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北陸本線を武生(たけふ)駅で降りる。初めての街だ。「私の日本地図」ではここは武生市なのだが、2005年、隣町と合併して越前市と名を変えている。隣接する越前町や南越前町と紛らわしいからと反対も多かったようだが、市長は「いずれみんな合併して越前市になればいい」と市名変更を強行したらしい。この発言のトーンからは高圧的な市長さんといったイメージが浮かぶけれど、「大越前市」を見据えてのことだとしたら中々興味深い。
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というのも武生は、かつては越前国の国府が置かれ、国分寺や総社神社が建ち並ぶ国の中心地だったからだ。国司に赴任する父親と一緒に、紫式部が武生にやって来たのは、996年の式部23歳のころだったようで、その体験が素になっているのだろうか、『源氏物語』には2つの帖に「武生」が登場する。武生時代の式部と同年代の薄幸の女性の物語、浮舟(第51帖)では「武生の国府に移ろひたまふとも、忍びては参り来なむを」と母が言う。
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物語に深く関わる舞台としての引用ではないのだけれど、市民にとっては「源氏物語の原点は武生にあり」の想いなのだろう、市民による「紫式部顕彰会」が60年以上、活動を続けている。市内の小中学校から文学的素養と学業成績優秀の女子児童生徒を選び、「紫式部賞」を授与している。また毎年3日間開かれる「源氏物語アカデミー」も30回を超え、全国の源氏ファンを集めているのだという。そんなことを知ると、街が「たおやか」に見える。
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しかし市政の現実は、そう「たおやか」ではないらしい。越前市の人口は約82000人。かつては福井市に次ぐ人口の街だったというが、現在は県内3番目だ。福井県は755000人ほどの、全国で43番目という人口規模なのだが、その3分の1は福井市に集中している。全国的には東京への1極集中が問題視されるが、地方ではさらに激しい集中が起きているのだ。越前市も人口減衰社会・日本の例に漏れず、厳しい「人口ビジョン」を策定している。
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2020年度版のそれによると、越前市の人口は、合併による新市政がスタートした2005年をピークに減少に転じ、2060年には55000人を割り込むと推計されている。深刻なのは年少人口と生産年齢人口が、2015年に比べともに半分程度になってしまうことだ。また女性の転出が男性のそれを上回るペースで、人口の自然増が見込まれにくく、市民アンケートからは「公共交通の利便性が悪い」「娯楽が少ない」などの不満が出されている。
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こうした傾向はこの街に限ったことではない。日本の地方が置かれている縮図がここにある。いずれ隣接する越前町や南越前町、それに鯖江市なども含めた福井県中部の街々で、「越前都市圏」を考える時期が来るだろう。新市名はそのための布石にならなければならない。武生に開設される新幹線駅が活況をもたらすよう、行政は努力が必要だ。和紙や打ち刃物の伝統産品に加え、焼き物やメガネ産業が活況を支える、いい経済圏にしてほしい。
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江戸時代、北陸道を軸に形成された街は、自然災害に遭うことも少なく、落ち着いた家並みをよく残している。かつて最も繁華だったという「札の辻」では、ご婦人が朝の清掃に余念がない。この静かな街で、若く多感な紫式部が暮らし、「武生市の基盤を築いた」府中城主・本多富正や、蚊帳製造の財を街づくりに注いだ山本甚右衛門が生き、そして「いわさきちひろ」が生まれたのだと知ると、豊かな想念が旅の友となる。いい街に出会えた。(2022.5.18)
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というのも武生は、かつては越前国の国府が置かれ、国分寺や総社神社が建ち並ぶ国の中心地だったからだ。国司に赴任する父親と一緒に、紫式部が武生にやって来たのは、996年の式部23歳のころだったようで、その体験が素になっているのだろうか、『源氏物語』には2つの帖に「武生」が登場する。武生時代の式部と同年代の薄幸の女性の物語、浮舟(第51帖)では「武生の国府に移ろひたまふとも、忍びては参り来なむを」と母が言う。
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物語に深く関わる舞台としての引用ではないのだけれど、市民にとっては「源氏物語の原点は武生にあり」の想いなのだろう、市民による「紫式部顕彰会」が60年以上、活動を続けている。市内の小中学校から文学的素養と学業成績優秀の女子児童生徒を選び、「紫式部賞」を授与している。また毎年3日間開かれる「源氏物語アカデミー」も30回を超え、全国の源氏ファンを集めているのだという。そんなことを知ると、街が「たおやか」に見える。
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しかし市政の現実は、そう「たおやか」ではないらしい。越前市の人口は約82000人。かつては福井市に次ぐ人口の街だったというが、現在は県内3番目だ。福井県は755000人ほどの、全国で43番目という人口規模なのだが、その3分の1は福井市に集中している。全国的には東京への1極集中が問題視されるが、地方ではさらに激しい集中が起きているのだ。越前市も人口減衰社会・日本の例に漏れず、厳しい「人口ビジョン」を策定している。
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2020年度版のそれによると、越前市の人口は、合併による新市政がスタートした2005年をピークに減少に転じ、2060年には55000人を割り込むと推計されている。深刻なのは年少人口と生産年齢人口が、2015年に比べともに半分程度になってしまうことだ。また女性の転出が男性のそれを上回るペースで、人口の自然増が見込まれにくく、市民アンケートからは「公共交通の利便性が悪い」「娯楽が少ない」などの不満が出されている。
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こうした傾向はこの街に限ったことではない。日本の地方が置かれている縮図がここにある。いずれ隣接する越前町や南越前町、それに鯖江市なども含めた福井県中部の街々で、「越前都市圏」を考える時期が来るだろう。新市名はそのための布石にならなければならない。武生に開設される新幹線駅が活況をもたらすよう、行政は努力が必要だ。和紙や打ち刃物の伝統産品に加え、焼き物やメガネ産業が活況を支える、いい経済圏にしてほしい。
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江戸時代、北陸道を軸に形成された街は、自然災害に遭うことも少なく、落ち着いた家並みをよく残している。かつて最も繁華だったという「札の辻」では、ご婦人が朝の清掃に余念がない。この静かな街で、若く多感な紫式部が暮らし、「武生市の基盤を築いた」府中城主・本多富正や、蚊帳製造の財を街づくりに注いだ山本甚右衛門が生き、そして「いわさきちひろ」が生まれたのだと知ると、豊かな想念が旅の友となる。いい街に出会えた。(2022.5.18)
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