今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

907 川原湯(群馬県)ダムに沈み湖畔に生きる千年湯

2020-10-11 06:00:00 | 群馬・栃木
八ッ場(やんば)ダムが完成した。計画決定から50年余、激しい反対運動、民主党政権による計画凍結など、曲折を経ての完工である。激しい反対活動が目立ったのは、この地で古くから温泉郷を営む川原湯の人たちだった。今そこは「八ッ場あがつま湖」の湖底に沈み、旅館街は湖畔の高台に真新しい施設を並べている。川原の湯は湖畔の湯に変わったのである。このことが新たな幸せな街造りに繋がることを願う。



堤高116メートル、総貯水量1億立方メートルの八ッ場ダムは、利根川水系では3番目の規模だというが、堤頂長の291メートルは「案外コンパクト」な印象である。ただ事業費は5300億円と、計画当初の2.5倍になった金食いダムでもある。千年余の歴史があると伝わる川原湯温泉は、深い渓谷の街道沿いに、傾斜地に張り付くように営まれていたのだが、今や広々と整地された高台に移転し、営業を再開した。



あのしっとりとした温泉郷の風情を定着させるには、また長い時を経る必要があるだろうが、アクセス道路は広々と整備され、ダム湖を望む新しい景観も生まれた。湖畔の「道の駅」は満車の賑わいで、水陸両用バスが湖面を目指す。新たな観光地が生まれたようである。だが水没地域の住民の多くは、ダム完成を待たず移住していった。あのままが良かったのか、それとも全て新しくなって再スタートした今が正解なのか。

(川辺川ダム予定地=熊本県五木村)

八ッ場とともに建設が凍結された熊本県の川辺川ダムは、八ッ場と異なり、そのまま建設はストップしている。八ッ場のダムサイトが完成し、試験貯水が始まった直後、関東地方を襲った豪雨では大きな被害が出ず、「八ッ場ダムの効果だ」といった風評が流れた。一方、川辺川ダムは、今夏の球磨川氾濫に際し、ダム建設を見送ったから被害が深刻化したとの非難が挙がった。治水とは、本当にそんな単純なことなのか。



ダムという人工物で自然をコントロールできるか、私は否定的に考える。堰き止めるのではなく、湛水した水を受け入れる遊水地を、中・下流域に確保すべきだ。そんな土地はない、と言ってはおしまいだ。浸水危険区域が地図上に把握されるほどわかっているのだから、その地域を手厚い公費助成でそっくり移転させられないものか。地球温暖化を防ぐ一方で、拡大しきった人間の営みを、自然に合わせて行くしかない。



人工的構造物とはいえ、ダムそのものは美しいと思う。自然景観を破壊すると言われるけれど、人間の力を再認識させる機能美がある。土木工学を志した人たちには、一度は取り組んでみたい夢の仕事だろう。そのことは認めるとしても、近年の集中豪雨は、これまでの河川管理の想定を超える流量を生じさせている。それをダムによって堰き止めようというのであれば、国土はダムだらけダム湖だらけになってしまう。



それにしてもダム建設は、周辺の姿を一変させる。渓谷をクネクネと延びる恐ろしい道しかなかった一帯を、快適な道路や橋が縦横に結び、満々と水をたたえる人造湖は秋の陽に煌めく。湖底に沈んだのは川原湯の温泉だけではない。遥か太古に縄文人らが暮らした痕跡も消えた。我々が生きて行くということは、何かを失い何かを得て行くことなのだろう。その選択が、進歩・前進とは限らないことが悩ましい。(2020.10.2)

(国土交通省関東地方整備局利根川ダム統合管理事務所ホームページより)







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