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「高松に藍染めの店はないでしょうか」と、妻がホテルで訊ねている。織りに関心のある彼女は染めへの興味も強い。翌日はジョージ・ナカシマの木工記念館に寄ってから高知に向かうことにしているが、地図を確認すると、記念館からまっすぐ南下して徳島県に入ると脇町に通じることに気がついた。脇からは、徳島道が高知に繋がっている。脇町に行って藍染めを見ようとコースを変えた。これで彼女も四国4県に足跡を残すことになる。
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さぬき市という聞き慣れない街を通って県境の峠に向かう。途中、88番札所・大窪寺の近くを通過する。四国巡礼最後の札所である。お遍路さんたちは、この成就を持って高野山に登るのだという。そうした意欲のない私たちは、今朝散歩した84番札所・屋島寺で札所の雰囲気は知ったということにして、先を急ぐ。脇町とは、うだつの街並が残る、かつての藍の集積地である。徳島藩にとって、藍と煙草の商いで栄える重要な街であった。
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私は8年前にこの通りを歩いている。まるで江戸時代そのままに、立派な「うだつ」をあげた現役の民家が軒を連ねている。その街並は記憶通りだったのだが、人通りがまるでない。私の記憶の中では、これほど閑散としていた覚えはないのだ。私はこの街で、はからずも「記憶違い」という現実に直面させられることになる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/0e/d628ba71c0623befd7f5a0e781dbb11b.jpg)
街並のほぼ中心に、藍蔵を模した観光客向けのショップが建っている。ここまでは記憶通りである。中に入ると記憶よりやや狭い感じがしたけれど、奥には2階に通じる階段があって、やはり記憶通りだ。そして2階はレストランになっているはずだ。中央のテーブルにいろいろな総菜が並び、バイキング形式で自分のメニューを決める。とても美味しくいただいた記憶が鮮明で、本日の昼食もそこで摂ろうと楽しみにやって来たのだ。
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ところが2階は簡便なカフェのようで、記憶の中の明るい賑やかなレストランとはまるで違っている。面食らった私は「2階の食堂は閉めたのですか」と訊ねるのだが、1階のおばさんたちは「昔から変わっていません」と取り合ってくれない。店の人がそう言うのだから間違いあるまい。間違っているのは私なのだ。しかし私の記憶は極めて鮮明で、かつて食べた総菜の種類まで思い出せる。これはどうしたことだと私はうろたえた。
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夜半に目覚めた折りなど、ふとどこかの街角が思い浮かぶことがある。それは唐突で、通りすがりの車窓の風景だったりする。なぜその光景が思い浮かんだのかをいぶかしみながら、これまで旅した街を慎重に思い起こす。ずいぶんいろんな街に行ったから、思いはぐるぐる廻り、そしてようやく焦点が合って「あぁ、あの街だ」と思い出す。ところが脇町の体験で、記憶力に対する自信は大きく揺らいだ。これほどの勘違いは初めてのことだ。
さて藍染めである。体験館で説明してくれる女性の手は、藍色に染まっている。そして「これが藍です」とプランターの植物を見せてくれる。アイはタデ科の1年生植物で、その余りに平凡な草の姿に驚き、そこから藍という優れた染料を引き出した人間の智恵に感服する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/e7/d24b8945921301cfc1f702f581de10a8.jpg)
それにしてもこの人通りの少なさは何だろう。美馬市は観光客の誘致に熱心なようだが、「藍の里」の徹底度合いが薄く、それがこの閑散を招いているように思える。余所者の私は余計かもしれない心配に耽り、奥様は藍染めの裂き織りを興味深げに物色している。(2016.10.6)
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さぬき市という聞き慣れない街を通って県境の峠に向かう。途中、88番札所・大窪寺の近くを通過する。四国巡礼最後の札所である。お遍路さんたちは、この成就を持って高野山に登るのだという。そうした意欲のない私たちは、今朝散歩した84番札所・屋島寺で札所の雰囲気は知ったということにして、先を急ぐ。脇町とは、うだつの街並が残る、かつての藍の集積地である。徳島藩にとって、藍と煙草の商いで栄える重要な街であった。
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私は8年前にこの通りを歩いている。まるで江戸時代そのままに、立派な「うだつ」をあげた現役の民家が軒を連ねている。その街並は記憶通りだったのだが、人通りがまるでない。私の記憶の中では、これほど閑散としていた覚えはないのだ。私はこの街で、はからずも「記憶違い」という現実に直面させられることになる。
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街並のほぼ中心に、藍蔵を模した観光客向けのショップが建っている。ここまでは記憶通りである。中に入ると記憶よりやや狭い感じがしたけれど、奥には2階に通じる階段があって、やはり記憶通りだ。そして2階はレストランになっているはずだ。中央のテーブルにいろいろな総菜が並び、バイキング形式で自分のメニューを決める。とても美味しくいただいた記憶が鮮明で、本日の昼食もそこで摂ろうと楽しみにやって来たのだ。
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ところが2階は簡便なカフェのようで、記憶の中の明るい賑やかなレストランとはまるで違っている。面食らった私は「2階の食堂は閉めたのですか」と訊ねるのだが、1階のおばさんたちは「昔から変わっていません」と取り合ってくれない。店の人がそう言うのだから間違いあるまい。間違っているのは私なのだ。しかし私の記憶は極めて鮮明で、かつて食べた総菜の種類まで思い出せる。これはどうしたことだと私はうろたえた。
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夜半に目覚めた折りなど、ふとどこかの街角が思い浮かぶことがある。それは唐突で、通りすがりの車窓の風景だったりする。なぜその光景が思い浮かんだのかをいぶかしみながら、これまで旅した街を慎重に思い起こす。ずいぶんいろんな街に行ったから、思いはぐるぐる廻り、そしてようやく焦点が合って「あぁ、あの街だ」と思い出す。ところが脇町の体験で、記憶力に対する自信は大きく揺らいだ。これほどの勘違いは初めてのことだ。
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さて藍染めである。体験館で説明してくれる女性の手は、藍色に染まっている。そして「これが藍です」とプランターの植物を見せてくれる。アイはタデ科の1年生植物で、その余りに平凡な草の姿に驚き、そこから藍という優れた染料を引き出した人間の智恵に感服する。
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それにしてもこの人通りの少なさは何だろう。美馬市は観光客の誘致に熱心なようだが、「藍の里」の徹底度合いが薄く、それがこの閑散を招いているように思える。余所者の私は余計かもしれない心配に耽り、奥様は藍染めの裂き織りを興味深げに物色している。(2016.10.6)
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