ニューヨーク・マンハッタン、イースト・リバーに架かるクウィーンズボロ・ブリッジが見える1番街の快適なアパートメントに住み、こざっぱりした服を身に着け、洒落た店で食事を楽しんだりする。
年に八回から十回仕事で街を離れるが、ニューヨーカーと自称し主に徒歩と電車と飛行機で移動、車はレンタカーを利用する。
一時は、若いアンドリアを恋しく思ったこともあったが、「彼女はおれの前に突然現れて、おれの犬を散歩させて、そしてまた出て行った。しかも犬を連れて」と言うのは、人を殺すことを生業とするケラーという中年男なのだ。
ケラーの窓口になるのはドットという女性。彼女の夫が依頼人の窓口。ケラーと彼女の夫との場面はほとんどないが、ドットとの軽妙な会話で十分満足する。
さて、ケラーは千マイルを優に超す旅の途上にあった。会ったこともない男を殺すために、旧西部ワイオミング州マーティンゲイルという町に向かった。
マーティンゲイルは、インターステート25号線キャスパーとシェリダンの中間にあるというが、ランドマクナリーのボロボロになった地図にはない。それでも構わない。小説家のことだから架空の町を創造することもある。
ホテルのラウンジでは、浮気をテーマにしたカントリーが流れていた。バーバラ・マンドレルやハンク・ウィリアムズでハンク・ウィリアムズの「ユア・チーティニング・ハート」がかかったとき、「この曲、大好き」ブロンドの女が言った。背が高く豊満な体にスカートを穿き、玉飾りと刺繡を施したブラウスという格好だった。ジューンと名乗った。ケラーに幸運の女神が舞い降りた。
ことが終わった後、(ここまでのいきさつは、ローレンス・ブロックの洒脱な文章に酔いしれる)シャワーを浴びたジューンが言ったのは「今夜はとても素敵な夜だった。もうすでにね、ディル(ケラーが名乗った名前)。でもこれで、もしあなたが私のクソ亭主を殺しにマーティンゲイルに来てくれたのなら、どんなにいいかって思ったの」
ケラーは内心、いやはや、依頼人は彼女だったのかと。これからの展開も面白く読めるし、10の短編からなる本書を全く飽きることなく読了できた。
「ケラー、馬に乗る」の一編にあるジューンとの会話で、ジューンが離婚も自由にできないと嘆き、タミー・ウィネットが「D-I-V-O-R-C-E」という曲を一文字ずつ歌っているのを紹介したりする。さらにカントリー・ミュージック・ファンには垂涎(大げさかな)の部類かもしれない「There stands the glass悩みを酒で」Geoge Strait「The last word in lonesome is me寂しがり屋の最後の言葉は私」Roger Miller「Third rate romance三文小説」Alan Jacksonなどが酒場の場面で出てくる。
ちなみにタミー・ウィネットはもうこの世にはいない。1998年4月55歳で亡くなっている。「D-I-V-O-R-C-E」もヒットした模様。
ではタミー・ウィネットを聴いてください。
Our little boy is four years old and quite a little man
So we spell out the words we don't want him to understand
Like T-O-Y or maybe S-U-R-P-R-I-S-E
But the words we're hiding from him now
Tears the heart right out of me.
Our D-I-V-O-R-C-E becomes final today
Me and little J-O-E will be goin' away
I love you both and it will be pure H-E double L for me
Oh, I wish that we could stop this D-I-V-O-R-C-E.
Watch him smile, he thinks it Christmas
Or his fifth birthday
And he thinks C-U-S-T-O-D-Y spells fun or play
I spell out all the hurtin' words
And turn my head when I speak
'Cause I can't spell away this hurt
That's drippin' down my cheek.
Our D-I-V-O-R-C-E becomes final today
Me and little J-O-E will be goin' away
I love you both and it will be pure H-E double L for me
Oh, I wish that we could stop this D-I-V-O-R-C-E.