goo blog サービス終了のお知らせ 

万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

歴史認識が国際法を無意味化する

2008年11月11日 17時52分45秒 | 日本政治
田母神・前空幕長が指示否定「すれば1000人投稿」(朝日新聞) - goo ニュース
 中国、韓国、北朝鮮といった周辺諸国では、歴史とは、事実ではなく”認識”の問題であり、共同研究を行っても合意に達することができない要因は、ここにあると指摘されています。ところが、田母神前航空幕僚長の更迭事件に対する政治家やマスコミの対応を見ますと、日本国まで、歴史認識派に与しようとしているようなのです。

 東京裁判を政治裁判として脇におき、純粋に法学からアプローチしてみますと、侵略認定するには、証拠不十分という結論に至りそうです。何故ならば、日中戦争を引き起こした盧溝橋事件の真相が明らかではないからです。中国側は、日本軍の発砲と見なしていますが、国民党軍説や共産党の解放軍説に加えて、最近では公開された資料を根拠にコミンテルンの陰謀説も唱えられています。つまり、この事件の真相が解明されない限り、日本国の侵略とは認定できないのです。このように考えますと、田母神前航空幕僚長の見解も、法律論として必ずしも間違っているわけではなく、政治サイドから”歴史認識”が違うとして非難されたことになります。

 防衛省が、国防のために軍事研究を行うことは当然であり、戦争法の研究の一環として当時の国際法を精読し、自国の軍事行動を分析しているはずです。もちろん、現在の国際法についても、有事に備えて研究に励んでいることでしょう。しかしながら、”歴史認識”派が優勢となりますと、国際法は意味を失うことになるかもしれません。何故ならば、法律上の合法性とは関係なく、最後には、勝者が敗者に歴史認識を押し付けることができるとなりますと、戦争法を守るメリットが低下してしまうからです(自軍が国際法を順守しても、相手側は守らないかもしれない・・・)。

 歴史認識派は、平和を唱えながら、その実、国際法に対する信頼の基盤を自ら崩しているということに、気付いていないと思うのです。あくまでも法を尊重する姿勢を貫きませんと、将来、認識が法に優る凄惨な戦争を招き寄せてしまうかもしれないと危惧するのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。  

にほんブログ村 政治ブログへ
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする