(周りに露をたっぷり打ったのですが、はかなく消えて・・・それも良しかな)
5月の初風炉の茶事に始まり、3回目の立礼の茶事での濃茶点前ですが、心がけていることは一期一会の精神でしょうか。
再び暁庵の茶事でお会いすることがないかもしれない・・・と思うと、一入こみ上げてくるものがあります。その思いを大事にして、花を生け、濃茶を差し上げたいと。
後座の床に白い木槿と灸花(やいとばな)をガラス氷柱(つらら)花入に生け、周りに露を打ちました。露も生けた花もやがてはかなく消え去りましたが、お客さまの心の中に深く印象づけられたようでした。
風炉は眉風炉、釜は桐文真形釜(高橋敬典造)を使いました。小ぶりの風炉は点茶盤のスペースを広くし、真形釜は車軸釜より高さが低いので、初炭の時に上げ下ろしが扱いやすくなりました。
釜を変えたせい(?)で新しい発見がありました。
火相も湯相もほど好く、釜の蓋を開けると、自然光の中で湯気が幻想的に立ち昇ります。柄杓を取り置きするたびに釜の湯気が微妙にたなびき、それがとても神々しく、初めて経験する不思議な感覚でした。
うす暗い茶室で蠢く湯気を意識しながら裏千家流の濃茶点前に専念しました。
「どうぞお流儀の仕方でお召し上がりください」「お服加減はいかがでしょうか?」
「たっぷりと頂戴しています。まろやかで甘みのある濃茶ですね・・」とお正客Yさま。
次客Sさま、次いで詰Fさまの濃茶を心こめて練ってお出ししました。濃茶は坐忘斎家元好みの「延年の昔」(星野園詰)です。
濃茶茶碗はいつも同じで黒楽と御本2碗ですが、どの茶碗も気に入っていただけたようでとても嬉しいです。
古薩摩焼の銘「翁」という茶入、仕覆は19世紀の島モール(中嶋由美子仕立て)、茶杓は後藤瑞巌師の御作で銘「無事」です。
(琉球焼の茶碗で薄茶を差し上げました)
続いて、半東Y氏が洗い茶巾のお点前で薄茶を差し上げ、暁庵が半東をつとめました。
このお点前の原型は利休七哲のひとり、瀬田掃部(利休の弟子)が畳目十四半(約18センチ)の高麗平茶碗「水海(湖)(みずうみ)」を入手し、それを生かすために考案したと伝えられています。
現在の洗い茶巾は裏千家十三代圓能斎の創案で盛夏の薄茶点前です。茶巾をしぼる時や茶碗の水を建水に流す時の涼やかな水音をお客さまに楽しんでもらうことが眼目です。
(半東Y氏の洗い茶巾の点前、本番と同じ道具で稽古中)
水を入れた刷毛平茶碗(高田焼)に茶巾、茶筅、茶杓を仕組み、持ち出します。建水は水音が高らかに聞こえるように陶器から唐銅に変えてみました。
・・・そして、小堀遠州流のお客さまが見守る中、濡れ茶巾が絞られ、滝を思わせるような水音を響かせながら、平茶碗から建水へ水が流されました(ヤッタネ!)
「温度や濃さが丁度好くまろやかで美味しいです。お代わりを・・・」と、皆さまがお代わりをしてくださいました。薄茶は「舞の白」(星野園詰)です。
次客様の茶碗は江戸時代の琉球焼、三客様は銘「淡路」(琴浦窯、桐山作)を選びました。
薄器は鵬雲斎大宗匠好みの「流水千鳥蒔絵 溜塗吹雪」、茶杓は「寧」(染谷英明作)です。半東Y氏が茶杓「寧(ねい)」についてお話をしてくださいました。
茶の湯を通して人との交わりを丁寧につむいでいくこと
茶の湯を通してやすらかな心と時間を持つこと・・・そんな願いを込めて
・・・こうして、3人のお客さまをお迎えし、第3回・立礼の「曉雪の朝茶事」が無事に楽しく終わりました。
(茶事後の薄茶タイム・・・AYさんがご自服で)
馳せ参じてくださった小堀遠州流のYさま、Sさま、Fさま、そして早朝から朝茶事を支え、獅子奮迅の活躍をしてくださった半東Y氏と懐石&水屋AYさんに心から感謝申し上げます。
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