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読書 サイモン・アンドレアエ「男はなぜ新しい女が好きか?」

2005-12-31 13:04:18 | 読書
 図書館で「人生に奇跡を起こすノート術」という本を探していて、ふと目に留まったのがこの本だった。題名は思わせぶりだが、原題は「Anatomy of desire」欲望の解剖学というなんともお堅い題名だ。内容も膨大な文献からいろんな研究結果を紹介してくれる。

 男はなぜ新しい女が好きか?という問いに簡単に答えるのは難しい。男は進化の過程でそのようにプログラミングされたというしかないようだ。
 それよりも、私はかねがね異常性愛者やレイブ、それに痴漢のような犯罪行為者。また同性愛者、性倒錯者などは、要するにストレートといわれる普通の人々とどこがどう違うのか、そして問題があるとするならその治療方法があるのだろうか。この本で見つけられるかもしれないという思いがあった。しかし、原因は研究者によって明らかにされつつあるようだが、治療の段階まで明確にされていないようだ。

 小学生の女の子を殺して捨てたというニュースが衝撃を与えたが、すべて男で女ではない。痴漢行為にしても女の痴漢は聞いたことがない。異常性愛者や倒錯者はほとんど幼児期の親の虐待やかまってもらえないという無視の影響が色濃く反映されているという。

 女も幼児期に影響を受けるが、男のように外に向かうのではなく自分の身体に、あるいはセックスと関係のない行動に現れる。万引きや摂食障害、自傷行為である。幼児期の虐待や無視の影響だけでなく身体的異常も反映される。脳の異常、染色体異常、ホルモン異常、脳の奇形など。

 なぜ男は狂ったことを行うのか。現代の医療ではこれらの病気の治療はできなのだろうか。残念ながら治療法については触れていない。地球上の生物という生物が生殖作用によって生き永らえていることを思えば、人間の根源とも言うべきセックスについてまだまだ理解したとは言えないし意識の中にセックスは汚いもの隠しておくもの気軽に話題に出来ないものという抑圧があるように思われる。人間はまだ進化の途上にあるのかもしれない。

 著者紹介を引用すると“サイモン・アンドレアエは、1966年生まれ。ロンドン在住のジャーナリスト、TVプロデューサー。合衆国大統領から性欲の科学まで、幅広いジャンルのTVシリーズを手がける。性的脅迫症をテーマにした「Beyond Love(1955)」はタイム誌から「年間で最も論議を呼んだドキュメンタリー」と評された。本書は彼のはじめての著書である。”

今年はこれで終わりのブログになりました。今まで読んでいただいた方々には感謝いたしますとともに来年もよろしくお願いいたします。それでは皆様、よいお年を!
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映画 ニコラス・ケイジ、メリル・ストリープ、クリス・クーパー「アダプテーション(02)」

2005-12-27 12:37:59 | 映画
 スーザン・オーリアン著「蘭に魅せられた男―驚くべき蘭コレクターの世界」の原作がベースだという。残念ながら原作は読んでいない。
                    
 映画のオープニング・クレジットが流れる間、脚本家チャーリー・カウフマン(ニコラス・ケイジ)の自己憐憫のナレーションが流れる。
 こんな具合だ“僕のはげ頭の中味は独創的か?不安だから毛が抜ける。人生は短い、精一杯生きねば。今日は残りの人生の一日目だ。俗なセリフだ!………中略………なぜ僕はいつもおどおどしている?きっと脳細胞のせいだ。細胞の成分が悪い。僕の悩みはすべて細胞が原因だ。専門家に診せよう。でも外見は貧相なままだ。何をしても…”嘆き続けるチャーリー・カウフマンは、「蘭に見せられた男」の脚本がなかなか進まない。スランプに落ち込んでいる。

 双子の弟ドナルド・カウフマンは、兄に反して超楽天家で陽気で明るい。したがって恋人はすぐ出来る。兄と同じ脚本家を目指していて、ロバート・マッキーの養成講座に通い成功する。
                    
双子の兄弟を演じるニコラス・ケイジ
                       左:兄  右:弟 
 一方蘭収集家のジョン・ラロシュ(クリス・クーパー)のところにインタヴューに訪れたスーザン・オーリアン(メリル・ストリープ)はラロシュに惹かれていく。ところが幽霊ランといわれるポリリザ・リンデニイはみどりの麻薬が取り出せる。オーリアンは麻薬にも手を出す。

 チャーリーは脚本を半ばまで書き進んだが先に進めないので、ロバート・マッキーの講座を覗いてみた。そして質問した。怒鳴られ罵倒される。セミナー終了後マッキーに会って話を聞いてもらう。
 そのときのアドヴァイスは“秘策がある。映画はラストだ。ラストでうならせろ。欠点があってもラストがよければ映画は当たる。ラストだ。だが無理はいかん。強引なまとめ役を持ち込むな。登場人物の変化は必要だが、自ずと変わること。それをやればうまくいく”というわけで、この映画のラストも兄弟愛とスリルを持ち込んで印象付けた。
     スパイク・ジョーンズチャーリー・カウフマン
 映画の製作スタッフの脚本はチャーリー・カウフマンとドナルド・カウフマンになっている。チャーリーは当然実在する。ドナルドは架空だ。原作はスーザン・オーリアン。スタッフの名前を劇中に持ち込んでチョットややこしいけれどアカデミー賞の主演男優賞ニコラス・ケイジ、助演男優賞クリス・クーパー、助演女優賞のメリル・ストリープ、脚色賞のチャーリー・カウフマンとドナルド・カウフマンのノミネートのうち助演男優賞をクリス・クーパーが受賞している。そのほかの賞もノミネートや受賞がある。
                    
                クリス・クーパー
 この映画はベテラン俳優や中堅俳優を贅沢に使っている印象が強い。ジョン・マルコヴィッチ、キャサリン・キーナー、マギー・ギレンホール、ブライアン・コックス、カーラ・セイモアなど 監督スパイク・ジョーンズ1969年メリーランド州生れ。キャスト ニコラス・ケイジ、メリル・ストリープ、クリス・クーパー。
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ドキュメンタリー・ミステリー「シャドウ・ダイバー」

2005-12-23 13:28:46 | 読書
 読み終わったあと、人間はなんと素晴らしいのだろうという思いで一杯になった。題名の示すように海に潜る人のことなのだが、珊瑚や熱帯魚を見るためのスキューバ・ダイビングとは全く違い、ディープレック・ダイビングと呼ばれるこのスポーツは、世界で有数の危険なスポーツだろう。と著者は言う。高所恐怖症に加え閉所恐怖症も併せ持つ私には興味の範囲外にある。本を読んでいても想像で息が詰まる思いがした。実話の二人のダイバーは、ジョン・チャタトンとリッチ―・コーラーである。
                 
             左ジョン・チャタトン 右リッチー・コーラー
 ニュージャージ沖100キロではマグロ、ポラック(タラ類、“黒いタラ”と呼ばれる北大西洋の重要な食用魚)の大物が釣れる場所があるというが、ここはある釣り船の船長が守る秘密の場所だった。ダイビング船の船長で優秀なダイバーのビル・ネイグルは、その船長から、ビルが潜る良く釣れる沈没船ポイントの場所との交換条件で秘密のポイントを教えると持ちかけられる。これがこの物語の始まりだった。

 ビルは旧知のチャタトンに声をかけダイビングを敢行する。何度かのダイビングでUボートと確信するが、名前や沈没した原因などは分からない。しかも乗組員の白骨化した遺体が折り重なっていた。ここは墓場だった。チャタトンと途中から加わったリッチー・コーラーは死者に対する敬意と人間の尊厳への冒涜を忘れないこととして、遺体には一切触れないという約束事を交わし精力的に調査を進める。この調査は途中挫折しかかったり家庭の崩壊までも招来した。

 調査は進み船名がU-869や艦長がヘルムート・ノイエルブック、先任士官がジークフリート・ブラントそれに乗組員名も判明する。この本にはこれらのドイツ軍人の人生も垣間見せてくれ思想にも触れていて、おまけに写真も挿入されているので等身大のイメージで迫ってくる。

 特にこの艦長は厳しい指揮官で、乗組員はバリバリのナチ党員ではないかと恐れたが、ある日、ノイエルブルク艦長が乗艦したとき、乗組員はいつもの敬礼ではなく、ヘイル(ナチ式敬礼。きびすをカチッと鳴らし、右手を前にやや角度をつけて突き出す)をしたところ、ヘイル式敬礼を使うようにという政府命令があったにもかかわらず、激しい勢いで普通の敬礼を望んでいるので本艦ではヘイルは使うなと命じた。これは予想に反したことだった。また先任士官はUボートは鉄の棺だと揶揄したりもした。狂気とカリスマ性を併せ持ったヒトラーといえども、一部の幹部やゲシュタポに支持されるだけで脆弱な面が垣間見える気がする。

 調査は進むが、アメリカ海軍歴史センターほかの資料に記載のないU-869は、どのような状況で沈没したのかは推測するしかない。その推測を本から引用すると“U-869は、その潜水艦自身が発射した魚雷によるものとみてほぼ間違いないだろう。Uボートは、1945年には二種類の魚雷を搭載していた。通常の「パターン航行」魚雷は、一定の運動パターンをとって攻撃目標に達するようプログラムされ、ジャイロスコープを使用した操縦機構を内蔵していた。それよりも高度な音響誘導魚雷は、敵艦船のスクリュー音を探知して追尾を行った。そのどちらのタイプも、発射されたU ボートに逆戻りすることが時折あった。そういう魚雷は、逆戻り魚雷(サークル・ランナー)と呼ばれた。結局U-869は、この逆戻り魚雷による自爆と結論付けられた”なんとも冴えない話ではある。

 しかし調査の後、コーラーはドイツの乗組員の遺族を探し訪ね歩いた。真実を知った遺族から感謝の言葉が繰返された。戦争末期、生きて帰れないと知りながらU-869に乗艦した人々。狭い潜水艦内にどっと海水が流れ込む死の直前の恐怖。かつての戦争は、日本でも繰返されたであろう無意味な死。こういう調査をする人を変人扱いするきらいはある。しかし死に行く者からみれば、どこか安堵する部分があることも否定できない。そして、チャタトンとコーラーの死者に対する敬意と尊厳が、まばゆいばかりの人間ドラマとして見せてくれた。

 著者はロバート・カーソン シカゴ郊外に育ち、ウィスコンシン大学で哲学の修士号を取得後、ハーバードで法律を学ぶが、物書きになる夢を追いシカゴ・サンタイムズに入社。同社の記者時代にエスクワイアに寄稿した記事が全米雑誌賞の候補作に選ばれる。その後シカゴを経て、現在はエスクワイアで記者・編集者として活躍。本作「シャドウ・ダイバー」は初の長編ノンフィクションだが、発売と同時にニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに名を連ねた。
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ミステリー ダニエル・チャヴァリア「バイク・ガールと野郎ども」

2005-12-19 11:13:43 | 読書
 最初このタイトルを見たとき、オートバイに乗った女の子と男どもがどんな悪巧みをするのかと思ったが、そんな予想は完璧に裏切られた。

 バイクはマウンテン・バイクで、二十代前半のアリシアという女の子が、豊かな胸とむっちりした尻、引き締まった太腿を見せつけるようにまたがるバイク姿には魔力がある。だが、歩いているときのアリシアは、すばらしくキレイだが決して露骨ではない。

 このバイクには仕掛けがあって、ペダルが外れることとブレーキがロックすることだ。これで彼女は顔を下に尻を上にして宙を飛ぶ。これには十分な練習をつんだ。そして事故は必ず高級車の前方100メートルほどのところで起こる。運転者は、わざと高くセットしたサドルの上でリズミカルに揺れる大臀筋に目が放せない。これで金持ち男(外国人がいい)を釣り上げるという計算だ。もちろん相手とセックスもする。彼女の目的は、母親ともども一生安楽な生活の確保だった。

 舞台はなんと、キューバのハバナ。そんなところへメル・ギブソン似のグルート・インターナショナルに席を置くビジネスマンが現れる。ところが、ヴィクターと名乗るこの男には二度の銀行強盗暦があった。ワルなんだけれど魅力的な男だ。どういうわけか、男も女もチョット悪っぽいところがある方が魅力的に映る。

 グルート・インターナショナルを率いるリークス・グルートはゲイで、ヴィクターとのプレイを楽しんでいる。ヴィクターは両刀使いで、アリシアとも十分楽しめる。そんなある日、脚を滑らしたリークスが不幸にも死んでしまう。この事態を利用しようと考えたヴィクターは、リークスを誘拐したことにして身代金四百万ドルを手に入れようとアリシアに協力を求める。

 さて、この計画がうまくいくかどうか、速いテンポで物語は進む。四百万ドルは手に出来なかったが、登場人物はみんなそれぞれの幸せをつかんでハッピー・エンドとなる。穴のないストーリー展開で、印象に残る文体ではないが楽しめることは確かだ。出張や旅行のお供に最適の読み物。

 著者はウルグアイ生まれ。炭鉱労働者、ファッション・モデル、ガイド、俳優、翻訳者などを経て45歳のとき作家になることを決意する。この作品はアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞を受賞し、ドナルド・E・ウェストレイクやローレンス・ブロックからも絶賛されているという。
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映画 リース・ウィザスプーン、ジョッシュ・ルーカス「メラニーは行く(02)」

2005-12-15 11:48:25 | 映画
 リース・ウィザスプーンという女優をはじめて見た。とりたてて言うほどのものでもない。えらくほめる人もいるようだが、私にとっては印象に残らない。とにかく、ニューヨークで成功した女(メラニー=リース・ウィザスプーン)は、市長の息子の求婚を受ける。
              
 メラニーは独身の顔をしているが、戸籍上はジェイク(ジョッシュ・ルーカス)と夫婦になっている。過去を清算するために離婚届を抱えて生まれ故郷アラバマに向かう。アラバマ州は深南部にありアラバマ生まれの有名人は、三重苦のヘレン・ケラーがいる。そのせいかどうか分からないが、外来者に対し親切だといわれている。メラニーにもそういうところがあるのだろうか。物語が進むうち、どうやらじゃじゃ馬メラニーだったようだ。
              
 とうとう婚約者が押しかけてくる。この手の映画は、最終的には元の鞘に納まることになっている。私はメラニーの亭主になったジョッシュ・ルーカスを「ビューティフル・マインド」で注目し、その後「ラスト・マップ」からこの映画に行き着いた次第。ポール・ニューマンを連想させるところもあり、いい役柄さえ与えれば今以上に飛躍するのではと思っている。
              
 監督したのはアンディ・テナント。キャストリース・ウィザスプーン1976年3月ルイジアナ州生まれ。最新作としてカントリー歌手ジョニー・キャッシュの半生を描いた「ウォーク・ザ・ライン」を「炎のメモリアル」に出ていたホアキン・フェニックスと共演している。ジョッシュ・ルーカス1971年6月アーカンソー州生まれ。最新作は、ジェイミー・フォックスと共演している「ステルス」がある。メラニーの母親役のキャンディス・バーゲン1946年5月カリフォルニア州ビヴァリーヒルズ生まれ。

              
キャンディス・バーゲン
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映画 エマ・トンプソン、ケイト・ウィンスレット、ヒュー・グラント「いつか晴れた日に(1995)」

2005-12-11 11:15:43 | 映画
 1811年に出版されたジェーン・オースティンの「Sense and Sensibility」の原作をエマ・トンプソンの脚本で、台湾出身のアン・リーが監督した。エマ・トンプソンはアカデミー脚本賞を受賞している。

 原作はほんの少し前に読んでいて、映画も観たいと思っていたとき、ツタヤのレンタル半額キャンペーのメールに早速飛びつく。テーマはお金と姉妹愛。オープニングはいきなり臨終の場面になり、長男のジョン・ダッシュウッドに“法の通りすべておまえが引き継ぐ、わしもそれで満足だ。だが、いまの妻とあの娘たちには年500ポンドしか残せん。結婚の費用もない。助けてやってくれ”これが遺言だった。

 ところがジョンの奥方がケチのうえに意地悪な女で,ジョンの提言にことごとく反対し、「馬車もないし、お客も来ないし生活は500ポンドで十分」と言い、加算額はわずか年20ポンドにしてしまう。しかもつぶやく言葉は「うちが貰いたいくらい」とのたまう。年20ポンドは月1.6ポンドに過ぎない。これでは貰った方も戸惑うだろう。当時の貨幣価値は定かでないが、少なすぎるということは言える。厭な女だ。

 それにしても「法の通り」という財産を長男が受けるというのは、当時当たり前のことだった。したがって二・三男や娘は、持参金つきの花嫁を探すか、玉の輿に乗るしかなく、どのような結婚をするかというのは死活問題だった。有閑人種の働かないで食っていける財産が必須用件になる。この階級の人にとって共働きで生活設計をするというのは考えられないことだ。この辺のところは、原作を読んでいたおかげですんなりと理解できたが、いきなり映画を観た人は戸惑うことだろう。

 だから娘をもつ親にとって、結婚というのが今の就職活動に匹敵する重大事項になる。映画を観ていて、母親も娘も異性への関心度は異様なくらいで動物的ですらある。とは言っても、現代でも相手の収入の多寡や財産が重要視されるわけだから、特別この時代の特徴でもない。ただ、現代はいろんな選択肢に恵まれていることだけは確かなことだろう。

 幸いダッシュウッド家の美人の娘たち、エリノア(エマ・トンプソン)、マリアンヌ(ケイト・ウィンスレット)には関心をよせる男たちがいた。ダッシュウッド家には末娘に、恋をするにはまだ早いマーガレットがいる。原作ではあまり出てこなかったが、映画ではかなり出番があって笑いを誘い、うまく役回りを与えている。エドワード(ヒュー・グラント)、ウィロビー(グレッグ・ワイズ)、ブランドン大佐(アラン・リックマン)がお相手になる男たちだ。エリノアはエドワードに好意を寄せ、マリアンヌはウィロビーに首っ丈になるが失恋し恋煩いに取り付かれる。ブランドン大佐はマリアンヌに気がある。結局、エリノアとエドワード、マリアンヌとブランドン大佐のカップルがともに結ばれるというお話。

 この映画で特に印象に残ったのは、やはり姉妹を演じたエマ・トンプソンとケイト・ウィンスレットだ。エマ・トンプソンはアカデミー女優だし、ケイト・ウィンスレットはこの映画まで無名の存在だったが、この映画でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、2004年には主演女優賞にノミネートされるまでに成長している。

 分別のある姉エリノアを落着きと威厳を漂わせた立ち居振る舞いで圧倒するエマ・トンプソン。熟慮しないで言葉や行動に表れる多感なマリアンヌを出演時19歳のケイト・ウィンスレットは演じきった。この二人の存在感は圧倒的だった。特にエマ・トンプソンの顔の表情は、いま思い出してもにやりとする。それにエドワードが結婚していないと知った場面で嬉し涙を流すシーンは、号泣とも言っていい強烈な演技を見せる。このときは分別なんてものは無く、感情の赴くまま一人の女としての激情がほとばしる。どうしても、感情移入してしまう場面だ。200年前のこの時代お辞儀(日本人がよくやる)をするという作法があったとは驚きだ。その後、武器を持っていない証拠としての握手が作法の主流になったという。

 この映画でアカデミー脚本賞を受賞したエマ・トンプソンのスピーチはユーモアにあふれアン・リー監督の動物好きを笑ってみたりするすばらしい内容なので引用してみよう。

 “ジェーン・オースティンの作品に携わったことに誇りと喜びを感じます。彼女なら受賞に対してどういう反応を示すでしょう。
 「午前4時、会場のゴールデン・スフィアから今し方 戻った。熱気と騒音、人の多さには驚いたが楽しかったと言えなくはない。犬と子供がいなくてよかった。ドレスは二流、破天荒な言動もあったが人々はのびのびと賛辞を交わしていた。
 今日の栄誉があるのはリンゼイ・ドーラン(製作担当)のおかげ、どんなに礼賛しても足りない魅惑の友。アン・リー監督外国人だが意外にも私以上に私のことをよく理解していた。ジェームス・シェイマス(製作補)は多弁で博識、容姿も心も美しいケイト・ウィスレット。作曲家のパット・ドイル(音楽担当)はスコットランド人らしい野性味を披露、エネルギッシュなM・ケントンを大儲けさせたのは私である。コロンビア(映画制作会社)のL・ハンソンもG・ウィギンも可愛い。シドニー・ポラックには取り巻きが多く3メートル以内に近づけなかった。
 午後11時授賞式が終わると人々はさっさと席を立った。帰りが遅いのはダンスに興じていたからではない。巨大な車の待つ列が長かったせいだ。野放し状態の現代交通。エミリー・トンプキンソンにはあえて近づかなかった。私の作品を勝手に盗んだ悪女である」”

 ちなみに脚本賞にノミネートされたのは、「陽の当たる教室」パトリック・シェーン・ダンカン、「ゲット・ショーティ」スコット・フラスク、「デッド・マン・ウォーキング」ティム・ロビンス、「アメリカン・プレジデント」アーロン・ソーキン、「ブレイブ・ハート」ランダル・ウォレスである。

 監督アン・リー1954年10月台湾生まれ。キャストエマ・トンプソン1959年4月イギリス、ロンドン生れ。’92年「ハワーズ・エンド」でアカデミー主演女優賞を受賞。アラン・リックマン1946年2月イギリス、ロンドン生まれ。ケイト・ウィスレット1975年10月イギリス、バークシャー・レディング生まれ。’95年この映画で助演女優賞にノミネート、2004年主演女優賞にノミネート。ヒュー・グラント1960年9月イギリス、ロンドン生まれ。この作品は’95年アカデミー脚本賞を始めベルリン国際映画祭金熊賞やNY批評家協会賞など多くの賞を獲得している。

 オープニングのクレジットがエマ・トンプソン、アラン・リックマンとなり次にケイト・ウィスレットになっていて、無名だったという彼女が三番目とはスタッフが実力を認めたことなのだろうか。この映画は、原作を読んだあと、観るほうがいいと私は思う。何度でも観たい映画で、その鑑賞に堪えるだろう。
                 
    画像はこの映画のスティール写真が無いため、ほかのところから寄せ集めた。

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映画 ケヴィン・スペイシー「ビヨンドtheシー~夢見るように歌えば~(04)」

2005-12-07 13:11:02 | 映画
 思わず心が浮き立ち、体がスウィングする。1950年代から60年代にかけてスウィング・ジャズを歌い、映画やテレビなどで活躍し、37年の生涯を駆け抜けたボビー・ダーリン。
               
 青春時代に感動を与えてくれたというケヴィン・スペイシーは、10年来の構想を製作、脚本、監督、主演として実を結ぶ。ボビー・ダーリンはこの頃、この分野で大きな存在だったフランク・シナトラの陰に隠れていたとはいえ、1959年の「マック・ザ・ナイフ」は、ビルボードの1位を記録しグラミー新人賞と最優秀楽曲賞を受賞している。

 私はというと、当然シナトラを聴いていたので、ボビー・ダーリンは名前を知っている程度だった。ビルボードTOP40入りのヒットが22曲、うち10曲がTOP10いりというのにである。その頃の私は、ジャズは好きだったが熱心に聴いてはいなかったことになる。

 さて、この映画のケヴィン・スペイシーは、高音も低音もハリと伸びのあるソフトな声音で、本職の歌手に匹敵する出来栄えで、ダンスのステップは、羽毛が舞うように軽やかという具合に、ボビー・ダーリンになりきっているようだ。
            
 前半はミュージカル調ながら後半に入るとぐっとドラマ性が増してくる。ボビー・ダーリンが第35代大統領ジョン・F・ケネディの弟、ロバート・ボビー・ケネディの応援に熱心になりだしたとき、メディアに身辺を暴かれるのを恐れて、姉といわれていたのが実は母親だったという秘密を告白される。しかも、男関係が無節操だった母親は、父親は分からないという。このショックから単身家を出て、海の彼方が見える場所にキャンピング・カーで生活をする。まさにBeyond the seaというわけ。このとき出来たのが反戦の歌、カントリー調の「Simple song of freedom」。

 ラスヴェガスのフラミンゴで再起を果たしたショーで、母を紹介して心身ともに成長したところを見せる。この場面はほろりとさせられる。二度目に観たときは、涙で画面が曇って困ったほどだ。

 ケヴィン・スペイシーの独壇場ではある。自分で金を出しているのだから当然だろう。この映画を通じてボビー・ダーリンが好きになる人もいるかもしれない。そう、ボビー・ダーリンは、いまもスウィングしている。
本物のボビー・ダーリン夫妻

            
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読書感想 ジェーン・オースティン「いつか晴れた日に」

2005-12-03 11:01:33 | 読書
 姉エリナ妹マリアンを中心に母のダッシュウッド夫人や兄夫婦、親戚、友人との交流や出来事を、繊細に練り上げた人物造形と皮肉を込めたユーモアを味付けに淡々と語られ、衝撃的な出来事もなくほんの少しのサスペンスを混ぜ込んだレシピとなっている。

 聡明で公平な分別と落ち着きを持ち合わせるエリナに対して、陽気で能動的やや自己中心的なマリアンの姉妹はともに美人であるという点が共通している。この二人の恋心の行方がなんともスリリングな展開になる。最後はハッピー・エンドになるが…。

 200年前のこの時代、ヨーロッパではナポレオンの勢いを止められないという状況だった。この本はそんな情勢にはとんと頓着せず、また国内の政治や社会の出来事にも全く無関心で、ほんの一握りの人たちの間の出来事や関心に集中している。 イギリスの歴史に疎いと、読んでいて奇異に感じるところもある。いやに収入にこだわる場面が多く出てくるし、若い男女の交際の行く末が最大の関心事のように映る。また、やたらに舞踏会を数多く開いていることなど。舞踏会は、男女交際の場を提供し年配者の社交の場になっていたのだろう。なにぶん現在と比べると娯楽が十分でなかったせいかもしれない。

 これらの背景について、訳者あとがきの部分を引用すると“本書は冒頭からいきなり財産だの相続だのといった生くさい話で始まり、終始、恋愛や結婚にからんで「年収XXポンド」という言葉がいやというほど頻出する。
 本書の登場人物たちはおおむね貴族・上流階級の一つ下の、当時の中産階級に属し、上は莫大な地代で潤う大地主から下は細々とした金利生活者まで、いずれにしろ不労所得で暮らす有閑人種なのである。
 そもそも紳士(ゼントルマン)とは単に風采や人格の形容ではなく、働かなくても生活に不自由しないだけの財産がある人のことであり、紳士淑女の優雅な趣味や上品なマナーはその大前提があってこそである。彼らにとって無為徒食は恥ではなく、むしろ生活のために働かなくてはならないなどというのは体面にかかわることだった。
 だが、不動産は長男が代々相続するのが資産家の場合は普通だったから、ニ、三男や娘たちは安穏な暮らしが自動的に保証されたわけではない。働くことが問題外だとすれば、玉の輿に乗るか、高額の持参金つきの相手を見つけるか、男女いずれにとっても結婚が愛情の有無とは別に死活問題になったことは想像に難くない。本書の登場人物たちが、まるでバルブ時代の多くの日本人のように金の話に目の色を変え、人を評価する最優先の尺度として年収の多寡を問題にしているのも、それを考えればあながち不思議ではない。現代でも、結婚相手の条件の一つにしばしば年収額があげられる現実があるのだから、これは必ずしもよその国の過去のこととして片付けられず、したがってそれに対する作者の風刺はいまもその毒を失っていない”

 あからさまに触れていない男女間のセックス・ライフについては“エドワード(エリナの結婚相手)はあれからもう少なくとも一週間はバートン荘(エリナが住んでいる屋敷)にとどまっていた。ほかにどんな用事があったにしろ、一週間以下ではエリナとの付き合いを楽しむにも、過去、現在、将来について言うべきことの半分なりと言うにも、足りるはずがなかったからである。理性的な二人の人間同士の間でなら、切れ目なしにしゃべるという重労働をほんの二、三時間もやれば、本当に共通の話題は底をついてしまうだろうけれど、恋人同士ともなると事情は違ってくる。両人の間では、どんな話題もこれでおしまいということはなく、少なくとも二十回くらい繰返すまでは、心が通じ合ったことにすらならない”と記されている。

 この時代日本では江戸時代後期にあたる。江戸時代の男女関係ということで氏家幹人「江戸の性談」をひもとくと、「あらかじめ処女を喪失していた新妻が多かったのである。それにしても江戸時代は処女に重きを置かなかったという事実は、意外に知られていないではないか」とある。

 イギリスではどうだったかとなると、全くの推測でしかなくなる。なんといっても同じ屋根の下に一週間も過ごすとなれば、何が起こっても不思議でない。むしろ起こるのが普通のように思うが。私の若いころを振り返ると確信に近い。
 著者も「エリナとの付き合いを楽しむにも」という暗示を与えているのかもしれない。

 ジェーン・オースティンは、西洋文学の正典とみなされている。1775年12月16日生、1817年7月18日没。父母とも長寿であったのに、彼女は41年の短い生涯だった。生涯に6冊の著作がある。そのほとんどが映画化されている。
    「いつか晴れた日に」1811年。
    「高慢と偏見」1813年。
   「マンスフィールド・パーク」1814年。
   「エマ」1815年。「ノーサンガー・アベイ」1818年。
   「説きふせられて」1818年。

 ジェーン・オースティンの教育について本書訳者あとがきでは“当時としては珍しいことではないが、娘たちはほとんど正規の教育を受ける機会を与えられず、父の家庭内教育と読書を通じて(おおむね文学作品だが)それなりの教養を身につけたに過ぎない。姉妹とも生涯独身”ということであるが、インターネットのフリー百科事典(ウィキペディア=Wikipedia)によると、“1783年にオックスフォードで学び、続いてサザンプトンで教育を受けた。1785~1786年までバークシャー郡リーディングのリーディング修道院女子寄宿学校で学んだ”とある。

 いずれにしても、彼女の才能は豊かだったことは間違いない。「いつか晴れた日に」は二十歳のころに「エリナとマリアン」という題で第一稿が書かれたということではっきりしている。

 文体に特に注目したところはないが、1995年にアン・リー監督、エマ・トンプソン脚本。キャスト エマ・トンプソン、アラン・リックマン、ケイト・ウィンスレットで映画化されていて、エマ・トンプソンの脚本がアカデミー賞を受賞している。したがって、原作をどのような脚本にしたのか、この映画のDVDも観てみたいと思っている。
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