はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

放免しますか

2013-02-13 14:34:01 | 女の気持ち/男の気持ち
 「まるで猿のようだ」
 布に包まれた生まれたばかりの長女を見た夫が、思わず漏らした。もっとほかの言葉は思いつかなかったのかと、以来、私は長女の誕生日ごとに50回も同じ言葉を繰り返してきた。
 3人の子供は、いわゆる自宅出産だった。古来多くの女性がそうしてきたし、何よりも二重生活になるのが嫌だったからである。
 初産の長女は屋久島にいた時に生まれた。出産に備えて、1人暮らしだった母の所に夫婦で移り住み、夫は13㌔ほど離れた学校にバス通勤した。
 12月のある日、昼に往診した助産師は「明日しか生まれない」と、4㌔離れた自宅に帰ってしまった。
 日暮れになって、下にやった手が髪のようなものに触れたので、勤めを休んでいた母を呼んだ。母は「頭が見え始めた。気張って産まにゃいかん」と励まし、ちょうど帰宅した夫にも介助を頼んだ。私が夫の手を力いっぱいつかんだので、夫は「痛い」と言ってそばを離れた。すかさず母は、助産師に電話をかけて呼んでくれるよう頼んだ。
 当時、電話は地区の事務所に1台しかなかった。暗い上に地理に不案内の夫が用を済ませて戻ったのは25分もたってからで、既に長女は生まれていた。
 産湯も使えず、血の付いたままのわが子を見ることになった夫が、驚きのあまり正直な気持ちを吐露した言葉だったと後に知った。
 もう放免しますか。
  薩摩川内市 森孝子 2013/2/13 毎日新聞の気持ち欄掲載

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