はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

百円の思い出

2008-11-08 17:30:51 | はがき随筆
 私が小学生で8歳の時、夕暮れ時に父が晩酌の酒を買ってくるように言った。
 店は、橋を渡り家から離れた所にあった。勇気を出して出かけた。帰り道、家路を急いでいたら、先を行く大人の姿があった。私はその人に近づき、共に歩いた。安心だったからだ。男性だった。その人はやさしく話しかけた。
 家の近くに来たので「右へ曲がりますので、さようなら」と言ったら、当時の金で百円札を小遣いにとわたされた。暗いので、顔も姿も覚えていない。手先だけを思い出します。
 一生忘れない感謝の心。
   肝付町 鳥取部京子(69) 2008/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

みそ作り

2008-11-06 10:55:27 | はがき随筆
 トントントンカラリと隣組。隣組の華やかなりしころ、母たちは在郷婦人会として、5軒で何かと助け合った。餅つき、みそつきなど。兄たち2人は出征した。下って日本晴れが続くこの日ごろ、妻がみそ作りを今年も始めた。準備から完成まで4日くらいかかったようだ。
 みそはやはり妻の手作りだ。朝ご飯のかぐわしいみそ汁、たまらなくおいしい。我が家の健康の源である。が、妻は言う。みそ作りは大変な苦労、来年はもう止める、と。その苦労がおいしいみそ汁になるんだがネと私。手作りみそはずっと続けてほしいと思うのだが。
   伊佐市 宮園 続(77) 2008/11/6 毎日新聞鹿児島版掲載

花の力

2008-11-05 17:27:38 | はがき随筆
 我が家のミニ・コスモス園はにぎわった。ことに、母が通うデイサービスのおじいちゃんやおばあちゃんは喜んでくださった。
 久しぶりに訪れた同い年のT子さんは小一時間、涙声で友だちとのトラブルを語った。
「花っていいわね。気が合わない人とは会わないことにしたわ。私も野菜や花をそだてよう。また来てもいい?」
 「いつでもどうぞ。まもなくツワブキが満開になるわよ」
 私たちはいつしか花談義で盛り上がった。
 帰りぎわにコスモスの花束を渡すと、笑顔がはじけた。
   阿久根市 別枝由井(66) 2008/11/5 毎日新聞鹿児島版掲載

俳句

2008-11-05 17:05:02 | はがき随筆
 深秋、徐々に爽やかになっていく清けさ(さやけさ)冷え込んでいく透明感、そして命の輪廻の予感。秋の自然は素晴らしい。
 私は散歩が好きで、時には1時間ぐらい歩く。戸外の空気は気力を呼び起こしてくれる。新鮮な樹木のにおい、かれんな草花たち、吹き渡る風。こんな時、芭蕉の句「この秋は何で年寄る雲に鳥」を思い出す。
 芭蕉の旅は、孤独を求める旅のようだ。求めてきた見果てぬ夢への終(つい)ま言葉であったかもしれない。私も自分なりの感動を見つけて、俳句が心の糧となるように詠み続けていきたい。
 <古里の水の豊かさに柿熟るる>

月下美人

2008-11-03 08:16:59 | はがき随筆




 日が沈んで間もなく、カミさんがうれしそうな声を上げた。
 「月下美人が今夜咲きそう」
 重そうなつぼみが二つ、地上30㌢くらいの所にこちらを向いていた。
 夕食も済み一息ついた午後9時ごろ、見に行ったらもう咲いていた。光の届かない暗闇から、上品な香りが漂ってくる。
 ところがカメラのファインダーをのぞいても姿がみえない。カミさんに懐中電灯で照らしてもらってシャッターを押した。
 暗い夜の庭に、一晩だけ咲く月下美人が2輪……。空には、上限の月から3日後の少し膨らんだ月が昇っていた。
   西之表市 武田静瞭(72) 2008/11/3 毎日新聞鹿児島版掲載
写真は武田静瞭さん提供

農作業

2008-11-02 17:36:14 | はがき随筆
 しばらく放ったらかしにしていた野菜畑の手入れに出かけた。
 「こら何ちこっか!」。背丈ほどに伸びた雑草が一面“我が世の春”と荒れ放題。早速カマを手に取りかかる。しばらくしてあたりを見回すと、いつの間に集まったのかたくさんのトンボが群れている。一カマごとに一斉に近寄ってくる。彼らのねらいは、どうやら雑草から飛び立つ小さな虫にあるらしい。面白くなって作業がはずむ。
 小さいころ、稲刈りをする親のかたわらをトンボが群れていたのを思い出した。亡き父は、益虫と害虫を教えてくれた。
 久しぶりに快い汗をかいた。
   指宿市 有村好一(60) 2008/11/2 毎日新聞鹿児島版掲載
   写真はマグナさん

足を知る

2008-11-01 12:46:52 | はがき随筆
 某紙に「年金日後前(うしとまえ)無か倹し(つまし)所帯(しょて)というさつま狂句を載せてもらった。「年金受給日の前後も特に変わらない質素な暮らしをする家庭」の意。
 在職中の給料生活でも右の句の精神で過ごすよう努めた。もうちろん趣味などは人並みに頑張ったが、けちは嫌いだった。
 収入は大いに越したことはないが「入るを計って出ずるを制す」をモットーに生きてきた者には、収入相応の工夫した生活で足りた。その主義は、今もって身に染みて苦にはならない。子ども2人も独立しているが、家計のことでの泣き言やトラブルは聞いたことがない。
   薩摩川内市 下市良幸(79) 2008/11/1 毎日新聞鹿児島版掲載

ワレモコウ

2008-11-01 12:19:43 | はがき随筆

 ワレモコウが咲いた。
 生け垣の根元に、ひっそり咲いた。
 鉛筆のしんのようにほっそり伸びた枝先の、暗紅色のだ円形の花は、控えめで地味で目立たない。けれど「我も亦紅なり」
と、いちずに咲いた。
 秋の深い心をまとった人のように咲いた。
 いつの秋も、ワレモコウは私をとめかせる。
 思い出せない思い出を、長い間さがし続けているのだけれど、それらしきものの影が、わたりをよぎる予感がして……。
   鹿屋市 伊地知咲子(71) 2008/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載