「森の生活」 ヘンリ-・D・ソロー著 小学館 を拾い読みする。
「もし、人が何のために生きるかを、もう少し考えて生きるなら、誰もが本当の観察者になり、研究者になるでしょう。人は楽しく生きようとする本性を持ち、楽して生きることによって成長するよう、定められているからです」(本文より)
人、あるいは世の中を観察するということは、とりもなおさず自分が観察されてもよいという立場になる。
恥ずかしい生き方をしていなければ、「さあ、いらっしゃい」と自分をさらけ出してもいっこうに構わないということだ。
賢者であるならば、他人が見ていない所でも、やましいことはせず誇りをもって生活している。
自信は揺らぐが誇りは凛としている強さがある。
誇りとはいったいどういうものだろうか。
多種多様の考え方はあるだろうけど、ゴミを道端に捨てない、引っ込み思案で気が小さい(人としての美徳だと思っている)、穏やかなライフスタイル、交通ルールに従う、威張らない、などなどを僕はあげる。
そんなささやかなものだ。
人は、見られてナンボだと思う。
理不尽なまでに白い目で見る奴は、そいつが悪い。
恥ずかしくない生き方をしていれば、胸を張ればよい。
「もし、人が何のために生きるかを、もう少し考えて生きるなら、誰もが本当の観察者になり、研究者になるでしょう。人は楽しく生きようとする本性を持ち、楽して生きることによって成長するよう、定められているからです」(本文より)
人、あるいは世の中を観察するということは、とりもなおさず自分が観察されてもよいという立場になる。
恥ずかしい生き方をしていなければ、「さあ、いらっしゃい」と自分をさらけ出してもいっこうに構わないということだ。
賢者であるならば、他人が見ていない所でも、やましいことはせず誇りをもって生活している。
自信は揺らぐが誇りは凛としている強さがある。
誇りとはいったいどういうものだろうか。
多種多様の考え方はあるだろうけど、ゴミを道端に捨てない、引っ込み思案で気が小さい(人としての美徳だと思っている)、穏やかなライフスタイル、交通ルールに従う、威張らない、などなどを僕はあげる。
そんなささやかなものだ。
人は、見られてナンボだと思う。
理不尽なまでに白い目で見る奴は、そいつが悪い。
恥ずかしくない生き方をしていれば、胸を張ればよい。