ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

裁判員裁判の判決を、重罰(死刑)の正当化に利用しないでほしい

2019-12-05 00:00:00 | 社会時評

いつものことですが、産経新聞の記事を。

>【主張】死刑判決の破棄 裁判員の意義を問い直せ

2019.12.4 05:00コラム主張

 大阪・心斎橋の通り魔事件で父親を亡くした中学2年の長女は最高裁の判決を受けて「頑張って決めてくれた裁判員の人たちの気持ちが無駄になってしまった」「裁判員裁判の意味をもう一度考えてほしい」と話した。同感である。

 平成24年6月、心斎橋の路上で通行人の男女2人を無差別に刺殺したとして、殺人罪に問われた被告の上告審判決で、最高裁は1審裁判員裁判の死刑判決を破棄し、無期懲役とした2審大阪高裁の判断を支持した。裁判員裁判による死刑判決が2審で破棄された5件全てが無期懲役で確定することになる。

 最高裁は「死刑適用の慎重性、公平性確保の観点を踏まえると、2審判決の量刑が甚だしく不当とはいえない」と判断した。

 「公平性」とは過去の判例とのバランスを指し、その基となっているのは昭和58年に最高裁が示した「永山基準」である。連続4人射殺事件の永山則夫元死刑囚に対する最高裁判決は死刑選択が許されるとする9項目を示した。中でも殺害された被害者数と犯行の計画性の有無が重視されてきた。

 心斎橋事件の被告は2人を殺害したが、犯行は「場当たり的」で計画性の低さが死刑回避の理由の一つとされた。

 だが遺族にとっては犯行に計画性があろうがなかろうが、理不尽に肉親の命を奪われた被害感情には全く関係がない。

 裁判員制度は国民の常識を刑事裁判に反映させることを目的に導入された。そこには従来の量刑傾向と国民の常識との間に乖離(かいり)があるとの反省があったはずだ。

 制度導入以前の判例との公平性を重視すれば、これが埋まることはない。36年前の「永山基準」がものさしであり続けている現状こそがおかしい。最高裁は、裁判員制度の意義を踏まえた新たな判断基準を明示すべきである。

 死刑判断だけではない。今年10月、東京都目黒区の虐待死事件で保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親の裁判員裁判で、検察側は懲役18年を求刑したが、東京地裁は「従来の量刑傾向から踏み出した重い求刑」としてこれを減じ、懲役13年を言い渡した。

 裁判員の一人は判決後に「自分が思ったところ(量刑)とのギャップが大きかった」と述べた。裁判員制度の趣旨は揺らいではいないか。問い直すときである。

何の義理があって、高等裁判所が裁判員裁判の判決に従わねばならないのかよくわかりませんが、つまりだねえ、我々は重罰、死刑が好きなのだ、だから裁判員裁判で死刑判決が出たら、それを破棄しないでくれってことなんでしょうね、この記事。まーったくどうしようもない。

>従来の量刑傾向と国民の常識との間に乖離(かいり)があるとの反省

うんなもん、国民の常識がより正しい量刑であるなんて、単なるドグマじゃないですか。そんなことは一部の人間が、なんの論拠もなくほざいているだけです。個人的な意見を言えば、私が刑事裁判を受けることになったら、市民感覚の量刑より、裁判官が下すろうもののほうがよっぱどありがたいですが、この論説を書いた人はどうなんですかね(苦笑)。まあたぶんなんの論拠もなく、自分はそんな立場にはならないと考えているんでしょうが。

正直被害者の遺族が

>「頑張って決めてくれた裁判員の人たちの気持ちが無駄になってしまった」「裁判員裁判の意味をもう一度考えてほしい」

と主張したくなるのは、理解しないではないですが、でも上のようなことを言ったってしょうがないですよね。裁判員の気持ちが無駄になることは仕方ないし、またそれは悪いことでは必ずしもない。裁判員裁判の意味っていったって、裁判員裁判の判決(量刑)は極めて正しいものであり、神聖にして犯すべからずというものでももちろんない。高裁なり最高裁なりであらためて審理してもらうていどの権利は、どんな極悪人にだってあるでしょう。

いずれにせよ善意の第三者であるマスコミが、裁判員裁判で死刑判決が出た、これを上級裁判所は尊重すべきだなんてことは主張すべきではありませんね。それはそれ、これはこれです。だいたい、いまのところそのような判決は出ていないようですが、1審の裁判員裁判で無期懲役の判決が出た事件を検察が控訴して死刑判決になったら、産経新聞はそれを支持するんだろ(笑、いや、笑っている場合じゃありませんね)。いずれにせよデタラメな新聞です。もっともこれは検察も同じようなものです。前に私は次のような記事を書きました。

そんなことを言うのであれば、検察は今後裁判員裁判では、量刑不当の控訴はしないのかという話になる

検察は、裁判員裁判での量刑を最大限尊重するんじゃなかったっけ

検察は、かつての主張を撤回したのかな

検察(東京高検)は、高裁での死刑判決破棄を、それは裁判員裁判の趣旨に反すると主張する上告趣意書を作成しましたが、死刑求刑事件で無期懲役判決が出た際は、けっきょくやっぱり量刑不当で控訴したわけです。予想の範囲内ですが、まったくその場しのぎのデタラメな組織です、検察というところも。迷惑にもほどがあるというものです。それでちょうど昨日(この記事を書いている時点では本日)、新潟地裁で死刑求刑事件に無期懲役判決が出ました。

新潟女児殺害、小林遼被告に無期懲役判決 新潟地裁

中村建太 2019年12月4日15時06分

 新潟市西区で昨年5月、小学2年の女児(当時7)を殺害したなどとして、殺人や強制わいせつ致死など七つの罪に問われた同区の元会社員、小林遼(はるか)被告(25)の裁判員裁判の判決が4日、新潟地裁であった。山崎威(たけし)裁判長は無期懲役(求刑死刑)を言い渡した。

 起訴状によると、小林被告は昨年5月7日、下校中の女児の背後から軽乗用車を衝突させて連れ去り、わいせつな行為をした上で殺害。同日夜、遺体をJR越後線の線路上に遺棄し、列車にはねさせたとされる。

 これまでの公判で検察側は「まれにみる悪逆非道な犯行」と強く非難。被害者参加人として意見陳述した遺族も「被告にふさわしいのは死刑しかない」と訴えていた。

 一方、弁護側は、被告が女児を気絶させるために首を絞めたとして殺意を否認し、傷害致死罪が相当と主張。強制わいせつ致死罪も成立しないとして、「長くても懲役10年が妥当」と訴えていた。(中村建太)

検察はたぶん控訴するし、産経新聞ほかは、この判決を批判するんでしょうね、きっと。

ところで時事通信のこちらの記事の、この談話を読者の皆さまはどうお考えになりますかね。

>「裁判員制度、何のため」 極刑回避に遺族―大阪・ミナミ通り魔

2019年12月02日20時01分

(前略)

 一審で裁判員を務めた会社員の男性(53)は取材に対し、「失望感しかない。死刑にならない悪い例を作ってしまい、被害者に顔向けできない思いだ」と声を落とした。

タイトルからして、裁判員裁判なんてそんな大層なものではないのですが(少なくとも厳罰を下すために存在するわけではない)、それはさておき。

>失望感しかない。死刑にならない悪い例を作ってしまい、被害者に顔向けできない思いだ

ってひどいですよねえ(呆れ)。「失望感」というのもどうかと思いますが、高裁以降の判決は、いかなる点でもこの人には関係ないでしょうに。なんで顔向けできないのか、なんの関連性もない。こんなくだらん正義感(?)、使命感(?)を持たれても大変迷惑です。もっともこれは、この人物よりこういう筋違いの話を報道する時事通信の側の問題でしょう。闇サイト事件の被害者の母親のめちゃくちゃな発言そのものよりも、そのような発言をさせる法科大学院や、それを垂れ流すマスコミのほうがより悪質で批判されるべきだと私が考えるのと同じことです。

裁判官が判例に固執することを批判して、なにがどうなってほしいんだか

なおこの記事は、bogus-simotukareさんの記事を参照しました。感謝を申し上げます。

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19 コメント

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産経『「市民感覚の軽視」 裁判員の死刑判断破棄6件目 熊谷6人殺害で無期懲役』 (bogus-simotukare)
2019-12-05 21:26:24
>なおこの記事は、bogus-simotukareさんの記事を参照しました。感謝を申し上げます。

 こちらこそ記事紹介いつもありがとうございます。さてご存じかもしれませんが産経が死刑関係でまたアホ記事を書きましたね。

https://www.sankei.com/affairs/news/191205/afr1912050043-n1.html
 埼玉県熊谷市で平成27年、小学生2人を含む6人を殺害したとして強盗殺人などの罪に問われたペルー国籍、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告(34)の控訴審判決公判。死刑とした1審さいたま地裁の裁判員裁判判決を破棄、無期懲役を言い渡した。
 裁判員が悩み抜いた末に導き出した死刑判決がまた破棄された。1審はナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告の統合失調症による妄想の影響は限定的とみて完全責任能力を有していたと認定したのに対し、2審は統合失調症の影響で心神耗弱状態だったと判断した。
 東京工業大の影山任佐(じんすけ)名誉教授(犯罪精神病理学)は「市民感情からすれば1審は当然の判断かもしれないが、精神科医や法律の専門家から見れば、完全責任能力があったというのはあり得ない判断」とみる。罪に見合う刑を求める「責任主義」と過去判例との刑の公平性を考えれば、心神耗弱を理由にした減軽はやむを得ないとの立場だ。
 ある検察幹部は「死刑の判断基準だけは、市民の声を聞かないと言っているに等しい。何のための裁判員制度か」と批判。一方、ナカダ被告の弁護人は「1審判決を不合理として破棄した点は評価できるが、心神喪失の判断をすべきだった」としている。
(引用終わり)

 「心神耗弱を認めるのは医学的に間違ってる」ならともかく産経はまた「遺族の気持ちガー」「裁判員裁判ガー」です。
 今回なんか「医学的根拠を元に心神耗弱の認定がされたので、一般的な量刑判断とは全然違う」のに良くもこんなあほな記事が書けたもんです。
返信する
>bogus-simotukareさん (Bill McCreary)
2019-12-06 00:03:14
この事件は、私も死刑判決が維持されるのかなと思っていましたが、無期でしたね。で、私も影山名誉教授の

>精神科医や法律の専門家から見れば、完全責任能力があったというのはあり得ない判断

という言葉に尽きると思いますね。責任能力なさすぎでしょう。これ

>「遺族の気持ちガー」「裁判員裁判ガー」

なんて言われたってしょうがないですよね。裁判員裁判だろうとなんだろうと、遺族の気持ちをそんなに重大視するわけにもいかない。
返信する
淡路島5人殺害事件の二審で無期懲役判決 (nordhausen)
2020-01-29 20:10:35
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200127/k10012260221000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_103

>恨んだ前提が正しかろうが妄想だろうが、罪になると分かって人を殺したのであれば刑を軽くする必要などないはずです。

>地方裁判所で長期間かけて裁判員を交えて評議した結論を高等裁判所において別の鑑定人の鑑定結果のほうが信用できるなどという理由で覆し、5人もの尊い生命を奪った被告を死刑にしないという結論は、余りに非常識だと思います。

熊谷の6人殺害事件もそうですが、この事件も非常に悪質で余りにも凄惨な事件であることは動かし難い事実ですし、遺族が死刑を望むのは仕方のないことでしょうね。むしろ、「非常識」と言うのなら、裁判官の判断より、こういう遺族の感情論、厳罰論、報復論を無批判に垂れ流すマスコミの報道姿勢の方が余程非常識だと思いますが。それに、この遺族が池袋暴走運転死傷事件や光市母子殺害事件、闇サイト事件の遺族のように今後もマスコミの格好の餌食にならなければいいのですが。
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>nordhausenさん (Bill McCreary)
2020-01-29 22:03:19
どちらも精神障害での犯罪であることは確かですからね。遺族のお気持ちは当然としても、やはり死刑にすべきかどうか、かなり難しいラインかと思いますね。

>非常識」と言うのなら、裁判官の判断より、こういう遺族の感情論、厳罰論、報復論を無批判に垂れ流すマスコミの報道姿勢の方が余程非常識だと思いますが。

私もそう思います。マスコミがあおって遺族をさらに怒らせるというのは毎度おなじみの光景デウスが、これ自体ひどい人権侵害です。

>この遺族が池袋暴走運転死傷事件や光市母子殺害事件、闇サイト事件の遺族のように今後もマスコミの格好の餌食にならなければいいのですが。

この人たちは、まさにマスコミの犠牲者という側面もあると思います。
返信する
Unknown (nordhausen)
2020-02-18 20:23:08
死刑事件ではありませんが、大津の園児死傷事件で被告に禁錮4年6月の判決が言い渡されました。ここでも遺族の感情論が垂れ流されていましたからね。

https://www.sankei.com/affairs/news/200217/afr2002170017-n1.html

また、以下の記事でも、高齢ドライバーの運転ミスで娘を亡くした母親が、厳罰論が唱えていました。

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000176576.html

毎回のことになりますが、マスコミがこういう遺族の厳罰論を無批判に垂れ流したりお涙頂戴の報道をするのはあまりよろしくないと思いますね。もちろん、遺族が加害者に対して厳罰を訴える気持ちは分かりますが。
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>nordhausenさん (Bill McCreary)
2020-02-19 23:13:06
大津の事件は、被告人の女性がストーカー事件を起こしたりと、どうも犯行以外の態様が悪すぎて、遺族のさらなる怒りを買っています。それは仕方ないとは思いますが、だからといってマスコミがそれをやたら流すという毎度おなじみの構図は本当に困りますね。

>高齢ドライバーの運転ミスで娘を亡くした母親が、厳罰論が唱えていました。

ありがとうございます。埼玉県の稲垣聖菜さんの件ですね。

この件は、この記事ではありませんが、ほかの報道で見ました。現実問題として交通事故も事故死者数も減っていますし、また毎年検査しろというのは現実問題として、またあまたのコストがかかりすぎてできない相談だと思いますが、この報道にかかわらずどのマスコミも主張をそのまま紹介するだけですからね。それはおかしいでしょう。
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熊谷6人殺害事件でペルー人被告の無期懲役刑が確定へ (nordhausen)
2020-09-14 22:06:45
https://www.sankei.com/affairs/news/200910/afr2009100014-n1.html

結局、心神耗弱状態と認定されて検察も上告しなかったため、死刑の回避は確定的だったのでしょう。なお、毎日新聞では、この事件で妻子を殺害された遺族の男性に取材しています。

https://mainichi.jp/articles/20200910/k00/00m/040/312000c

この遺族の男性が「高裁で死刑判決が覆ったことに決して納得できない」と主張するのは仕方のないことですし、本心としては「心神耗弱があろうと無かろうと、問答無用で死刑にしろ」ということだったのでしょう。しかし、最高裁で無期懲役刑が確定した以上、この男性の主張通り被告を死刑にしたければ、最高裁が判決を無効にして差し戻しにするしか方法は無いと思いますね。毎日の記者は、どういう了見でこんなお涙頂戴、感情論垂れ流しの記事を書いたのか気になるところですね。それに、この遺族の男性が今後もマスコミ格好の餌食にならなければよいのですが。

私個人の意見を申し上げますと、この事件は無差別に6人を殺害したあまりにも残忍な事件ですし、死刑判決もやむを得ないと思いますが、心神耗弱状態なら無期懲役でも十分重い刑罰でしょう。
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>nordhausenさん (Bill McCreary)
2020-09-17 07:27:41
どうもコメントありがとうございます。私もこの件はちょっと気になっているので、たぶん来週の連休明けになるかと思いますが、記事を書くつもりでいます。

おっしゃる通り、法律で精神病の人間には罪を免じるあるいは減じることが可能であると規定されていれば、無期判決もしょうがないと思います。時事圧弁護側は無図愛を訴えていました。
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Unknown (nordhausen)
2021-03-18 21:17:18
これも死刑事件ではありませんが、2019年に静岡県三島市で原付車を運転していた男性が信号無視の乗用車と衝突して死亡した事件で、被告に執行猶予の付いた禁錮3年の判決が言い渡されました。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/shizuoka/20210315/3030010768.html

なお、この事件では、遺族が目撃情報を集めて厳罰を求める署名を検察庁に提出するなどの活動を行っていましたからね。先日のNHK「おはよう日本」のレポートでも、遺族が犯人への厳罰を求める署名活動を行っている場面が映し出されていました。まあ正直なところ、「遺族の納得するような厳罰にしろ」と言わんばかりの内容でしたね。その気持ちは理解できなくもありませんが、判決が言い渡された後の

>判決を聞いて母が悲しむ姿を見て、父は『こんな思いをさせてごめんね』と言っているような気がしました。私たちが声を上げなければ父は被害者として扱われなかった。執行猶予付きの判決で、気持ちをくみ取ってもらえずに残念です

>私たちは父に会うことができないが、被告は普通の生活を送れば刑の執行を受けることはない。どうして交通事故の罪はこんなにも軽いのか、悔しく思います

と訴えるのは、「どうもなあ」と感じますね。では被告に危険運転致死罪が適用されて懲役15年前後の実刑判決が言い渡されたのなら、それで納得できたのか、ということですよね。死刑相当事件で言えば、闇サイト事件や熊谷および淡路島の事件や富山交番襲撃事件などで、被告に死刑判決が言い渡されたのなら、それで納得できたのか、ということにもなりますね。

確かに遺族が厳罰を望み、判決に不平不満を唱えるのは仕方のないことだと思います。しかし、毎回のことになりますが、マスコミがこのような厳罰論を無批判に垂れ流すのはよろしくないと思いますね。いずれにしても、被告や検察が控訴する可能性はありますね。
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>nordhausenさん (Bill McCreary)
2021-03-19 21:13:31
どうも、コメントありがとうございます。こちらの件ですね。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yanagiharamika/20210318-00227994/

>では被告に危険運転致死罪が適用されて懲役15年前後の実刑判決が言い渡されたのなら、それで納得できたのか、ということですよね。死刑相当事件で言えば、闇サイト事件や熊谷および淡路島の事件や富山交番襲撃事件などで、被告に死刑判決が言い渡されたのなら、それで納得できたのか、ということにもなりますね。

私も同感です。死刑事件で犯人が死刑になり、執行されて晴れ晴れとした表情をしている犯罪被害者遺族というのを、私は見たことがありません。それとこれとは話が違うのでしょう。

>マスコミがこのような厳罰論を無批判に垂れ流すのはよろしくないと思いますね。いずれにしても、被告や検察が控訴する可能性はありますね。

そういうことですね。厳罰論のほうが視聴者、読者は喜ぶのでしょうが、だからと言ってやれ死刑だ重刑だとマスコミがあおってもしょうがないでしょう。そして検察はやっぱり控訴したようですね。やはり重大事件である認識があるのでしょう。
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