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群馬県吾妻山中の高台に立って、南方を見晴らしている。はるか前方を塞ぐように聳えているのは浅間山である。好天の今日は、山頂の冠雪が美しい。視界の中央を深く穿って流れるのは白砂川だ。合併して今では中之条町になるここは、旧六合村の世立(よだて)集落である。陶芸道楽者の私がこの村の暮坂に通って10年になる。そして好んで立ち寄る景観の地がここだ。大きな眺めに心が晴れる。季節が少し進めば、風景は紅葉で彩られる。
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集落は、南面の傾斜地に営まれている。戸数は20戸ほどだろうか。集落の東端を落ちる流れは「世立八滝」と呼ばれる景勝地を形成する。滝が連続するほどの急傾斜の土地ということで、耕作地はほとんど見当たらない。これほどの急斜面によくぞ集落が営まれたものだと不思議になる。南面だから日当たりはいいのだろうが、冬、西側にそびえる草津白根山から吹き降ろす風は冷たいらしい。「白根山の見える土地は寒い」が六合の常識である。
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明治の半ばまで、ここも草津村だった。しかし温泉地が草津町となったのに伴い、白砂渓谷に点在する6つの地区は分離し、六合村を建てた。最奧の入山地区に含まれる世立は、木曽義仲に遡る地名伝承があるらしいから、実に古くから人々の暮らしがあったのだろう。当初は白砂川に添って細々と延びて来る街道沿いに暮らしが営まれたと思われる。そして家々は、次第に傾斜地の底から高台へと広がり、現在の集落を形成して行ったのではなかろうか。
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集落が終わる高みには墓地が置かれ、小さなお堂の周りに祖霊が眠っている。お堂の脇にはコブシの巨樹が枝を広げ、春先には白い花が墓所を覆う。私が立つ高台はこの墓所に近く、新たに道路が敷設されたことで、今ではこちらが村の入口になったようだ。新しい道路の法面や、「ふるさと活性化センター」が建てられた広場には季節の花が途絶えることがなく、六合村が「日本で一番美しい村連合」のメンバーでもあることを思い出させる。
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ただ「美しい村」も、時代の変化と無縁ではない。村の南部にあった日帰り温泉施設「長英の隠し湯」は閉鎖になったし、世立に近い山中で診療所・老人ホーム・温泉健康施設の複合活動を展開していた六合温泉医療センターも、診療所を残して縮小されるのだという。過疎地の活性化へ希望を託されていたのであろう様々な拠点が、静かに幕を閉じ始めている。入山で生まれ育った蕎麦屋の女将さんは「寂しくなります」と言葉少なである。
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集落の裏口とでも言えそうな林道の脇に、白い小屋が建っている。玄関周りに奇妙なオブジェが並んでいるから、作家の工房なのかもしれない。ニューヨークのMoMAに復元されているル・コルビジェ最晩年のアトリエ兼住居と同じくらいコンパクトだ。この10年間、時折り通りかかるのだが、小屋の主には出会えていない。雄大な眺望と折々の花や紅葉に囲まれて、「no art,no life」とつぶやいて暮らしたい私には、羨やましい小屋だ。
10年間、暮坂の陶芸工房に通い続けたけれど、この冬が来る前に宿舎をたたむつもりだ。泥遊びの楽しさは尽きず、まだまだ続けたいものの、東京から5時間かけて通うことに疲れた。垣間見させていただいた山の暮らしは、都会の雑踏に埋もれて生きてきた私には新鮮な驚きの連続だった。だが山の自然は美しいけれど厳しい。「どうしてこんな不便な地に」との疑問は今も解けない。とはいえ土地人の表情は、穏やかなのである。(2020.10.21)
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集落は、南面の傾斜地に営まれている。戸数は20戸ほどだろうか。集落の東端を落ちる流れは「世立八滝」と呼ばれる景勝地を形成する。滝が連続するほどの急傾斜の土地ということで、耕作地はほとんど見当たらない。これほどの急斜面によくぞ集落が営まれたものだと不思議になる。南面だから日当たりはいいのだろうが、冬、西側にそびえる草津白根山から吹き降ろす風は冷たいらしい。「白根山の見える土地は寒い」が六合の常識である。
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明治の半ばまで、ここも草津村だった。しかし温泉地が草津町となったのに伴い、白砂渓谷に点在する6つの地区は分離し、六合村を建てた。最奧の入山地区に含まれる世立は、木曽義仲に遡る地名伝承があるらしいから、実に古くから人々の暮らしがあったのだろう。当初は白砂川に添って細々と延びて来る街道沿いに暮らしが営まれたと思われる。そして家々は、次第に傾斜地の底から高台へと広がり、現在の集落を形成して行ったのではなかろうか。
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集落が終わる高みには墓地が置かれ、小さなお堂の周りに祖霊が眠っている。お堂の脇にはコブシの巨樹が枝を広げ、春先には白い花が墓所を覆う。私が立つ高台はこの墓所に近く、新たに道路が敷設されたことで、今ではこちらが村の入口になったようだ。新しい道路の法面や、「ふるさと活性化センター」が建てられた広場には季節の花が途絶えることがなく、六合村が「日本で一番美しい村連合」のメンバーでもあることを思い出させる。
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ただ「美しい村」も、時代の変化と無縁ではない。村の南部にあった日帰り温泉施設「長英の隠し湯」は閉鎖になったし、世立に近い山中で診療所・老人ホーム・温泉健康施設の複合活動を展開していた六合温泉医療センターも、診療所を残して縮小されるのだという。過疎地の活性化へ希望を託されていたのであろう様々な拠点が、静かに幕を閉じ始めている。入山で生まれ育った蕎麦屋の女将さんは「寂しくなります」と言葉少なである。
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集落の裏口とでも言えそうな林道の脇に、白い小屋が建っている。玄関周りに奇妙なオブジェが並んでいるから、作家の工房なのかもしれない。ニューヨークのMoMAに復元されているル・コルビジェ最晩年のアトリエ兼住居と同じくらいコンパクトだ。この10年間、時折り通りかかるのだが、小屋の主には出会えていない。雄大な眺望と折々の花や紅葉に囲まれて、「no art,no life」とつぶやいて暮らしたい私には、羨やましい小屋だ。
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10年間、暮坂の陶芸工房に通い続けたけれど、この冬が来る前に宿舎をたたむつもりだ。泥遊びの楽しさは尽きず、まだまだ続けたいものの、東京から5時間かけて通うことに疲れた。垣間見させていただいた山の暮らしは、都会の雑踏に埋もれて生きてきた私には新鮮な驚きの連続だった。だが山の自然は美しいけれど厳しい。「どうしてこんな不便な地に」との疑問は今も解けない。とはいえ土地人の表情は、穏やかなのである。(2020.10.21)
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