★僕の欠点は、ま、いろいろあるが、その1つが、自分の行為行動に対して「自己規制」をかけてしまうところだ。何をやっていても、ネガティブ雑草がジャンジャン生えてくる。本日の「職員室通信」中の「あいさつ原稿」も3カ所、省略。ネガティブ雑草に負けたのだ。課題=「ネガティブ雑草」を刈り切る
★「授業以外でいい学校をめざそうとすると落とし穴に落ちる」というのはホンマや。絶対に忘れんといてね goo.gl/e59Gy
@arisakagudai ★「志塚教」! 授業者・乱氏パワー健在、うれしく思います(*^_^*)。家庭で親に語ってくれるって、ホンマにホンマに、うれしいもんですよ。午後、たまたまそちらを通ったら、校庭から出る車で大渋滞。壮行式だと気づくのに、数秒、時間がかかりました(ノ△・。)
@arisakagudai ★そちらのソフトボールコートの1塁側のベンチ(コンクリートU字溝をひっくり返したもの)は教師2年目の僕がつくったものです(^_^v。ひとりで運ぶの、ホンマ、シンドかったですよ(ノ△・。壊れる前に、あるいは撤去される前に、画像に撮って送ってくれまへんか?
しかし黒板の機能を生かすためには、もう少し高くする必要があると思います。それにはほどよい高さの教壇が必要
です。八高ではみんなで実験して黒板と教壇を持ち上げました。ご検討いただければ「嬉しいです。 堀
お変わりなく、お元気のご様子、ほんとうにうれしく思います。
「教壇」論は、教育思想的にも教育技術的にも――たぶん両方が絡み合っているのだと考えますが――たいへん興味のある問題ですね。
結論をいいますと、僕は先生と同じく、「教壇復活」を支持する者です。
教壇がないほうがいい場合もあります。
逆に教壇があるほうがいい場合もあります。
だから、あるほうがいい場合に「教壇」を使用するという立場です。
くわて、僕は教壇を――ここは、ひょっとすると先生と考えの違うところかもしれませんが――「ステージ(小舞台)」と考えています。
「ステージ(小舞台)」でプロ教師としての指導技術を磨く……という面は大切にすべきだと考えます。
「ステージ(小舞台)」で21世紀の日本を切りひらいていく子どもたちを育てる……という面は大切にすべきだと考えます。
先生のご指摘を、ひとつのきっかけにしてもう少し教育哲学を深めることにします。
6月に入り、ホームページ&ブログで「新・職員室通信」の試運転をはじめました。
ご指導&応援、よろしくお願い申しあげます。
先生のますますのご活躍をお祈りしつつ、返信を終わります。小高進