう)

 由加里に失恋した松村、宏子を忘れられない杉原、急に優しくなった由加里を不気味に思う庄司。(由加里が優しくなった理由を松村は知っている。吉田医師の死が契機となって、由加里は夫に愛を求めていたが、愛は与えるものと理解したからだ)あとで合流した松村を含め、三人の男は東京から逃げて3月の下北半島にやってきた。

 そして今、暗い夜空に鳥が北へ飛び立つのを待っている。そのとき松村が「よろしく言ってたよ。君に」と言った。
「えっ?」と、杉原は松村を見た。
「よろしくって僕にですか」
「そうだ」
「だれがですか」
「誰だっていいじゃないか。退社の挨拶をして、それからよろしく伝えて下さいと言ったんだ」

 鳥の鳴き声が聞こえた。「渡っている。アカエリヒレアシシギが渡っている」三人は寒さも忘れて、耳を澄ませていた。

 やっぱり女はリアリストで男はロマンチスト。ちなみに渡り鳥のアカエリヒレアシシギは、体長19cm頸部の羽毛は赤いところから「アカエリ」。体格はメスの方が大きい。産卵を終えたメスはすぐに南への渡りを開始し、抱卵と育雛はオスが行う。
  
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