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寒々しいイギリス北部でレストラン巡りをする中年男二人。「グルメトリップ’10」劇場未公開

2014-06-30 21:22:36 | 映画

              
 この題名を見たとき、2004年の「サイドウェイ」を連想した。中年男がアメリカの西海岸のワイナリーを訪れるという話で、ワインのうん蓄はもとよりワインと女性という男にとっては究極の贅沢を味わえた。

 この映画もその類かと期待した。期待に応えてくれたかと言うとやや不満。まず邦題が問題。グルメを表に出しすぎ。原題は単にトリップだけ。トリップには小旅行の意味もあるから適切な題名だ。

 ロンドンに住むスティーヴ(スティーヴ・クーガン)は、オブザーバー誌の企画、イギリス北部のレストラン巡りの仕事が入りガール・フレンドのミッシャと同道を計画したが、ミッシャの都合が悪く友人のロブ(ロブ・ブライトン)を口説き落とした。

 イギリスの四輪駆動車レンジ・ローバーを駆って北部へ。スティーヴのロード・プランは「M1とM6を走って高速をJ31で降りる。それからA59をちょっとドライブしてクリズローへ、そこからホワイトウェルはすぐだ」

 レストラン「ランクリム」での食事。小袋の底には角切りの野ウサギのくん製と刻んだラディッシュ、カモのフォアグラ・ムースで覆いを」ウェイターの説明。

 スティーヴとロブは「うーん、うまい」と言うが、ロブは時々皮肉を利かす。
「これは二枚貝(シェルフィッシュ)のスープで、素材自体のエキスで調理し海草の彩を」とウェイター。
 ロブは「セルフィッシュ(身勝手な)スープだ」と混ぜかえす。

 ロブの物まね、マイケル・ケインやロバート・デ・ニーロなどいろいろに、なにやら落ち着かないスティーヴ。ミッシャとうまくいかない腹いせとも思えるいく先々で女性とベッドを共にする。朝密かに女性がドアから出て行く、残ったスティーヴは片目をあけて無言で別れを告げる。

 そして言うことに「歳をとるにつれてより熟女に魅力を感じないか? そして若い女にも。 若い女には命の輝きが魅力だが、熟女は、その人間性のほうにもっと魅力を感じる」だと。

 次の目的地までの道順を運転中にロブに言う。「ナビにすれば?」
スティーヴ「ナビには地理的な感覚が欠けている」
「でも効率がいいぞ!」
「効率よりも過程が大事だ」とスティーヴ。

 女性観とか道路地図にするかナビにするかの価値観は、監督の信念なのだろう。おおむね同感だ。レストランめぐりをする中年男二人の背景には、家族があり恋人があり別れた妻と子供がいる。合間にそれらが描かれ、女性関係が派手なわりに家庭的にはさびしいスティーヴだし、逆に幸せなロブという人それぞれの人生がある。

 それにしてもイギリスの北部へのドライブは、日本ほど人家が密集していないから冷たくさびしい風景に映った。道路も狭いから日本の田舎道を走っている感覚に落ちた。
          
          
          
          
          

監督
マイケル・ウィンターボトム1961年3月イギリス、イングランド ランカシャー州ブラックバーン生まれ。イギリス映画界をリードする実力派の映画監督。

キャスト
スティーヴ・クーガン1965年10月イギリス、イングランド マンチェスター生まれ。
ロブ・ブライトン1965年5月イギリス、ウェールズ生まれ。
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議場のヤジについて……ラジオ聴き書き

2014-06-27 21:07:33 | 政治

 いつものように今朝のTBSラジオ。金曜日はサラリーマンの声と題して、いろんな意見を聞くことになっている。

 先だってのセクハラ・ヤジもあったが、今朝はいわゆるヤジについて聞いたものだった。議場のヤジ肯定派55%、否定派45%でやや肯定派が多い。私は否定派だが、肯定派でも質の悪いヤジは否定的だ。いわんやセクハラ・ヤジは論外と皆さんは言う。当然でしょうね。

 どんなヤジがいいのかとなると、かなりレベルが高い。知的でユーモアがあって適切なタイミングで周囲が納得するものならいいとなった。これはもうセンスの問題で、誰でもヤジれるものではない。

 スポーツの世界で例えば野球センスといわれる。長嶋茂雄なんかはそのセンスを持った選手だった。この鋭いセンスは天性のもので努力して身に着けたものとは一味違う。

 政治家も同じだと思う。敏感な政治センスを持った政治家は大成する。下劣なヤジを飛ばすのは政治センスのない輩だ。そのヤジを受けたほうも、にやりと口元を緩ませているようではセンスがない。後になって誰かに炊きつけられて抗議行動を起こした。言われた直後「今のヤジはどなたが言ったのですか?」と鋭く迫ればいいものだ。

 早速、週刊誌が噛み付いた。新聞の下段広告欄「週刊新潮」は、実は女の敵だった。「美人都議」白いスネの傷。元彼から慰謝料1500万円。不倫報道!複数の婚約者!と、まあ派手派手しい。

 「週刊文春」も負けていない。涙のヒロイン塩村文夏「華麗なる履歴」。
▲たけしの“熱湯コマーシャル”ビキニで写真集PR
▲”恋から”秘話「別れた男から1500万円」にさんまも絶句
▲維新塾からみんなの党のアイドルに朝日記者・大企業御曹司にも大モテ
▲許可なしポスター地元でヒンシュク、家賃未払いで訴えられた! ここまで書かれれば信じたくなくても「ありそうな感じかな」と思う人もいるだろう。

 実際中身はこのタイトルほどでもないかもしれない。これは何かを意図した記事かな。私はこんな記事は読みたくない。彼女次の選挙でどうなることやら。

 メディアをあまり信じない私としては、例えば新聞記事の信憑性をどう見破るのか。かなり難しい問題だ。そこでヒントはある。

 今私が読んでいるミステリー、マイクル・コナリーの「スケアクロウ」。これはロサンゼルス・タイムズの新聞記者が主人公。で、今殺人事件を追っている。その記事を書くにあたってこう言っている。
「記事に広がりと深さを与えろ。何が起こったのかを伝えるだけにするな。そのニュースにどういう意味があり、この街と読者の生活にどのように関わるのかを語れ」というくだりがある。

 著者のマイクル・コナリーは、ロサンゼルス・タイムズにも勤めていたこともあり、記事でピューリッツアー賞の最終選考まで残ったという実績の持ち主。そういう視点で記事を読んでいくのも一つの方法かもしれない。ついでながら、まだ四分の一しか読んでいないが、歩きながらでも読みたいと思わせるほど面白い本だ。
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旬を過ぎた豪華俳優を並べているけどねえ???「グリフィン家のウェディングノート’13」

2014-06-25 18:25:21 | 映画

              
 彫刻家のドン(ロバート・デ・ニーロ)の次男アレハンドロ(ベン・バーンズ)の結婚式をめぐるドタバタ・コメディ。ストーリーそのものはどうでもいい感じ。

 60歳以上の高齢者が4人も出ていて、顔のアップの多用は出来ないから豪華な屋敷と華麗な服装、それに念入りなメイク、ひげ面で出来るだけ年齢を隠すという気苦労はありそうだ。

 ロバート・デ・ニーロ71歳を筆頭にダイアン・キートン、スーザン・サランドン共に68歳とロビン・ウィリアムスの63歳という具合。勿論、結婚式だから若い俳優も出ている。

 アメリカ人はこういう映画を喜ぶのだろうか。私にはぜんぜん面白くなかった。せいぜいダイアン・キートンがどんな服を着るのか。 が関心の的になったくらいだ。それはさすがにハリウッド、垢抜けしていた。

 本人はもとより部屋の調度や雰囲気とも合わなくてはならない。ちょっと見にはダイアン・キートン50代でもおかしくない。それにしてもこの人達、石原環境相ではないが、「金目当て」としか思えない。
            
            
            
監督
ジャスティン・ザッカム

キャスト
ロバート・デ・ニーロ1943年8月ニューヨーク市生まれ。
キャサリン・ハイグル1978年11月ワシントンDC生まれ。
ダイアン・キートン1946年1月ロサンゼルス生まれ。
アマンダ・セイフライド1985年12月ペンシルベニア州アレンタウン生まれ。
トファー・グレイス1978年7月生まれ。
ベン・バーンズ1981年8月イギリス、イングランド生まれ。
スーザン・サランドン1946年10月ニューヨーク市生まれ。
ロビン・ウィリアムス1951年7月イリノイ州シカゴ生まれ。
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空港で一晩過ごす一つの方法 人気の動画

2014-06-23 10:24:09 | 旅行

 空港で一晩過ごした経験はないが、さぞ退屈だろうとは想像がつく。そこでこんな記事をみつけた。
 この動画うまく出来ている。選んだ曲もいいが動画の編集技術もいいようだ。選んだ曲というのは、セリーヌ・ディオンの「All by myselfひとりぼっち」。どうぞ記事と動画を楽しんで……
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「ザ・イースト ’13」劇場公開2014年1月

2014-06-17 16:38:58 | 映画

              
 結論から言えば、ほとんど印象に残らない。DVDには製作者の意図について熱っぽく語る特別映像があるが、自画自賛の域を出ない。

 自然保護活動運動の過激な団体「ザ・イースト」に潜入した調査会社のサラ(ブリット・マーリング)が、この団体が標的にしている企業の悪徳ぶりを見て次第に団体のリーダー、ベンジー(アレキサンダー・スカルスガルド)の主張に傾倒し愛も感じ始めるというもの。

 この団体は、日本人にはお馴染みのシーシェパードと同様の嫌がらせを行う。次元の低い問題意識で成り立っている。確かに工場から出る排水によって魚が死ぬ。経営者は豪華な別荘を持ち贅沢な暮らしをしている。その別荘に忍び込んで廃油をぶちまける。嫌がらせそのものだ。それで問題解決はしない。

 ハリウッドにある「LA Times」の映画スタッフによる聞き込みによると、2013年度もっとも過小評価された作品ランキングの1位がこの「ザ・イースト」だった。アメリカでの興行収入2億円とぱっとしなかったことが要因とも言われるらしい。

 問題意識を持てばそれを解決する意識や手段が必要だろう。問題解決能力不足で嫌がらせだけならテロリストそのものだ。そういう団体の主張に心を奪われるのも安っぽいし、サラの素性もベンジーは知っていたと終盤わかるが、なんの伏線もなく唐突に出てくる。ご都合主義だ。

 それにテーマは古い気がする。今時、強力なろ過装置もない工場なんてあるんだろうか。製薬会社を対象にすればリアルな問題提起になったかも。それを描く材料がなかったのかもしれない。だからこの映画は力不足。

 潜入調査となればスリルとサスペンスを期待するが毛ほどもない。それに出ている俳優も有名どころじゃないし、調査会社の社長役のパトリシア・クラークソンなんて、まだ55歳なのにかなり老けて見える。あの顔を見るたびにうんざりした。

監督
ザル・バトマングリッジ

キャスト
ブリット・マーリング1982年8月イリノイ州シカゴ生まれ。
アレキサンダー・スカルスガルド1976年8月スウェーデン生まれ。
エレン・ペイジ1987年2月カナダ、パスコシア州ハリファックス生まれ。
パトリシア・クラークソン1959年12月ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。
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ミニ恋愛小説「ラブレター」(6)

2014-06-15 14:23:32 | 小説

 一方、孝司のほうは英語の読み書きは問題なかったが、会話がちょっと不十分だった。会社の書類関係は日本でも英文だったからだ。
 ニューヨークに来て夜飲み会などではスラングの多いことに戸惑った。それも慣れの問題で2ヶ月も経つと何年もニューヨーク在住という顔つきになった。ブレッドとコックスという親しい友人もできた。週末にはパーティがありブレッドやコックスの女友達とも合流する。ブレッドはハーバードだしコックスはスタンフォードで二人とも遊びは非常に楽しい。歌もうまいし楽器も演奏する。ブレッドはピアノ。コックスはギターという具合。
 
 その点、孝司には何の特技もない。何とかついて行けるのはスタンダード・ポップスを10曲ほど歌えることだけだった。ところが彼らはアメリカン・ポップスを望まない。むしろ、日本の歌を歌えとせっつく。
「OK OK 分かった。二三日待ってくれ。楽譜をダウンロードするから」こうして毎週息抜きの楽しい時間を持つようになった。
 女友達の中に父親が投資会社の役員をしていてニューヨーク郊外のイーストハンプトンに豪壮な別荘を持っているジニーがいた。勿論、メイドも雇っている。映画では黒人のメイドが多いが、ここでは白人のメイドとのこと。
 
 夏のある日、いつもの遊び仲間を招待してくれた。孝司から見れば映画のセットのような豪壮な邸宅に気後れしてしまった。招待された友達も同じような感じに写った。やっぱり金持ちというのは、周囲になんとなく威厳を振りまくようなのだ。特にこういう豪壮な別荘を見れば。
       
 玄関を入るとまるで宮殿を思わせるたたずまい。広い階段がカーブを描いて二階へとつながる。ふかふかの絨毯が敷き詰められていた。天井からは無数に散らばる電球のシャンデリアがぶら下がっていた。ベッド・ルームが10部屋あるそうだ。
 女主人かと思わせるようなたたずまいの初老のメイドの案内で孝司の部屋が紹介された。「ディナーは午後6時からですよ。それまで3時間ほどありますから邸内や庭園を見て回るのもいいでしょう。キャサリンに案内させますよ。ああ、キャサリンは私の娘です。ご遠慮なさらないで……」と丁重な態度で言った。
「分かりました。お願いします。ところであなたは……」
「ケイトと呼んで……」
「分かりました。私は孝司です。コウジと呼んでください。ケイト」
 
 部屋は20畳ほどで真ん中にダブルベッド、壁際に32インチのテレビ、年代ものの整理ダンスが置かれいた。唐突にさゆりを思い出した。ここでさゆりと一緒だったらという思いだった。
 孝司はさゆりが結婚したことを知っていた。ニューヨーク転勤が決まりマンションを引き払った後、連絡先を実家にしていて母からさゆりの手紙が転送されてきたというわけだった。
 
 ドアにノックの音がした。ドアを開けると、目も覚めるようなブルーの瞳が真っ先に飛び込んできた。
「ハイ、コウジ? 日本人のコウジ?」そのブルーの瞳の持ち主が言った。
「イエス、イエスだけど火星人に見えた? それとも怪獣?」コウジはやり返した。
「オー、ノーノーノー! 私の日本人のイメージと違ったから。私はキャサリンよ。皆さんを庭園に案内するわ。玄関のテラスで待ってて! じゃあ」彼女は別の部屋へ足早に向かった。その後姿を眺めながら<今はあんなにすらりとしているが、歳をとると洋梨型の体型になるんだろうか。しかし、母親のケイトは痩せ型だからどうなるんだろう>余計な推測をしながら階段を下りた。
 
テラスに出るとジニーが座っていた。
「ハイ、ジニー! 君も案内してくれるの?」
「ううん、私はついていくだけよ」
「じゃあ、行こうか」と言ってジニーに手を差し伸べた。その手をとってジニーは立ち上がった。スニーカーのジニーの身長と孝司の身長がほぼ同じだった。目の前にジニーの顔があった。茶色の瞳が孝司を見返していた。瞳の奥のある種の情念を見て孝司は立ちすくんでいた。正直はっとして周囲が見えなくなった。玄関ドアが開けられたのも気がつかなかった。出てきたキャサリンも二人の雰囲気に気を取られ無言で立っていた。
 その空気を引き裂いたのは陽気なブレッドだった。「なんだよう。お二人さん意味ありげだよなあ。恋の語らいはあとにしてくれ!」と言って笑った。
 結局ジニーとの距離は縮まらないし、キャサリンの積極的なアプローチもあって、孝司は二人のアメリカ女性との間でどっちつかずの態度に追いやられていた。二年前とまったく違う運命の転変を思いながら、ニューヨークのアパートのキッチンでバーボンを片手に、日本語の訳名「星屑」の方が好きなフランク・シナトラが歌う「スターダスト」に聴き入っていた。窓はどっぷりと暮れて黒いガラスのようだった。
    了
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ミニ恋愛小説「ラブレター」(5)

2014-06-15 14:22:34 | 小説

 ワインは2本目が飲み干されようとしていた。孝司が唐突に「トイレに行ってくる」といって立ち上がった。さゆりは不機嫌な顔で頷いた。今は怒りで気持ちが高ぶっていたが、どこかすっきりとした気もする。一年前の決着が付いたような感覚だ。お互い言いたいことを言って発散させたせいかもしれない。
 トイレから出てきた孝司がいきなり「さゆり、セックスしよう。服を脱いで!」と言いながら自ら脱ぎ始めた。さゆりは無視を決め込んだ。リビングから現れた孝司は、素っ裸で臨戦態勢も整っていた。それを見たさゆりは、声をあげて笑った。
 
 初夏の明るい日差しがカーテンの隙間から長く延びてベッドを横切っていた。太陽が動いていって、ちょうどさゆりの目の位置にさしかかった。さゆりの左手が太陽の光をさえぎるように目を覆った。    
 さゆりの目がゆっくりと開けられた。そして時計に移った。時刻は午前8時だった。さゆりは素っ裸のまま立ち上がりカーテンを勢いよく引き開けた。外は眩しいくらいの陽光に包まれていた。
「おはよう」と孝司が声をかけてきた。孝司も目を覚ましたらしい。二人は並んでベッドに横たわっていた。
 昨夜の孝司の献身的な奉仕にさゆりは我を忘れた。無言のままの時間が過ぎていった。二人の頭に浮かんだのは、「殺さなくてよかった」だった。
 しばらくして、孝司がさゆりに重なった。ゆっくりとした動きの合間に言ったのは「さゆり、別の病院で診てもらったら? 一箇所で済ますのはどうかと思うよ。特にこの卵巣ガンの場合はね」
 さゆりにしてみれば、上り詰める途中に言わなくてもと苛立たしい。とは言ってもこの孝司、一年前とは見違えるほどの成長振りだった。かつては自分勝手でさゆりのことなどあまり配慮しない素振だった。今はあくまでもさゆり本位にこの行為を楽しんでいる風に見える。愛しい孝司とさゆりは思った。こんな二人だから早々に結婚と思うだろうが、運命は意地悪だ。
 
 風邪などのときに行く近所の内科医の紹介で受診した病院の診断は、ガンの兆候一切なしだった。それで丸の内のライヴ・レストラン「コットン・クラブ」で祝杯を挙げた。その一週間後、孝司はニューヨーク転勤の辞令を受け取った。国内ならまだしも、海外となるとそう頻繁に逢瀬を楽しむことは出来ない。徐々に疎遠になっていくのは致し方ない。
 
 さゆりは一度は死の覚悟を決めたせいか、仏像が身近に感じられるようになった。東京のお寺、関東近辺のお寺を気が向くまま訪れた。静かな雰囲気の中で仏像と対座していると心が落ち着くのを覚えた。関西へも足繁く通うようになった。
 京都の観光寺院でもないが歴史のあるお寺でベンチに腰掛けて何時間も座っていた。若いお坊さんが時折通り過ぎるが見向きもしないで、ただ仏像に抱かれるような安らぎの中にいた。
「かれこれ3時間になりますなあ。そこへお座りになってから……」声をたどって見上げると、鼻筋の通った若いお坊さんがにこやかな笑顔で立っていた。これが縁でさゆりはこのお坊さんの妻になった。
 妻になる前にさゆりは過去を洗いざらい告げた。勿論、孝司と無理心中を画策したことも。お坊さんは「すべては仏様のご意志どす。こうしてここにお参りにお越しになったのもご意志どす。何も悩むことはおへん」
 さゆりは本当かな? と思ったがすべてを告白して気持ちが軽くなったのも事実で悩みが消えた気がした。あれから二年が経過した今、可愛い女の子に恵まれ幸せだった。
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ミニ恋愛小説「ラブレター」(4)

2014-06-15 14:21:24 | 小説

 孝司は恥も外聞もなく大声で泣いた。そんな孝司をさゆりは立ち上がってテーブルを回り込んできて肩を抱いた。抱かれた孝司は、さゆりの暖かい体温を感じた。この暖かさがやがてこの世から一切が無となると思うと駄々っ子のように肩を震わせた。
 子供をあやすように背中をさすりながら腰を落として、さゆりは孝司の顔を上向かせた。その唇にさゆりは口づけをした。いきなり生暖かい舌に唇を塞がれ、衝動的に孝司の舌もさゆりの舌を追った。しかし、続かなかった。以前なら激しく燃え上がったが、今日のショックには耐えられず急速に虚しさの中で喘ぐしかなかった。
「ごめん、さゆり。あまりにもショックだったよ」
「うん、分かってる。私も医師から言われて一週間ほど何も食べられなかったわ。最近になってようやく食べ物が喉を通るようになった」
 孝司の右手がさゆりの頬に優しく触れ、さゆりの目を見つめた。キラキラと光る目は恐れてはいないようだが、悲しみが浮かんでいた。孝司の視界が浮かんだ涙でぼやけた。目をつむると涙が頬を濡らした。それを見たさゆりは、いたたまれなくなった。
 
 何人かの男がさゆりを通り過ぎて行ったが、心に残るのはこの孝司だけだった。自分の命が消えようとしているとき、共に旅立ってくれるのは孝司しかいない。
 孝司に打ち明け納得の上、共に天国に旅立つのが一番いいのは分かっている。しかし、一年前のむごい仕打ちを考えると確実性は低い。むしろ楽しい雰囲気、セックスでもいいがその中でワインに混ぜた青酸カリによって安らかに昇天できるのではないか。 とさゆりは考えている。
 それが孝司は心からさゆりを思って泣いている。これは計算外だった。さゆりの心は揺れた。
「孝司さん、ワイン飲もうよ。病気の話は一時棚上げよ」
 立っているさゆりを泣き腫らした目で見上げた孝司は「ああ、そうだね。雰囲気を壊してごめん。じゃあ、乾杯しよう」と言った。
 赤ワインのボトル1本が二人の胃に消えた。この頃になるといつもの饒舌が戻ってきた。
「さゆり、体重減ったの?」と孝司。
「ううん、それが減らないの。というより変わらないわ」
「そう、一週間も食べていないしその後も一杯食べていないのにねえ。不思議だね。さゆりは、何も食べなくても一ヶ月ぐらい大丈夫かもね」
「それはどうだか。でも、今日は美味しいわ。孝司さんが来てくれたから」
「そうか。でも、あの手紙には驚いたよ。あんな別れ方をしたからね。どういう風の吹き回し?」
「ちょっと待って! もうワインないわよ。白ならあるけど。飲む?」
「なんでもいいよ。飲み明かそう!」
 そう人生最後の……さゆりの頭の中で浮かんだ言葉を飲み込んだ。「うん、そうね」冷蔵庫からシャブリを取り出した。
           
 栓を抜いてテーブルに置きながら「あの手紙はね。やっぱり孝司さんが私の一番好きな人だと気づいたからよ。バカな私よ」
「じゃあ、一年前は一番好きじゃなかったんだ」ワインの酔いは言葉を選ばなくなってきた。
「好きだんったんでしょうけど、気がついていなかったのかもね」
「そうか。それで男を引っ張り込んだんだ。あれは裏切り行為だったよ」
「裏切り? それを言うんだったら孝司さんも裏切っていたわよ」
「俺が? そんなことしてないよ」
「うそ! わたし見たんだもの。銀座で女性と手をつないで歩いているのを」
「それはいつのこと?」
「喧嘩別れしたときの10日ほど前だったかな」
「ふーん、実際にあったとして、それを知っていて俺をあの日呼んだんだ。さゆりのあてつけの場面を見せるために。そうだろ? あまりにもタイミングがよすぎたよ。今分かった。さゆりは意地悪だ」
「そういう言い方しないで! こじつけよ。たまたまなったことよ」
「見せられた俺の気持ち分かるかい? この一年間というもの一度も忘れることがなかった」
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ミニ恋愛小説「ラブレター」(3)

2014-06-15 14:20:14 | 小説

 もとの引き出しに戻して、ニュース番組にチャンネルを合わせた。ニュースは踏切事故や火災で人が死んだとか高齢者を狙った詐欺が横行しているとか、あまり明るい話題はなかった。孝司は、今からさゆりを殺そうとしている自分に動揺しているのか落ち着かない気分でいた。
 
 キッチンからさゆりの声がした。「孝司さん、こちらにいらっしゃいな」マンションにしてはやや広いキッチンでテーブルに椅子が四脚向かい合っていた。いわゆるクローズド・キッチンでさゆりのこだわりのキッチンだ。オープン・キッチンは、料理の匂いがリビングまで流れるのが嫌なのがその理由だった。たしかに、鯵やさんまの焼く匂いがリビングに充満するのは雰囲気をぶち壊してしまう。
 テーブルには孝司が持参したワインにクリスタルのワイン・グラスが添えられ、鶏肉のトマトソース煮とガーリック・トーストがそれぞれ白磁の皿に盛られていた。おまけにダウン・ライトの光源を落としてあって、柑橘系の香りのするキャンドルが2個テーブルでゆらめいていた。そのゆらめきの中にさゆりが微笑んでいた。
     

 孝司は一瞬めまいに襲われた気分になった。あの怒りはどこへ行ったのだろう。今はさゆりを思いっきり抱きしめて<一緒に死んでもいいくらい愛しているよ>と言いたいと思った。
怪訝な表情のさゆりが言った。
「孝司さん、どうかしたの?」
「えっ? いやちょっとめまいがしたんだ」
「めまいなの? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。立ちくらみだから」
「そう、じゃあ私着替えてくる。すぐよ」
 
 孝司はリビングのソファにもたれかかり、いつもさゆりが読んでいる本や雑誌を置くラックに目をやった。そこには恋愛小説やファッションの雑誌は見当たらず、「よい病院選び」とか「先端医療について」、「ガンは怖くない」とか病気に関する本が並んでいた。孝司は、ご両親か兄妹かあるいは親戚の誰かに起こったことのせいなのかもと思った。
 本の横にCDケースが立てかけてあった。取り上げてみると「ロマンティック・ピアノ集」で知らない人が演奏していた。
「孝司さん、そのCDをかけてくださらない?」振り向くとワインカラーのワンピースをすっきりと着こなし、首から下がる金色のネックレスが眩しく光った。シャワーの後なのか色白のさゆりはことのほか色香が漂っていた。
 
 孝司は即断した。<さゆりを殺すのはやめよう。その後のことは成り行きに任せよう>CDからは夜にふさわしい「スターダスト」が流麗なピアノに乗って流れてきた。一年前の二人に戻ったようだった。話題は必要なかった。もう殺す必要のないさゆりの顔を眺め口元の笑みに笑みで応えるだけでいい。赤ワインは程よい酔いをもたらし少々の饒舌も運んできた。

「ところで、さゆり。本棚の中に病気についての本が多いね。どなたかが悪いの?」さゆりの表情がサッと翳った。目はワイングラスに注がれている。
 孝司はさゆりの変化についていけず「悪いこと言ったのかなあ」
「ううん、はっきり言うと私、末期がんなの」
「えっ、あの……、それ……、ああ、困った」孝司に動揺が走った。
 二人の間に沈黙がしばらく続いた。ようやく孝司の左手がさゆりの右手を握り締めた。孝司の手はぶるぶると震えていた。涙がとめどなく流れワイングラスにポトポトと落ちた。
「孝司さん、私はもう覚悟しているわ。30にもならないで死ぬなんて……考えるほど怒りが募るけど、これが運命なのね。私にはどうすることも出来ない。苦しいのは死ぬまでで、そのあとは平穏がくるわ」
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ミニ恋愛小説「ラブレター」(2)

2014-06-15 14:19:01 | 小説

 思い出すあの屈辱を癒すことが出来なかった。殺してやりたいと常に思い続けていた。ふと、この手紙に応じればそのチャンスかもしれないと思った。<うん、それがいい。青酸カリがいいかな。それをどうする? そうだなあ。あいつがいい。坂本明だ。確かどこかの製造会社に勤めているはずだ。坂本には恩を売ってある。もし、断るのなら奥さんにお前の過去を告げ口すると脅せばいい。青酸カリ0,5グラムもあれば十分だろう。それに決めた>シャワーの熱い湯が間断なく流れ続けた。
      
 ちょっとキザかも知れないが外国映画の真似をして、バラの花束といつもは飲まない値段の高いワインを持って約束したに日に江島さゆりのマンションを訪ねた。濃紺のスーツに白いワイシャツ、それに深く翳っているような赤地に黄色のペーズリー模様の入ったネクタイを締めていた。

 ブザーを押すとどこにでもあるようなピンポーンという音が遠くで鳴った。孝司が聞き耳を立てていると廊下を歩くスリッパの音が近づいてきた。「どなた?」とさゆり。「垣本だよ」孝司は他人行儀に言った。チェーンの外れる音がしてドアが開いた。
 立っているさゆりに目がくらくらとした。<畜生、こんなに色っぽいのか。しかも胸の谷間を見せつけやがって……>孝司は内心毒づいた。 が、表情はいつものように静かで穏やかだった。
「久しぶりだね。元気そうじゃない?」
「ええ、なんとかね。さあ、入って!」
 部屋は黄昏時の影に包まれて暗かったが、相変わらず掃除は行き届いていてキレイに片付いていた。リビングのソファが代わったぐらいで、あとは孝司が過ごした頃と変わりなかった。ふと情熱のすべてをさゆりに捧げた頃が甦った。彼女の唇や肌触りが生々しく迫ってくる。
「孝司さん、コーヒー淹れたわよ」キッチンからさゆりの声がした。さゆりの淹れるコーヒーは絶品だった。なんでもテレビからの受け売りと言っているが、上等のコーヒー豆を挽いて90度の温度で淹れるという。<ああ、なんでさゆりは意地悪なんだ。こんなに苦しめるなんて……>と小さなカップのコーヒーの味から失われた恋の思い出が辛い。しかも、決心した殺意も揺らぎ始めた。
「孝司さん。お元気そうね」唐突にさゆりが言った。一瞬戸惑ったが「ああ、風邪一つ引かないよ。馬鹿だから」と孝司。
「相変わらず皮肉屋ね。孝司さんは」
「そうかなあ。さゆりも元気そうだね」
「うん、なんとかね。孝司さん、恋人できたの?」
「いや、いないよ。さゆりに振られてから、恋とは縁遠くなったよ」
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかった」と言ったさゆりの表情に影が差した。孝司はこれ以上突っ込みたくなかったから肯いただけだった。窓の外はどっぷりと夕暮れに染まり、キッチンのダウンライトの明るさが増した。
 さゆりがにっこりと笑って「戴いたワインに合う料理を用意したわ。準備するからテレビでも観ていて……」と言った。
 
 テレビの前に座った孝司は普段観ないのに何を観るのか見当もつかない。テレビ・ボードの引き出しを開けて映画のDVDを探した。何枚かのDVDの中に見覚えのある一枚を見つけた。それは紛れもない孝司とさゆりの濡れ場を撮ったDVDだった。熱烈な二人のピークを示すものだった。横浜のホテルでの一夜だった。DVDのラベルにプリントした無難な写真からは想像もできない代物で、他人の目にさらすのをためらわれる。手にとったがここで観る気になれなかった。
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