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小説 囚われた男(13)

2006-11-29 13:59:17 | 小説
 住所を見て驚いた。ほんのこの近くではないか。何たる神の悪戯だろう。改めて怒りがこみ上げてくる。近くにいる加害者は、軽いともいえる罪で、すでに自由の身になっているだろう。
 そして、何処にでもあるような家庭の団欒を楽しんでいるはずだ。親や親類縁者、友人からは、不運に見舞われたんだと慰めの言葉をかけられながら。

 妻子を亡くしたあとの生実は、仕事に身が入らずよく休むようになった。心配した上司が手を回し、厚生課を通じて精神科の医師を紹介してくれた。その上、人事課とも交渉してくれて、休職扱いになっている。
 就業規則による休職の期限がもうすぐやってくる。しゃきっとして会社に戻るか辞表を出すかを迫られる。何者かは分からないが、なぜこの情報をくれたのかという疑問は、すぐに解けそうもない。

 外はもう暗くなって闇に包まれている。そういえば朝からコーヒー一杯きりで、何も食べていなかった。急に空腹感が襲ってきた。Tシャツとジーンズの上に、白のウィンド・ブレーカーを着て、近くにあるイタリア料理店に向かった。
 エントランスから歩道に出ると、九月の少し排気ガスの匂いが混ざった空気が漂っていた。『ジロー』というイタリア料理店は混んでいた。今の時間午後6時過ぎが一番混む時間帯だ。
 少し待たされて一人客のため、カウンターのコーナーの席に案内された。その席からは、店内が見渡せる。「牛肉のタツリアータサラダ添え」「キャベツと生ハムのパスタ」に白ワインをボトルで注文する。銘柄は店に任せる。
               
 また思いに沈んだ。謎の男が知らせてくれたのは、チャンスかもしれない。当時、正義が行われていないと強く感じたものだ。人間三人も殺しておきながらあまりにも理不尽だ。一種の強迫観念に襲われていた。それでもある種の決断をしたとき、口元がほころび微笑を浮かべていた。

 はっとわれに返って視線の先にやや丸顔のボーイッシュな髪形をした女性が、口元にかすかに笑みをたたえてこちらを見つめていた。目があって生実は、いつもの笑顔で挨拶を交わした。女性は少し顔を赤らめて下を向いた。

 ふたたび思考のはざまに捕らわれた。妻とその恋人は、本当に幸せだった。あの二人を見ていると、本当の愛を教えてくれた気がした。おれはいま暴力で愛を確かめようとしている。あの二人は許してはくれないだろう。生きる望みを失ったおれはどう生きればいいのか。

 料理が運ばれてきて、思考が中断された。余計なことを考えずに料理に集中しろ。美味しい料理にうまいワイン、言うことはない。
 先ほどの女性に目をやると、ちょうど料理が運ばれてきたところだった。彼女はあとから入ったのか、気がつかなかった。店は楽しそうな会話で充満していて、幸せな気分にしてくれる。
 勘定を払い女性のほうを見ると、彼女もこちらを見つめていた。その顔に声を出さずに、サヨナラと言った。
 にこりとしたが彼女の目は真剣な光を帯びていた。生実は出口に向かいながら、この店でいつか出会うかもしれないなと考えていた。
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映画 ヴィム・ヴェンダース監督の「アメリカ 家族のいる風景(‘05)」

2006-11-27 09:50:41 | 映画
 往年の西部劇俳優ハワード・スペンス(サム・シェパード)がロケ現場から突然荒野に姿を消す。連れ戻すべく追うのがサター(ティム・ロス)。
               
 ハワードは母(エヴァ・マリー・セイント)の元に身を寄せる。そして母から告げられたのは、モンタナからあなたの子を宿したと電話があったという。それも随分昔に。モンタナ州ビュートで見つけたものは血のつながりだった。
 ドリーン(ジェシカ・ラング)との間に出来た息子アール(ガブリエル・マン)と別の女性との娘スカイ(サラ・ポーリー)だ。
               
左から ガブリエル・マン サラ・ポーリー フェアルーザ・バーク ヴィム・ヴェンダース
 若いとき自由気ままに過ごし、相手が妊娠しようが悲しみにくれようが振り向きもしなかった。そんな男がなぜすべてを捨てて姿を消すのか。落ちぶれた俳優といっても。残るわずかな人生に意味を見つけようとしたのだろうか。あるいは不安がその行動を起こさせたのか。
 ただ一つ言えるのは、心の奥深くで血のつながりを求めているということだ。だから母親の元を真っ先に訪れた。運命は二人の子供にめぐり合わせる。

 サターに見つけられ連れ戻される前に、二人の子供に別れを言う場面は感動的だった。それにしても、この映画の女性たちは精神的に強い。現実社会でも強いのは女なのだろう。そんなことを考えさせられた。

 配役も錚々たるもので、見ごたえは充分だった。タイトルや劇中でのカントリー音楽は、ガブリエル・マン本人が歌っているそうで、監督は吹き替えを考えたが、音楽担当のT・ボーン・バーネットがそのままでいいと言って、結果は上出来だった。

 監督 ヴィム・ヴェンダース1945年8月ドイツ・デュッセルドルフ生れ。
’84「パリ、テキサス」でロードムービーを代表する映像作家として評判になる。

 キャスト サム・シェパード1943年11月イリノイ州フォート・シェリダン生れ。劇作家として出発。‘79年にはピューリッツア賞を受賞。’75年ごろは自分のバンドをもちドラムを叩き、ボブ・ディランのツアーにも参加。‘78「天国の日々」で強い印象を残し、以来俳優として’83「ライトスタッフ」でアカデミー助演男優賞にノミネートされる。「パリ、テキサス」の脚本も書いている。
               
 ジェシカ・ラング1949年4月ミネソタ州クロケット生れ。’82「トッツィー」でアカデミー助演女優賞を受賞。‘94「ブルー・スカイ」でアカデミー主演女優賞を受賞。
               
          ジェシカ・ラングの受賞作「ブルー・スカイ」のポスター
 ティム・ロス1961年5月イギリス・ロンドン生れ。
               
 ガブリエル・マン1972年5月コネチカット州ニューへブン生れ。
 サラ・ポーリー1979年1月カナダ・オンタリオ州トロント生まれ。評判になった’03「死ぬまでしたい10のこと」に主演。
 フェアルーザ・バーク1974年5月カリフォルニア州ポイントレイエス生れ。
 エヴァ・マリー・セイント1924年7月ニュージャージ州ニューアーク生まれ。‘54「波止場」でアカデミー助演女優賞を受賞。
      

 「波止場」でのエヴァ・マリー・セイント 彼女に向き合うのはマーロン・ブランド
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小説 囚われた男(12)

2006-11-25 14:30:40 | 小説
 事故は、十年前の一月二十三日新大橋通りの築地本願寺前で起きた。この日は朝から気温が低く、午後になっても三度ほどで低気圧が関東南岸を通っていた。典型的な雪を降らす気圧配置だった。
 事故の起こった午後4時ごろは、雪がちらついていて、路面は滑りやすくなっていた。スリップした車に正面衝突され妻と子供は死んだ。相手の車は四駆のブロンコ、妻が運転していたのは、トヨタカムリだった。これではひとたまりもない。

 まざまざと思い出すのは、警察で加害者の男の印象だった。アメリカの有名ブランド、エディバウアーのアメリカ・インデアンが着るような模様の入った短いコート、ジーンズにカウボーイがかぶるテンガロン・ハットにカウボーイ・ブーツと粋がっている。
 四駆に乗ってるんだから、当然だろうというような顔をしていやがる。いけ好かない野郎だぜ! 
 そしてガール・フレンドなのだろうか、似合わないのにブロンド色に染めた髪、これもカウガール・ブーツ。
 この二人がいちゃつきながら、ニヤニヤ笑いで何の反省も見せていなかった。本当に腹立たしかった。妻や子供のことを思うと悔しくてたまらなかった。あの男をぶちのめにしてやりたい衝動を必死に抑えた。

 一年半ほど過ぎたころ、千葉と名乗る男が現れた。最初は電話だった。日曜日の午後かかって来た。
「生実清さんかね」と横柄な年配の男の声だった。
「ええ、そうですが」気分を害したので、ぶっきらぼうに返事をする。
「よく聞いてほしい。あなたの奥さんと二人の子供さんの死亡事故の加害者の現在の住所を知りたくないか?」生実は突然のことで考えがまとまらないうちに
「その書類を若い男に、夕方までに届けさせる。背の高い男で、なめた真似をすると怖い男だ。気をつけて、じゃ!」電話は一方的に切れた。

 何のことか分からないと思いながらも、事故以来加害者の住所が知りたいと思っていたことを思い出した。それが何故知らない男から、知らされるのだろうか。落ち着かない気持ちで午後が過ぎていった。
 テレビをつけてすぐに消し新聞や本を見ても集中できない。外にも出られないもどかしさにも我慢しながらいつの間にかソファで眠っていた。

 突然、ブザーの音で目を覚ます。部屋はたそがれ時の薄暗さに包まれていた。時計を見ると午後五時を過ぎていた。インターホーンで「どなた?」と応じると、「使いのものです」という返事。
ドアを開けると、身長百八十センチ、体重百キロはあろうかというがっちりとした若い男が立っていた。黒っぽいスーツを着てネクタイを締めている。
「それじゃ書類をお渡しします。それから、今日のことは記憶から消してください。あなたのためですから」それだけ言うと踵を返して去って行った。
 生実は一言も言えず立ちすくんでいた。畜生、こんなときなんと言えばいいんだ。届けられた書類には、
「東京都中央区新川二丁目ビラ・茅場町十四階建の十四階一四○五号吉岡信二 職業イラストレーター三十歳妻あり、子供なし」とあった。
              
                 新川二丁目遊歩道
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読書 三島由紀夫「仮面の告白」

2006-11-23 10:35:10 | 読書
 この人の文体はやはり他の追随を許さないほど独自の感性を見せる。若い頃「潮騒」を読んだが内容は記憶にない。
               
 川端康成の「眠れる美女」を読んだために、川端と親交の深かった三島由紀夫も読んでみたくなった。辞書を片手に読む必要がある。少なくとも私は。
 それに知能を試されているように思われて居心地が悪い。どう考えても、こういう表現は出来ないのではないかと、考えてしまうのがある。

 例えば“波ははじめ、不安な緑の膨らみの形で沖のほうから海面を滑ってきた。海に突き出た低い岩群は、救いを求める白い手のように飛沫(しぶき)を高く立てて逆らいながらも、その深い充溢感に身を涵(ひた)して、繋縛(けいばく)を離れた浮遊を夢みているようにもみえた。
 しかし膨らみは忽ちそれを置き去りにして同じ速度で汀(なぎさ)へ滑り寄って来るのだった。やがて何ものかがこの緑の母衣(ほろ)のなかで目ざめ・立上がった。
 波はそれにつれて立上がり、波打際に打ち下ろす巨大な海の斧の鋭(と)ぎすまされた刃(やいば)の側面を、残るくまなくわれわれの前に示すのだった。
 この濃紺のギロチンは白い血しぶきを立てて打ち下ろされた。すると砕けた波頭を追ってたぎり落ちる一瞬の波の背が、断末魔の人の瞳が映す至純の青空を、あの此世(このよ)ならぬ青を映すのだった”

 それにもう一つ、一枚の絵に釘付けになり、そこに描かれている非常に美しい青年が裸で幹に縛られているのを見て、男の子なら誰しも通過する大事なことを次のように表現している。
 “その絵を見た刹那、私の全存在は、ある異教徒的な歓喜に押しゆるがされた。私の血液は奔騰(ほんとう)し、私の器官は憤怒(ふんぬ)の色をたたえた。
 この巨大な・張り裂けるばかりになった私の一部は、今までになく激しく私の行使を待って、私の無知をなじり、墳(いきどお)ろしく息づいていた。
 私の手はしらずしらず、誰にも教えられぬ動きをはじめた。私の内部から暗い輝かしいものの足早に攻め昇ってくる気配が感じられた。と思う間に、それはめくるめく酩酊を伴って迸(ほとばし)った。――これが私の最初のejaclatio(ラテン語の射精)であり、また、最初の不手際な・突発的な「悪習」だった”いずれにしても詩的ではある。

 それもその筈、三島由紀夫の年譜を見ると六歳の頃から、詩歌、俳句に興味を持ったとある。十五歳で投稿するようになる。
 それだけでなく、天賦の素質も備わっていたのだろう。たまにこんな本を読むのも悪くない気がする。三島由紀夫二十四歳の自伝的作品。
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小説 囚われた男(11)

2006-11-21 12:47:28 | 小説



 けたたましい電話の呼び出し音でたたき起こされた生実は、くそ! と悪態をつきながらのろのろとキッチンの電話をとった。
 ピーという音だけが返ってきた。またもやくそ! と吐き捨てて、ファックスかとつぶやく。紙はするすると無言でしかも堂々と滑るように出てきた。手にとって見た文面には、簡単に次のように書かれていた。

「午後二時、代々木公園駐車場で待て。
                 千
          読後焼却のこと」

 生実は時間を確かめた。午前十時になっていた。外を見ると今日は薄い曇り空で、雨や雪の降る心配もなさそうだ。こんな日は気分が落ち込む。
 コーヒーの淹れたてを持って、窓辺にたたずんでいると、いつの間にか久美子のことを考えていた。俺は恋をしたのだろうか。それに間違いない。
 久美子の温もりが恋しい。だが恋に血迷っていることは出来ない。この道に入ったときに決めたことだ。掟というものを十全に叩き込まれている。謎の男千葉に囚われてしまった。



 それは、今日のように冬の寒い日だった。当時大手町にある鉄鋼会社の営業部に勤めていた。たまたま、急ぎの書類づくりがあってその仕事に熱中していた。
 目の前の電話が鳴ったのも気づかなかった。隣の席の鶴岡嬢が取ってくれて、険しい顔で手渡してきた。

「こちら築地署交通課の速水ですが、生実清さんですか?」
「ええ、そうですが」
「奥様のお名前をおっしゃってください」
「え、なんですって?」素っ頓狂な声が生実の口から飛び出した。交通課と聞いたときから少なからず動揺していた。
「奥様のお名前です」速水という警官は静かに言った。
「とにかく名前だけ言ってください」
「そうですか。名前は幸子といいます」
「それじゃよく聞いてください。奥様は交通事故に巻き込まれましたから、至急ご主人のあなたに来ていただきたいのです。築地署交通課まで」速水警官はあくまで冷静に対応していた。
               
                   築地警察署
 これがすべての始まりだった。警察は妻が持っていた健康保険証から生実の所在を突き止めたようだ。
 妻幸子と長男五歳、長女三歳は、センター・ラインをはみ出してきた車に正面衝突され即死だった。
 検死解剖のあと身元確認では、あまりの酷さに膝の力が抜けて崩れ折れそうになった。かろうじて、壁に寄りかかって深呼吸をした。
 立ち会っていた警官が「大丈夫ですか」と気遣ってくれた。生実の喪失感はうつろな眼差しが物語っていた。

 その時点で分かったのは、加害者の男は茨城県水海道市の農家の息子で吉岡信二といった。実家は土地持ちで裕福そうだ。
 その後、加害者はすべて保険会社任せで、警察で会ったとき、頭を下げたきり正式な謝罪の言葉やお悔やみに訪れることもなかった。保険会社は規定に則って所定の金額を振り込んできて、もう振り向きもしない。
 結局、運転していた男は、刑事罰の業務上過失致死罪で一年刑務所暮らしと免許取り消しの行政処分だけだった。
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映画 アダム・サンドラー「スパングリッシュ/太陽の国から来たママのこと(‘04)」

2006-11-20 13:55:46 | 映画
 久しぶりに心に暖かいものが残る映画だった。自分のフランス料理店のシェフ、ジョン・クラスキー(アダム・サンドラー)その妻デボラ(ティア・レオーニ)の屋敷にメキシコ人のフロール(バズ・ヴェガ)がハウスキーパーとして雇われる。
               
 この屋敷には、夫婦のほかにデボラの母、娘と息子の二人の子供が住んでいる。フロールには一人娘のクリスティーナがいる。映画はこのメキシコ人母娘の絆をコメディタッチで爽やかに描く。
               
 シェフのモデルは、全米一といわれるトーマス・ケラーだそうだ。ケラーはこの映画のアドバイザーも務めている。
 そのケラーは、ナパ・バレーに完璧だが商売にならないほど小さな店『フレンチ・ランドリー』を開店。NYタイムズが米国一と銘打った店といわれる。
 この店で食事をするのは、予約でいつも一杯至難の業とも言えそうだ。
               
 それよりもなによりも注目したいのが、フロールを演じたスペイン出身のバズ・ヴェガだ。なんとも妖しい魅力を発散させていて、彼女が出ない場面では退屈になってくる。レストランの厨房でのラブシーンには、われを忘れるくらいの気分を味わせてくれる。彼女の唇がセクシーでぞくぞくする。
               
 監督のジェームズ・L・ブルックスもお気に入りの様子で、ラブシーンのセリフでべた褒めしている。
 フロール「思ったことを全部教えて」
 ジョン 「OK、それじゃ言うけど君は女性の象徴、姿が目に入ると思わず見つめてしまう。瞬きする間も惜しいくらいだ。
 それに とにかく君は君だし ごめん 言うけど……君は死ぬほど美人でゴージャスだ!もう言っちゃったし、今度見ると危ない」
 フロール「すぐに見て」情感が高まってキスシーン。

 過去にどんな映画に出ているのかと調べてみると、予想通り妖艶な役どころが多いようだ。スペイン映画を見たことがないが、どうやら彼女の脱ぎっぷりも大胆らしい。作品に恵まれれば人気女優の一角を占めそうな気がする。

 アダム・サンドラーも従来のコメディアンぽいのは影をひそめ、人間性豊かな男を真面目に演じていて好感が持てる。子役たちも実力充分で熱演していた。
 余談になるが、トーマス・ケラー特製のフレンチ・トーストが出てくる。そのレシピは、細かい分量なんかは分からないが、トーストの上にコーンフレークを載せて、中にチョコレートとクリームチーズ、アーモンドそれにバターがたっぷりという代物。
 こんなのは、私の体にはカロリーが多すぎて毒だ。甘党にとっては垂涎の的だろうか。

 監督・脚本ジェームズ・L・ブルックス1940年5月ニュージャージ州生まれ。‘83「愛と追憶の日々」で監督デビュー、おまけにアカデミー監督賞ほか5部門を受賞。
               
 音楽ハンス・ジマー
               
 キャスト アダム・サンドラー1966年9月ニューヨーク・ブルックリン生れ。コメディアン出身。
               
 バズ・ヴェガ1976年1月スペイン・セビリア生れ。
               
 ティア・レオーニ1966年2月ニューヨーク生まれ。
               
 シェルビー・ブルース1992年11月テキサス州ブラウンズヴィル生れ。
               
 サラ・スティール1988年9月ペンシルベニア州ピッツバーグ生れ。この作品に出演するのに、2000人の中から選ばれた。
               
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小説 囚われた男(10)

2006-11-18 11:25:14 | 小説
 生実に視線を貼り付けている久美子を見やった。久美子は首を振りながら
「ううん、いいんです。聞いてみたかっただけ」
しばらく、エンジン音とボートが波を切り裂く音が静寂を破っていた。
「お子さまは、いらっしゃるのですか?」突然久美子の声がする。一瞬の間があって
「いや、実は妻も子供もいません」久美子はなぜかほっとしたような気がした。気詰まりな空気が漂いだしたので
「二人とも交通事故で亡くしました」生実の表情は心ここにあらずという途方にくれた生気のない顔が、薄明かりの照明に映えていた。久美子は何か不穏なものを感じて
「ごめんなさい。おせっかいなことを……」
「いえいえ、いいんです。もう十年も前のことです。実は、妻も久美子さんと同じレズビアンだったのです。ただ、バイセクシュアル、両性愛者といわれていました。
 告白されたのは、子供が生れてからです。最初はショックでしたが、彼女の恋人に会ったり性同一性障害や同性愛者を支援する団体に行ってみたりしているうちにいろんな事が分かってきて、妻の恋人と私の三人で映画や食事を楽しむこともよくありました。知的な会話が上手な相手でした。楽しい思い出です。それに優しい人でした。
 妻と子供が亡くなってしばらくショック状態のとき泊まってくれて、ベッドも私のベッドで抱きかかえるようにしてくれました。
 おまけに、欲求があればいつでも応じてあげる。本来女性にしか許さないことだけど、奥さまとは一心同体の絆なの。だからあなたなら許せるわとまで言っていました。さすがにそれは出来ませんでしたが」生実の頬を一条の涙が流れ消えていった。

 久美子は生実をうしろから抱きしめた。エンジンを減速して、生実は振りむいて抱き返し、唇にキスをした。二人の舌は生き物のようにくねりながら絡まった。
 男とのキスも、とろけるような味わいに驚いて、一層体を生実に押しつけた。ひょっとして、私もバイセクシュアルかもと考えながら。

 キャビンからの階段に足音がして、増美とテルマが現れた。生実と久美子は唇を離していたが、まだ抱き合った格好で立っていた。
 増美は唇を尖らせて不機嫌な顔を向けてきた。テルマは可愛い笑顔で見つめてきた。とうとう増美は私のものよと言いたそうだ。
「テルマ、下に行こうか」と増美が促したが、生実は「いや、ここに居てくれ。私は下に用事があるので、舵輪を持っててほしい。
 それからテルマと増美さんは周囲の船に注意してほしい。何かあったら大声で呼んでくれ。いいね」なんだか命令口調になっちまったなーと思い、久美子と増美との間に緊張感が漂っていたので、いまはまずいのかなとも思うが、分解した拳銃を海に捨てねばならない。クローゼットに急ぐ。

 三人はしばらく黙って立っていたが、「とんだ濡れ場を見ちゃったわね」と増美がからかうように言う。嫉妬でぎらついているようでもない。意外にしらーっとしている。
「私どうかしてたのよ。よく分からないけど、初めて男性に欲望を感じたわ。だからいま戸惑ってるの」
 テルマは目をぐりぐりと回して久美子を見やる。増美は笑顔になっていた。久美子はこの二人はもう出来ていると強く感じた。
「増美、だからといってあなたと縁を切るつもりはないわ。仲のいいお友達でいてくれたらと思うけど」テルマは右手を増美の腰に回していた。
           
              上空からの海ほたる 上方が千葉県
 生実が階段を駆け上がり操舵を交代して海ほたるを左舷に見ながらUターン、夢の島マリーナに向けスピードを上げる。テルマと増美はすでに姿を消していた。
 室内灯を消すと計器の赤や緑の光が、生実と久美子の顔にほのかに投げかけ影を作っている。
 生実は久美子の上唇をそっと吸った。熱い吐息と喘ぎが漏れてきて、久美子の舌がまたもや強烈に踊りだした。その嵐のような口撃から、ようやく解放されて、胸を大きく弾ませながら「どお、これから家に来る?」と口にしてから、しまったと思った。
 自らの生業(なりわい)から自宅を安易に人に知られてはならない。この不文律をうっかり忘れていた。幸いなことに久美子の返事は
「ぜひ、行きたい! でもまだバイセクシュアルになれてなくて決心がつかないわ。ごめんなさい!」
「いや、いいんだ。私の方が性急だった。あなたの立場も考えずに」

 クルーザーがマリーナに戻ったのは、もう午前一時半を過ぎていた。桟橋や建物の外灯が一枚の写真のように、動きのない静けさを伝えている。
 その静けさの中に、一人の男と三人の女がどやどやと踏み込んできた。
生実はタクシーを呼んで女性たちを送り届けるようテルマに依頼する。テルマには、後日チップを大いに奮発することになるだろう。
 久美子が最後に乗り込んで、生実の手を握って名残惜しそうに見つめてきた。奥に座ったテルマと増美はけらけらと笑っている。
生実は、タクシーのテールライトが角を曲がって、夜の闇に消えるまで見つめていた。それから第一駐車場に停めてあったパジェロに乗り込んで、新川町のアパートに向かった。

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映画 デンゼル・ワシントン初監督作品「きみの居る場所/アントワン・フィッシャー(‘02)」

2006-11-17 11:28:47 | 映画
 海軍水兵のアントワン・フィッシャー(デレク・ルーク)は、すぐキレて喧嘩を始める。上官から精神科医に掛かるよう命令される。精神科医ダヴェンポート中佐(デンゼル・ワシントン)の診療を受けて最初口を閉ざしていたが、やがて徐々に話し始める。
                
 そして、治療が終わったとき、中佐は母を捜せと助言する。一言で言えば母を求めてというお涙頂戴劇だが、落ちはそうではなくラストはこんなセリフで締めくくられる。

 “アントワン「気持ちは複雑ですが、会えたから許せた。先生のおかげです」
  中佐   「私の?」
  アントワン「母に会えてよかった」
  中佐   「私もきみに言うべきことがある。ここだけに話だぞ。妻と私は子        供が生れないと分かり妻は悲しみ苦しんだ。妻には心の治療が必要だったので、私の恩師の精神分析医に通わせた。
 だが冷静だったはずの私も妻と同じように心を閉ざしてしまっていた。いつしかそれは私の秘密になった。
 だが、ある日私の前に若い水兵が現れて、その秘密を暴き出してくれた。私はどうしょうもないほど自分を恥じたよ。君のおかげで、私はいい医者になれる。いい夫になる努力もしている。
 私こそ君に礼を言わねば。君はチャンピオン、すべてに打ち勝った。敬意を表する」晴れ晴れとした二人は敬礼をする。

 人は支えあって生きているというメッセージを受け取った気がする。
 監督 デンゼル・ワシントン1954年12月ニューヨーク州マウント・バーノン生れ。’01「トレーニングデイ」で黒人俳優二人目のアカデミー主演男優賞を受賞している。
 キャスト デレク・ルーク1974年4月ニュージャージ州生れ。
                
      デンゼル・ワシントン精神科医で出演。
                
      ジョイ・ブライアント1976年9月ニューヨーク・ブロンクス生れ。
                
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小説 囚われた男(9)

2006-11-15 13:08:47 | 小説
 生実はバーテンダー兼用心棒で大男のジムに勘定を頼み、タクシーの手配も依頼する。
 この店ではというか、こういう状況では男が勘定を持つのがマナーというもの。これをケチっていては絶対もてない。なぜなら、こういう店に来る女性は、目的の半分は男に奢らせることだからだ。あとの半分は当然ながらセックス・パートナーを見つけることだ。

 しかも店の料金制度は、アメリカン・スタイルでチップがいる。だからといって酒や料理が安いわけではない。男が無理してこの店に来るのは、優美で上質の女が手に入るからだ。羽目をはずしてもいいが、限度をわきまえないと二度とこの店のドアを開けることはできない。

 以前、ドイツ人グループに、酔った日本人ビジネスマンが、その席に近づき右手を上げて踵をカチンと鳴らすしぐさで「ハイル、ヒットラー!」といったため、乱闘騒ぎに発展しそうになった。
 大男のジムが仲に入り、日本人ビジネスマンの襟首をつかみ、「二度と来るな!」といって表に放り出したことがあった。
 この店はジムが完璧に支配して平和を保っている。誰もがマナーを守ってさえいれば、ゆったりと楽しいひと時を過ごせるのである。



 タクシーが夢の島マリーナに着いたのは、午後十一時を回っていた。
夜間専用出入口から入り、カード・システム機で出港手続きを済ませクルーザーに向かった。
 この頃になって、女三人は打ち解け始めた。テルマの明るさが一役買っているのかもしれない。クルーザーの船内を案内するにしたがって、ますます女たちの気分が高まってきたようだ。
 生実はエンジンをかけエアコンのスイッチを入れた。しばらくするとキャビンの気温が上がってきた。まずはビールで乾杯。何のために乾杯するのか誰も何も言わない。通過儀礼にすぎない。
 生実はスイッチで抜錨、船首を海ほたるに向けスピードを上げる。首都高湾岸線の下をくぐり東京湾に出る。
                
 波は穏やかなうねりで船酔いの心配もない。空気は澄んでいて遠くまで見渡せる。京葉、京浜そして都心の眩いばかりの光の乱舞は、どこかの舞台を見ているように気分を浮き立たせる。
 しばらく歓声が続いていたが、女性三人は景色の変化が乏しいのでコーヒーを淹れるといって、キャビンに降りていった。

 しばらくして、久美子がコーヒー・カップを両手に戻ってきた。
「コーヒーをどうぞ」といって差し出す。「ありがとう」といってカップを受け取り一口飲む。
「うまい!」
「おじょうずね」久美子の冷ややかな口調。 
「いや、本当だよ。いつも自分で淹れていると、他の人に淹れてもらうと美味しく感じるんだ。特に女性に淹れてもらうとね」
「ところで、生実さん。テルマから私たちのこといろいろお聞きになっていらっしゃるのでしょ?」
「うーん……」
「『バーニー』でテルマと話していらしたじゃない?」
「ああ、そうね、分かった。あなたと増美さんとはレズビアンの関係だということとテルマもそうだということ。
 それから、あなたをダンスに誘ったのもテルマの願いだったということも。もっと言えばテルマも増美さんに思い入れが強いということもね。これなんかも、とっくにお見通しのことだと思うが、余計なことをしたと言われれば謝りますよ」
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映画 ジュリア・ロバーツ、ナタリー・ポートマン「クローサー(‘04)」

2006-11-14 11:38:26 | 映画
 プロ写真家のアンナ(ジュリア・ロバーツ)、作家のダン(ジュード・ロウ)、ストリッパーのアリス(ナタリー・ポートマン)、医師のラリー(クライヴ・オーウェン)。
               
 それぞれの人間を丸裸にひん剥いて、おっぽり出し互いに本音を応酬するというようなものに仕上がっている。
 移ろいやすい愛は、男と女を引き寄せたり放したりしながら、怒りや悲しみを卑猥な言葉でぶつける。主に男が。綺麗ごととして描いていない。

 自分の妻が不倫をした場所にこだわり快感の度合いを確かめたりする。男の自尊心にこだわるおかしさ。それらのセリフは、とてもここに書き連ねることは出来ない。しかし、大多数の男は、そんな局面では同じ言葉を投げつけるだろう。

 セックスシーンの映像はまったくない。むしろセリフのセックスシーンと言ってもいい。
 導入部はしゃれた会話で思わず笑みが洩れるが、次第に人間の醜さにとって変わる。セリフの過激さからか、映倫のR-15、つまり15歳以下の観賞禁止に指定されている。ということで、評価の分かれる映画だろう。
 しかし、ナタリー・ポートマンやクライヴ・オーエンの演技力に高い評価が与えられている。

 監督 マイク・ニコルズ1931年11月ドイツ・ベルリン生れ。舞台出身で‘66「ヴァージニア・ウルフなんか恐くない」でデヴュー、「卒業」でアカデミー監督賞を受賞。
 音楽は、モリッシー正式にはスティーヴン・パトリック・モリッシーというそうだ。1959年5月イギリス・マンチェスター生れ。歌詞が美しくメロディーがやさしい。その一部
 “とても不思議 すべての物事が動いている
 君の言ったように 人生は何事もなく過ぎ去っていく 
 一日…また一日 とても不思議”

 キャスト ジュリア・ロバーツ1967年10月ジョージア州生れ。「エリン・ブロコビッチ」でアカデミー主演女優賞を受賞。
               
 ジュード・ロウ1972年12月ロンドン生まれ。
 ナタリー・ポートマン1981年6月イスラエル生れ。この映画でアカデミー賞助演女優賞にノミネート、ゴールデングローブ賞で助演女優賞を受賞。
               
 クライヴ・オーエン1964年10月イギリス・コヴェントリー生れ。この作品で、アカデミー助演男優賞にノミネート、助演男優賞受賞は、NY批評家協会賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞がある。
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