はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

雪よ、降れ

2011-01-30 17:17:21 | 女の気持ち/男の気持ち
 カーテンを開けると、今朝は銀世界だ。静かに降り続く雪に、昨秋、広島県の帝釈峡で出合ったオオサンショウウオを思った。
 紅葉の美しい季節。土産店は観光客でにぎわっていた。その軒先に古びた水槽があった。
 何? のぞくと長くて大きな黒いものがいる。落葉が沈んだ水の底で置物のように動かないそれは、1㍍を超すオオサンショウウオだった。「うわっ」。私は思わず叫んでしまった。「まあ、気持ち悪い」。つられてのぞき込んだ娘は顔をしかめた。「いやだ、キモーイ」。爪先立ちして見た孫娘は飛びのいた。「まあ、何、これ」。その後も人々の驚きの声が続く。
 水槽の隅につかえたしっぽを曲げたまま、微動だにしないオオサンショウウオ。人間が漏らす勝手な言葉を、長い間浴び続けてきたのだろうが、身を隠すことも逃げ出すこともできないのだ。そう思い至ると不憫に思え、大きな頭についたつぶらな目が、悲しみに耐えているように見えた。
 「じっと我慢して、サンショウウオはかわいそうね」
 反省を込めて孫娘に問いかけると、嫌っていたのにコクンとうなずいてくれた。
 やみそうにない雪はぼたん雪に変わった。山深い名所も雪に閉ざされ、訪れる人もいないはず。静かな店先の水槽の中で、オオサンショウウオは心穏やかに過ごしていることだろう。
 山口県美弥市 吉野ミツエ 2011/1/27 毎日新聞の気持ち欄掲載

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