ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

浅田真央についてのどうでもいい話

2010-08-28 00:46:18 | スポーツ
このブログをお読みの方は、私は浅田真央が嫌いだと感じている方もいると思いますけど、私は彼女のことを「嫌い」ではありませんよ。ただキム・ヨナのほうが好きだということと、浅田の幼稚なところ(自分を名前で呼んだり親のことを「パパ、ママ」と呼んだりするところ)が苦手だということです。宇都宮直子が書いた「浅田真央 ××歳」シリーズも全部読んでいます。

最近は浅田は、テレビの前では自分のことを「真央」と呼ぶのはやめたみたいですが、たぶん彼女は私生活では自分のことを名前でまだ呼んでいるでしょうね。私生活だからどうでもいいけど。

バンクーバーのオリンピックでショートプログラムが終わった後、彼女はキスアンドクライで画面に向かって「エアロ~、ティアラ~、小町~! 真央だよ~!」なんて言っていました。こんなときに飼っている犬の名前を出しちゃうあたりに彼女の人柄がでています。

それにしても安藤美姫も以前は自分のことを名前で呼んでいたし、彼女らみたいにわりと裕福な家庭に育つと自分のことを名前で呼ぶっていう傾向があるんですかね。よくわかりませんが。

で、浅田真央についての本に「真央らしく」という本があります。朝日新聞の記者が書いた本です。これを読むと、彼女は自分を「私」と呼んでいます。著者が調整したのか、ほんとにそう呼んでいるのかは不明ですが、宇都宮直子の本では浅田はつねに自分のことを名前で呼んでいるんで、朝日のほうの本は、著者が記述を調整したのでなければ、たぶん宇都宮直子のほうが親しい関係にあるので気楽にそう呼んでいるのかもしれません。

キム・ヨナのほうがいかにも「大人」っていう感じがしますけど、実際はどうだか知りませんが、やはり浅田真央のほうがいかにも大事に育てられたっていう雰囲気はありますね。

ヨナさんのほうはインタビューもけっこう英語でこなしますが、浅田真央が英語を話しているところってあんまり記憶にないんですけど。彼女も長く米国でトレーニングをしていたわけで、英語が出来ないわけでもないんでしょうがどんなもんなんですかね。

さて、どうも私不審なんですけど、浅田真央って2006年に中京大学付属中京高校に入学して、2009年に卒業、そのまま中京大学に進学しています。

で、彼女、高校に進学してからは長きにわたって米国で練習してきました。とくに1~2年生の間は実質的に高校にはほとんど通学していません。

つまりこの間彼女は学校が出す課題その他をこなして高校に通学したのに準じる状態で高校の課程を修了したということです。

これ、ほんとに大丈夫ですかね?

もちろん学校もそのあたり(つまりほとんど通学しない状況である)は承知で彼女を入学させて、先輩の安藤美姫などの例にも準じてカリキュラムを作成したのでしょから、大丈夫は大丈夫なんでしょうけど、でもカリキュラムの不備はないにしても彼女がまともな形で高校生活を送っていないのは確実ですね。

堀越学園あたりでの芸能人のまともでない高校生活の話が以前はよく伝わりましたが、浅田真央にいたってはそもそもほとんど外国にいるんだからそれ以前の話ですよね。どうしたものかと。

大学でも語学の授業なんか(彼女はロシア語をやりたいそうですが)ちゃんと出てんかよという疑問がありますが、大学はまだしも高校はねえ、もちろん彼女は特異な才能の持ち主であってそれを伸ばすためには致し方ない措置ではあったんでしょうがどうもね。学校のカリキュラムはともかくとしても友人づきあいとかももちろんほとんど出来ないし、高校生活で経験するさまざまな社会のありかたみたいなものもおそらくほとんど学べないわけで、仕方ないという言葉のうらにけっこう彼女もずいぶん無理をして生きているんだなと感じます。

浅田真央は性格はものすごくいい人みたいですが、彼女のもつ特異な才能がいろいろな意味で平凡な生活から学ぶべきことを犠牲にしているということは、彼女の演技を見ながらでもある程度は考えたほうがいいのかもしれません。
コメント (39)
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