はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

同居者

2010-10-30 12:32:08 | 女の気持ち/男の気持ち


 面白いこともあるものだ。息子が家を離れるたびに小動物が現れる。最初は6年前だった。
 就職で彼が独り立ちした4月のある朝、入れ替わるようにツバメの若夫婦がやってきた。1人暮らしの家の玄関先だけが急ににぎやかになった。
 「新しい入居者を紹介します」
 写メールを送ると、すぐに返信があった。
 「仲良く暮らすように」
 そして今回。突然の移動で慌ただしく出発することになった前夜のこと。帰宅するなり、靴も脱がないうちに息子が弾んだ声で言った。
 「夕べ、とってもいいものに会った」
 深夜の風呂場で、小さなヤモリに遭遇したのだという。
 「どんなの」
 「灰色のかわいいやつだよ」
 何気なく視線を動かした息子が、小さいけれど、はしゃいだ声をあげた。
 「あっ、あれだ、あれだよ」
 つられて玄関の天井の隅の暗がりに目を凝らすと、小指ほどの大きさのものが逆さまになってゆっくり歩いている。
 「ヤモリがいる家に、悪いことは起きないっていうからね」
 息子は安心したように顔をほころばせた。
 うちにもちゃんといたんだね。ヤモリ君、末永くよろしくね。私も嬉しくなって、一緒に笑った。
  鹿児島市 青木千鶴 2010/10/30 毎日新聞の気持ちより 写真はフォトライブラリより

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