今さら8月のことを記事化してすみません。
8月28日の昼頃は、和歌山駅にいた。
和歌山駅からは、和歌山電鐵の12時55分発の貴志行きの電車に乗った。
その日は、たま電車の編成が充当されていた。
車内は、たま電車目的と思われる人たちが多かった。
和歌山駅を発車した電車は、田中口、日前宮の順に、各駅に停車した。
車窓は市街地から郊外になり、住宅は一戸建てなど低層の建物が多くなり、田畑も多くなった。
また、線路が草ボウボウの箇所もあった。
日前宮は、和歌山電鐵の路線内に3つある列車交換可能駅の一つである。
日前宮を発車すると、神前、竈山、交通センター前、岡崎前の順に停車した。
岡崎前も、交換可能駅である。
岡崎前を発車すると、吉礼、伊太祈曽の順に停車した。
伊太祈曽駅は、伊太祁曽神社の最寄り駅として知られていて、和歌山電鐵の車庫などがある。
また、その駅も交換可能駅である。
伊太祈曽を発車した電車は、山東、大池遊園、西山口、甘露寺前、そして、終点の貴志の順に停車した。
貴志駅に着くと、電車を降りた。
わたしが乗ってきた、たま電車の車両は、折り返し、和歌山行きの電車になるが、ホームには、たま電車目的と思われるお客が多数いた。また、団体旅行者と思われる人たちもいた。
貴志駅は、ネコの駅長・たま駅長が居られた駅として知られている。6月22日にたま駅長は他界され、8月11日から、ニタマが二代目の駅長になっている。
駅舎もネコをイメージしたデザインのものに建てかえられていて、トイレもきれいな水洗トイレになっている。
また、ホームには、鳥居と祠がせっちされている。
ニタマ駅長の姿を見ることができたが、寝ていた。
また、駅舎内には、カフェがあり、飲み物のほか、たまグッズの販売もしている。
珈琲を飲みながら、休憩し、たま駅長のぬいぐるみなどを購入した。
それから、14時04分発の電車に乗った。
その日、その時刻の電車には、いちご電車の編成が充当されていた。
電車は2両編成で、もちろん、ワンマン運転である。
電車は、貴志駅を発車すると、甘露寺前、西山口、大池遊園の順に停車した。
大池遊園駅に止まると、わたしは下車した。
大池遊園駅は、駅舎のない無人駅だが、トイレは近代的な建物で、男女別のきれいな水洗式だった。
駅の外に出ると、線路沿いを、西山口方向へ少し歩いた。
その付近の道路には、駐車禁止の標識が建っているが、時間限定の上、期間限定という珍しいものだった。
駐車禁止となるのは、3月1日から4月30日までの7時から19時まで。
駅の近くには、桜の名所として知られる公園(大池遊園)がある。
おそらく、花見に来た人に路上駐車させないための規制であろう。
線路沿いを西山口方向へ少し歩いたところにある踏切付近には、田畑の向こうを電車が走るローカル線らしい構図で撮影できそうな場所があったので、上下何本かの電車を撮影した。
撮影した電車は、きいちゃん電車とたま電車の貴志行きと和歌山行きである。
その場所で撮影後、15時39分発の電車に乗るのだが、ある程度時間があったので、駅名の由来となった大池遊園にも行き、池を跨ぐ橋の上から、貴志行きのいちご電車を撮影した。
そのあと、大池遊園駅へ戻り、電車を待った。
大池遊園から乗った15時39分発の電車も、いちご電車だった。車内は、高校生などで混雑していた。
電車が、途中の伊太祈曽駅に止まると、下車した。
そして、トイレ休憩後、ホームに戻り、16時04分発の電車に乗った。
その日、その電車は、おもちゃ電車の編成が充当されていた。
おもちゃ電車の車内には、おもちゃを展示する棚や、おもちゃの販売機などが設置されている。
その電車は、伊太祈曽始発で、和歌山まで各駅に停車した。
16時23分に、終点の和歌山駅に着くと、下車した。
そして、和歌山電鐵のホームをあとにした。
それから、改札の外に出て、弁当などを購入して、JR阪和線のホームへ向かった。
和歌山からは、16時57分発の紀州路快速に乗った。
列車は、223系の4両編成で、途中の日根野から、前に4両編成の関空快速を連結する。
車内は、1列+2列の3列配置で、わたしは、1列の座席に座った。
乗車した車両は、最後尾の車両で、車番はクハ222-2506だった。
その日、その列車には、女性の車掌が乗務していた。
和歌山駅を出発した紀州路快速は、紀伊中ノ島、六十谷、紀伊、山中渓、和泉鳥取、和泉砂川、新家、長滝の順に各駅に停車した。
外は徐々に暗くなり、空は曇っていった。
途中の日根野駅では、関空快速へ連結した。日根野からは、8両の列車となる。
日根野を出発すると、熊取、東岸和田、和泉府中の順に停車した。
途中、一度踏切で非常停車した。
そのため、列車が何分か遅れてしまった。
そのあとも、鳳、三国ヶ丘、堺市、天王寺の順に停車した。
車内は、徐々に混雑してきた。
天王寺からは、大阪環状線に入った。
そして、新今宮、大正、弁天町、西九条、福島、大阪の順に停車した。
大阪駅に止まると、下車して、神戸線の乗り場へ向かった。
本来は、18時45分発の新快速に乗るつもりだったが、その日は、平日ダイヤで、18時37分発の大阪始発の3505M・新快速・姫路行きが運転されていたので、そちらに乗ることにした。
既に多数の乗客がいて、大阪では座れなかった。
新快速電車は、大阪を出発すると、尼崎、芦屋、三ノ宮の順に停車した。三ノ宮では、多数の下車客がいたので、通路側に座ることができた。
そのあとは、神戸、明石、西明石、加古川、そして、終点、姫路の順に停車した。
姫路からは、19時46分発の岡山行きに乗り換えることができるが、既に混雑していたので、その列車には乗らず、20時35分発の1339Mを待った。
その列車は、福山行きの普通列車である。115系の4両編成で運転されていて、その日、わたしが乗車した車両は、先頭の車両で、車番はクハ115-1219だった。
列車は、姫路駅を出発すると、英賀保、はりま勝原、網干、竜野、相生、有年、上郡の順に停車した。
上郡を出発すると、船坂峠を通る。しばらく走ると、船坂トンネルに入り、岡山県に入った。
それから、まもなく、三石駅に停車した。
三石を出発すると、吉永、和気、熊山の順に停車した。
熊山駅に止まると、下車して、マイカーで帰路についた。
こうして、和歌山電鐵の乗車と撮影などを目的とした外出を無事に終えることができた。