Wind Socks

気軽に発信します。

小説 囚われた男(33)

2007-02-15 13:43:20 | 小説
21

 二日後の日曜日、小雨の降る鬱陶しい天気だった。さやの行動にショックを受け、気分の晴れない時を過ごしていたが、いつまでも、うじうじしていても始まらない。ジムで徹底的に体をいじめ、集中した。終わるとかなり気分が転換しているのがわかった。
アパートに帰りぼんやりと窓の外を眺めていると電話が鳴った。
「塚田です」
「やあ、ジムから帰ったところなんだ」
「うふふ、よく鍛えていらっしゃるのは、このあいだ、十分わかったわ」美千代は、鼻にかかった艶かしい声で言った。生実はぞくっとして美千代の豊満な肉体を思い出していた。
「あなたも美しくて魅力的なことはよく分かったよ。それで?なにか」
「ええ、今からお邪魔してもいいかしら?」
「どうぞ。いつでもドアは開いております」
「それじゃ」と「待ってる」が同時だった。

 一度肌を合わせた男女にとって、儀礼的なものを一切剥ぎ取り、ただ、互いの欲情の溢れるまま、求め合うのは自然なことだった。別荘での事件がアドレナリンの湧出を引きずっているのかもしれない。美千代の圧倒的な性欲に驚かされながら、時間を置いてはいるが、三度のオーガズムは快楽の極致といってもいい。
 しばらくまどろんだあと、キッチンでコーヒーを淹れていると、尻を隠すほどの大きめのTシャツを着た美千代が入ってきた。四十一歳の美千代であるが、肌の張りや筋肉の弾性は、まるで出来たてのゴムのように弾んでいる。
 丸く飛び出している尻を見ても、今の生実には刺激的でない。精気を徹底的に搾り取られたとあっては、仕方のないことだった。

 夕食を馴染みのイタリアン料理店『ジロー』にして、六時半の予約を入れる。夕刻五時ともなれば、この季節薄明かりは残るものの黄昏が忍び寄り、窓の外はネオンや外灯、向かいのビルの明かりが、アパートの部屋にも射しこんでくる。
 オスカー・ピータソン・トリオの語りかけるようなピアノの旋律に、うっとりしながらコーヒーをちびちびと飲んでいた。二人は無言の陶酔境にさまよい、我を忘れたかのようだった。
 日曜日とあって、『ジロー』は家族連れで混んでいた。案内された席で、「帆立ときのこのサラダ」「ツナのスパゲッティ」「豚肉の包み焼き」これはしっとりしたパン生地で包まれた豚肉とワイン風味のソースが絶品の料理に、おすすめ白ワインをボトルで注文する。
 サラダとワインが運ばれてきて、まずは無事であり仕事を成し遂げたとして乾杯する。生実は一つ聞いておきたいことがあった。
「ひとつ聞いてもいいかい?」
「ええ、なにかしら」
「山梨の現場で、タイミングよく飛び込んできたけどあれは……」
「出来すぎていると言うわけね。事前に調査してあったの。あなた方が下見に行った日も尾行したわ」
「なるほど、葬儀の会葬者みたいな格好していたなあ」
「そのとおりよ」
「それにしても、小暮さやの裏切りまでは分からなかったんじゃ……」
「それは、はっきりとしていなかったけど、分析官の話ではマークせよだったの」
そのあと、あさって火曜日に、小暮さやを見舞うことを決めて、二人はそれぞれの自宅に戻った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする