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映画「喜望峰の風に乗せて」安易に挑戦すると計り知れない落とし穴がある。

2019-07-28 16:30:58 | 映画

             

これは実話の映画化。イギリス人の企業経営者、電気技師、バラ議会議員、アマチュアセーラー、ドナルド・クローハースト(コリン・ファース)は、自らの事業宣伝のために沿岸でヨットを走らせる技量しかないのに単独無寄港世界一周ヨットレース、ゴールデン・グローブ・レース参加を決意する。

 妻クレア(レイチェル・ワイズ)は、夫が直前で断念するものと思っていたが、そうはならなかった。それでも、出発前夜には不安に襲われて逡巡もした。しかし、最短日数で単独無寄港世界一周を達成した者には、5000ポンド(2013年時点で約4000万円)の賞金が与えられる。

 ドナルドにとって喉から手が出るほど欲しい金だった。レースに使うヨット、三胴船(トリマラン、主船体の両脇に2つの副船体を持つ)の建造費は、投資家からの借金で賄い、担保に会社と住居があてられた。このレースで最短日数で終えないと破産が待っていた。

 建造日数も部品調達の遅れなどでスタート期限に間に合わない部分もあったが強引に出帆していった。何事も余裕がないというのは、精神状態に多大の影響を与える。その余裕のなさの一つにドナルドの外洋での未熟な操船技術が、予定の半分以下の距離をうろつくことになる。

 無線でやり取りする位置情報は嘘で塗り固められる。先行する参加者が次々と故障などで脱落する。たった一人残ったドナルド。このまま本土に入港すれば、精査の末、捏造が白日の下にさらされる。前進も留まることもできない窮地に陥る。

 1969年6月29日に無線通信が、7月1日に航海日誌が最後となって、7月10日ドナルドのヨットが無人で発見される。いまだに遺体は発見されていない。

 冷静に真摯に対処していれば、たとえ、最短日数で単独無寄港世界一周を達成しなくても、人気があったドナルドだから生きて帰れば会社と家を失うかもしれないが、再起できたはずだ。平凡だが嘘やごまかしは、絶対やってはならないという教訓なのだ。

 それにしても、コリン・ファースゆらゆら揺れる高いマストに登ったのかな。それはともかく、原題の「The Marcy」には慈悲、情け、(不運の中の)幸運の意があり、最後に自らの命を絶つのを神の恩寵ととらえたのだろう。批評家は好意的で、平均点10点満点中6.2点となっている。2017年制作 劇場公開2019年1月

      
      
      

監督
ジェームズ・マーシュ1963年4月イギリス、イングランド生まれ。

キャスト
コリン・ファース1960年9月イギリス、ハンプシャー州生まれ。2010年「英国王のスピーチ」でアカデミー賞主演男優賞受賞。

レイチェル・ワイズ1971年3月イギリス、ロンドン生まれ。2005年「ナイロビの蜂」でアカデミー賞助演女優賞受賞。

 

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映画「女は二度決断する」どうも武士道を曲解しているように見える

2019-07-24 16:00:07 | 映画

           

 欧米で「サムライ」は人気だそうだ。ドイツ、ハンブルクに住むカティヤ(ダイアン・クルーガー)は、左横腹にサムライのタトゥーの下地を友人に見せて「カッコいい」と言われる。カティヤの体にはそれ以外にもタトゥーがある。

 いわゆる普通の女性ではなさそうだ。それもそのはず、恋人のトルコ人ヌーリ(ヌーマン・アチャル)が出所してくる。そしてすぐに結婚した。

 この映画は、三章から構成される。

 第一章 家族。子供が6歳。その子供をヌーリの仕事場に預け、カティヤは友人に会いに行く。戻ってみるとその仕事場は、爆発で粉々になっていてヌーリと子供が行方不明。狂乱のカティヤ。やがて追い打ちをかけるように二人の死亡を告げられる。

 事件捜査の刑事に協力を求められ、「ネオナチ」の仕業に違いないとカティヤは述べる。ドイツの移民の中で多くを占めるのはトルコ人だ。約300万人と言われる。2017年のドイツの人口は、約82百万人。移民人口12百万人。人口に占める割合約15%。トルコ人は、移民人口の25%を占める。

 ネオナチは、外国人排斥・ホモホビア(同性愛者に対して嫌悪感を抱く)・反共主義が柱となっていてトルコ人移民が標的になった。

 第二章 正義。ネオナチの男と女が逮捕された。それの裁判が始まる。ドイツの裁判制度は、参審制で裁判官三人と市民二人で構成される。その中の裁判長が取り仕切る。被害者もこの輪の中に入るのが珍しい。したがって、カティヤも弁護士の隣に座る。

 裁判長の質問、弁護士の発言、法廷の中央に証人。証人に向かって裁判長の許諾もなくだれかれとなく質問が飛ぶ。アメリカの陪審員制度の丁々発止の検事と弁護士のバトルをする映画と違い面白味があまりない。

 ネオナチの弁護士は有能なのだろう。カティヤの薬物吸引を持ち出して信頼性に穴をあける。しかもギリシャでホテルを経営する男が事件当時自分のホテルに二人は投宿していたと証言する。決定的な証拠がないまま審議され、疑わしきものは罰せずの合理的な疑いという原則通り無罪の判決がなされた。

 第三章 海。カティヤは、判決を聞いて一時は茫然自失となったが、浴室の鏡に映る「サムライ」のタトゥーを眺めているとこれを完成したくなった。彩色すると一段と見栄えがして断固たる決断をうながした。そして、ギリシャに向かう。 

 法廷で証言したギリシャ男のホテルは、海から少し離れた道路わきに建っていた。小さな三階建てで駐車場は雑草で覆われている。(ホテルといっても、日本でいう民宿のようなもの)カティアは駐車場に止めた車から黒い大型のピックアップ・トラックを見張っていると、その男が出てきた。トラックを追尾していった先に法廷にいたネオナチの男と女がいた。キャンピングカーで寝泊まりしているらしい。そして決まったように二人で海辺のジョギングに出かける。

 法廷で検事が述べていた詳細な爆弾の材料をホームセンターで揃えて作りザックに入れた。ジョギングに出かけた二人を確認してザックを車の下に入れた。遠隔操作で爆発させるつもりだった。二人が帰るのを待ちながら思いにふけるカティヤ。爆弾で二人を殺すというのは、彼らが行ったことと同じで卑怯ではないか。

 ならばサムライの自己犠牲にならって自らも運命を共にする。(そのように思ったのではないだろうか)二人はジョギングから帰ってきて車に乗り込んだ。追うようにカティヤもキャンピングカーへ、寸刻ののち爆発炎上した。

 私は実に不満なのだ。ドイツ社会の移民問題を掘り下げていないし、サムライを単なるイメージにしか扱っていない点だ。

 武士道の七つの要素は、もっと厳粛なものだ。情け「仁」、フェアプレイ「義」、思いやり「礼」、本質を見極める「智」、信頼「信」、愛する者への忠誠「忠」、言ったことは命がけで守る「誠」。この監督はこれらのことを理解しているのだろうか。単なるあばずれの復讐劇に映る。

 主役のダイアン・クルーガーが、本作でカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しているが、それほどの演技だったとは思えない。批評家の10点満点中5.7点はまあまあといったところか。2017年制作 劇場公開2018年4月

     

監督
ファティ・アキン1973年8月ドイツ、ハンブルク生まれ。2007年「そして、私たちは会いに帰る」でカンヌ国際映画祭脚本賞受賞。

キャスト
ダイアン・クルーガー1976年7月ドイツ生まれ。

ヌーマン・アチャル1974年10月トルコ生まれ。

 

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映画「ファントム・スレッド」オスカー三度受賞の名優ダニエル・デイ=ルイス最後の出演作

2019-07-21 15:32:44 | 映画

             

 ダニエル・デイ=ルイスは、この映画を最後に引退を表明しているらしい。1950年代のロンドン、オーダーメイド・ドレスの第一人者レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、ヒゲを剃り頭髪を整え、靴を磨きドレスシャツの上にフォーマルスーツをまといボウタイといういで立ちで伯爵夫人を出迎える。(この場面、なぜか「My Foolish Heart」が流れる)今宵のパーティに豪華であでやかなドレスをまとって参加できる伯爵夫人は大満足。

 このオートクチュールの世界に君臨するには並々ならぬ努力が必要で、生活のすべてがドレス中心というかレイノルズの思索が優先されている。大きな物音、ザワザワとした雰囲気を極端に嫌うという職人肌のレイノルズなのだ。

 というのも、朝食の席でも夕食の席でもスケッチブックを持ち込み、アイデアが浮かべばそこにサラサラとデザインされる。問題は、サラサラと描くときレイノルズの頭の中では、いろんなアイデアが錯綜しているはず。その時トーストにバターを塗るカリカリという音やティー・カップに注ぐ音、余計な会話に乱されるとそのアイデアは幻の糸のように霧散してしまう。(題名の「Phantom Thread 幻の糸」というのはこれを指しているのではないかと私は思っている)実に気難しいレイノルズなのである。

レイノルズには、公私とも支えてくれる姉シリル・ウッドコック(レスリー・マンヴィル)がいる。そしてこの姉と弟は未婚者なのだ。レイノルズは、独身主義者だと告白している。さらにレイノルズは、マザコンタイプに見受けられる。

 伯爵夫人を送り出した後、レストランで姉弟だけの食事。レイノルズは「しょっちゅう母の夢を見る」と言って溜息。シリルは、気分転換に別荘へ行けばと言う。それはいいアイデアだとレイノルズ。

 レイノルズは、夜通し車を運転して別荘近くの街にあるヴィクトリア・ホテルへ朝食に向かう。そこで知り合ったのは、ウェイトレスのアルマ・エルソン(ヴィッキー・クリープス)だった。

 アルマ・エルソンの体の採寸は、モデルにぴったり。レイノルズの部屋の隣に住むことになる。気難しい相変わらずのレイノルズ。

 しかし、アルマという女性は、その気難しさを受け入れながら最終的にはレイノルズを支配する。いったいどういう手を使ったのか、それは映画を観るしかない。

 このレイノルズに限らず本当の支配者は女性ではないかと思わせられる。一例として、夫に先立たれた妻がずーと悲嘆にくれるわけもない。人は生まれ落ちた時から死への旅が始まっているのだ。人にはこれが刷り込まれていて覚悟ができている。

 幸いなことに男が先に旅立つ事実だ。夫が懸命に働いて得たものや生命保険金の死亡時給付などもあり住宅ローンも完済となれば、自由な時間と自由にできるお金が魅力的。悲しむどころか人生を謳歌できて笑いが止まらない。最終的に生き残っている妻が実質的な支配者となる。

 では、男はどう生きていたらいいのか。趣味に没頭するとか、女の尻を追いかけるとか、あの世でできないことをこの世でやっておくことだ。そうすれば死んだあとに後悔することもない。こんなことを連想させる映画だった。

 ウィキペディアによると本作は、批評家・観客双方から称賛されている。批評家10点満点中8.5点。観客10点満点中7.7点。2017年制作 劇場公開2018年5月

       
       
       
       

監督
ポール・トーマス・アンダーソン1970年6月カルフォルニア州スタジオシティ生まれ。

キャスト
ダニエル・デイ=ルイス1957年4月イギリス、ロンドン生まれ。1989年「マイ・レフトフット」、2007年「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」、2012年「リンカーン」いずれの作品でもアカデミー賞主演男優賞受賞。本作でアカデミー賞主演男優賞ノミネート。

レスリー・マンヴィル1956年3月イギリス、ブリングトン生まれ。本作でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。

ヴィッキー・クリープス1983年10月ルクセンブルク生まれ。

 

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映画「蜘蛛の巣を払う女」スーパー・ハッカーのアクション・プログラム

2019-07-18 16:01:56 | 映画

            

 スウェーデンの作家スティーブ・ラーソンの代表作「ミレニアム」3部作に引き継がれて、2015年にダヴィド・ラーゲルクランツによる続編「ミレニアム 蜘蛛の巣を払う女」が原案。

 忌まわしく不幸な過去を背負ったリスペット・サランデル(クレア・フォイ)は、天才的なハッカーで身長154cm、体重42kg。ミルトン・セキュリティーのフリーの調査員。情報収集能力に長けており、調査対象の人物の秘密を暴き出す能力がずば抜けて高い。感情表現が乏しい。

 髪を極端に短く刈り、鼻と眉にピアスを付け、左の肩甲骨から腰の当たりにかけてドラゴンを、首には長さ2cmのスズメバチ、左の二の腕と足首の周りに帯状のタトゥーが鮮やかだ。赤毛の髪を黒く染め青白い少年といってもいい容姿をしている。

 人工知能(AI)の世界的研究者フランス・バルデル博士より、アメリカの国家安全保障省(NSA)から核攻撃プログラムを取り戻してほしいとの依頼が舞い込む。

 クレア・フォイがニール・アームストロングの伝記映画「ファースト・マン」の貞淑でありながら芯の強い妻役から180度も転換するボーイッシュな役柄が意外に似合う。

 大型バイクで雪道、凍結湖を猛スピードで駆け抜ける。この手の映画の結末は容易に想像できるので、それまでの過程を楽しめればいい。平均点10点満点中5.2点となっていて、まずまずの評価といったところ。2018年制作 劇場公開2019年1月

          
          
          

監督
フェデ・アルバレス1978年2月ウルグァイ生まれ。

キャスト
クレア・フォイ1984年4月イギリス生まれ。

スヴェリル・グドナソン1978年9月スウェーデン生まれ。

 

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映画「サバービコン仮面を被った街」人種差別とミステリアスな殺人事件

2019-07-18 15:52:59 | 映画

            

 日本でもよく見る新興住宅地。全米各地からやってきた中間所得層、広い庭と瀟洒な建物。この6万人の街は、学校、消防署、警察署、ショッピングモール、病院、教会などがあり騒音と渋滞に無縁な環境なのだ。

 ところが、財務部長をしているガードナー(マット・デイモン)の家に夜、強盗が入った。ガードナー一家は、ガードナー本人、交通事故で車いすの妻ローズと双子のローズの姉マーガレット(ジュリアン・ムーアが二役)、息子ニッキー(ノア・ジュープ)たちが椅子に縛られる。強盗には無縁ではなかった。

 二人組の男たちは、クロロホルムで順に失神させていく。ローズには失神している上になおクロロホルムを大量に吸わせる。(この場面ちょっと変だなと思った)搬送された病院でローズだけが過剰の吸引で死亡した。

 ちょうど同じころ、隣家に引っ越しをしてきた黒人一家に街の白人が嫌がらせをする。憧れの平和な街も、もはや人種差別や犯罪からは無縁でなくなった。これはアメリカ合衆国自身の変わり果てた現実と言っているようなのだ。

 強盗事件の顛末については、ミステリアスで楽しめる。批評家の平均10点満点中4.9点は、あまりよくない。2017年制作 劇場公開2018年5月

        
        

監督
ジョージ・クルーニ1961年5月ケンタッキー州レキシントン生まれ。

脚本
ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、ジョージ・クルーニ、グラント・ヘスロヴ 

キャスト
マット・デイモン1970年10月マサチュウーセッツ州ケンブリッジ生まれ。

ジュリアン・ムーア1960年12月ノース・キャロライナ州生まれ。

ノア・ジュープ2005年2月イギリス生まれ。

 

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映画「未来を乗り換えた男」

2019-07-18 15:47:02 | 映画

              

 ドイツ占領下のフランスと言いながら、走る車や男女が着る衣類は現代。1940年代のお話を現代に持ち込んできたという風変わりな映画。

 ゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)は、友人から頼まれて作家のヴァルデルに手紙を届ける。そのホテルの部屋でヴァルデルは死んでいた。ゲオルクは、ヴァルデルになりすまして港町マルセイユに向かう。そこで謎の女マリー(パウラ・ベーア)に出会い恋に落ちるが。

 ミステリアスに描かれる男女の運命。結構、評価をする人が多いが、私には1940年代の話を現代にというのがよくわからない。2018年制作 劇場公開2019年1月 

          
 

監督
クリスティアン・ペッツオルト1960年9月ドイツ生まれ。

キャスト
フランツ・ロゴフスキ1986年2月ドイツ、フライブルク生まれ。

パウラ・ベーア1995年2月ドイツ、ベルリン生まれ。

 

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映画「ある女流作家の罪と罰 」落日の伝記作家が選んだ道は、有名人の手紙を捏造することだった。

2019-07-15 12:22:22 | 映画

              

 ハリウッド女優キャサリン・ヘップバーンの伝記を書いたことで有名になったリー・イスラエルの実話「Can You Ever Forgive Me?許してくれないの?」をもとに映画化された。

 ニューヨーク1991年午前3時30分、出版社の仕事場。ウィスキーの入ったグラスを片手に執筆するリー・イスラエル(メリッサ・マッカーシー)に「酒を飲みながらの仕事をやめろ!」の声。リーは思わず「黙れクソガキ!」。この一言で失職したリー。

 掃除もろくにしていないハエが飛び交う部屋に帰り着き愛猫に心を慰められる。(この時の背景に流れる音楽は、なぜかジェリ・サザンの歌うI Thought of You Last Night昨夜あなたのことを考えた、なのだ。歌詞の中に、朝まで眠れないとか孤独だとかがあるが。この映画の女性監督の好みかも)

 さて、収入源を失ったリー。書かなければと気持ちが焦るが、タイプライターのキーはいつまでも凍り付いている。リーは部屋の中を眺めた。額に入れたキャサリン・ヘップバーンの直筆の手紙が目に留まった。試しにトゥエルヴツリーズ書店に持ち込んだ。

 「リーへ 今日はスペンスと雑誌の撮影よ。つらい日々だけどあなたの優しさに感謝を あなたのケイトより インクの染みを許して、泣いてばかりなの」
 女性店主は、「素晴らしい。肉筆で感謝の気持ちが素敵。175ドルでいかが?」今のリーにとっては175ドルは、天の恵みに思えた。

 バーのドアは、懐かしの我が家と同じ、いつも待っていてくれる。リーはアルコール依存症気味。カウンターに座ると、ウィスキーのオンザロックを注文する。カウンターの端でビールを飲んでいた前科者でゲイのジャック(リチャード・E・グラント)が声をかけてきた。ある時点までは、この二人はなかなかいいコンビだった。

 転がったほうが歩くより早いんじゃないかと思わせるほど太めのリーと対照的にすらりと細目のジャックである。ちゃんとドレスアップしてレストランに繰り出せば、イギリス訛りのジャックとチャーミングなリーという組み合わせになる。手慣れた手つきでワインのテースティングをしながら、上品にホークで食べ物を口に運び、にこやかに見つめあっている二人を外から見ると、まるでロードアイランドの高級住宅地ハンプトンの住人に見える。決して有名人の手紙を捏造している詐欺師とは思わないだろう。

 マレーネ・ディートリッヒ、ノエル・カワード、ジュディ・ホリディと次々と彼、彼女の日常をタイプしていき、サインは 事前に図書館で本物の手紙を閲覧、文章を書き写してタイプ、サインはそれらしくして再度図書館へ。その時は本物と偽物を入れ替える。テレビの画面を上にして何も映らないザーという砂嵐状態にして本物の上に偽物を重ねてサインをなぞる。これで一丁出来上がり。

 こんなのが長続きするはずもない。ある書店でコレクターからあなたの手紙に本物かどうかの疑いがあると、したがって買い取れないという。それではということで、今度は売り込みにジャックがあたる。このころからFBIは内偵を進めていた。

 ジャックがゲイの相方をリーの部屋に連れ込み、散々散らかし猫まで死んだ。それを見たリーは、怒り心頭バカなゲイ男二人を放り出した。そんな時期に寸暇を置かずFBIは、リーを逮捕した。

 裁判が行われ判決前、女性判事から何か言うことがありますか? それに答えて「私は罪悪感と不安を抱えてきました。何か月も これは大げさです。悪いのは自覚していました。ただ、発覚することが怖かったんです。自分の行いを後悔しているとも言えません」
ここで弁護士が「リー」と諫める。
 それでもリーは続ける。「本当です。いろいろな意味で人生で最良の時期でした。ここ何年かのうちで唯一自分の作品に自信が持てたんです。でも実のところ、私の作品とは言えません。自分の作品で本気で勝負するのなら、私は批判を一身に浴びる覚悟が必要です。そこに飛び込む勇気が私にはなかった。飼い猫を失いました。あの子だけが私のことを愛してくれた。友達も失った。バカな男だけどこんな私に耐えてくれた。一緒だと楽しかった。やっと気づいたんです。私は作家じゃなかった。だから、結局のところ私にはそんな価値などなかったんです。そう思います。法廷の判断を正当なものとして、いかなる処罰も妥当であると受け入れ、完全なる理解の上その刑を全うします」

 そして判決は、「執行猶予5年、自宅軟禁6か月、自宅を離れるのは職場への通勤と奉仕活動と断酒会の参加のみとする。州外へは出ず重罪犯との接触は禁じ被害者への賠償に努める」であった。表向きしおらしさを出したが、リーにとってこの判決は無きに等しい。街角のバーでオンザロックのグラスを片手にジャックを待つ。

 現れたジャックは、見るからにエイズ患者だ。「リー、許さないぞ! 絶対に」けんもほろろに追い出されたのを根に持っている。リーは、二人の関係を主題に小説を書くつもりでジャックの承諾を求めた。最初は渋っていたが、悪く書かないのならOKだと言った。言い終わると「じゃあ」と言って街角に消えた。これがジャックを見た最後になった。そしてリーが書いたのが「Can You Ever Forgive Me?」だった。

 メリッサ・マッカーシー、リチャード・E・グラントこの二人の俳優もよかったし、ジェリ・サザン、フレッド・アステア、ダイナ・ワシントン、ベギー・リー、パティ・ページなどのオールディーズがほんのりとする。批評家の10点満点中、8.3点と評価が高い。この作品は劇場未公開、出演俳優の日本での知名度が影響しているのだろうか。

ぜひ、鑑賞願いたい。2018年制作

      

      

      
                          

ではこの曲、I Thought of You Last Nightをジェリ・サザンで聴いてみましょう。

   

監督
マリエル・ヘラー1979年10月カリフォルニア州生まれ。

キャスト
メリッサ・マッカーシー1970年8月イリノイ州プレインフィールド生まれ。本作で2018年アカデミー賞主演女優賞にノミネート。

リチャード・E・グラント1957年5月スワジランド生まれ。本作でアカデミー賞助演男優賞にノミネート。

 

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映画「ファースト・マン」月面に人類で最初に足跡を残したニール・アームストロング

2019-07-12 18:11:18 | 映画

                

 1967年7月20日、アポロ11号の船長ニール・アームストロングを始め着陸船の操縦士バズ・オルドリン、司令船操縦士のマイケル・コリンズとともに月面に着陸した。最初に月面に降り立ったのはニール・アームストロングだった。
 最初に誰を月面に立たせるかを
NASAの上層部は検討したらしい。狭い船内で各種機器や装置へのダメージを避け自己顕示欲の弱いニール・アームストロングが選ばれた。誰だって月面に歴史的な足跡を残したいはず。おおむね自己顕示欲の強いアメリカ人であっても、謙虚さを身に着けている人物が安定しているとNASAが判断したのが面白い。

 本来ニール・アームストロングに焦点を当てた伝記なら、幼少のころから月面着陸までを網羅的に描くのが多いが、この映画は違う。1962年、ニール・アームストロング(ライアン・ゴズリング)がテストパイロットの時代から始まる。1930年生まれのニールは、32歳だった。妻帯して子供が二人。

 ニール・アームストロングその人は、寡黙の人と言ってもいいかもしれないが、肝心な時に妻ジャネット(クレア・フォイ)の逆鱗に触れる。アポロ11号という宇宙船に乗るというのに、子供たちに何の説明もしないでスーツケースに衣類を詰めていたからだ。未知の世界を目指すというのに他人の心を読めないとは……ジャネットはそう思ったのかもしれない。

 「100%戻ってこれることはないでしょうから、私からは子供たちに話せない。あなたが話すのよ」キッチンのテーブルに家族が揃った。「打ち上げは10日後、宇宙に8日、検疫に1か月だ」とニール。兄のほうが「戻れないかも?」「ああ、そうだな」とニール。食卓を囲んだ家族に得も言われぬ静寂が包む。ジャネットの「もう寝なさい」の言葉に、弟は父親とハグ。兄は右手を出して握手を求めた。中学高学年なのか、もう大人の振る舞い。顔も鋭い眼光で父親を見つめていた。

 ミッションは成功した。それにしても、あの狭いコックピットに詰め込まれて宇宙を目指す。私は棺桶を連想して息苦しくなった。実際のところ、ニールでも心拍数が109まで上がったという。

 帰還して隔離室生活1か月を送っているとき、ジャネットが訪ねる。ガラス越しにジャネットを認めたニールの無表情が意外だった。(実際にこういう風だったんだろうか)お互いにガラスに近づき、ニールは指を唇に充ててジャネットの前のガラスに押し付けた。ジャネットは、ちょっと考えて指を押し付けた。(ジャネットは、一体何を考えていたのだろうか)

 ニールとジャネットは、偉業を成し遂げたというのに、チャラチャラとしたところがなく、至極冷静で思慮深い。この夫があってこの妻があり、この妻があってこの夫があるという非常にバランスのいい夫婦に見えた。批評家の10点満点中8.4点で評価が高い。

 ニール・アームストロングは、2012年8月25日心臓血管手術後の合併症のため82歳で死去。遺体は水葬された。ニール・アームストロングの家族からのコメントの一部「彼のお手本となる技量、功績、そして控えめな態度に敬意を払ってください。それから、次の晴れた夜に外を歩いているとき、月があなたに微笑んでいるのを見たら、ニール・アームストロングのことを想ってください。そして彼にウィンクを」(ウィキペディアより)2018年制作 劇場公開2019年2月

   
   
   

監督
ディミアン・チャゼル1985年1月ロードアイランド州プロヴィデンス生まれ。2014年「セッション」アカデミー賞脚色賞にノミネート、2016年「ラ・ラ・ランド」アカデミー賞監督賞受賞、脚本賞にノミネート。

音楽
ジャスティン・ハーウィッツ1985年2月カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。

キャスト
ライアン・ゴズリング1980年11月カナダ、オンタリオ州ロンドン生まれ。

クレア・フォイ1984年4月イギリス、ストックポート生まれ。

 

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映画「フロントランナー」女性問題で大統領予備選から撤退した上院議員

2019-07-09 16:51:24 | 映画

              

 1988年のアメリカ合衆国大統領選挙の民主党の予備選で起こった実話。それを2018年に映画化する意図は何だろうか。約30年前の話なんだが。

 1988年民主党の予備選候補者は、ブルース・バビット(前アリゾナ州知事)、ジョセフ・バイデン(デラウェア州選出上院議員)、マイケル・デュカキス(マサチューセッツ州知事)、リチャード・ゲッパート(ミズーリ州選出下院議員)、アルバート・ゴア(テネシー州選出上院議員)、ゲイリー・ハート(コロラド州前上院議員)、ジェシー・ジャクソン(市民活動家・黒人)、パトリシア・シューレーダー(コロラド州選出下院議員)、ポール・サイモン(イリノイ州選出上院議員)。

 このうちゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)が問題の人。1987年初めの時点で出馬候補の中では、一歩先行し有力候補(フロントランナー)とみられていた。彼の女性問題を嗅ぎつけたのは、フロリダのマイアミ・ヘラルド紙だった。

 ゲイリー・ハート選挙事務所の選挙参謀ビル(JK・シモンズ)は、「隠れるのはやめよう。コメントが必要だ。単なるゴシップではない。根深いゴシップだ」しかし、ゲイリーは聞く耳を持たなかった。結果は支持率の急落とともに、彼は脱落した。

男の政治家にとってこの女性問題ほど厄介な問題はない。女性の政治家でも異性関係が派手なのもいるはずがあまり報道されない。ちょっとこれが解せない。

 有名なところでは、クリントン元大統領だろう。ホワイトハウスでモニカ・ルインスキーという実習生との関係が発覚した。よりにもよってホワイトハウスということで品位を疑われた。弾劾裁判まで持ち込まれたが、上院で有罪評決に必要な三分の二に達せず罷免を免れた。この大統領、中国に9日間も滞在したこともあって、ハニートラップに引っ掛かり鼻の下を長くしていたのではないかと私は推測する。来年の大統領中間選挙には、妻のヒラリーの名前がないのは落日のクリント家かな。

 ちなみに相手のモニカ・ルインスキーも45歳になり、実業家としてそれなりに幸せそうなのである。大統領を狙うしたたかな女は確かだろう。

 そしてもう一人、現職のトランプ大統領。この人は指摘されると、それはフェイクだと反撃する。それでも支持率40%は下らないから、国民の大多数は女性問題を気にも掛けていなのだろう。こういう現状をこの映画がいさめていると言っていいのかもしれない。評論家からは賛否両論の評価。一見の価値があるのかは疑わしい。2018年制作 劇場公開2019年2月

       

監督
ジェイソン・ライトマン1977年10月カナダ、ケベック州モントリオール生まれ。2009年「マイレージ、マイライフ」でアカデミー賞監督賞と脚色賞にノミネート。

キャスト
ヒュー・ジャックマン1968年10月オーストラリア、シドニー生まれ。

ヴェラ・ファーミガ1973年8月ニュージャージー州クリフトン生まれ。

ケイトリン・デヴァー1996年12月アリゾナ州フェニックス生まれ。

JK・シモンズ1955年1月ミシガン州デトロイト生まれ。

 

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海外テレビドラマ「ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア The Sopranos」マフィアもウツになる

2019-07-06 15:15:32 | 映画

             

 かなり古い作品。1999年から2007年に放送されたHBO(Home Box Office)製作の人気番組。これがアマゾンプライムで観られる。

 ニュージャージーのマフィア、ソプラノ家のトニー・ソプラノ(ジェームズ・ガンドルフィーニ)は、ディメオファミリーの有力者だった父ジョニー・ソプラノの跡を継いでいる。血統と能力に問題はないが、法(RICO法、いわば組織暴力対策法)の圧迫、外部圧力と内部圧力にさらされ原因不明のパニック症候群に悩まされている。これはうつ病なので精神科医に掛かっている。こんな人物設定も珍しい。

 マフィアの話だから暴力はつきもので、殺人も簡単に行われる。それでもこのドラマがエミー賞(映画のアカデミー賞に相当)を96個のノミネート、通算17回受賞した。(ウィキペディアから)それはマフィアを描きながら、トニー・ソプラノ家の家庭や他の家庭のエピソードがちりばめられている点だろう。これは家族の物語と言っていい。

 トニーの家族、妻カーメラ(イーディ・ファルコ)、長女メドウ(ジェイミー・リン・シグラー)、長男AJ(ロバート・アイラー)たち。それにトニーの姉ジャニス(アイダ・タトゥーロ)、トニーの甥クリス(マイケル・インペリオリ)などが絡む。

 トニーは女性関係がルーズ、AJは成績が悪く口答えばかり、ジャニスは頭が良い。妻カーメラはみんなを支える良き妻という存在。姉ジャニスは、トラブルメーカーで頭痛の種。甥のクリスは、血の気が多く先走った行動が多い。シーズンズ6で酒とドラッグでハイになりトニーを乗せて道路わきに転落して重傷を負う。そのクリスの鼻と口を押えて窒息死させるのがトニーだった。このように人間の恥部は留まるところを知らない。それゆえに共感を呼んだに違いない。

 イタリア系の俳優たちを眺めてみると、太っている俳優が多い。本物のマフィアに見えると言ってもいいかもしれない。それなりに迫力はあった。

 トニーの家族も息子のAJは、軍隊に入ると言い出したが、知り合いのツテでテレビ局で助手となった。本人は雑用で不満らしい。娘のメドウは、弁護士事務所に採用された。とりあえずトニーとカーメラは、二人の子供と食事をするために豪華なレストランでなく、食堂と言ってもいいところでメドウがドアに近付く場面で終わる。一見の価値あるドラマの一つに違いない。

       
        
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