ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

「だれのものでもないチェレ」を観る

2010-02-21 15:08:10 | 映画
いやあ、みなさん、日曜日をどのようにお過ごしでしょうか。

もう上映も終了間近なのですが、渋谷の映画館で昨日「だれのものでもないチェレ」(IMDb)(公式サイト)という映画を観ました。その記事を書きます。







この映画は、共産主義体制下の1976年にハンガリーで公開されて、日本でも1979年に岩波ホールで公開されました。上が当時のチラシ、下が今回の再公開のものです。

この映画自体は昔から私は知っていたのですが、DVD化はされておらずビデオもとっくに廃番でオークションなどでも非常に高い価格で取引されているので見る機会がありませんでした。今回実にしばらくぶりに再公開されることになったので鑑賞することにしたわけです。

なお、ストーリーもこの記事で書いてしまいますので、そのへんご了解願います。

1930年(老人が墓に葬られるシーン(→後述)で、「1930」とあったから、1930年の話です)、ハンガリーの田舎の平原で、裸の少女(チェレ)が牛を追っています。最初に映画とは関係ない話をすると、このブログでも記事にしました通り私は2006年暮れから2007年の正月(厳密には12月31日から1月2日まで)ハンガリーを旅行しました。ブダペストだけでしたが、ウィーンからブダペストにむかう列車からの車窓からは、たしかにあのような平原を見ることができました。

では、なぜ女の子が全裸で牛を追っているかというと・・・。彼女は、いわゆる里子で、里親は女の子に服すらも与えてくれないからです。



そんな馬鹿なと思いますが、当時のハンガリーは民主主義とか人権とかとおよそ縁のない社会だったので、子供の権利など保障されていませんでした(だから、主人公のチェレは学校にすら行かせてもらえません)。そして政府は、孤児院で養うよりは安上がりにと若干の金をだして里親に預けます。里親は、安上がりの労働力(だって、飯を食わせてあげれば、給料すら払わなくていいんだからね)として里子を酷使します。

この映画がハンガリーで製作されたのは、たぶんこの旧体制の悪を糾弾するという狙いもあったのかなと思われます。といいますか、それを建前として映画をつくったということでしょう。

で、私が驚いたのがこの女の子が非常に自然に牛を追っているところです。この演技に私は信じられない気がしたのですが、じつはこの子役の少女は実際に農家の出身で、牛も追っていた、そしてこの牛も彼女の家で飼っていた牛だったというのです。なるほどと妙に納得してしまいました(上の情報は、パンフレットより)。

主演のジュジャ・ツィノコッツィは撮影当時(公開は76年ですが、撮影は75年ごろですかね)7歳で、7,000人のオーディションで選ばれたそうです。最初は孤児院の少女から、その後は実際の農家の娘をさがして彼女になったとか。

そういえば、大島渚監督も、「少年」を映画化する際、主人公の少年役の少年をさがすのも児童劇団ではだめで、けっきょく当時実際に養護施設にいた阿部哲夫少年を見つけたわけで、このような映画を製作するには子役が勝負ですからそこに監督らは命をかけるわけです。

しかしこの子役の少女はうまいですね。まったく演技経験のない素人のわけですが、ほんとすごい演技です。つまり、監督の演出の勝利ということです。

最初の農家で彼女は全裸で牛追いをさせられている際、近所の与太者から(強姦とまではいわずとも)性的いたずらをされてしまいます。が、養父母は、ののしるくらいのことしかしません。

腹をすかせた主人公は、畑のスイカをわって食べて、それを帽子にしてあそびます。すると農家の実子の女の子が「貸して」と頼んできます。じゃあ、服と交換でということで、実子が頭にスイカをのせて、主人公が服をかります。(よせばいいものを)そのままの格好で家に帰ってきた彼女らは、養母から激しく罵られます。おまけに、スイカを畑からとってきたことまでわかってしまい、養父は焼けた石炭を主人公に握らせるという虐待までします。

さすがにかわいそうに思った養母は、主人公の手に布を巻きながら大要こんなことを話します。
「あんたにあるものは、自分だけよ」

彼女には、えんぴつ1本自分のものなどありはしません。

実子たちも「あんたはもらい子だ」みたいなことを話します。そして主人公は、思わず口にします。

「お母さん(注:養母のこと)は私のことを愛してくれてるよ」

そんなことはありっこないことは誰だってわかっているのに、彼女はそのようなことを口にしないではいられません。

彼女は牛追いの作業中、学校に行ってみます。リズミカルに算数の九九を唱和する生徒たちの声を聞きながら、ついに我慢しきれなくなった主人公の少女チェレは、そのまま家に戻らず、どこかの家に保護されます。そしてまた施設に送られます。

 

そこで彼女は、また強欲な農家に引き取られます。ここでもいろんな作業をさせられることになるチェレは、一人の老人と知り合います。かつてはとても裕福だったがこの農家に財産を取り上げられて飼い殺しのような状態になっているこの男性に、チェレは心の安らぎを覚えて、いつか自分の実母が迎えに来てくれるという話をします。老人は、何も答えられません。

 

チェレは、老人に連れられて初めて教会へ行きます。そしてキリストに祈ります。会うことのできない実母のこと、自分のこと…。

 

教会からの帰り、老人と憲兵が少し話をします。老人の財産を奪った養母は、そのことを老人が憲兵に訴えたのではないかと考えて、老人を毒殺してしまいます。さらに養母はチェレがこのことを憲兵に訴えるのではないかと考えて、ミルクに毒を入れて殺そうとします。が、チェレが泣きやまない赤ん坊を見かねてミルクをやろうとすると、半狂乱になって「赤ん坊を殺そうとした!」と叫ぶ始末。

クリスマスの夜、みんながご馳走を食べている間、彼女はなにも与えられません。養父に「お父さん」と声をかけると「誰がお父さんだ!」と養母がどなり、養父は「お前のお父さんは、名もない兵隊だ」と言います。腹をすかせた彼女は、テーブルから食べ物をとって逃げ出します。養父母は家に鍵をかけて彼女を締め出します。

ほんとうに一人ぼっちになってしまった彼女は、小屋でろうそくに火をつけて祈ります。



しかし、ろうそくの火が、藁に燃え移り・・・・

小屋は炎に包まれます。そして映画は終わります。


徹底的に救いのない映画ですね。実は原作は(私は未読ですのでパンフレットにのっていた監督のインタビューより)、家が火事になるエピソードはありますが、そこで主人公が死ぬというのは映画化での改変だそうです。たぶん監督も、この改変はそれなりの覚悟をして行ったのでしょうね。

この映画は、原作者ジグモンド・モーリツが自殺しようとした19歳の女性から話を聞いて小説にしたものを原作としているとのことですので、だいたい実際にあった話だということです。つまり当時のハンガリーには数多くの「チェレ」がいたわけ。

この映画は1930年代が舞台で、決してはるか昔の話ではありません。そして世界にはまだ数多くの「チェレ」がいます。

それにしても、この映画を見た限りでは、チェレは生きていたとしてもきわめて厳しい生活を余儀なくされるのが目に見えています。ほんと、地獄とはこのことなのかもしれませんね…。

で、最後に、主演のジュジャ・ツィノコッツィは、今日でも女優活動をしています。IMDbによると、17歳で子供を産んだりしましたが、ひところはかなり貧しい生活をしていて、その自宅で行われたインタビューが放映されたら、見かねた自治体のあっせんでいい家に引っ越すことができたとか。ハンガリー人にとってはこの映画は、単なる映画というのではなく国民的な映画ということなのかもしれません。なお、パンフレットにあるハンガリーの方の話によると、この映画はハンガリーでは今でも劇場公開されることもあり、またDVDなどで学校や家庭で鑑賞されているとか。古いドラマですが、日本の「おしん」のようなドラマだとのことです。

IMDbによると彼女は、スカーレット・ヨハンソン主演の「アメリカン・ラプソディー」という映画(日本未公開)にも出演しているみたいですね。私は未見ですので、詳しいことは書けません。彼女の近影もご紹介しましょう。




1982年ごろの彼女です。



1990年ごろの彼女です。

 

上の2枚は、たぶん2002年ごろの彼女です。以上、出典は、こちらのサイトより(魚拓)。ハンガリー語が分からないので、詳細は不明です。

下の写真は2009年の彼女です。出典はこちら(魚拓)。これもインタビュー記事ですから、翻訳サイトか何かで調べてみようかな。



ジュジャさんも、いろいろと苦労をされたようですが、チェレとちがって彼女には幸せな人生を送ってもらいたいものです。
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4 コメント

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こんばんは。 (KLY)
2010-02-21 20:34:00
こんにちは。コメントありがとうございます。

ラストの3枚の写真は見つけていましたが、その上のモノクロ写真は初見でした。確かに昔の面影がのこってますね。

この作品をみてDVDを探しましたが当然ある訳もなく、ビデオは昔出ていたのですね。とはいってもそんなに売れた訳でもないでしょうから、下手したら日本に現存する本数自体が殆どない状態かも。
今回の公開もパイオニア映画シネマディスクの第2弾ということですが、パイオニアさんからDVDだしてくれませんかねぇ。(苦笑)

いずれにしても形式としては映画ですが、いわゆる映画とは一線を画す映像作品でした。
さすがに鑑賞する人も少ないので、こうしてお話できたこと自体嬉しいです。宜しければまた遊びにきてください。
返信する
>KLYさん (Bill McCreary)
2010-02-21 22:10:00
どうも、コメントありがとうございます。

>その上のモノクロ写真は初見でした。確かに昔の面影がのこってますね。

最近の写真はかなり表情がやわらかくなっていますが、82年、90年の厳しい表情は、チェレの顔かなと思いました。

>下手したら日本に現存する本数自体が殆どない状態かも。

ネットオークションで3万円くらいで出ていた記憶があります。いつもそのような額かはわかりませんが。

>DVD

わかりませんけど、今回正式に再上映されたんだから、出る可能性は少なくないんじゃありませんかね。

>さすがに鑑賞する人も少ないので、こうしてお話できたこと自体嬉しいです。宜しければまた遊びにきてください。

親切なお言葉ありがとうございます。また遊びに行きます。

さて、シャルロットがお好きなようですが、拙ブログで1度彼女のインタビューを翻訳したことがありますので、なんでしたらお読みになってください。
http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/9b9153c1ca9ba250d368927135b2cb7d
返信する
こんばんは (マーサ)
2010-02-22 01:26:26
コメント、ありがとうございました。
早速、遊びにきました♪

最近のチラシと比べて、昔のチラシの方が、この映画のイメージと合っていると思いますね。
昔の印刷物が、素材やフォントとか含めて全体的に好きなんですが。
 
主役の女優さんは、色々と苦労されてきた様ですが、
2009年の写真を見ると、落ち着いた生活をされている様でなんか安心しました。

ここ2年ほど、東欧の古い映画に興味を持ち機会が有れば見ています。
以前、同じ劇場で公開していた「大通りの店」には、
友と一緒に見に行き二人で衝撃を受けました
これからも、機会があれば色んな作品を見ていきたいなぁ~と思っています。

ハンガリーにご旅行もされているんですね
東欧には、行った事がないので是非行ってみたいんですよ。先になりそうですが…

ではまた、遊びに来ますね 
宜しければ、たまには遊びに来てやってください(笑)
返信する
コメントありがとうございます (Bill McCreary)
2010-02-22 06:36:08
どうも、コメントありがとうございます。

>昔のチラシの方が、この映画のイメージと合っていると思いますね

そうお考えですか。私も同感です。昔のほうが、この無骨な映画に逢っていると思います。

>落ち着いた生活をされている様でなんか安心しました

そうですね、離婚したり、かなり貧しい生活をしたりと決して楽ではなかったようですが、とりあえず今はなんとかやっているみたいですね。

>東欧の古い映画

日本ではポーランドの映画が(ワイダのために)有名ですが、でもほかの国でも面白い映画がたくさんあると思います。私なりにこれからも探求したいと思います。

あ、それから映画にはまったく出てきませんでしたが、ブダペストはいい街ですよ。機会があったらぜひ行ってみてください。

それではまた。これからものぞきにいきます。
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